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森田次朗氏の『ひきこもりと家族の社会学』の書評に応えて

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Academic year: 2021

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308 ■ REPLY ■

森田次朗氏の『ひきこもりと家族の社会学』の書評に応えて

中央大学 

古賀 正義

『ひきこもりと家族の社会学』の書評 を寄稿してくださり,また家族に着目す る本書の研究の独創性と実証研究の確か なスタンスを高く評価してくださり,衷 心よりお礼申し上げたい。この思いは, 本書を世に出すにあたって十年近い歳月 を要してしまったお詫びの気持ちに重な ると同時に,私自身の家族に対する深い 思いでもある。当初ひきこもり家庭の東 京都調査を依頼された時,私には躊躇が あった。だが,多くの親御さんのお話を 研究室で何時間となく聞くうちに,どう しても日本社会が黙殺してきた家族主義 の呪縛や自立観念の束縛に光を当てた著 作を世に送り出さねばならないと思うよ うになった。いうまでもなく研究には, 対象・方法・理論の相互関係がある。各 研究者の立場をこえて,「ひきこもり」 と呼ばれる若者とその家族の問題の重層 性を真正面から取り上げるものにしたい と,共編者の石川良子さんの協力をえて, 気鋭のメンバーに集ってもらった。終章 でもこの点をゆるやかに確認しておいた が,気づきにくかったかもしれない。 さて,評者ご指摘の点である。まず排 除型社会の進行とともに,支援重視の時 代に入って,問題の解決となる方策や 「オルタナティブ」を求める声が強まっ ていることは理解している。「自立支援 ビジネス」にみられるように,問題の市 場が新自由主義化するにつれて,家族の 無力さをこえて手を打ってくれる専門業 者が成立するようにさえなっている。営 利を問題視しているのではなく,善意の 支援の限界が今日突きつけられている。 時として「ベーシックインカム」を出口 とする格差政策も必要であろうし,「ひ きこもったままでの社会参加」を促す NPO のファシリテーターも有用であろ う。その原点は,「盲者,象をなでる」 の例えではないが,時代とともに変化し てしまう問題の性質を多様な個々の若者 の状況に即して正確に読み取る知的想像 力によると思う。ちなみに,東京都青少 年問題協議会(座長は筆者)では,昨年 問題レベルの認知に合わせた関係諸機関 による「スクラム連携」を提唱したが, 家族への問題の丸投げでなく,切れ目な い顔の見える公的支援を構築する必要が あることを再度強調しておきたい。 次に,立場性を介したひきこもり問題 の「多声的分析」について。家庭内での 互いの認識のズレを知ることには意味が あると思うが,メンバーの経験から家族 内部で「ひきこもり」に対処しようとす る際に陥りやすい落とし穴を浮かび上が らせることもまた,対策の社会化を考え ていくうえで必要かつ重要だと考える。

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309 また,「生きづらさ」についての語られ 方のジェンダー差は,「ひきこもり」の 集まりに参加しているのは男性の方が多 かったこともあって,あまり注目されて こなかった。しかし, 2 年ほど前から当 事者団体である「ひきこもり UX 会議」 が開催している「ひきこもり女子会」に 毎回数多くの参加者が集まっており,メ ディアでも頻繁に取り上げられるように なった。ひきこもっている女性の経験の 可視化が進むなかで,ジェンダー差に着 目した調査研究へのニーズも高まりつつ ある。この点は今後の課題とさせていた だきたい。 最後に,評者による総括となる一文, 「質的調査を通して『ひきこもり』当事 者やその家族と誠実に向き合いつつも, 現代社会の諸相を逆照射している点で, まさに『社会学的』と呼ぶべき実証性と 想像力を併せ持つ」という賛辞を励みに, 他の若者問題も含めて,それぞれの特質 に応じた質的な実証分析,さらには知的 理解に基づく支援の提案へと今後とも挑 んで行きたい。(なお,共編著者の石川 さんにも一部加筆していただいたことを 明記しておく。) ■ REPLY ■

木村祐子氏の『障害支援と関係の教育学』の書評に応えて

大阪成蹊大学 

村田 観弥

最初に,拙著を書評対象本に選定して いただいた編集委員会,そして,精読の うえ丁寧な書評をいただいた木村祐子氏 に心から御礼申し上げる。本書は,専門 性に付帯する権力について教育の観点か ら検討するため,その関係性が顕著に現 れる「障害支援」について論じたもので ある。 木村氏の疑問に答える前に,書評につ いて一点述べさせていただきたい。木村 氏は,筆者が捨象したものを発達障害が あるとみなされた A の「有能性」とさ れている。確かに筆者は,A に対して 問題の所在を求め,「障害」に囚われる ことで A の理性的側面をはじめとする 多くを捨象してきた。しかし第 3 章では, 教育において相手を有用な存在として価 値を見出す関係や,互いに有益であるこ とを念頭に贈与と返礼を行う互酬性関係 を批判的に論じ,「有用性」が大切なも のを捨象することを述べた。もちろん, 歓待的思考による無償の態度の限界も示 しているが,それでも目指さねばならな い態度であり,その可能性を同僚ボラン ティアスタッフの「役割を放棄したとも とれる開かれた関係」に見出している。 以上の点を補足しておきたい。 さて,木村氏の疑問点であるが,学校 組織のように関係性が固定化されやすい 教育の現場と,地域の共同体形成を目指 し契約関係のない人々が集まる本研究 フィールドでは,「専門性」のありよう

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