Title
「総合的な学習の時間」における国際理解教育の一環と
しての「英会話」 : 現状と問題点
Author(s)
村田, 典枝
Citation
沖縄キリスト教短期大学紀要 = JOURNAL of Okinawa
Christian Junior College(32): 61-74
Issue Date
2004-01-30
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/10034
「総合的な学習の時間」における国際理解教育の
一環としての「英会話」一現状と問題点一*
村 田 典 枝
Abstract ThenewElementaryCourseofStudyprovidesfora"PeriodforIntegratedStudy", whichcreatestheopportunityforelementaryschoolstoimplementEnglishconversation activities・This"PeriodforIntegratedStudy"istimetoalloweachschooltopursueitsown uniqueeducationalinitiatives,toconducteducationalactivitiesthatemploycreativepractices, andtoprovidebroadeducationalinterdisciplinaryexperiencesbasedontheinterestsand needsofthestudents・Theseactivitiesshouldbedevelopedwithlocalandschoolcircumstances inmind・InternationalUnderstandingisgivenasanexampleofaneducationalactivityto pursueduringthe"PeriodforIntegratedStudy",aswellasInformation,Environment,or WelfareandHealth・Alldecisions,includingcurriculumdesignandchoiceoftopics,areleft inthehandsofeachschool. TheElementaryCourseofStudyisnotspecifyingonlythatEnglishbeintroducedinthe "PeriodforIntegratedStudy",itismoregeneral・Itmerelycreatestheopportunityof introducingEnglishconversationactivitiesbystatingthatschoolsmayconductanyforeign languageconversationactivitieswithinthestudiesforinternationalunderstanding.According totheCourseofStudy,thegoalofEnglishconversationactivityisnotlanguageproficiency, butfosteringstudents'internationalunderstanding・Thisisthecruxofthe"Periodfor IntegratedStudy."However,theconceptofInternationalUnderstandingstudieswithinthe "PeriodforIntegratedStudy",focusingonEnglishconversationactivityisnoteasyto understand,andwasnotgivenafullexplanationbytheMinistryofEducation,Culture, Sports,ScienceandTechnologybeforethe"PeriodforIntegratedStudy"started.Furthermore, whileimplementingthe"PeriodforIntegratedStudy",theMinistryofEducation,Culture, Sports,ScienceandTechnologyencouragedsomeschoolstostudytheintroductionofEngHsh Educationinelementaryschoolsbydesignatingthemaspilotschools.Theirnumberhas beenincreasingeveryyear.Asaresult,therehasbeenconfusion,andseveralproblemshave resultedfromthisconfusion,connectedwithInternationalUnderstandinginthe"Periodfor IntegratedStudy" ThispaperexaminestheissuesarisingfromEnglishconversationactivitieswithinthe frameworkofthe"PeriodforIntegratedStudy,"anddiscusseshowthenewpoUcyfromthe MinistryofEducation,Culture,Sports,ScienceandTechnologypresentsadilemmaforthe aimofEnglishconversationactivity・IsInternationalUnderstandingthegoalorisitEnglish educationinelementaryschools? AStudyontheProblemsofEnglishConversationActivitiesinElementarySchools **NorieMurata * *沖縄キリスト教短期大学紀要第32号(2003) は じ め に 2002年より公立小学校において英語を扱うこと が可能になった。しかし、これは、全ての小学校 において英語教育が実施されたということではな い。学習指導要領が示しているのは、新設された 「総合的な学習の時間」において、国際理解教育 の一環として「外国語会話等」を扱うことができ るということである。外国語会話等の一つとして 「英会話」を実施するかどうかは、すべて学校の 判断による。とはいえ、現行の学習指導要領への 移行期であった2000年度から、すでに「英会話」 実施に踏み切った学校は多い。文部科学省も全国 の小学校を対象に『英語活動の手引き』2001) を発行するとともに、各種の支援対策を打ち出し、 「英会話」への方向性を示している。更に、マス コミ報道や英語教育産業等の英語教育導入への活 発な動きや地域・父母の要望等も英会話実施への 追い風となっている。 文部科学省の2002年5月時点の調査によると、 全国の公立小学校において「総合的な学習の時間」 に扱ったテーマの中で最も多かったのが国際理解 教育で、全体の68.9%であった。そして全体の 53.8%が国際理解教育の一環として「英会話」を 実施している。その内訳を見ると、3年生で51.3 %、4年生で52.3%、5年生では53.6%、6年生 では56.1%と、6年生の実施率が最も多い。更に、 同時期の都道府県と政令市のまとめによると、最 も実施率が高い県は、沖縄県と群馬県の86%で、 最も実施率の低いのは、徳島の14%であった。積 極的な対応を示す県もあれば慎重な対応を示す県 もあり、地域による対応の差が見られる。実施校 の内実も、積極的に対応している学校もあれば疑 問や混乱を抱えながら実施している学校もあり、 学校間の温度差も激しい。しかし、様々な状況を 抱えながらも、「英会話」を実施する学校は加速 的に増加している。 「総合的な学習の時間」の中で行われている国 際理解教育の一環としての「英会話」とはどのよ うなものなのか、そのねらいや指導内容等につい ては、きわめて不透明で暖昧な部分が多い。1998 年に新学習指導要領が公示されてから、「英会話」 の内容については、様々な議論が展開されてきた。 その間、多くの疑問点や課題が提示されたが、結 局その答えの得られぬまま、2002年、全面実施と なった。そのような状況において現場では多くの 混乱が生じ、実施2年目にいたってもまだ、その 整理はついていない。 しかし、そのような中、小学校の「英会話」は すでにあらたな方向へ向けて大きく動き出してい る。全国で研究開発校や教育特区の指定を受け、 指導要領の枠を出て、教科として本格的に英語教 育に踏み切る学校が増えている。その中でも沖縄 県は、県をあげて小学校英語教育への取り組みを 決めており、2003年度は、那覇市の全ての小学校 が研究開発校の指定を受けて本格的な英語の授業 を始めている。更に、宜野湾市が教育特区の指定 を受け、2004年度から市の全ての小学校が英語教 育に取り組むことを決定している。 本稿においては、そのような状況を背景に、現 在小学校で行われている「英会話」の抱える問題 点を、総合的な学習と国際理解教育の観点から論 じるとともに、これからの「英会話」の方向'性に ついて、教科としての導入をも含め考察する。尚、 小学校の「総合的な学習の時間」において行われ る英語の活動については、「英語活動」、あるいは 「英会話」などと呼ばれている。本稿においては、 学習指導要領の「外国語会話等」への対応から 「英会話」を用いる。
学習指導要領における「英会話」の位置付け
学習指導要領において、「英会話」はどのよう に捉えられているのであろうか。その位置付けを 「 学 習 指 導 要 領 総 則 第 3 総 合 的 な 学 習 の 時 間の取扱い」にみることができる。 学習指導要領は、総合的な学習の時間の指導内 容について、地域や学校、児童の実態等に応じて、横断的・総合的な学習や児童の興味・関心等に基 づく学習を行うなど、創意工夫を生かした教育活 動を行うものあることを明示している。その授業 時数は、3,4年生にそれぞれ年間105時間、5, 6年生にそれぞれ年間110時間が配当されている。 そして、そのねらいを次のように定めている。 (1)自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら 考え、主体的に判断し、よりよく問題を 解決する資質や能力を育てること。 (2)学び方やものの考え方を身につけ、 問題の解決や探究活動に主体的、創造的 に取り組む態度を育て、自己の生き方を 考えることができるようにすること。 「総合的な学習の時間」において採りあげる課 題としては、例えば、国際理解教育、情報、環境、 福祉・健康などの他、児童の興味・関心に基づく 課題や地域や学校の特色に応じた課題などがあり、 学校の実態に応じた学習活動を行うものであると 述べている。更に、学習活動を行うにあたっての 配慮事項のひとつとして、学習指導要領は、次の ことを示している。 国際理解に関する学習の一環としての外国語会 話等を行うときは、学校の実態等に応じ、児童 が外国語に触れたり、外国の生活や文化などに 慣れ親しんだりするなど小学校段階にふさわし い体験的な学習が行われるようにすること。 小学校において「英会話」の指導が可能になっ た法的根拠は、この配慮事項に示された「外国語 会話等」にある。しかし、ここで示唆しているの は、必ずしも英会話を教えよということではない。 地域や学校の特色を生かした国際理解教育におけ る活動の中で、子供たちが多様な文化や言語に触 れたり、慣れ親しんだりすること、そしてその際、 配慮すべきことは、小学校段階にふさわしい体験 的な活動内容であることなどである。 国際理解教育が、世界の全ての言語・文化を同 等とする多言語多文化主義に立脚するものである ことを踏まえると、子どもたちが体験する外国語 は、必ずしも英語である必要はない。英語だけに とらわれず、各学校・地域の特色に応じて、適切 な外国語を選ぶことが可能である。どこの言葉を 学ぼうとも重要なことは、子どもたちが未知の言 語に触れることにより、言語の多様性やそれを話 す人々の多様な文化の存在を体験的に理解し、様々 に異なる人々と共に生きる姿勢や態度を培うこと にある。自分と異なるものやなじみないものに対 して、心を開いて接する態度や柔軟に受け入れる 感受性を養うことなど、小学生の時期だからこそ 可能なさまざまな活動を外国語を使って展開する ことが求められている。 「総合的な学習の時間」において外国語を扱う 際に重要なことは、国際理解教育としてどのよう な活動ができるのか、どのような外国語を用いる ことにより、その設定目標が達成できるのか、と いう視点であろう。子供たちの持つ知識・関心や 地域の特'性などさまざまな状況から、扱う言語や 言語活動の内容が決定される。そして、どの言語 を用いようと、その目的は、言語能力の習得では なく、国際理解教育である。 国際理解教育とは 国際理解教育の概念は、世界情勢とともに幾多 の変遷を経てきたが、1974年の第18回ユネスコ総 会において採択された「国際理解、国際協力およ び国際平和のための教育、ならびに人権および基 本的自由についての教育に関する勧告」によって、 その整備がなされ、現在の方向性が決定されたと いえる。 勧告は、国際理解教育の学習内容に、環境・開 発・平和・人権などの人類共通の問題を組み込む ことの重要性を明確に示し、次の7点を指導原則 と定めている。
沖縄キリスト教短期大学紀要第32号2003 (1)すべての段階と形態の教育における国際的 視点、(2)国内外を含むすべての民族とその文化、 文明、価値および生活様式に対する理解と尊重、 (3)世界的な相互依存関係の増大の認識、(4)他の 人々とのコミュニケーション能力の養成、(5)個 人と社会的集団及び国家間に存在する権利と義務 の認識、(6)国際的な連帯および協力の必要につ いての理解、(7)社会と国家および世界全体の諸 問題解決への参加用意。(大津・溝上、2000 その後の国際化の進展により、国際理解教育は その概念枠に、多文化教育、開発教育、異文化コ ミュニケーション教育、人権教育、環境教育等を 加えて発展し、現在、その領域は非常に広いもの となっている。更に、グローバル化、ボーダレス 化する世界は、人々が国家や国境の枠を超えて、 人権や環境など様々な問題に取り組むことを必要 としており、NGOなどの活動に見られるように、 今や、個人が直接世界と関わりをもつ時代を迎え ている。そのような時代にあって、国際理解教育 は、国家という枠組を超え、多元的な世界で、他 と共に生きる地球市民の育成という概念をも抱合 している。 箕浦(1997)は、「国際化」という言葉が、従 来日本では、姉妹都市協定や外国人との付き合い などの交流や、世界を舞台に、国益や国威を高揚 させることという文脈の中で使われていると指摘 している。しかし、国家の枠を超えて人々が協調 し、共存することが求められている現代において は、国民という視点ではなく、国際化を地球的な 視点で捉えることが肝要である。 佐藤(2003)も、従来の日本の国際理解教育が、 「国際的な日本人」という「ナショナル・アイデ ンティティー」の形成を目指し、国際社会で活躍 する日本人の育成を課題としていたと指摘する。 個の確立にとって、自国の文化を理解し、日本人 としてのアイデンティティーを確立していくこと は大切である。しかし、同時に、複合的なアイデ ンティティーを認識することも、国際理解教育に はとっては極めて重要なことである(冨田、2001。 複合的なアイデンティティーとは、我々は、小さ な地域コミュニティーの一員であり、その市町村 の一員であり、その県の県民であり、日本人であ り、アジア人であり、そして、地球人であるとい う認識である。個人のアイデンティティーは、他 との関わりの中で形成される復元的なものである。 日本人という自己を固定的に捉えるのではなく、 同時にアジア人であり、地球人であるという複合 的なアイデンティティーの概念を認識し、それを 教育的な観点から確立していくことが求められる。 異文化理解の概念も国という枠組みを超えて捉 えることが必要であり、ユネスコ勧告は、異文化 を国外ばかりでなく、国内の異なる文化をも含め るものとしている。異文化理解を教える際に重要 な点として、「異文化=外国文化」ではないこと、 そして、文化が国家的な要素以外のさまざまな要 素と結びつくものであることがあげられる。同様 に、ネウストプニー(1995)も、異文化コミュニ ケーションを考える時、単に外的性の程度の強い 人だけを考えるのは正しくないとしている。国内 にいる海外帰国子女、中国からの帰国者、他民族 グループ、他の社会的グループ、異なる考えを持 つ人々、更に、心身に障害をもつ人々、他区の出 身者、異性等、あらゆる意味で異質性を有する人々 を対象とするものである。そのような人々とコミュ ニケーションを図り、差別や偏見を排して互いの 異質性を受け入れ、それによって自己の経験を豊 かにし、共に生きることの重要性を子供たちが理 解することが国際理解教育に求められている。 ユネスコ「21世紀のための教育についての国際 委員会」報告書(天城、1997)は、その中の「学 習:秘められた宝」の中核に「学習の四本柱」を 掲げ、国際理解教育の最終目標を人間教育に求め ている。人が生涯にわたって学習するとは、「知 ることを学ぶ」「為すことを学ぶ」「共に生きるこ とを学ぶ」そして、そこから導きだされるものと して、互いを尊重し平和の精神に基づいて、「人
間として生きることを学ぶ」ことであるとしてい る。 国際理解教育は、結局は、人間教育であると言 える。渡部(1995)の述べるように、地球市民と いう概念は、一人ひとりの生きる姿勢やものの見 方、行動の仕方を巡って提議されるべきものであ る。個人が、この世界の様々に異なる人々と、尊 重しあい、互いが人間らしく平和に生きるにはど うあるべきかについて学び、考え、実践していく ものであると捉えることができる。そのような目 的のために、小学校の国際理解教育で何ができる か考えることが、まず、新設された「総合的な学 習の時間」に求められているのではないだろうか。 次の三浦(1994)の言葉は、小学校で国際理解教 育を実践することの意義を、再認識させるもので ある。 児童は柔軟性にとんでいる。偏見や誤った情報 が先入観として入り込まなければ、児童は極め て自然に異文化を正しく受け入れる。 (p.167) 「総合的な学習の時間」における「英会話」 の現状 「総合的な学習の時間」の枠組みで実施される 「英会話」については、すべて学校の独自性に委 ねられているため、どのように教えているのか、 現在の段階で、個々の実態を詳細に把握すること は難しい。『小学校英語活動の手引き』の内容と 筆者の調査内容をまとめ、以下にその概要を伝え る。 「総合的な学習の時間」は、教科の枠を超えて 設定された横断的総合的な学習のための時間であ る。教科ではないため、定められたカリキュラム や教科書は無く、その内容については全て学校裁 量に委ねられている。「英会話」の実践に取り組 んでいる学校は多いが、小学校にはこれまで英語 教育に関する経験的蓄積は無く、専門的な知識や 技能をもつ教師もほとんどいない。国際理解教育 の一環としての「英会話」の実施に向けた職員研 修は、現在のところ充分に行われているとは言え ない。「英会話」を実施している学校の多くは、 これまでの研究開発校から発表された研究成果や それらをまとめた『小学校英語活動の手引き』を モデルに取り組みをスタートさせている。しかし、 職員研修やALTの派遣、JTE(日本人英語教師) の確保など、人的面や予算面、その他様々な面に おいて条件整備が充分になされた研究開発校と一 般の学校とのギャップは大きく、現場における混 乱は避けられない状況にある。 「英会話」活動はほとんど3∼6年生を対象に 実施されているが、中には低学年の「生活科」の 時間を利用して、1年生から指導を開始している ところもある。その指導内容は、音声を中心とし た歌、ゲーム、クイズ、ごっこ遊びなどを通して、 身近で簡単な英語を聞いたり話したりする体験的 な活動を中心に構成されている。 『英語活動の手引き』は、指導の際の留意点と して次のことを挙げている。一つに、英語の言語 習得を主な目的とするのではなく、興味.関心や 態度の育成をはかること、二つ目に、音声中心の 活動であること、三つ目に中学校の学習内容の先 取りを避けることである。さらに、国際理解を進 めるために、英語活動とともに「国際交流活動」 や「調べ学習」を行い、有機的な関連を図りなが ら指導することを提言している。 「英会話」導入の際、現場で最も問題となるの が、誰が指導するかということである。『小学校 英語活動実践の手引き」は、指導形態として、学 級担任、ALT、JTEによる指導や三者間の様々 な組み合わせによるティームテイーチングを例示 し、基本的には学級担任を中心に進められること が望ましいとしている。学校現場からのALT派 遣に対する要望は多く、ほとんどの学校にとって
は、ALTをどう確保するかが、事実上、実施の
きめてとなっている。しかし、ALTが派遣され沖縄キリスト教短期大学紀要第32号(2003) たとしても、いくつかの学校を掛け持ちで指導す るALTが、全ての授業を担当することは難しい。 ALTが担当できないクラスを、更に教育委員会 から派遣されるJTEや学校・地域で募集するボ ランティア等が担当することになる。ボランティ アは、生徒の父母、大学生、地域のネイティブス ピーカー等、様々である。沖縄県の場合、米軍ボ ランティアが小学校の「英会話」に関わっており、 県教育委員会の報告によると、2003年度は200人 -300人程度である。渡這(2001)によれば、米 軍基地のある全国の地域で米軍ボランティアの 活用が積極的に行われているという。 「総合的な学習の時間」における「外国語(英 語)会話」が成功している例としては、ALTと 学級担任のティームティーチングが最も多い。す べての教科の学習内容を掌握し、子供たちの興味 や彼らが抱える問題を十分に理解している学級担 任が主体的に関わることによって、国際理解教育 と外国語(英語)の活動を結びつけた多様な試み が可能となる。そのような活動を実践している学 校の数は全体から見ると多いとはいえないが、そ れらの実践活動から、総合的な学習の意義と従来 の早期英語教育になかった新しい英語教育の可能 性をも見ることができる。 しかし、学級担任がALTと授業の打ち合わせ をしたり、他の教師と連携を図るには、そのため の時間確保が必要である。同時に、ALTが日本 語を話せなければ、学級担任に指導案に関して話 し合うためのかなりの英語力が求められる。ある いは、JTEの通訳が必要となる。それらのこと を確保できなければ、指導計画から授業の活動す べてをALTに頼らざるをえない。担任の役割は、 指導がスムーズにいくよう、活動の補助をするか、 あるいは側で傍観するだけになる。言葉による問 題のないJTEや日本人ボランティアの場合も、 多くは同様の状況にある。 そのような中では、学習指導要領の趣旨や学校 の教育方針とは関係なく、外部からきた講師の個々 の力量や判断により、児童を対象とした英語指導 が実践されていくことになる。玉井(2003)の指 摘によると、小学校「英会話」の状況は、明確な カリキュラムの下に学校全体の取組みが成功して いる少数の学校と外部人材に丸投げという形で実 施している大多数の学校とがあり、全国でこの二 極化が進んでいるという。 「英会話」の実施に踏み切る学校数は確実に拡 大しているが、現場では、多くの混乱や問題が生 じている。最大の問題は、目的のあいまいさであ る。松川(1997)は、小学校への英語導入は、今 ひとつ導入の基礎理念もはっきりしないまま、実 験に移されたと述べているが、それは、指導要領 実施後の現在にいたっても以前明確にされていな い。なぜ「英会話」をやるのか、そして、そのね らいは何なのか、基本部分があいまいなまま、そ して充分な説明もなされぬまま、ことが進められ てきている。その結果、現在行われている「英会 話」が果たして学習指導要領に示されている総合 的な学習の活動といえるのか、そして国際理解教 育を目的とした活動となっているのか、という疑 問が呈されている。かつて、和田(1996)が、 「国際理解教育」と銘打って行われている授業を 参観したかぎり、ほとんどが「英語」の授業であっ たという状況は多くの実施校で見られる現状でも ある。基本部分での揺らぎは、国際理解教育や 「総合的な学習の時間」導入の基本理念との矛盾 を生み、今、その整合'性が問われている。
「総合的な学習の時間」上の問題
「総合的な学習の時間」は、学校の自由度を拡 大し、教育の多様化を求めて新設された時間枠で ある。総合的な学習の内容が現在のような「英会 話」の活動に傾斜していくことにより、「総合的 な学習の時間」設置の全体的な趣旨や目標と関わっ て、いくつかの問題が生じている。まず、ひとつは、「総合的な学習の時間」は、本来、教科の枠
を超えた、横断的総合的な学習である。それにも
関わらず、その中で英会話学習という教科'性の強 い活動を、総合的な学習を行う3年生から継続的 に指導しているという矛盾である。その問題につ いて、高階(2001は、国際理解を課題にした小 学校の総合的な学習の概念において、英会話の学 習は成立しえないと述べている。現在行われてい る英語の活動は、英会話そのものが学習の対象で あり、ALTなどが中心となって指導する形態は 教科の学習形態そのものである。学習環境として は、インターネットやVTR、カセット・テープ などコンピュータ、視聴覚教材などが多様に活用 され、総合的な学習と似ている。しかし、子ども たちが「自ら課題を見つけ、自ら学ぶ」ことがで きるよう、子どもたちの視点から、指導者が学習 環境を整えたり、様々な学習の手立てを考えたり する総合的な学習のような学習の形態ではないと いう。更に、その内容は英語の歌やゲームを盛り 込み、体をつかった楽しい活動が中心であるが、 それは、あくまでも子どもたちの発達段階に合わ せた早期英語教育における指導法であり、「総合 的な学習の時間」の言うところの体験的な活動と は本質的に異なるものである。 二つ目の問題点は、「英会話」の実施が拡大す る中でおきている「総合的な学習の時間」の画一 化とテーマの倭小化である。国際理解教育は、総 合的な学習が扱うべき多様なテーマの一選択肢で あり、そして更に、外国語等会話は、国際理解教 育における多様な活動の中の一選択肢である、そ してまた更に、I英会話」は、多様な外国語の中 の一選択肢にすぎない。その「英会話」を固定化 し、継続的に指導するやり方が全国で行われてい くことにより、教育改革で進められていくはずの 「自由化」や「多様化」とは、まったく逆に、「総 合的な学習の時間」が、非常に狭まれたテーマ設 定の下に、全国で画一化されていくという状況が 生じている。 三つ目は、「総合的な学習の時間」推進上の問 題である。多様な体験的な活動を通して、多様な 課題に取り組むはずの「総合的な学習の時間」の かなりの部分が、英語の継続的な学習に占められ、 他の活動を制限してしまうという点であるO総合 的な学習の時間は、学校の5日制導入やゆとり教 育による、カリキュラムのスリム化や学習内容の 3割削減の中で創設された貴重な時間である。現 在のように、「英会話」の実施でかなりの時間が 占められることにより、「総合的な学習の時間」 の実質的な活動時間が減らされることになり、 「総合的な学習の時間」もまた、ゆとりのないも のとなっていると高橋は指摘している。 これらの問題について、国立大学協会(2000) は、「英語指導方法等改善の推進に関する懇親会」 に対する意見書を文部科学省に提出している。そ の中で、「総合的な学習の時間」設置の全体的な 趣旨や目標と、現在多くの小学校で実施されてい る英会話学習との整合性の問題に言及し、過度に 英会話学習に傾斜することは小学校段階における 「総合的な学習の時間」の健全な実践の展開に支 障を生じさせるのではないかとの強い懸念を表明 している。 「英会話」における国際理解教育上の問題 国際理解教育の一環としての「外国語等会話」 がなぜ「英会話」でなければならないのであろう か。その問いに対し、文部科学省は明確な答えを 示していない。『英語活動実践の手引き』の「第 1章英語活動のねらい(3)「外国語会話」 と「英会話学習」にその関係に触れている部分が ある。 「外国語会話」とは、諸外国の様々な言葉を使っ た意思の疎通を図るための会話である。現在、 世界の多くの場面で使用されている言語である ことや子どもが学習する際の負担を考慮して、 この手引きでは、英語を取り上げることとした。 (p.2)
沖縄キリスト教短期大学紀要第32号2003 この文章で、「外国語会話」と「英会話」との 関係が説明されたとは言えず、前述の問いに対す る答えとはなっていない。国際理解教育において 重要なことは、全ての言語や文化に等しく価値が あり、通用性の高い英語であろうと、マイノリテイー の言語であろうと、同等に学ぶ価値があるという 視点である。また、前述の文章には、言語間の学 習負担を比較する基準が示されず、何をもって、 英語は負担が軽いと判断するのか明らかでない。 英語の国際的な通用性を重視することを理由に、 「英会話」を教えていく国際理解教育が行われる こ と に 対 し 、 疑 問 を 呈 す る 人 は 多 い 。 穂 積 (2000)は自分の子どもの通う小学校が研究開発 校に指定され、「国際理解教育」として行われた 授業が実際は、英語教育であったことに驚いてい る。そして中国からの言葉の通じない転校生を迎 えた1年生の「国際科」のクラスで、「おはよう」 「ニイハオ」などの言葉を交わそうとすることも なく、ただ英語を学んでいる状況に対し、「隣に いる子に通じることばを探したり覚えたりしよう ともしない『国際理解教育』は、国や文化に対す るまちがった意識をもたせるものになるのではな いか、強い疑問をもちました。」(穂積、2000:19 と述べている。 パーメンター・富田(2000)は、特に教育の現 場で注意せねばならないことは、言語の過大評価 がそれを話す人やその文化への過大評価に結びつ き、それが深刻な事態を引き起こしかねないと注 意を喚起している。 日本外国語教育改善協議会(2002)も、文部科 学省大臣へ宛てた「日本の外国語教育の改善に関 する提言」の中で、「総合的な学習の時間」を活 用した「国際理解教育の一環としての外国語会話 等」が、単に「英会話」の実践に置き換えられる ことに対し強い懸念を示し、そのような方向性は、 ともすれば国際理解とはまったく逆に、英語の過 大評価や英語以外の言語及びその使用者への差別 を助長しかねないと警鐘を鳴らしている。 「英会話」を国際理解教育の一環として扱う際 は、国際理解教育の目標に照らして英語の設定理 由を明確にし、活動内容を決定することが求めら れる。留意したいことは、すべての言語・文化に 同等の価値があるということ、そして、英語を学 ぶことがすなわち、国際化、あるいは国際理解に そのままつながるのではないことを認識し、指導 の際の配慮を忘れないことである。「英会話」を 短絡的に国際理解教育と結びつけて実施すること は、国際理解の理念から大きく逸脱する危険性を 季んでいる。 「英会話」導入にいたる経緯 学習指導要領は、「総合的な学習の時間」におけ る国際理解教育の中に「外国語(英)会話」を位 置付けている。当然、その目的は、国際理解教育 である。それにもかかわらず、なぜ、「外国語 (英)会話」の活動が、英語教育実践に置き換え られていくのだろうか。その根本的な原因は、文 部科学省の一貫しない文教政策のあり方にある。 国際理解の育成という目的を掲げながら、「総 合的な学習の時間」の枠組みで行われる「英会話」 の中には、英語コミュニケーション能力の育成と いう異なるもう一つの目的が置かれており、文部 科学省の方針は、その二者の間で揺らいでいる。 一貫性のない方針が、総合的な学習における国 際理解教育のありかたを模索する現場を混乱させ ている。なぜ、方針が一貫しないのか、「英会話」 実施に到る文部科学省(旧文部省)のこれまでの 流れを概観する。 小学校への英語教育導入への動きが本格的に始 まったのは、1992年に、文部科学省の初等中等教 育局が小学校の英語教育導入ついての検討を決定 したことによる。同年5月に大阪の2小学校が、 「英語学習を含む国際理解教育」の研究開発校と して指定され、その時、両校と同区域にある1中 学校が「小、中の教育課程の連携」に関する研究 指定校として指定を受けたo1993年には更に千葉
県と鹿児島県の小学校2校が指定追加された。 1993年7月に、同省初等中等教育局長の私的諮問 機関である「外国語教育の改善に関する調査研究 協力者会議」(座長:小池生夫)は、「中学校・高 等学校における外国語教育の在り方について」の 報告書を提出し、小学校段階での外国語導入に対 する賛否両論を併記した上で、英語教育導入に対 する結論を先送りしたものの、今後の実践研究の 充実を要請した。文部科学省は、その翌年に、 「小学校における外国語学習の在りかた」に関す る研究開発校を全国で12校指定している。研究内 容は、教科、クラブ活動、教科・クラブ活動の組 み合わせという3つの形態による研究で、12校す べてが取り組んだ外国語は英語であった。1996年 度には、全ての都道府県に研究開発校が置かれ、 ほとんどが英語教育、あるいは、英語教育と国際 理解教育の組み合わせという形で研究が拡大して いった。 そのような流れの中で、1996年7月、第15期中 央教育審議会(会長:有馬朗人)は『21世紀を展 望 し た わ が 国 の 教 育 の 在 り 方 に つ い て − 子 供 に 「生きる力」と「ゆとり」を』と題した第一次答 申を発表した。その内容は、小学校段階での外国 語の一律導入は、発音や中学校以降の外国語教育 の効果を高めるなどのメリットがあるものの、児 童の学習負担の増大や小学校での教育内容の厳選・ 授業時数縮減との関連問題があることを指摘し、 小学校では、国語能力の育成が重要であり、外国 語教育については、中学校以降の改善で対応する ことが大切であるという見解を示すものであった。 同審議会は、小学校の英語については、教科とし ての一律導入はせず、「総合的な学習の時間」や 特別活動の中で、国際理解教育の一環として、外 国語、例えば英会話などに触れる機会や外国の生 活、文化に慣れ親しむ機会をもたせるようにする ことが適当であるとした。これを受けて発足した 教育課程審議会は、英語の「教科」導入を見送る ことを正式決定した。 このような経過を経て、最終的に、外国語は、 「総合的な学習の時間」の中で、国際理解教育の 一環として扱われることが決定された。そして、 そのことを盛り込んだ新学習指導要領が、1998年 に告示され、2002年に全面実施となった。学習指 導要領の告示により、英語教育を導入しないこと が現場に伝えられたのである。しかしその一方で、 文部科学省は、いったんは見送りを決定したはず の英語の教科導入へ向けて、その後、更に踏み込 んだ動きに入っていった。 2000年、全国で3校が、「英語を教科として行 う」ための研究開発校として指定を受け、翌年に は更に2校が追加された。研究開発校はその後も 増え続け、那覇市のように市全体が研究指定を受 け、市内の全小学校が教科としての英語教育導入 の研究に取り組むところも出てきている。 2000年に発足した「英語指導方法等改善の推進 に関する懇談会」(座長:中嶋嶺雄)は、同年5 月に、小学校英語教育について、1年生を含むで きるだけ早い段階で楽しみながら取り入れること が有効であることを提言することで一致し、中間 報告に盛り込む方針を決定した。その報告を受け、 文部科学省は、学校現場への「英会話」の積極的 な導入を促す方針を決めた。更に、「総合的な学 習の時間」が設定されていない1,2年生に対し ても、「学校行事や、生活科などほかの教科に関 連付けて親しむ工夫をしてもらえば」とコメント している。(読売新聞、2000年5月17日) 2001年1月には、これまでの開発研究校の英語 指導の研究成果を整理した形で『英語活動実践の 手引き』が作成され、「総合的な学習の時間」実 施に向けて、全国の教育委員会や小学校に配布さ れた。その後、文部科学省は、小学校における英 会話学習の支援策として、小学校教員を対象とし た英語活動研修講座の開設、特別非常勤配置事業 費補助の実施、緊急地域雇用特別交付金の活用に よる支援、地域ですすめる子ども外国語学習推進 などの政策を打ち出し、小学校への「英会話」支
沖縄キリスト教短期大学紀要第32号2003 援を積極的に図ってきた。 2002年4月、学習指導要領が全面実施された。 その3ヶ月後に、文部科学省は「『英語が使える 日本人」の育成のための戦略構想」をまとめた。 その中に、「小学校の英会話活動支援方策」が盛 り込まれ、小学校英語教育の強化を図ることとなっ た。そして、今後、小学校の総合的な学習で行わ れている英会話活動を支援すると同時に、次期指 導要領改定に向けて英語導入のための研究を行う ことが発表された。 以上が、公立学校への「英会話」導入に関わる これまでの流れである。 国際理解教育か早期英語教育か 現行の学習指導要領の公布により、それまで検 討されてきた英語教育導入への流れは一旦、ピリ オドが打たれた。本来ならばその後は、「総合的 な学習の時間」における国際理解教育の一環とし ての「外国語(英)会話」の理念とは何か、そし て、それはこれまで検討され、実験されてきた英 語教育とどう異なるのか、実施上の留意点は何か 等を現場に明確に示して「総合的な学習の時間」の 枠組で行われる新しい取り組みに向けての財政措 置や教員研修等、現場への支援体制を取ることが 求められる。 しかし、現実に行われたのは、英語教育改革の 一環として、小学校の「英会話」を支援し、推進 することであった。そのねらいは、早期英語教育 を導入することにより、小・中・高・大の連携の 下に日本人の英語コミュニケーション能力の向上 を図ろうとするものである。それは、国際理解教 育の一環として「総合的な学習の時間」の中で行 われる「英会話」の趣旨とは全く異なるものであ る。明らかに、学習指導要領を実施する前から 「英会話」の中に、異なる方向を示すベクトルが 滑り込んでいたといえる。 冨田(2002aは、その状況を整理し、両者の 違いを次のように図示している。ここで富田は 「英会話」を英語活動と呼んでおり、英語運用能 力は、英語コミュニケーション能力と同義のもの として捉えられている。 国際理解教育の一環としての 英 語 活 動 根拠:教育の総合化論 目的:国際理解(総合知) 方法:英語活動 枠組:総合的な学習の 時間 ↑ 総合知主義 ↓ 「総合的な学習の時間」 を尊重 ↓ 英語の教科化を 主張しない 早 期 英 語 教 育 の た め の 英 語 学 習 根拠:早期英語教育論 目的:英語運用能力 (技能知) 方法:英語学習 枠組:教科としての英語 ↑ 技能知主義 ↓ 「総合的な学習の時間」 は通過点 ↓ 英語の教科化を 主張する 冨田(p.55) 「教育の総合化論」は、「総合的な学習の時間」 の意義を生かし、その中で国際理解教育を目的と して「英会話」を実践していこうとするもので、 学習指導要領の本来の趣旨に従うものである。 一方、「早期英語教育論」は、英語の運用能力と いう技能知の獲得を目的に、小学校における英語 教育を実現しようとするものである。技能知獲得 のためには、中学校へと繋がる一貫したカリキュ ラム下に、学習の継続化が求められるため、教科 でなければ指導は不可能である。そこで、英語の 教科化を主張するのが、この立場である。従って、 教科の枠を超えて横断的、総合的な教育のあり方 を求めて設定された「総合的な学習の時間」の枠内 での早期英語教育はありえず、そのことが、政策 上の矛盾を生んでいる。 もともと、小学校への英語教育導入への動きは、 日本人の英語コミュニケーション能力の向上を図
ることを目的に検討された経緯がある。国立教育 政策研究所の渡豊(2001)は、現行の学習指導要 領に到ったいきさつを次のように推測している。 小学校英語導入に関わる様々な議論の末、週5日 制によるカリキュラムのスリム化という中で小学 校に「英語」を教科として新設することは不可能 という状況判│祈があった。そこで、とりあえず 「総合的な学習の時間」に国際理解教育の一環と して「外国語(英会話)」を設定しておき、その 中で英語を教えながら、次期の学習指導要領に備 えようという考えがあったのではないか。 改革に着手する時には、ある種の混乱がつきま とうものである。しかし、現在の「英会話」にま つわる混乱は、単に新しいことへの取り組みから 生ずるものではなく、文教政策上の矛盾に大きく 起因する。軸足のぶれる文教政策の下では、学校 教育における健全な教育実践は望むべくもない。 現場が真剣に取り組もうとすればする程、混乱す るばかりである。 教科化への議論の前に ひとつの教育的な試みを現場で実施するには2 ∼3年の下準備が必要である。それを定着させ、 評価するには最低5年はかかるといわれる。現行 の学習指導要領が施行されてまだ1年半しか経た ない。しかし、拙速であると言われながらも、す でに「英会話」を教科へ移行しようという動きは、 現実味を帯びてきている。次期学習指導要領の改 訂に向けての議論の中に、それは盛り込まれるこ とになるであろう。しかし、その議論の前に、整 理すべきことがある。 まず、第一に、現在の「総合的な学習の時間」の 国際理解教育の一環としての「英会話」の目的を あらためて明確に示し、その趣旨に沿った支援策 を講じることである。現在のようにALTの数を 増強し、クラスルームイングリッシュ等の英語研 修をするだけでは、小学校教師は、ALTや英語 を得意とする外的人材に頼って英語学習を展開す るしかないであろう。 支援策として必要なことは、英語研修とともに、 国際理解教育という本来の趣旨に合致した教員研 修を実施することである。その上で、ALTや JTEを派遣する。次に、各学校で教師間の協議 や研修を実施するための最低限の時間確保を図る こと、そして、当然、それらをサポートするため の、人的・財政的支援が求められる。そうして始 めて、最も生徒を理解する学級担任が、他との連 携を図り周囲の人材や教材を活用しながら、主体 的に、且つ総合的に子どもたちの異文化への学び の場を創造することが可能となる。 又、「英会話」の活動を、本来の路線に戻すこ とにより、「総合的な学習の時間」の枠組で行わ れる「英会話」に関する実績データやそこから浮 かび上がる問題点などを、一つの知見として次の 教育政策に生かすことが可能となる。現在の政策 やその下で学ぶ子どもたちの状況把握を暖昧にし たままで、その先を語ることは難しい。 学習指導要領には、「総合的な学習の時間」と いう全く新しい教育領域に、国際理解教育の一環 としての「英会話」という、更に新しい教育課題 が設定された。小学校現場にとって未経験で困難 とも思えるその課題に取り組む中で、幾多の試行 錯誤が繰り返されることは、当然予想されること である。そのような困難な課題を学習指導要領の 中に盛り込んだ意味とその責任の重さを、文部科 学省は深く認識し、適切な支援策を誠実に講ずる べきである。 第二に、英語教育を小学校に導入するための研 究の蓄積である。現在、研究開発校、あるいは構 造改革の教育特区の指定を受けて、英語を教科と して取り組んでいる学校が、全国に広まりつつあ る。これら学校の取り組みは、従来の研究開発の 取り組みと若干状況が異なっている。それは、小 学校教育のカリキュラム改革の枠を超えて、日本 の英語教育の改革、あるいは地方自治体等の人材 育成や地域の活性化等の政策との関わりの中で、
沖縄キリスト教短期大学紀要第32号2003 研究が展開されている点である。懸念されること は、これらの取り組みが子どもを中心に据えた充 分な検討無しに、外圧等によって英語教科導入へ の見切り発車となることである。冷静な対応の下 に研究がすすめられるようにしたい。 開発校に望まれることは、正確なデータと検証・ 評価の提供である。研究は、小学生の英語コミュ ニケーション能力の育成に関わる調査研究ばかり でなく、英語を教科として導入することにより、 他の教科や小学校教育全体にどのような影響を与 えるかという視点からの研究も同時に求められる。 なぜなら、小学校英語教育の導入には可能性とと もに、それによっておきる様々な問題点も考えら れるからである。それらの問題にどう対応するか も含めた議論と丁寧な検討を重ねることが教育政 策の決定において重要となる。「英会話」の教科 化は、単に英語教育の問題ではなく、小学校教育 の構造全体に関わることであり、やがては中・高・ 大へと続く教育全体に大きく影響を与えていくも のである。 第三に、小学校に英語を導入することで、英語 教育の問題が解決されるかということについて論 議を尽くすことである。日本の英語教育は改善さ れねばならない。これは、明らかである。問題は、 学習開始時期を小学校におろすことにより、日本 の英語教育が改善されるのか、そしてそれがベス トな方法かということである。 大津・鳥飼(2002)は、英語教育改革を考える なら、認知能力が充分に発達し、記憶力に優れて いる中学校期における言語習得の重要性をもっと 認識すべきであると述べている。そして、限られ た予算を小学校まで広げ、分散するのではなく、 中学校に予算を集中的に投入し、十分な時間と優 秀な教員を確保すること、その上で、音声面を含 めてしっかりとした基礎を固めることが重要であ るとする。松川(2000も、外国語習得は開始時 期が早ければ早いほど良いという説は、今日では ほとんど研究上の支持を得ておらず、言語習得の 成功は、①学習にかける時間、②モチベーション、 ③教授法であり、英語教育改革の論理からすれば、 目的が明確な一貫した英語教育のシステムの構築 こそが先決であるとする。 英語教育において中学校期は最も重要であると 言われている。しかし、減少の一途をたどる中学 校の授業時数や学習語童数の減少、クラスサイズ の問題、少ないALTの人的投入など、今すぐに でも着手せねばならない問題などがありながら、 英語教育改革の論議の中で、中学校への視点が抜 け落ちてはいないだろうか。限られた予算や教育 的資源を小学校にまで広げるより、まず、中学校 へ向けるべきであるとする大津・鳥飼の主張は説 得力をもつ。将来、小学校に英語が導入されたと しても、CALPの育成へ向けて本格的に取り組 む中学校での教育のあり方が、英語教育改革上の ネックになることは十分予想されることである。 英語教育の改革・改善を、小学校英語教育導入に 求める前に、現状の問題点を明確にし、整理して おかねばならない。 お わ り に 国際理解の育成と英語コミュニケーション能力 の育成という二つの目的の間を揺れて小学校「英 会話」は,混乱の中にある。その責任は一貫性の ない教育政策にあると言える。「総合的な学習の 時間」とは何なのか、国際理解教育とは何なのか、 そして「総合的な学習の時間」の枠組みで実施さ れる国際理解教育の一環としての「英会話」とは 何なのか、学習指導要領が示す本来の意味やそれ らが導入された意義について、改めて確認するこ とが、今求められている。 次回の学習指導要領において、「英会話」がそ のまま総合的な学習の時間枠にとどまるのか、そ れとも教科となるのか、もし、教科となった場合、 どのような内容となるのか等、それらは、今後の 議論の展開に委ねられることになる。その際、現 在行われている活動からの実績データや実験デー
タが、議論のたたき台として重要な役割を果たす ことになるであろう。 英語教科化をめぐる議論の中には、英語教育の 改善や日本人の英語力向上を小学校英語教育に求 める声があり、小学校から始めれば楽しく自然に 英語が習得できるのではないかとの期待もある。 また、英語を学習することが国際理解教育である との誤解もある。ここにきて、その議論の中に、 地方自治体の人材育成や国際化構想などが加わり、 議論は過熱している。 そのような中で、教科化を急ぐあまり、なし崩 し的に、あるいは見切り発車という形で、小学校 に英語教育を導入することだけは避けたい。それ は小学校教育の将来に禍根を残すばかりでなく、 当然、英語教育にとっても、学校教育全体にとっ ても、改善・改革とはなりえないからである。 参 考 文 献 天城薫1997『学習:秘められた宝」ぎよう せ い 樋口忠彦ほか1997『小学校からの外国語教育』 研究社出版 穂積美子2000「『国際科』って英語なんだ 国際理解教育って何?」子どものしあわせ編 集部(編)『どうする?小学校の英語』草 土 文 化 五十嵐忠久・他1990『児童英語指導法ハンド ブック』アプリコット ラミス、ダグラス1976『イデオロギーとして の英会話』晶文社 三浦健児治1994『国際理解教育の進め方」 教育出版 箕浦康子1997『地球市民を育てる教育」岩波 書店 文部科学省2001『小学校英語活動実践の手引 き」 中山兼芳2001『児童英語教育を学ぶ人のため に」世界思想社 ネウストプニー、J.V1995「外国人とのコ ミュニケーション」『国際語と日本語』(『新 「ことば」シリーズ』1)文化庁:63-76. 日本外国語教育改善協議会2000「日本の外国 語教育の改善に関する提言(後)」『英語教育』 5月号、大修館:54-57 大津和子・溝上泰2000『国際理解重要養護 00の知識」明治図書 大津由紀雄・鳥飼久美子2002『小学校でなぜ 英語?」(『岩波ブックレット』No.562 岩波書店 パーメンター・リン、冨田祐-2000「海外か ら見た日本の外国語教育l日本ではなぜ外 国語は英語だけなの?」『英語教育』5月号、 大修館:40-41. 佐藤照雄(編)1992『国際理解教育体系』 (『国際理解教育関係資料』第12巻) 佐藤郡衛2003『国際化と教育一異文化間教 育の視点から−』放送大学教育振興会 高階玲治2001『総合的学習を総点検する」明 治 図 書 玉井アレン2003第42回JACET全国大会発表 冨田祐一2001「今後の展望と課題」後藤典彦・ 冨田祐一(編)『はじめてみよう!小学校・ 英語活動』アプリコット205-229. 2002a「異文化理解能力はどう評価 できるのか」『英語教育」6月号、大修館書 店:21-23. 2002b「小学校英語活動Q&A」 『はじめてみよう小学校・英語教育」東京 書籍:2‐9. 松川穫子1997『小学校に英語がやってきた!』 ア プ リ コ ッ ト 2000「小学校英語教育の教科化の可 能性」『英語教育』12月号、大修館出版:14‐ 16. 松川玲子2003『小学校英語活動を創る』高陵 社書店
沖縄キリスト教短期大学紀要第32号(2003) 三浦健治1994『小学校国際理解教育の進め方』 教育出版 文部省1999『小学校学習指導要領解説一総則 編」 日本外国語教育改善協議会2000「日本の外国 語教育の改善に関する提言(後)」「英語教育」 5月号、研究社出版:55-57. 和田稔1996「公立小学校の英語教育:その論 点を整理する」『現代英語教育』5月号、研 究社出版:17-19. 渡部淳1995 『国際感覚ってなんだろう』(『岩 波ジュニア新書」264)岩波書店 渡這寛治2001第11回JACET「春季英語教育 セミナー」発表資料 『読売新聞』2000(5月17日) 文部科学省報道発表一覧: http://www.mext.qo.Jp/b.menu/houdou/ 15/02/030202.htm 教育新世紀/YOMIURION-LINE: http//www.yomiuri.co.jp/education21/ news/2002091602.htm