第59回日本児童青年精神医学会
総会を開催して
会長 金生 由紀子 東京大学大学院医学系研究科 こころの発達医学分野 海の物とも山の物とも言えないような状態か ら紆余曲折を経て,何とか開会に漕ぎつけたら 漕ぎつけたでとにかく無事に終わってほしいと 念じ続け,閉会する頃になってようやくもう少 し学会を味わっておけばよかったなあという思 いが湧いてきたというのが正直なところである。 そのため,印象というよりは反省を綴る文章に なりがちなことをお許しいただきたい。 学会の開催は10月半ばで銀杏はまだポスター のように色づいてはいなかったが,安田講堂を はじめとして構内に点在する会場を巡るのにむ しろ好都合な季節であった。一時的に小雨がぱ らついた日があったものの,おおむね穏やかな 天気が続いた。会期について検討を重ねて最終 的にこの季節に設定してよかった,そして,夏 以来次々にやってきていた台風に当たらなくて 幸運であったとしみじみ感じた。会場移動をし ながら歴史を感じさせる建物などを眺めていた だくのもよいのではなどと思っていたが,いざ 自分が次のセッションへ急ぐとなると周囲を見 渡すゆとりはなかった。歩みを速めつつ,参加 者の皆様もやはり会場移動のために焦ったり疲 れたりするのではと気にかかった。 学会については,いささか学問的な雰囲気の 中で日常臨床の慌ただしさから離れて,ある意 味でひと息つける場になったらと思っていたの だが,はたしてどうだったか気がかりなところ である。オーソドックスなプログラムにしてじ っくりと内容を楽しんでいただけたらと考えて 企画したつもりであったが,教育講演やシンポ ジウムは自分の勉強になりそうで聞きたいもの が多くなったかもしれない。それでいて,実際 には運営にまつわるあれこれにも追われて,興 味のあった講演などをいくつも聞き逃した。 今回のプログラムの特色をしいて挙げると, 国際交流を意識したことだろうか。これは,国 際交流というと身構えてしまってむしろ苦手で あった自分が留学を機会に変わったという経験 を踏まえている。特別講演には,Yale Child Study Center 留学以来お世話になっている Leckman 先生を招聘した。トゥレット症候群と 強迫症の専門家として知られているが,early child development をどう支援したらよいかと いう問題意識に基づく活動について世界的な視 野で話された。相変わらず紳士的で慈愛に満ち ていると同時に精力的であり,その姿勢に改め て感銘を受けた。この講演に加えて,Interna-tional Sessions を企画した。アジアを中心とし つつノルウェーを含めた海外からの演者 4 名及 び国内演者 3 名が発達障害や認知行動療法を中 心とする心理社会的治療などに関する発表を行 った。英語セッションは敬遠されがちではと心 配したが,参加者が予想以上に多数であり,活 発な討論が行われた。定例化してきた国際学会 連絡・国際交流基金運営委員会セミナーと合わ せて,特に若手の方にとって国際交流への敷居 を下げられたらと企画したものであり,一定の 役割は果たせたのではなかろうか。第59回日本児童青年精神医学会
総会印象記
第59回日本児童青年精神医学会
総会印象記
島袋 盛洋 琉球大学大学院 精神病態医学講座 第59回日本児童青年精神医学会総会が,平成 30年10月11日(木)から13日(土)までの 3 日 間,東京大学本郷キャンパス内で開催されまし た。次年度に沖縄での総会を担当させていただ くにあたり,視察も兼ねて 3 日間参加しました ので印象記をまとめさせていただきます。 例年,参加人数約1500人規模の医学会総会だ と地方都市のコンベンションセンターで行われ ることが多く,今回の会場は,東京大学キャン パス内ということで,それだけで興味津々でし たが,赤門をくぐりキャンパス構内に入ると, 東大の学生,制服を着た高校生の団体,記念撮 影をしている観光客の方々が楽しそうに時を過 ごしており,地方の国立大学ではなかなか目に することが出来ない光景が印象的でした。 A 会場(安田講堂)から G 会場(小島コン ファレンスルーム)まで徒歩で回ってみました が15分くらいかかるものの,全てが心地よく遠 いとは全く感じませんでした。沖縄出身の筆者 にとっては,安田講堂は,「激動の昭和」 のよ うなテレビ放送で得た知識 「昭和40年代の安田 講堂事件」 のイメージくらいしかありませんで したが,会場に入ってみると,「欧州の教会の 大聖堂にでも間違って入ってしまったのだろう か」 というような不思議な感覚に包まれました。 安田講堂での開会式は, 7 割くらい埋まって おり盛況でした。各委員会の 1 年間の活動内容 等について次々と報告が行われました。代議員 会でも同様の内容の報告がありましたが,開会 式では,時間の制約上,手短で,より簡潔なプ レゼンテーションが行われていました。各委員 会で様々な課題に対して日頃から熱心な取り組 みをしていることを窺い知ることが出来ました。 初日に B 会場(伊藤国際学術研究センタ 今回の学会は,Leckman 先生をはじめとし て多くの方々にこれまでご指導いただいたこと を振り返る機会でもあった。会長講演でも言及 したが,学会の数カ月前に逝去された阿部和彦 先生と本城秀次先生は,発達の経過中の“く せ”や強迫症状についての知見を積み重ねられ た方々であり,改めてその存在と自分への影響 が大きかったと感じた。それ以上に,研修開始 以来長きにわたってご指導いただいた太田昌孝 先生が参加してくだされたらと思わずにいられ なかった。そして,飯田順三先生が 「発達障害 の行動上の問題」 と題した教育講演で太田ステ ージ評価と認知発達治療を丁寧に紹介してくだ さったことに感激した。昨今は高機能の発達障 害ばかりが注目されているのに対して,知的障 害,特に低年齢のケースに対応できることが児 童精神科医ならではの臨床であると考えてお願 いしたものであったが,心に残る講演であった。 このように先達に思いを致すにつけても,僭越 ながら,若手の方などに,何を伝えていくべき か,きちんと伝えていけるかといっそう意識す ることになる。伝えたいテーマとして 「こころ の発達を支える─素質と環境の相互作用の中で ─」 を掲げたのだが,今回はそれに込めた思い が伝わったのだろうか。 最後に,この場を借りて,今回の学会開催に 際してご協力いただいた多くの方々に御礼申し 上げたい。学会役員や事務局の方々,プログラ ム委員を含めた運営側の方々と,お世話になっ た方々は枚挙にいとまがない。内輪のことで恐 縮だが,あえて言うと,副会長兼事務局長とし て運営に尽力した木村一優先生と文字通り献身 的に働いてくれた教室秘書には本当に助けられ た。とはいえ,学会は,参加者の皆様によって 最終的に完成するものであり,参加されたお一 人お一人の中に今回の経験から何らかの種が残 されていったら幸いである。となりました。 また,安田講堂(A 会場)にて金生先生の 会長講演を拝聴させていただきました。 金生由紀子先生のお考えは,これまで論文等 である程度理解しているつもりでしたが,講演 では金生先生の純粋に患者さんと向き合って そこから湧いてきた疑問を臨床研究につなげて いくということの大切さを学ばせていただきま した。 最後に第60回は,新元号年の12月 5 日(木) から 7 日(金)の 3 日間 近藤毅会長(琉球大 学大学院 精神病態医学講座教授)の指揮のも と,沖縄コンベンションセンターで開催されま す。テーマは,「広げよう児童精神科医療の輪」 ということで沖縄の地で全国から集まった参加 者の皆様の児童精神科医療に携わる仲間作りに 貢献出来ればと準備をすすめているところです。 少し足を延ばせば首里城や美ら海水族館でのミ ニ観光も出来るかと思います。多数の皆様の参 加を心よりお待ちしています。
学会に参加するということ
上野 千穂 京都市児童福祉センター 学会出張はいつもわくわくする。そこは非日 常の世界だけれど,日常の流れとつながる不思 議な場所だからである。日ごろ行かない場所で, 日ごろ会えない仲間や元同僚,その地に住む友 人と交流し,日ごろ食べない美味しいものを頂 き,日ごろ出来ない臨床の勉強をする。仕事を 続けるためにはこのような 「ハレの日」 が大事 だ。 私が精神科医になって初めて参加した学会は この児童青年精神医学会だった。入局一年目の 頃,「児童の勉強をしたいのならこのような学 会がある」 と誘って下さった先輩方と一緒に参 加した。それは第36回の岡山大会で,私が覚え ているのはシンポジウム 「自閉症とライフサイ クル」 の指定討論者として登壇された小児科医 ー)で 「逆境体験が子どもに与える影響につい て」 のシンポジウムに参加しました。トラウマ 体験から生じる障害や,その障害をどう扱って いくかという内容で各シンポジストから報告が ありました。普段から真剣にトラウマ治療に携 わっているシンポジストの先生方の報告という こともあって,会場は立ち見も出るくらい盛況 で,また聴講者も納得した様子で聞き入ってい るのが印象的でした。 2 日目は,C 会場(化学本館)で開催された 倫理委員会の企画 「三角頭蓋の外科手術をめぐ って」 のパネルディスカッションに参加しまし た。沖縄県医師会理事の稲田先生やあすわクリ ニック 板後先生より詳細な経緯の説明がなさ れました。また臨床疫学の視点から聖路加国際 大学の高橋先生から三角頭蓋に治療効果につい ての見解が述べられました。高橋先生からは, 三角頭蓋についての下地氏の論文について,方 法論についての問題点が指摘されたものの,必 ずしも治療効果を否定出来るまでには至らない 結論でした。もちろん,本治療法を肯定できる ものではありませんが検証していくためには, 実際に三角頭蓋の治療を受けた患者がどういう 経過をたどったのかを追跡していく必要がある ように感じられました。 2 日目の夜には,B 会場(伊藤国際学術研究 センター)のロビーを利用して懇親会が行われ ました。地方だと 「きちんとした宴会場で」 と つい力が入ってしまうところですが,さすが東 京大学,余裕を感じさせる懇親会でした。会場 では,理事や代議員の先生方から来年の沖縄大 会に向けて温かいお言葉をいただくことが出来 ました。 最終日( 3 日目)は,E 会場(情報学環・福 武ホール)で 「学校教育における合理的配慮の 現状と課題」 という委員会セミナーに参加しま した。文科省の考え方,米国における現状,大 分県の取り組み等を知ることが出来ました。 IT 化が進み情報の流れが格段に発達した現在 でも国の考え方や海外での取り組みが地方まで 浸透するには時間がかかることを知るいい機会の凛とした佇まいである。母親として自閉症の 我が子を理解したい,また医師として自閉症の 病態を理解したいというお気持ちが伝わってく る話で,専門家への鋭い質問も含めて,ただた だその姿に圧倒された。と同時に総会というも のは自分が研鑽した成果や研究結果をただ伝え るだけでなく,あらゆる聞き手を想定して自分 の発言に責任を持ち,答えなければならない場 所なのだと感じた。 やがて自分が発表するようになり,司会の役 割を頂くようになった。さらに委員会のお仕事 も頂くようになると,会議が学会中に開催され ることからいつしか学会出張が日課になり,気 づけば今年で15回目の参加である。 さて,第59回総会は東京大学本郷キャンパス で開催された。最寄り駅は 「本郷三丁目」 であ るが,入り口の赤門まで意外に遠い。本郷通り を歩きながら本当にこの道であっているか不安 になる方もいたことだろう。私は初日,赤門を くぐると安田講堂に向かった。まず驚いたこと は,キャンパスに学生だけでなく観光客や親子 連れがのんびり過ごしていたことだった。建物 は西洋風で,噴水広場や庭,広い池があり,銀 杏独特の香りが漂う。K 先生曰く 「新しい建物 がたくさん建って地面が少なくなり,古い建物 が埋没するかのようになってしまった」 とのこ とだが,アカデミックな雰囲気と日常的な風景 の融合,これこそが東大のキャンパスなのかと すっかりその魅力に取りつかれた(大学の後輩 T さんは 「本郷キャンパスは休日の散歩コー スです」 と話していた)。 ようやくたどり着いた安田講堂には大学の警 備員が立っており参加証を提示するよう促され た。受付するために入りたいと言うと 「受付は 赤門近くですよ」 と親切に教えて頂き,また振 りだしに戻る。「広すぎて移動が大変」 と感じ たが,「大変」 を 「楽しい」 に変えることが得 意な人々が多いのか,すれ違う参加者は散策を 楽しんでいるようにみえた。個人的には近代的 な会議場よりも大学の会場のほうが落ち着くし 経済的だし,良い創意だと思った。 プログラムは魅力的な構成となっており聞き たいものが多くあったが,シンポジウムや教育 講演は後日学会誌に掲載されるからそこで勉強 しようと割り切り,自分の任務に集中した。 1 日目は理学部 2 号館で司会業務があったの で,そこで一般口演を聞いて過ごした。ここは 1960年に第 1 回総会が開催された歴史ある場所 である。当時の学会誌を見ると,鷲見たえ子先 生の 「学校恐怖症児の問題」 に始まり,「現実 に接してはいるが異様に多動の児童について (斎藤)」 「学校ぎらいの 1 少年(馴田)」 「殺人 を犯した未就学姉妹の症例(種田)」 など,演 題名を見るだけで発表者の思い入れが伝わって くる魅力的な発表が40演題あったようだ。約60 年後の今,アンドロイドを使用した自閉症スペ クトラム(ASD)支援の可能性について議論 が繰り広げられ,時代の変遷を感じた。確かに アンドロイドはコミュニケーションにおける表 出の支援に良さそうだ。特に面接の模擬練習を するために ASD の方が面接官役のアンドロイ ドを操作することで,面接官の気持ちや面接の ポイントについて身を持って学べるという発想 が素晴らしいと感じた(熊崎博一先生のご発 表)。私が司会を担当した演題は聴講者からの 質問が多くあったため,私は進行に集中するこ とが出来た。司会とは発表者が安心して発表で きる場を提供するだけでなく,時間調整も行わ なければならない大変な役割であるということ を,それこそ身を持って知ったが,この日は発 表者の様子と時間に気を配りつつ 「アンドロイ ドが司会をしたら,場や雰囲気はどうなるのか な?発表もアンドロイドですると緊張しないの かな?」 などと考えた。 2 日目の午前中はポスター会場で過ごした。 「諸外国の学会のようにポスターセッションで 活発にフロアと討論を行いたい」 という目標の もと,第32回総会から始まったそうだ。ポスタ ーを中心に発表者,参加者,司会で作られる半
でなく 「スペシャルキー」 は自尊心を守る魔法 の言葉で,様々な臨床場面に応用できると感じ た。 3 日目は会長講演に参加した。日本における トゥレット症候群の歴史と金生由紀子先生が経 験された臨床の歴史がリンクする内容で,何よ り金生先生が臨床や研究の魅力を生き生きとお 話なさった様子が印象深かった。第47回総会の 特別講演で大林亘彦監督が講演の最後に客席に 礼をした後,スクリーンにも礼をされた場面が 今も心に残っているが,金生先生がご講演後に 明るくなった客席をみて 「こんなに聞きに来て くださったの?」 というような驚きの表情と感 謝をこめられた笑顔も忘れられない。 午後からは,福祉に関する委員会セミナー 「離婚後の親子面会交流の現状と課題」 の打合 わせと発表があった。セミナー開催までに何度 も推敲された様子が打合わせでわかり,委員の 皆様に頭が下がった。当セミナーは無料公開の ため一般の方々が参加されていた。シンポジス トとして前に坐ったときに目に留まったのは, 学生らしき方々が熱心にメモを取っている様子 だった。当事者の方からも質問を頂き,私は当 事者や学生に何を届けられるだろうかと考え, 身の引き締まる 2 時間を過ごした。セミナーが 終わるとすっかり暗くなった本郷キャンパスを 後に帰路についた。 会場を後にするとき,安田講堂を観て当時の 学生は何を求め何と戦っていたのかと考えた。 私は安保闘争も東大闘争も知らない。その歴史 を正確に理解出来てはいないが,信念を持って 戦った人々に思いを馳せることはできる。思い 切ってデモに参加された N 先生に当時の様子 をお聞きしたところ 「青春の価値観や思想,理 想と現実の狭間の苦悩,それぞれが生き抜いて, でも結果は個別的で決して他者を非難すること はできない懊悩のようなものを実感した経験だ った。渦中に入れずでも無視もできず,迷いな がら参加したデモだったが,リーダーは過激派 円のふわっとした距離感や,遠くで聞こえる拍 手の音など,ほのぼのした雰囲気が好きだ。ま た発表者の言葉を聞き逃しても視覚的に内容が 追えるし,質問もしやすい。今回元同僚 T さ んの司会ぶりに見惚れた。発表者と参加者への 適切な配慮や助言など,初司会とは思えないほ ど素晴らしく,T さんが病棟の子どもたちにも 適切に支援されていたことを思い出した。エビ デンスに基づくポスター発表が多い中,「登校 困難,掻痒感による不眠がある児童の治療経過 中に疥癬罹患が判明した」 という境玲子先生の ご発表に興味を持った。疥癬と掌蹠膿疱症の違 いを写真で示され勉強になったし,疥癬が発覚 したとき,消毒の仕方や感染予防について慌て て職員と共に調べたというこぼれ話や,不眠は 収まったが登校困難感は持続しているなど, 「そういうこと,あるよね」 という日常の臨床 風景を丁寧に述べられたことに好感を持った。 午後は 「精神鑑定人リスト登録者交流会」 に 参加した。これは実際の鑑定症例をもとに医師 や弁護士が発表し参加者と交流するクローズド の会である。少年の生い立ちや環境を聞き,面 接の逐語録を読みながら少年について何とか理 解しようと努めるのだが,わかりそうでわから ない,何かがつかめそうで次の瞬間消えていく 感覚になる。それは自分が関わった鑑定ケース でも味わった感覚であったことを思い出し,少 年の気持ちと現実に出来るサポートに折り合い をつけることを自分なりに考えた一時間半だっ た。 昼下がり,認定医会議に出席した後は 「子ど もたちの高次脳機能障害」(教育講演 6 :中島 恵子先生)に参加した。成人と違い成長過程に ある子どもならではの特徴が理解できた。印象 に残ったのはスペシャルキーの話しである。ロ ッカーのカギがない!と怒り,鍵を取られた, 鍵穴が変わったなど被害的になる子どもに対し 「じゃあスペシャルキーをあげる。一緒に開け てみようよ」 と鍵を渡し,「開いたね!すごい ね」 と一緒に喜ぶことで,子どもが落ち着いて いったというような内容だった。「新しい鍵」
の動向ばかり気にして夜の東大の迷路のような 通路を歩いたこと,静かで不安で・・。記憶に はそれしか残っておらずデモも何か拍子抜けの ような。帰ってから時計台や過激派の警察との 応酬を TV で見て同じエリヤにいたはずで同 じ目的で集まっても他人事のようで・・」 と語 られた。この話を聞いて,私は 「群衆に居る個 人」 について考えていた十代を思い出し,目の 前にいる子どもたちほど自分について深く考え ていない今の自分を自覚した。安田講堂は,錆 びた自分を動かし考えろ,と自分に語りかけて いる気がした。 末筆になりましたが,本学会総会を担当され た金生由紀子先生や事務局スタッフの皆さま, 並びに学会発表や司会を担当された皆さまの努 力に敬意を表します。また印象記を執筆するに あたり,インタビューに答えてくださった方々 にも感謝申し上げます。