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髙坂健次教授退職記念号によせて

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Academic year: 2021

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?坂健次教授退職記念号によせて

著者

宮原 浩二郎

雑誌名

社会学部紀要

114

ページ

9-10

発行年

2012-03-15

URL

http://hdl.handle.net/10236/9002

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髙坂 健次教授退職記念号によせて

社会学部長

浩 二 郎

髙坂健次先生は 1967 年に関西学院大学社会学部を卒業された後、同大学大学院社会学研究科修士課程 (社会学専攻)、大阪大学大学院文学研究科博士課程(社会学専攻)を経て、1972 年に大阪大学文学部助 手、同大学人間科学部助手に就任されました。その後、フルブライト奨学生として米国ピッツバーグ大学 大学院においてさらに研究を続行され、帰国後の 1979 年に桃山学院大学社会学部助教授、1985 年には関 西学院大学会学部助教授に就任されました。その翌年からは同大学教授として、そして大学院指導教授と して、現在にいたる四半世紀にわたり、本学社会学部における学部・大学院の研究教育に大きな貢献を残 されました。 放送大学客員教授、メルボルン日本研究センター研究員、ブリティッシュ・アカデミー・フェロー、精 華大学客員研究員をはじめ学外・海外における研究教育活動はめざましく、同時に、数理社会学会会長、 Asia Pacific Sociological Association会長、日本社会学会常任理事をはじめ関西社会学会、社会学説史学 会、社会・経済システム学会、International Sociological Association などを中心に内外の学会において精力 的な活動を展開されてきました。その上、5 年半におよぶ長きにわたって本学社会学部長を務め、学院の 常任理事や 21 世紀構想室長などの要職も引き受けられました。なかでも 21 世紀 COE プログラム「『人 類の幸福に資する社会調査』の研究」拠点リーダー(2003∼2007 年度)としての活動は、これが日本の 社会学を名実ともに代表する研究拠点であったこと、また、全学問分野を通じて本学から採択された唯一 の COE プログラムであったことから、髙坂先生が兼ね備えた学内外・国内外における輝かしい学術業績 と学会活動、幅広い人脈とリーダーシップを通して初めて可能になったことは今も記憶に新しいところで す。 髙坂先生の学術業績は政治社会学、知識社会学、科学社会学、理論社会学、数理社会学、社会階層論、 地域社会論、震災研究、中国社会論、社会学史など多岐にわたり、著書・論文も膨大な数にのぼります。 なかでも階層イメージに関する緻密で独創的な研究を中心に日本の数理社会学と理論社会学をリードし、 「FK(Fararo-Kosaka)モデル」の定式化を通じて世界的な社会学知の形成に大きく貢献したことは衆目の 一致するところでしょう。これは理論社会学や社会学説史をはじめ、社会学とその近接分野のあらゆる領 域に広く深く通暁するとともに、一般の社会学者には手の届かない数学とその思考法・表現法を自家薬籠 中のものに使いこなす髙坂先生にして初めて打ち立てることのできる金字塔でした。先生は現在も「相対 的剥奪論 再訪」と題した意欲的な論考を本誌『社会学部紀要』に連載中であり、近い将来、さらに新た な世界的な知が生み出されることに期待したいと思います。 私事にもかかわりますが、髙坂先生との長いおつきあいのなかで、とくに鮮明によみがえってくるシー ンが三つあります。一つは、1980 年代の末、駆け出し教員だった私が投稿論文の完成に苦心し、先生に 「査読」して頂いたときのことです。グールドナー、ハーバマス、フーコーの知識人論・イデオロギー論 の位置づけを扱っていたのですが、髙坂先生からの助言はグールドナーを「補助線として用いなさい」と いうものでした。この「補助線」という一言が鮮烈で、もつれ絡んだ思考の糸がスルッとほどけ、まるで 霧の晴れるように視界が開けたことをまざまざと思い出します。私だけでなく、先生からの的確で生産的 な助言を通して研究の展望が開け、進むべき道が示された研究者は数知れないはずです。だからこそ先生 の指導のもとに、本学社会学研究科から多くの優秀な社会学者が育っていったのです。 二つ目は、1990 年代の半ば、あの阪神大震災の混乱の時期でした。朝早くテレビをつけると、額に派 March 2012 ― 9 ―

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手なバンダナを巻いたファンキーな中年男性が映っています。髙坂先生が NHK のトーク番組にゲスト出 演し、地域から転出せざるをえなかった被災者に注目するよう呼びかけていたのです。「準市民」という 新鮮で啓発的な言葉のパネルとともに、提案者の髙坂先生の精力的な表情が画面一杯に拡がりました。私 はそのとき無性に嬉しくなり、とても元気づけられたことを覚えています。震災の混乱時だからこそ地道 な社会学的提言が大切なのだということを、かしこまったスーツ姿ではなくお茶目な平服でさらっと語ら れた先生の「粋」な姿にあらためて憧れました。ついでに言えば、その時の先生の足下はスニーカーだっ たのではないかと推察しています。 三つ目は、2000 年代のはじめです。すでに記した 21 世紀 COE プログラムへの申請を皆で考え始めた とき、その全体名称についてもずいぶん議論がありました。「社会調査」はすでに共有されていたと記憶 しますが、それ以上なかなか妙案が出ません。そこで髙坂先生がいったん会議室から出られて時間をと り、しばらくすると自信満々の様子で戻って来られました。その場で提案されたのが「人類の幸福に資す る社会調査」です。あまりのスケールの大きさに皆が一瞬とまどいました。しかし、先生の口から噛みし めるように語られ、先生の手で黒板に大書きされると、何だかこれ以外にないような気がしてきました。 むしろ、「人類の幸福に資する」くらいの大目標に挑戦しなければいけないという気にさせられたので す。それで一気に議論がまとまりました。それから 10 年を過ぎた今、「人類の幸福」そして「社会の幸 福」は社会学部における研究教育の根本理念として脈々と引き継がれています。髙坂先生ならではの志の 高さ、スケールの大きさは私たちの貴重な共有財産として今後も末永く受け継がれていくにちがいありま せん。 髙坂先生が定年退職されるということで、大変寂しい思いもいたしますが、先生には今後とも社会学部 の行く末を見守っていただき、厳しい叱責と温かい激励をお願いいたします。 『社会学部紀要』本号を「髙坂健次教授退職記念号」とさせていただき、先生のお働きに感謝しますと ともに、これからの先生の人生のさらに実り多きことを祈念いたします。髙坂先生、どうもありがとうご ざいました。 ― 10 ― 社 会 学 部 紀 要 第114号

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