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90年代の国際関係: 沖縄地域学リポジトリ

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Title

90年代の国際関係

Author(s)

狩俣, 真彦

Citation

沖大経済論叢 = OKIDAI KEIZAI RONSO, 15(2): 1-32

Issue Date

1991-03-30

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/6790

(2)

90年代の国際関係

狩俣真彦

目次 イントロダクション パワー.アンド・マネー

移行期としての90年代

アメリカのリーダーシップ

結び-メイド・イン・アメリカ

1234 5 1イントロダクション

アメリカに衰退学派が登場してから久しくなる。古代のローマ帝国、近世の

スペイン・オランダ、19世紀末のイギリスとすべての大国は衰退することにな

った。アナロジーを拡大すると、次はアメリカが衰退することになる。ギポン

はローマ帝国の衰退について「このような耐えがたい状況は約300年間続いた

のだ」(注1)と述べている。アメリカが衰退することになれば、今日の世

界も「このような耐えがたい状況」に直面せざるをえなくなる。アメリカの衰

退は避けられるだろうか。

本稿はアメリカの役割を中心にして90年代の国際関係を考えるものである。

国際関係は、国家間のパワー。ゲームとしてイメージされる場合と企業間の経

済ゲームとして描かれる場合がある。前者はリアリズムとよばれており、ボー

ル・ケネディーの『大国の興亡』(注2)はこれを代表する近年の名著である。

企業間の経済ゲームとしての国際関係は、相互依存論とかトランスナショナ

ルリズムとか名づけられ、今日では大変にポピュラーである。宮崎義一教授の

『変りゆく世界経済』(注3)はサブタイトルが「トランスナショナル・シビル

・ソサイェティ」への途、となっている。教授は有名な多国籍企業の研究者で

あり、その視点もユニークである。 1

(3)

ハーバードのジョセフ・ナイ教授は今曰の世界をパワー。ゲームの時代から

相互依存の時代への移行期、したがって過渡期である、と規定する。ただしこ

の移行期は、170余国間の力のバランスによってもたらされる必然的なミクロ

均衡の過程ではない。むしろ政策指向にもとづいてマクロ的に移行を管理する、

というのがナイ教授の視点である。その際の移行の管理政策のリーダシヅプを

取るのがアメリカである。それはアメリカの宿命である。したがって教授の著

書のタイトルは『BOUNDTOLEAD(宿命的指導)』となっている。

ナイ教授は列強の力のポートフォリオを、表1-1のように整理した。伝統的な軍事、

経済にかかわる力源に加えて「文化の普遍性」をとりあげたのが新鮮である。表は欧米好

表1-1主要国の力の源泉(1990年)

IJLiiilLTllllJll

強強強強

いいいい 強い 強い 中間 中間 強い 中間 強い 強い 中間 弱い 強い 強い いいい 強強強 中間 中間 中間 いいい 弱強強 強い 中間 中間 ジヨセフ・ナイ『不滅の大国アメリカ」191ページ

みの評価にすぎない、と反発することも可能であろうが、相互依存の時代はハード

・パワーに加えて文化も重要性を増すことは確かである。国際体制やレジーム

を構想し、形成し、運営するメタ・パワーの重要性も大方の同意するところで

ある。そしてこの点に思いをいたすとき、戦後世界がアメリカ製のレジームの

中でのゲームであったことも確認できる。いづれにせよ、ナイ教授は表1-1

にもとづいてすべての力源で強いのはアメリカ1国のみであり、移行の管理に

(4)

おいてアメリカはリーダーシップを取らねばならない、と判定した。 本稿は第2節で軍事ゲームと経済ゲームの関係をとりあげ、歴史的には軍事 ゲームから経済ゲームへの進化はみられず、ウォーラステイン、ゴールドスタ インも戦争と平和をサイクルとして説明していることを示す。 第3節では相互依存の進展を示す、多国籍企業の海外活動について考える。 また企業のトランスナショナノレな展開を可能にしたのは戦後の自由貿易の国際 体制であるが、その体制を生み出したのはウィルソンやローズベルトの理想主 義であることを示す。さらに、20世紀前半のアメリカ経済は他に類をみない規 模に達しており、これがアメリカの理想主義の素地であったことを説明する。 第4節ではトランスナショナリズムや理想主義に対する批判として、ジョー ジ・ケナンとポール゜ケネディの考えを検討する。ケナンレは19世紀のアメリカ の安全が、ヨーロッパ大陸の勢力均衡に依存しており、そしてその勢力均衡は イギリスのバランサーとしての戦略と指導力によって支えられていたと考える。 しかし大方のアメリカ人はこの事実を理解できず、ヨーロッパの腐敗や争いか ら超然としているアメリカの徳性や知性が、アメリカの平和をもたらした、と 誤解していたと批判する。したがって第1次大戦についても第2次大戦につい ても道徳的理由で参戦をさけようと努め、遂に参戦に至っても参戦の理由を道 徳的に理想化するのみであった。国益にもとづいた戦争目的の規定なしには、 対外的コミットメントを限定することができなくなる、とケナンは考えている。 ポール・ケネディは周知のように、大国による力の展開は致し方ないもので あるが、拡げ過ぎた対外関与は経済とのバランスをこえるようになり、遂いに は衰退に至る、とのべている。アメリカの今日の状態は19世紀末のイギリスの 地位と同じであり、衰退はさけられないが、衰退をおくらせるような管理が必 要である、とケネディは考えている。 ナイの相互依存論は、ケネディヘの反論である。ナイは衰退論や覇権安定な いし循環論は国家間のパワー。ゲームの範囲内での論議に過ぎず、相互依存の 進展した現代世界の状況の中ではフィットしないと批判する。相互依存の一層 の進展を促すためには、アメリカの関与は欠かせない、とナイは考えている。 MITの『メイド゜イン・アメリカ』(注5)は、アメリカの主要製造業の 競争力を分析している。それによるとアメリカは化学、航空機、コンピュータ 3

(5)

一産業で優位にあるが、自動車、民生用電子機器、工作機械、鉄工業、半導体、

複写機産業で劣位にある。したがってマクロ政策のみで回復できない程にアメリ

カ経済の状況は深刻であると述べている。

とすると、表1-1のポートフォリオは修正が必要となる。90年代はかなり

の「耐えがたい時代」となり、その中で各国は「マドリング・スルー」を続け

ることになろう。 く注>

注l猪口孝『国際関係の政治経済学』東京大学出版会230ページ

2ポール・ケネディ『大国の興亡』思想社

3宮崎義一『変わりゆく世界経済』有斐閣サブタイトルが「トラン

スナショナル・シビル・ソサイエティ」への途、となっていろ。

4ジョセフ・ナイ「不滅の大国アメリカ』読売新聞社、原題はBO

UNDTOLEAnBasicBooks,NewYorkで「指導の宿命」と

いう意味であり、サブタイトルはTHECHANGINGNATURE

OFAMERICANPOWERとなっている。

5MIT産業生産性調査委員会MadeinAmerica草思社

(6)

2パワー。アンド・マネー

冷戦の終焉と湾岸戦争の終結によって、現在、アメリカはユーフォリアにひ

たっているところである。国家間のパワー・ゲームにおいては、戦争は国家の

存亡がためされる「真実のとき(レイモン・アロン)」であるから、そのテス

トをパスしたアメリカ人がしばしの感慨にふけるのは当然のことである。

しかし、今日の国際関係においては、国家間のパワー・ゲームと並んで、企

業を主体とするトランスナショナノレな経済ゲームも活発化している。クラウゼ

ウイッツをもじって言えば、「経済は別の手段をもってする戦争の継続(ダニ

エル・ベル)」に変りつつある。したがって90年代は国家間ゲームの時代から

相互依存の時代への移行期である。図2-1は軍事ゲームと経済ゲームを関連

づける概念図である。 図2-1軍事と経済 ファンジピイリティ 100% 安全保障 50平和→100% 0←戦争

横軸は安全保障の度合いを示すものとする。ゼロ%は戦争を100%は平和を

示すと解釈してもよいし、リアリストはゼロ%寄りに理想主義者は100%寄り

に思考すると理解してもよいであろう。

縦軸は代替可能性(fUngibility)の度合いを示す。経済を代表するマネーの

(7)

交換性については曰常の暮しの中で日々体験するところである。生活の中で金

で買えないものは少いし、必要とあれば傭兵もミサイルも金で調達できるので

ある。武力によって富や石油、地位や領土も購うことができることも、これ

またサダム、フセインがペルシャ湾岸で示したところである。‐

ただしマネーとパワーの価値評価は逆対照の動きを示す。緊張が高まれば、

軍備の価値は高まり、経済財の価値は落ちる。冷戦下において、アメリカ人が

軍事戦略をハイ・ポリテックスと呼び、経済問題をロー゛ポリテックスと呼ん

だのは周知の通りである。平和時には経済の価値は上り、軍備の意義は落ちる

が、両者のファンジイビリティがゼロになることは考えられないことではない

が、図ではリアリステックな仮定を置いてある。

以上を要約すると次のようになる。リアリストは図2-1の左寄りの領域で

思考している。そこでは各国はジャングルの徒にしたがってパワー・ゲームを

展開しているので、マネーのファンジイビイリティは低くパワーのファンジイ

ビリティは高い。理想主義者は図の右寄りに考えるのでマネーとパワーの評価

はリアリストと逆にならざるを得ない。

次に歴史における戦争と平和を眺めてみよう。西欧国家体系が出現した16世

紀以降、戦争のない時代はきわめてまれであった。つまり、ツキジデス、マキ

アベリ、クラウゼヴィッツ、ホッブスに適合する時代が続いてきたのである。

表2-1は近代世界システムにおける一般戦争について、その時期、参加国

数、戦死者数を示したものである。ここで一般戦争とはかなりの数の大国が参

表2-1近代世界システムにおける一般戦争

戦争名 時期参加大国比戦死者数 オランダ独立戦争・スペイン無敵艦隊 30年戦争 蘭仏戦争(ルイ14世) アウグスブルク同盟戦争 スペイン継承戦争

ジェンキンズの耳戦争・オーストリア継承戦争

7年戦争 フランス革命戦争・ナポレオン戦争 第1次世界大戦 第2次世界大戦 1585-1609 1618-1648 1672-1678 1688-1697 1701-1713 1739-1748 1755-1763 1792-1815 1914-1918 1939-1945 5777666687 ////////// 3665566687 190,000 2,000,000 300,000 700,000 1,300,000 400,000 1,000,000 2,500,000 7,700,000 13,000,000 田中明彦『世界システム」57ページ(注l) -6-

(8)

加する大規模戦争(例えば第1次世界大戦、第2次世界大戦をイメージすると

よい)とすれば、表に示された通り一般戦争は10回に及んでいる。そして戦争

の頻度は減少しつつあるが、戦死者数は増加傾向にある。19世紀は一般戦争の

ない世紀であり、パツクス・ブリタニカと呼ばれている通りである。この点に

ついては後述する予定である。

図2-2は以上のことも含めて、近代国家システムの歴史における戦争と平

和を包括して示している。黒ぬりの部分は戦争に、白ぬり部分が平和に対応す

る。いま戦争と平和を次のように区分する。一般戦争については、すでに説明

図2-2近代世界システムにおける戦争と平和

15001600 1650 -Q2 大同1111 大IHIの

鞠鬮

蔓難聴Mdi蝋

1650 1700 1800 -0T 大Iilllll 大国の

鯛“M鍵;貯鱗篭、、…

-11 大lnlllI 大国の ■■■

:灘|_

□細鯛iIriw噸↑二|i虹蝋鯏な《とし

田中明彦『世界システムj59ページ(注2)

した。大国間戦争とは敵対陣営の双方に大国が参戦する戦争である。大国を含

む戦争とは敵対陣営の片方に大国が参戦する場合である。それぞれの戦争区分

に対応して、一般戦争なき状態を一般平和、大国間戦争なき状態が大国間平和、

大国が戦争に関与しない状態を大国の平和と名づけて図示したのが図2-2で

ある。

16世紀、17世紀を通して三つの平和が確保された期間は極めて希れである。

19世紀はすでに述べた通りである。20世紀は前半に第1次大戦と第2次大戦を

匿塞電圧

■ 囮

議曇雲 蒋鰯

(9)

含み、不安定な世紀であったことが示されている。

ほぼ同様のことが表2-2のソローキンの戦争指標でも示されている。ソロ

ーキンは戦争の回数、継続期間、参戦回数、・戦死者数等を総合して戦争の規模

を指標化した。この表においても近代の西欧国家形成期ば戦争指標が大きく、

19世紀は小さく、20世紀は異状に大きいことが理解できる。

表2-2ゾローキンの戦争指標

(戦争の回数、継続期間、軍隊の構成、戦死者数、参戦国数、

動員率などから各世紀の戦争規模を指標化したもの)

世紀121314151617181920

戦争指標1824601001805003701203080

猪口邦子「戦争と平和」164ページ(注3)

以上に示したように近代国家体系が出現してから20世紀に至るまで、国家間

関係は戦争の連続であった。再び図1-1の言葉にもどれば、マネーの代替可

能性よりパワーの代替可能性が高かった。「政治は目的をきめ、戦争はこれを

達成する」とクラウゼウィッツは書いたのである。

なお、ブローデル派の人々もパワーゲームから相互依存の時代への発展とし

てではなく、戦争と平和のサイクルのくり返しとして近代と現代を理解してい

る。ここでは、ウォーラステインとゴールドスタンを取り上げてみたい。

表2-3ウォーラーステインらによる経済と覇権のサイクル

覇権国ハブスブノレクオランダイギリス

アメリカ A1:覇権国の勃興 B1:覇権国の勝利 A2:覇権国の成熟 B2:覇権国の衰退 1450- 1575-1590 1590-1620 1620-1650 1650-1672 1798-1815 1815-1850 1850-1873 1873-1897 1897-1913/20 1913/20-1945 1945-1967 1967-? -1559 1559-1575 * ** 17世紀末から18世紀にかけては、覇権国は存在しないとされ、コンドラチェフの波Aはコンドラチェフの上昇期、Bは下降期を表している。 の時期区分としては、次のようなものが想定されていろ。 A3:1672-1700:B3:1700-1733/50;

田中明彦『世界システム」115ページ(注4)

-8-

(10)

ウォーラステンのモデルにおいては、世界政治と世界経済のサイクルがリン

クしている。今コンドラチェフ波動の第1波の上昇期をA1、下降期をB1、

第2波についても同様にそれぞれA2、B2とする。覇権のサイクルはコンド

ラチェフの2波にまたがる100年サイクルを描き、両波はAl一覇権国の勃

興、B1-覇権国の勝利、A2-覇権国の成熟、B2-覇権国の衰退、

という対応を示す。覇権の黄金時代はコンドラチェフの第2波の上昇期と覇権

の成熟期が重なる時期に当り、この時期に世界は平和と繁栄と自由貿易の稀有

な結合にめぐり合うことになる。

ハプスブルク家の覇権が衰退するのが1559-75年頃であり、代ってオラ

ンダがアリーナに登場する。1689年から1815年にかけて、イギリスとフラン

スの間には大きな戦争が7回もあった。ウィーン会議をへてイギリスの覇権が

確立する。表2-3によれば、イギリスの覇権の黄金期は1850から1873年の

間ということになる。なお、イギリスとアメリカの覇権については後に詳しく

取りあげることにする。

ゴールドシュタインも戦争と経済をリンクさせた50年周期のサイクル・モデ

ルを作成した。経済については物価、生産、投資、技術革新、実質賃金等がそ

れぞれに時差をもって交差していると考えた。また政治については、戦争と戦

争の記憶、戦争能力の三つをとり上げた。図2-3にしたがえば、生産の発

展は戦争を強めることに作用するが、戦争の継続によってやがて生産は低下す

ることになる。はげしい戦争は人々の戦争の記憶として残り、戦争を圧える原

因となるがやがて戦争の記憶がうすれれば再び戦争がおきるようになる。

lgU2-3ゴールドシュタインによる長波ダイナミックス 図2-3

偲幽

刷り

⑲i電) IiE〉

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G三)

(SE)

⑭冠〕

『 田中明彦 9

(11)

図2-4HistoricalPathandFuturePrOjection

PmductionTrough

l848

EFJlii,

PriccTmugh 1945 、ロ冒匙。』同三

言=二二二

急P'oducIioI1Pc②

s

L1iILiWWn

l872

ii篝二

1815 gh SlrongHegemony--WeakIIcgemony IIegemonyCycIe Goldstin,LONGCYCLES,358ページ(注6)

図2-4は横軸に覇権のサイクルを示している。左が強い覇権を示し、右

に移動するにつれて覇権は弱るということを示している。縦軸は経済のサイク

ルを示している。上か下に向って矢印しで示してあり、生産のサイクルと物価

のサイクルが示されている。イギリスの覇権は1815年に確立したが、1848年

から1872年にかけてゆるやかな後退をした後、1893年から第1次大戦にかけ

て急速に衰退する。アメリカの覇権は第2次大戦後に確立した。イギリスに較

べてアメリカの覇権は強力であるが、衰退のカーブはイギリスより急であるこ

とが示されている。1980年代以後の点線にかこまれた部分は将来の見とおし

の範囲を示す。ゴールドシュタインにしたがえば、もっとも可能性が高いのは、

次のとおりである。(注7) 1995-2020年生産上昇局面

2000/05-2025/30戦争の上昇局面

2010-2035年物価上昇局面

以上を総合して、2000年から2030は第3次大戦の危険水域である、とゴー

ルドシュタインは結論している。

ここでも、戦争と平和はサイクルをくり返すことになり、相互依存の進展に

-10-

(12)

よって戦争から平和の方向に歴史が進むとは考えられていない。 <注>

注1田中明彦『世界システム』東京大学出版会、本節は注1(57頁)、2

(59頁)、4(115頁)、5(121頁)と同書に頼っている。

猪口邦子『戦争と平和』東京大学出版会164頁

二7JOSHUAS,GOLDSTEINLONGCYCLES

Yale,NewHoubnandLondon,358及び353頁 注3粍 注6と7 -11-

(13)

3移行期としての90年代 以上、第2節を通して軍事と経済の関係を検討した。その際、パワー・ゲー ムからマネー・ゲームへと歴史が進展し、遂いには相互依存の時代、あるいは トランスナショナノレな時代に到達するのかという視点から考えてきた。第2節 でとりあげたウォーラステンとゴールドシュタインの場合、軍事と経済はリン クして総合的にとらえられているが、歴史は戦争と経済の盛衰のくりかえしの サイクルであって、パワー・ゲームの時代から相互依存の時代へと進化をとげ ているのではない。 しかしながら、現代の国際経済の動きを眺めると、単なるヒト、モノ、カネ の移動をこえた企業の多国籍化がすすんでいるのは事実である。問題はその動 きは永続するのか、あるいはサイクルなのかということである。 本節では最初に多国籍企業の活動の事実を確め、戦後そのような企業の活動 を支えることになったアメリカのグローバリズムと、グローバリズムの展開を 可能にしたアメリカ経済の力を検討していきたい。 まづ企業の活動を眺めることにする。図3-1は「アイドル」という日本の 中小の子供服・婦人服を取り扱っているチェーンの海外展開を示したものであ る。この小売りチェーン会社は取り扱う製品のすべてを自らの企画にもとづい て国内・外に発注し、急速な成長をとげつつある。(注1) 図3-1アイドルの多国間開発輸入システム

ハンコクMl麓

fQa ベトナム 伊藤元重『ゼミナール国際経済入門』315ページ -12-

(14)

アイドルの製品が店先に並べられるまでに2ないし3ケ月にわたってアジア の5ケ国をまわりながら仕上げられていく。いわばコンベイヤー・ベルトが5 ケ国にまたがって回っているようなものである。 図に沿って説明すると、生地は中国で調達して日本にはこび、染色とシワカロ エを施した後バンコックに送り、そこで裁断をする。この裁断した布は香港で 仕入れたボタンやファスナー等の付属品と共にベトナムにはこばれて、縫製さ れた後バンコックにもどる。バンコックで検査を終えた製品が曰本にもどって 店頭に並べられるようになる。 アイドルのような中小企業の海外活動の展開は1985年のプラザ合意以降の円 高を背景にして活発化するようになった。アジアニーズ各国も為替切上げに 見まわれたので、中国沿岸やアセアンに活動を拡げるようになり、アジアが成 長の核となっている。 表3-1は宮崎義一教授が多国籍企業について各国を比較したものである。 (注2)指標として多国籍企業の販売総額の中で在外子会社の生産額の占める 割合いを海外進出度、当がい国の輸出額で在外子会社生産額を除した比率を現 地生産・輸出比率と定義して、各国の多国籍企業をくらべることにする。 海外進出度はオランダの79%が一番大きく、EC全体で51%、日本は18%で 先進国の中でもっとも低い。現地生産・輸出比率ではアメリカは180%、つま りアメリカの輸出額の約2倍に相当する額をアメリカの多国籍企業の在外子会 社が生産していることになる。ECの全体としての比率は58%、日本は38%に なっている。日本は多国籍企業の展開に関しては発展途上にあるといえる。 図3-3は1988年現在で計った対外直接投資残高を、国別、地域別のシェ アーで示したものである。(注3)先づ海外投資を国別に見ると、各国の比率 はアメリカ31%、イギリス16%、日本10%、ドイツ9%の順になっている。海 外投資の受け入れの順位では、アメリカ27%、イギリス10%、ドイツ7%、日 本09%となっている。日本の0.9%は、いささか異常であるが、ここでは経済 摩擦や日本の行動のかたより等にはふれないことにする. -13-

(15)

表3-1各国別の多国籍企業の販売総額と在外子会社生産額の規模

-1987年(単位:100万ドル)

多国籍企業 現地生産・ 輸出比率

|弓(釣

企業数

雫|簾

輸出額 販売総額 国名 (A) (C) アメリカ カナダ EC(合計)* 西ドイッ フランス イタリア オランダ** ベノレギー イギリス その他のヨーロッパ (合計)*** スウェーデン スイス フィンランド 曰本 オーストラリア

肥Ⅲ別別・旧5Ⅶ101Ⅲ

1,406,919 49,166 1,016,381 299,922 171,434 75,851 47.303 26,888 286,944 455,358 23,979 514,466 160,245 69,060 30,029 37.407 7.223 159,413 486436196 ●●●●●●●●● 280309965 345543725 254,122 98,168 891.994 294,364 148,382 116,363 92,854 83,098 131258 179.2 244 57.7 54.4 46.5 25.8 40.3 8.7 121.5

401

177.297 108,522161.2 158,716168.4 71,879 63,877 20,196 481,049 63,535 71891 11 51 52,803 41,268 4,786 87.157 18,680 73.5 64.6 23.7 18.1 29.4 44,506 45,515 20,037 229,221 26,516 1186 90.7 23.9 38.0 70.5 合計**** 450 3,249,837 1,210,867 37.3 1,697.875171.3

*イギリス/オランダ2社、デンマーク1社、ルクセンブルグ1社を含む。

**(A)曇(B)、(C)すべてにルクセンブルグが含まれる。

***以上のほか、南アフリカ2社、ニュージーランド1社、ベネズラ1社。

****オーストラリア2社、ノルウェー2社を含む。

(出所),.C・Stafford&R、H、A・Purks(ed.)/I化c'"伽'lDi元ctoがq/ノW(i,、/Ms,

2vols、1989(なおこの作表にあっては、東京経済大学のゼミナリステ

ン鈴木雅人・山口修両君に負う所大である)。

宮崎義一『変りゆく世界経済」81ページ。

-14-

(16)

図3-3世界における対外直接投資のストック(1988年)

多量の対外直接投資をおこなっている国の多くは、多量の直接投

資の受け入れ国でもある。実際、アメリカは、最大の投資国であ

り、最大の投資受け入れ国である。 投箕国 低開発賭国 受け入れ国 (単位:%) 低開発諸国 ノス 8 ドイツ 9.1 他のヨーロッパ瀦国19.8 (注)世界における直接投資のストックにもとづくデータであ る。 (出所)商務著 1991年経済教書(アメリカ)

宮崎教授が「近い将来、経済のグローバリゼーションを押し止めるだけの強

力な要因の登場を予想することはきわめて困難である」(注4)と述べている

のが印象的である。企業活動の海外展開を中心にして眺めるとグローバリゼー

ションは政治学者のとなえるような循環的なものでなく、将来も永続する傾向

であるように考えられる。

しかし第2節でみたように、戦争と平和のサイクルがくり返されるとすれば

経済の動きに表れているグローバリゼーションも束の間の平和にともなう一過

性の現象に過ぎなくなってしまう。

そこで視点をかえて、20世紀のグローバリズムをけん引したアメリカの政治

において、クローバリズムがいかにして形成され、いかに受容されているかと いう視点から考えてみたい。アメリカ史には宗教的覚醒(リバイバル)がしば -15-

(17)

しば記録されているが、同様に政治的な高揚もしばしばおこっている。以下で はしばらくアメリカの国際主義と孤立主義のサイクルの背景を眺めてみること にする。 アメリカ憲法は成立時の時代思想である18世紀の自由主義に基づいて構成さ れている。そして何よりも、連邦(中央)と各州政府の分権あるいはバランス に腐心している。この点については世に言う「ヴァージニア・プラン」と「ニ ュージャージー・プラン」の大いなる妥協という形で結着した。もうひとつの 分権は立法・行政・司法間の権力のチェックとバランスに関するものである。 こうしてアメリカ共和国の特徴は連邦制(フエダラリズム)と権力分立(ディ ビジョンオブパワー)という二つの柱から成り立っている。(注5) 連邦制の結果として、政治エリートが地理的に分散することになり、全国レ ベルの政党は弱体である。対外政策について言えば、権力分立は行政府と議会 の争いを生む。アメリカの政治は自由と分権を最大限に保障することに力が向 い、力の転換や政治の効率におとる、とナイ教授は述べている。 以上のような理由から、アメリカの外交政策は平和時には分裂し、戦時には 高揚したものになるという不安定を示す。アメリカの理想主義やグローバリズ ムが、第1次大戦、第2次大戦を通じて形成されたのはそのためである。第1 次大戦の高揚の中からウィルソン大統領の新国際秩序の構想が生まれてきた。 1918年1月にウィルソンが議会に送った教書に戦後構想に関する「14ケ条」 が示されている。その中で彼は経済障壁の撤廃、恒久平和のための国際機構の 設立などを掲げている。(注6) ウイノレゾンはヨーロッパの帝国主義的パワー・ゲームが軍備拡張を生み、そ れが第1次大戦の原因になったと考えた。彼はアウタルキーをさけ自由貿易を 推進すれば国際的な相互依存の経済が生まれ、相互依存は平和の基礎になると 考えた。また、列強の利害衝突があっても、国際機構が設置されればその中で 調整が可能になると考えていた。 第2次大戦を通して、今日の国連やブレトンウッズ体制が生まれた。大恐慌 の最中に就任したローズベルト大統領は国際関係に関心の深いコズモポリタン な指導者であった。彼はウィルソンの下で海軍次官補を務めており、ウィルソ ンの国際連盟加盟の失敗から受けた「歴史の教訓」は、第2次戦後の「パック -16-

(18)

ス・アメリカナ」のレジームにつながっていると、考えてよいであろう。以上

I,.,

のように、今日のグローバリズムの起源は多分}と第1次、第2次大戦における

アメリカ国民の高揚、あるいはそれを演出した政治のリーダーシップに依存し

ている。後にみるように、ジョージ・ケナンは理想主義と弧立主義の間をゆれ

動くアメリカの政治に批判的である。

ただし20世紀前半、そして第2次大戦後はなおさらアメリカの経済は世界的

に突出した規模に到達しており、世界的な経済展開を必要としていた。表3-

2(注7)の(a)によれば、1913年のアメリカの工業力はイギリス、ドイツ

の2倍をこえている。また第1次大戦後の1928年の相対的安定期には、イギ

リスの実に4倍に達しているのである。表(b)にもとづくと、1913年の世

界の工業生産に占める各国のシエアーは、イギリス14%、ドイツ15%、アメリ

カは32%に達している。1928年でみると同シェアーは、イギリス10%、ドイ

ツ12%、アメリカ39%となっている。表(c)は第2次大戦後の各国のGNP

および1人当りGNPを示している。アメリカのGNPはソ連の3倍、イギリ

スの5倍、ドイツの8倍に達している。ケナンの批判にもかかわらず、アメリ

カの経済指標はアメリカの経済覇権を事実として示している、といって過言で

はない。 表3-2アメリ力の経済力

(a)相対的にみた大国の工業力1880~1938年

(1900年のイギリスを100とする)

1880199019131928 イギリス 73.3100127.2135 アメリ力46.9~127.8,2981533 ドイツ 27.471.2137.7158 フランス 25.136.857.382 ロシア245,47.5へ76.672: オーストリア1425.6'40.7 ハンガリー 1.,,ト イタリア8.113.622.537 日本7.61325.145 (出典:P・ベイロック) 1938 181 528 214 74 152 46 88 -17-

(19)

(b)世界の工業生産に占める各国のシェア (パーセント) 188019001913 イギリス22.918.513.6 アメリカ14.728.632.0 ドイツ8.513.214.8 フランス 7.86.86.1 ロシア7.68.882 オーストリア 4.44744 ハンガリー イタリア2.52.52.7 (出典:P・ベイロック) 1880~1938年 1928 9.9 39.3 11.6 6.0 5.3 1938 10.7 31.4 12.7 4.4 9.0 2.72.8 (c)大国の国民総生産1950年 (1964年のドルに換算) 国民総生産(10億ドル) アメリカ381 連 ソ126 イギリス 7l フランス 50 西ドイツ48 曰本32 イタリア29 (出典:「1人当たり」のみS、H・コーン) 1人当たり(ドル) 2,536 699 1,393(1951年) 1,172 1,001 382 626(1951年) ポール・ケネデー『大国の興亡』想思社 ン12345

注往

伊藤元重「ゼミナール国際経済』日本経済新聞315ページ

宮崎義一「変りゆく世界経済」有斐閣81ページ

『エコノミスト臨時増刊」1991年4月8曰号251ページ

宮崎義一前掲書96ページ

ジョセフ・ナイ前掲書237ページより241ページ迄

-18-

(20)

『アステオン1991年春号』に負 6中西輝政「アメリカの戦争と平和」 う所大である。 7ポール・ケネデー前掲書トー (a)と(b)上巻305ページ (c)下巻145ページ -19-

(21)

4アメリカのリーダーシップ

第3節では、第2次大戦後から今日にいたるグローバリズムの発展の背景に

ついて、第1に戦争の高揚がウィルソンやローズベルトの理想主義につながっ

たこと、第2にそれが第2次大戦後の国際機構やレジームの設置につながった

こと、第3に当時のアメリカがその理念を実現できる程の経済力にめぐまれて

いたこと等をあげてきた。

ところでリアリズムの立場から、第1次大戦や第2次大戦はどのように映っ

たのであろうか。ジョージ・ケナンは第1次大戦への参戦に関して次のように

述べている。 1917年の参戦(D公式的理由は、アメリカの中立がドイツによって侵犯されたためであ

った。私は中立を守るために参戦すること-すなわち、中立を守る目的のために中立

を放棄することの-奇妙さを指摘したのである。また私は(第1次世界大戦の際われ

われがそうしたように)ある国際的紛争の外にできるだけとどまろうとした後て ̄

一旦その中に捲き込まれるや否や-その戦いがわれわれの文明の全価値の存

亡をかけた重大な戦争であることを、突如発見するという矛盾を指摘せざるを

得なかった。もしドイツ帝国に対する戦争が現実にそのような戦争であった

のであれば(それは実際にはそのような戦争ではなかったのだが)、われわれ

は中立を侵犯されてやむなく参戦するのではなく、むしろ自発的に参戦すべき

であったし、もしまた第1次大戦がそのような戦争ではなかったならば、われ われの中立国としての権利の如き些細な事柄のために戦争に捲きこまれるべき ではなかったのである。(注1) 第2次大戦についてケナンは次のように考えた。(注2)大戦前夜の世界の 軍事力は、ドイツ、ロシア、日本の手に集中していた。その中の日本のみは、 ロシアやドイツの手を借りることなく民主主義陣営によって撃破可能であった。 しかし、もしドイツとロシアが手を組めば、これを破ることは不可能であった から、民主主義陣営がドイツまたはロシアの一方と組む以外に戦争を勝ちぬく ことは考えられなかった。したがってケナンは次のように述べる。 -20-

(22)

われわれができるかぎり超然たる態度をとろうとした戦争に、日本のパール ・ハーバー攻撃とそれに引き続くドイツによる対米宜戦によって参戦させられ るや否や、その戦争を理想化するようになるというアメリカ人の傾向を批判し た。………もしわれが自国の軍事的努力から得られるものに厳しい限界がある ことを認識していたのであれば-もしわれわれが、この戦争を望み通りの結 末に導くことができるほど自国が強力ではないことを認識していたのであれば、 平和的で栄光にみちた国際秩序が勝利の結果としてもたらされるであろうとい うバラ色の夢をもって、われわれは自らを欺くことはなかったはずだと私は考 えたのであった。(注3) 19世紀の末、つまり20世紀への転換期に、アメリカは米西戦争一はじめて の本格的な対外戦争一を戦うことになった。当時にいたってもアメリカ人の 大方は、アメリカの平和がヨーロッパに大国の出現をゆるさない勢力均衡策に よって可能になっていること、ヨーロッパの勢力均衡がイギリスのバランサー としての役割に依存していることを理解していなかった。アメリカ人は旧世界 の争いから超然としているアメリカの優れた知性と徳性がくアメリカに平和を もたらしていると誤解していた。その反動化として、参戦すると戦争目的を理 想化し、アメリカの役割を普偏化することになったのである。以上がリアリス トであるケナンの考えの概要である。 ケナンの批判はアメリカの弧立主義、道徳主義、普遍主義に対するものであ ったが、ケネディの批判は歴史上の「大国の興亡」のアナロジーにもとづく、 アメリカの国力と軍事負担の不均衡から生ずる「アメリカ衰退論」である。図 4-1はケネディが示したアメリカの戦略展開である。それはまさにグローバ ルな展開である。ところがアメリカ経済は相対的力が落ちているので、戦略展 開と経済力のギャップは、アメリカの衰退の原因となっている。戦略縮少によ って衰退過程をゆるめよ、とケネディはとなえている。(注4) ジョセフ・ナイ教授は、このような衰退論に反論する。ナイはリアリストに 対しては理想主義者であり、理想主義者に対してはリアリストである。彼はア メリカのふたつの伝統であるリアリズムと理想主義を折中しようと試みている。 彼は「アメリカの覇権の衰退」について、第1にアメリカの軍事力は戦後ソ連 -21-

(23)

図4-1世界に配備されているアメリカ軍1987年

ポール・ケネディ『大国の興亡』355ページ

の軍事力とほぼ対等であったから、アメリカは覇権国ではあり得なかっと述べ

る。第2のアメリカ経済の衰退について、アメリカ経済が戦後突出したのは第

2次大戦の偶然の結果であり、したがってその突出が時がたつにつれて失われ

るのは衰退でなくノーマル化することである、という。アメリカ経済はノーマ

ル化以後の今日、世界経済で25%のシエアーを占め続けて変らないとのべてい

る。

図4-2によれば、大陸間道弾ミサイルの核弾頭数において、アメリカが多

いが~戦略核ミサイル発射装置はソ連がまさる。米ソ間の兵力比較においては

ソ連がまさり、軍事支出においてもややソ連が上まわっている。要するに米ソ

-22-

(24)

米ソの核バランス 米ソの枝バランス 大陸lUHW道pUミサイルの核弾頭鱒致 図4-2

卿皿血血血皿函血血函函0

0987654321 0000000009 1955196019651970197519801982 W) 戦略杭ミサイル発射滋因 j0000000 砿叩鼬、釦、釦 32211 982 (平) 1955196019651970197519801鋼ご(平) *出典:ハーバード核研究グループ ジョセフ・ナイ『不滅の大国アメリカ』99ページ 表4-1 (a)米ソの兵力比較(1963-1987) 196319661969197219751978198119841987 アメリカ 実数(千人) 世界比率(” ソ連 実数(千人) 世界比率(” 22442279 7.77.8 2033 7.9 2168 7.8 3090346023202098 14.21449.28.2 2700 12.9 27803340351041004200440045004400 12.813.915815.816.116.015.515.1 3110 149 *出典:米.軍備管理軍縮局(ACDA) -23-

(25)

(b)世界軍事支出に占める米ソの比較(%)(1963-1987) 196319661969197219751978198119841987 ACDA推計 アメリカ ソ 連 シバード推計 アメリカ ソ 連 36.135.836.226.722.421.123.2 ̄28.429.1 32.431231.032.232.733.332.331.129.8 30.8 29.3 35.027.426.1 29.328.3624.6 *出典:ACDA:ルス。シバード ジョセフ・ナイ『不滅の大国アメリカ』1Clページ の軍事力は、それぞれに特徴をもちながら、ラフ・パリデイにあった。柱5) アメリカは覇権を維持してはいなかったのである、とナイは考える。 アメリカの覇権の衰退に関する議論はイギリス帝国の衰退との類推からなさ れる場合がある。(注6)しかしイギリス帝国の力源はアメリカと全く異なる ものであった。1689年から1815年にかけてイギリスとフランスは7回戦って いる。フランスは人口、軍事力、経済においてイギリスを上まわっていた。イ ギリスが勝ったのは地勢学的利点と財政金融制度がすすんでおり資金調達にま さっていた点があげられよう。19世紀に入ると、工業生産の急成長によって利 益を受けた。 ポール・ケネディはいう。「イギリスは1815年後の時代の経済上、地勢学, 上の全般的な動向から大変な利益を得たので、それまでになかったタイプの大 国となった。しかし1860年代に至ると、工業化の一層の拡大で、世界の力の 均衡は再び変り始めたのである'。1815年のフランスの敗北から1870年のドイ ツの統一まで、大陸に突出した勢力がなく、またライバル国のいくつかは内政 が乱れており、イギリスの内政は安定していた。表4-2にしめされているよ うに、イギリスの力源は強大ではなかった。工業生産においてさえも、イギリ

スの優位は1860年から1880年に及ぶ短期的な出来事にすぎなかった。イギリ

スの力の源泉はその経済力以上に、その地勢学的位置とヨーロッパのバランサ ーとしての戦略にかかっていた。したがって1870年のドイツの統一と鉄道の -24-

(26)

表4-2 (a)大国の軍事兵力に占めるイギリスの割合 181618301860188019001914 2位4位3位4位3位4位 イギリスの順位 最大軍事兵力国 (ロシア)に対 する比率(%) 36 174] 275439 *出典:ポール・ケネディ (b)世界工業生産に占めるイギリスの比率(1800-1980) 180018301860188019001913193919531980 比率(%) 順位 最大国または第 2位の国に対す る比率(%) 22.9 1位 147 10.7 3位 314 8.6 3位 448 41 6位 31.2 4.3 2位 33.0 9.5. 2位 30.0

M位〃

111 185 2位 23.6 13.6 3位 32.0 (中国)(中国(中匡D(米国)(米匡D(米匡,(米国)(米国)(米国) *出典:ポール・ベーロック、ポール・ケネディ ジョセフ・ナイ『不滅の大国アメリカ』71ページ 普及による戦闘展開能力の向上は、ヨーロッパ大陸における勢力均衡をくずし、 イギリスの地位をゆるがすことになった。第1次大戦におけるイギリス帝国の 軍事力の過剰展開はその衰退を決定的なものにした。 表4-3はイギリスとアメリカの生産力と軍事支出の世界における比重を比 較的に示している。イギリスの力はその最盛期においても他国に突出したもの でなく、しかも海外植民地との貿易、投資等の依存度の高さがイギワスの力を 不安定にしていた。イギリスの面積はアメリカの中位の州の大きさにすぎず、 それが世界の4分の1の植民地を支配していた。植民地におけるナショナリズ ムの高まりによって、あっけなく衰退したのである。 伝統的な力源に占めるアメリカの比重は、イギリスと異なり絶対的なもので ある。したがってアメリカの衰退が問われるとすれば、その原因は伝統的力源 の衰退によるのではなく、むしろその力源の転換能力やマネジメント能力、政 -25-

(27)

表4-3イギリスとアメリカの覇権の比較 イギリスの順位 アメリカの順位 183018701913 19501983 国民総生産 軍事支出 工業生産 位位位 323 331 位位位 433 位位位 121 位位位 111 位位位 *出典:ブルース・ラセット

ジヨセフ・ナイ『不滅の大国アメリカ」83ページ

治的リーダーシップ等においてである。たとえば、リチャード・ローズクラン

スは、第2次大戦後の世界には伝統的力源を中心に考え行動する領域国家と、

通商を中心に行動する通商国家のふたつが存在する、と述べる。前者の典型は

ソ連やアメリカであり後者の典型は日本である。

ナイは伝統的な力源をハード・パワーと名づけ、それに対して相互依存の時

代には文化の普遍性や知識の重要性、とりわけ国際的レジームの構想、構築、

維持等のソフト・パワーが重要だと述べている。(注7)ナイの整理にもとづ

く、歴史上の大国の力源の変遷を示したのが表4-4である。

表4-416~20世紀の主要国と主な力の源泉

世紀主要国 資 源 金(地金)、植民地貿易、外人傭兵、諸王家血縁関係 貿易、資本市場、海軍 人口、家内工業、行政組織、陸軍 工業、政府的結合力、金融力、海軍、自由主義的規範、 島国であること(国防が容易) 経済の規模、科学・技術分野のリーダーシップ、文化 の普遍性、軍事力と諸同盟関係、自由主義的国際管理 体制、超国家的コミュニケーションの中枢 6789 1111 スペイン オランダ フランス イギリス 20アメリカ

ジヨセフ・ナイ「不滅の大国アメリカ』49ページ

-26-

(28)

表4-4にもとづいて、歴史上の大国が異った歴史環境で、異った資源を背 景に台頭し、それぞれの役まわりを演じたことを読みとることができる。ただ し従来の大国の究極の課題は他国に挑戦するということであり、ケネディの 「大国の興亡」も一貫して大国の相対的な力を検討しているのである。しかし リアリズム、あるいは伝統的国家間ゲームのみでは解決不能なイッシューが今 日増加している。 相互依存の進展によって、戦争と平和に関わる伝統的な安全保障管理に加え て、累積債務問題、途上国や東欧の資本主義体制への移行、先進国間の政策調 整等の経済問題、環境や資源の問題といった新たな挑戦課題が現出するように なった。これらの問題は、国家間の優劣を競う形での解決には不向きであり、 むしろ各国の協調ゲームに転化すべき課題である。 相互依存の進展する世界においては、ケネディの考えるように、アメリカの 対外的関与を縮少すれば衰退がとどまるのではなく、むしろアメリカのプレゼ ンスの後退は世界の混乱につながる、とナイは考えている。相互依存の進展す る社会において、アメリカのコミットメントは避けられない宿命である。 ン1234567

注往

く ジョージ.F・ケナン『アメリカ外交50年』岩波書店 ジョージ。F・ケナン前掲書116ページ ジョージ。F・ケナン前掲書238ページ ポール・ケネディ『大国の興亡下巻』372ページ ジョセフ・ナイ前出書101ページ ジョセフ・ナイ前出書69ページ ジョセフ・ナイ前出書48ページ 237ページ -27-

(29)

5結び-メイド・イン・アメリカ

ジョセフ・ナイが描いたように、相互依存の進展のためにアメリカのリーダ ーシップは欠かせないとしても、アメリカ経済はそれを支えることができるだ ろうか。ナイはアメリカ経済は世界経済の中で25%前後のシェアーで安定して おり、それ以下に衰退することはないと考えている。 ここでMITの産業生産性調査委員会が2ヶ年の才月をかけて調査した結果

をまとめた報告書『MacleinAmerica』(注1)をとりあげてみよう。図5-

1は産業別の貿易収支を示したものである。貿易収支の赤字はその産業の国際

競争力の弱さを示し、黒字は国際収支の強さを示す、と大まかに考えてよいで

あろう。表には典型的な製造等の八業種の国際収支を示してある。アメリカは

民間航空機と化学の分野で明白な黒字を記録しているものの、自動車、工作機

頤査対象塵築別貿易収支 (101Eドル) 00000 20 12 00000 2 246 一一一

g胆剛罷

誼鋤ビ

曰房尻夙ゴ 097275 80 8587 7 00000 21 02 -一 日邑 00000 20 12 ; 閉回侈 097275 80 8587 97275 80 85.87 00000 321 1 腿 Z 012 -一 ユロロPjE

ヨ日日B 97275 BO 197275 80 8587 8587 28

可 回動工 、BOO■■●DUuOBUUU  ̄ ̄ ̄_= -- ̄目巳図

明Ii蓬

;“;;;。 ZシゴアュZアヨケコPグヨクコゥゴF■■Pヨワ】

(30)

00000 21 12 ’一 000000 21 123 -一一

……珊蠅

~~…剛ElZZB目

197275808587 197275808587 「MadeinAmerica』31ページ. 械、鉄鋼、民生用電子機器、繊維においては持続的な赤字を示している。半導 体、コンピューター、事務機器の分野では赤字に転換しつつある、といってほ ぼ間違いないであろう。 アメリカの製造等はその大部分で衰退しているのである。製造業の空洞化に ついては、経済がサービス化の方向に転換しつつあるとか、多国籍企業の海外 展開などについての検討の必要があるが、本稿ではその点はとりあげないこと にする。 MITの調査委員会では、アメリカ製造業の衰退の要因として、時代遅れの 経営戦略、経営の短期的視野、開発と生産における技術的弱さ、社内の教育訓 練、学校制度等にみられる人的資源の軽視、労使関係における協調体制の欠如、 政府と産業間の足並の乱れ等を指摘している。(注2) アメリカの製造業の基本は大量生産体制であった。アメリカは大量生産シス テムを通して世界の工業をリードし、高度大衆消費社会を築いてきた。第2次 大戦後の世界で高度大衆消費社会がアメリカ文明として世界を魅了してきたの である。しかしながら、今日のアメリカの衰退は大量生産システムにもとづく ものである。MIT報告書は述べる。(注3) 日本の自動車産業の成功は、デトロイトの大量生産システムとはほとんどあ らゆる点で異なる生産システムにもとづいている。日本の自動車産業は、区分 された市場にそれぞれ異なる製品を提供することによって成功した。これを効 率的に行い、かつ高収益をあげるために、日本のメーカーは、生産技術、製品 -29-

(31)

開発手法、職場組織を開発し、生産量の調節と市場への新製品の導入をはやめ ることができるようにした。そのためには、フレキシブル・オートメーション 技術の開発だけでなく、高度の技術労働者の養成を必要とした。日本のメーカ

ーは、コストと同様に品質とサービスを重視し、特定市場のニーズを目標とし

て顧客に接近し、コスト削減と品質向上のために部品供給業者に接近していっ た。部品供給業者との協調関係は、売れ行きが良くないときにも維持されたが、 アメリカでは、部品供給業者への発注削減によって需要減少に対応するのが典 型的なケースであった。 以上はMITレポートの核心部分である。レポートでは、改善策についても 多くの提言がなされているが、他の機会にとりあげることにする。ここではげ アメリカ経済の衰退が進んでいること、その再建には社会的な価値観、教育制 度の修正をふくむために長期にまたがることを指適するにとどめたい。 つぎにアメリカのマクロ経済の特質にふれておきたい。上述したミクロ経済 同様、アメリカのマクロ経済の悪化もレーガン晴代にさかのぼる根深いもので ある。1981年、ロナルド・レーガン大統が登場した当時、アメリカ経済はス

タグフレーションの中にあったので、「経済再建プログラム」では政府赤字を

抑える予算改革が第1にとりあげられた。 図5-2連邦財政赤字の対GNP比 (単位:%) 765432 実頒 ■ 、已 見lH6Il C b ●  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄--

0 '9771978I979I980I98II982I983I984I985 会Ⅱ十年度 ウイリアム.A・ニスカネン『レーガンミックス』153ページより -30-

(32)

図5-2は連邦財政赤字の対GNP比を、見つもりと実績で示したものであ る。両者の乖離は大きく、この点に関する「レーガノミックス」は失敗であっ た。その為、85年の9月のドル安誘導のためのプラザ合意、87年2月のドル安 定誘導転換のためのルーブル合意、そして87年10月19日の株暴落(ブラック・ マンデー)等、多くの出来事が続いた。しかし今日に至っても双子の赤字は続 き、アメリカの対外純資産のマイナスは累績しているのである。表5-1はそ れを示している。(注4) 表5-lアメリカのマクロ経済指標 (億ドル) 通産省「90年代の通産政策ビジョン』と91年米国経済白書より作成 ミクロにみてもマクロにみてもアメリカ経済の急速な転換は期待できそうに ない。MITのポール・クルーグマンは、アメリカ経済が三流国の地位に落ち ようとしているが、国民はそれを甘受するのみだとなげいている。そしてアメ リカ経済の成長率は低いけれども「自国経済に対するアメリカ国民の期待が低 下していることからすれば、それが恐らくこれから10年間の経済の行方なのだ ろう」と述べざるをえなかった。(注5) アメリカのリーダーシップを支えるべきアメリカ経済の衰退はかなり深刻で あり、90年代中の修復は望めそうにない。本稿のはじめに述べたように、われ われは「耐えがたい時代」の中で「マドリング・スルー」を試みることになろ う。 ン123

注往

く MIT産業生産性調査委員会『MadeinAmerica』草思社 前掲書81ページ 前掲書85ページ -31- 1980 1985 1986 1987 1988 1989 経常収支 19 -1,151 -1,332 -1,437 -1,265 -1,059 対外純資産残高 1,063 -1,114 -2,678 -3,783 -5,325 連邦財政赤字 -738 -2,123 -2,212 -1,497 -1.551 -1,534

(33)

W・Aoニスカネン『レーガノミックス』日本経済新聞社

153ページ

ポール・クルーグマン『90年代、アメリカ経済はどうなるか』

TB Sブリタニカ240ページ

本書の原題は「期待衷失の時代』となっている。

-32-

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