異文化コミュニケーションとしての翻訳行為 : 機
能主義翻訳理論の観点からの考察
著者
金 ??
学位授与機関
Tohoku University
平 成
20 年度(2008 年)修士論文
異文化コミュニケーションとしての翻訳行為
―機能主義翻訳理論の観点からの考察―
国 際 文 化 研 究 科
国 際 文 化 交 流 論 専 攻
( 言 語 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 論 )
A7KM1016 金 炫 妸
目 次
第 1 章 は じ め に ...1 1.1. 研 究 の 背 景 と 目 的 ... 1 1.2. 研 究 方 法 ... 2 1.3. 論 文 の 構 成 ... 2 第 2 章 理 論 的 枠 組 み ...4 2.1. 機 能 主 義 翻 訳 理 論 ... 4 2.1.1. テ キ ス ト タ イ プ 別 翻 訳 理 論 ... 4 2.1.2. ス コ ポ ス 理 論 ... 5 2.1.3. 翻 訳 行 為 の 合 目 的 性 ... 7 2.2. 翻 訳 の ス ト ラ テ ジ ー ... 8 2.3. 自 国 化 翻 訳 と 異 国 化 翻 訳 ...10 第 3 章 研 究 方 法 ... 12 3.1. 分 析 対 象 ...12 3.2. 分 析 方 法 ...13 第 4 章 分 析 と 考 察 ... 15 4.1. 題 目 ・ 目 次 ...15 4.2. 呼 称 ・ 人 称 ダ イ ク シ ス ...18 4.2.1. 呼 称 ... 18 4.2.2 人 称 ダ イ ク シ ス ... 23 4.3. 交 感 的 言 語 使 用 ・ 文 体 ...28 4.4. 非 言 語 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ...35 4.5. 社 会 文 化 的 慣 習 ...42 4.6. 慣 用 表 現 ...50 4.6.1. 慣 用 句 ... 51 4.6.2. 諺 ... 53 4.6.3. 漢 字 成 語 ... 574.7. 固 有 名 詞 ・ 地 名 ...59 4.7.1. 固 有 名 詞 ... 60 4.7.2. 地 名 ... 70 4.8. 文 化 関 連 語 彙 ...74 4.8.1. 伝 統 ・ 慣 習 ... 75 4.8.2. 社 会 ・ 制 度 ... 79 4.8.3. 衣 食 住 ... 83 4.8.4. 度 量 衡 単 位 ... 89 第 5 章 お わ り に ... 92 【 謝 辞 】 ... 94 【 参 考 文 献 】 ... 95 【 分 析 テ キ ス ト 】 ... 98
第 1 章 は じ め に
本 論 文 は 、 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン と し て の 翻 訳 行 為 に 関 し て 、 機 能 主 義 翻 訳 理 論 の 観 点 か ら 考 察 し た 研 究 で あ る 。 本 章 で は 、 本 研 究 の 目 的 を 明 ら か に し 、 そ の 背 景 と 理 論 的 枠 組 み 、 研 究 の 方 法 に つ い て 簡 単 に 説 明 す る 。 最 後 に 本 論 文 の 構 成 に つ い て 述 べ る 。 1.1. 研 究 の 背 景 と 目 的 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン と は 、異 な る 言 語 や 文 化 的 背 景 を 持 つ 人 々 が コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を と る と き 、 お 互 い の 文 化 を 異 文 化 と し て 認 識 し 、 理 解 し あ う 行 為 の こ と で あ る 。 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン は 単 な る 言 語 メ ッ セ ー ジ の 伝 達 で は な く 、 言 語 外 の 文 化 要 因 を 前 提 と し て 行 わ れ る 行 為 で あ る た め 、異 な る 文 化 を 持 つ 人 々 の 間 で 交 わ さ れ る コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン に は 、 常 に 共 通 の 前 提 の 不 在 か ら 来 る 障 害 要 因 が 含 ま れ て い る と 言 っ て も 過 言 で は な い 。 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 最 前 線 と も 言 え る 翻 訳 と い う 行 為 は 、 は じ め か ら 二 つ の 言 語 と 文 化 を 前 提 と し て 行 わ れ て い る だ け に 、 翻 訳 時 に 生 じ る 諸 問 題 は 言 語 内 の 要 因 は も と よ り 、 言 語 外 の 要 因 、 つ ま り 異 質 な 両 文 化 の 差 異 か ら も 発 生 す る 。 よ っ て 、 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 受 信 者 で あ る と 同 時 に 発 信 者 で も あ る 翻 訳 者 に は 、 二 つ の 異 な る 言 語 と 文 化 の 間 で 行 わ れ る コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 行 為 を 成 功 さ せ る た め の 、 能 動 的 か つ 創 造 的 な 異 文 化 の 仲 裁 と い う 役 割 を 果 た す こ と が 求 め ら れ る 。 そ こ で 、 本 研 究 で は 翻 訳 を 起 点 テ キ ス ト(Source Text=ST、 原 文 )の 文 化 と 目 標 テ キ ス ト(Target Text=TT、 翻 訳 文 )の 文 化 の 間 で 行 わ れ る 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 行 為 と し て 捉 え て い る 「 機 能 主 義 翻 訳 理 論 」 の 立 場 か ら 、 翻 訳 の 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 機 能 に つ い て の 考 察 を 試 み る 。 な か で も 、 翻 訳 過 程 を 決 め る 最 も 重 要 な 原 則 は 翻 訳 行 為 全 体 の 目 的(Skopos1)で あ る と 主 張 す る Reiss と Vermeer の 「 ス コ ポ ス 理 論 」 に 基 づ き 、 一 つ の ST と 異 な る 文 化 的 背 景 を 持 つ 複 数 の TT を 比 較・対 照 す る こ と で 、異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を 図 る た め の 翻 訳 者 の ス コ ポ ス が 翻 訳 方 法 の 選 択 に ど の よ う な 影 響 を 与 え て い る の か を 明 ら か に す る 。 1 ス コ ポ ス(Skopos)と は 、「 的 、標 的 」と い う 意 味 の ギ リ シ ャ 語 で 、Vermeerが「 翻 訳 の 目 的 」 を 表 す 用 語 と し て 使 い は じ め た 概 念 で あ る 。従 っ て 、 本 研 究 の 目 的 は 、 ま ず 効 果 的 な 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の た め の 翻 訳 者 の 翻 訳 ス コ ポ ス が 実 際 の TT に ど の よ う に 表 れ て い る の か 、ま た 、TT の ど の よ う な 部 分 で 各 々 の ス コ ポ ス の 差 異 が 発 生 す る の か 、 そ こ に 一 貫 し た 基 準 は 見 ら れ る の か 、 そ し て 、ST 文 化 圏 と TT 文 化 圏 と の 距 離 が そ の ス コ ポ ス の 選 択 に 何 ら か の 影 響 を 与 え て い る の か を 探 る こ と に あ る 。 1.2. 研 究 方 法 本 研 究 で は 、異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ -シ ョ ン 行 為 と し て の 翻 訳 の 機 能 を 考 察 す る 上 で 、二 つ の 翻 訳 ス コ ポ ス 、 つ ま り Venuti(1995)の 「 自 国 化 翻 訳 」 と 「 異 国 化 翻 訳 」 と い う 観 点 か ら 分 析 を 進 め る 。 自 国 化 翻 訳 と は 、ST の 異 国 的 で 見 慣 れ な い 要 素 を TT の 文 化 と 慣 習 に 合 わ せ て 翻 訳 し 、TT の 異 質 感 を 最 小 化 す る 戦 略 で あ り 、 異 国 化 翻 訳 と は 、 ST の 異 質 で 異 国 的 な 要 素 を TT に そ の ま ま 残 す こ と で 、 TT の 異 質 感 を 最 大 化 す る 戦 略 で あ る 。 具 体 的 な 分 析 は 、ス コ ポ ス 理 論 を ベ ー ス に し て 翻 訳 方 法 を 分 類 し た 藤 濤(2005)の「 翻 訳 方 法 の 一 覧 」を 用 い て 行 う 。そ の 中 で (1)移 植 、(2)音 訳 、(3)借 用 翻 訳 、(4)逐 語 訳 を ST 中 心 の 異 国 化 翻 訳 方 法 、そ し て 、(5)パ ラ フ レ ー ズ 、(6)同 化 、(7)省 略 、(8)加 筆 を TT 中 心 の 自 国 化 翻 訳 方 法 と 見 な し て 分 析 し た 。 な お 、 (9)解 説 は ど ち ら に も 併 用 さ れ る 可 能 性 が あ る た め 実 例 か ら 判 断 す る こ と に す る 。 な お 、本 研 究 で は 、分 析 対 象 と し て 日 本 語 の ST と そ の 韓 国 語 訳 、そ し て 英 語 訳 を 用 い て 分 析 を 行 う 。 具 体 的 な 分 析 テ キ ス ト は 、 村 上 春 樹 著 『 ノ ル ウ ェ イ の 森 』 と 吉 本 ば な な 著 『 キ ッ チ ン 』、 奥 田 英 朗 著 『 イ ン ・ ザ ・ プ ー ル 』、 宮 部 み ゆ き 著 『 魔 術 は さ さ や く 』、 そ し て 各 々 の 韓 国 語 訳 と 英 語 訳 で あ る 。 1.3. 論 文 の 構 成 本 論 の 構 成 は 以 下 の と お り で あ る 。 ま ず 、 第 1 章 で は 本 研 究 の 背 景 と 目 的 及 び 研 究 方 法 を 紹 介 し た 。 第 2 章 で は 本 研 究 の 理 論 的 枠 組 み で あ る 「 機 能 主 義 翻 訳 理 論 」 と そ れ に 基 づ い た 藤 濤 の 研 究 を 概 観 し 、本 研 究 の 分 析 基 準 で あ る Venuti の 自 国 化 翻 訳 戦 略 と 異 国 化 翻 訳 戦 略 を 概 説 す る 。 次 に 、 第 3 章 で は 本 研 究 の 分 析 対 象 に な る テ キ ス ト を 紹 介 し 、 そ の 選 定 理 由 を 明 ら か に し た 上 で 、 本 研 究 で 採 用 す る 分 析 基 準 及 び 分 析 方 法 を 詳 し く 説 明 す る 。 続 い て 、 第 4 章 で は 第 3 章 で 示 し た 分 析 方 法 に 基 づ い た 分 析 の 結
果 を 、(1)題 目・ 目 次 (2)呼 称・ 人 称 ダ イ ク シ ス (3)交 感 的 言 語 使 用・ 文 体 (4)非 言 語 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン (5)社 会 文 化 的 慣 習 (6)慣 用 表 現 (7)固 有 名 詞 ・ 地 名 (8)文 化 関 連 語 彙 の 八 つ の カ テ ゴ リ ー に ま と め 、各 カ テ ゴ リ ー 別 に 具 体 例 を 挙 げ な が ら 自 国 化 翻 訳 と 異 国 化 翻 訳 と い う 観 点 か ら の 考 察 を 行 う 。 最 後 に 、 第 5 章 で は 本 研 究 の 結 論 を ま と め 、 今 後 の 課 題 を 述 べ る 。
第 2 章 理 論 的 枠 組 み
翻 訳 理 論 研 究 の 中 心 が ST 中 心 か ら TT 志 向 へ と 移 り は じ め て い た 1970 年 代 後 半 か ら 1980 年 代 に 登 場 し た「 機 能 主 義 翻 訳 理 論 」は 、翻 訳 の 持 つ 目 的 と 機 能 を 強 調 し 、翻 訳 を ST の 文 化 と TT の 文 化 の 間 で 行 わ れ る 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 行 為 と し て 捉 え て い る 。 いわゆる「 スコポス理 論 」で代 表 される機 能 主 義 翻 訳 理 論 は、ドイツのKatharina Reiss と Hans J. Vermeer に よ っ て 誕 生 し 、 そ の 後 、 Chrisiane Nord に よ っ て 継 承 ・ 体 系 化 さ れ 、 今 で は 実 務 翻 訳 の 現 場 で 幅 広 く 取 り 入 れ ら れ て い る 。 本 章 で は 、 ま ず 機 能 主 義 翻 訳 理 論 を Reiss の テ キ ス ト タ イ プ 別 翻 訳 理 論 と Reiss と Vermeer の ス コ ポ ス 理 論 、 そ し て Nord の 翻 訳 行 為 の 合 目 的 性 に 即 し て 概 説 し 、 そ の 後 、 機 能 主 義 翻 訳 理 論 に 基 づ い た 翻 訳 の 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 機 能 に 関 す る 藤 濤 の 研 究 を 考 察 す る 。 そ し て 、 最 後 に 本 研 究 の 分 析 基 準 で あ る Lawrence Venuti の 自 国 化 翻 訳 戦 略 と 異 国 化 翻 訳 戦 略 を 紹 介 す る 。 2.1. 機 能 主 義 翻 訳 理 論 2.1.1. テ キ ス ト タ イ プ 別 翻 訳 理 論 Reiss は 「 等 価 (equivalence)」 の 概 念 を 基 に 、 ST と TT の 機 能 的 関 係 を 中 心 と し た 翻 訳 評 価 の 体 系 化 を 目 標 に し た 。と は い え 、Reiss の 言 う 等 価 は 従 来 の 等 価 関 連 の 研 究 で 扱 わ れ て い た 単 語 や 文 章 単 位 で の 等 価 と は 異 な る テ キ ス ト レ ベ ル で の 等 価 で あ り 、 言 語 の 機 能 と テ キ ス ト タ イ プ 、 そ し て 翻 訳 戦 略 と の 関 係 に 基 づ い た 等 価 の 実 現 を 主 張 し て い る 。 Reiss(1971)は 、言 語 に は 叙 述 機 能 、表 出 機 能 、訴 求 機 能 の 三 つ の 機 能 が あ る と 主 張 し た Karl Bühler の 「 organon model」 を 翻 訳 理 論 に 適 用 し 、 各 々 の テ キ ス ト に 優 先 す る 目 的 と 機 能 に よ っ て 、 三 つ の テ キ ス ト タ イ プ を 設 定 す る 。 Reiss の 分 類 に よ る と 、テ キ ス ト タ イ プ に は ま ず 、情 報 の 伝 達 が 主 な 機 能 で あ る「 情 報 型 テ キ ス ト(informative text)」 が あ り 、 発 信 者 の 考 え と 表 現 の 特 徴 を 伝 え る 「 表 現 型 テ キ ス ト(expressive text)」、 そ し て 、 受 信 者 を 説 得 し て 何 ら か の 行 為 を す る よ う に 訴 え る 機 能 が 重 視 さ れ る 「 効 力 型 テ キ ス ト(operative text)」 が あ る 。 Reiss は 各 テ キ ス ト の タ イ プ に よ っ て 異 な っ た 翻 訳 戦 略 が 求 め ら れ る と 主 張 す る 。つ ま り 、「 情 報 型 テ キ ス ト 」 の 翻 訳 に は ST の 指 示 的 ・ 概 念 的 内 容 を 完 全 に 伝 達 し 、 分 かり や す い 散 文 体 を 使 っ て 、 必 要 な 場 合 は 明 示 化 戦 略 を 使 用 す る 。 こ の タ イ プ の テ キ ス ト に は ニ ュ ー ス や 学 術 書 な ど が あ る 。 次 に 、「 表 現 型 テ キ ス ト 」 の 翻 訳 で は 、ST の 美 学 的・芸 術 的 形 式 を 伝 え る 。翻 訳 者 は ST 著 者 の 観 点 か ら 著 者 と の 同 一 視 戦 略 を 基 に 翻 訳 し な け れ ば な ら な い 。例 え ば 、詩 な ど の 文 学 作 品 が こ の タ イ プ に 入 る 。そ し て 、「 効 力 型 テ キ ス ト 」の 翻 訳 で は 、TT の 受 信 者 か ら 求 め ら れ て い る 反 応 を 引 き 出 さ な け れ ば な ら な い 。翻 訳 者 は 改 作 や 翻 案 な ど の 方 法 を 通 じ て 、TT の 受 信 者 か ら 効 果 の 等 価 を 具 現 す る 。 こ の タ イ プ の テ キ ス ト に は 広 告 や 宣 伝 な ど が 入 る 。 Reiss は こ れ に 加 え て 、四 つ 目 の テ キ ス ト タ イ プ と し て テ レ ビ や ラ ジ オ 、歌 、演 劇 の よ う に 言 語 外 の 媒 体 が 関 わ る 場 合 と し て 、「 マ ル チ メ デ ィ ア 型 テ キ ス ト(multimedial text)」 を 挙 げ 、 こ の タ イ プ の 翻 訳 で は 、 視 覚 的 イ メ ー ジ や 音 楽 な ど で TT を 補 完 し な け れ ば な ら な い と 主 張 す る 。
Reiss に よ れ ば 、最 も 理 想 的 な 翻 訳 は 、TL(target language)で SL(source language) の 概 念 的 内 容 、 言 語 的 形 態 、 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 機 能 と 関 連 し た 等 価 を 目 標 に す る 翻 訳(1977/1989: 112; Nord 1997: 15)で あ り 、テ キ ス ト タ イ プ 別 翻 訳 理 論 は 翻 訳 者 が 特 定 の 翻 訳 ス コ ポ ス の た め に 必 要 な 等 価 レ ベ ル の 適 切 な 階 層 構 造 を 具 体 化 す る た め に 役 だ つ(Reiss and Vermeer 1984: 156; Nord 1997: 63)と 言 う 。
Reiss の 研 究 は 、言 語 レ ベ ル に 止 ま っ て い た 従 来 の 翻 訳 理 論 と は 異 な り 、言 語 が 誘 発 す る 効 果 を 超 え 、 翻 訳 に よ る コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 目 的 ま で も 考 慮 し た と い う 点 か ら 重 要 な 意 味 を 持 つ(Munday 2001: 76)と 評 価 さ れ て お り 、そ の 後 、ス コ ポ ス 理 論 の 重 要 要 素 の 一 つ で あ る テ キ ス ト の 結 束 性(coherence)の 概 念 へ と 発 展 し 、 機 能 主 義 翻 訳 理 論 の 成 立 の 土 台 を 構 築 す る こ と に な る 。 2.1.2. ス コ ポ ス 理 論 ス コ ポ ス(Skopos)と は 、「 的 、標 的 」と い う 意 味 の ギ リ シ ャ 語 で 、Vermeer が「 翻 訳 の 目 的 」 を 表 す 用 語 と し て 使 い は じ め た 。 ス コ ポ ス 理 論 は 翻 訳 を 人 間 行 為 の 一 つ と し てみているとの点 から、Holz-Mänttäri の「 翻 訳 行 為 理 論 (theory of translation action)」 と も 共 通 点 が あ り 、 通 訳 や 文 学 翻 訳 な ど 全 て の 翻 訳 ジ ャ ン ル に 適 用 で き る 一 般 理 論 (general theory)を 目 指 す (Vermeer 1996: 13)。
ス コ ポ ス 理 論 に よ れ ば 、 い か な る 翻 訳 で あ れ 、 翻 訳 過 程 を 決 め る 最 も 重 要 な 原 則 は 翻 訳 行 為 全 体 の 目 的(Skopos)で あ る (Nord 1997: 45)。 Vermeer は 言 語 学 だ け で 翻 訳 過
程 を 説 明 し 、翻 訳 の 問 題 を 解 決 す る に は 限 界 が あ る と 指 摘 し 、翻 訳 過 程 を「 翻 訳 行 為 」 と し て 捉 え 、 そ の 問 題 の 解 決 を 試 み た 。 つ ま り 、 人 間 の 行 為 は 与 え ら れ た 状 況 下 で 発 生 す る 意 図 的 か つ 目 的 の あ る 行 為 で あ る と し 、 翻 訳 と い う 行 為 も 人 間 の 行 動 で あ る た め 、 翻 訳 も 個 人 対 個 人 又 は 異 な る 文 化 の 間 で 発 生 す る 意 図 的 な 行 為 で あ る と 主 張 す る (Vermeer 1978/1983b: 49; Nord 1997: 18)。即 ち 、Vermeer に よ れ ば 、翻 訳 は ST の 著 者 と 翻 訳 を 依 頼 す る ク ラ イ ア ン ト 、翻 訳 者 、そ し て TT の 読 者 の 間 で 行 わ れ る 意 図 的 な 相 互 作 用 で あ り 、 翻 訳 者 と い う 媒 介 者 を 通 じ て 異 な る 文 化 に 属 す る 構 成 員 の 間 で の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 機 能 を 担 う 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン で あ る(Nord 1997: 44-52)。 ス コ ポ ス 理 論 が 一 般 理 論 と し て 提 示 す る 基 本 規 則 は 次 の と お り で あ る(Reiss and Vermeer 1984: 119; Munday 2001: 79)。 1. TT(translatum2)は ス コ ポ ス に よ っ て 決 め ら れ る 。
2. TT は SC(source culture)と SL が 提 供 し た 情 報 を TC(target culture)と TL で 伝 え る 役 割 、 つ ま り 「 情 報 の 提 供(informationsangebot)」 を 果 た す 。 3.TT は 逆 の 方 法 で の 情 報 の 提 供 は し な い 。言 い 換 え れ ば 、TC で の TT の 機 能 を 必 ず し も SC で の ST の 機 能 と 同 じ く す る 必 要 は な い 。 4. TT は 内 部 的 に 結 束 性 を 持 た な け れ ば な ら な い 。 5. TT は ST と の 結 束 性 を 持 た な け れ ば な ら な い 。 6.上 記 の 規 則 は 優 先 順 位 に よ る も の で あ る 。よ っ て 、ス コ ポ ス が 何 よ り も 優 先 す る 。 こ の 基 本 規 則 か ら も 分 か る よ う に 、TT の 内 部 的 結 束 性 が ST と の 結 束 性 よ り も 上 位 規 則 で あ る こ と は 、ス コ ポ ス 理 論 で は 、ST よ り も TT が 優 先 す る こ と を 意 味 す る 。ST は 充 実 に 再 現 す べ き 対 象 で は な く 、情 報 を 提 供 す る 存 在 に な り 、ST の 一 部 又 は 全 体 が TT の 受 信 者 の た め の「 情 報 の 提 供 」へ と 変 化 す る (Vermeer 1982; Nord 1997: 20)こ と に な る 。そ の た め 、理 想 的 な 翻 訳 は「 等 価 」を 実 現 す る の で は な く 、TT の ス コ ポ ス を 達 成 す る の で あ り 、 そ の ス コ ポ ス を 達 成 す る こ と が 翻 訳 行 為 の 目 的 で あ る 。 で は 、ス コ ポ ス 理 論 に お い て 、翻 訳 の ス コ ポ ス を 決 め る の は 何 で あ ろ う か 。Vermeer は 翻 訳 の ス コ ポ ス を 決 め る 最 も 重 要 な 要 素 の 一 つ と し て TT の 受 信 者 を 挙 げ て い る 。翻 2 ス コ ポ ス 理 論 で はTTの こ と を 、「 translatum: 翻 訳 の 目 的 に よ る 機 能 的 に 適 切 な 翻 訳 の
訳 と い う 行 為 は 意 図 さ れ た 受 信 者 を 対 象 に し て い る 。 な ぜ な ら ば 、 翻 訳 す る と い う の は 、 目 標 状 況 の 下 で 、 目 標 に し て い る 目 的 の た め 、 目 標 に し て い る 受 信 者 を 対 象 に 、 目 標 背 景 の 中 で テ キ ス ト を 生 産 す る こ と を 意 味 す る か ら で あ る(Vermeer 1987a: 29; Nord 1997: 20)。 Munday(2001)も 指 摘 し て い る よ う に 、ス コ ポ ス 理 論 の 重 要 な 長 所 の 一 つ は 、同 一 テ キ ス ト で あ っ て も 、TT の 目 的 と 与 え ら れ た 翻 訳 依 頼 書 (translation commission)に よ っ て 様 々 な TT が 誕 生 す る こ と を 可 能 に し た 点 で あ る 。 従 来 の 翻 訳 理 論 が ST を 中 心 に 全 て の 翻 訳 過 程 と TT を 評 価 し 、研 究 を 行 っ て い た の に 対 し 、 ス コ ポ ス 理 論 で は TT を 中 心 に 翻 訳 を 論 じ て 、 翻 訳 の 方 向 と 過 程 を 考 察 す る 。 こ れ は 、実 用 レ ベ ル で の 翻 訳 の 機 能 を 何 よ り 重 視 し 、ST と 等 価 概 念 に 縛 ら れ て い た 翻 訳 理 論 研 究 に 新 た な 方 向 性 を 示 し た と い う 点 か ら 大 き な 意 義 を 持 つ 。 「 ス コ ポ ス は 、TT を 尊 重 す る あ る 原 則 に よ っ て 、意 識 的 そ し て 持 続 的 に 翻 訳 し な け れ ば な ら な い こ と を 言 う 。 し か し 、 ス コ ポ ス 理 論 は そ の 原 則 が 何 か に つ い て は 言 わ な い 。そ れ は 各 々 の 場 合 に よ っ て 、そ れ ぞ れ 決 め ら れ る こ と で あ る か ら で あ る 」とVermeer (1989/2000: 228; Munday 2001: 80)が 述 べ て い る よ う に 、 結 局 、 ス コ ポ ス 理 論 は 、 翻 訳 の 目 的 に よ っ て 、一 つ の ST に 対 し て 様 々 な レ ベ ル の 等 価 性 を 持 つ TT が 存 在 す る こ と を 認 め 、 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 媒 介 者 と し て の 翻 訳 者 の 存 在 と 役 割 を 明 ら か に す る 理 論 的 背 景 を 与 え て い る と 評 価 で き る 。 2.1.3. 翻 訳 行 為 の 合 目 的 性 Nord は こ う し た ス コ ポ ス 理 論 に 基 づ き 、よ り 詳 し い 機 能 主 義 的 分 析 モ デ ル を 示 し て い る 。Nord(1991/20052)は ま ず 、 テ キ ス ト 機 能 の 意 味 を よ り 発 展 さ せ 、 翻 訳 過 程 の 機 能 を 中 心 に 翻 訳 を 「 記 録 的 翻 訳 (documentary translation) 」 と 「 道 具 的 翻 訳 (instrumental translation)」 に 分 け 、 そ れ を ま た 翻 訳 の 結 果 と し て の TT の 機 能 を 中 心 に よ り 詳 し く 分 類 し て い る 。 「 記 録 的 翻 訳 」と は 、ST の 著 者 と 受 信 者 と の 間 で 行 わ れ る コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン に 対 し 、記 録 と し て の 役 割 を 果 た す 翻 訳 で あ り 、ST の 単 な る 再 生 産 で あ る た め 、翻 訳 時 に は TT を 考 慮 し な い 。 そ の 代 わ り 、 ST に 使 わ れ て い る 具 体 的 な 表 現 や 語 順 、 ST 文 化 の 文 化 的 特 性 の よ う な ST の 特 性 が 優 先 的 に 考 慮 さ れ る 。「 行 別 翻 訳 」、「 直 訳 」、「 文 献 学 的 翻 訳 」、「 異 国 的 翻 訳 」 な ど が こ の タ イ プ に 入 る 。
「 道 具 的 翻 訳 」と は 、TT の 文 化 で 行 わ れ る 新 た な コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 行 為 の た め の 独 立 的 な メ ッ セ ー ジ を 伝 え る 道 具 と し て の 役 割 を す る 翻 訳 で あ り 、 よ り 自 由 な 翻 訳 方 法 が 取 ら れ 、TT は ST が 持 つ コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 目 的 と 全 く 異 な る 目 的 を 持 つ こ と も あ り う る 。そ の 際 、TT の 受 信 者 は 自 分 が 他 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 行 為 で 既 に 使 わ れ た テ キ ス ト を 読 ん だ り 、聞 い た り し て い る こ と を 意 識 せ ず に TT を 受 け 入 れ る こ と に な る 。こ の タ イ プ の 翻 訳 に は「 機 能 維 持 翻 訳 」、「 機 能 変 更 翻 訳 」、そ し て「 機 能 相 応 翻 訳 」 が あ り 、ST の 形 態 的 な 要 素 は テ キ ス ト の 類 型 、 ジ ャ ン ル 、 使 用 域 な ど に 関 す る TT 文 化 の 規 範 と 慣 習 に 合 わ せ て 調 整 さ れ る の が 一 般 的 で あ る 。 Nord(1997)はまた、翻 訳 教 育 に特 に有 用 な機 能 主 義 の三 つの要 素 として、「 翻 訳 ブリー フ(Translation Brief)の 重 要 性 」 と 「 ST 分 析 の 役 割 」、「 翻 訳 問 題 の 機 能 的 階 層 化 」 を 強 調 す る 。「 翻 訳 ブ リ ー フ 」 と は 、 ク ラ イ ア ン ト 側 が 求 め て い る TT の 機 能 に つ い て の 必 要 な 情 報 が 得 ら れ る 資 料 で あ り 、そ の 中 に は 意 図 さ れ た テ キ ス ト の 機 能 、TT の 受 容 者 、TT が 受 容 さ れ る 時 間 と 場 所 、TT の 媒 体 、TT の 生 産 又 は 受 容 動 機 の よ う な 情 報 が 含 まれている。翻 訳 者 は翻 訳 ブリー フを通 じてTT にどの情 報 をどのように翻 訳 するか、 TT が ST か ら ど れ く ら い 離 れ る よ う に な る の か な ど を 評 価 す る 。 そ の 後 、翻 訳 者 は ST の 分 析 を 通 じ て 翻 訳 戦 略 の 機 能 的 優 先 順 位 を 決 定 す る が 、そ の 際 、 前 提 や テ キ ス ト の 構 成 、 非 言 語 的 要 素 、 語 彙 、 超 分 節 的 要 素 、 文 章 構 造 の よ う な 要 素 が 分 析 に 適 用 さ れ る 。 こ れ を 通 じ て 翻 訳 の 問 題 が 具 体 化 さ れ 、 こ れ に つ い て の 階 層 的 な 優 先 順 位 が 決 め ら れ る 。つ ま り 、翻 訳 者 は ま ず 翻 訳 の 機 能 を 決 定 し 、TT の 受 容 者 に 合 わ せ て 変 形 さ れ る べ き 機 能 的 要 素 を 決 め 、 翻 訳 タ イ プ に 合 わ せ た ス タ イ ル を 選 択 し 、 最 後 に 下 位 の 言 語 レ ベ ル で の テ キ ス ト 内 の 問 題 を 解 決 す る こ と に な る 。 2.2. 翻 訳 の ス ト ラ テ ジ ー 藤 濤 は 、 異 文 化 と の 交 流 が 避 け ら れ な い グ ロ ー バ ル 時 代 に お い て は 翻 訳 現 象 も 多 様 化 し て お り 、ST と TT の 対 応 関 係 を 決 め る 判 断 決 定 が 必 要 に な る と し 、「 そ の 判 断 決 定 に 必 要 な 指 針 と し て も 、ま た 様 々 な 翻 訳 現 象 を 説 明 す る た め の 理 論 的 枠 組 み と し て も 、 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 状 況 を 踏 ま え た 適 切 な 翻 訳 行 為 を 理 論 的 に 支 え る こ と の で き る 機 能 主 義 的 翻 訳 理 論 の 展 開 が 今 後 ま す ま す 重 要 で あ る 」(藤 濤 2007: 43)と い う 立 場 か ら 、 日 本 語 か ら ド イ ツ 語 へ の 翻 訳 時 に 生 じ る 諸 現 象 を は じ め 、 機 能 主 義 翻 訳 理 論 に 基 づ い た 翻 訳 の 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 行 為 を 様 々 な 角 度 か ら 比 較 分 析 し て い る 。
な か で も 、藤 濤(2004)で は 、翻 訳 に お い て 注 が ど の よ う に 表 れ 、そ し て コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 上 ど の よ う な 機 能 を 果 た し て い る の か に つ い て 、 吉 本 ば な な 著 『 キ ッ チ ン 』 の ド イ ツ 語 訳 と 英 語 訳 を 例 に 分 析 を 行 っ て い る 。 藤 濤 に よ る と 、 ド イ ツ 語 訳 で は 合 わ せ て 21 項 目 の 注 が 付 け ら れ て い る 一 方 、英 語 訳 で は 注 が 付 け ら れ て い な い が 、そ れ は ド イ ツ 語 訳 が 注 を 活 用 し て 異 文 化 の 差 を 埋 め て い る の に 対 し 、 英 語 訳 で は 注 以 外 の 方 法 が 取 ら れ て い る た め で あ る と し 、 こ の よ う な 方 法 の 差 異 が 注 を 通 じ て 、 何 を 異 文 化 と し て TT に 導 入 す る か に つ い て の 翻 訳 者 の 判 断 と 意 図 、つ ま り 翻 訳 戦 略 と し て 表 れ て い る と 言 う 。 ま た 、藤 濤(2005)で は 次 の よ う な「 翻 訳 方 法 の 一 覧 」を 用 い て 村 上 春 樹 著『 ノ ル ウ ェ イ の 森 』 の ド イ ツ 語 訳 を 記 述 分 析 し て い る が 、 こ れ は ス コ ポ ス 理 論 を ベ ー ス に し て 、 ST に 含 ま れ る 形 式・内 容・効 果 の う ち ど の 要 素 を 伝 え 、何 を 変 更 し た か と い う 視 点 か ら 翻 訳 方 法 を 分 類 し た も の で あ る 。 翻 訳 方 法 の 一 覧 (藤 濤 2005: 32) (1) 移 植 :ST の 綴 り を 導 入 す る (形 式 ) (2) 音 訳 :ST の 音 声 面 を 導 入 す る (形 式 ) (3) 借 用 翻 訳 : 語 の 構 成 要 素 の 意 味 を 訳 す (形 式 + 内 容 ) (4) 逐 語 訳 : 一 語 一 語 に 即 し て 主 に デ ノ テ ー シ ョ ン を 訳 す (形 式 + 内 容 ) (5) パ ラ フ レ ー ズ : 別 の 統 語 構 造 で 同 内 容 を 表 す (内 容 ) (6) 同 化 : 目 標 文 化 内 の 別 の も の に 置 き 換 え る (効 果 )3 (7) 省 略 :ST の 要 素 を 削 除 す る (結 束 性 ) (8) 加 筆 :ST に 含 ま れ て い な い 要 素 を 加 え る (結 束 性 ) (9) 解 説 : 注 な ど に よ り メ タ 言 語 的 に 説 明 す る (結 束 性 ) 藤 濤 は 上 記 の 翻 訳 方 法 の う ち 、 (1)~ (4)ま で を ST 中 心 の 異 化 的 効 果 を 生 か す 方 法 、 (5)~ (8)ま で を TT 中 心 の 同 化 的 効 果 を 優 先 す る 方 法 、 (9)解 説 は ど ち ら と も 併 用 さ れ る 可 能 性 が あ る 方 法 に 分 類 し 、『 ノ ル ウ ェ イ の 森 』の ド イ ツ 語 訳 は 異 化 的 ス ト ラ テ ジ ー 3 藤 濤(2007: 141)で は 、こ の 方 法 を「 適 応:目 標 文 化 に 合 わ せ て 調 整・変 更 す る 」と 修 正 し て い る 。
で は な く 、 自 然 に 読 め る 同 化 的 ス ト ラ テ ジ ー が と ら れ て お り 、 異 文 化 に 対 す る 翻 訳 者 の 積 極 的 な 関 与 が 見 ら れ る と 結 論 付 け て い る 。
そ の 他 、藤 濤(2006)で は 、ダ ウ リ ン グ 著 The Cinderella Complex と そ の 二 つ の 日 本 語 TT の 比 較 分 析 を 通 じ て 、各 翻 訳 者 の ス コ ポ ス の 差 が そ れ ぞ れ の TT に ど の よ う に 表 れ て い る の か を 機 能 主 義 的 立 場 か ら 理 論 的 に 説 明 し て お り 、 ま た 、 藤 濤(2007)で は 、 ス コ ポ ス 理 論 を 応 用 し た 翻 訳 の 評 価 方 法 、つ ま り 、個 々 の TT を 翻 訳 の ス コ ポ ス と 結 束 性 及 びST への忠 実 性 という三 つの項 目 から評 価 分 析 する方 法 を提 案 し、ヘルマン・ヘッ セ 著 『 車 輪 の 下 』Unterm Rad と 二 つ の 日 本 語 訳 を 例 に そ の 妥 当 性 を 検 討 し て い る 。 と は い え 、 藤 濤(2007: 145)も 指 摘 し て い る よ う に 、 個 々 の TT が ど の よ う な ス コ ポ ス を 持 っ て い る の か を 特 定 す る 基 準 が 明 確 で は な く 、藤 濤 の 記 述 分 析 方 法 で は 、TT 内 の 個 別 箇 所 に つ い て の 判 断 は 可 能 で あ る も の の 、 そ の ス コ ポ ス が テ キ ス ト 内 で 一 貫 性 を 維 持 し て い る の か ど う か に つ い て の 判 断 基 準 が 見 出 せ な い 。 ま た 、 異 な る ス コ ポ ス の 下 で 翻 訳 が 行 わ れ る 場 合 、 具 体 的 に ど の よ う な 箇 所 で 翻 訳 戦 略 の 選 択 が 分 か れ る の か 、そ し て 、一 つ の ST が 複 数 の 外 国 語 に 翻 訳 さ れ た 場 合 、言 語・文 化 別 に 翻 訳 ス コ ポ ス の 選 択 に 差 異 が 存 在 す る の か に つ い て も 十 分 考 察 さ れ て い る と は 言 え な い 。 2.3. 自 国 化 翻 訳 と 異 国 化 翻 訳 ス コ ポ ス 理 論 の 適 用 と 密 接 な 関 連 を 有 す る 翻 訳 戦 略 の 一 つ と し て 、 翻 訳 す る と き 、 主 に TT 文 化 に 重 点 を 置 い て 訳 す 方 法 で あ る 自 国 化 翻 訳 (現 地 化 翻 訳 )と 、逆 に ST 文 化 を 中 心 に 訳 す 異 国 化 翻 訳 (他 地 化 翻 訳 )が 挙 げ ら れ る 。 こ の 概 念 を は じ め て 取 り 上 げ た Schleiemacher は 、ST の 著 者 と TT の 読 者 を ど の よ う に 合 わ せ る の か が 真 の 問 題 だ と し 、 本 当(true)の 翻 訳 者 に は 、「 で き る だ け 著 者 を 動 か ず に 読 者 を 著 者 に 近 づ け る か 、 そ れ と も で き る だ け 読 者 を 動 か ず に 著 者 を 読 者 に 近 づ け る か 」(Schleiemacher 1813/1992: 41-2; Munday: 28)の 二 つ の 道 し か な い と 述 べ て い る 。 Schleiemacher に よ っ て 取 り 上 げ ら れ た こ の 概 念 は Venuti(1995/20052)の 主 張 す る
「 翻 訳 者 の 不 可 視 性(invisibility of the translator)」 と と も に 発 展 し 、 Venuti は 「 自 国 化 翻 訳(domestication)」 と 「 異 国 化 翻 訳 (foreignization)」 と い う 用 語 で こ の 二 つ の 相 反 す る 翻 訳 戦 略 を 説 明 し て い る 。
TT の 文 化 と 慣 習 に 合 わ せ て 翻 訳 す る 方 法 で 、TT の 文 化 に 親 し い 表 現 に 書 き 換 え た り 、 TT の 言 語 慣 行 に 合 わ せ て 書 く こ と で 、 TT の 異 質 感 を 最 小 限 に し て 読 者 の 理 解 を 高 め る 戦 略 で あ る 。こ れ に 対 し 、異 国 化 翻 訳 と は 、読 者 が TT を 読 む と き 、そ れ が TT で あ る こ と が は っ き り 分 か る よ う に し 、TT の 読 者 に ST の 文 化 の 異 質 感 を 感 じ さ せ る よ う に 訳 す 方 法 で 、TT の 文 化 の 言 語 ・ テ キ ス ト 的 慣 行 に 従 わ な い 不 自 然 な 訳 や ST の 文 化 を そ の ま ま 残 す な ど の こ と で TT の 異 質 感 を 最 大 化 す る 戦 略 で あ る 。 Venuti(1998)は ま た 、 現 代 の 英 米 文 化 圏 の 翻 訳 状 況 に つ い て 、 自 民 族 中 心 主 義 に 基 づ い て ST の 異 国 的 要 素 を 縮 小 し て 訳 す こ と で 、翻 訳 者 の 存 在 を 見 え な く す る 自 国 化 翻 訳 に 支 配 さ れ て い る と 批 判 し 、ST の 異 国 的 要 素 を な る べ く 保 護・強 調 す る こ と で 翻 訳 者 の 存 在 を 可 視 化 す る 異 国 化 翻 訳 の 方 が よ り 望 ま し い と 主 張 し て い る 。 Venuti の 自 国 化 ・ 異 国 化 翻 訳 戦 略 は テ キ ス ト の 特 定 の 部 分 に 対 す る 翻 訳 方 法 を は じ め 、 翻 訳 す る テ キ ス ト の 選 択 か ら 全 体 的 な 翻 訳 の 方 向 を 決 め る 翻 訳 方 式 の 選 択 ま で も 含 む 包 括 的 な 概 念 で あ り 、 自 国 化 戦 略 の 下 で 翻 訳 さ れ た テ キ ス ト で は 翻 訳 者 の 不 可 視 性 が 目 立 ち 、 透 明 性(transparency4)」 も 高 ま る 反 面 、 異 国 化 戦 略 の 下 で 訳 さ れ た テ キ ス ト で は 翻 訳 者 の 可 視 性 が 高 ま り 、ST の 外 来 性 が 目 立 つ こ と に な る 。 た だ 、 自 国 化 と 異 国 化 と は 相 対 的 で 非 常 に 幅 広 い 概 念 で あ る た め 、Venuti(1995)に よ れ ば 、あ る TT が 自 国 化 翻 訳 な の か 異 国 化 翻 訳 な の か の 判 断 基 準 は 時 間 と 空 間 に よ っ て 変 わ る が 、TT が ST を TT の 言 語 と 文 化 に ど れ ほ ど 近 づ け て い る の か 、 ま た TT の 文 化 の 他 の テ キ ス ト と の 差 異 を ど れ だ け 明 ら か に 表 し て い る の か に よ っ て 、 そ の TT が 自 国 化 翻 訳 な の か そ れ と も 異 国 化 翻 訳 な の か が 決 ま る と 言 う 。 4 Venutiは TTが 流 暢 に 読 ま れ 、 TTの 読 者 に STの 言 語 的 ・ 文 体 的 特 徴 な し に 透 明 に 感 じ ら れ る こ と を 翻 訳 の 「 透 明 性 」 と い う 。
第 3 章 研 究 方 法
本 章 で は 、 本 研 究 の 分 析 対 象 に な る テ キ ス ト を 紹 介 し 、 そ の 選 定 理 由 を 明 ら か に す る 。 そ し て 、 本 研 究 に 適 用 し て い る 分 析 基 準 及 び 方 法 を 詳 し く 説 明 す る 。 3.1. 分 析 対 象 本 研 究 で は 、 日 本 語 の ST と そ の 韓 国 語 訳 (以 下 、 KT と い う )そ し て 英 語 訳 (以 下 、 ET と い う )を 用 い て 分 析 を 行 う 。具 体 的 な 分 析 テ キ ス ト は 、表 1 で 示 す と お り で あ る 。 原 文(ST) 韓 国 語 訳(KT) 英 語 訳(ET) 『 ノ ル ウ ェ イ の 森 』(1991) (村 上 春 樹 著 、 以 下 村 上 と 略 す ) 『Sangsil-uy sitay』 (喪 失 -の 時 代 ) (ユ ・ ユ ジ ョ ン 訳 、20073) Norwegian Wood (Jay Rubin 訳 、 2003) 『 キ ッ チ ン 』(1991) (吉 本 ば な な 著 、 以 下 吉 本 と 略 す ) 『Khichin』 (キッチン) (キ ム ・ ナ ン ジ ュ 訳 、1999) Kitchen (Megan Backus 訳 、 1993) 『 イ ン・ザ・プ ー ル 』(2006) (奥 田 英 朗 著 、 以 下 奥 田 と 略 す ) 『In te phwul』 (イン ザ プール) (ヤ ン・オ ク グ ァ ン 訳 、2007) In the Pool (Giles Murray 訳 、 2006) 『 魔 術 は さ さ や く 』(1993) (宮 部 み ゆ き 著 、 以 下 宮 部 と 略 す ) 『Maswul-un soksakin-ta』 (魔 術 -は ささや-く) (キ ム ・ ソ ヨ ン 訳 、2006)The Devil’s Whisper
(Deborah Iwabuchi 訳 、 2007) 表 1 分 析 テ キ ス ト 分 析 テ キ ス ト と し て 文 学 作 品 を 選 ん だ 理 由 は 、ま ず 、藤 濤(2007: 71)も 述 べ て い る よ う に 、文 学 作 品 は 実 際 に 一 つ の ST に 対 し て 複 数 の TT が 存 在 し て い る た め TT 間 の 比 較 が 比 較 的 容 易 で あ る こ と が 挙 げ ら れ る 。 ま た 、 文 学 翻 訳 は Reiss の 言 う 表 現 型 テ キ ス ト タ イ プ の 翻 訳 と い う 特 性 上 、 翻 訳 時 に そ の 内 容 や 効 果 の み な ら ず 作 家 の 文 体 や 語 彙 選 択 な ど の 形 式 的 要 素 が 優 先 さ れ て お り 、 そ れ ぞ れ の 文 化 か ら 生 ま れ た メ タ フ ァ ー や 前 提 な ど の 文 化 的 要 因 が 他 の ど の ジ ャ ン ル よ り の 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 障 害 に な る う る こ と か ら 、ST と 異 な る 文 化 か ら 生 ま れ た 複 数 の TT の 比 較 に 適 し て い る と
思 わ れ る か ら で あ る 。 ま た 、 本 研 究 は 翻 訳 の 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 機 能 に 重 点 を 置 い て い る た め 、 文 学 作 品 の 中 で も 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン が も っ と も 成 功 し て い る と 見 ら れ る ベ ス ト セ ラ ー 作 品 に 対 象 を 絞 り5、 そ の 中 か ら 、 翻 訳 さ れ た 時 期 、 作 家 と 翻 訳 者 の 性 別 、 テ キ ス ト の 分 量 な ど を 総 合 的 に 考 慮 し 、 分 析 テ キ ス ト の 選 定 を 行 っ た 。 3.2. 分 析 方 法 本 研 究 で は 、翻 訳 の 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ -シ ョ ン 機 能 を 探 る 上 で 、二 つ の 翻 訳 ス コ ポ ス 、 つ ま り 、 自 国 化 翻 訳 と 異 国 化 翻 訳 と い う 観 点 か ら 分 析 を 試 み る 。 自 国 化 翻 訳 と は 、ST の 異 国 的 で 見 慣 れ な い 要 素 を TT の 文 化 と 慣 習 に 合 わ せ て 翻 訳 し 、TT の 異 質 感 を 最 小 限 に し て 読 者 の 理 解 を 高 め る 戦 略 で あ り 、こ れ に 対 し 、異 国 化 翻 訳 と は 、ST の 異 国 的 要 素 を TT に そ の ま ま 残 し て 、そ れ が TT で あ る こ と が は っ き り 分 か る よ う に 訳 し 、TT の 異 質 感 を 最 大 化 す る 戦 略 で あ る(Venuti 1995)。 具 体 的 な 分 析 は 、ス コ ポ ス 理 論 を ベ ー ス に し て 翻 訳 方 法 を 分 類 し た 藤 濤(2005)の「 翻 訳 方 法 の 一 覧 」を 用 い て 行 う 。そ の 中 で (1)移 植 、(2)音 訳 、(3)借 用 翻 訳 、(4)逐 語 訳 を ST 中 心 の 異 国 化 翻 訳 方 法 、そ し て 、(5)パ ラ フ レ ー ズ 、(6)同 化 、(7)省 略 、(8)加 筆 を TT 中 心 の 自 国 化 翻 訳 方 法 と 見 な し 、 (9)解 説 は ど ち ら と も 併 用 さ れ る 可 能 性 が あ る た め 実 例 か ら 判 断 す る こ と に す る 。 し か し 、Venuti(1995)も 指 摘 し て い る よ う に 、翻 訳 は 結 局 ST を TT の 文 化 へ 訳 す 行 為 で あ り 、TT の 他 の と こ ろ で 自 国 化 翻 訳 が 行 わ れ て こ そ 、異 国 化 さ れ た 箇 所 が 可 視 性 を 持 つ こ と が で き る 。 つ ま り 、 異 国 化 は あ る テ キ ス ト 内 で 部 分 的 に 行 わ れ る も の で あ り、J.K. ロー リング著『 ハリー・ポッター 』シリー ズのロシア語 訳 を分 析 した Inggs(2003) も テ キ ス ト 内 で 自 国 化 ・ 異 国 化 翻 訳 の 一 貫 性 が 見 ら れ な い と 主 張 し て い る よ う に 、 実 際 の TT に は 自 国 化 と 異 国 化 の 要 素 が 常 に 共 存 し て い る と 考 え ら れ る 。 そ こ で 、 本 研 究 で は 次 の よ う な 手 順 に 従 っ て 分 析 を 行 う 。 ま ず 、 各 ST と KT、 ET を 個 別 に 対 照 し 、 そ れ ぞ れ 自 国 化 ・ 異 国 化 翻 訳 が 行 わ れ て い る 箇 所 を 収 集 す る 。 そ の 際 、 固 有 名 詞 や 文 化 関 連 語 彙6な ど の 特 定 の 部 分 で は な く 、 テ キ ス ト の 全 文 を 対 象 に 対 5 韓 国 で は 日 本 語 か ら の 翻 訳 書 が40.2%(2007年 )に 達 し て い る の に 対 し 、英 語 圏 で は そ の 数 が 少 な い た め 、ベ ス ト セ ラ ー の 選 定 は 、ま ず 韓 国 で1990年 代 後 半 から最 近 までベ スト セラー に な っ て い る 作 品 を 基 準 に 、 そ の 英 語 訳 が 出 て い る 作 品 の 中 か ら 行 っ た 。 6 SLを 使 用 す る 社 会 共 同 体 の 歴 史・社 会・経 済・政 治・言 語 習 慣 な ど を め ぐ る 特 定 で 固 有
照 ・ 比 較 を 行 う 。 次 に 、KT と ET の 違 い を 詳 細 に 比 較 分 析 し 、自 国 化・異 国 化 翻 訳 の 選 択 が 一 致 し て い な い 箇 所 を 収 集 す る 。 そ し て 、 全 て の テ キ ス ト を 分 析 し た 後 、 収 集 さ れ た 資 料 を 再 分 析 し 、 自 国 化 ・ 異 国 化 翻 訳 の カ テ ゴ リ ー を 作 成 す る 。 最 後 に 、 分 類 さ れ た カ テ ゴ リ ー を 基 に 、 各 カ テ ゴ リ ー 別 に 自 国 化 ・ 異 国 化 翻 訳 が 実 際 ど の よ う に 行 わ れ て い る の か 、カ テ ゴ リ ー 別 の 翻 訳 戦 略 の 一 貫 性 は 見 ら れ る の か 、そ し て 、ST 文 化 圏 と の 距 離 が TT の 翻 訳 方 法 の 選 択 に 何 ら か の 影 響 を 及 ぼ し て い る の か を 探 る 。
第 4 章 分 析 と 考 察
本 章 で は 、 第 3 章 で 説 明 し た 分 析 方 法 に 基 づ い た 分 析 の 結 果 を ま と め 、 自 国 化 翻 訳 と 異 国 化 翻 訳 と い う 観 点 か ら の 考 察 を 試 み る 。 分 析 の 結 果 、 全 て の テ キ ス ト で 共 通 に 見 ら れ る 自 国 化 ・ 異 国 化 翻 訳 の 選 択 の 分 か れ 目 は 、大 き く (1)題 目・目 次 (2)呼 称・人 称 ダ イ ク シ ス (3)交 感 的 言 語 使 用・文 体 (4) 非 言 語 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン (5)社 会 文 化 的 慣 習 (6)慣 用 表 現 (7)固 有 名 詞 ・ 地 名 (8) 文 化 関 連 語 彙 の 八 つ の カ テ ゴ リ ー に 分 類 す る こ と が で き た7。以 下 、各 々 の カ テ ゴ リ ー 別 に 具 体 例 を 挙 げ な が ら 考 察 を 進 め る8。 な お 、 上 記 の カ テ ゴ リ ー 以 外 に 、 段 落 の 構 成 や 直 接 ・ 間 接 話 法 、 強 調 点 の よ う な 記 述 的 要 素 も 自 国 化 と 異 国 化 を 判 断 す る 要 素 に な り う る と 思 わ れ る が 、 こ れ ら は テ キ ス ト 別 に ば ら つ き が 多 く 、 共 通 点 が 見 ら れ な か っ た た め 、 本 研 究 で は 考 慮 し な い こ と と す る 。 ま た 、 テ キ ス ト の 分 析 に お い て 、 誤 訳 の 有 無 な ど 翻 訳 の 品 質 に つ い て も 考 慮 し な い こ と を 予 め お 断 り し て お き た い 。 4.1. 題 目 ・ 目 次 文 学 作 品 の 翻 訳 に お い て 題 目 と 目 次 はTT のスコポスが最 初 にうかがわれる箇 所 であ り 、よ り 効 果 的 な 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を 図 る た め の 第 一 歩 で も あ る と 思 わ れ る 。 ま ず 、 題 目 と 目 次 に 自 国 化 翻 訳 戦 略 と 異 国 化 翻 訳 戦 略 の 差 が 明 ら か に 表 れ て い る 例 を 見 る と 、例(1a)で 見 ら れ る よ う に 、村 上 春 樹 の『 ノ ル ウ ェ イ の 森 』の KT は そ の 題 目 を『Sangsil-uy sitay(喪 失 の時 代 )』に 変 え て 、目 次 に も「 Cey1cang 18nyen cen alyenhan chwuek sok-uy naokho(第 1 章 18 年 前 のおぼろげな追 憶 の中 の直 子 )」 の よ う に 各 章 ご と に 章 タ イ ト ル を 加 筆 し て い る 。 こ れ に 対 し 、ET で は 題 目 を Norwegian Wood と 逐 語 訳 し て か ら 、 目 次 に も 「 第 1 章 」 の よ う に 日 本 語 を そ の ま ま 移 植 し て 訳 し て い る 。 7 こ の 分 類 は 説 明 の 便 宜 上 の も の で 、 理 論 的 に 区 別 し な け れ ば な ら な い わ け で は な い 。 8 各 テ キ ス ト の 例 文 は 作 家 名 の み で 示 し 、 括 弧 内 の 数 字 は 引 用 ペ ー ジ 番 号 を 表 す 。 ま た 、 例 文 の ボ ー ル ド 体 と 下 線 は 筆 者 に よ る も の で 、STと KTの 強 調 点 や ETの 斜 字 体 な ど の 表 記 は 原 文 の も の で あ る 。な お 、KTの ロ ー マ 字 表 記 は Yale式 に 従 い 、例 文 に は 日 本 語 の グ ロ ス (逐 語 訳 )を 付 け て い る 。 た だ し 、 グ ロ ス は 形 態 素 の 切 れ 目 で は な く 、 意 味 が 通 じ る 単 位 ご と に 付 け る こ と に す る 。(1a) [ST] 『 ノ ル ウ ェ イ の 森 』 第 一 章
[KT] 『 sangsil-uy sitay』 喪 失 ‐の 時 代
Cey1 cang 18nyen cen alyenhan chwuek sok-uy naokho 第 1 章 18 年 前 おぼろげな 追 憶 中 -の 直 子 [ET] Norwegian Wood
第 1 章
KT の 題 目 は 、お そ ら く 例 (1b)の 箇 所 に 由 来 す る と 思 わ れ る が 、こ こ で も KT で は ST と ET で は 見 ら れ な い 加 筆 が 行 わ れ て い る こ と が 分 か る 。
(1b) [ST] 失 わ れ た 時 間 、 死 に あ る い は 去 っ て い っ た 人 々 、 も う 戻 る こ と の な い 想 い 。 (村 上 、 8) [KT] ilhepelin sikan, cwukess-kena ttonun salacye-kan salam-tul,
失 われた 時 間 死 んだ-か あるいは 去 って-いた 人 -たち iceyn tolikhil-swu epsnun cinan chwuek-tul,
今 や 取 り返 し-の つかない 去 った 追 憶 -ら
kuliko ku motun sangsil-uy aphum-tul-ul. (14)
そして その 全 ての 喪 失 -の 苦 しみ-ら-を
[ET] times gone for ever, friends who had died or disappeared, feelings I would never know again. (1)
韓 国 で は 、「 万 国 著 作 権 条 約 」 の 発 効 が 1987 年 10 月 1 日 で あ っ た た め 、『 ノ ル ウ ェ イ の 森 』の 韓 国 語 訳 は『Sangsil-uy sitay』が 出 版 さ れ る 前 に 、既 に『 Noluweii-uy swuph(ノ ルウェイ-の森 )』 と い う ST と 同 じ 題 目 で 複 数 の 出 版 社 か ら 出 さ れ て い た が 、 あ ま り 注 目 さ れ て い な か っ た と い う 。 し か し 、1989 年 に そ の タ イ ト ル を 『 Sangsil-uy sitay』 に 変 え 、 新 た に 翻 訳 ・ 出 版 さ れ て か ら は ベ ス ト セ ラ ー を 超 え 、 今 で も ロ ン グ セ ラ ー と し て 韓 国 社 会 で 受 け 入 れ ら れ て い る 。
ま た 、 尹(2008)が 述 べ て い る よ う に 、『 Sangsil-uy sitay』 か ら は じ ま っ た 「 ハ ル キ ・ シ ン ド ロ ー ム 」は 、村 上 春 樹 と い う 作 家 個 人 の 人 気 に 止 ま ら ず 、そ の 後 の 日 本 文 学 ブ ー ム の 火 付 け 役 に も な っ て い る こ と か ら 、 翻 訳 戦 略 の 選 択 が 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 成 功 に 影 響 し て い る こ と が う か が え る 。 こ の よ う な 自 国 化 翻 訳 方 法 は ET に も 見 ら れ る 。 例 (2)を 見 る と 、 宮 部 み ゆ き の 『 魔 術 は さ さ や く 』が KT で は 書 名 も 目 次 も そ の ま ま 訳 さ れ て い る の に 対 し 、ET で は 題 目 を The Devil’s Whisperに 変 更 し 、 目 次 で も 「 最 終 章 」 を Epilogue に 変 え 、 章 タ イ ト ル を 省 略 し て い る こ と が 分 か る 。 こ れ は お そ ら く 、ET で は 、ST が ミ ス テ リ ー 小 説 で あ る と の 特 性 か ら 、ET 文 化 圏 に お い て ミ ス テ リ ー 的 効 果 が よ り 高 め ら れ る 題 目 に 変 更 し 、 ま た 目 次 も 最 初 の プ ロ ロ ー グ に 合 わ せ てEpilogue だ け に す る と い う 自 国 化 戦 略 が 取 ら れ て い る た め で あ る と 思 わ れ る 。 一 方 、KT で は ST の 題 目 が 韓 国 語 の 文 法 と し て は 不 自 然 だ が 、そ こ か ら 得 ら れ る 異 質 的 効 果 を そ の ま ま 生 か し て 訳 す と い う 異 国 化 戦 略 が 用 い ら れ て い る 。 (2) [ST] 『 魔 術 は さ さ や く 』 プ ロ ロ ー グ 最 終 章 最 後 の 一 人 [KT] 『 Maswul-un soksakin-ta』 魔 術 -は ささや-く Phulolloku プロローグ
Macimak cang Macimak han salam 最 後 章 最 後 一 人
[ET] The Devil’s Whisper
Prologue Epilogue
さ ら に 、 奥 田 英 郎 の 短 編 集 で あ る 『 イ ン ・ ザ ・ プ ー ル 』 に も 、 各 短 編 の タ イ ト ル が 例 え ば 、ST の 「 フ レ ン ズ 」 に 対 し て 、 KT は 「 phuleyncu(フレンズ)」、 ET は 「 Cell」 と
翻 訳 し た り 、ま た ST の「 い て も た っ て も 」を KT が「 ileci-to celeci-to(こうする-も ああ する-も)」、ET が「 Double Check」と 訳 す な ど 、KT で は 異 国 化 翻 訳 法 で あ る 音 訳 と 逐 語 訳 が 、 そ し て ET で は 自 国 化 翻 訳 法 で あ る 同 化 の よ う な 異 な る 翻 訳 方 法 が 取 ら れ て い た 。 こ の よ う に 題 目 と 目 次 は 、 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を 成 功 さ せ る た め の 、 翻 訳 者 あ る い は 出 版 社 の 翻 訳 戦 略 が 明 ら か に 見 ら れ る 箇 所 で あ り 、 自 国 化 翻 訳 と 異 国 化 翻 訳 と い う TT の ス コ ポ ス の 差 が 発 生 す る 最 初 の 分 か れ 目 で も あ る と 考 え ら れ る 。 こ こ で 、 タ イ ト ル と 目 次 の 翻 訳 方 略 に つ い て ま と め て お く9。 移 植 音 訳 借 用 翻 訳 逐 語 訳 パ ラ フ レ ー ズ 同 化 省 略 加 筆 解 説 合 計 KT 0 2 0 1(3) 0 1 0 0(1) 0 4(4) ET 0(1) 3 0 0 0 1(3) 0 0 0 4(4) 表 2 題 目 ・ 目 次 の 分 析 結 果 4.2. 呼 称 ・ 人 称 ダ イ ク シ ス 日 本 語 に は 様 々 な 呼 称 と 人 称 ダ イ ク シ ス(person deixis)が 発 達 し て お り 、 こ れ ら は 話 し 手 と 聞 き 手 と の 間 の 複 雑 な 関 係 を 構 築 す る 重 要 な 要 素 の 一 つ に な っ て い る 。 特 に 文 学 作 品 の 中 で は 、 呼 称 と 人 称 ダ イ ク シ ス が 登 場 人 物 の キ ャ ラ ク タ ー 作 り や コ ン テ ク ス ト 内 の 結 束 性 の 維 持 な ど 、 暗 黙 の 情 報 提 供 に 使 わ れ て い る 。 と は い え 、Baker(1992)も 述 べ て い る よ う に 、翻 訳 に お い て は 、こ れ ら は い わ ゆ る「 語 用 論 的 等 価(pragmatic equivalence)」 が 優 先 さ れ る 箇 所 で あ り 、 実 際 の テ キ ス ト に も 呼 称 と 人 称 ダ イ ク シ ス は ST で の 使 い 方 に 拘 ら ず 、KT、ET と も に そ れ ぞ れ の 社 会 文 化 に 合 わ せ た 自 国 化 翻 訳 が 行 わ れ て い る 。 以 下 、 具 体 例 を 挙 げ て そ れ ぞ れ の 翻 訳 方 法 を 分 析 す る 。 4.2.1. 呼 称 呼 称 の 翻 訳 方 法 の 差 が 見 ら れ る と こ ろ は 、 大 き く 「 人 名 + 敬 称 」 と 「 肩 書 き 」 に 分 け ら れ る 。ま ず 、例(3)の よ う な「 人 名 + 敬 称 」の 場 合 、主 人 公 の「 ワ タ ナ ベ・ト オ ル 」
を 、主 人 公 の 彼 女 で あ る 直 子 は「 ワ タ ナ ベ 君 」と 呼 ん で い る が 、KT で は 同 じ 年 の 恋 人 同 士 の 間 で は 敬 称 を 付 け な い た め 、「Wathanapey」の 音 訳 だ け で 訳 し て い る 。一 方 、ET で は 彼 氏 の こ と は フ ァ ー ス ト ・ ネ ー ム で 呼 ん だ 方 が 自 然 で あ る と の 判 断 か ら 、「Toru」 と い う フ ァ ー ス ト ・ ネ ー ム で 置 き 換 え る 同 化 の 方 法 が 取 ら れ て い る と 思 わ れ る 。
(3) [ST] 「 ね え ワ タ ナ ベ 君 、 私 の こ と 好 き ? 」 (村 上 、 18)
[KT] “Ce, Wathanapey, cengmal nal cohahay?” (23) あの ワタナベ 本 当 に 私 を 好 き
[ET] “Tell me something, Toru,” she said. “Do you love me?” (9)
同 じ く 例(4)で も 、 主 人 公 と 同 じ 寮 に 住 ん で い る 二 つ 年 上 の 永 沢 と い う 男 性 の こ と を ST で は 「 永 沢 さ ん 」 と 呼 ん で い る が 、 KT で は 「 Nakasawa senpay」 と 音 訳 に KT の 文 化 に 合 わ せ た 敬 称 を 加 え て 訳 し て お り 、ま た ET で は「 Nagasawa」と 名 前 だ け を 音 訳 し て い る 。 (4) [ST] 永 沢 さ ん は い く つ か の 相 反 す る 特 質 を き わ め て 極 端 な か た ち で あ わ せ 持 っ た 男 だ っ た 。(村 上 、 61)
[KT] Nakasawa senpay-nun myech kaci sangpan-toynun thukcil-ul,
永 沢 先 輩 -は 何 種 類 相 反 -する 特 質 -を
acwu kuktan-cek-in hyengthay-lo kacko iss-nun salam-iess-ta. (61) 非 常 に 極 端 -敵 -な 形 態 -で 持 って い-る 人 -だっ-た
[ET] There were sides to Nagasawa’s personality that conflicted in the extreme. (40) さ ら に 、 例(5)を 見 る と 、 義 妹 の こ と を ST で は 「 和 子 さ ん 」 あ る い は 「 あ な た 」 と 呼 び 、姑 の こ と は「 お 姑 か あ さ ん 」と 呼 ん で い る が 、KT で は ま ず「 和 子 さ ん 」は「 Kacukho akassi」と 名 前 の 音 訳 に KT 文 化 で 義 妹 を 呼 ぶ と き に 使 わ れ る 敬 称 を 加 筆 し て 、 姑 の こ と は 同 じ く「emenim」と 逐 語 訳 で 訳 し て い る 。こ れ に 対 し て 、ET で は そ れ ぞ れ「 You」
と 「your mother」 の よ う に 二 人 称 代 名 詞 を 用 い た 同 化 が 行 わ れ て い る 。
(5) [ST] 電 話 を か け れ ば 、和 子 さ ん 、い ら っ し ゃ い よ と 、兄 嫁 は 言 う だ ろ う 。お 姑か あさ ん だ っ て も う 若 く は な い ん だ し 、 こ の ご ろ は ま た 足 が 痛 む み た い 。 あ な た の 方 か ら 顔 を 見 せ に 来 て く れ な い と 会 え な く て 、お 姑 さ ん 寂 し が っ て い ら っ し ゃ る わ 。(宮 部 、 165)
[KT] Cenhwa-lul kel-myen ‘kacukho akassi, yeki-lo osey-yo’ lako 電 話 -を かける-と 和 子 お嬢 さん ここ-に いらっしゃい と
sayenni-nun malhal kes-ita. Emenim-to icey celmci-nun anhu-si-ko,
兄 嫁 -は 言 う だろう お姑 さん-も もう 若 く-は ない-[尊 敬 ]-し
yocum-un tto tali-ka aph-si-nka pwa-yo. Akassi ccok-eyse
このごろ-は また 足 -が 痛 む-[尊 敬 ] みたい お嬢 さん 側 -から chaca-wa cwuci anhu-myen mannal swu epsese
訪 ねて-来 て くれ ない-と 会 う ことが できなくて
emenim-to ssulssulhay hasey-yo. (157) お姑 さん-も 寂 しがって いらっしゃる
[ET] Whenever she called, her sister-in-law never failed to invite her to come visit. You ought to come see your mother more. Her legs have been hurting, and she can’t make the trip to go see you. I know how she misses you. (105) 次 に 、「 肩 書 き 」の 呼 称 の 翻 訳 方 法 を 比 べ て み る と 、例(6)で は 、マ ユ ミ と い う 看 護 婦 に 対 し て 、男 子 高 校 生 の 主 人 公 が ST で は「 看 護 婦 さ ん 」と い う 職 名 を 転 用 し た 呼 称 を 使 っ て い る が 、KT で は「 kanhosa nuna(看 護士 姉 さん)」と 肩 書 き に KT 文 化 に 合 わ せ た 敬 称 を 加 筆 し て い る の に 対 し 、ET で は 「 Mayumi」 と 名 前 を 用 い た 同 化 の 方 法 を 用 い て い る 。 (6) [ST] 「 看 護 婦 さ ん は 、 友 だ ち 、 い る ん で す か 」 (奥 田 、 220)
[KT] “Kanhosa nuna-nun chinkwu isse-yo?” (242) 看 護 士 姉 さん-は 友 だち いますか
[ET] “Mayumi, do you have any friend?” (178)
な お 、「 先 生 」の よ う に さ ま ざ ま な 職 業 の 肩 書 き に 使 わ れ て い る 呼 称 の 場 合 は 、例(7) で 見 ら れ る よ う に 、ET で は 異 文 化 の 差 を 埋 め る た め の 工 夫 が 読 み 取 ら れ る 。例 (7)は 、 「 石 田 先 生 」 に 会 う よ う に と 言 わ れ た 主 人 公 の 「 あ な た は 直 子 の 担 当 の お 医 者 さ ん な ん で す か ? 」(村 上 、 176)と い う 質 問 に 対 す る レ イ コ さ ん と い う 人 物 の 答 え の 一 部 で あ る が 、多 様 に 使 わ れ て い る 日 本 語 の「 先 生 」と い う 肩 書 き に 対 し て 、「Doctor」と い う 肩 書 き が 日 本 語 よ り 狭 い 範 囲 で 使 わ れ て い る 英 語 の 場 合 は 、 例(7)の ET の よ う な 加 筆 な ど の 方 法 が 必 要 に な る 。こ れ に 対 し 、KT で は「 sensayng-nim(先 生 -様 )」と い う 肩 書 き が 日 本 語 と ほ ぼ 同 じ よ う に 使 わ れ て い る た め 、 特 に 問 題 に な ら ず 、 逐 語 訳 に 敬 称 を 加 え て 訳 し て い る 。 (7) [ST] 「 あ あ 、 そ れ ね 。 う ん 、 私 ね 、 こ こ で 音 楽 の 先 生 し て る の よ 。 だ か ら 私 の こ と 先 生 っ て 呼 ぶ 人 も い る の 。(...)」 (村 上 、 176)
[KT] “Aa, kulehkwun. Na-nun yekise umak sensayng nolus-ul hako isse.
ああ そうね 私 -は ここで 音 楽 先 生 役 -を して いる
Kulayse na-lul sensayng-nim-ilako pwulunun salam-tul-to isse. (...)” (158)
だから 私 -を 先 生 -様 ‐と 呼 ぶ 人 ‐たち-も いる
[ET] “Oh,I get it. No no no, I teach music here.It’s a kind of therapy for some patients, so for fun they call me ‘The Music Doctor’ and sometimes ‘Doctor Ishida’. (...)” (125)
こ の よ う に 呼 称 の 翻 訳 に は KT、 ET と も に 具 体 的 な 方 法 の 差 は あ る も の の 、 ほ ぼ 自 国 化 の 戦 略 が 取 ら れ て い る が 、例 え ば 例(8)と(9)のように ST の呼 称 を音 訳 することで、 可 視 的 な 異 国 化 の 効 果 を 高 め る こ と も あ る 。
(8) [ST] a. 「 安 川 広 美 さ ん だ よ ね 」 (奥 田 、 129)
b. 「 広 美 さ ん 、 も ち ろ ん 独 身 だ よ ね 」 (...) 広 美 さ ん 、 だ っ て ? (131) c. 「 広 美 ち ゃ ん は 、 ど う し て 不 眠 に な っ た の か な 」
ち ゃ ん 、 に な っ て い る ― 。(131)
[KT] a. “Yasukawa hilomi ssi” (13) 安 川 広 美 氏
b. “Hilomi ssi mwullon toksin-ikeyssci?” (...) Hilomi ssi, lako? (15) 広 美 氏 勿 論 独 身 -だよね? 広 美 氏 だって c. “Hilomiccang-un way pwulmyencung-ey kellyessul-kka?”
広 美 ちゃん-は なぜ 不 眠 症 -に かかったの-かな?
Kapcaki way ‘ccang’-iya. (16) いきなり なぜ ちゃん-なの
[ET] a. “You’re Hiromi Yasukawa, right?” (106)
b. “And you are, of course, single, Hiromi?” (...) Why was he calling her by her first name? (107)
c. “So, Hiromi, my love, why have you got this insomnia?” Now she was “his love”, was she? (107)
(9) [ST] 「 テ ッ ち ゃ ん 、 再 婚 し な い の ? 」 (奥 田 、 107)
[KT] “Yocum ettehkey cinay? Cayhon an hani?” (110) 最 近 どう 過 す 再 婚 ない し
[ET] “So,Tetchan,”she said, calling him by his childhood nick-name, “you don’t plan to remarry?” (89)
例(8)の ST で は 相 手 に 対 す る 呼 称 が 徐 々 に 変 化 し て い く 様 子 が 見 ら れ る が 、KT の 場 合 、「Hilomi」と 訳 す だ け で も ST と ほ ぼ 同 じ 効 果 が 得 ら れ る に も か か わ ら ず 、「 ち ゃ ん 」 と い う ST の 呼 称 を 導 入 す る こ と で 、異 化 的 効 果 を 生 ん で い る 。韓 国 で は 例 え ば『 ク レ ヨ ン し ん ち ゃ ん 』が『khuleyyong sinccang』と 翻 訳 さ れ て い る な ど 、人 気 漫 画 や ア ニ メ ー
シ ョ ン な ど を 通 じ て 「 ち ゃ ん 」 と い う 日 本 語 の 呼 称 が あ る 程 度 知 ら れ て い る た め 、 こ こ で も ST の 呼 称 を 保 持 し て 異 化 的 効 果 を 与 え て い る と 思 わ れ る 。 ま た 、 例 (9)の ET も 加 筆 は し て い る も の の 、「Tetchan」 と 音 訳 す る こ と で ST の 異 化 的 要 素 を 残 し て い る 。 以 下 、 表 3 に 呼 称 の 分 析 結 果 を 示 す1 0。 こ の 表 を 見 る 限 り 、KT と ET に 大 き な 差 は な い も の の 、KT は 異 国 化 翻 訳 の 、ET は 自 国 化 翻 訳 の 方 略 を 使 う こ と が や や 多 い と 言 え る 。 移 植 音 訳 借 用 翻 訳 逐 語 訳 パ ラ フ レ ー ズ 同 化 省 略 加 筆 解 説 合 計 KT 0 101 0 67 0 105 6 5 0 284 ET 0 95 0 33 0 141 13 6 0 288 表 3 呼 称 の 分 析 結 果 4.2.2 人 称 ダ イ ク シ ス 人 称 ダ イ ク シ ス の 翻 訳 に は 、 方 法 と し て は 逐 語 訳 が 最 も 多 く 用 い ら れ て い る が 、 そ こ に は ST で の 使 い 方 が ほ ぼ 反 映 さ れ て お ら ず 、特 に 二 人 称 代 名 詞 の 翻 訳 に は 各 TT の 方 法 に 差 が 目 立 つ 。ET の 場 合 、 英 語 に は 二 人 称 代 名 詞 の 敬 称 に よ る 区 別 が な い た め 、 日 本 語 の ほ ぼ 全 て の 二 人 称 代 名 詞 を「you」で 訳 し て お り 、場 合 に よ っ て は 同 化 や 省 略 も 若 干 見 ら れ る 。 一 方 、 韓 国 語 で は 二 人 称 代 名 詞 は 主 に 親 し い 関 係 か 目 下 の 人 に 対 し て し か 使 わ れ て お ら ず 、 普 段 省 略 さ れ た り 、 そ の 場 に 適 切 な 呼 称 で 代 替 さ れ る た め 、 KT では同 じ ST の二 人 称 代 名 詞 でもその場 の状 況 や話 し手 と聞 き手 との関 係 などによっ て 、 様 々 な 翻 訳 方 法 が 用 い ら れ て い る 。 ま ず 、「 あ な た 」 の 例 か ら 見 て い く と 、KT で も 例 (10)の よ う に 夫 婦 の 間 で 使 わ れ て い る ST の「 あ な た 」の 場 合 は 、ほ ぼ 同 じ よ う に 使 わ れ る「 caki」と い う 二 人 称 代 名 詞 で 訳 さ れ て い る が 、例(11)と 例 (12)の よ う に KT に お い て よ り 自 然 な 呼 称 で 置 き 換 え ら れ て い る 場 合 が よ り 多 い 。 (10) [ST] 「 あ な た も 独 身 時 代 は 賞 味 期 限 の 切 れ た 牛 乳 飲 ん で も 平 気 な 人 だ っ た じ ゃ な い 」(奥 田 、 33) 1 0 二 つ 以 上 の 方 法 が 用 い ら れ た 場 合 は 、そ れ ぞ れ 一 回 ず つ カ ウ ン ト し 、同 じ 呼 称 が 繰 り 返 し 出 る 場 合 は 、 一 回 に カ ウ ン ト し た 。 カ ウ ン ト 方 式 は 以 下 同 様 と す る 。
[KT] “Caki, toksin sicel-eynun yuhyo-kikan cinan wuyu-to あなた 独 身 時 代 -には 有 効 -期 限 過 ぎた 牛 乳 -を amwulehci anhkey masyess-canha.” (158)
どうとも なく 飲 んだ-じゃない
[ET] “When you were single, you were the sort of person who was quite happy to drink a carton of milk past its sell-by date.” (29)
例(11)で は 、レ イ コ と い う 人 物 が 初 対 面 の 年 下 の 男 性 で あ る 主 人 公 を「 あ な た 」と 呼 ん で い る が 、KT で は そ の よ う な 場 合 に「 あ な た 」に 当 た る 二 人 称 代 名 詞 を 使 う の は 不 自 然 で あ る た め 、「haksayng(学 生 )」 と い う 主 人 公 の 身 分 を 用 い た 同 化 の 方 法 が 取 ら れ て い る 。 (11) [ST] 「 あ な た っ て 何 か こ う 不 思 議 な し ゃ べ り 方 す る わ ね 」 と 彼 女 は 言 っ た 。 「 あ の『 ラ イ 麦 畑 』の 男 の 子 の 真 似 し て る わ け じ ゃ な い わ よ ね 」(村 上 、184)
[KT] “Haksayng-un cham isanghan malthwu-lul ssuney” hako 学 生 -は 非 常 に 不 思 議 な しゃべり方 -を 使 う と Leyikho ssi-ka malhayss-ta.
レイコ さん-が 話 した
“≪ Homilpath-uy phaswukkwun≫ ey naonun namca cwuinkong-uy
ライ麦 畑 -の 番 人 に 出 る 男 主 人 公 の
hyungnay-lul nayko issnun ken anil theyko.” (164)
真 似 -を して いるの では ない よね
[ET] “You’ve got this funny way of talking,”she said. Don’t tell me you’re trying to imitate that boy in Catcher in the Rye?” (131)
ま た 、 例(12)で も 同 じ く 、 ST の 「 あ な た 」 を 「 sachukhi ssi(さつきさん)」 の よ う に 名 前 に 敬 称 を 加 え た TT に よ り 自 然 な 呼 称 に 換 え て 訳 し て い る 。 一 方 、「 あ た し 」 の 場 合 は KT で も 日 本 語 に ほ ぼ 対 応 す る 「 na」 で 逐 語 訳 し て い る 。
(12) [ST] 「 あ な た と あ た し は 並 ん で い て も お 互 い が 見 え な く な る か も し れ な い し 、 全 く 違 う も の を 見 る で し ょ う 」(吉 本 、 192)
[KT] “Na-lang sachukhi ssi-ka nalanhi se isse-to selo poi-ci anhul-cito 私 -と さつき さん-が 並 んで 立 って いて-も 互 い 見 -え ない-かも molu-ko, cenhye talun kes-ul pol swu-to issul ke-yeyyo.” (186) しれない-し 全 く 違 う もの-を 見 る こと-も ある でしょう
[ET] “You and I, although we’ll be standing side by side, probably won’t be able to see each other, and we won’t be seeing the same things.” (144)
次 に 、「 君 」 の 例 を 見 る と 、 例 え ば 例(13)の よ う に 目 上 の 人 か ら 目 下 の 人 に 対 す る発 話 で は KT で も ST の 「 君 」 と 同 じ よ う に 使 わ れ て い る 「 ne」 で 逐 語 訳 さ れ て い る が 、 例(14)と 例 (15)で は 「 君 」 が そ れ ぞ れ 別 の 呼 称 で 置 き 換 え ら れ た り 、 省 略 さ れ て い る 。
(13) [ST] 「 え え と 、 君 と 君 と 君 」 そ れ ぞ れ を 指 で 差 す 。 (奥 田 、 137)
[KT] “Ei, ne, ne, kuliko ne.” sonkalak-ul sey pen wumcikyess-ta. (22) おい 君 君 そして 君 指 -を 三 回 動 い-た
[ET] “Right then. You, you, and you,”he announced, pointing at each of the girls in turn. (112) 例(14)は 、大 型 ス ー パ ー の 屋 上 で 飛 び 降 り 騒 ぎ を 起 こ し て い る 女 の 子 に 対 し て の 発 話 で あ る が 、ST で は 書 籍 コ ー ナ ー の チ ー フ で 30 歳 の 男 性 で あ る 高 野 と い う 人 物 が そ の 女 の 子 を「 君 」と 呼 ん で い る の に 対 し 、KT で は そ の 場 の 状 況 と 店 の 客 と 店 員 と い う 関 係 な ど か ら 尊 敬 語 と と も に 女 の 子 に 「akassi(お嬢 さん)」 と い う 呼 称 を 使 っ て い る 。 (14) [ST] 「 (...)僕 は こ こ の 店 員 で ね 、名 前 は 高 野 。た か の は じ め 。は じ め は 数 字 の 一 と 書 く ん だ よ 。 君 の 名 前 は ? よ か っ た ら 教 え て く れ な い か な 」(宮 部 、197)
[KT] “(...) Na-nun yeki cemwen-intey, ilum-un Takhano-yey-yo. Takhano Hacimey.
僕 -は ここ 店 員 -で 名 前 -は 高 野 -です たかの はじめ
Hacimey-nun swusca il 一 ilako ssuc-yo. Akassi ilum-un? はじめ-は 数 字 1 一 と 書 きます お嬢 さん 名 前 -は Kwaynchanhtamyen kaluchye cwullay-yo?” (188)
よかったら 教 えて くれますか
[ET] “(...) My name is Takano and I work here. Hajime Takano. I write my name with the character for ‘one’. What’s your name? Won’t you tell me?” (124) ま た 、例(15)で も ST で は 夫 婦 間 の 会 話 の 中 で 夫 が 妻 を「 君 」と 呼 ん で い る の に 対 し 、 KT で は 二 人 称 代 名 詞 を 省 略 し て 「 ei(おい)」 と い う 間 投 詞 を 加 筆 し て 訳 す な ど 、 発 話 の 状 況 や 話 し 手 と 聞 き 手 と の 関 係 に よ っ て 様 々 な 方 法 が 用 い ら れ て い る 。 (15) [ST] 「 千 葉 す ず の 無 念 を お れ が 代 わ り に 晴 ら す っ て ? 」 「 君 、 ど っ か ら そ う い う 発 想 が 出 て く る わ け 」(奥 田 、 18)
[KT] “Ollimphik-ey chwulcen moshan Chipa Sucu-uy han-ilato tangsin-i オリンピック-に 出 場 できなかった 千 葉 すず-の 恨 み-でも あなた-が phwule cwul sayngkak-iya?” swuhwaki cephyen-uy moksoli thon-i
晴 らして くれる つもり-なの 受 話 器 向 こう-の 声 トーン-が
han okthapu nophacyess-ta. 一 オクターブ 高 くなる
“Ei, etise kulen yume-ka nawa?” (141) おい どこから そんな ユーモア-が 出 る
[ET] “Trying to win the Olympic swimming medal that Japan never gets, is that it?” “Where do you get such crazy ideas?” (16)