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アメリカ20 世紀初期における“ビジネス倫理”・“専門職倫理”の学問的生成 : “ページ講演集”『日常倫理』を手がかりに

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(1)研究ノート. . アメリカ 20 世紀初期における “ビジネス倫理” ・ “専門職倫理” の学問的生成 ──“ページ講演集”『日常倫理』を手がかりに──. 越 田 年 彦. はアメリカで誕生していたという学説も論じられ. Ⅰ.はじめに. ている.それを主張するのは,ニューヨーク大学.  19 世紀末から 20 世紀初期のアメリカでは,証券. のガブリエル・アーベンドである.アーベンドは「主. 取引所での鉄道証券や工業株の売買及び商品先物. 要大学でのビジネス・スクールの設立を背景にし. 取引所での先物取引において投機が活発に行われ,. て,アメリカにおけるビジネス倫理学という学問. それに呼応する形で,様々な論者が投機を倫理的に. 分野は 20 世紀初期に出現していた」(Abend, 2013,. 論じた.こうした議論は“投機の倫理学”として今. p. 171)として,アカデミズムの領域において,ビ. 日に言うビジネス倫理学の先駆的試みであったと. ジネス倫理学が 20 世紀初めには学問的な広がりを. 考える.一般にはビジネス倫理学とは応用倫理学. 見せていたと主張する.. の一分野として,アメリカを起源に 1970 年代から.  アーベンドが着目するビジネス倫理学の先駆的. 興隆した学際的学問であると論じられているが , 1). “投機の倫理学”として見るならば,すでに 19 世紀. 試みの1つがイェール大学シェフィールド科学 2) 校(the Sheffield Scientific School) の授業実践で. 末から 20 世紀初期においてビジネス倫理学が誕生. ある.イェール大学シェフィールド科学校では,. していたと見なすことが可能なのである.. 1908 年の春より学生等を対象に各分野の専門家が.  ところが, “ 投機の倫理学”という文脈ではなく,. 当該分野に関する専門職上の,ビジネス上の倫理. ビジネス倫理学それ自体としても,20 世紀初期に. 的問題を主題とした講演を行ったのである .この 3). 一連の講義の企画・設立者がエドワード・ページ. 1)ディジョージは「ビジネス・エシックスと い う 分 野(field) の 発 展 は 1970 年 代 に 始 ま る 」 (DeGeorge, 1987, p. 202)と述べる. 水谷雅一は「ビジネス・エシックス(経営倫理)」 (水谷 , 2008, 10 頁)と記載したうえで,「経営倫理 学がアメリカで誕生したのは 1970 年代後半から と言えるが,本格的に体系化されたのは 1980 年代 に入ってからとも言われている」と述べている(水 谷 , 2008, 16 頁) . 田中朋弘は「ビジネス・エシックスの成立時期 を厳密な点として決定することは容易ではないが, 総合的に見てそれは,1970 年代半ばから 1980 年代 半ばにかけてだと言えるだろう.なかでも注目に 値するのは,1980 年前後で,この頃に現在でも版 を重ね定番化しているテキストが次々と出版され た」と述べている(田中 , 2004, 5 頁).. 2)シェフィールド科学校は 1847 年に設立され た.本学校は自然科学と教養科目(liberal ar ts)の 双方をカリキュラムに取り入れた先駆けの1つであ った.3年間の修学で, 卒業すると科学士(Bachelor of Science)が授与された.1945 年に公式にイェー ル大学の一部となる.それまでイェール大学はイ ェール大学教養学部(the Yale College Academic Depar tment)とシェフィールド科学校に分立して いた.長らく,両学の間では,他方の学部・学校の 科目を履修することができなかったなど,組織のう えでも学生の意識においても独立していた(http:// www.yalescientific.org 2016 年 1 月 12 日アクセス) . 3)アーベンドは次のように述べている.「イェ ール大学の科学校であるシェフィールド科学校も またビジネス倫理に関する一連の講義を実施した. これらは“ページ講演集”と呼ばれ,1908 年に開始 した」(Abend, 2013, p.181) .. 『エコノミア』第 66 巻第 2 号(2015 年 11 月),43-68 頁[Economia Vol. 66 No.2(November 2015),pp. 43-68].

(2)  4) (Edward Day Page) であることから,本講義は. ビスと倫理(Ethics in Service )』 (1915)という著. “ページ講演集(Page Lecture Series)”と命名され. 作となって活字化されたのである . 6). た .この講義は最上級学年の学生にとって必須とし.  こうした一連の専門職やビジネスにおける道徳. たものの,他の参加者の受講をも認めるものであった.. や倫理に関する講演を立ち上げるに当たって,そ.  1908 年 に は“ ペ ー ジ 講 演 集 ”の 第 一 弾 と し て. のねらいと意図,その先進性を,リプリー・ヒッ. 6 つ の 講 演 が 実 施 さ れ た. 論 題 の み を 記 す れ. チコックは『現代のビジネスと道徳』の序文で,. 5). ば, 「 製 造 業 に お け る 取 引 道 徳(The Morals of. 次のように述べている.「この本のねらいは,道徳. Trade in the Making) 」 , 「 生 産(Production) 」 ,. 的観点とされるものから,現代のビジネス行為に. 「競争(Competition) 」 , 「信用と銀行(Credit and. ついての,公正かつ実際的な研究を提供すること. Banking) 」 , 「公的サービス(Public Service) 」 , 「企. である」(Hitchcock, 1909, p. vii). 「これはビジネ. 業と独占体(Corporate and Other Trusts) 」であ. スマンの手による,新しいビジネスの道徳を扱う. る.これらの講演は 1909 年に『現代のビジネスと. 書物である」(Hitchcock, 1909, p.viii) .「こうした. 道徳(Morals in Modern Business )』のタイトルで. 講演実践(course)は明らかに,以前にはどの大. 出版されている.翌年 1909 年の“ページ講演集”で. 学でも行われていなかった」 (Hitchcock, 1909, p.. は,ジャーナリズムや会計職などの5人の専門家. viii) . 7). が自身が携わる専門的分野に関する倫理的問題を.  これ以降に行われた“ページ講演集”において. 論じている.この講演記録は 1910 年に『日常倫理. もヒッチコックのこうした言説はあてはまるもの. (Ever y-Day Ethics )』のタイトルで刊行されてい. と考える. “ページ講演集”で取り上げられた主題. る.以後,こうした講演は,ハップグッド『産業. は専門職の倫理に該当するとともに,その多くは. (1911),ページ『取 と進歩(Industry and Progress )』. 今日に言うビジネス倫理を対象としたものであ. (1914),タフト大統領『サー 引倫理(Trade-Morals )』. り,かつその先駆的試行であったのである .そ 8). こ で, 本 論 文 で は,1910 年 に 刊 行 さ れ た『 日 常 4)1856 年マサチューセッツ州ハーバーヒルにて 生まれる.1873 年イェール大学シェフィールド科 学校に入学し,1875 年卒業する.卒業後は,父親 の家業に携わったのち,サウスオレンジ&メイプ ルウッド運輸会社の社長などの要職に就くととも に,ニューヨーク商人保護連盟会長や商人クラブ 理事を務める. 1901 年から 1906 年にかけてはニュージャージー 州オークランド市議会議員を務め,1910 年にはオ ークランド市長に選出された.1909 年には,証券・ 商品投機のあり方をニューヨーク市長に答申した ヒューズ委員会の委員でもあった. イギリス王立統計協会,イギリス経済学会,フ ランス経済社会学会,アメリカ経済学会などの会 員に属するとともに,イブニングポスト,コマー シャル&フィナンシャルクロニクル,アメリカン・ リーガルニュース,ワールズ・ワークといった新 聞に数々の記事を寄稿している.商法連盟の大 会,ニューヨーク大学商学部,織物卸連盟の会合 などでも講演を行っている.また,本論文で取り 上げるように,シェフィールド科学校で商業道徳 (commercial ethics)に関する連続講演を立ち上げ た.1918 年心臓病で亡くなる(Obituary Record of Yale Graduates , 1919, pp. 1141-1142). 5)1908 年の講義ではページ自身も自ら先頭の講 演を行っている.. 倫理』に収載された5つの講演を考察の対象と する.その5つの講演の論題と講演者とは次の 通 り で あ る. 「ジャーナリズム」 ( ハップグッド, Norman Hapgood) , 「会計士」 (ステリット,Joseph E. Sterrett) , 「弁護士」 (レーヴィット,John Brooks Leavitt) 「 ,輸送」 (プラウティ, Charles A. Prouty) 「 ,投 機」 (エメリー,Henry Crosby Emery) .この一連 9). の講演は,当時その分野での第一人者により行わ 6) そ の 他, ペ ー ジ 講 義 集 に は, “Politician, Party and People, Addresses Delivered in the Page Lecture Series ”, Henr y Crosby Emer y, 1913, “Industrial Leadership Addresses Delivered in the Page Lecture Series ”, Henry Laurence Gantt, 1915,. がある.このように,ページ講演集にはビジネス 倫理以外の講座も含まれている. 7) 『現代のビジネスと道徳』の書評では,ペー ジが「発展しつつあるビジネス倫理の特徴(the evolutionary character of business ethics)を主張し ている」という一文が盛り込まれている(Morals “business ethics” in Modern Business , 1910, p. 72). という用語が当時において使用されている点に注 目したい..

(3) . れたものなのだが,その論題からも判明するよう. じるとともに,現代のビジネス倫理学における2. に,特定の専門職やビジネスを取り上げて,その. 人の講演の学説上の意義を論じる.Ⅴでは, 『日常. 遂行上に求められる倫理を考察の対象としたので. 倫理』での講演内容を手がかりにして,専門職倫. ある.その講演で各論者が語った倫理的主張は,. 理学やビジネス倫理学と倫理学本体との関係性に. およそ 100 年前のものであるものの,今日におい. ついて論及するとともに,倫理学の主題は日常倫. ても,専門職倫理やビジネス倫理の問題を通じて,. 理であることを論じる.. “ビジネス倫理学はいつ誕生したのか”, “ビジネス 倫理という語の射程範囲はどこまでか”, “倫理学と は何を学的対象とするのか”, “専門職倫理,ビジネ ス倫理の考察において倫理学はいかなる役割を果. Ⅱ. 『日常倫理』の講演より 1.ジャーナリズム(Journalism)~ノーマン・ ハップグッド. たすのか”といった問いかけに,大きな示唆を与え.   『日常倫理』に最初に収載されたのは,ノーマン・. るものである.『日常倫理』を考察の対象に据えた. ハップグッド(Norman Hapgood, 1868-1937) が. 理由はこの点にある.. 論じた「ジャーナリズム」を論題とする講演である.. 10).  本稿の構成は以下の通りである.Ⅱでは,『日常.  その生涯の大半を新聞報道の現場に捧げたハッ. 倫理』に収載された,5人の講演者の講演内容を. プグッドにとって,新聞報道の現状は,その倫理. 概観する.Ⅲでは,5人の講演を専門職倫理を論. や在るべき在り方を考えさせる問題を投げかけて. じたものとして捉えたうえで,各講演者の主張か. いた.この講演の主旨は,ハップグッドが明らか. ら専門職倫理における共通のテーマを抽出し,そ. にした新聞報道の論点・問題点の提起であり,そ. の主張の現代的意義を明らかにする.Ⅳでは,5. れに対するハップグッド自身の見解の披露である.. 人の講演のうち, プラウティの“鉄道輸送の倫理学”.  初めに,ハップグッドは新聞報道の真実性をめ. とエメリーの“投機の倫理学”はビジネス倫理学に 属するものであると位置づけたうえで,ビジネス 倫理と専門職倫理との概念上の関係性について論. 8)「ジャーナリズム」, 「会計職」, 「弁護士」, 「輸 送」, 「投機」のサブタイトルから構成される『日 常倫理』の場合,5 人の論者が自分の専門職に関す る 倫理を論じていることから,これらの講演の 主題が専門職倫理であることは容易に了解される. しかし, “Ⅳ.現代のビジネス倫理学における『日 常倫理』の学的位置づけ”で後述するように,専門 職倫理とビジネス倫理は概念上重なる面を有する ことから,これらの講演においても,いくつかは ビジネス倫理を論じたものと見ることが可能であ る.本稿では,プラウティが論じた鉄道事業を論 じた「輸送」と証券・商品取引所での投機を論じ た「投機」は専門職倫理を主題とするものである とともに,ビジネス倫理を論じた講演であると捉 えた. 9)筆者は 19 世紀末から 20 世紀初期のアメリカ 投機論を考察の対象としてきた経緯から,『日常倫 理』に収載されたエメリーの講演内容は,アーベ ンドが“ページ講演集”を論文上で取り上げる以 前より知るところであった.エメリーの講演内容 とその学説上の意義についての,本稿よりもより 詳細な分析は拙稿(越田 , 2013)を参照されたい.. 10)1868 年 イ リ ノ イ 州 シ カ ゴ に て 生 ま れ る. 1893 年ハーバード法学部(Law School)を修了後、 ジャーナリズムの道を歩む.1897 年より「ザ・ニ ューヨーク・コマーシャル・アドバイザー」に籍 を置き、もっぱら演劇批評に従事する。特に、ニ ューヨークの舞台の商業主義を攻撃した.1902 年 には,「コリアーズ・ウィークリィ」誌の編集者に 転じる.編集者としてハップグッドは当時のオピ ニオンリーダーの論説を積極的に掲載した.特に, ニセ特許医薬品を問題視し,1906 年には「真性の 食品及び医薬品法」の制定に一役買った.1913 年 には, 「ハーパーズ・ウィークリー」誌の共同所有 者兼編集者に転じる.そこでの編集方針は強烈に ウィルソンを支持することであった. 1920 年代を通じてハップグッドはニューヨーク州 知事アルフレッド・スミスの陣営に組みした.特に 1927 年には民主党大統領候補になったスミスの宣伝 を込めた伝記( 『街の通りから上る』 )を著している. 1930 年には自身の自叙伝『変革の年月:ノーマン・ ハップグッドの回顧録』を完成し上梓した. スミスが 1932 年の民主党大統領候補の選出に敗 れた後,ハップグッドはフランクリン・ルーズベル トを支持する.その傍ら,彼はヨーロッパでムッソ リーニやヒトラーが台頭する危険性を訴えた.1937 年ニューヨークにて死亡する(American National Biography, 1999(a), pp. 35-37) ..

(4) . ぐる問題について論じる.当時,黄熱病が南部で. 人々の求めるような報道をする権限は持っていない.. 流行したのだが,それを伏せて報道しない選択を. ゴシップネタやプライバシー侵害の記事を紙面にす. した新聞があったという.また,ペストが流行し. ることへの戒めをハップグッドはこのように説く.. た折りも,大西洋側を地盤とするある新聞社はそ.  新聞社も営利企業であることから,経営上収入. れを報じなかった.あるいは,景気を押上げるた. を求めることは不可欠である.しかし,それゆえ. めに,しばしば偽りの産業情報を報じる新聞社が. に新聞紙上における広告の在り方が問題となる.. あるという.. 新聞社の収入が新聞購読料とともに,広告収入に.  ハップグッドは,事実を回避し,あるいはそれ. 依存することから,当時においても新聞広告の在. を歪める報道を行うこうした新聞社の報道姿勢を. り方は論議を呼んでいた.具体的な問題として,. 「ジャーナリズムの倫理(the ethics of journalism)」. ハップグッドは2つあげる.. (Hapgood, 1910, p. 1)の観点から問題視する.「こ.  1つは,人々に有害な広告の問題である.当時,. うした新聞の過ちは,自らを人々全体の利益に対. 大衆薬品の広告収入は金融の広告収入に次ぐもの. する受託者としてではなく,限られた営業上の利. であったのだが,大衆薬品はその効能をめぐって. 益の擁護者として考えているところにある」と主. 物議を醸していたと言う.そこである新聞社は大. 張する(Hapgood, 1910, p. 3).ハップグッドは,. 衆薬品が有害であるとの判断から広告を取りやめ. 新聞は公器であるとの認識にたって,特定の人々. たのである.. の利益に資する報道を廃し,普遍的な事実を人々.  この問題に対するハップグッドの態度は現実的. に知らせる使命があると主張しているのである.. であった.ハップグッドは次のように論じる.自分.  マスメディアが個人のプライバシー報道に走る. としては大いに宣伝されている朝食のメニューよ. 有様に対してもハップグッドは疑念を投げかける.. りもオートミールやコーンミールマッシュのよう. 当時,新聞社の多くは良質の部類に入るものです. な従来の朝食が栄養の面でもすぐれていると思っ. ら,ニュースの価値もないようなゴシップネタを. ている.しかし,それを紙面で表明するのは気が. 活字にしていた.特に,後述するように,イエロー・. 進まない.もしも,それを社説にすると広告主が. ジャーナリズムに属する新聞がかなりの発行部数. 逃げてしまい,大損害を受ける.宣伝されている. を記録していたのだが,それらは人目を引き,か. ような朝食は体によくないといった小さな善を推. つ裕福な人々の私生活の詳細を記事にしていた.. 奨する必要はないのである.とは言うものの,ハッ. 人々の私生活を取り上げないような新聞は発行部. プグッドは誤ったことを推奨する広告を活字にす. 数が伸びないことを覚悟しなければならなかった. ることは「良識あるジャーナリスト(conscientious. と言う.しかし,ハップグッドは次のように言う.. journalist) 」(Hapgood, 1910, p. 7)に反するものと. 「ジャーナリズムの倫理が大きく改善を要するとこ. してこれを批判している.. ろは,プライバシーと公共性との間に適切な一線.  新聞広告をめぐっては「新聞編集者の良識(the. を認識することにある」(Hapgood, 1910, pp. 4-5).. conscience of the editors) 」 (Hapgood, 1910, p. 11). 新聞は人のプライバシーを報じるのではなく,広. にもとづいて自発的に規制を施す場合の他に,読者. く人々が知るべき,真実性と正しさを備えた情報. からの要求により規制が施される場合もあるという.. (公共性を帯びた内容)を報じなければならない,. その一例が,アルコール飲料の広告である.これは. と主張しているのである.. 新聞編集・発行側は不適切であるとの認識を持って.  そもそも,新聞は人々が知りたいことを報じれば. いなかったが,読者は飲酒癖を助長するとして批判. いいと言うものではない.コカインが欲しいといって. の対象としたのである(Hapgood, 1910, p. 11) .. それを売れば投獄される,人々が宝くじに興じたい.  2つめは特定の企業,政党の広告の扱いの問題. と言ってもそれは禁止されている(当時は)ので許. である.当時,ニュースの装いを施して特定の思. されるものではない.それと同じであって,新聞は. 想を広める多くの企業・団体が存在したという..

(5) . その手法とは,ニュース内容のなかに,こうした. 扇情的な新聞は特定の党派や非常に限られた利害. 企業などにとって都合のよい情報を混ぜて,これ. 関係者から独立している.そこで,保守的な新聞. を公平な事実の表明として読み手に伝えるという. をリベラルにかつ進歩的にさせる機能を果たして. ものであった.ハップグッドは,企業・団体にとっ. いると主張する.同時に,扇情的な新聞の側も以. て必要があれば,新聞広告を使って,自らの主張. 前に比して,語調は穏やかになり知的になってい. を表明することは適切であると主張する.しかし,. ると言う.その要因は,読者の人々が啓蒙されて. 誤ったものとも考えられる情報の掲載をどこまで. きたために,こうした傾向を望むようになったこ. 拒否できるのかは難しい問題であることを認めて. とにある.加えて,すぐれた広告主たちは,啓蒙. いる.すなわち,表明の機会を与えられるべき誠. された読者が読むような新聞にしか広告を掲載し. 実な主張内容と新聞が活字にしてはならない誤っ. なくなったというのである.新聞は廉価であるた. た事実無根の表明との間に明確な一線を画するこ. め,広告収入がなければ採算がとりにくいことか. とはむずかしいと言う(Hapgood, 1910, p. 9).新. ら,広告主の対応の変化は扇情的な新聞の在り方. 聞は何を報じ,何を報じてはならないのかという. に大きな影響を与えた.. ジャーナリズムの倫理をめぐる問いは明快な解答.  ハップグッドの講演内容は以上である.当時に. を導くことはできないのである.. おいても,新聞報道をめぐって,様々な倫理上の.  最後に,ハップグッドはイエロー・ジャーナリ. 諸問題が生起している事実があったことが判明す. ズム (yellow journalism)について論じる.イエロー・. る.こうした諸問題の認識を通じて,ハップグッ. ジャーナリズムとは,個人のプライバシーや下劣. ドが投げかけた問題とは,詰まるところ, (ア)新. な話題をネタにしたり,不確かで在りもしない事. 聞は何を報じるべきなのか,何を報じてはならな. 実を大々的に報じるといったような扇情的な新聞. いのか,(イ)ジャーナリズムを取り巻く外部環境. 報道のことであり,19 世紀末に,ジョゼフ・ピュ. に対してジャーナリズムはどのような関係性を持. リツァーが所有するニューヨーク・ワールド紙と. てばいいのか,この2つの問いに収斂するといっ. ウイリアム・ハーストが所有するニューヨーク・. てよい.ハップグッドの講演はこの2つの問いに. ジャーナル紙が繰り広げた新聞報道がその典型で. 対する自説の表明であったと言えるだろう.. ある.ニューヨークワールド紙を例に取れば,「同 紙にはおぞましい犯罪記事が異常に多く,ショッ. 2.会計職(Accountancy)~ジョゼフ・ステリット. キングな見出しで読者を刺激した」という(Milton,.  『 日 常 倫 理 』 に お い て, 2 番 目 に 収 載 さ れ た. 1989, 訳 33 頁 ) . こ う し た 扇 情 的 な 新 聞(yellow. のはステリット(Joseph Edmond Sterrett, 1870-. papers)に対して,ハップグッドは,「その論調は. 1934). 毒を放ち,読者の精神を低下させる」(Hapgood,. Accountancy) 」(Sterrett, 1910, p. 17)を論題とし. 11). に よ る,「 会 計 士 の 倫 理(the Ethics of. 1910, p. 13)として,それが描く世界は「醜悪で非. た講演である.. 道徳的」(ugly and demoralizing)であるとする..  ステリットによれば,昨今の商業上の発展の結果. しかし,他方では一定の評価も下している.ハッ. として出現した専門職が会計士である.しかし,会. プグッドにとって,ジャーナリズムの精神のポイ. 計士は新しく誕生した専門職であるために,その職. ントは真実を正しく報じる点であり,それはプラ. 務の在り方についてあまり人々に理解されていない. イベートな話題や浅薄な出来事を取り上る,取り. という.そこで,ステリットは,会計士に関わる倫. 上げないという問題よりも重視されるべきもので. 理的な主題を提起したうえで,この職に要請される. ある(Hapgood, 1910, p. 5).扇情的な新聞が真実. 職業上の倫理を明らかにしようと試みる.. を報道するという要件を満たすならば,それは,.  第1の主題は会計士と顧客(依頼人)との関係. 諸階層(特に上層階層)の偏見や彼らの狭隘な利. である.この両者の関係の在り方を考察するうえ. 害関心を蚕食する役割を果たしているのである.. でステリットはさらに以下の論点があるとする..

(6) . (ア)依頼人の秘密情報・個人情報の扱い.  この問題について,ステリットは成功報酬は会.  依頼人は会計士にみずからの情報を提供する.. 計士に限らず専門職の者が要求するべきものでは. そのため,会計士とは秘密にされねばならない. ないと主張する.成功報酬を認めると,「上手くい. 「多くの情報の貯蔵所」(Sterrett, 1910, p. 25)であ. くチャンスが遠ざかるならば,会計士は自らが携. る.その情報は依頼人が会計士を信頼して明らか. わる時間と能力を注ぎ込まなくなるだろうし,一. にしたものである.従って,会計士は依頼人の同. 方,成功が明らかに確かであるならば,報酬額は. 意なしに,それを第三者に明かす権限を持っては. 所定の額を超えることになる」 (Sterrett, 1910, p.. いない.「依頼人からの信頼は不可侵なのである」. 28)ので,会計士は仕事に励む傾向を生む.特に,. (Sterrett, 1910, p. 25).このようなプライバシーの. 依頼人が貧しいと自分の責務を疎かにする傾向が. 保護の倫理は会計事務所のスタッフにも義務化さ. あることから,それは不公平な在り方(an unfair. れる.. one)であると断じる.会計士と依頼人との良好な. (イ)成功報酬(contingent fees)について. 関係性を保持するうえで成功報酬は導入されては.  専門職にあっては,どれほどの報酬を受け取る. ならないものであると主張する.. ことがふさわしいのであろうか.ステリットはこ. (ウ)依頼人の会社の株の売買. の問題は単純なものではないと言う.とりわけ,.  依頼人が会社の場合,会計士は自らの特権的立. 会計士が受け取る報酬は成功報酬であっていいの. 場を使って,会社が発行した証券の取得が可能で. かどうか,この問題は法曹の領域では長く議論さ. ある.それは一般の大衆には持つことの出来ない. れているものの,会計士の領域では今まであまり. 機会であるが故に不公平である.ステリットは,. 論じられていないとも言う(Sterrett, 1910, p. 27) .. 依頼人の会社の株式売買を強く戒めている.この 規則をきちんと守れば,「会計士は自分の公平性を. 11)1870 年ペンシルベニア・ブロックウェイに て生まれる.公立学校を卒業後,1893 年フランシ ス&ステリット会社を設立した.この会社はプラ イス・ウォーターハウス株式会社に統合されるが, ステリットはその会社の共同経営者となる.1899 年ステリットは公認会計士の資格を取得する. 会社経営に携わる一方で,1911 年から 12 年の間 は,タフト大統領から任命されて,経済と効率に 関する政府委員会での助言者を務める.1917 年か ら 19 年までは財務省長官から任命されて租税助言 委員会のメンバーを務めた.また,1921 年から 22 年には,租税に関して,メロン財務省長官の助言 役を務める.1924 年にはドイツ賠償問題の解決を 図るドーズプランを実行するために設立された移 転委員会のアメリカ側メンバーでもあった.本委 員会での活躍が評価されて,ステリットはドイツ 赤十字から勲一等を授与される. 公認会計士という専門職の創設における草分け 的存在として,ステリットは,ペンシルベニア公 認会計士校の創立に尽力するとともに,1904 年 から 1906 年にかけては校長を務める.1908 年か ら 10 年にかけてはアメリカ公認会計士協会会長を 歴任する.1934 年 3 月,ニューヨークで逝去した (The National Cyclopedia of American Biography , 1937, pp. 266-267: http://www.fisher.osu.edu/ departments/accounting-and-mis/the-accountinghall-of-fame 2016 年 1 月 12 日アクセス).. 危険にさらすこともない」と言う(Sterrett, 1910, p. 37) .  第2の主題は貸借対照表や損益計算書に対する 会計士の在り方の問題である.貸借対照表や損益 計算書といった会社の会計報告の作成において, 会計士はどのような心構え,倫理観をもって臨む べきなのだろうか.この点についてステリットは 次のような考えを明らかにする.  まず,会計士が作成する会計報告書とは当該企 業の取締役員やその株式を取得している金融機関 に向けたものである.しかし,会計士の本来の依 頼人は広く人々であったり,あるいはその一部の 人々である.すなわち,決して,企業寄りの会計 報告を意図して作成してはならない.  普通,貸借対照表や損益計算書などの会計報告 書は単なる事実の表明であると考える向きがある が,会計士が作成するそれらは概して会計士の「意 見の表明(expression of opinion) 」 (Sterrett, 1910, p. 32) である.そこでステリットは次のように述べる.   「貸借対照表や損益計算書に対する会計士の証 明書が,完全に決定づけられた一連の事実に対す.

(7) . る証明書ではなく,むしろ,現在でも完全に公表. utmost candor and good faith)」であるとも言う. されない諸事象の位置づけに対する会計士の意見. (Sterrett, 1910, p. 20) .「最大限の正直と信義」の. の言明であるならば,想定される会計士の責任は. 具体例として,ステリットは検眼士の例を挙げる.. とてつもなく大きくなるとともに,その責任に適. ある時,ステリットが眼鏡屋を訪ねて,めがねの. うべく,会計士は問題に対処するために,事実の. 具合を尋ねたとき,応対した検眼士は「今付けて. 最終的な言明以上に必要とされるであろうより包. いるめがねはあらゆる要求に適っている」 (Sterrett,. 括的な幅広い能力を持っていなければならない」. 1910, p. 20)と告げて,さらなる検眼や新規のめ. (Sterrett, 1910, p. 32).従って,単なるスキルだ. がねの購入を勧めなかったのである.ステリット. けでは不十分なのであり,会計報告の作成におい. によれば,検眼士の言動は「最大限の正直と信義」. ては, 「熟達された正義感(well-trained sense of. に当たるという.こうした正直と信義といった倫理. justice) 」が随伴しなければならないと主張する. 的資質は他の一般的な職業で要求されるよりも専門. (Sterrett, 1910, p. 32).. 的職業に従事する者はより強く身につけていなけれ.  貸借対照表や損益計算書の正しさを証明する証. ばならないと主張する(Sterrett, 1910, p. 20) .. 明書の作成を企業側から求められたとき,会計士.  会計士に以上のような資質が要請されるのは,. は自分が正直に書けない条件にあるときにはいか. 一重に会計士の職が高度な専門性を持ち,それ故. なる証明書の作成も辞退することは義務であると. に,職業上の栄誉(the honors of his profession). いう.あるいは,このような収支報告書のなかに. とともに責任の重さ(the burden)を伴っているか. 問題点があるならば,それを注意深く投資家に喚. らである.しかし,こうした厳しい資質や倫理が. 起することも義務であるという(Sterrett, 1910, pp.. 求められる会計士であるからこそ,ステリットは,. 34-35).こうした主張も正義感の発露と考えていい.. 会計士は「実業上の道徳(business morality)や.  第3の主題は会計士の資質をめぐる問題である.. 社会の安定性の向上において,ますます指導的役.  まず,会計士の持つべき一般的な資質として,. 割を担うべきであり,かつそうなると信じている」. 「公正に自分の義務を果たすために,会計士は洗練. (Sterrett, 1910, p. 39)と主張するのである.. された精神,鍛え抜かれた正義感(well-developed sense of justice),実業,経済,法律,会計上の問 題といった幅広い領域にまで対応できる知識,そ れらはもちろんのこと,自分の仕事を上手に処理. 3.弁護士と依頼人(Lawyer and Client)~レー ヴィット  『日常倫理』に収載された講演の3番目の演者は. するための鋭い感覚や良識」(Sterrett, 1910, p. 19). レーヴィット(John Brooks Leavitt, 1849-1930). をあげる.とりわけ,ステリットが強調するのは. である.. 正義感である.「正義の文化は会計士の第1の義務.  「弁護士と依頼人」という演題で行われた講演で,. であり,正義感のなかに,他の倫理は包括される. レーヴィットは自らの弁護士体験を紹介しつつ,. のである」 (Sterrett, 1910, p. 32).先ほど,正義感. 弁護士がその職責を遂行するうえで,遵守しなけ. は会計報告の作成において重視される倫理である. ればならない倫理的規則を明らかにした.その規. 12). と述べたが,それは会計報告の次元にとどまらず,. 則とは「規則Ⅰ」から「規則Ⅻ」という形で 12 ヵ. 会計士の職務全般において必要とされる最も重要. 条にわたる.本稿ではそれらをその主題の共通性. な倫理的資質なのである.. をもとに,いくつかのグループにまとめたうえで,.  実際の業務においては,依頼人が会計士に期. レーヴィットが論じた,弁護士と依頼人の間に存. 待 す る 資 質 は「 勤 勉 さ と 熱 心 さ(industr y and. 在すべき倫理,弁護士が身につけるべき徳目を明. application)」であるとする(Sterrett, 1910, p. 22).. らかにしてみたい.. また,ステリットは依頼人との関係性の構築に.  12 ヶ条にわたる規則のうち, “ 真実性の原理”と. おいて大切な徳目は「最大限の正直と信義(the. でも命名できる規則が3つほどある.まず,規則.

(8) . Ⅱとして, 「依頼人は弁護士に真実を,真実全体. よりも調停に持ち込む策をアドバイスしていたと. を告げるべきであり,真実以外を告げてはならな. 悔やむ(Leavitt, 1910, pp. 45-46) .. い」 (Leavitt, 1910, p. 46).これは依頼人に要請さ.  では,依頼人が真実を語らないならば,弁護士. れる倫理である.レーヴィットはこの規則の必要. はいかに振る舞うべきであろうか.この点につい. 性を次のような訴訟事例から根拠づける.最近の. て,レーヴィットは,規則Ⅹとして,次の倫理的. ことであるが,レーヴィットのある依頼人が 15 年. 規則を提起する.「たとえ,依頼人が不正な立場に. 前ニューヨークに住んでいた時に携わっていた取. あると弁護士は信じているとしても,弁護士は刑. 引がもとでカネを支払うように訴えられた.依頼. 事上,民事上の訴えに対して,人を専ら弁護すれ. 人はそのようなカネを借りてはいない,その支払. ばいい.しかし,弁護の有益さが全くない,あるいは,. い要求は知らないと言う.そこでレーヴィットは. 依頼人が事実の申し出を述べるに当たって本当のこ. 依頼人に対して,時効を主張するばかりではなく,. とを言っていないと信じるにたる十分な理由を弁護. 負債を負っていないことを抗弁するようにアドバ. 士が持っているならば,原告が提起した訴追に関わ. イスした.ところが,公判で原告側は依頼人が当. るべきでない(規則Ⅹ) 」 (Leavitt, 1910, p. 63) .弁護. 時書いた書簡を持ち出してきた.その書簡で依頼. 士と依頼人との関係は,何よりも依頼人が真実を語. 人は請求の正当性を認識しており,期日が来たな. ることが前提になって成立するものなのである.. らばカネを支払う約束をしていたのである.結果.  依頼人に真実の表明を求める以上,弁護士もそ. は原告の勝訴であった.レーヴィットは依頼人が. れに誠実に対応しなければならない.それを明ら. 本当のことを言っていたのならば,法定での争い. かにした倫理が次に述べる規則Ⅳである.規則Ⅳ とは,「依頼人は事実に関して弁護士に誠実でなけ. 12)1849 年 シ ン シ ナ テ ィ に て 生 ま れ る. 父 親 は,ジョン・M・レーヴィット(John McDowell Leavitt)で,シンシナティの傑出した牧師であり, ペンシルベニア州リーハイ大学の学長を勤めた. 1868 年オハイオのケニヨンカレッジ(Kenyon College)を卒業後,1872 年には同大学で修士号 を取得する.その後ニューヨークに移り,コロン ビア大学法科大学院に進み,1871 年に修了した. 1896 年にはケニヨンカレッジより法学博士の学位 を取得している. 法科大学院修了後は法律事務所の職員となるが, 1878 年には独立して,自前の法律事務所を持つに 至る.レーヴィットが初めの頃に手がけた訴訟の うち注目するものは非道な行為を行ったかどで訴 えられた著名な聖職者の弁護であった.その後, 選挙違反のかどでニューヨーク州総務部長や州の 弁護士組織,あるいは州政府高官を訴えている. レーヴィットは政治にも関与を深め,ニューヨ ークでの「よき政府運動」に専心し,1893 年には その運動組織の公認候補として,州議会議員に立 候補している(結果は落選であった). レーヴィットは弁護士業に従事する傍ら,ニ ューヨーク市,ニューヨーク州及び全米の弁護 士会のメンバーになるとともに,「ニューヨーク 州弁護士会の,犯罪を犯した精神障がい者の投 獄と免責に関する委員会」の会長などを務めて い る(Prominent and Progressive Americans,An Encyclopedia of Contemporaneous Biography , 1902, pp. 201-202).. ればならない.従って,弁護士も自分の意見に関 して,依頼人に誠実でなければならない」(Leavitt, 1910, p. 52)というものである.この規則につい て,レーヴィットは次のエピソードから根拠づけ る.ある依頼人がレーヴィットに離婚の相談にやっ てきた.しかし,レーヴィットは依頼人が望まな い方法をアドバイスしたので,その依頼人は怒っ てしまった.その時,レーヴィットは,依頼人に, “あ なたが私を訪ねたのは,私の口から私の意見を求 めるためなのか,それとも依頼人自身の意見を求 めるためなのか”と聞いたという.依頼人は弁護士 の意見を聞くためにカネを払っているのであるか ら,依頼人が支払う対象である弁護士の意見を述 べるのは弁護士の義務であるというのである.こ のように述べたら,依頼人は納得して,笑顔が戻っ たというのだ.  弁護士の守秘義務を明らかにした倫理が次の規 則Ⅲである.それは, 「弁護士と依頼人が本格的 な雇用関係にあるなかで行われたコミュニケー ションを,弁護士は公開するように強制されない し,それは許されない(規則Ⅲ)」(Leavitt, 1910, p. 47) .依頼人が事実を明らかに語るなかで,弁護士.

(9) . がその会話を第三者に漏らしてしまうならば,依. るべきだと同意してはならない(規則Ⅻ) 」 (Leavitt,. 頼人は真実を語ることはできなくなる.依頼人が. 1910, p. 67) .レーヴィットは成功報酬を否定しな. 真実を語るべきであるという規則Ⅱを貫徹するた. い.そこで報酬対価は現状復帰の費用として捉え. めにもこの規則Ⅲは必然的に要請されるのである.. る見方を支持しない.しかし,「合理性のある補償.  弁護士と依頼人との間に見解の相違があった場. 対価」とはレーヴィットの強調するフレーズなの. 合,双方はどのように振る舞えばいいのだろうか.. であるが,これは常識的な適正な対価を指してい. 規則Ⅴと規則Ⅵはそれを対象とする.. る.「通常のサービスと呼ばれるものを提供する平.  規則Ⅴとは「依頼人が弁護士の助言に従わなかっ. 均的な弁護士や医師は自分の仕事に対して法外な. たとしても,弁護士はそれで不快になる権限はな. 金額を要求するいかなる道徳的権利を持っていな. い」(Leavitt, 1910, p. 52)である.裁判官ならば相. い」(Leavitt, 1910, p. 68)のである.. 手は裁判官の主張に従わなければならないが,弁.  レーヴィットによれば,弁護士と依頼人との間. 護士は裁判官ではない.弁護士は「単純に助言者. で生起する問題のなかでも最も重大であるもの. である」 (Leavitt, 1910, p. 52).この事実を直視せ. (the most important of all the question)が,「弁護. よとレーヴィットは言っているのである.. 士は依頼人の起訴や弁護において,どこまで踏み.  規則Ⅵは次のように規定されている. 「弁護士は,. 込めばいいのか」(Leavitt, 1910, p. 58)という問題. 自分の意見に反する依頼人のために活動するのを. である.これは「不正な立場にあることが分かっ. 断ることは責務とは必ずしも言えないものの,そ. ている依頼人を弁護することは,弁護士にとって. のようにする権利は持っている.そして,依頼人は,. 正当化されるのであろうか」(Leavitt, 1910, p. 58). 自分がその弁護士の助言に従ったり,あるいは別. という問いに発展する.この問題に関して,レー. の助言を得る立場にあるならば,その弁護士が降. ヴィットは「ある人が弁護士に,自分が有罪であ. りたことを不快に思う権限はない」(Leavitt, 1910,. ることを自白しているならば,そしてその自白が. p. 54).この規則を引き出すに関して,レーヴィッ. 確かであるならば,弁護士は自分が有罪であるこ. トは次のような経験を紹介する.昨年のこと,あ. とを申し立てるようにその人に助言するのは義務. る女性がレーヴィットのもとを訪ねたのだが,彼. である」(Leavitt, 1910, p. 59)と言う.しかし, 「そ. 女はすでに複数の弁護士に相談をしていた.どの. の人が拒むならば,その弁護から撤退すること. 弁護士にも不満を感じており,その末にレーヴィッ. は弁護士の義務であると私には思える」 (Leavitt,. トに依頼したのである.しかし,レーヴィットの. 1910, p. 59)とも言う.. 助言もその女性にとっては納得のいくものではな.  このように,罪を犯し,有罪であることが判明. かった.そこで,「私の方向に従えない限り,私は. している被告人に対しても弁護に当たる弁護士に. この訴訟を導く責任を引き受けることは出来ない」. おいては,その職務の正当性や社会的意義を確保. (Leavitt, 1910, p. 53)とその女性に告げ,結局のと. するうえで職業遂行における道徳や倫理の裏付け. ころ,レーヴィットとその女性とは円満に別れた. は不可欠な要素となる.そこで,レーヴィットは,. のである.この規則は弁護士の助言に依頼人が反. 次のような問いを投げかけて,弁護士という職業. する行動に出るならば,依頼人が固執した策に対. の遂行と道徳・倫理との関係性を論じる. 「弁護士. して弁護士は責任を負うものではないことを含意. が行う助言で道徳はいかなる役割を持っているの. している.. か」 .弁護士は「自分の依頼人に助言するうえで.  依頼人に対する金銭的関係を構築するうえで,. いかなる道徳的権利を持っているのか」(Leavitt,. レーヴィットは次の規則Ⅻを提起する.「弁護士は. 1910, p. 54) .こうした倫理的問いは,弁護士の助. 自分の提供したサービスに対して合理性のある補. 言と社会で貫徹する道徳との関係性をめぐる問題. 償対価を受け取る資格がある.そして,自分の補. であるとともに,弁護士が備えるべき資質として. 償対価は失ったものの回復での割当のつもりであ. の倫理とは何か,という問題を提起する.これに.

(10) . ついて,レーヴィットは次のような規則を3つ提. Ⅸより,依頼人が弁護士の助言にもとづいて取っ. 示して,自らの考えを明らかにする.. た行為について,その道徳性に伴う責任は弁護士.  原則として,レーヴィットは弁護士は法律上の. ではなく,依頼人にある).. 見地から自分の意見を述べればいいので, 「弁護士.  以上,レーヴィットが講演で提起した様々な規則. はいかなる道徳上の問題に配慮することなく,法. の論及を通じて論じた弁護士と依頼人との関係性. 律上の問題から自分の意見を発しなければならな. 13) における倫理的問題の主旨を明らかにした .こう. い(規則Ⅶ) (Leavitt, 1910, p. 55)と主張する.また, 」. した規則の提起とともに,レーヴィットは次の3. 「弁護士自らが行ったことに対する道徳的責任を逃. つを弁護士の要件とした.それは,「正しいことは. れることが出来ない出来事に弁護士が関わってい. 何なのかを見分ける十分な道徳的予見力(sufficient. る場合を除いて,法的な助言の結果としての行為. ,「依頼人にそのようにするよ moral perception)」. の道徳上の責任は,依頼人にあるのであり,弁護. うにとアドバイスを行う勇気」, 「依頼人の顔をつ. 士にはない(規則Ⅸ)」とも言う(Leavitt, 1910, p.. ぶすことなく,平和裡にことを進めて依頼人を助. 58).特に,後者の規則Ⅸについて,レーヴィット. ける能力」(Leavitt, 1910, p. 57)である.これらの. によれば, 「依頼人の行動に対する道徳的責任を弁. 要件は弁護士の徳目として理解することが出来る. 護士に負わせることは,弁護士にとってひどい話. であろう.. であり,我々の社会の枠組みにおいても非常に都 合が悪い」 (Leavitt, 1910, pp. 57-58).そこで,規則 Ⅸが要請されると主張する.  しかし,規則Ⅶを提示したものの,「道徳の問題. 4.輸送(Transportation)~チャールズ・A・ プラウティ  『日常倫理』に収載された講演の4番手は,チャー. をより深く考えることなく捨て去ることは皮相で ある」 (Leavitt, 1910, p. 55)ともレーヴィットは言 う.そもそも,弁護士が述べる助言は依頼人の行 為を規制するため,道徳の領域は無縁ではない. 確かに,依頼人が法律上の問題のみを弁護士に尋 ねるだけであるならば,弁護士は道徳の領域にま で意見を述べる立場にはない.しかし,依頼人が 自分はどのように行動するべきなのかに関して, 弁護士の助言を求めるようであるならば,弁護士 は「人として,市民として,依頼人の相談者とし て,依頼人が教えてくれた行為の道徳性に関して, 自分の意見を述べることは義務である」(Leavitt, 1910, p. 55)と言う.そこで,レーヴィットは規 則Ⅷを提示する. 「法的な助言が依頼人の将来の行 動を定める目的のためにあるならば,依頼人から 示された行為の道徳性について自分の意見を述べ ることは弁護士の義務である(規則Ⅷ)」(Leavitt, 1910, p. 56) .依頼人の行為の選択において,弁護 士の助言は重大な要素になる.従って,依頼人が 選択するであろう行為に道徳的問題が随伴するの であるならば,それを含めた助言を弁護士は行わ なければならないというのである(ただし,規則. 13)本稿では,規則Ⅰと規則Ⅺは考察の対象外 とした.ここでそれを記せば次のようなものであ る.「弁護士は,依頼人から解決を要請されるべき なのであり,依頼人を見つけるようなことをする べきではない(規則Ⅰ)」 (Leavitt, 1910, p. 45) .「弁 護士と依頼人の関係は,どちらかによる,筋の通 った解約予告によって,理由を付けることがなく ても終結される(規則 Ⅺ)」(Leavitt, 1910, p. 66) . 14)1853 年バーモント州ニューポートにて生ま れる.1875 年にダートマス大学を卒業した後,ニ ューポートに戻り,ニューポートアカデミーの校 長に就任する.1882 年には弁護士資格を取得する. 法律家としての仕事に加えて,ニューポートの合 同企業の社長や地元の電気事業の経営者も兼任す る. 1896 年州際商業委員会(Interstate Commerce Commision, ICC)の委員に任命され,1914 年 までその職に就いた.ICC委員としての彼の業 績は鉄道査定法の実現である.この法律は各鉄道 会社の実物資産の完全な査定を行う組織として, ICC内に査定局の設立を規定するものである. 1914 年には,ICC委員をやめて,自身が設置 した査定局の局長に就任する.プラウティの精力 的な働きにより,さまざまな査定報告書が作成さ れた.1918 年には合衆国鉄道局の公的サービス・ 会計の理事に就任する(Dictionar y of American Biography , 1935, pp. 248-249)..

(11) . ル ズ・ A・ プ ラ ウ テ ィ(Charles A.Prouty, 1853-. ウティが言うように「鉄道は公的サービスである」. 1921) である.プラウティは「輸送」という演. という特徴を有する.その点から連邦政府や州政. 題のもとで,鉄道輸送を主題にする.そして,「私. 府は資金や土地を供与したのである.. の主題は鉄道の建設・運行の倫理である」(Prouty,.  鉄道事業が以上のように公私両面の性格を持つ. 1910, p. 70)と述べるように,プラウティが論議の. という点は,19 世紀末から 20 世紀初めのアメリカ. 対象とするのは鉄道輸送を担う事業者に関する倫. において,様々な識者が指摘するところであった.. 理についてである.. 例えば,セリグマンは「鉄道が民間企業(business.  まず,プラウティは鉄道輸送の特性について, 「鉄. corporation)で運営される限り,それは私的な事. 道は公的サービスである」(Prouty, 1910, p.71)と. 柄である」とともに,「鉄道が我々の公的な交通. いう.そして,その経営組織の観点から「鉄道は. (public highway)を形成する限り,それは公的な. 独占企業である」(Prouty, 1910, p. 71)ともいう.. 事柄である」と述べる(Seligman, 1887, p. 1) .私. 初めに,その言説の意味を確認してみよう.. 的な性質を持つという観点からすれば,鉄道事業.  アメリカで鉄道建設が本格化するのは 1850 年代. は最大限の利潤(profits)の追求を目的とするので. 14). からであり,それが頂点に達するのは 19 世紀終盤. あり,企業の所有者の利害に従属する.公的な性. である.1860 年には 30,626 マイルだったレールの. 格を持つという観点からすれば,鉄道事業は最大. 総延長は 1890 年には 163,597 マイル,1900 年には. 限の便益(benefits)の追究を目的とするのであり,. 193,346 マイルにも達する.注意したいのは,こう. 人々の利害に従う.このように鉄道事業の本性は,. したレールの伸長は鉄道会社の競争や吸収・合併. セリグマンによれば,公私の混成物(hybrid)な. を伴っていたことである.すなわちアメリカの鉄. のである(Seligman, 1887, p. 2) . 15). 道事業は自由競争から独占の形成という,資本主.  ところが,プラウティによれば, 「サービスは公. 義経済の発展に見られる典型的な道筋をたどる.. 的,資本は私的という」(Prouty, 1910, p. 72)鉄道. その結果,19 世紀末には,モルガンやハリマンと. 事業の特徴はその経営倫理を問ううえで難しい問. いった資本家が巨大な鉄道会社を所有しており,. 題を生むと言う.プラウティは鉄道事業が関与す. まさに,少数の独占資本がアメリカの鉄道事業を. る倫理的問題を次の観点から論じる.. 掌握していたのである.「鉄道は独占である」とプ.  まず,鉄道運賃について,プラウティは鉄道輸. ラウティが言うとおりである.. 送の唯一の収入源はその公的責務を遂行した対価.  このように鉄道事業は民間資本主体で行われて. として顧客からもらう料金であるという.そのサー. いたのであるが,建設資金の調達や用地の確保に. ビスが公的性格を持つ以上,運賃には合理性がな. おいて,連邦政府や各州は非常に重要な役割を遂. ければならない(Prouty, 1910, p. 76) .純粋な私企. 行した.例えば,1833 年よりエリー鉄道の建設. 業の場合は,人は不当な価格を押しつけられれば,. が始まるが,ニューヨーク州はその建設のために. それを購入しない選択を採ることで抵抗すること. 150 万ドル分の株式を購入し,300 万ドルの借款を. が出来るが,鉄道事業の場合独占事業であるから. 行っている(Brown, 1951, 訳 99 ∼ 100 頁).国全. それは不可能である(Prouty, 1910, p. 79) .. 体で言えば, 「連邦政府が鉄道会社に対する土地援.  鉄道運賃はどのようにすれば適切性が確保され. 与政策を開始した 1850 年からその政策を廃止した. るのであろうか.方法論としては,他の類似のサー. 1871 年までに,連邦政府は1億 5900 万エーカー の土地を鉄道会社に与えており,州政府は 5500 万 エーカーを与えている」のである(越後 , 1954, 61 頁) .鉄道事業とは公共交通機関として,他の経済 主体の経済行為を支え,経済の循環や社会の発展 を下支えするインフラとしての特質を持つ.プラ. 15)同様の主張は他にも,ジョンソン(Emor y R. Johnson) と ヴ ァ ン メ ト レ(Thurman W. Van Metre)が述べているとともに(Johnson and Van Metre, 1920, p. 99) ,当時の地方紙の論説記事(Local Press on the Erie Railway Management , 1872, p. 15) などからも確認することができる..

(12) . ビスとの比較研究を行ったり,異なる人,異なる. 主はトン当たり,2.25 −(1+ 1.15)= 0.1 ドル(10. 商品ごとの運賃設定が公正かどうかの検討が有効. セント)の黒字となる.. であると言う(Prouty, 1910, p. 93).また,原則論.  以上より,「1つのケースでは輸送に適する運賃. としては, 「非合理的で差別的な料金を強要する. は1ドルであり(the traffic will bear one dollar in. のは良識に反する」(Prouty, 1910, p. 94)とも述べ. one case) ,別のケースでは,1.15 ドルが適切である」. る.しかし,不正で非合理的な鉄道運賃とは何で. (Prouty, 1910, p. 97)とプラウティは言う.確かに,. あるのかを決定するのは困難である.実際上,「も. 250 マイル運んで,1.15 ドルしか入らないのである. しも鉄道が2つの地点間で単一の商品を輸送する. から,鉄道会社としては満足行かないかもしれな. 目的で建設され,他のサービスを行わないのなら. いが,こうした二重設定により, 「道徳的毀損(moral. ば,鉄道運賃はいくらが適正なのかに答えること. dereliction)」を犯したものとして非難されること. は比較的にたやすい」(Prouty, 1910, p. 94)が,し. はない (Prouty, 1910, pp. 97-98) .ただし,プラウティ. かし,現実には荷物と乗客を運んだり,荷物にし. は,同一地点での炭坑の採炭コストの違いを鉄道. ても重いものもあればそうでないものもあること. 運賃に反映させるような運賃設定はおかしいとし. から,適正な料金を計算することは不可能に等し. て拒否する.例えば,C地点の第1炭坑はトン当. い(Prouty, 1910, p. 95).. たり1ドルで,第2炭坑はトン当たり 1.25 ドルで.  そこで,プラウティは次のような,鉄道運賃設. あるとして,A地点までの前者の輸送コストを1. 定の原理を提起する.それは,「その輸送に適する. ドルにしてA地点で,2.25 ドルで売れるようにす. 運賃(what the traffic will bear)」(Prouty, 1910, p.. る,後者の輸送コストを 0.5 ドルにして,A地点で. 96)というフレーズに集約される.プラウティが. 2ドルで売れるようにする,どちらも利潤は 0.25. あげた具体例をもとに説明すれば,それは次のこ. ドルを保障する,こうした考えは否定する.. とを意味する..  以上のプラウティの考えをまとめると,同一区.  例として,A地点から 50 マイルの所にC炭坑が. 間の間の運賃設定は同じにすること,異なる区間. あるとする.. での運賃設定は,「その輸送に適する運賃」の原理. A. 50マイル. (2.25 ドル). (1ドル). C 炭坑 (1ドル).  炭坑のあるC地点では,石炭価格1ドル/トン だが,A地点では,石炭価格は 2.25 ドル/トンで ある.よって,CからAへの鉄道運賃をトン当た り1ドルに設定すると,これにより,鉱山主はト ン当たり 0.25 ドルの黒字になる.  次に,A地点から 250 マイル離れた地点にX炭 坑があるとする. A. 250マイル. (2.25 ドル). (1.15 ドル). X 炭坑 (1ドル).  炭坑のあるX地点では石炭の価格1ドル/トン で,前の例と同じく,Aでは石炭価格 2.25 ドル/ トンである.そこで,XからAへの鉄道運賃をト ン当たり 1.15 ドルに設定する.これにより,鉱山. で行うこと,に集約される . 16).  次に,鉄道建設やそのための資金調達の在り方 に関して,プラウティは次のような3つのルール を提起する.  第1は,必要ではない鉄道は建設されるべきで はないというルールである(Prouty, 1910, p. 77) . かつては,他社を撃退するために鉄道が平行して 建設された.あるいは,建設それ自体から利益を 得ることを目的に建設された.しかし,こうした 建設は「道徳的に誤っている(morally wrong)」 (Prouty, 1910, p. 78)と断じる.その理由として,. 16)セリグマンの議論においては,「その輸送 に適する運賃」で課金するという考えは,低級品 の輸送はその料金を割安にするという意味である とする.しかし,高級品には法外な料金を課して も合法であるとの意味に取ることもできることか ら,この考えは誤解を生むものであると指摘する (Seligman, 1887, p. 8) ..

(13) . ライバル他社を撃退するために工場を自分の私的. い」 (Prouty, 1910, p. 89) , 「億万長者も荷物や子ど. 資本で建設したとしても,それは「企業者の道徳. もを抱えた貧しい夫人も同様に気を配る必要があ. 的権利(his moral right)」(Prouty, 1910, p. 78)で. る」 (Prouty, 1910, p. 89)という.些細なこととは. あるが,鉄道事業の場合はこの原理が適応されな. いえ,こうした問題は「輸送の倫理(the ethics of. い.鉄道が公的組織であり,その原資は人々が支. transportation) 」 (Prouty, 1910, p. 89)なのである.. 払う運賃であるからである(Prouty, 1910, p. 78)..  以上,プラウティの講演内容を概観した.鉄道. また,二本目が平行すれば,利益は半額に減少する. 運賃や建設事業,資本会計の問題は経営上の政策. ものの,建設コストは倍になってしまう(Prouty,. 論であり,倫理とは次元の異なる領域ではないか. 1910, p. 79).これも過剰な鉄道建設が「道徳的に. と思いがちであるが,プラウティは,こうした問. 誤っている」理由の1つである.. 題を倫理的言辞を交えて論じている.ここに本講.  第2のルールとして,コスト以上にかかる鉄道. 演内容の特徴がある.プラウティの主張の要諦と. は建設されるべきではない,を提起する(Prouty,. して,鉄道事業を倫理で語るうえでの基本となる. 1910, p. 80).当時,多くの鉄道が建設会社を儲け. 原理が,「鉄道は公的サービスである」という考え. させる目的から作られていたという.プラウティ. である.「公的サービス」ゆえに,その事業形態も. は鉄道事業が公益性を持つとしてもこうした理由. 利益を上げる方法も「公共の視点から規制されな. から建設が進む実態を問題視したのである.. ければならない」 (Prouty, 1910, p. 88) .鉄道事業.  第3として,鉄道会社の資本会計は,実際に投. において格別の倫理が要請される根拠はここに潜. 資された総額を表現していなければならない,資. んでいる.しかし,その規制の在り方は恣意的な. 産に組み込まれない株式や社債は1ドルたりとも. ものであってはならない.それは,「公正で,理. 発行されるべきではない,というルールを主張す. 解されるものでなければならない(should be just. る(Prouty, 1910, p. 81).. and intelligent) 」(Prouty, 1910, p. 105)のである..  実際のところ,プラウティによれば,鉄道資産 がどれほどの収益力を示すのかは不明であるとい. 5.投機(speculation)~ヘンリー・クロスビー・ エメリー. う.これは鉄道会社の証券の発行能力があいま いなものであることを意味する(Prouty, 1910, p..   『日常倫理』の最後に収載された講演の演者. 82) .実際,多くの鉄道会社は株式を過剰に発行し. は エ メ リ ー(Henr y Crosby Emer y,1872-1924). 17). たため(株の水増しの問題),鉄道証券の時価総額. である.. はその本来の価値から遊離している(Prouty, 1910,.   エ メ リ ー は 当 時, 投 機 論 の 分 野 で は 第 一 人. p. 82).それは鉄道株が格好の投機対象となる原因. 者. であり,その結果なのである.本来,鉄道運賃と. て,倫理的観点から投機を論ずる論者として選任. 18). であったことから, “ページ講演集”におい. は鉄道資産の公正な価値にもとづくものでなけれ. されたのは至極当然のことといえるだろう.以下,. ばならない(Prouty, 1910, p. 83).その捕捉が困難. 1909 年5月 27 日に行われた彼の講演をもとに, 「投. であろうとも,それを明確化する必要がある.こ. 機の倫理学」を概説する.. のことが人々と鉄道会社との間の公正(justice).  エメリーは,「本講義の目的」を次のように語っ. をもたらすとプラウティは言う(Prouty, 1910, p.. ている.「人が自分自身の努力や財産を通じて富を. 84) .. 求め,利益をもたらす期待からそうした価値ある.  プラウティは,鉄道事業が公的性格を持つ故に,. ものを交換するといったビジネスの世界で,我々. 従業員も人々に何らかの責務を果たすものである と主張する. 「鉄道事業は人々の公僕なのである」. は道徳性が存在すると想定して構わないのだ」 (Emery, 1910, p. 112) .. (Prouty, 1910, p. 73) .具体的に言えば, 「鉄道会社.  ビジネスの世界においても倫理や道徳が存在す. の従業員は一律の礼節を人々に尽くさねばならな. る,あるいはそれを追求しなければならない,この.

(14) . 点がエメリーが訴える基本的論点である.そのうえ. 判の言説の存在を認める.しかし,「以前は悪徳. で,エメリーは,ビジネスの世界で行われている行. であった行為の正当性(righteousness)を示すこ. 為や制度の1つとして,投機の話題に移していく.. とは有益であると認められるであろう」 (Emer y,.  当時(20 世紀初頭)において,アメリカでは. 1910, pp. 107-108)とも語る.エメリーの意図は,. 証券取引所や商品先物取引所,あるいはバケット. 倫理的批判を浴びる投機を原則として擁護するこ. ショップで投機的取引が活発に行われていた.そ. とにある.そのために,自分自身をバーナード・ショ. の一方で,投機は賭博であるといった議論を筆頭. ウが主張した「社会のパイオニア」になぞらえる.. に投機に対する倫理的非難が沸き上がっていた .. ショウは「社会のパイオニア」を2種に分けた.. エメリーは,人々のなかには「投機にはいかなる. 第1のタイプは,今まで人々が大目に見てきた行. 倫理もない」 (Emer y, 1910, p. 107)との考えを抱. 為は実は恥じるべきものであると社会に説得を行. く人もいるだろうと述べ,投機に対する倫理的批. う人々であり,第2のタイプは,今までタブー視. 19). してきた行為は不名誉なものではないと社会に説 17)1872 年メーン州エルスワースにて誕生する. 父親はメーン州最高裁の長官であり,ボードィン大 学での薬理法学の教授であった.16 歳でボードィン 大学に入学し,1892 年卒業する.1893 年にはハー バード大学大学院で修士号,1896 年にはコロンビア 大学で博士号を取得した.博士論文をもとに出版し た著作が,主著『投機論(Speculation on the Stock. and Produce Exchanges of the United States: Studies (1896 年) in History, Economics and Public Law )』. である.1896 年から 97 年にかけてベルリン大学に 留学し,その後数年はボードィン大学で教鞭を執っ た.1900 年にイェール大学政治経済学の教授に就 任する.イェール大学での最初の 10 年間,エメリ ーは投機論,アメリカ合衆国経済史,英国の実業事 情,関税論を研究した.関税論の研究から,1909 年, タフト大統領より関税理事会の筆頭理事に任命され る.1910 年には関税制度の研究のために,ヨーロッ パ(特に,ドイツ,オーストリア)に出かけている. 1916 年,連邦議会とウィルソン大統領は恒久的 組織であるアメリカ関税委員会の設立を決め,エメ リーを推挙したのだが,エメリーはこれを辞退した. その後エメリーは実業の世界に身を転じる.同年, グァランティ・トラスト会社の在外取締役に就任し た.1921 年から 24 年にかけて,同社の子会社であ るアジア銀行の北京支店の経営者になり,中国で暮 らす.1924 年,エメリーは中国でのポストを辞職 し,アメリカへ向かうのだが,上海を出て神戸に寄 る途中,肺炎にかかり死亡する(American National Biography , 1999 (b), pp. 497-498). 18)20 世紀初期,ニューヨーク証券取引所付 のエコノミストであったミーカーはエメリーの投 機論に関する業績から,彼を「アメリカでの投機 に関する最高位の経済的権威」(Meeker,[1922] 1975, p. 154)と述べている. 19)投機は賭博であるという主張に対して,エ メリーは売買行為の有無とリスク上の相異という 観点などから両者の差異を主張する.エメリー の投機と賭博の差異論については,拙稿(越田 , 2012, 2013)を参照されたい.. 得を行う人々である(Emer y, 1910, p. 108) .エメ リーは投機の倫理的擁護を行うことで,後者の役 を担う決意を持っているのである.その自らの役 割遂行は,今世紀の最初の 10 年間の最も重要な課 題である「ビジネスの道徳的水準でのまさしく真 性の改善(very genuine improvement in the moral standards of the business world) 」(Emery, 1910, p. 108)に資するものであると主張する.  では,エメリーはどのような観点から投機を倫 理的に論じたのであろうか.そして,いかなる理 由から投機を原則として倫理的に擁護したのであ ろうか.  投機を倫理的に議論するうえでエメリーは次の 3 つの論点を提示していると考えられる.  第1は,社会制度としての投機に関する倫理的 議論である.取引所をはじめとする場で投機が行 われていることから分かるように,投機も経済社 会における制度的枠組みのなかで執行されている. その視点を含意しつつ,投機を倫理的にどのよう に評価するのかに関して,エメリーは,次の2つ の論点を提起する. (ア)問題の対象となっている取引に関して,聞 こえのいい文句によって理解されることのない事 実を知る必要性があること. (イ)こうした事実が,社会全体の枠組のなかで, 広く解釈されるようになった後で,社会的実践や 取り決め,制度を,その機能の観点から判断する 必要性があること.  この(ア)と(イ)の論点はいかなる倫理的問.

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