本研究は,社会関係資本と福祉国家の関係を再検討することを目的とする。先行研究では,福祉国 家を社会関係資本の制度的基盤と位置付ける制度中心的仮説と,反対に福祉国家は社会関係資本を衰 退させると考える社会中心的仮説の二つの観点で理解される。対立的に捉えられる両仮説を,社会関 係資本に伴う特定的信頼と一般的信頼という信頼の類型概念から再検討し,次のような両立可能性を 導出した。すなわち,福祉国家は特定的信頼を弱めるが,一般的信頼を高めるという論理であり,そ れを仮説として実証分析を行った。分析結果から,第一に,普遍主義的福祉国家という特徴をもつ北 欧諸国でのみ特定的信頼と一般的信頼の両方が高いこと,第二に,福祉国家を脱商品化指標と家族関 係支出で捉えると,家族関係支出のみが一般的信頼と正の関係にあることが示され,第三に,福祉国 家と特定的信頼との負の関係はみられず,社会中心的仮説に沿った結果は観察されなかった。 キーワード 社会関係資本 福祉国家 社会中心的仮説 制度中心的仮説 信頼
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はじめに
社会関係資本(social capital)は様々な文脈で 扱われてきたが,特に社会関係資本と福祉国家の 関係については,市民社会と福祉国家という古典 的な議論と結びつきながら,長く検討されてきた。 その定義は論者によって異なるが,主として協力 を可能にする社会の規範,信頼やネットワークな どの要素があげられる。社会関係資本は,近年ポ スト福祉国家と緊縮財政の議論を背景に,効率的 な福祉供給の源泉としても着目され,まるで社会 のあらゆる問題を解決する万能薬のように扱われ る。しかし,福祉やケア労働の供給において,社 会関係資本を福祉国家に代わって中心に位置付け ることに問題はないのだろうか。 社会関係資本による福祉国家代替の議論は,例 えばイギリスのデヴィッド・キャメロン元首相が 提唱した「大きな社会(big society)」が代表的 である⑴。この大きな社会構想では,政府と対立的 にコミュニティ例えば社会的企業などを,社会福 祉サービス供給の中心的担い手として位置づけて おり,したがってその福祉供給は,福祉国家でも 営利企業でもない人々の互助の規範やネットワー ク,すなわち社会関係資本を源泉とする福祉供給 と言い換えることができる [Ferragina et al., 2016;永島,2011]。この構想は,財政支出削減 のために福祉国家の機能を縮小し,その分をコミ ュニティの自助や互助に転嫁するものだと危惧さ れた[永島,2011]。そして,このような地域コ ミュニティ内での自助や互助の重視は,今日の日 本の介護領域でもみられる。それは代替の議論で はないが,活用の対象として社会関係資本が位置 づけられている⑵。 投稿論文―2社会関係資本の類型と福祉国家の
寛容性との関係についての検討
北井 万裕子
上記のような代替や活用の議論で最も慎重に検 討しなければならない点は,そもそも福祉国家と 社会関係資本がどのような関係にあるのかという ことである。特に,福祉国家が社会関係資本に対 してどのような効果を持ちうるかは,福祉やケア 労働の供給における社会関係資本の位置付けを考 えるうえで非常に重要である。社会関係資本が存 在可能な条件のなかに福祉国家制度が含まれてい た場合,福祉供給における代替や活用が社会関係 資本そのものを衰退させるかもしれない。 したがって本研究は,社会関係資本と福祉国家 の関係を,福祉国家が社会関係資本に与える影響 という観点から再検討する。先行研究では,福祉 国家が社会関係資本に与える影響について,ネガ ティブだと考える社会中心論と,ポジティブだと 考える制度中心論に分かれる。これら二つの観点 を,先行研究における社会関係資本概念の相違を ふまえて整理し,信頼の類型概念から捉え直す。
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福祉国家と社会関係資本に関する諸
関係
福祉国家と社会関係資本は,多くの先行研究で 理論的にも実証的にも議論されてきた。この関係 を検討する実証研究では,理論的な観点から対立 する二つの仮説を導出し,そのどちらが正しいの かを検証している[Kääriäinen et al., 2006;Fer-ragina, 2017]。その二つの仮説とは,福祉国家が 社会関係資本を衰退させるという社会中心的仮説 (society centered hypothesis)[Wolfe, 1989; Putnam, 1993=2001;Fukuyama, 2001] と, 福 祉国家はむしろ社会関係資本の制度的育成基盤だ とする制度中心的仮説(institution centered hy-pothesis)[Levi, 1996;Kumlin et al., 2005; Trägårdh, 2007b;Rothstein, 2002=2013;2008; 2009]である⑶。 広く社会関係資本が知られるきっかけを生み出 したロバート・パットナムは,社会中心的な論者 の一人である。1993年の『哲学する民主主義』で は,国家が社会関係資本に対して果たす役割をほ とんど検討しておらず,『孤独なボウリング』で も,国家とのポジティブな関係について触れるに 留まり,それ以上の言及はない[Levi, 1996]。 パットナムを含めた社会中心的論者たちが特に重 視するのは,自発的なアソシエーション(volun-tary associations)である[Trägårdh, 2007b]。 またパットナムよりも明確に国家機能の制限を主 張するのは,フランシス・フクヤマである。フク ヤマは,その役割を非常に消極的に教育,財産権 の保護そして公安に限定した[Fukuyama, 2001]。 したがって,社会中心的な観点では,一般的に国 家の役割を拡大すると考えられる福祉国家もネガ ティブに捉えられる。 対して,制度中心的な論者は,福祉国家が社会 関係資本に対してポジティブな効果を持つと主張 する。スウェーデンの社会関係資本を研究するロ ートシュタインら[Rothstein, 2002=2013;2009; Kumlin et al., 2005]は,普遍主義的福祉国家が 不平等を是正し,スティグマを社会的に軽減する ため信頼が形成されやすく,また個々人が任意組 織の活動にも参加しやすいと述べる。 二つの仮説を検証した先行研究は,最終的な結 論として制度中心的仮説を支持している[Kääriäin-en et al., 2006;Ferragina, 2017⑷]。 しかし, 以 上の先行研究には,次のような問題がある。それ は,第一に,論者間で社会関係資本の定義が一致 していないという点,第二に,社会関係資本の類 型を含めて福祉国家との関係を整理していないも しくは不十分であるという点である。これらの問 題は,二つの仮説がそもそも対立しているのかと いう根本的な問いを導く。3
社会関係資本の概念
(1)社会関係資本とは 社会関係資本は,パットナムによる「調整され た諸活動を活発にすることで社会の効率性を改善 できる,信頼,規範,ネットワークといった社会 組織の特徴」という定義が最も浸透している一方 で [Putnam, 1993=2001, 206―207], 論者によっ て多様に議論されその定義は統一されていない。 膨大な数の先行研究にもかかわらず捉えどころがないといった指摘もあるが[Sabatini, 2009⑸],本 研究では Fukuyama[2001]の概念を部分的に 採用し, 拡張することで捉える。 Fukuyama [2001,7]は,社会関係資本を「二人もしくはよ り多くの個人の間の協力を促進する具体化された インフォーマルな規範」と定義し,信頼やネット ワークは,その副産物と位置づける。 協力の達成は,経済効率性だけではなく社会の あらゆる仕組みの効率性を高めるため,社会関係 資本の存在も,協力の達成に伴う効率性を意味す る。フクヤマのいうように,その源泉の一つは規 範である。例えば生まれ育った集団の慣習や社会 の価値観は,人々の行動を制約する。行動の制約 は選好としても現れるが,社会関係資本は,協力 の達成という観点からその制約や選好を捉えてい る。しかし,その源泉を規範に限定し,信頼とネ ットワークをその結果と捉えるのは適切ではない。 なぜなら,より抽象的な次元である規範が,信頼 やネットワークとして実体を得ることで,規範そ れ自体の相対化が可能となるからである。規範の 相対的評価は人々が直面している経済構造および 経済発展に依存し,信頼とネットワークをつうじ て,規範それ自体がそれらに照応してより新しい 規範へと変化することが考えられる。信頼とネッ トワークという実体を得てより明確に評価される ことで,規範も修正されうる。したがって本研究 では,社会関係資本を規範に限定せず,その実体 である信頼とネットワークとの重層的相互依存関 係として捉える。 また,経済構造に照らした相対的評価は,社会 関係資本の性質と効果の相違として,類型の議論 を導出する。本研究は,フクヤマとは異なり,規 範・信頼・ネットワークの相互関係までを社会関 係資本に含めて国家の位置付けは採用しない一方 で,フクヤマと同様に「どのように協力が達成さ れるか」という視点に着目し,次項で展開するフ クヤマの外部性概念を用いる。外部性概念は,信 頼する側の性質という観点と結びつき,社会関係 資本の性質を捉えるのに有効である。 (2)社会関係資本の類型 社会関係資本の類型は,多くの先行研究で,橋 渡し型ネットワーク(bridging network)と結束 型ネットワーク(bonding network)の分類,そ して一般的信頼と特定的信頼という信頼の類型が 共有されている。橋渡し型ネットワークは,外向 きで,様々な社会的亀裂をまたいで人々を包含す るネットワークであり,結束型ネットワークは, 内向きの指向を持って,排他的なアイデンティテ ィと等質な集団を強化するネットワークである [Putnam, 1993=2001;Putnam et al., 2002=2013]。
多くの場合,橋渡し型ネットワークは一般的信頼 と,結束型ネットワークは特定的信頼と対で考え られる。 しかし,特に信頼の類型には注意が必要である。 上記のような信頼とネットワークの対応関係は, 必ずしも正確とはいえない。山岸[1998]は,多 くの信頼の議論が,本来区別すべき観点を混同し て捉え,さらに社会関係資本論者が信頼を扱う際, 実は信頼概念の一部分のみを対象にしていると指 摘する。 山岸[1998]によると,信頼は,信頼性の単な る反映ではなく, 信頼する側の性質と信頼性 (trustworthiness),すなわち信頼される側の性 質という二側面で捉えるべきだという。なぜなら, 実際は相手が信頼に値するかという信頼性だけで なく,同じ信頼性つまり同じ相手でも,全ての人 がその人を信頼するわけではないからである。そ こでは個人間に差が生じ,その差は信頼する側の 特性を反映するものである[山岸,1998]。そし て,フクヤマの概念もまたこの信頼する側という 観点で社会関係資本の性質を論じている。 Fukuyama[2001]は,社会関係資本として協 力する側の性質に着目し,協力を達成する方法か ら,正と負の外部性を生み出すものに区別する。 正の外部性は,規範を共有する所属集団の内部者 と外部者を同様に扱う場合,その潜在的な協力の 可能性が集団の範囲を越えて広がることで生じる。 一方負の外部性は,外部者を犠牲にして協力の範 囲を限定し,内部での結束や協力を強める場合に 発生する。この二つの外部性は,信頼の形態を規 投稿論文 社会関係資本の類型と福祉国家の寛容性との関係についての検討
定する。外部性が正の場合,信頼する側の性質に よって信頼を形成できる範囲は広がるが,負の場 合,信頼は特定の相手とのみの狭い範囲に限定さ れる。 山岸は,この負の外部性に応じて形成される信 頼の中で,制裁の仕組みを背景に,自分を裏切る ような行動をとることが相手自身の利益を損なう と相手も自分もわかっていて自分が相手を信頼す るような場合を安心(assurance)と呼び,社会 関係資本論者が信頼として扱っているのは実のと ころ信頼性で,信頼性の議論はほぼ安心の議論に 対応すると指摘する[山岸,1998]。 社会関係資本の類型をネットワークの形態に基 づき分類するアプローチもあるが,本研究では信 頼する側の性質に着目した特定的信頼と一般的信 頼によって捉える。ただし,山岸の言う安心を, 本研究では特定的信頼の一部として考える。特定 的信頼と一般的信頼の類型を,二つを両端に持つ スペクトル的に考え,特定の対象という限定され た範囲のみを信頼する特定的信頼と,外部者を含 めて信頼をより広く形成しようとする一般的信頼 に分ける。次節以降,この社会関係資本に伴う信 頼の二類型を分析の視座として,社会中心的仮説 と制度中心的仮説の関係性を整理する。
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福祉国家と社会関係資本の類型:信
頼の観点から
(1)社会中心的仮説と制度中心的仮説に関わる 概念の不一致 前節で,社会関係資本概念は論者によってその 位置付けが異なると指摘した。それは,社会中心 的な論者と制度中心的な論者の間でも同様である。 ロートシュタインは,二つの観点の相違を社会関 係資本の創造に関する理解の相違とした。トクヴ ィルのアプローチをとるパットナムが,社会関係 資本の創造可能性を,長期間にわたる歴史的,文 化的な経験に根ざした社会組織の経験によって決 定されると考えるのを批判的に捉え,社会関係資 本が政治的文脈と過去の政治制度や法制度と連関 し,それらに埋め込まれることで繁栄すると述べ た[Rothstein, 2008]。確かに,両者の違いは社 会関係資本を生み出す源泉の違いといえるが,福 祉国家とのポジティブな関係を指摘する論者全員 が制度だけを源泉としているわけではないことか ら,その概念的不一致は,社会関係資本を捉える 範囲によって整理する方が,福祉国家に対する見 解の相違を理解することが容易になると考えられ る。社会中心的論者の関心は,コミュニティや任 意団体といった国家より小さな社会集団における つながりの独自性にあり,家族は社会の基礎的な 単位もしくは基盤として重要な位置を占める。一 方で,制度中心的論者は,そのような社会集団や 活動組織を軽視しているわけではないが,国を社 会の枠組みとして,国民レベルで評価するという 点で異なる。 しかし,福祉国家との関係を考える上で,社会 中心的仮説と制度中心的仮説は対立しているのだ ろうか。福祉国家の機能には,経済的格差の是正 といった機能だけではなく,従来家庭内で行って きた育児や介護の社会化といった働きも含まれる。 その効果として,人々のつながりの背後にある利 害関係の希薄化が考えられる。利害関係は,制約 や依存関係ともいえるが,一方で個別集団のつな がりを維持するあるいは強化するインセンティブ を強く生み出す。よって,福祉国家の機能が拡大 することで,特定の関係は弱体化し,一般性がよ り高まるとも考えられる。以上の論理を信頼の二 類型から再検討すると,福祉国家によって衰退し うるのは特定的信頼であり,福祉国家によって育 成されるのは一般的信頼であると仮定できる。し たがって,二つの仮説は,社会関係資本の異なる 側面から福祉国家の影響を議論していると考えれ ば,対立するのではなく互いに両立可能な論理だ といえる。 (2)福祉国家の類型 社会関係資本と福祉国家の関係を検討する上で, 福祉国家をどのように評価し,その多様性を説明 するかという点を考慮する必要がある。その点で, 福祉国家を脱商品化という概念から理論化し,そ の多様性を脱商品化と階層化に照らして,自由主義的,保守主義的,社会民主主義的という三つの 福祉レジームにクラスター化したエスピン ― アン デルセンの福祉レジームは代表的な類型概念であ る[Esping―Andersen, 1990=2001]。脱商品化と は,個人あるいは家族が労働市場参加の有無にか かわらず社会的に認められた水準で生活をどれだ け維持できるかを意味し,階層化とは,福祉国家 の制度によって社会の階層構造が維持されている かを意味する。北欧諸国は社会民主主義的レジー ムに分類され,国家による普遍主義的な福祉供給 体制を通じて脱商品化の効果が広い範囲に及ぶと 評価されている。このレジームは,あらかじめ家 族が抱え込むコストを社会化し,家族への依存で はなく,個人の自律を最大化するという原理を持 つ[Esping―Andersen, 1990=2001]。 本研究では,福祉国家を評価する指標として第 一に脱商品化概念を採用する。制度中心的論者が 言及する普遍主義的福祉国家の制度的特質には寛 容性があげられるため[秋朝,2014],受給のル ールや条件を考慮する脱商品化指標は,福祉国家 の寛容性指標として適している。 一方で脱商品化指標は,家族への福祉依存,す なわちインフォーマル領域内での福祉供給の社会 化を考慮できない。したがって,家庭の負担を減 らし,親族に対する個人の福祉依存の軽減を意味 する脱家族化 [Esping―Andersen, 1999=2000] をもう一つの評価指標とし,福祉国家の寛容性を 脱商品化と脱家族化の両側面から捉える。ただし, 脱家族化概念に沿って検討するものの,脱家族化 を促す福祉国家の広範な領域を考慮することは困 難であるため,部分的な役割に焦点をあてる。 以上の議論をふまえて,「福祉国家は,特定的 信頼を弱めるが,一般的信頼を高める」という仮 説は次のように言い換えられる。すなわち,脱商 品化と脱家族化をすすめる寛容性の高い福祉国家 では,一般的信頼が高まるが,特定的信頼は弱ま る一方で,脱商品化が低い場合や家族福祉が中心 である場合は,一般的信頼の形成を困難にするが, 特定的信頼は強く維持されると考えられる。次節 では,この仮説を検証する。
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実証分析と考察
(1)実証分析の枠組み ⒜枠組み 本研究では,先行研究 Ferragina[2017]を参 考に,実証分析の枠組みを設計した⑹。分析は,三 つの部分で構成され,第一に,信頼の二類型が実 際のデータから潜在要因として確認できるかどう かを,信頼の二因子モデルとして確認的因子分析 により検証し,第二に,第一の確認的因子分析の 結果に基づく因子得点と,新たに主成分得点を算 出して国際間比較を行った。最後に,算出した因 子得点を用いて,福祉国家と信頼の関係を重回帰 分析で検証した。 ⒝データと変数の説明 データは,第5回世界価値観調査⑺ ,Compara-tive Welfare Entitlements Dataset そして OECD データベースより2005年から2009年のも のを使用した。 第5回世界価値観調査からは,信頼に関する以 下の質問項目を使用した。「あなたは,次にあげ るような人をどの程度信用しますか。完全に信用 する,やや信用する,あまり信用しない,全く信 用しない,のいずれかでお答えください。」とい う質問について,家族,隣人,個人的な知り合い, 初対面の人,自分とは異なる宗教の人,自分とは 異なる国籍の人を対象に回答する⑻。世界価値観調 査は,調査対象国が各回毎に,有効回答数は各回, 各国毎に異なるが,本研究で扱っている対象国⑼の データ規模は1000ほどである。また,回答データ の順序カテゴリーを連続変量とみなして分析した。 Comparative Welfare Entitlements Dataset は,脱商品化指標のデータベースであり福祉国家 を評価する変数として投入した。資格基準,給付 金制度の条件,所得代替の水準等を考慮して脱商 品化を測定している⑽。 OECD データセットからは,家族関係支出の 対 GDP 比(公的部門・外部委託部門を足した総 計)と一人あたり GDP(2017年8月26日時点で の現在の US ドル,ppp 換算データ)を使用した。 投稿論文 社会関係資本の類型と福祉国家の寛容性との関係についての検討家族関係支出は,上記の脱商品化指標には含まれ ていない領域であり,脱家族化を促す福祉国家の 機能を捉える変数として投入した。前述したよう に,脱家族化を包括的に評価することは困難であ るため,出産・子育てに関わる領域に限定した。 家族関係支出では,育児を担う直接の供給主体ま で言及することができず,福祉国家を通じた脱家 族化を考慮する完全な変数とはいえない。しかし, 所得移転は市場でのケアサービス購入を可能にす るので脱家族化の働きがあるといえ [Esping― Andersen, 1999=2000], 国家が財政的に援助す ることを通して家族の負担と経済的依存が軽減さ れる点を考慮できることから,意義があると考え る。 また本研究では,Ferragina[2017]と異なり, 家族関係支出という支出規模も脱商品化指標と同 様の効果を社会関係資本に与えると位置付けてい る⑾。脱商品化指標をみると,受給条件の厳しさと 給付水準の高さを組み合わせていることから,制 度的な寛容性は財政的基盤としての福祉国家と深 く結びついているといえる。また家族関係支出の 場合,OECD データで諸外国の支出内容とその 条件を確認すると支出の大小と給付の寛容性が比 較的対応していると考えられる。例えば,児童手 当を普遍主義的に高水準で給付している北欧諸国 やフランスではその制度的特徴を反映して支出割 合も高いが,支出規模の小さいイタリアやスペイ ンでは,給付対象が低所得者のみといった特徴が ある。支出の大小は,不完全ながらも間接的に, 脱家族化側面における福祉国家の寛容性を表す指 標となりうる。 一人あたり GDP は,社会関係資本と関わる代 表的な変数である経済水準を統制するために加え た⑿。世界価値観調査以外のデータは,Ferragina [2017]に基づき,その期間中のデータを平均化 して使用し,また世界価値観調査はミクロデータ であるので,国ごとの得点に平均値を用いた。 (2)実証分析の結果と考察 第一に,モデルの適合度を表す指標に基づき, 一般的信頼と特定的信頼を潜在因子とする信頼の 二因子モデルが妥当であることが確認された(図 1参照)。図2は,その結果に基づき計算した因 子得点を国ごとに示した散布図である。図2を見 ると,一般的信頼の高低によって大きく二つのグ ループに分かれている。スペインとドイツは,図 の左側に位置する一般的信頼が低い国のグループ に属しているが,特定的信頼は比較的高いといえ る。また,オランダや韓国も特定的信頼をみると, 中位集団に属しており低くはない。一方で,アメ リカは図の右側に位置する一般的信頼が高いグル ープに属しているが,特定的信頼は最も低く,ス ペインやドイツとは対照的である。一般的信頼と 特定的信頼の両方が高い,右端のグループに属し ているのは,ノルウェー,フィンランド,スウェ ーデンの北欧諸国である。この結果からは,制度 中心的仮説に一致する形で,普遍主義的福祉国家 では信頼が高いことが示された。一方で北欧諸国 の結果をふまえると,3節で示した仮説とは異な り,寛容性の高い福祉国家が,特定的信頼を弱め, 一般的信頼を高めるとは必ずしもいえない。例え ばスウェーデンは,一般的信頼が最も高い一方で, 特定的信頼もノルウェー,フィンランドについで 高い位置にある。 次に図3は,同項目に対して主成分分析を行い, 固有値が1を越えた第一,第二主成分の得点を計 算した結果である。主成分分析は,共通部分を因 子として抽出する因子分析とは異なり,情報を集 約して表す指標を構築する。固有ベクトルの結果 から,第一主成分は信頼の総合指標として,第二 主成分は特徴を相対的に表した指標だと解釈でき る⒀。第二主成分は,正であればあるほど,家族, 隣人,個人的な知り合いという内向きの信頼傾向 が強く,負の値であれば,初対面,異宗教,異国 籍の人という外向きの信頼傾向が強いことを意味 する。信頼の総合値では,スウェーデンが最も高 く,ついでノルウェー,フランスが高い。オラン ダは,国際間比較で一般的信頼が低いグループに 属していたが,信頼の傾向でみると,外向きでか つ低いという特殊な例である。スウェーデンは, 横軸で0に近く,信頼の傾向に偏りがみられない。 最後に,信頼と福祉国家の関係を検証した重回
図1 信頼の二因子モデル(確認的因子分析) 個人的な知り 合い 0.98 0.996 0.05 TLI CFI RMSEA モデルの適合度 (N=15,823) 特定的信頼 1 ε1 ε2 ε3 ε4 ε5 ε6 版面 414×569 .89 .85 .63 -.13 .46 -.092 .45 .2 .18 .37 .56 .31 家族 8.5 .18 .27 .57 .65 .49 .88 隣人 4.2 初対面の人3.1 異宗教の人3.6 異国籍の人3.6 一般的信頼 1 5.3 (注) 四角形は実際の観測値を,楕円形は潜在因子を表している。 図2 因子得点の散布図 版面 414×569 Australia Canada Finland France Germany Italy 特定的信頼の因子得点 -.04 -.02 0 .02 .04 South Korea Netherlands Norway Spain Sweden Switzerland Great Britain United States 一般的信頼の因子得点 .2 .1 0 -.1 -.2 図3 主成分得点の散布図 版面 414×569 CanadaFinland France Germany Italy 総合的信頼 -1 -.5 0 .5 1 South Korea Netherlands Norway Spain Sweden Switzerland United Kingdom Australia 信頼の性質の相対的傾向 .4 .2 0 -.2 -.4 United States 投稿論文 社会関係資本の類型と福祉国家の寛容性との関係についての検討
帰分析の結果を表1にまとめた。観測数が少ない ことを留意した上で結果をみると,脱商品化指標 は,全ての項目で有意な結果が示されなかった。 一方で家族関係支出は,一般的信頼と信頼の総合 値との間で正の有意な関係が強く示された。つま り,国家が財政的な出産・子育て支援を積極的に 行っている場合は,一般的信頼も高くなると考え られる。また,統制変数として投入した一人あた り GDP が,一般的信頼と有意水準5%で,信頼 の総合値とは10%で正の関係にあると示されたこ とから,各国の経済水準の高さと信頼の一般性が 強く結びつくといえる。 まとめると,第一に,普遍主義的福祉政策によ って寛容性が高いとされる北欧福祉国家では,一 般的信頼だけではなく特定的信頼も同時に高いこ とが示された。それは,福祉国家と社会関係資本 のポジティブな関係を示唆している。第二に,国 横断的にみると,福祉国家は特に一般的信頼とポ ジティブな関係にあると示されたが,それは脱商 品化指標ではなく家族関係支出とであった。第三 に,寛容な福祉国家による特定的信頼の低下は示 されなかった。したがって,仮説は部分的に検証 されたといえる。 特に第一の点は,北欧諸国の特殊性として言及 され,先行研究の理論的,経験的な主張と一致す る。 例えば Trägårdh ら [2007b;Berggren, et al., 2011]は,スウェーデンでは福祉国家が個人 を家族や教会に関わる不平等と依存から解放し, 自律した個人間の平等とそれに基づく真の友愛を 形成可能にしたと述べる。これは,個人の自律を 可能にする普遍主義的福祉国家の制度が,特定的 信頼と一般的信頼の同時性に関連することを示唆 する。しかしこの特定的信頼は,特定領域の親密 性と温かみはそのままにより柔軟化した質的相違 を伴うものだと考えられる。すなわち,特定的信 頼から一般的信頼への移行ではなく,特定的信頼 の質的変化に伴う一般的信頼との両立である。ス ペクトラム的な信頼の類型概念を基礎に,信頼の 二因子モデルを用いて分析したことで,各国の信 頼の特質を明確化し,さらには北欧諸国の特殊性 を把握することができた。その上で,特定的信頼 の変容という新たな次元と,その変容が個人単位 制度といった福祉国家の制度的特徴とどのように 関わるのかについては,さらなる検討が必要であ る。
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おわりに
本研究は,社会関係資本と福祉国家の関係を類 型概念から再検討した。先行研究では対立的に捉 表1 信頼と福祉国家に関する回帰分析の結果 ⑴ ⑵ ⑶ 特定的信頼 一般的信頼 信頼の総合値 家族関係支出 0.00568 0.0992*** 0.566*** 対 GDP 比 (0.00588) (0.0303) (0.167) 脱商品化指標 (0.000768)0.000976 (0.00396)―0.00316 (0.0218)―0.0137 一人あたり ―8.17e―09 8.84e―06** 4.74e―05*GDP (7.55e―07) (3.90e―06) (2.14e―05)
定数 ―0.0414 ―0.435** ―2.507** (0.0280) (0.145) (0.795) N 14 14 14 R―squared 0.351 0.640 0.659 (注) ( )は,標準誤差。 ***p<0.01,**p<0.05,*p<0.1
えられていた社会中心的仮説と制度中心的仮説が, 一般的信頼と特定的信頼という社会関係資本の類 型を用いて再考すると,次のような両立可能性が あることを仮説として提示した。すなわち,福祉 国家は特定的信頼を弱めるが(社会中心的仮説), 一般的信頼を高める(制度中心的仮説)という関 係性である。検証の結果,その仮説は部分的に支 持されたが両立関係は示されなかった。 また,仮説の導出に至る論理として福祉国家が 社会関係資本に与える影響として整理したが,本 来両者は相互依存的な関係にあり,本研究の分析 では因果関係を完全に限定できたとはいえない。 したがって,因果関係に関する厳密な分析は課題 として残されている。しかし,本研究の結果もま た福祉国家と社会関係資本のポジティブな関係を 支持している。さらに,信頼の二類型を導入して 福祉国家の機能を分析することで,福祉国家の 様々な機能のなかでも,出産・子育てに関わる領 域が一般的信頼とポジティブな関係にあることが わかった。この結果は,脱商品化指標と家族関係 支出で捉えられる福祉国家の側面が異なり,その 側面によって社会関係資本に対する効果が多様で ある可能性を示している。加えて,支出規模が統 計的に有意であったことから,先行研究とは異な り支出内容を限定すると支出規模も部分的には社 会関係資本と正の関係にあることを示した。 しかし前述したように,家族関係支出は,脱家 族化指標としては不完全であり,支出の大小を直 接的に脱家族化の高低と解釈できるわけではない。 例えばフランスの場合,育児と労働の両立支援政 策を講じる一方で,手厚い家族給付などの政策を 通して,女性が育児を担うインセンティブを与え る制度を設計している[高橋,2012]。したがっ て,具体的な制度のあり方,さらに,老親の介護 や公教育なども含めたより包括的な分析に今後取 り組む必要がある。 最後に本研究は,福祉国家と社会関係資本とい う多様で複雑にからみあった因果関係の一部に焦 点をあてて議論したため,その他の関係性につい ては今後さらに検討する必要があるといえるが, 本研究で示された福祉国家と社会関係資本のポジ ティブな関係は,福祉国家から切り離された社会 関係資本の活用,例えば財政的支援のないコミュ ニティ内での福祉供給が,社会関係資本そのもの, 特に一般的信頼を衰退させる危険性があることを 暗示している。 [謝辞] 本研究は,JSPS 科研費 JP16J06689 の助成を 受けたものである。 注 ⑴ 「大きな社会の構築」は,2010年から2015年の保 守党と自由民主党の連合政権下で発表された政府政 策案である。(2010年5月18日, Building the big society, https://www.gov.uk/government/publi-cations/building-the-big-society, 2018年1月18日) ⑵ 厚生労働省が実施する地域づくりによる介護予防 推進支援モデル事業の平成26年度第2回合同会議資 料では,社会関係資本の醸成と活用が述べられてい る。(2015年3月5日,平成26年度地域づくりによ る介護予防推進支援モデル事業第2回都道府県介護 予防担当者・アドバイザー合同会議, http: // www. mhlw. go. jp/stf/shingi2/0000077261. html, 2018年1月18日) ⑶ ここでの制度は,国の制度を意味する。Ostrom et al.[2009]は,ダグラス・ノースのゲームのル ールという制度概念を用いて,制度を信頼性,ネッ トワークとともに社会関係資本の構成要素とするが, 制度中心論とは区別される。 ⑷ 厳密にいうと Ferragina[2017]は,福祉国家の 支出規模と寛容性を区別し,社会関係資本は,寛容 性と正の強い相関がある一方で,支出規模とは負の 関係にあることを示した。したがって,福祉国家の 支出規模に関しては,社会中心的仮説が支持される と述べた。その一方で,制度中心的仮説は福祉国家 の支出規模ではなく寛容性で表すことが適しており, 社会関係資本と支出規模の間にある負の関係よりも 寛容性との正の関係がより強いことから制度中心的 仮説を支持した[Ferragina, 2017]。 ⑸ このほかに,社会関係資本を文化資本と経済資本 に関連づけて,「制度化された相互認知関係と相互 承認関係からなる永続的ネットワークが所有する実 在もしくは潜在的な資源の集約」とするピエール・ ブルデューの定義や[Bourdieu, 1986, 248],その 理解を共有するナン・リンの社会的ネットワークに 埋 め 込 ま れ た 資 本 と い う 定 義 も あ る [L i n , 2001=2008]。 投稿論文 社会関係資本の類型と福祉国家の寛容性との関係についての検討
⑹ Ferragina[2017]は,構造方程式モデルの MIMIC モデルを採用し,観測数11に対して同時推定を行っ たが,本研究の観測数は先行研究を上回るものの同 時推定に十分な観測数ではないと考え,因子分析と 重回帰分析に分けて実行した。 ⑺ 最新の世界価値観調査は,第6回(2010―2014) であり日本のデータも含まれるが,本研究の主たる 関心は,福祉国家と社会関係資本の関係にあったた め,複数のデータセットを結合させた場合により国 数が多くなる第5回調査を使用した。 ⑻ 英語の原文は,以下のような質問である。本文中 の日本語訳は世界価値観調査のウェブサイトに記載 されている訳を用いた。 Could you tell me for each whether you trust people from this group completely, somewhat, not very much or not at all ? family, your neighborhood, people you know personally, people you meet for the first time, people of another religion, people of anoth-er nationality ⑼ 対象国は,オーストラリア,カナダ,フィンラン ド,フランス,ドイツ,イタリア,韓国,オランダ, ノルウェー,スイス,スペイン,スウェーデン,イ ギリス,アメリカの14カ国である。 ⑽ 詳細については,Scruggs[2014]を参照。 ⑾ Ferragina[2017]は,総社会保障支出の対 GDP 比と,脱商品化指標に沿って支出内容を年金,失業, 疾病に限定した社会保障支出対 GDP 比の二つの支 出規模について分析した。本稿では,社会関係資本 の二類型と総社会保障支出,個別領域について単回 帰分析を行ったが,脱商品化指標と家族関係支出対 GDP 比を除いて有意な共変動関係がみられなかっ たので,観測数を考慮し,重回帰分析には投入しな かった。 ⑿ その他の関連する変数(ジニ係数・労働参加率・ 経済成長率2000―2004/2005―2009)についても単回 帰,重回帰分析を実行したが有意ではなかったので, 一人あたり GDP のみを投入した。 ⒀ 第一主成分と第二主成分の固有ベクトルは,表2 を参照。 引用文献 秋朝礼恵,2014,「スウェーデン・モデルに関する一 考察」『地域政策研究』17(2):87―103。
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