ペスタロッチーにおける政治と教育 : 『探究』における〈政治と教育〉の二項図式を中心として
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(2) 甲南女子大学研究紀要第 46号. 人間科学編 (2010年 3月. ). にお ける連続性 /非 連続性 の 問題 の帰趨 を探 ってみた. ポ レオ ンの 軍靴 に蹂躙 され る。少 数者 の財 産 と血 に対. い 。か つ て シュプラ ンガー はそのテ クス トの難解 さの. す る多数者 の 際 限 の ない放埒 な要求 ,王 権 の興奮 した. 故 に停 滞す る研 究状況 につい て ,「『探 究』 の 内的連 関. 観 念 の 人民 の 権 利 の 興 奮 した観 念 へ の 移 行 (SW 10,. や意 図 はお そ ら くま だ一 度 も十 分 に解 釈 され て い な. S.158f。. い。」 (Spranger,S.91)と 喝破 した。停滞状況が打 開 さ. しくない ブル ジ ョワ革命の現実 はペ ス タ ロ ッチ ー を深. れ るため には,テ クス トの包括 的 ・マ ク ロ的 な論理 的. い 失望 に突 き落 とす。祖 国 ス イスで 成立す るヘ ル ヴ ェ. 連 関 を組 み立 て る ミク ロ的 な連 関 ,す なわち宗教 ,政. チ ア共 和 国 Helvetikも 伝 統 的 な ス イ ス 盟 約 を奉 ず る. 治 ,労 働 (職 業 )等 の コンテ クス トが順 次明 らか に さ. 連邦 主 義勢力 に よる反撃 とフラ ンスの大 国主義 的干渉. れ る必 要 が ある。本稿 で は政治 の 文脈 につい て ,こ れ. に よって あえな く崩壊 す る。. をひ とつ の連 関 と して編みあげる二 項 図式 とい うペ ス タロ ッチーの思 考 の形式か ら考察 した い。 以下 ,ま ず (1)(政 治 と教 育 )の 二 項 図式 にお ける. )一― モ ンテ ス キ ューや ル ソーの理 念 にふ さわ. 革命 に対 す る失望 と幻 減 が与 えた 影響 は 甚 大 で あ る。 自由 と権利 の 名 に よる暴力 の対立 と紛争 の 過程 は ペ ス タロ ッチ ー を政治過程 に対す る違 和感 へ と導 き ,. 連続性 /非 連続性 か ら,政 治 と教育 の 原理的関係 をめ. 政治 をめ ぐる問題 を人間学 的 に捉 える非政治 的思考態. ぐる従 来 の解釈 を概括 し,次 に (2)『 探 究』 にお ける. 度 へ 傾斜 させ る。「 フラ ンスの 時代 は暴 力 で 始 ま らな. 二 項 図式 の具体 的展 開 につい て吟味 した うえで ,(3). ければな らなか った。 しか し時代 は心理 学 で終 わ らな. 二 項 図式 の 枠組 みが 「視 線 の二重 性 」 (人 間理解 お よ. けれ ばな らない 。」 (SW 12,S.253)。 「心理 学」 す なわ. び社 会分析 )と して止揚 され ,メ タ枠組 み化 され る経. ち陶冶 ない し教育 学 的視点が深 く刻 印 され るこ とにな. 緯 につい て述 べ て い く。. る。 『探 究』 は こ う して登場 す る哲 学 的人間学 の書 で あ. 1。. 二 項 図 式 に お け る 連 続 性 /非 連 続 性. る。 人間学 的 ・教 育学 的な思考が体系 的 に組 み立 て ら れ ,革 命 の過程 に見 られ る暴力支配や 自由 の専 制が人. (1)教 育者 シフ トヘ の転換. 間 の社 会的行動 な い し「社会状態」 に内在す る必 然 的. ペ ス タ ロ ッチ ー の人生 の最初 の段 階 では政 治的 な実. パ ラ ドック ス と して解 明 され る。『探 究』 の社 会 契約. 践 が支配 的 で あ り,革 命 以 後 (1800年 以 後 )は 教 育. 説的 な構想 に よれば,人 類 の「 自然状態」か ら「社会. 学 的 な実践 が支配的 となる。 この 見解 は久 しく人口に. 状態」 へ の移行 は新 しい形 の 万 人闘争 の 産 出であ る。. デ レカ ー トに よ つ て. 人間理 性 に よる楽天的 な啓 家 の物語 は影 をひそめ ,フ. 檜 久 され て きた。 た とえ ば. F。. 「革命 に裏切 られたペ スタロ ッチ ー は学校教師にな っ. ラ ンスの「8月 10日 の 革命」 (1792)す なわ ちジ ャ コ. た」「ペ ス タロ ッチ ー はそれ以来,政 治 について もは. パ ン党 のテ ロ リズムか ら予見 され る国家解体 の不 安が. や知 ろ う としなかった」 (Delekat,S.104)と 繰 り返 え. 基調 となって一 貫す る。社会 的権利 (法 )の 支配す る. される。 これは二項図式 を非連続性 において捉 える解. 近代 国家が多数者 とその代表権力 に よる社会 的権利 ヘ. 釈 であ り,通 説 と言 ってよい。 しかるに この ような教. の不 誠実 に よって 解体 す る不 安 (SW 12。 ,S.51f。 ,57.,. 育者 シフ トヘ のチェンジを画するものこそ,ヨ ーロッ. 132)。. パ の耳 目を饗動 させ る 18世 紀市民革命 である。それ. 人が計量可能 な単位 ヘ ア トム化 され る過 剰抑圧―一 そ. はフランスでは絶対王政か ら,ま たスイスでは都市貴. の よ うな抑圧 で 解発 され る本能. 族 の寡頭体制か らの市民 なかんづ くブル ジ ョワジ ーの. を求め る傾 向性 )が ル ソー 的 な万 人平等主義 の もとで. 権 力奪取 であ り,封 建制度 に終止符 を打 つ こ とで民 主. 一 層過剰 な本能の満足 を求 め るベ ク トル と して解放 さ. 主義 の 原理 を明 らか に し,産 業革命 へ の展望 を開 く。. れ ,没 個性 の 大 衆 の 集 団要 求 の 形 で 万 人 に強 要 され. 近代社 会 の基礎 を確 立す るこの推移 のただ 中 で ペ ス タ. る。要す るに平等 になったかわ りに 自由 を失 う とい う. ロ ッチ ー は「封建制度 の没落 と解体 を体験 し…新 しい. 不安 で あ る (S.84.,97.,105。 ,149)。. さらにい えば伝統 的 中間集 団か ら析 出 され る個. (自. 己保存 の欲求 ,快. 社 会組 織 の 成立 と進 展 の 目撃者 」 (Ba■ h,S.20)で あ. ペ ス タ ロ ッチ ーが 革命 か らこうむった最大 の衝撃 は. った。 青年 の 日々か ら絶 対 主 義下 に放 置 された民衆 の. 国 家 が 一 切 の 精 神 的 独 立 を失 う危 機 感 (Spranger,. 解放 を希求す る彼 に とって ,革 命 は満腔 の期待 を抱 か. S。. せ る ものであ った (Silber,S.105)。. 94)で あ り,恐 1布 政治や ナポ レオ ンの独 裁 を可 能 に. した民衆の精神 的独立 の 欠如や人間 の潜在 的脆弱 にあ. しか し歴 史が示 す ように,フ ラ ンス革命 の人権 と自. った。 それゆえペ ス タ ロ ッチ ーが引 き出す方向 は人 間. 由 の理念 は恐 怖 政治 を招 き,焦 土 と流血 を事 とす るナ. 学 と教育学 の領域 に向 け られ る。 国家 の再建 は民衆 の.
(3) 小野寺律 夫 :ペ ス タロ ッチ ー にお ける政治 と教育. 精神的独立に求め られるか らである。具体的な政治的. も政治である」 とい うバ ル ト自ら提出す る命題 は本人. 事象 を第二次的なもの と相対化す る思考 のプロセス 政治家 Politikerか ら教育者 へ のシフ トチ ェ ンジは革. の理解 よ りもっと広 く,「 統治手段 としての教 育」 に 対応す る形で,「 その教育」 とい う限定 を免れる「教. 命に対す る幻滅的な体験 な くして考 えられず,新 たな 展開は 『探究』 における人間学的総括 な しには一歩 も. 育手段 としての政治」 を意味 しないであろうか。実際 その よ うに して,D.ト レー ラー は「教育手段 として. 進 まなか った。か くして「革命 に裏切 られたペス タロ. の政治」 とい う意味 に踏み込み,こ れを「政治 の教育. ッチーは学校教師になった」 とい うテーゼが繰 り返え. 化」 と呼 ぶ. されるわけである。 これはそれ自体 として妥当な解釈. って,「 統治手段 としての教育」 を「教育 の政治化」. であるが,し かるに これを伝統的解釈の誤 りとして斥. と呼べ ば,教 育 の政治化/政 治 の教育化 とい う図式が. 政治 けるのがラングである。彼 の 申し立てによって 〈 と教育)の 二項図式 における連続性/非 連続性が基本. 定式化 される。 この連続性 の図式 は以下論考の枠組み として用 い られることになるが, ここでは「教育 の政. 問題 として浮上す る。 ここでは まず,二 項図式 を連続. 治化」 とい う枠組 みで表象 されるものに簡単 に触れて. 性 において捉 える伝統的解釈 について言及 し,し かる. お きたい。. ,. 後 ラ ングの異議 申し立てを取 り上げてみたい。. (Trё hler,S.219f。 )。. また ここで これに倣. トレー ラーは政治が担 う教育機能 について 『リーン ハ ル トとグル トルー ト』 (Ljι ん乃 α〃. 「私 の政治 の始 め も終わ りも教育 で ある」 とい うペ. θθ .Zシ ッ 4グ Gθ r“ グ “ Aヴ αgι ,1792)か ら引用 し,「 一切 の 身分 間の相 互の 感情 が常 に純粋 で 健 全 に保 ち続 け る こ と」 (SW 4,. ス タロ ッチ ーの基本テーゼに対 して,「 ペ ス タロ ッチ. S.393)を 挙げ る。政治 は立法 によつて統治過程 に宗. ーの教育 の始め も終わ りも政治である」 とい う逆 の命. 教 を動員することで,種 々の身分間 を結合する相互感 情 を醸成 し,も って社会的統合 を導 くとい うのが政治. (2)政 治 と教育の連続性. 題 も正 しい と考 え るのが. H。. バ ル トで あ る (Banh,. r′. j′. バ ル トによればペ ス タロ ッチ ー にお い て人 間. が担 う教育機能,「 教育手段 としての政治」である。. 学的,教 育学的な思考 は決 して非政治的ではない。人 間はその うちに政治 と教育が相互に結合 されてい る。. ちなみに ここに見 られる現存 の支配関係 を支える宗教 のイデオロギー的性格 は 『探究』 (1797)で は払拭 さ. そのような存在 としての人間の真 の使命 と現実 の人間. れるが,政 治が教育手段 として機能 して,政 治的に組. 本性か ら憲法の形態が導びかれ,こ の憲法秩序 に向け て市民 が形成 される。バ ル トは この よ うな理解 か ら. 織 ・統合 される社会体 の形成 に行 き着 くならば,こ れ は「統治手段 としての教育」が担 う機能 と重 なつて し. 「教育学 の視点 と政治学 の視点 はペ ス タロ ッチ ーの生 涯の業績 の一つの楕円の二つの焦点 である。」 (S.22). まう。詰 まるところ,教 育 の政治化/政 治 の教育化 と い う図式 は社会的統合 とい う同一の ゴールに帰着する. とい うテーゼ を提出す る。 もっとも「楕 円の二つ の焦. 点で社会的統合 ない し政治社会形成 の二つの分節 (方. 点」 のインプ リケーシ ヨンが,① 政治的秩序. 途)を 示す。. S.28)。. (憲 法秩. 政治 の始め も終わ りも教. その意味 で (政 治 と教育〉 の二項図式 のベースは政. 育である」),② その教育 のあ り方 は政治的秩序 によっ. 治 にあると指摘す るのが L。 フレーゼである。彼 によ ればペスタロ ッチー は教育者か,Politikerか とい う問. 序 )は 教育 の結果 で あ り て決定 される. (「. (「. 教育 の始め も終わ りも政治である」). に求め られるとき,言 うところの政治的秩序が人間の. 題設定は的外れで,二 者択一が考えられる とす れば. 使命 と現実 の人間本性か ら導 かれるとい う点で,バ ル トのテーゼは人間学的 ・教育学的な思考 の主導性 を見. 「社会 の政治的改革者」gesellschaispolitischer Refomer. て とる伝統的解釈 との親和性が認 め られる。彼 はラン グの異議 申し立 てに先 だち,伝 統的な非連続性 の解釈. ,. か ,「 教育 の政 治的改革者」Erzichungsspolitischer Rc― formerか で あ り,い ずれ に して も人間像 の ベー ス は. に一石 を投ずるが,ラ ングとは越 えがたい一線 で画 さ. 政治的改革者 で ある (Froesc,S.10)。 しかるに政治す なわち政治的改革者 をベース に展開されるフ レーゼ ら. れてい る。. マールブルク・グルー プの「政治的ペスタロッチー討. ところで①の「政治的秩序 は教育の結果である」 と い うこと一―「統治手段 としての教育」 とい う捉え方. 議」 を触発 し,二 項図式 の連続性/非 連続性 の問題 を. はその通 りである。 しかし②の「その教育のあ り方は 政治的秩序によって決定される」 (傍 点 は筆者)と い う合意 はその通 りであろ うか。「教育の始めも終 わ り. 主題化す るのが ラ ングであった。.
(4) 甲南女子大学研 究紀要 第 46号. 人間科学編 (2010年 3月. ). が全 く後退 して い るの に対 して,ス イス 人ペ ス タ ロ ッ. 2.『 探究』 における政治 と教育. チ ー にあっては教 育学が くみ込 まれ る政治的 関連 は全 く現存 し続 け て い る」 (S.173)。. Politikerと い う人間像 を もち こんだの はバ ル トであ. 以上が,い わば通時的倶1面 からの二項図式の主題化 とすれば,② の人間学的・教育学的な概念の歴史的・. り,バ ル トに先 ん じて A.ル ー フ ァー が そ うで あ った. 社会的な解釈は共時的側面からの主題化 といえる。と. しか し彼 らは い わば政 治 をめ ぐる思 考 形 式 を. ころでこの共時的側面か らの場合 ,ラ ングが試みるの. 析 出 したにす ぎない 。問題 と して浮上す るため には二. は 『探究』 を「政治の哲学」 として理解する ことであ. 項 図式 にお ける非連続性 が誤 りであ る と看破 され る必. つた。 これはすなわち 『探究』が本来少な くとも意味. 要があ つた。連続性 /非 連続性 が並存す る従来の解釈. する政治哲学 を専 ら人間学 に還元する精神科学的教育. は一 方 の倶1の 否定 に よって一 転 ,主 題化 したわけであ. 学 に蔓延する解釈へ の異議申 し立てであった。ではど. る。 ラ ング に よればル ー ファー はペ ス タ ロ ッチ ーの 政 治的実践 の展 開 を豊富 な史料 お よびペ ス タロ ッチ ーの. の ように して政治哲学 として理解 されるのか。バ ル ト の歴 史的 0社 会的具体性 に欠ける仕方 とは画然 と異な. 基本 的文献 を用 い て追求す る。 しか しそれは フラ ンス. り,ラ ングはこれを同時代 の「革命論文」 と突 き合わ. 革命お よびヘ ル ヴ ェチ ア共和 国 を もって終 わる。 また. せて行 う。それに よれば 『探究』 の著者 と「革命論. バ ル トはペ ス タロ ッチ ー の政治哲学 を人間学 と切 り離. 文」 (「 10分 の 1税 論」『フランス人へ の説教』)の 著. せ ない領域 に位置 づ けるが ,論 述 は著 しく体系 的 で. 概 念的か つ 図式 的 で あ り,歴 史的 ・社 会的具体性 に欠. 者 は異 なる人に見える。 しか し「革 命論文」 が 『探 究』 の人間学的 ・教育学的な抽象概念 と りわけ「道徳. (1)二 項 図式 の主題 化. (S.5)。. ,. しか る に両 者 に欠 け る. 性」 の概念 に照 ら して誤 りと裁 断 され ,「 非本 質的. なわち① フラ ンス革命お よびヘ ル ヴ ェチ ア共. な」間狂言 と見なされ るならば,明 白に矛盾するその. 和 国以降 の論述 ,② 人間学 的 ・教育学 的 な概念 の歴 史. 政治的見解は少 しも顧慮 されない。 しかるにテクス ト. 的 ・社会 的 な解釈 に よって,ラ ン グは二 項 図式 を主題. 間の矛盾 を指摘 し,矛 盾 した もの中に関連 を見 いだす ことで,『 探究』 の人間学的 ・教育学的な抽象概念 の. け る (Rang 1967,S.1.,205)。 もの ,す. 化す る こ とがで きた。 モ ル フに よる「 ス イ. 歴史的 ・社会的解釈一― ラ ングの表現に よれば「再翻. スの 国家革命 は貧民教育 と民衆教授 に関す るペ ス タ ロ. 訳」Zuruckubersetzen一 ― を試 み る。 これが 『探究』. ッチーの理念の 実現 の期待 を この うえな く刺激 した」. を政治哲学 として理解する方法 であ り,そ のような理. (Mof,s.155)と い う指摘 を承 け,「 基礎 陶冶 の重要 な. 解 によって政治 と教育の非連続性 の誤 りが看破 される. 源泉 の一 つ はス イ ス 革命 とそ の挫 折 にあ った 」 (Rang. とい うわけである。ちなみに「再翻訳」に よってラン. 1967,S.159)と 言及 し,ヘ ル ヴ ェチ ア共 和 国以 降 の外. グは 『探究』 の 自律 の道徳性 の政治的意味 を求め,権. 見 には 自律 的 な教育学 的作 品 の 政治的意味合 い を解 明. 力支配 の道徳的合理化 を暴露する機能や政治的 ・社会. す る。 ちなみ に前述 のデ レカー トの 見解 は ラ ングの こ. 的な自由な市民性 との意味上 の合致,理 想社会 のモデ. の よ うな政治的解釈 に対す る反 撃 であ った。 なるほ ど. ル等 の意味 を明 らかに してい る (Rang 1987,S.53f。. まず① につ い て ,ラ ン グは. H。. )。. デ レカー トの言 う よ うに政治的 な関心 は しば しば全 く. こうして,通 時的,共 時的な二側面か ら従来の連続. 色 あせ るかの よ うに見 える。 とは い えそれは一 再 な ら. 性/非 連続性の並存が否定 され,二 項図式が主題化 さ. ず直接 的あ るい は形 を変 え突如 強 くあ らわれ るので. れる。そ して実に この点に こそ「ペスタロッチー研究. ,. 個 人主義 的 ,宗 教 ・道徳 的 な思 考 傾 向 は 食 い 止 め ら. 史 の一 つ の 日付」 (Froese,S.1)を 画す る と称 され る. れ ,社 会敵対 的 で孤 高的 な形で進 む内面性 へ の転化. ゆえん もある。 しか しここで,伝 統的解釈が専 らとす. ,. す なわち「政治 的 なる ものの 内面化」 にペ ス タ ロ ッチ. る非連続性の「土俵」 に乗 って,こ れを覆す ラ ングの. ーは屈 して い るわけで ない ,と ラ ングは譲 らない 。 シ. 論法 には難点がないのだろ うか。『探究』 を専 ら人間. ラー の 『美的教育 に関す る書 簡』 は革命 に失望 して革. 学 に還元する精神科学的教育学 の土俵 に乗 る方法 にし. 命 か ら離 反 し,直 接 の政 治的傾 向 は理 想主義 的 な もの. たが えば,『 探究』 は「再翻訳」 でのみ政治 と教育 の. ラ ングはペ ス タ ロ ッチ ーの. 伝統 的解釈 の 中に シラー に見 られ る ドイツ市民 階級 の. 連続性が認知 され るテクス ト,「 革命論 文」 は 『探 究』解釈 のためにひ き寄せ られる政治的 ・社会的な言. 革命後 の立 場 と同 一 の もの を見 て ,「 しか し」 と続 け. 説 として,両 者 は共に矮小化 される。ラ ングの論法が. る。「 ドイツ人 シ ラー にあ って はす で に社 会 的 な動 機. この よ うな矮小化 を伴 う とす れば,こ こでは① 『探. に変形 して い る. (S.196)。.
(5) 小野寺律 夫 :ペ ス タロ ッチ ー にお ける政治 と教 育. トウェア (教 育 プログラム)と 言 って よい。『探究』. 究』 における政治 と教育 の連続性 は「再翻訳」 でのみ 認 め られるのか否か,② 「革命論文」 は 『探究』解釈. によれば共感 の感情 は幸福 な快感であるか ぎり常 に失. のためにひ き寄せ られる政治的社会的なテクス トにす. われる。宗教的経験 は,立 法 の調停 で活性化 されるけ. ぎないのか否 か,と い う問題が明 らかにされる必要が. れ どもこの よ うに常 に失われる感情 を自らに「接 ぎ 木」す ることで不断に再生 ・維持 し,共 感的情調 とし. ある。. て生産する. (S.36 ff。 ,152 ff。 )。. こ う して産出 される情. 調が 「道徳性が私 の本性 に可能 となる情調」 (S.H8). (2)(立 法 と教育〉 の課題 「再翻訳」 でのみ認 め られるのか否か一― 呆 して第 一の問い はどうであろうか。実 は「革命論文」 との突. 「道徳的高貴化 の基礎 とならなければな らない情調」 (S。. 119)で ある。立法行為 とこれに接 続す る宗教的経. き合わせ によらな くともよい。『探究』 のテクス ト内. 験 の教育 によって,自 律 の道徳性 のベ ース として共感. 立法 と教育) 在的解釈 で可能である。テクス ト内の 〈. 的情調が形成 されるわけである。. の文脈 は教育 の政治化/政 治 の教育化 とい う前述 のバ. ペ ス タロ ッチ ー の場合 ,エ ルカース も言 う よ うに. ル トお よび トレー ラーか ら敷イ される図式 の正 しさを. (立 法 と教育)は 正 しい教育 による人間の「完成 の理. 裏書 きする。一体 ,教 育 と立法 は「ペスタロ ッチ ーの すべ ての論述 において問題 となる実践的活動 の二つの. 念」 を標榜 しない。マ ラーや ロベス ピエール らの革命. 領域」 (SW 12,S。 789/S.126)で あ り,『 探究』 の鍵概. し,(立 法 と教育)の 課題 は共感的情調 の形成 に求め. 念たる「共感的情調」―一 自らの利害 を離れて他者 を. られる。「完成 の理念」 たる道徳性 は課題 とはな らな. 眺める態度様式に固有な情動―一 の形成に作用する実 践的領域 である。以下,両 者 の作用お よび課題に触れ. い。ちなみにエ ルカースが 「二つ の要因は道徳性 に否 定的な影響 を及ぼ し,そ れ 自体 は道徳 的 ではない」. てみたい。. (傍 点 は筆者 )と. ,テ. まず 立法 とい う実践 領域 は「 賢 明 な立 法 の 調 停 」. の哲学ない し進歩哲学 の楽天的な人間学 とは一線 を画. 続 け るならば. (Oelkers,S。 148,153f。. 161),ペ ス タロ ツチーが課題 とす るもの,そ して又. ,. ,. (S.119)と 称 され る。立 法 の調停 とは一 国 の法律 及 び. 共感的情調 と道徳性 の論理的関係 の吟味にい ささか不. 慣 習 の改変 ,市 民 の権利義務 関係 を改変す る立 法行為. 備が見 られ よう。. で ,制 度化 された社会規範 (法 )と イ ンフ ォーマル な. さて政治は法 を手段 として,社 会 を一定 の期待 され. 慣習 (エ ー トス)と の境界線が後者 の側 に一 定程度移. る方向 に導び く。 しかるに期待 される社会体 は人間集. し変 え られ る改変 であ る。 た とえば市民 の義務 につい. 団の社会的行動 の変容 で確 かなもの となるので,人 間. ては「父親 の 義務 」「祖 国へ の 義務 」 は単 なる役 割規. の行動変容 に寄与する教育機能が政治 (立 法)の 作用. 範 や信念体系 が命 ず る責務 で はな く,「 私 の側 に い る. として認 め られる。「政治 の教育化」,教 育手段 として の政治 で ある。『探究』 では 『リー ンハル トとグ ル ト. 子 ど もの 笑顔 や涙」「祖 国 の 苦悩 や喜 び」 へ の応 答 と ヾ い て も市民 的 自由 (権 利 )の 保障 と「個 人の″ 亡 1青 にか. ルー ト』 の場合 とは異な り,政 治 (立 法)は それ自体 として教 育手段 であ り,権 利 の行使 ・義務 の遂行が共. けが い の な い一 切 の もの (家 屋 敷 ,妻 子 ,友 人 ・ 隣. 感的情調 の形成過程 として生 ず る形で教育機 能 を担. 人 ,祖 国 )」 との結合 とい う形 で 規 定 され る (S.102., 116∬ 。 自己保 存 の 感情 (我 欲 )に 動機 づ け られ る )。. う。他方,教 育 は人 間の社会的行動 の変容 に直接作用 して社会的統合 を導 く。「教育 の政治化」,統 治手段 と. 権利義務 関係 か らの改変 で あ り,家 族 間 の 自然 の情愛. しての教育であ り,前 述 のように教育 の政治化/政 治. ヾ 亡 な どが 契約 的 な権利 義務 関係 に くみ込 まれ ,個 人ノ 1青. の教育化 とい う図式が,詰 まるところ社会的統合 ない. へ の介入 を控 える近代 の法規範 の相対 的無力 を乗 り越. し社会形成 のための二つの分節. える形 で ,権 利 の行使 ・義務 の遂行が共感 的情調 の形. であ る。 しかるに後者 の「教育 の政治化」 の場合 は上. 成過程 として生 じるな ら,こ れがす なわち立法 の調停. 述の宗教的体験を与える形の展開ばか りではなく,①. で あ る。. 教育がそれ自体 として統治手段 となる場合,② 教育が 宗教を介 して統治手段 となる場合 に分かれ,そ れによ. い う形 で規定 され る. (S.120)。. 同様 に市民 の権利 につ. もう一 方 の 実践 的領域 で あ る教 育 は,宗 教 的経験 を. (方 途)を. 示すゆえん. 与 える形 で展 開 され る (S.H8。 ,126f。 )。 実践 的 に も論. って社会的統合の形は二つに分節される。. 理 的 に も立法行為 が先行 す る。「立 法 の調停」が 共 感 的情調形成 のハ ー ドウ ェ ア (家 族 ・近 隣関係 )の 編成. すなわち①の教育がそれ自体 として機能 し,組 織 ・ 統合される社会体 は成員が各自の利己的関心で結合す. にかか わるな ら,教 育 で与 え られ る宗教 的経験 はソフ. る利益社会ゲゼルシャフ トである。一体,『 探究』 に.
(6) 甲南女子大学研 究紀要 第 46号. 人間科学編 (2010年 3月. ). よれば「社会状態」 は万民闘争 の継続態 であ り,教 育. 脚点の真 に変 わらない 自由主義的,否 な民主主義的な. は「人間が右や左 を知るまでに賢明な人間的錯覚 で毀. 性格 に対する政治的敵対者が安心 させ られ,事 実欺か. 損 を仕上げる」意図的操作 として繰 り返 される。 ここ. れることになった。 」 (Rang 1967,S.193). に見 られるのは「社 会化」 とい う「市民的人間の職業. テキス ト間矛盾 は疑 い を入れない。 しか し「再翻. もう一 方. 訳」が必要か どうか は別問題 である。た とえ統一 的解. の分節,② の教育が宗教 を介 して機能 し,組 織 ・統合 される社会体は家族間の自然の情愛など個 々の成員が. 釈 の試みであるとして も,非 連続性 の「土俵」 の外 に 出る ことはで きないので,言 うところの矛盾 ・不整合. ヾ 亡 信頼,情 愛,親 密 の′ 1青 にみちて結合す る共 同体ゲマ. なる もの もラ ングの混乱か もしれない。 一 体 「再翻. イ ンシ ャフ トである。錯覚 (操 作す る側か らは欺l前. 訳」なるものはペ ス タロ ッチ ーの理性的企てを混乱相. 陶冶」 による社会的統合である. (S.93f。. )。. ,. 利益誘導)に よる毀損 とい う社会化 の次元 を越 えるも. で捉 えるラ ング自身の混乱 ではないか。解釈学上の法. の,こ の教育の次元は「社会的高貴化」 と呼ぶことが. 則 によれば著者 はそ もそ も理性的だか らである (ダ ン. で きる。 ここに見 られるのは社会的高貴化 とい う共感. ナー,152-3頁 )。 い わんや政治的敵対者 を欺 く戦術. 的情調 の形成による社会的統合 ,「 社会状態」 のパー. 的な手段 と見るのであれば,「 再翻訳」 の説得力 は甚. ソナルでプライベー トな側面すなわち自己保存の感情. だ脆弱 な もの とならざるをえない。「革命論文」 につ. 動機づ け られるゲゼルシャフ ト的関係 のゲ. いてラングはこれを「非本質的な」幕間狂言 と見なす. マ イ ンシ ャフ ト的側面に照準 を合わせ,も って心理学. 人 々 を指 し,『 探究』 で代表 される「本来的ペ ス タロ. 的下部構造 として契約的な権利義務関係 のゲゼルシャ. ツチー」 と「革命論文」で代表 される「非本来的ペス. フ ト的な人間疎外 を緩和する共同体的 ・情意的な社会. タロ ッチー」 とを区別することで,あ らゆる厄介なこ. 的統合 である。. とを避けてい ると言 う (Rang 1967,S.193)。. (我 欲 )に. しか しテ. 以上 ,『 探究』 における政治 と教 育 の連続性 は「再. キス ト間矛盾 を政治的戦術 に解消 し存在 しないこ とに. 解釈」 でのみ認 め られるのか否か とい う問い は,『 探. するのでは,厄 介なテキス ト間矛盾 を避ける「便法」. 究』 における (立 法 と教育)文 脈 のテクス ト内在的解. 批判はラ ング自ら甘受 しなければならないであろう。. 釈 によって必 ず しもそ うでない ことが明 らか にな っ. 本来的/非 本来的ペ ス タロ ッチーの便法 を避けなが ら. た。 ラ ングの「再翻訳」 の方法が揺 ら ぐゆえ んであ. も,し かるべ き統 一 的解釈 の企てが ラ ングの「再翻. る。では第二の問 い は どうであるか。「革命論文」 は. 訳」 を止揚する形で求め られるゆえんである。. 『探究』解釈 のための二義的テクス トにす ぎないの か 否か,と い う問題 について考えてみたい。. テキス ト間矛盾 は視線 の二重性 の表れではなかった か。「環境 が人間を作 る。そ して私 はまさにす ぐに人 間が環境 を作 るのだとい うことがわかった。 」一―『探. 3.『 探究』 と「10分 の 1税 論」. 究』 はこの主体性 の命題において,世 界 に編み込 まれ 世 界 を編み変 えて生 きる人間,「 私 が 自 ら世 界 とな. (1)視 線 の二重性 ラ ングの「再翻訳」 の試みにはい くつか疑義が指摘 で きる。 まず 『探究』 と「革命論文」の間の矛盾 ・不. り,世 界が私によって世 界 となる」世界内の個体 たる 「社会的」人間の理解 に向か う (sw 12,S.57,122)。 他方,「 革命論文」 は「豊か さと等 しさ」「人間の福祉. 整合が前提 されてい るので,か えって従来の非連続性. と権利」 (S.325∬ .,462)の 進歩の視点か ら社会機 構. の解釈 の正 しさを裏書 きするものではないか とい うこ. の分析 に向か う。 しかるに前者の人間理解が「人間か. と。 また これが決定的であるけれ ども,ラ ング自身が. ら制度にアプローチする人間の学 としての社会学」 の. 最後に「再翻訳」 の根拠 を次の ように覆 して しまうこ. 方向 (作 田 2-3,H頁 ),あ るい は「 さまざまな社会. とである。「ペ スタロッチーは政治的には一-20年 代. の機構 における人間の行動に即 して,機 構 の意味 を共. にライバースベ ルガーや ルーファーが理解 したように. 感的 に とらえる手法」 (内 田 318-329頁 )に よって. 一―死ぬ まで「共和主義者」であ り続ける。多 くの後 期 の著作 に見 られる個人主義的 ・保守的,し ば しばほ. 社会機構 に視線 を延長するならば,こ の視線 も社会分. とん ど反動的な傾 向はこの場合,彼 の確信 の真実 の表. 線 の二重性 の結果 として,社 会機構 の二つの見え方が. 明ではな く,い わば戦術的な手段 として理解 されるべ. 革命の評価 をめ ぐる矛盾 として表明 されるわけで,18. きであろう。そのおか げで 1800年 以降,ス イスの支. 世紀市民革命の「然 りか否か」 をめ ぐるテキス ト間矛. 配階級ならびにペ スタロッチーの政治的 ・教育学的立. 盾 はむ しろ当然である。. ,. 析 に並ぶ社会認識の もう一つの視線 である。 ここに視.
(7) 小 野寺律 夫 :ペ ス タ ロ ッチ ー にお ける政治 と教育. 今 日,『 探究』理解 は「本来的ペ ス タロ ッチ ー」 の. り,革 命 に対す る超 党派 的 ・第 三 者 的立場 は見 られ な. 展開 と見る精神科学的研究 と「再翻訳」で対抗す るイ. い 。領主制的 な租税 高権 の税体系 か ら「公正 と平等 に. デオロギー批判 の立場 に引 き裂かれ,系 統的理解が困. 立 つ 普遍的 な税 制」 へ の速やか な改変 ・実施が主張 さ. 難な状況 にある。ペ ス タロ ッチーの二重視線へ の洞察. れ る (SW 12,S.327,410f。. は新 しい可能性 を開 くか も知れない。以下「10分 の 1. ンス革命 に幻滅す るけれ ども,政 治 的紛争 と処理 の裏. 税論」 とい う「革命論文」に見 られる二重視線 につい. 面 にあ る組 織 の 力 を動員 して共通 の利益 を追求す る政. て吟味する。そ こには社会分析 の視線がいわば主調音. 治過程 には幻減 して い なか った 。「 10分 の 1税 論 」 で. として展開 しなが らも,人 間理解 の視線が いわゆる属. 社 会分析 の視線 が 向か うの は,領 域 高 権 の柱 た る租. 音 として組み込 まれてい る。視線 の二重性 は 『探究』. 税 高権 で あ る。 10分 の 1税 は教 会 税 で あ るか ら,土. と「10分 の 1税 論」 のテクス ト間 で見 られるだ けで. 地保有権 に と もな う私法 上 の 負担 み な され る。 しか し. はない。「lo分 の 1税 論」 の 中に も主音 /属 音関係で. ス イス 盟約下 の領 域 支 配国家 =都 市 国家 で は公 法 上. 認められる。〈 政治 と教育〉の二項図式 は視線の二重. の租税 として収取 され ,地 代 ,国 有地収入 ,関 税収入. 性 として捉えられるかもしれない。. と並 ぶ 国庫 の主 要財源 を構成 して きた。 ハ プス ブル ク. )。. ペ ス タ ロ ッチ ー は フ ラ. 家 か ら解 放 され る 「 13世 紀 の 自由 と平 等 の 革 命 」. (2)10分 の 1税 問題 とペ ス タロッチー. (S.441f。. )の 後 ,ベ ル ンやチ ュー リッ ヒな ど有力都 市. 「 10分 の 1税 論」 は二編の論文,『 10分 の 1税 につ. が 周辺農村 や 中小都市 を支配領域 に組 み込 んで確 立す. いて』 (あ ι rグ ι んルカ″ι ん。1798)お よび 『続 10分 の 1 「 g ttbθ r グ Aし ′r グ ん αん グ′ 況 ん 税 ざ ι Jソ ι ′ Jsθ ん θ η 』(Aわ ん “ `r. る領域 高権 に よって公 法 上 の 制 度 と化 した わ け で あ. jθ. 7含. Z;θ. んん′ θん. んグ グιr iプ ηραssι ん乃θJ′ αJJθ r Jあ rθ ― “ グιr Rι ソθJ“ ′ 4szθ J′ gθ れθηzη zι んθ4 Massrι gι J4.. グ Bθ グθれる. jれ. "ん. ′ 力αJbι ん jれ. sθ. jθ. Jた sみ んれたれわめ′ Sθ g.z″ ι ′ 。1799)を 合 せ て 呼 ば れ る 。. る。「 lo分 1税 論」 に よれば租税 高権 の本 質 は「主 権 的関係 と レーエ ン制 的 関係 の 混 同」 (S.414)「 主 権 と 領 主権 と裁判権 の結合」 (S。 449)に あ り,変 質 した 中 世 的 レーエ ン制的法関係 につい て「最初 のス イス 国家. 「 10分 の 1税 問題 はその性 質 と処理 の仕 方 で ,ヘ ル. 革命 以来 ,高 権 的 に導入 された レー エ ン権 の 変質 の不. ヴ ェ テ イア共和 国 の文字通 り運命 的 な問題 になる。歴. 正」 であ る と細 か に吟味 した う えで ,「 不 正 の苦 しみ. 史記述 は今 もこの事実 に低 い評価 しか与 えて い ない。. の存続」 に終止符 を打 つ ことが 目下進行 中 の革命 の課. しか し早 くも当時そ の全 き意味 を理解 した人 こそ ,世. 題 であ る と結論 づ け る. に夢想家 とい われ るペ ス タロ ッチ ー で あ る」 と指摘 さ れてか な り日が経 つ (Rufer,S.158)。. (s.417f。. )。. 領域支配批判 ,租 税 高権批判 は地 代 の法律 的効力 に. ただ しス イス 史. も向け られ る。地代 も領域 高権 の確 立 に よって公 法 上. の 記 述 に 関 して い え ば そ うで は な い 。『ス イ ス 史便. の制度 となった。地代 の場合 ,租 税 高権 の 問題 は レー. r Sθ ん Jzθ r ″ι 覧』 (〃 αれグbzθ λグι. エ ン制 的関係 と主権 的. jε Gι sθ λ 乃″ ι .Bd。. 2.1980). (ラ. ン ト法 的 )関 係 との 恣意 的. で はヘ ル ヴ ェチ ア共和 国 の 章 で lo分 の 1税 問題 が と. 混 同 とい う点 で 10分 の 1税 と同 じあ るが ,レ ーエ ン. り上 げ られ ,ペ ス タ ロ ッチ ー の 業 績 へ の 言 及 が あ る. 法 上 の根拠 は明確 なので ,封 建 的負担 の 内的同一 性 お. 又 ,H.ア イヘ ンベ ル ガーの財 政 史. よび革命 との整合性 とい う論 理 か ら問題 とされ る。 す. 研究 『伯爵領 バ ー デ ンお よびペ ス タ ロ ッチ ー の著作 に. なわち賦役 ,死 亡税 が無償廃止 と決 ま り,地 代が全価. (Ulrich,S.817f。. )。. lo分 の 1税 』. (Dι r盈 んん′J“. Gr手. 格 で 償 還 され るの で は 内 的 同 一 性 の 論 理 に な じまな. ∫ θ滋′ Bα ル ん んグ Jκ ル ん Sθ ttrttθ κ Pθ ∫脇Jθ zzJs.1949)で “. い 。 また地代 の無償廃止 は「合 法 的国家が文化 的 ・合. お ける. Gι bjι ′グθr. 取 り上 げられるなど (Eichenberger,S.128-50),「 10分. 法 的市民 に与 える こ とがで きか つ 与 えるべ き程度 の権. の 1税 論」 のスイス史研究 の史料的価値 の高 さが示 さ. 利 と 自由」 で あ る と して ,全 価格 での償還 (買 戻 し). れてい る。 しか しペ スタロッチー研究の領域 では今 も. は「革命 の正 当 な最終 目的」 との不整合 か ら革命 へ の. ルー ファーの指摘する状態にあ り,非 本来的ペ ス タロ. 逆行 と して批判 され る (S.425∬ 。 )。. ッチ ーの範疇 と考えられるか らであろ うか,エ ピソー. 農民が ス イス革命 に結集す るな ら,封 建 的負担 か ら. ド的取扱 い以上の取組み は見 られない。「lo分 の 1税. の解放 の願 い以タトの何 もの もなか った。 ヴ ォー駐留 フ. 論」 を 『探究』 と合わせ読むテキス トと位置づ けるラ. ラ ンス 軍 の 将軍 ブ リュ ンヌは封建 的負担 の無償廃止 を. ングの眼力 はさしあた り正 当に認め られねばな らな. 約束す るが ,し か し革命後の ヘ ル ヴ ェチ ア憲法 で は買. い。. 戻 しの可能性 が考慮 され ,無 償廃止 の決定 は留保 され. 「 10分 の 1税 論 」 で は社 会 進 歩 の 視 点 が 明確 で あ. る。 こ う して買戻 しと無償廃上 の二 つ の可 能性 をめ ぐ.
(8) 甲南女子大学研究紀要第 46号. 人間科学編 (2010年 3月. ). る激 しい 闘 い が議会 (上 院 ,下 院 )で 1798年 の 5月. 用 法 」 に向 け られ ,人 間行 動 な い し人 間本 性 の 「心 理. か ら 11月 にか けて繰 りひろげ られ ,清 算法が 成 立す. 学 的観 察 」 (S.434)が 試 み られ て い る。「 新 政 府 が 封. る (Rufer,S.158∬ 。 そ れ に よれ ば小 10分 の 1税 )。. 建 的 農民 に贈 る一 銭 とい え ど も,国 か ら負 担 を課 され. (野 菜 ,呆 物 な ど)と 新 開墾地 の. 10分 の 1税 は無償廃. ない者か ら盗 まざるを得ない」 とい う言辞 ,「 道端 の. 止 ,大 10分 の 1税 (穀 物 ,干 し草 ,酒 な ど)は 買戻. コケを食べ てい るロバ に向って一― お前は他人の荒野. しと決 まる。買戻 しについ ては 4カ 月以内 に地所 の 資. でサ ンキュロッ トの ように コケを食 う」 (S。 436)と い. 本価値 の 2%を 現金 か債券で国に支払 う。地代 は生産. う「現代の」富者 の言動 は,裁 定者 の公平が欠けるス. 物 地代 につ い て は年収益 の 15倍 ,貨 幣 地代 に つ い て. イス絶対制領域国家下 の言動 と理解 される。人間の利. は年収益 の 20倍 で買戻 しが決定す る。 もっ と も この. 己的本性 はいつ も同 じである。 しか し「主権 と領主権. 決着 は農民 の敗北 ではなか った とい う。 地所価値 の 2. と裁判権が結合す る」社会機構下では固有な形 で表 わ. %の 数字 はペ ス タロ ッチ ー も認 め る ように,無 償廃 止. れる。「心理学的観察」が捉 えるのはそ うした都市の. に ひ と しい 価格 だか らで あ る (SW 12,S.424f。. 特権者 の口を衝 く「農民 の困窮 を国の秩序 と力 の源泉. )。. 10. 分 の 1税 問題 が これで 決着 をみ るな らば ,『 10分 の. 1. にする公正 の叫 び」 (S.453f。. )で あ り,農 村 ブルジ ョ. 税 につい て』 を世 に問 う価値 が あ った とい うものであ. ワジーか ら発せ られる「租税 よ りも lo分 の 1税 の方. り,『 続 10分 の 1税 論』 の執筆 はおそ ら くなか った。. を好む叫び」 (S.444)と い う「現代」固有 な言動 で あ. しか し 10分 の 1税 問題 は尾 を引 く。清 算法 は 実 施. る。 しか もその際 「老 いた狼が怒 る羊に苦情 をい うな. の段 階 で 国家財政 の 逼迫 とい う困難 に出会 う。革命 の. らば ,虐 、 子 は 確 実 に羊 の 立 場 に落 ち つ つ あ る 」. 翌年 (1799年. ),連 邦主義 ス イ ス 同盟軍 との三 度 の内 戦 で財 政 は深刻 の 度 を増 し,こ の よ うな状況 の もと清. (S.434)と. 算法 の 実施 は反動 のサ ボ タージュ に呑 み こ まれ る。 ヘ. 没落する時代 の兆 しが示 されて,実 は社会の不公正 シ ステムは貧者 だけではな く,富 者 にとって も身につ ま. ル ヴ ェ テ イア共和 国 は以 後農民 の支持 を失 ない ,財 政. される問題であるとい う形 で照射 される。共感的な仕. 事情 の 回復 をみ る こ と もな く,1801年 の 連邦 主義 旧. 方で人間理解 の視線が作動 し,社 会機構 の問題 を浮 き. 勢力 の クー デ ター な ど互 いの クー デ ターの応酬 で無政. 彫 りにするわけである。. ,狼. (富 者)の. 虐、 子 も容易 に羊 (貧 者)に. ,共 和 国政府 は ロー ザ ン. 人間理解 の視線 はアルメ ンデ分配 をめ ぐる提案 にも. ヌに追 討 され ,オ ース トリアの庇護 の も とで連 邦 主義. 属音 として組 み込 まれてい る。アルメンデ とは村落 の. 勢力が再 び権力 を掌握す る。それ は封建 的負担 の再実. 周辺部 に広がる共同地であ り,そ の用益権 は家屋敷. 府状 態 に陥 る。 1802年 9月. ,. 12,S.805f。 ,Rufer,S.175,184。 ,Rang 1967,S.60)。 「 革. 耕地 とともにフー フェ制 とい う農民経済 の持分 の総体 を構成する。耕地の レーエ ン契約 に伴 う慣行 であ り. 命 が確 か になるの を待 たず に,そ の 弔 いの鐘が聞 こえ. 燃料,建 築用材 の供給地,家 畜 の放牧地,手 工業原料. る」 (SW 12,S.310)一 一 ペ ス タ ロ ツチ ー が つ とに予告. の供給地 として農民生活の不可欠の要件 である。 しか. した とお りの結末 であ った。. し領邦主権に よるアルメ ンデの没収 ,用 益権 の制限が 企て られることで,領 主 ・農民間の利害対立が アルメ. (3)革 命 と大衆社会批判. ンデ問題 と して争 点化 す る (伊 藤 63-64,277-346. 施 を意味す るか ら,農 民 の期待 は完 全 に潰 えた. (SW. ,. 「 10分 の 1税 論」 の社 会分析 の 視線 は立 法 に よる税. 頁 )。 「 10分 の 1税 論」 で は封建 的負担 (旧 課税 方. 制改革 に照準 を合 わせ ,「 多 くを もつ 者 は 国家 に多 く. 式)を 廃止 し,租 税体系 の近代化 をはか る手段 と し. の 義務 を負 い ,わ ず か しか もたな い者 はわずか しか義. て ,「 共 同地 の私有化 と一 部 の 国有化」 が提 案 され. 務 を負 わ な い」 公平 の 原則 の実 現 を主張 す る (S.325, 444)。 しか し「公正 と平等 に立 つ 普遍的 な税制」 へ の. る。その際,共 同地の私有化 をめ ぐる個別所有権 の合 法性 が問題 とされ,「 人類が世界の共同権 を止揚 して. 改革 とい う社会機構 の 分析 の視線 には,人 間理解 の視. 所有権 の制度を整えたのは,人 類 の大多数がその場 で. 線が属音 と して組 み込 まれて い る。 まず 人間理解 の視. それまで よ りも安全かつ快適に生活するためにほかな. 線 は「公正 」 の 問題 にお い て ,社 会分析 の視線 と合流. らない」 (SW 12,S.321)と ,『 探究』 の文明社会化 の. して 一 対 の 社 会認 識 を組 み立 て る。 公 正 (配 分 的公. 命題が繰 り返 される。. 正 )は す ぐれ て社 会分析 の事柄 であ る。 しか し同時 に. 『探究』 によれば所有権は法律 ,政 府 とともに政 治 (国 家)の. 基本システム を構成 し,人 類 の「社会. 社 会機構 にそ くして人間 を見 ,人 間にそ くして機構 を. 社会. とらえる視線が 「公正 」 の語 の「現代 の思 い上が った. 状態」へ の移行 に伴 う自然力 (本 能的行動様式)の 代.
(9) 小野寺律 夫 :ペ ス タ ロ ッチ ー にお ける政治 と教育. 替手段 で あ る。それ ゆえ所有権 の合 法性 は快適 な生活. (多 数者 )が 等 しく望み好む集団要求 の形 ですべ ての. の 確 保 とい う社 会 的 結 合 の 目的 か ら問 題 に され る. 者 に強要 されるならば,社 会的人間は個性お よび人格. 「財 産 が 神 聖 な の は社 会 的 に結 合 して い る. 性 の墓奪 に うちに生 きなければならない。民主主義 の. か らであ り,私 たちが社会 的 に結合 して い るの は,財. 延長に近代社会 の半面 たる大衆社会状況 を予見する洞. 産が神聖 だか らであ る」 (S.H)。 社 会 的結合 の 目的 に. 察,法 の 自在 な変更による超デモ クラシーの問題 を看. 照 らして合 法性が問 われ る 『探究』 の文脈 を受 け る形. 破す る先見性 ,こ れは「社会状態」における自然権 の. で ,「 10分 の 1税 論」 で は「理 由や い われ な しに所 有. 持続的追求の力学が実 は同 じ人間 として 自分 の うちに. 権 は崇拝す べ きで はな い 」「所有権 は 目的 に よって の み神 聖 で あ る」「立 法 は どん な場合 も所 有権 を 目的 に. も認めざるをえない とい うペスタロ ッチーの人間理解 の視線が た どる理路である (S.162)。 ザイ ドマ ンはペ. 結 び つ け て理 解 しな け れ ば な らな い 。」 (s.320■. スタロッチーについて「誤 った集団要求,横 暴 な大衆. (S.76f。 )。. ). 等 々の 言表が つづ く。『探 究』 にお け る社 会 的結 合 の. 組織 による個性 と人格性 の寡奪 とい う近代 ヨーロッパ. 「 目的性 」 とい う人 間本性 の 分析 か ら導 かれ る規 準 に. の危機 を歴史の直観 によって予見 し,警 告 した最初の. 則 して ,ア ル メ ンデ分配案が喫 緊 の 政策課題 と して提 出 され るわ け で あ る。 もっ と も「 lo分 の 1税 論 」 で. 人」 と言及 し (Seidmann,S.123f。 ),オ ッファーマ ン は「ヘーグル,コ ン ト,ニ ーチ ェとい う集団時代 の予. は社会批半Jの テキ ス トの1生 格 を反映 して ,所 有権 の 目. 言者 の仲 間にペ ス タロ ッチ ー を挙 げなか ったオルテ. 的 は一 層根底 的か つ 具体 的で ,貧 農 の生 計 を支 える経. ガ」 の不備 を指摘す る (Offermann,S.42f。 )。 さらに. 営 の確 立 に集 中す る。『探 究』 の保 有 ・用益権 レベ ル. ユ ングに至 っては人間存在 と大衆人 に関する自分の結. の「公正 」論 に止 ま らず ,領 主制地 代 の無償廃止や土. 論は「 ほとんど表現 に至 るまで正確 にペスタロ ッチー. 地再 配分論 に踏み込 む。 この土地改 革 の提案 で は人 間理解 の視線 は さ らに深. の思想 に一致す る」 と告白す る (Jung,S.345)。 『探究』 の革命批判 は予示 に富む大衆社会批判の文. 部 を貫 き,ア ル メ ンデ分配 の 目的 は人類 の「高貴化 し. 脈 である。 まさに この文脈 によって 『探究』 は「 10. た社 会 的情 調」 (S。 463)の 形 成 に求 め られ る。「 共 同. 分 の 1税 論」等 「革命論文」 の革命評価 と矛盾相 で捉. 地 分 配 は レ ー エ ン義 務 者 の 感 情 を 高 貴 化 す る 」. えられるわけである。 しか しなが ら同様の矛盾は「10. (S.324)と 言表 され る とき,土 地 ,税 制 ,農 業 の 民主. 分 の 1税 論」 の結論 にも見 られる。「買戻 し」批判 は. 的改変 に関わ る現下 の社会革命 の事柄 は「キ リス ト教 的革命」 の概念 で 読み替 え られる。 イエ ス 0キ リス ト. 微塵 も揺 るが ない かに思 われたが ,『 続 10分 の 1税. は農民解放 の革命家 ,イ エ スの十字架 は「人 間性 に発. 論』 の最後 の ところで「買戻 し」容認の言葉が登場 し,「 祖国は危機 にある。 …祖 国が救済 されるまで 10. す る政 治力」 か らの「政治 の搾取手段 に対 す る死 の 闘. 分 の 1税 を納め,地 代 を払 って ください」「 自由は買. 争 」 と見 な され. (s。. 319,411),現 下 の 革 命 の 進 行 は. 「道 徳 的独 立 の 原理 お よび平和 と 自由 と平等 に立 つ 純. い取 る もの,自 ら紡 ぎ出す もの」 と表明 される 12,S.464)。. (SW. 思 うにこれは現実的な苦渋の選択 で あ っ. 粋 に道徳 的 な人間結合 の理念 へ の 移行」 (S.454)と い. た。 しかるにその際,免 税特権 に固執する富者の「現. う形 で再解釈 され る。 人間理解 の視線 か らの社 会革命. 代 の」行動が俎 上 に載せ られ,「 人間性 を考慮 に入れ. の理 解 で あ る。. なさい。 自分が同 じ立場 にあるとした ら, 自分 自身が. 実 に この解釈 は 『探 究』 の「革命」理解 と重 な って. で きな い こ とを誰 に も期 待 して は い け な い. │」. い る。『探 究』 は民 主主 義 の 進 む先 に大衆 時代 の 誤 っ. (S.463)と. た集 団要求 を予見 し,社 会 的高貴化 とい う共感 的情調. るエ ゴイズムで もあるとい う了解 が促 される。 と同時. 形成 を社会進 歩 の必然 的要求 と して掲 げる。民主制 は. に「国の貧者 は全体的 に見て富者 よ りも,は るかに高. 「大衆 と大 衆 に仕 えるデ マ ゴー クの 自然 的 自由」 の 解 放 システムで あ り,君 主制 ・貴族制 を圧任1す る形 で現. 貴 化 の 観 点 と調 和 した情 調 の 中 で 生 き て い る」 (S.462)と ,共 感的情調 に富む貧農層の人格性へ の信. れ る。 ジ ャ コパ ン党権 力 の越権濫用 も大衆 の代表機 関. 頼が吐露 される。ザイ ドマ ンの言葉 を敷衛するなら. の事柄 で あ り,大 衆 の「荒 々 しい本能 の解放」 はア ン. そ こには貧農層 の豊かな個性 と人格性が 「豊かさと等. シ ャ ン ・ レジ ー ム 改 変 の暴 力 的集合 行 動 に発 現 した. しさ」「人 間の権利 と福祉」 の一元的進歩 で絡 め とら. (S.6,84,97,105,127,132,145)。 「大衆」Masse,Menge. れ,誤 った集団要求 に変質 して い く予感が働 い て い. とは社会 的約束事 の うち に生 きる「没」個性 の 人 間類. る。「豊か さと等 しさ」「人間の権利 と福祉」 と,「 人. 型 で ,も し この類 型 が大 衆 の 代 表機 関 に よって 大 衆. 間の内的高貴化」 とい う二つの要請の うち,現 下 の政. ,実 はこの富者 の行動 が貧農層 自身の内な. ,.
(10) 18. 甲南女子大学研究紀要第 46号. 治 状 況 で の ぎ りぎ りの 選 択 と して 「 人 間 の 内 的高 貴 化 の 進 歩 」 に プ ラ イ オ リテ イが 与 え られ た わ け で あ る. 人間科学編 (2010年 3月. ). 統合す るメタ枠組 み と言 って よい 。 ア ドル ノ らの批判理論 に拠 るラ ングの 『探 究』解釈 は非政治的ペ ス タロ ッチ ー を本来的 なペ ス タ ロ ッチ ー. (S.462)。. この 順 位 は二重 視 線 の 当然 の 帰 結 で あ る。 こ こ に見. と祭 り上 げる伝統 的解釈 へ の対抗解釈 と して,エ ル カ. られ るの は ペ ス タ ロ ッチ ー の 思 想 世 界 の 深 部 に誘 って. ース らに よるペ ス タ ロ ッチ ー神話 の解体 の流 れ をつ く. くれ る複 眼 的思 考 形 式 で あ り,矛 盾 で もなけれ ば 混 乱. った 。『探 究』 は ア リエ ス以 後 の 近代教 育学 の批 判 解. で もない。 もし人間理解 の視線が程度 の差 はあれ「非. 体 の格好 の標 的 となった観 が あ るが ,ラ ングの「再翻. 科学的」 として排除 されるな らば (Froese,S.14f。 ), ラ ングお よびフレーゼ らマールブルク・グループの社. 訳」 の 試 み は多分 にペ ス タロ ッチ ー擁護 の側面 を見せ. 会批判的 0社 会史的分析 のごと く,『 探究』 の言説 を. 「 革 命 に寄せ るペ ス タ ロ ッチ ー の 言葉 は教 育学 的 で あ. 矛盾相ない し転向相 で把握 し,豊 かな世 界の入 り口に. る。」「決 して革 命 の 精神 にお い て思 考す るこ との なか. バ リケー ドを築 く。けだ し公正 システムの幸運な機構. った 文筆 家」「 信心深 い 道徳 家 であ って革命 家 で は な. 改変 も新たな形で人間の問題 を引 きお こすのは必至で ある。「10分 の 1税 論」 とい う改革論文 はペ スタロツ. い 。」 (Odkers,S.148,152,162)等. の 非政治 的教育者像 をデ レカー トに も劣 らず執拗 に繰. チ ーの複眼的な思想世界 を開示 して くれる。『探究』. り返す。脱神話化 の 名 目で ペ ス タ ロ ッチ ー擁護 に向か. 解釈 のためにひき寄せ られる二義的 テクス トなどで は. うラ ングに対抗 して ,専 らペ ス タ ロ ッチ ー神話 の徹底. 決 してなか った。. 的解体 に向か うわけであ る。. お. わ. る。 しか るに エ ル カ ー ス は ラ ン グの擁 護 を覆 す 形 で. ,ペ ス タ ロ ッチ ー. 事 ほど左様 に (政 治 と教育〉の二項図式 の問題 は近 年 のペ スタロッチー研究の動向にあつて もなお厄介な. に. 『探 究』 にお け る政治 の 文脈 が編 み あ げ られ る (政 治 と教 育〉 の二 項 図式 につ い て ,政 治 と教育 の 連続性. 問題 として残 されてい る。本稿が (政 治 と教育)の 二 項図式 について,視 線 の二重性 の コンセプ トを追求 し たゆえんである。. /非 連続性 をめ ぐる問題 か ら考 えてみた。 二 項 図式 に お ける連続性 /非 連続性 の 問題 は両者並存す る解釈 で 推 移 して きたが ,ラ ン グに よって 問題 と して 浮 上 し た。 しか も単 なる問題 の提 出に とどま らず ,ペ ス タ ロ ッチ ーの脱神話化研 究 に道 を拓 く基本問題 と して登場 す るのであ った。 ラ ングは 『探 究』 にお け る二 項 図式 の 連続性 を「再翻訳」 とい う方法 で 明 らか にす る。 し. 引 用 文 献 Barth, H.: Pcstalozzis Philosophie der Politiko Zurich 1954. (杉. 谷雅文 /柴 谷久雄訳 『ペ ス タ ロ ッチ ー研 究』理想. 社 ,1961) Delekat,F.: 工 」 猛. Pι s″ ′ θzζ jo. HCidelberg 1968.. Froese, Lo u.a.: Z夕 r DJsた ′ssjθ κ.D`r ρθJj′ Jscん ιPι s′αJθ zぇ. J。. Weiheilm/Basel 1972.. か し「革命論文」 と突 き合 わせ る統 一 的解釈 で 果 た し. Eichenberger,H.:D`rZ`力 れ′J“. て非連続性 の誤 りが暴 かれたか と言 えば疑 間 が残 る。. θzそ .Baden 1949. れグ J4グ Sc力 r炉 │`′ Pι S′ α′ `″ “ Jung u.a.Bd. Jung,C.G.:G`sα ″ セ W`滅 `.Hrsg.vo Mo N… “`′ 16.C)lten 1971.. 政治 と教育〉 の二 項 図式が 「視線 の二 重性」 本稿 は 〈 と して捉 え られる こ と。す なわち人間 の 本1生 お よびそ. `ん. θぇ MIorf, H.: Z′ r Bjθ grα ρ力J` Pθ s′ α′ て,s.Bd。. の教育 に向 け られ る人間理解 の視線 と社会機構 と して. 1966。. の 政治経済社会 に向け られ る社 会分析 の視線 とが ,い. 1985). わば主音 /属 音 の 関係 で結 ばれ る複眼的思考の形式 で あ るこ とを明 らか に した。連続性 /非 連続性 の枠組 み に引 きつ ければ,非 連続性 とい う伝統 的解釈 は,革 命 前 ・革命後 の 間,同 時代 のテ クス ト間,あ る い は 同一 テ クス トの 文脈 間 で ,い わば主 音 /属 音 関係 を成 して 入 れ替 わる二つの視線 の 認識 の 欠落 に起 因す る と考 え られ る。 とい って も視線 の二重 性 は連 続性 の 別様 の表 現 で はない 。連続性 とは連続 性 /非 連続性 の枠組 みで 定位 され る相対 的概念 であ るの に対 して ,視 線 の二重 性 は この枠組 み を止揚 し,連 続性 /非 連続性 を整理. r C‐砥 s`んa/r Bα グ Gι bjα ごι. j∫. 1.Osnabriick. (長 田新訳 『ペ スタロッチ博第 1巻 』岩波書店. F化閉zσ sjθ ん. 夕4g z′ οzzjs Sた ′ ′ Oelkers, J.: P`s″ ′ “. ,. Rι ソ θJ“ ´. `れ. jθ j.υ ルι jθ ご ′れグ R`zη ′ れ。 Weinheim/ ′ れ。ル ′Pθ S″ Jθ ぇ て “ Basel 1995. ー r R`Jjgjθ s`れ Jれ sι jれ ι s Pο Jj′ Jsε カ ′グι “`れ j“ ‐ gθ gJsθ 77θ κ θ れ P`s″ たソ rグ αS Pα グα たι グ rtrれ gノ′ 6‐ r“ れ グわθ. 0ffermann,J。 : Dα s. E′ ι. `夕. ′ θぇ が ′グFjθ たた.DusseldOrf 1965。 “ θzzj.Frankfurt anl Main 1967. Rang,A.: Dι r ρθ′Jsθ んιP`s′ αι j′. Rang,A.: Dα. j′ J.Die politische θぇ Jsθ ttθ れPι s″ ′ s Erbι グ ρθ′ て `s. Anthropologie der`Nachforschungen'. In : (Hrsg。. θて zJs ):Pι θ′ s′. Ettθ. Grund― Stoll,. J。. ―lル r′ ιjグ jg“ κg g`gι れ∫ ιl々 ″‐ `jη. たr`r.Bad Hcilbrunn 1987. jθ η ソ んグ グ σSJSθ 力 θJ“ ′ Rufer,A.: P`s′ α′ θttjo Dj`/raれ て `Rθ “. jι. ,.
(11) 小 野寺律 夫 :ペ ス タ ロ ッチ ー にお ける政治 と教育 〃θJソ. jた. 。Bern. 1928.. Trё. `′. Seidmann, P.: Dι r フアυg グ. `r 7Vぐ. Stattgart 1959. Spranger,Ed.:Pι s″ Jθ zzjs. /ン. の. θttθ Jθ gJι .Zurich/. 育 の思考形式』明治図書 ,1962) ′ Jjε λ ιWθ 戒 `,Hrsgo vo A.Bu― “. chnau/Edo Spranger/Ho Stettbacher.Berlin/Zurich 1927∬. jθ ん 。In: P― F。 グθr F“ 刀zσ sj∫ θttι ん Rι ソθJ“ ′ jε. jε ん′ ι んιAs―. Urlich,C.:〃 rich 1980。. カルr α 4グ わθ “. Sε. jzι r 力″ι. Gι sc力 jθ ん だ。Bd。 2.Zu―. 作田啓 一 『生成の社会学』有斐閣,1993 ダンナー,H。 /浜 口順子訳 『教育学的解釈学入門』 玉川大. .. 1税 に つ い. て」「続 10分 の 1税 論 」 長 田新 編 『ペ ス タ ロ ッチ ー 全 集第 6,7巻 』平凡社 ,1959-60). J4物 パυJグ. ριたた。Bern/Stattgart/Wien 1996.. 竹正之訳 「ペ ス タロ ッチの 『探究』一そ の分析」『ペ ス タロ ッチ全 集第 6巻 』 玉川大 学 ,1969/吉 本均訳 『教. (虎 竹 正 之訳 「探 究」,大 槻 正 一 訳 「 10分 の. θz`η 力Jι ′. Hager/D.Trё hler: Pθ siり Jθ zzj― ″jrた ′4gsgι scん. Dι れりbr″ t`れ .Heidelberg 1959(虎. SW=Pcstalozzi,Jo H.:Sα. αグj“ θκ″θθんsι ′jん Pι sttJθ zzjs Sθ zjα ″力j― hler,D。 : Dθ r Pα ん. 学 , 1988. 内田義彦 『内 田義彦著作 集第 3巻 』 岩波書店 ,1989. 伊藤栄 『 ドイツ村落共 同体 の研 究』 弘文堂 ,1971..
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