犯罪論は何のためにあるか-法科大学院・裁判員時代の刑法学-
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(2) 犯罪論は何のためにあるか. 考えることにもつながるといえよう。 さて,筆者は 1 9 9 0年前後から犯罪論のあり方に関心を抱き,折に触れて犯罪 の「実体論的構造」と「認定論的構造」を区別して論じる二元的な犯罪論が望 ましいことを主張してきた。その折々に発表した拙稿には曽根威彦教授から懇 切 な 批 評 を 頂 き ま た2 0 0 1年に→応のまとめとして公刊した拙著『刑法総論 〔犯罪論J j3に対しては,同教授並びに浅田和茂教授から有益な批評を頂いた 40 とくに浅田教授からは,詳細かつかなり手厳しい批判を受けることになった。 いずれの批評も,. r 犯罪論は何のためにあるか」を明らかにする上で貴重なも. のであり,この機会にその批判の主要なものに応えつつ,私見のもつ理論的・ 実践的意味について,いま一度論じてみたい。. ニ犯罪の実体論と認定論. 私見の要点は,犯罪を「構成要件該当・違法・有責な行為」として論じる伝 統的な「一元的 J犯罪論に代えて,犯罪の実体論的構造論(犯罪の性質論)と 犯罪の認定論的構造論(犯罪の認定論)を区別し「二元的」犯罪論を展開すべ きであるというところにある D 前者の観点からは,犯罪は「違法・有責・当罰 的で犯罪類型に該当する行為」ということになり,後者の観点からは,犯罪は 「構成要件に該当し阻却事由が存しない行為 j ということになる。そして,犯 罪の「実体論」は,. r 規範的評価」と「可罰的評価」の 2大評価を基本に構成. される。前者は,具体的には(行為規範的な)違法・有責の評価から成り,後 者は(制裁規範的な)当罰性・犯罪類型性の評価から成る. O. このような実体論・認定論峻別の「理論的 j 意義という点では,曽根と浅田 とで,私見に対する評価が大きく分かれている O 曽根は,かかる「二元的犯罪 論は,内容的にはいくつかの疑問点を残しているものの,全体の構成,判断枠 組みについては,少なくとも理論体系として十分考慮に値する」とし,. -112-. r 体系.
(3) 法科大学院論集創刊号. の論理として原理的に二元的犯罪論を採ることにやぶさかではない」ともする のである 5。これに対して,浅田は,犯罪論は犯罪の「認識論」であり,私見 の「実体論と認定論の区別,とりわけその実体論(犯罪論体系)が成功してい るとは思われない」と厳しく批判する ξ しかし,犯罪の実体論すなわち性質 論を吟味することなしには,犯罪の認識論は展開しえないはずである. O. 認識す. べきものがどのような法的性質の行為であるのかを解明することなしに,かか る行為をどのように認識するかを論じてみても,空疎な認識論しか展開できな いであろう O そして,認識対象の性質いかんの問題と,その対象をいかにして 合理的に認識するかの問題とは,明らかに次元を異にする. O. これを一元的体系. で論じようとするからこそ,議論が混乱するというのが筆者の主張の核心であ る。そして,従来の犯罪論体系の問題点は,構成要件論が認識論ないし認定論 に傾き,違法論・責任論が実体論に傾くハイブリッド体系である点にあると, かねがね主張してきたのであるら「犯罪論は犯罪の認識論である」というドグ マこそ,打破されねばならない。この点については,後に詳述することにした しE。. 他方,実体論と認定論の区別の「実践的 j 意義に関して,かつて曽根は, 「刑法理論研究の対象としては両者を共に視野に入れつつ,大学(特に学部) 教育においては実体論(もとより違法・責任阻却論を含む)を中心とし,認定 論は実体論を手続法的に再構築したものとして実務教育において行われれば足 りる」と評した 8。この点は,最近の拙著に対する批評でも同様であり,二元 論に立つ拙著は,法曹実務家養成を目的とする法科大学院での刑事法教育のた めの教材として有意義であると評する. O. r. すなわち. 例えば,実体論的犯罪論. を刑法の基礎理論と共に法科大学院の基礎科目(あるいは法学部の科目)とし て教える一方で,本書第五章の『犯罪の認定論的構造 Jの部分を増補した上で, 認定論的犯罪論(および罪数論)を刑法の基幹科目として教えるといったこと も考えられてよい」とする. o. r. もっとも,曽根自身は. 体系の論理として原理 l A. 噌EA. 寸. ο q.
(4) 犯罪論は何のためにあるか 的に二元的犯罪論を採ることにやぶさかではないが,実践の論理としては, 個々の犯罪要件ごとに実体論と認定論を扱う一元的犯罪論になお捨て難いもの がある Jとするのである. O. そして,. I 例えば,大学において犯罪論の講義をす. る場合,一通り実体論の説明をした後で認定論の説明に入るよりも,例えば違 法の実体(法益侵害)を明らかにしたうえで直ちに違法阻却事由(法益衡量) の説明に入り,また責任の本質(規範的非難可能性)論を前提として責任阻却 事由(非難可能性の失われる事情)の説明を行うという方法の方が説得的で あって,学生の理解を全うすることになるように思われる. O. また,例えば裸の. 行為と構成要件的行為(実行行為),犯罪類型と構成要件の関係・区別など,実 体論と認定論を並行的に展開した方が理解の容易な場面もある. O. さらに,犯罪. の認定論において,違法・責任といった犯罪要件を単位として構成要件事由と 阻却要件事由の認定を行うことになれば,それぞれの要件ごとに犯罪論におけ る手続面(認定論)の前提として実体面(実体論)を展開する方が,犯罪論の 全体像を解明する上で合理的であるとも考えられる」とするのであるヘ 筆者もはじめは,犯罪の認定論的構造論は,原則として法科大学院教育の対 象とすれば足りるのではないかと考えていた。しかし,裁判員制度の導入など を考慮すれば,法学部教育,さらには高校以下の法教育にあっても,ある程度 の認定論的教育は必要だといえよう. O. もっとも,実体論と認定論を区別して,. それぞれ別立てで教育するのがよいか,それとも両者を交錯させつつ教育する ほうがよいかは,一つの問題であろう D たとえば「違法性」を論じるにあたっ ては,単に行為の法益侵害性のみならず,その行為によってもたらされる利益 と当該法益侵害との比較衡量の問題にも触れておかねばならない。たとえば, 正当防衛や緊急避難の問題を回避して,違法論を展開するわけには行かないで あろう O その意味で,実体論においても,積極・消極の両面から議論を進める ことは不可避である. O. しかし,. I 実体論」として厳密にいえば,行為の法益侵. 害性は違法性を積極的に基礎づける「違法化事由」として,また正当防衛等は. -114-.
(5) 法科大学院論集創刊号. 当該行為による法益侵害を正当化する「正当化事由 j として,それぞれ論じる べきなのである. O. 後者を「阻却事由」として論じるのは,認定論との混同とい. わねばならない。もっとも,違法論においては,実体論としての正当化事由と 認定論としての違法阻却事由とは,原則的に一致する。そのかぎりでは,これ を阻却事由として論じても,実際上の不都合はないといえるかもしれない。し かし責任論では,明らかに両者に希離が生じるのである. O. 責任の実体論,すなわち責任の本質(性質)を論じるについては,責任能力 や違法性の意識可能性,また期待可能性など,責任を積極的に基礎づける「帰 責要件」を検討しつつ,他方でかかる要件が例外的に欠ける諸類型(消極的類 型)を「免責事由」として検討するというのが簡明であろう。しかし認定論 的には,責任能力も違法性の意識可能性も期待可能性も,すべて「阻却事由」 として問題となるのである. O. すなわち. 責任無能力事由・違法性の意識不可能. 事由・期待不可能事由が,それぞれ責任阻却事由として位置づけられることに なる O また,故意についても,実体論的には,いわゆる「責任故意」のみが 「故意犯」を基礎づけると解すべきである O 誤想防衛による殺人などは,そも そも故意犯でなく,故意の殺人の「犯罪類型」に該当するとはいえない。しか し認定論的にいえば,いわゆる「構成要件的故意 J(構成要件的事実の認識) のみが故意犯の「構成要件」に属し(したがって,誤想防衛殺人の場合にも, 構成要件的故意はあり「構成要件」には該当する),誤想防衛の場合の正当化 事由の錯誤のような免責事由は,例外的事情として「責任故意Jの「阻却事 由J(したがって, のである. I 犯罪類型 j 阻却事由でもある)として扱われることになる. O. このような関係を端的に理解させるためには.やはり実体論と認定論を基本 的に区別して論じる姿勢が必要で、あろう c そもそも,犯罪の「実体論Jでは処 罰の正当化根拠いかんが主要な関心事であり.そこでは「正当化の論理Jが働 くのに対し,犯罪の「認定論」では,いかにして犯罪「事実j を合理的に認定 h 戸 d. よ 噌E. 1Eム.
(6) 犯罪論は何のためにあるか. していくかが関心事であって,むしろ「発見の論理」が働くのである. O. また,. 実体論においては,事実はすべて明らかになっているとの前提でいわば「静 的」に「事実自明型」の議論をすれば足りるのに対し,認定論においては,犯 罪評価を基礎づける事実をいかにして合理的に確認するかという観点から,い わば「動的」に「事実解明型」の議論をする必要がある. O. 両者は,その思考方. 法においても,基本的な差異があるといわねばならない九やはり教育上も, 犯罪の実体論的構造をしっかり理解させたうえで,犯罪の認定論的構造論に移 るのが簡明であろう. O. 犯罪の実体論の展開にあたっては,たとえば違法論では. 「違法化」事由・「正当化J事由という対置,責任論では「帰責J事由・「免責」 事由という対置で端的に犯罪の性質を議論すればよく,そこでは,構成要件・ 阻却事由という認定論的対置にこだわる必要は全くないことを,よく理解させ る必要がある. O. もっとも,授業のあり方は,教育技法とも関連する問題である. から,実体論と認定論の区別さえ明確に理解させうるというのであれば,必ず しも理論体系の順序に厳格にこだわる必要はないかもしれない。. 三. 犯罪の実体論・認識論・認定論. 浅田は,前述のように,犯罪論は犯罪の「認識論Jだとしている. O. この指摘. は,伝統的犯罪論の問題点を,まさに浮き彫りにするものといえる。そこで, 以下では,この点(犯罪の認識論は必要か)を中心に若干の検討を加えること にしよう. O. かつて筆者は,. I 構成要件j の捉え方については,これを「実体論」的に捉. えるものと「認定論j 的に(も)捉えるものがあるとの基本的視点に立って, わが国の構成要件論の状況を具体的に検討したことがあるへそこでの「認定 論」とは,ひろく犯罪の認定を問題とするものという趣旨であった O しかし, 私見が認定論的だとしたものの中に,まさに刑事手続上の犯罪の認定をとくに. -116-.
(7) 法科大学院論集創刊号. 重視して議論を展開するものと. より一般的に犯罪の存否をどのようにして確. 認するかという視点で議論を展開するものとがあったことは確かである. O. そこ. では実体論的把握との対置に関心があったため,これらをとくに区別せず一括 して論じた。しかし,犯罪論は犯罪の「認識論j だとする浅田の上記指摘など に鑑みれば,裁判官の「認定Jとの関連を強く意識するものと一般的な犯罪の 「認識」を問題とするものとは,基本的に区別してこれを検討するのが妥当と いえよう. O. そこで本稿では,かつて「認定論J的構成要件論と名付けたものを,. むしろ「認識論」的構成要件論と呼び,その中でとくに訴訟上の犯罪認定を重 視するものを「認定論」的構成要件論と呼んで区別することにした。この用語 法に従えば,犯罪の「認定論」とは. とくに訴訟手続上の犯罪認定に焦点を合. わせた犯罪のいわば特別「認識論Jだということになる. O. 構成要件に関する上記旧稿での検討を踏まえて執筆した拙稿「犯罪論のあり 方y 3では,構成要件論の基本的なあり方を代表する 4つの立場の検討を通じ て,犯罪論上不可欠な「行為類型」論とは何かを考察した。その検討結果につ いては現在でも私見に変化はないものの,論点を明確化するため,上記の用語 法に従っていま一度その 4つの立場につき検討を加え,犯罪論としての一般的 な犯罪「認識論Jの要否を考えてみることにしたい。 問題とした構成要件論の第一は,違法性・有責性の「評価対象」型の構成要 件論である O かつて構成要件の評価対象性を強調した論者に,木村亀二がある O 構成要件は,. I 評価の対象であって対象の評価ではない」としたヘしかし. 「構成要件」は行為類型にすぎないから,これ自体を評価の対象とするのは明 らかに疑問であり. 1 5. その真意は「構成要件該当事実」が評価の対象だとする. ところにあろう O そこには,類型的な構成要件的行為について,順次,違法 性・有責性という具体的評価をして犯罪の成立を確認していくという発想が窺 われる。これは,木村流の構成要件論には批判的立場をとりつつも,. I ある社. 会的事象は,構成要件該当の判断を受けるとき,はじめて刑法的な意味の世界. -117-.
(8) 犯罪論は何のためにあるか に立ち現れる」とする団藤重光の考え方などにも窺われるところといえよう 160 大塚仁も,犯罪論の体系を犯罪認識の体系とみたうえで,その諸類型につき論 じ,その思考・判断の論理性・経済性を重視してその当否を論じている 170 刑事 裁判における犯罪事実の「認定Jの過程も顧慮するとされるが,これは犯罪そ のものの発展的経過に即して犯罪を認識しようとする体系に対応させて一般的 にいわれているにすぎず,後述の第四の立場ほど裁判上の犯罪認定のあり方に 特化して構成要件を考えようとしているわけではない。そして,以上のような 発想は,その他の多くの構成要件論においても,多かれ少なかれ暗黙の前提と されてきたところのように思われる. O. そこには,犯罪論は犯罪の「認識論」で. あるとの基本的発想が窺われよう D 浅田が犯罪論は犯罪の「認識論」だという のは,その意味で,伝統的犯罪論に与する限り筋違いの議論ではない。 第二は,犯罪の個別化機能に着目し,罪刑法定主義的機能を重視して行為類 型性を考える立場である O 宮本英惰の考え方が,その典型である 180 これは, 犯罪評価の対象を選別する機能ではなく,むしろ犯罪行為に罪刑法定主義が妥 当していることを確認するという行為「評価」機能を重視するものであって, 第一の「評価対象型」に対して「対象評価型」の行為類型論と呼ぴうるであろ. D e l i k t s t y p u s J )と う この立場は,当該行為類型を「可罰類型 J(犯罪類型 C O. 呼ぶ口. 第三は,犯罪の「原則型」としての「可罰的違法有責行為類型」を問題とす る立場である D 佐伯千仰に代表される立場で,当該行為類型を示す用語として は,その犯罪としての統一性を示す意味で,構成要件ではなく「犯罪類型」の 語が選ばれるヘ犯罪類型に該当すれば,例外事由たる阻却事由にあたらない 限り,当該行為は犯罪と推定されるとするのである o I 原則類型型Jの構成要 件論といえよう. O. 第四は,構成要件の認定客観化機能を重視する立場である. O. 平野龍一に代表. されるこの立場は,構成要件を「違法行為類型」と捉え,客観的な事情や評価. -118-.
(9) 法科大学院論集創刊号. から順次主観的な事情・評価に及ぶのが,裁判官の怒意的な判断を防止する上 で重要だとするへまさに裁判上の犯罪の「認定」に特化した「認定客観化型」 の構成要件論といえよう 210 さて,このような構成要件論の対立から明らかになるのは,犯罪論のあり方 として,犯罪の「実体論」・「認識論J. 1 認定論Jという 3つの基本方向があり うるということである. O. 第一の「評価対象型」の構成要件論は,犯罪の「認識Jのあり方を主として 問題とする O しかし,そこでは,犯罪の「評価Jとそれに対応する「事実」認 識の関係が,必ずしも明確に区別されないまま議論が展開される。構成要件該 当「事実」が評価の対象だとされ,それに対して違法・有責の評価を加えると の基本姿勢に立っているが,違法・有責であるためにはさらにそれを根拠づけ る「事実」が問題とならざるを得ないのである. O. このような認識論を,後述の. ような現行刑事訴訟手続の基本構造に整合的な認定論の基礎となしうるかは疑 認定論」の基礎となりえない「認識論j に,いかなる意味があ 問であろう o 1 るのであろうか。 他方,立法者が予め示した犯罪類型に該当するかどうかは,罪刑法定原理充 足という刑法特有の評価(可罰評価)にかかわる問題であり,これ自体を違法 性や有責性と並ぶ犯罪「評価」のーっとして理論上明確に位置づけておく必要 もある O 構成要件該当性は,単に違法・有責評価の対象を明らかにするという 次元で捉えるだけでは,不十分なのであるこのみならず,構成要件は「認識 論」的に把握されながら,その次に来る違法・有責の評価は,むしろ主として 犯罪の「性質論」として展開されるのであるへしかし,犯罪の性質論と認識 論とは,理論上明確に区別して考察されるべきものである O 犯罪の性質が明確 になっていない限り,その認識を問題としても空疎な議論に終わらざるを得な い。また犯罪の認識論としても,それを一般的な形で展開することに,どれだ けの意味があるかは疑問である。訴訟手続に即した犯罪の認識論,すなわち. -119-.
(10) 犯罪論は何のためにあるか. 「認定論」こそ重要なのである凸 第四の「認定客観化型」の構成要件論は,裁判官の犯罪認定のあり方を規制 するということを主眼とする。したがって,これは犯罪の認識一般を問題とす るというより,犯罪の「認定論」を目指すものといえよう. O. しかし,それが,. ' 空を持っ 果たして法が予定する訴訟手続上の犯罪認定の基本的なあり方と整合1. かには疑問がある. O. この立場は,まず行為の違法行為類型性,そして違法性,. 有責性という順序で犯罪を認定すべきだとするのであるが,刑事訴訟手続の基 本構造は,むしろ違法性や有責性,また犯罪類型性という「評価」を基礎づけ るすべての「事実」が,. r 証拠調 Jの段階でまず問題とされるとともに,それ. をふまえた「弁論J手続段階においては,証拠調で明らかになった事実を前提 に,被告人の行為に対しでかかる諸「評価」が妥当するか否かが本格的に争わ れるという形になっている O 実践的な犯罪の認定論は,むしろかかる基本的手 続構造を踏まえて展開されるべきものであろう. O. かかる手続構造の下で,違法. 行為類型性→違法性→有責性という順序で犯罪を認定していくべきだとするな ら,かえって混乱を招き,犯罪認定の客観化を妨げるおそれもある. O. これらに対して,第二の「対象評価型」の行為類型論は,犯罪の「実体論」 すなわち「性質論Jを展開するに当たって,不可欠のものといってよい。「罪 刑法定主義」の充足は,犯罪の成立には欠かすことのできない性質である. O. そ. して,その充足を確認するための基準が(立法者の示す)r 犯罪類型」なのであ る 犯罪の性質を論じるに当たっては,違法性・有責性と並んで犯罪類型性が, O. 行為に対する「犯罪評価」のーっとして,明確に位置づけられていなければな らない。訴訟手続上も,弁論段階においては. 違法性や有責性と並ぶ犯罪評価. として,犯罪類型該当性が重要な争点となるのである. O. 第三の「原則類型型」の行為類型論も,犯罪事実の認定という観点からは, 重要な意味をもっ D 刑事訴訟法上,. r 罪となるべき事実」と「犯罪の成立を妨. げる理由となる事実」とは,事実認定上の対概念として重要な意味をもってい. -120-.
(11) 法科大学院論集創刊号. r. るo 罪となるべき事実」は,検察官が常に積極的に主張し立証しなければな. 2 5 6 ),有罪判決理由としても常に示さねばならない らない事実であり(刑訴 S 335I)0 これに対して, 事実である(刑訴 S. r 犯罪の成立を妨げる理由となる. 事実」は,被告人側に主張責任があるわけではないが,それが審理の過程で何 らかの形で争点化されてはじめて問題とされ,有罪判決においても被告人側か らそれが主張されたときに判断を示せばよいものとされている(刑訴 S 3 3 5I。 ) これは,結局,. r 罪となるべき事実」が存在すれば,特別の事情がない限り,. 原則として犯罪の成立が推定されるということを意味しようへそして,この 「特別の事情」が「犯罪の成立を妨げる理由となる事実」すなわち「阻却事由 J 該当事実なのである。その意味では,かかる原則類型型の行為類型論が,構成 要件ではなく「犯罪類型」の語を選択するのはむしろ問題であり,例外型であ る「阻却事由」に対置されるこの原則型の行為類型こそが「構成要件」と呼ば れるに相応しいといえよう. o. r 犯罪類型 Jの語は,むしろ罪刑法定主義的観点. から問題となる行為類型にこそ相応しいへ このようにして,犯罪類型と構成要件とは,ともに「行為類型」ではあるが, その機能に応じてその内容が異なる O しかし,それにもかかわらず,両概念と もそれぞれ犯罪の成否を問題とするうえで重要な意味を有しているのである すなわち,. O. r 犯罪類型」は犯罪の「実体論Jと関係し, r 構成要件」は犯罪の. 「認定論」と関係する. O. この実体論と認定論さえしっかり押さえておけば,刑. 事手続上,犯罪の存否を確認するのに困ることはないはずである O 犯罪の「認 識論」としては,特殊訴訟手続的な犯罪の認識論,すなわち「認定論」を問題 としておけば,必要にして十分であろう。. 四. 法科大学院・裁判員制度と二元的犯罪論. 上述したように,犯罪は,その「事実面」に着目し,かつ事実の「主張・立. -121-.
(12) 犯罪論は何のためにあるか. 証・認定」と関連させて認定論的にみれば. I 構成要件に該当し阻却事由が存在 しない」行為ということになる。 このような犯罪の「認定論的構造論j は,民事における「要件事実論」と基 本的に共通する性格を有しているといってよいへもちろん,刑事訴訟では 「疑わしきは罰せず」の原則が妥当し,検察側が原則的に立証責任を負ってい るがゆえに,当事者間に主張責任・立証責任の分配がある民事訴訟と同一には 論じえない。しかし「訴因逸脱認定Jは原則として許されないのであるから, 「罪となるべき事実 J(構成要件事実)については,検察官に主張責任があると いえるし,また,. I 阻却事由」については,特段の事情がなければとくにこれ. を問題とする必要がないという点で,立証上「罪となるべき事実」とは異なる 扱いがなされているのであって,この限りでは刑事訴訟においても,. I 制裁規. 範としての刑法」のみならず「裁判規範としての刑法」を検討しておく必要が ある 260 とくに法科大学院では,民事法教育において「要件事実論」が正面か ら取り上げられるようになっている O これを学習する学生は,刑事法ではその 点がどうなっているかに,当然関心を持つはずである. O. 刑事法「教育Jの上で. も,かかる観点を意識的に取り上げて論じる必要性は高くなっているといわね ばならない。かかる検討を通じて,民事訴訟と刑事訴訟の共通性と異質性が明 らかになり,法学教育の効果も向上すると考えられる. O. また,犯罪の性質論と認定論の二元的犯罪論は,刑事手続の基本構造とも極 めてよく対応する。起訴後の刑事訴訟手続は,公判準備手続を別にすれば,冒 頭手続・証拠調手続・弁論手続・終局裁判という順序で展開する. O. 弁論手続で. は,証拠調の結果をふまえて,検察官が論告・求刑,弁護人が弁論を行い,最 293,刑訴規則 後に被告人が最終陳述をするのが,通例である(刑訴 S. S211参. 照)0 論告では,検察官が「事実及び法律の適用 Jについて意見を陳述するも のとされており,一般には,起訴事実の認定,情状,適条,求刑の順序で意見 が陳述される。弁論・最終陳述では,この論告に対応して,弁護人・被告人が 円/い︼. 唱. “ ヮEi.
(13) 法科大学院論集創刊号. その意見を陳述するのである D 量刑問題はさておき犯罪の成否との関連でいえ ば,弁論手続における主たる争点は.工証拠調においていかなる事実が立証さ れたか,②かかる事実を前提とすれば.被告人の行為は犯罪といえるか,の 2 点に集約できょう O ②との関連では.犯罪の「性質論」すなわち「実体論」が 決定的に重要である O 他方,弁論の基礎となるべき事実は.証拠調手続においてすべて立証されて いなければならない。そして,犯罪の成否にかかる事実に関しては,. I 罪とな. るべき事実」と「犯罪の成立を妨げる理由となる事実」とが対置され,. I 主. I 立証」・「認定」の対象となるのである D 前者が「構成要件」該当事実で 張J. あり,後者が犯罪「阻却事由」たる事実である. O. 検察官は,公訴提起にあたっ. て,起訴状に「罪となるべき事実」すなわち「構成要件」該当事実を「訴因」 としてできる限り特定して記載しなければならない(刑訴 S 2 5 6 I I I )0 この際, 犯罪の「阻却事由 j にあたる事実が存在しないことを積極的に主張する必要は ないのである o I 証拠調」にあたっても,まずはこの「構成要件」該当事実の 存否が問題となるのであり,犯罪の「阻却事由 j 該当事実に関しては,それが 何らかの形で争点化された場合に,はじめて立証の対象とされる. O. 裁判所が有. 罪判決をするにあたっても,構成要件該当事実に関しては,必ず有罪判決の理 由として示さねばならないのに対し,阻却事由該当事実に関しては,それが主 張されたときに判断を示せばよいものとされている(刑訴. S335)。犯罪「事. 実」の主張・立証・認定に関しては,要証事実の構成要件事由と阻却事由への 分配,すなわち犯罪の「認定論」が決定的に重要なのであるヘ このように,犯罪「事実」を確認する手続段階と,かかる事実を踏まえて犯 罪「評価」を確認する手続段階とは,訴訟手続の上で明確に区別されている。 適正な犯罪認定のためには,裁判員にこのような刑事手続の基本構造と犯罪論 の対応関係を十分に理解しておいてもらう必要がある。訴訟手続に即して実践 的にみるならば,犯罪の「実体論」と「認定論ーには出番があるが,犯罪のー qJ. Qノ ハ ︼ 1Ei.
(14) 犯罪論は何のためにあるか. 般的「認識論」にはその出番がないのである D 犯罪の実体論的構造と認定論的 構造が明らかにされていれば. それで必要にして十分である. O. それを超えてさ. らに犯罪の一般的「認識論」を展開することは,むしろ裁判員を混乱させるこ とになろう. O. 刑事裁判に携わる実務家法曹にとっても,犯罪の一般的認識論は,. 必ずしも必要なものではない。犯罪論が,訴訟手続上出番のない犯罪の「認識 論」にこだわっている限り,法科大学院教育の基本理念である「理論と実務の 架橋」は困難といわねばならない。もし犯罪の「認識論Jが,実務上も真に重 要な機能を果たすというのであれば,論者はその点を明確にしつつ議論を展開 すべきであろう 280. 五犯罪の実体論的構造. 浅田は,私見の「実体論的犯罪論j じたいにも,厳しい批判を浴びせている. O. そこで,この点に関する私見を略述したうえで,その批判にも応えておこう O 犯罪は,一定の法的評価とそれを根拠づける事実(行為及び行為状況・結果 などそれに付随する諸事実)の複合体であるといってよい。したがって,それ は法的評価の側面からも事実の側面からも分析可能といえそうである。しかし, 犯罪「事実」は一定の法的評価が妥当することによってはじめて「犯罪」事実 となるのであるから,具体的には,まず犯罪「評価」の面からこれを検討し この評価を基礎づける「事実Jとはいかなるものかを次に問題とする,という 形で検討するほかなかろう o 一定の行為が犯罪と評価されるために必要な「法的評価」には,違法性・有 責性・当罰性・犯罪類型性の 4つがある O 一般には,構成要件該当性・違法 性・有責性の 3評価が挙げられるとともに,たとえば違法性に関して,それは 「可罰的」違法性でなければならないと説明される. O. しかし,違法性・有責性は. 刑法の前提とする法的「行為規範」との関連で妥当する評価であり,可罰性は. -124-.
(15) 法科大学院論集創刊号. 「制裁規範」としての刑法特有の評価である口両者は,区別して検討されるべ ,後者を「可 きであろう D 筆者は,宮本博士に倣って,前者を「規範的評価J 罰的評価」と呼んでいるヘ 「規範的評価」は,問題とされる行為の(法的)行為規範違反の評価である 規範的「違法性」と,行為規範違反の違法行為に対する規範的非難可能性評価 である規範的「有責性」の 2評価から構成される. O. 他方,. I 可罰的評価 j は ,. 処罰が可能だとする法的評価であり,処罰の実質的相当性である「当罰性j と , 罪刑法定主義にかかわる「犯罪類型性Jの 2評価から構成される. O. 刑罰は,違. 法行為に対する規範的非難として科されるものであるが,規範的有責性がある からといって,直ちに処罰が正当化されるわけではない。刑罰の苛酷性や処罰 目的,また処罰主体たる国家の処罰適格なども考慮しつつ,規範的に有責な行 為に対する処罰の「必要性」と「相当性」がさらに検討されねばならないので ある O それが「当罰性」評価である O しかし,実質的に処罰が相当だとされて も,さらに自由主義と民主主義の観点から,予め立法者が犯罪行為として法律 で示した行為類型に該当しなければ,これを処罰することはできないというの が近代国家の大原則である 類型性J評価である. O. O. この「罪刑法定主義Jの充足を示すのが,. I 犯罪. 犯罪を基礎づける各評価がなぜ必要とされるか,またそ. れらの評価がどのように関連し合っているのかを理解するためには,以上のよ うに犯罪評価の基本構造を体系化しておくのが簡明であろう. O. かくして私見によれば,犯罪は,その評価面に着目すれば,. I 違法・有責・. 当罰的で犯罪類型に該当する」行為ということになる o I 構成要件・違法・責 任(有責 ) J という通説の犯罪論体系は, 3要素からなっている点で,形式的に は簡明にみえる. O. しかし,違法・有責といったそれぞれの評価に,規範的評価. と可罰的評価という異質の評価をともに含ませて議論せざるをえず,実質的に は,かえって議論を複雑にするといわねばならない= 浅田は,このような私見に対して,. I 犯罪類型ー該当性を最後に論じるのは hu. 戸. tEよ. ワω.
(16) 犯罪論は何のためにあるか. 体系矛盾ではないかと批判する。すなわち,責任論で「故意」や「錯誤」を論 じるに当たっては,犯罪類型を前提として犯罪類型的認識ないし意思の存否を 論じなければ,その具体的な検討はできないはずだとし,. I r 犯罪論の体系 Jと. いう以上,まだ論じていない犯罪類型的行為を前提に故意・過失を論ずるのは, 体系的破綻といわざるをえない」というのである 300 し か し こ れ は , 犯 罪 論 を犯罪の「認識論」としてその体系化を図ろうとする立場を前提とした批判に すぎない。その意味で,犯罪の「性質論」をめざす私見には,妥当しえない批 判といえよう. O. たしかに,犯罪の「認識順序」を重視して犯罪論の体系化を図. るというのであれば,後から認識すべきものが先行する認識の前提とされると いうのは体系矛盾の誘りを免れない。しかし,犯罪の「性質」を問題とするの であれば,認識の順序ではなく,犯罪を性格づけるそれぞれの評価が他の評価 とどのように違い,またどのように関係するかこそが重要であり,犯罪論体系 もこの関係を明確にするという観点から構築すれば足りるのである. O. とくに違. 法性・有責性・当罰性といった「実質的」評価と,犯罪類型性といった「類型 的」評価とは,相互に関連しあって何の不思議もないはずである 感をもつのは,. O. これに違和. I 犯罪論は犯罪の認識論である」との発想に固執しているから. にほかならない。 また浅田は,. I 規範的評価」と「可罰的評価Jを区別して犯罪の実体論を体. 系化する私見に対しても,両者を峻別することなく可罰的違法性・可罰的責任 として論じるほうが体系的に適切だとして,これを批判する九しかし,それ ぞれの評価の性質の違いを意識するとともに,その相互関係を吟味するという 視点は,犯罪評価のあり方を明らかにする上では,不可欠のものといえよう. O. また「規範的評価」は,規範的責任を中核とする「責任主義」を純化するため にも,処罰に値するか否かといった政策判断と密接に関連する「可罰的評価」 とは区別しておくことが必要である. O. 他方,. I 当罰性評価」には,規範的責任. 非難の刑罰換算(どの程度の刑罰が規範的責任非難に対応するか)をめぐる狭 U︼. ハhり. 1Eム. つ.
(17) 法科大学院論集創刊号. 義の処罰「相当性」の評価のみならず,刑罰目的的考慮に基づく処罰の「必要 (一般予防や特別予防のために刑罰が必要か)の評価も含まれ,それ自体必 性J ずしも単純な評価とはいい難いのであって,これを独立の分析・検討の課題と しておく必要性も大きい。とくに.ー量刑論」も含めて総合的な処罰の必要性・ 相当性を吟味するためには. 「行為一それ自体に対する規範的評価の問題と,. むしろ裁判時を基準に「行為者」につき主として問題となる当罰性評価の問題 とは,明確に区別して論じておくことが必要だといえようへ当罰性評価の問 題は,可罰的違法性や可罰的責任といった形で,違法論や責任論に関連して付 随的に検討すれば足りるような単純な問題ではない。 ところで,伝統的「構成要件」は,一般に「体系(的)概念」だとされてき た。そして,その体系概念が,即,犯罪の要素を規定する「要件概念」ともさ れてきたといってよい。構成要件論混迷の原因の一つは,ここにもあるといっ てよい。そもそも「体系概念j は,犯罪の要件論であれば,その犯罪の諸要件 を体系的に説明するための補助概念として用いるというのが,その本来のあり 方であろう. O. それは,犯罪の性質や要素それ自体を示すものではなく,その性. 質や要素を体系的に整理するうえで効果を発揮する概念であるはずである. O. た. とえば,構成要件論の創始者とされるべーリング晩年の「構成要件論J“ (D i e. L e h r ev o nT a t b e s t a n d " )においても,犯罪要件としての「犯罪類型」 ( D e l i k t s t y p u s ) 性と体系概念である「構成要件」とは,明確に区別されてい たヘベーリングの「指導形象Jとしてのきわめて抽象的な構成要件も,体系 概念としてそれを理解すれば,必ずしも不合理とはいえないであろうヘしか し,その後ドイツでは,. I 構成要件」は違法性の「認識根拠」か「存在根拠J. かといった議論がなされるに至り,体系概念としての構成要件と犯罪要件自体 の区別が次第に暖昧化して行った 350 そして.現在では,. I 構成要件該当性」が. 犯罪要件であることは,もはや否定し難い定説といってよい状況にある て,その前提で,. O. そし. I 構成要件」にいかなる要素を取り込むかが,主たる争点と i 月. “ ヮ1zi.
(18) 犯罪論は何のためにあるか されているのである. O. わが国の構成要件論も,これを継承しているといってよ. し¥0. r. r. 要するに,犯罪の「性質論j, 認識論 j, 認定論j,そして犯罪の「要件論」 と「体系論」などが,明確に区別されることなく暖昧なままに議論が展開され てきたところに,. r 犯罪論」とくに「構成要件論J混迷の主たる原因があった. といってよいと思われる. O. このような状況にある犯罪論を前提に,. r 犯罪とは何かJまた「犯罪の存否. をどのようにして認定するかJを裁判員に分かりやすく理論的に説明するのは, 至難の業といえよう 360 これまでのように職業裁判官のみで裁判をするのであ れば,刑法「理論」がどうであれ,おのずと「経験」によって適正な刑事裁判 を実現することが可能であったといえるかもしれない。しかし,事件ごとに選 任される裁判員の場合には,このような億倖は期待できない。犯罪とは何か (犯罪の性質論),そしてその犯罪をいかにして認定するか(犯罪の認定論)を, 簡明に分かりやすく説明し,端的に理解してもらわねばならないのである。犯 罪論は,専門家の問で議論すれば事足りるといった態度は,もはや許されない。 訴訟手続の実態に即した,簡明で分かりやすい「犯罪論」とは何か。そのよう な視点から,われわれは,犯罪論のあり方をいま一度根本的に検討し直す必要 があると思われる。 かかる観点からは,犯罪論として,犯罪の「性質論」と「認定論」こそ,不 可欠のものである D そして,犯罪の性質を規定する評価とその根拠事実は何か, また犯罪事実認定のための要証事実につきどのように考えるかが,法律専門家 でない者にも,理解しやすい形で説明できるような犯罪論体系が構築されねば ならない。しかも,裁判員は量刑にも関与するのであって,単に「犯罪論Jだ けでなく,. r 量刑論」にも一貫して通じる理論体系が目指されねばならないと. いえよう 370 ちなみに,議論の混乱を避けるためにも,犯罪評価としては「構成要件」該. -128-.
(19) 法科大学院論集創刊号. 当性ではなく「犯罪類型」該当性(犯罪類型性)を問題とすべきだとする私見 に対しては,これを「犯罪類型」として論じることは,すでに犯罪論として 「構成要件j 概念が定着している以上.かえって混乱を招くとの批判がある 380 しかし,罪刑法定主義に着目した行為類型を「構成要件」と呼ぶことが定着し ているといっても,それは刑事法専門家の問でのことにすぎない。法律の専門 家ではない裁判員が「構成要件Jと聞いて,それが立法者の示した犯罪行為の 類型であると直ちに理解するのは困難であろう O しかも,. I 構成要件」の語は,. 犯罪を構成する事由から成るという意味で,犯罪を阻却する事由である「阻却 事由」に対置して用いるほうが理解しやすいことも明らかである. O. 立法者が示. す犯罪行為類型は端的に「犯罪類型Jと呼ぴ,犯罪の阻却事由に対置される事 由は「構成要件」事由と呼ぶに越したことはない。伝統的犯罪論においても, 構成要件の訴訟法的機能は一般に認められてきたお。「構成要件」概念は,この 訴訟法的機能に特化して用いるべきであり,この際その罪刑法定主義的機能は, 潔く「犯罪類型」概念に譲り渡すべきである. O. 一般に刑事法研究者には,訴訟. 法上の「罪となるべき事実」のほうを「犯罪類型 J該当事実と呼ぶべきだとい う意識が強いと思われるが,かかる命名法は議論の混乱を招くだけであろう そして,このような専門家以外の者にも分かりやすい, 用語を用いて議論することは. O. I 名は体をあらわす」. 専門家の間でさえ必要なことのように思われる. O. なぜなら,従来の犯罪論が,意識すると否とにかかわらず,犯罪の「認識論J 的傾向を有していたのは,. I 構成要件」という本来は犯罪の認定論(一種の認. 識論)にふさわしい概念を用いて犯罪論体系が組み立てられていたこととも, 無関係ではないように思われるからであるぺ. 六おわりに. 以上を要するに,. I 犯罪論」は,基本的に犯罪の「性質論」すなわち「実体 -129-.
(20) 犯罪論は何のためにあるか. 論」と,. I 認定論」に分けて,二元的に構成すべきである. 「実体論」的犯罪論は,. O. そして,①前者の. I 犯罪を性格づける諸評価とそれらを根拠づける諸事実. を明らかにする」ため,すなわち端的にいえば「犯罪の法的性質を明らかにす る」ためにあり,②後者の「認定論」的犯罪論は,. I 犯罪の性質論で明らかに. された犯罪評価根拠事実を,刑事訴訟手続上合理的に認定するために,主張責 任や立証責任など訴訟手続上の原則との関係で,どのように分析・整理して認 定していくかを明らかにする Jため,すなわち端的にいえば「犯罪事実の認定 を合理化する」ためにある. O. 犯罪論としては,この①②を明確に意識しつつ,. それぞれの議論を具体的に詰めていく必要がある O 前述のように,犯罪の実体 論では処罰の「正当化j の論理が働き,犯罪の認定論では, 働く. O. I 発見」の論理が. また,前者では「事実自明」型の議論をしておけば十分であるのに対し. て,後者では,. I 事実解明」型の議論が必要である。両者は,基本的に議論の. 性質を異にするのであって,それらを相互に関連させつつも,それぞれの議論 をその性質に合わせて独自に深めていく必要があるといえよう. O. その意味で,. 犯罪の二元論は不可欠なのである。 いずれにせよ,これからの犯罪論(犯罪理論)は,単に刑事法学者や法曹な ど刑事法専門家にとってのみ意味があればよいというものではなく,刑事法を 学ぶ「学生」のためにも,また刑事裁判に関与する「裁判員」のためにも,ひ いては裁判員になる可能性を有している「国民」すべてのためにも,意味のあ る存在でなくてはならない九そして,このような観点からも,犯罪の実体論 的構造と認定論的構造を区別する二元的犯罪論は,弁論手続と証拠調手続を段 階的に区別する刑事訴訟手続の基本構造とも適切に対応し,. I 理論と実務の架. 橋」という法科大学院設置の要請にも合する,最も簡明でかつ実益のある犯罪 論であると考える D. -130-.
(21) 法科大学院論集創刊号. [注]. 1 新堂講演については,書研所報1 7 号(19 6 7 年) 3 6頁以下,判例タイムズ 2 2 1号 ( 1 9 6 8年) 1 7頁以下(後に新堂「民事訴訟制度の役割.] ( 1 9 9 3年,有斐閣) 1 頁以下に 収録),松尾講演については,書研所報2 6 号 ( 1 9 7 6 年) 4 7頁以下,判例タイムズ 3 3 7 号 ( 1 9 7 6 年) 3 2頁以下(後に松尾「刑事訴訟法講演集.] ( 2 0 0 4 年,有斐閣) 3 4 5頁以 下に収録)参照。 2 曽根威彦「拙稿『規範的評価と可罰的評価』・『構成要件論の再構成 j批評J法律 時報6 2 巻1 0 号(19 9 0 年) 86~89頁〈鈴木「拙稿批評への原著者コメント」法律時報. 6 2巻 1 0 号 ( 1 9 9 0 年) 89~92頁 J ,曽根威彦「拙稿『犯罪論の新構想 J 批評J 早稲田 法学7 5巻2 号 ( 2 0 0 0年) 530~540頁ご 3 鈴木『刑法総論〔犯罪論J . ]( 2 0 0 1年,成文堂)。 4 曽根威彦「拙著『刑法総論〔犯罪論J . ] 書評j 現代刑事法4 巻5 号 ( 2 0 0 2 年) 91~ 9 3頁,浅田和茂「拙著『刑法総論〔犯罪論J . ] 書評J犯罪と刑罰 1 6 号 ( 2 0 0 4年) 1 0 5 ~125頁。. 5 曽根・前掲注2r 拙稿『犯罪論の新構想、』批評 J5 3 9頁。曽根の私見に対するこの ような評価は,曽根の犯罪論が犯罪の実体論に徹しようとするものであることとも, 関係があるといえよう。この点については,鈴木・後掲注 1 2 続・犯罪論の体系」 4 8頁以下,曽根威彦・川端博「対談『構成要件論の現代的課題. ] J現代刑事法6 巻1 0. r. 号 ( 2 0 0 4年)10頁,鈴木「書評・特集『構成要件論の再生. ] J 法 律 時 報7 6巻1 2号 ( 2 0 0 4 年) 8 5頁以下参照。. 6 浅田・前掲注4r 拙著『刑法総論〔犯罪論H 書評 J1 2 5頁 。. 7 最初に「ハイブリッド体系」の語を用いた拙稿として,鈴木「中山博士の認定論. r. 的犯罪論体系について J 中山研一先生古稀祝賀論文集・第3 巻 . ]( 19 9 7 年,成文堂) 1頁以下参照。 8 曽根・前掲注2 拙稿『規範的評価と可罰的評価』・『構成要件論の再構成』批評」 8 8頁 。. r. 9 曽根・前掲注4r 拙著『刑法総論〔犯罪論) J書評 J9 3頁 。 1 0 曽根・前掲注2r 拙稿『犯罪論の新構想 j批評 J5 3 9頁 。. 1 1 以上の点について詳しくは,鈴木「犯罪論のあり方 J渡部保夫先生古稀記念『誤. 2 0 0 0 年,日本評論社) 1 8 6頁以下参照。 判救済と刑事司法の課題.] ( 1 2 鈴木「犯罪論の体系(ー)一違法・有責構成要件論をめぐって -J法学論叢 1 3 8 巻 1・2・3 号 ( 1 9 9 5年) 7 0頁以下,同「犯罪論の体系(二)一違法構成要件論をめぐっ てJ法学論叢 1 3 8巻4・5・6 号 ( 1 9 9 6年)60頁以下.同「続・犯罪論の体系一可罰 評価の構造論と認定論J法学論叢 1 4 0巻5・6号 i1 9 9 7年) 6 0頁以下参照。 1 3 鈴木・前掲注目「犯罪論のあり方J481~5∞頁 r 1 4 木村亀二『刑法総論.] ( 1 9 5 9年,有斐閣) 1 3 5頁 ご 1 5 次注目の団藤による批判を参照。 1 6 団藤説に関しては,鈴木・前掲注 1 2r 犯罪論の体系(ー ) J7 6頁以下参照。もっと 噌EA. qtu. 11.
(22) 犯罪論は何のためにあるか も,団藤も,構成要件該当性の判断は一種の規範的な価値判断(すくなくとも価値. f 刑法綱要総論〔第 3版 J . ](1990年,創文社). 関係的事実判断)だとする O 団藤重光. 1 2 1~122頁。また, I 構成要件が評価の対象で,違法性と責任とがこの対象に対す る評価だ」とする見解に対しても,構成要件そのものを評価の対象とするわけには いかないとし,また構成要件該当事実を評価の対象とみることも一面的であるとす る。また,この考え方は,違法性や責任を規範的評価の面だけで見るものであり, その事実的・存在論的基礎づけを忘れるものだと批判する(同書 102~ 1O3 頁)。しか. し,他方で,. I ある行為が犯罪を構成するかどうかを考えるについて,違法性・有責. 性を個別的・具体的に判断する前に,まず,その行為が,そもそも違法類型・有責 行為類型たる構成要件に当たるかどうかを判断することを要する」とするのであり. 8頁),その意味では,基本的に犯罪の「認識J(判断)に着目して「構成要 (同書9 件」該当性を考えているといえよう。 1 7 大塚仁『刑法概説(総論)第3版 . ]( 19 9 7 年,有斐閣) 106~113頁。 1 8 宮本説に関しては,鈴木・前掲注 1 2I 続・犯罪論の体系 J5 5頁以下参照。 1 9 佐伯説については,鈴木・前掲注 1 2I 犯罪論の体系(ー ) J9 5頁以下参照。佐伯は, 一方で罪刑法定主義と犯罪類型の密接な関係を強調するが,他方で犯罪類型と違法 阻却事由・責任阻却事由とが原則型と例外型の関係にあることを強調している O こ こでは,この後者の側面に注目しているのである O 佐伯千偲「タートベスタント序 論. いわゆる構成要件の理論のために一一」同『刑法における違法性の理論』. ( 19 7 4 年,有斐閣) 9 5頁以下,同『三訂・刑法講義(総論).] ( 19 7 7 年,有斐閣) 1 1 1 頁以下参照 2 0 平野説に関しては,鈴木・前掲注 1 2I 犯罪論の体系(二 ) J6 4頁以下参照。 2 1 鈴木・前掲注目「犯罪論のあり方 J4 8 3頁では,この類型を「先行認定要素型 J( 認 定順位型)の構成要件論と名づけたが,本稿では,かかる構成要件論がめざす目的 認定客観化型」の構成要件 (構成要件論は何のためにあるか)を端的に示すため, I 論と呼んでいることに留意されたい。 2 2 筆者は,一つの体系の中に犯罪の性質論と認識論を混在させるこのような犯罪論 ハイブリッド犯罪論」と呼んでいる これに対して筆者は,後述のように, を , I 犯罪の性質論と認定論(訴訟手続的認識論)という二つの「サラブレッド犯罪論」 からなる二元的な犯罪論を目指そうとしているのである。鈴木「中山博士の認定論 巻 . ]( 1 9 9 7 年,成文堂) 的犯罪論体系について J 中山研一先生古稀祝賀論文集・第3 11~12頁,鈴木「犯罪論の新構想 J 京都大学法学部創立百周年記念論文集・第2 巻 』 ( 19 9 9 年,有斐閣) 4 5 5頁,鈴木・前掲注目「犯罪論のあり方 J4 8 6頁,鈴木・前掲注 3 刑法総論〔犯罪論 J J19~20 頁など参照。 2 3 ここでの「推定」の意味については,鈴木・前掲注3 刑法総論〔犯罪論J . ]226頁 以下参照。いわゆる「許容的推定」の意味である 2 4 もっとも,佐伯は,一方で犯罪類型の罪刑法定主義的機能も強調しており,その 意味では「犯罪類型」の語の選択は適切といえよう。しかし,この罪刑法定主義的 O. O. r. r. r. r. O. 寸Eよ. q δ. 臼 つ.
(23) 法科大学院論集創刊号 な行為類型と認定論的な原則型の行為類型とは,厳密に区別されねばならない。. 2 5 周知のように,民事の「要件事実ーという用語に関しては,その用い方に若干の 対立がある。たとえば,伊藤滋夫「要件事実の基礎 j ( 2 0 0 0 年,有斐閣) 5 9頁以下参 照。法律要件を構成する個別的事由を要件事実と呼ぶか,これに該当する具体的事 実(主要事実)を要件事実と呼ぶかの対立である O 一般には,後者の立場がとられ ている。刑事の構成要件論においては.全体的な構成要件を構成する個別事由は 「構成要件事由 J ,これに該当する具体的事実は「構成要件事実」と呼ぴ分けること によって,議論の混乱を避けることができょう。. 2 6 私見の構成要件論が,民事の要件事実論と発想を共通にするものである点につい ては,賀集唱「要件事実の機能一一要件事実論の一層の充実のための覚書」司法研 修所論集 1 9 9 3-I I( 9 0号) ( 1 9 9 3年) 3 0頁以下,とくに 7 2頁注4 3参照。賀集は,私見 の構成要件論の民事版として民事の要件事実論を展開した旨をとくに明示しつつ, マクロの価値判断をする一般の民法理論=実体論と認定対象論である要件事実論を 明確に区別し,後者はマクロの価値判断をするものではなく,かかる判断を行う実 体論を踏まえて,裁判の場で事実判断を効率的にしようとするミクロの技法であっ て,良き裁判のためにはこの二っともが必要であると結論付けている O. 2 7 鈴木「刑事訴訟からみた犯罪論一認定論的犯罪要件について -J佐伯先生卒寿祝 賀記念『新・生きている刑事訴訟法 J( 19 9 7 年,成文堂) 2 1頁以下参照。 28 かつて佐伯仁志は,日米の刑法理論の違いにつき,次のように指摘したことがあ るO すなわち, ドイツやわが国では,刑法理論は,実定法を超えて,犯罪の実体 を解明するものであり,裁判官の法適用を指導するものである,といった考えが強 いように思われる。裁判官が適用すべきなのは,法律それ自体ではなく,理論の フィルターを通して発見された法なのである。これに対して,アメリカでは,理論 は,法律や判例を整理するためのものという考えが強い。理論にそれ以上の価値が あるとしても,それは,実定法の欠陥を見出して立法論的に批判するためのもので あって,理論が法を作り出すとは考えられていなし、 Jと。佐伯仁志「構成要件とア メリカ刑法学」法学教室 1 6 6 号(19 9 4 年) 3 2頁c わが刑法学者の一般的意識は,ま さにこのようなものであろう。しかし,法を適用する裁判官が,実際にこのように 考えているかは疑問である O 後掲注3 6 参照 r理論と実務の架橋j を果たすために は,このあたりでわが犯罪論も,佐伯のいうアメリカ的発想に基づいて再検討する 必要があるのではないか。. r. 2 9 宮本の刑法理論に関しては,鈴木「宮本英惰の刑事法理論」古川経夫他編著『刑 法理論史の総合的研究 j ( 1 9 9 4年,日本評論社 I 12 5頁以下参照。周知のように,宮 本はいわゆる主観主義的刑法学を展開するが.その規範的評価と可罰的評価の区別 は,主観主義刑法学と必ずしも不可分なものではな~ , :私見は,客観主義の立場か. ら,犯罪評価の 2分説に立とうとするものであるこ 3 0 浅田・前掲注4 拙著書評J1 0 9頁 。 3 1 浅田・前掲注4 拙著書評J1 2 0頁 。. r r. Qd. 1Eよ. qO.
(24) 犯罪論は何のためにあるか. 3 2 この点に関しては,鈴木「犯罪論と量刑論」松岡古稀祝賀『量刑法の総合的検 2 0 0 5年,成文堂) 1 頁以下参照。 討 J( 3 3 ベーリングの構成要件論については,下村康正「ベーリングの構成要件論」刑法 1 9 5 3年) 3 3 9頁 以 下 , 佐 伯 千 偲 「 ベ ー リ ン ク と い わ ゆ る 構 成 要 件 の 雑 誌 3巻 3号 ( 理論(一) (二)J立 命 館 法 学 1 5 号(19 5 6年) 1 頁以下,同 1 8 号 ( 1 9 5 6 年) 1 頁以下参 6 号 ( 2 0 0 4 年) 5 3頁 照。なお,松原芳博「構成要件と客観的処罰条件」現代刑事法6 注 5も参照されたい。 3 4 それは,たとえば予備・未遂・既遂といった犯罪類型や故意内容を説明する上で は,有用な概念である O 現に宮本も,これを「基準類型 j として体系化に利用して いる。鈴木・前掲注 1 2I 続・犯罪論の体系 J57~58頁参照。. 3 5 ドイツにおける構成要件論展開の経緯,とくに M . E .マイヤーとメツガーの構成要 0 巻3 号 件論については,下村康正「エム・エー・マイヤーの構成要件論」法学新報6 ( 19 5 3年) 1 頁以下,同「構成要件と違法類型一特にメツガーの構成要件論J法 学 新 1巻3 号 ( 1 9 5 4 年) 1 5頁以下,最近のものとしては吉田敏雄「違法性・責任と構成 報6 巻1 0 号 ( 2 0 0 4 年) 3 5頁以下など参照。 要 件J現代刑事法6 3 6 あるドイツ刑事法学者は, ドイツ刑法学の体系構築に関して次のようにいってい るO すなわち,. I 教育はあるが専門外の人にはしばしば奇異に思われ,学生には理. 解できにくいものであり,実務家は余計なことだとおもっている」と O 中山研一・ 浅田和茂監訳・シューネマン編『現代刑法体系の基本問題 J( 1 9 9 0 年,成文堂) 1頁 。 この状況は,. ドイツ刑法学の影響が強いわが国においても,ほぼ同様であろう. O. 3 7 この点に関する筆者なりの検討については,鈴木・前掲注3 2I 犯罪論と量刑論」 参照。. 3 8 佐伯仁志「構成要件論J法学教室 2 8 5 号 ( 2 0 0 4 年) 3 6頁注 2 2参照。 3 9 周知のように,構成要件の訴訟法的意義をとくに強調したのは,小野清一郎であ 1 9 6 9年,有斐閣) 136~193 頁, 405~483頁参照。 る 小野『犯罪構成要件の理論J( 4 0 なお, I 構成要件」概念の生みの親である瀧川幸辰自身が,後年,この概念に違 O. 和感を抱いていたことにも,注目しておく必要があろう. O. 瀧川幸辰「刑法における. 巻2 号 ( 1 9 5 0 年) 1 4 7頁,同『刑法講話 J( 1 9 5 1年,日本 構 成 要 件 の 機 能J刑 法 雑 誌 I 3 9頁参照。もっとも,瀧川がいかなる理由で違和感を持っていたかは, 評論社) 1 必ずしも明らかでない。. 4 1 これに対して伝統的犯罪論は,実務家法曹にも理解し難い,刑法学者のためだけ 6参照。 の理論に止まっていた観がある。前掲注3. -134-.
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