『
占
察
善
悪
業
報
經
』と
智
顕
の
懺
法
遠
藤
純
一
郎
は
じ
め
に
『占察 善惡 業報經』と智 顳 の懺法 仏 教 で は 一般
に 占 筮 の 類 い を 禁 じ て い る が 、 『 占察
善
惡業
報 經 』 ( 以 下 「占
察
經 』 ) は 過去
世 の 善 悪 業 を占
察
に よ り知
る こ と を奨
励
し た特
異 な 経 典 で あ る 。 そ こ で は 、 木 輪 と呼
ば れ る サ イ コ ロ の よう
な も の を 投 げ て 占 い をす
る の で あ る が 、 こ の よう
な事
例 は ま ず 他 の 経 に 見 ら れ る こ と は な い だ ろう
。 『占
察
經
』 は 上 下 二巻
よ り な り、 こ の特
異 な 占察
に 関 す る 記 述 は 専 ら 上 巻 に 限 ら れ て い る 。 こ の 実 践 的 側 面 で あ る 上 巻 に 対 し て 、 下巻
は 教 理 篇 と で も呼
ぶ べ き 内容
に な っ て い る 。 そ こ で は 大 乗 に 進 趣 す る た め の 方 便 と し て 「 一 実境
界
に 依 止 し て 信 解 を修
し 、 信解
力
が 増長
す る こ と に 因 る が故
に 速 疾 に菩
薩種
性 に 入 る 」 こ と が 目 指 さ れ 、 そ の 一実
境 界 を 基底
と す る 心 識 説 が 展 開 さ れ て い る 。 こ の コ 實境
界
」 と い う 用 語 は直
接
、 『 大乘
起 信論
』 ( 以 下 『 起 信 論 』 ) の 中 に 見 ら れ る こ と は な い も の の 、 『 占 察經
』 下 巻 で披
見 さ れ る 思想
は 『 起 信論
』 の 提 唱 す る如
来 蔵 思想
を敷
延 し た も の で あ る こ と が 容易
に 看 取 さ れ よ う 。 こ れ ま で 『 占 察 經 』 に 関 す る論
究
は 専 ら 、 類 似 点 を有
す る と さ れ る 『 起 信論
』 と の 関 連 に 於 て な さ れ る 機 会 が多
NII-Electronic Library Service 智 山学 報第四十 九輯 く 、
興
味 の 対象
は 下巻
に 限 定 さ れ て い た よ う に 思 わ れ る 。 そ の た め 、 『占
察
經 』 上 巻 に 示 さ れ る 実 践 的 信 仰 面 に つ い て は 、 あ ま り他
の 思 想 と の 関 連 は 求 め ら れ る こ と が 無 か っ た よ う で あ る 。 そ こ で 本 論 で は 、 『 占 察經
』 の 流 行 と 時代
を ほ ぼ 同 じ く す る 智 顎 の 懺法
と 、 『占
察
經 』 上 巻 に 示 さ れ る 懺 悔 法 の 比 較 を 試 み よ う と 思 う 。 「 占察
經 』 に 於 て 懺 悔 は 占察
の 結 果 を受
け て な さ れ る も の で あ る た め 、 そ の 意 味 で は 実 践 面 に 於 て 重 要 な 位 置 を 占 め 、 そ れ に 関 す る 記 述 も経
典 の 規 模 か ら 見 れ ば 比 較 的 詳 細 に 書 か れ て お り 、 智顕
の体
系 的 に整
備 さ れ た懺
法 と対
照 す る こ と は 有 用 で あ ろ う 。N工工一Electronlc Llbrary Servlce
比
較
の方
法
『占
察
經 』 と 智 顎 の 懺法
を 比較
す る に 際 し て 、 『占
察
經 』 の 懺悔
に 関 す る 記 述 、 つ ま り 大 正 蔵経
で 言 う と 八 三 九 ・ 九 〇 三 c か ら 九 〇 四b
ま で に 示 さ れ る各
場 面 に 対 し て 対 応箇
所 を 求 め 、 両 者 が 如何
に 類 似 し、 且 つ 相 違 す る か を 見 て い く こ と に す る 。 こ の 比較
作業
に 於 て は 、 智 頻 の 懺 法 類 の 中 で も 主 に 『 法 華 三昧
懺 儀 』 を 用 い 、 適 宜 『方
等 三昧
行
法 』 『 摩 訶 止 觀 』等
に つ い ても
参
照 す る こ と に し た い 。 一96
一『占察善悪業報經』 と智 顎 の懺法 一
道
場
の
準
備
占察
善 惡業
報
經 法 華 三 昧 懺 儀 當 住 靜 處 随 カ 所 能荘
嚴
一室
内 置 佛事
及安
經
法 懸 繪 當 於 閑 靜處
。 嚴 治 一 室 以爲
道 場 。 別安
自 坐處
。令
與
幡 蓋 道 場 有 隔 。 於 道 場 中 敷 好高
座 。 安 置法
華
經 一部
。亦
未 必 須安
形
像 舎 利并
餘 經典
。 唯 置法
華
經 。 安 施旙
蓋 種種
供 養具
。 (大
正 四 六 ・ 一 九 四 一 ・ 九 五 〇 上 ) 道 場 の準
備 に 関 し て 『 占 察 經 』 で は 、 静 処 に 住 す る こ と ・ 一 室 を 荘嚴
す る こ と ・ 仏事
、経
法 を 安 置 す る こ と ・ 繪幡
蓋 を懸
け る こ と を 挙 げ て お り 、 『法
華 三昧
懺
儀
』 で も 同 様 に 以 上 の 四 つ の点
を 指 摘 し て い る 。 た だ 、 『 法華
三昧
懺儀
』 は 智 顕 が 『 觀普
賢
菩薩
行 法 經 』 ( 以 下 『 普 賢觀
經 」 ) に 基 づ き 撰 述 し た も の で あ る が 、 そ の経
も 含 め て並
び に そ れ ら の根
本
と し て 位 置 づ け ら れ て い る も の は 『法
華
經 』 で あ る こ と か ら 、 『占
察 經 』 で 特段
、経
の 題 目 に つ い て指
定 が な い も の の 、 『法
華 三昧
懴
儀 』 で は 安 置 す べ き は 『法
華 經 』 の み で も宜
し い と し て い る 点 が大
き く 異 な る 。 ま た 『法
華 三 昧 懺儀
』 で は 道 場 と す べ き 一室
と 別 に 自 坐 処 、 つ ま り 止観
を 行 じ る た め の 空 間 を 別 に 設 け る べ き こ と が こ こ で 規定
さ れ て い る の で あ る が 、 『 占 察 經 』 で は特
に そ の よう
な 記 述 は こ こ に 見 ら れ な い 。 し か し 、 こ れ と は 別 の 箇 所 に て 「 如 是 發 廻 向 願 已 。 復往
鹸靜
室 端 坐 」 ( − ) と 述 べ て お れ ば 、 廻向
の 願 文 を読
む 場 所 、 つ ま り こ こ で荘
厳
さ れ た 一 室 に 於 て そ れ は な さ れ る も の であ
る と す る な ら 、 そ れ と は 別 の 「靜
室 」 に行
く べ き と さ れ お り 、 『占
察
經 』NII-Electronic Library Service 智山学報第四 十九輯 に 於 て も 同
様
に 、 止 観 を 行 じ る た め の 空 間 を 別 に 設 け る こ と が 規定
さ れ て い る と 見 る こ と が で き る 。二
供
養
・礼
法
一98
一 N工工一Electronlc Llbrary佛
事
。 次 復 総禮
十 方 三 世所
有 諸佛
。 又當
擬 心 遍 禮 十 方 一 切法
藏
。次
當
擬 心 遍 禮 十 方 一 切賢
聖 。 然後
更
別 稱名
。禮
我 地 藏菩
薩摩
訶
薩 。 一 心 敬 禮 十 方常
住 法 ( 大 正 四 六 ・ 一 心 敬 禮 十 方常
住 僧 ( 大 正 四 六 ・ 一 九 四 一 ・ 九 五 〇中
) 一 九 四 一 ・ 九 五 〇 中 ) 『占察善惡 業報經 』と智 顕 の懺 法 こ こ で は供
養
し 敬礼
す
る 法 に つ い て 明 か し て い る 。 両 者共
に 、 三 宝 へ の 供 養 は 華 や 香 を 用 い る こ と を 述 べ 、 そ の 際 に身
体 や 衣服
が 清潔
で あ る べ き で あ る と し て い る 。 『 法華
三 昧 懺 儀 』 で は 「 日夜
六時
」 に懺
悔
法 が行
じ ら れ る べ き で あ る と さ れ て い る が、 『占
察
經 』 で は 「 査 日 分在
此室
内 三 時 」 と あ り 、 日 中 の 三 時 に な さ れ る べ き で あ る と し て い る 。 し か し 同 時 に 別 の 箇 所 で は 「 次 至 夜 分時
。若
有燈
燭 光 明事
者
。 亦應
三 時 恭 敬 供養
悔 過 發願
。 」 〔 2 ) と 述 べ て い る こ と か ら 、 『 占 察 經 』 も 『 法 華 三昧
懺
儀 』 と 同 様 に 「 日 夜 六時
」 に な さ れ る べ き だ と し て い る と考
え ら れ る 。 両者
と も 三 宝 に 対 す る敬
礼 は 十 方 一 切 の 三 宝 が想
定
さ れ て い る 。 『占
察 經 』 で は = 心 敬 禮 過 去 七 佛 及 五 十 三佛
。 次 随 十方
面 一 一歸
擬 心 。 遍 禮 一 切 諸 佛 所有
色身
舎
利 形 像浮
圖廟
塔 一 切佛
事
。 」 と し て 、 更 に 「 次 復 総 禮 十 方 三 世 所有
諸 佛 。 」 と し て お れ ば 、後
半 で 総 じ て 十 方 三 世 の諸
仏
に 礼 す る の に 対 し て 、 前半
で は各
各 個別
的 に 礼 す べ き で あ る こ と が 予 想 さ れ る 。 こ の こ と は 『法
華 三 昧懺
儀
』 の 中 の 「第
三 明 行 者 修 三業
供養
法 」 に は 見 ら れ な い が 、 「 第 六禮
佛 方法
」 で は 】 心 敬 禮本
師
釋 迦牟
尼
佛
NII-Electronic Library Service 智山学報 第四 十 九 輯 一 心 敬
禮
過 去多
寶 佛 一 心敬
禮
十 方 分 身 釋 迦 牟 尼 佛 一 心 敬禮
東
方 善 徳 佛 盡 東方
法 界 一 切諸
佛 一 心 敬禮
東
南 方 無 憂 徳 佛 盡東
南 方法
界
一 切 諸 佛 一 心敬
禮
南 方 栴 檀 徳 佛 盡 南 方 法 界 一切
諸 佛 一 心敬
禮
西 南 方 寶 施 佛 盡 西 南 方法
界 一 切 諸 佛 一 心敬
禮 西 方無
量 明 佛 盡 西 方 法 界 一切
諸 佛 一 心敬
禮
西 北 方 華 徳 佛 盡 西 北 方法
界 → 切 諸 佛 一 心敬
禮
北 方 相 徳 佛 盡 北方
法 界 一 切諸
佛 一 心敬
禮
東 北 方 三 乘 行 佛 盡 東 北方
法
界
一 切 諸 佛 一 心敬
禮
上 方 明 徳 佛 盡 上方
法 界 一 切諸
佛 一 心敬
禮
下 方 明 徳 佛 盡 下方
法 界 一 切 諸 佛 一 心敬
禮
往古
來 今 三 世 諸佛
。 七佛
世尊
。 賢劫
千佛
一 心敬
禮
法 華 經 中 過 去 二 萬 億 日 月 燈 明 佛 。 大 通智
勝
佛 。 十 六 王 子 佛 燈 一 切 過 去 諸 佛 一 心敬
禮
法 華 經 中 現 在 淨華
宿 王智
佛
。 寶威
徳 上 王 佛 燈 一 切 現在
諸 佛 一 心敬
禮
法 華 經 中 未 來 華 光 佛 。 具 足 千 萬 光 明 佛燈
一 切未
來 諸 佛 一 心敬
禮
十 方 世 界 舎 利尊
像 支 提妙
塔
。多
寶
如 來 全身
寶塔
一 心敬
禮
大乘
妙 法 蓮 華 經 。 十 方 一 切尊
經 。 十 二部
眞 淨法
寶 一 心敬
禮
文殊
師 利 菩 薩 彌 勒 菩 薩摩
訶 薩 100 N工工一Electronlc Llbrary「占察 善惡 業報 經』 と智 頻 の懺 法 】 心
敬
禮
藥 王菩
薩
。 藥 上 菩 薩 摩 訶 薩 一 心敬
禮
觀 世音
菩
薩
。 無 盡意
菩薩
摩 訶薩
一 心敬
禮 妙 音菩
薩
。 華徳
菩
薩 摩 訶 薩 一 心 敬 禮 常 精進
菩
薩 。得
大 勢 菩薩
摩 訶薩
一 心 敬 禮 大 樂説
菩
薩 。智
積 菩 薩 摩 訶 薩 一 心 敬 禮 宿 王華
菩
薩 。持
地 菩 薩 。 勇 施菩
薩
摩 訶 薩 】 心 敬 禮 法華
經
中 下方
上 行塔
無
邊 阿 僧祇
菩
薩摩
訶薩
一 心 敬 禮 法華
經
中舎
利 弗 塔 一 切 諸 大 聲聞
衆 一 心 敬 禮 十方
一 切 諸尊
大 權菩
薩
。 及 聲聞
縁 覺得
道賢
聖 僧 】 心敬
禮
普 賢 菩薩
摩
訶 薩 ( 3 ) と いう
よ う に 、 『法
華
經 』 に 登場
す る 仏尊
に対
し て 個 別 に礼
し て い る 。 「 第 三 明行
者修
三 業 供養
法
」 も 「第
六禮
佛 方法
」 も 共 に 三 宝 に 対す
る敬
礼 を な す こ と な の で あ る が 、 後者
の 場 合 は行
者
が尊
格 を 道 場 に 奉 請 し て後
に行
わ れ る も の で あ り 、 そ の 点 に 於 て 両 者 は 相違
す る 。 一方
、 『 占察
經 」 で は こ の奉
請
を な す こ と に つ い て は 全 く 規 定 さ れ て い な い 。 し か し 『占
察 經 』 で言
う
「舎
利 形 像 浮 圖廟
塔 一 切 佛事
」 は 『法
華 經 』 中 の そ れ ら の 事 物 を意
図 し て い る も の で は な い も の の 、 「第
六禮
佛 方法
」中
の 「舎
利
尊
像
支 提 妙塔
多
寶如
來 全 身寶
塔
」 ( ↓ と 類 似 し た表
現 が 用 い ら れ て い る点
は 興 味 深 い 。 『 法 華 三昧
懺
儀 』 は 『法
華 經 』 を根
本
に 置 い て い る た め、 礼 仏等
の 際 に 『法
華
經 』 に 登 場 す る尊
格
を 用 い る の で あ る が 、 『 占 察 經 』 で は経
の 教 主 が 地蔵
菩
薩
で あ る た め 、 最 後 に 地蔵
菩薩
に 対 し て 特 別 に 敬 礼 す べ き こ と を挙
げ て い る 。NII-Electronic Library Service 智山学 報第四十 九輯
三
罪
過
の
発
露
(懺
悔
) 占察
善 惡 業報
經
法
華
三昧
懺
儀 如 是禮
已 應當
説 所作
罪 一 心 仰 告 一 心 一 意 。 爲 一 切衆
生行
懺
悔
法 。 生 重 慚 愧 。 發 露 無 唯 願 十 方 諸大
慈 尊 證 知 護 念 。我
今
懺 悔 不 復更
造 。 願 量劫
來 及 至 此 生 。與
一 切 衆 生 。 ⊥ ハ根
所 造 。 一 切 惡斷
我 及 一 切衆
生 。 速 得 除 滅無
量劫
來 十 惡 四 重 五 逆 顛 相 續 心 。 從 於 今 時 乃 至 盡 未 來 際 。終
不更
造 一 切 惡 倒 謗毀
三 寶 闡 提 罪 。 業 。 所 以 者 何 。 業性
雖 空 果報
不 失 。 智 空 之 人 尚 不作
復 應 思 惟 如 是 罪 性 。 但 從 虚 妄顛
倒
心 起 無 有定
實
。 而 善 。 况 復作
罪 。若
造 悪 不 止 。 悉是
顛
倒
因 縁 。 則 受妄
可 得者
本 唯 空 寂 願 我 及 一 切衆
生 。 速 達 心本
永
滅 罪 果 。 是 故行
者 以 知 空 故 生大
慚愧
燒香
散
華 發 露 懺 悔 。 根 。 ( 大 正 四 六二
九 四 一 ・ 九 五 二 中 ) 102N工工一Electronlc Llbrary Servlce
『 占 察
經
』 で は 行 者 の 誦 す べ き 願 文 と い う 体 裁 の元
で 、罪
過 の 発 露 を な す べ き こ と を 述 べ て い る 。 こ れ に 対 応 す る で あ ろ う 箇 所 を 『 法華
三昧
懺 儀 』 に 求 め る と 、 「 第 七 明 懺悔
六根
及 勸請
随 喜 廻向
發
願 方法
」 の 冒 頭 に そ れ が見
い だ さ れ る 。 両者
は 共 に 、 罪 の 本 性 が 空 で あ る こ と 、 ま た 懺悔
を契
… 機 に 過 去 の 罪 業 を精
算 し 、 且 つ 今 後 も 罪 業 を な す こ と は な い と す る こ と を 挙げ
て い る 。 し か し こ れ ら の 点 は 特 段 、 従 来 の説
か ら み て特
異 な 主張
で は な い の で あ る が 、 こ こ で 言 わ れ る 懺 悔 は 、 い わ ゆ る 行者
の 個 人 的 な 罪 の告
白
に と ど ま る も の で は な く 、 一 切衆
生 と 共 に懺
悔 を な す と いう
点 は特
徴
と さ れ る べ き で あ り 、 こ の 点 に 於 て も 両 者 が 共 通 し て 述 べ て い る こ と に つ い て は 特 に 注 目 す べ き で あ ろ う 。『占察善悪業報經』と智 頻 の懺法
四
勧
請
・随
喜
・廻
向
占
察
善 悪 業 報 經 法華
三 昧 懺儀
次 應復
發勸
請
之 願 。 願 令 十 方 一 切 菩薩
未 成 正 覺者
。 我 比 丘某
甲 至 心勸
請 十 方 法 界無
量佛
。 唯 願 久 住 轉 願 速成
正 覺 。 若 已 成 正 覺者
。 願 常住
在 世 轉 正 法 輪 不 法輪
。 含 靈 抱 識 還 本淨
。 然後
如 來 歸 常 住 。 入 涅槃
。 ( 大 正 四 六 ・ 一 九 四 一 ・ 九 五 三 上 ) 次 當復
發随
喜
之 願 。 願 我 及 一 切 衆 生 。畢
竟 永 捨 嫉妬
我 比 丘某
甲 至 心 随喜
。 諸 佛 菩 薩諸
功 徳 。 凡 夫靜
亂 有 之 心 。於
三 世 中 一 切刹
士 。 所有
修
學 一 切 功 徳 。 及 成 相善
。漏
與 無 漏 一 切 業 。 比 丘 某 甲 咸 随喜
。 就 者悉
皆
随
喜 。 ( 大 正 四 六 ⊥ 九 四 一 ・ 九 五 三 上 ) 次 當復
發
廻
向 之 願 。 願 我 所修
一 切功
徳 。 資益
】 切 諸我
比 丘 某 甲 至 心 廻向
。 三業
所
修
一 切 善 。供
養 恒 沙 衆 生等
。 同 趣 佛智
至 涅槃
城 。佛
。 虚 空 法 界盡
未
來 願 廻 此 福求
佛 道 。 (大
正 四 六 ・ 一 九 四丁
九 五 三 上 )『 占
察
經 』 は 先 の 罪過
の 発 露 に 続 い て 、 勧 請 ・ 随喜
・ 廻向
へ と 進 む 。 こ れ に 対 応す
る 『 法 華 三昧
懺儀
』 の 箇 所 も 先 に示
し た 「第
七 明 懺悔
六根
及 勸 請 随喜
廻 向 發願
方
法
」 と い う 表 題 か ら知
ら れ る よう
に 、 『 占察
經 』 と 同様
の 展 開 が な さ れ て い る 。但
し 『 法 華 三昧
懺
儀 』 で は 最 後 に 「 發 願 方 法 」 が 述 べ ら れ て い る が 、 こ の 項 目 は 『占
察
經 』 に 見 ら れ な い 。 そ の 「 發 願方
法 」 で は我
比 丘某
甲 至 心 發 願 。願
命
終時
神 不亂
。 正 念 直往
安 養 。 而奉
彌 陀 値 衆 聖 。 修 行 十 地 勝常
樂 ( 5 )NII-Electronic Library Service 智 山学報第四十 九輯 と 述 べ て お り 、 一
種
の 浄 土 思 想 が そ こ に 示 さ れ て い る 。 『 占 察 經 』 に も こ の よう
な 浄 土 思想
は 混 入 し て い る が 、 そ れ は 遠 く 下 巻 の 中 で 次 の よ う に 示 さ れ て い る 。若
人 雖 學如
是 信 解 。而
善
根 業 薄 未 能 進 趣 。 諸 惡 煩 惱 不 得 漸伏
。 其 心 疑 怯畏
堕 三 惡 道 生 八 難 處 。 畏 不常
値
佛 菩薩
等 。 不 得 供 養 聽受
正法
。 畏菩
提信
難 可 成 就 。有
如 此疑
怖
及 種種
障 礙等
者 。應
於
一 切 時 一 切處
。 常 勤 誦 念 我 之 名 宇 。 若 得 一 心善
根
増 長其
意 猛 利 。 當 觀 我 法 身 及 一 切諸
佛法
身
。 與 己自
身
體 性平
等 。 無 二 無 別 不 生 不 滅 。 常 楽 我 淨 功 徳 圓 滿 。 是 可 歸 依 。 又 復 觀察
己 身 心 相無
常 苦無
我
不 淨 如 幻 如化
。 是 可厭
離
。 若能
修學
如
是 觀者
。 速 得 増 長 淨 信 之 心 。 所 有 諸 障漸
潮 損減
。 何 以故
。 此 人 名 爲學
習 聞 我名
者 。 亦能
學
習 聞 十 方諸
佛名
者
。 名 爲 學 至 心 禮 拝 供 養我
者 。亦
能
學
至 心 禮拝
供 養 十 方諸
佛
者 。 名爲
學
聞 大 乘深
經者
。名
爲
學
執 持 書 寫供
養 恭敬
大
乘 深 經 者 。 名爲
學
受
持
讀
誦大
乘
深 經者
。 名 爲 學 遠 離 邪 見 於 深 正義
中 不 堕 謗 者 。名
爲 於 究竟
甚
深 第 一 實義
中
學
信 解 者 。 名 爲 能 除 諸 罪障
者 。 名 爲當
得
無 量功
徳 聚者
。 此 人 捨 身終
不 堕 悪 道 八 難 之處
。 還聞
正 法 習 信修
行
。 亦能
随
願往
生 他 方 淨 佛 國 土 。 ( 6 ) こ の よ う に 浄 土往
生 を 願 楽す
べ き で あ る こ と は 、 必 ず し も あ ら ゆ る 行 者 を 対象
に し た 言 な の で は な い 。 こ れ は 、 そ こ で 言 わ れ て い る よう
に 「信
解 を 学 ぼ う に も 善 根業
が 薄 く 進 趣す
る こ と の で き な い 人 」 の 場 合 を 述 べ て い る の で あ り、 こ の こ と は復
次
修 學 如 上 信 解者
。 人有
二 種 。 何等
爲 二 。 一 者 利根
。 二 者 鈍 根 。 其 利根
者 。 先 已 能 知 一 切 外 諸境
界
唯 心所
作
虚誑
不實
如 夢 如 幻等
。決
定
無 有 疑 慮 。 陰 蓋 軽 微散
亂 心少
。如
是 等 人 。即
應 學 習 眞 如實
觀 。 其 鈍根
者 。 先未
能
知
一 切 外 諸 境 界悉
唯 是 心 虚 誑 不實
故 。 染 著 情 厚 蓋 障 數 起 心 難 調 伏 。應
當
先 學 唯 心 識 觀 。 〔 ヱ とす
る箇
所 の 直 後 に 述 べ ら れ て い る の で あ る 。 つ ま り 、 信解
を 修 学 す る 者 に利
根 と 鈍 根 が有
る が 、 こ の 浄 土 を 指 向 す べ き 人 は 「 信 解 を 学 ぼう
に も 進 趣 す る こ と の で き な い 人 」 で あ り 、 そ の 鈍 根 の 人 よ り も 更 に 下品
の 者 と さ れ て104
N工工一Electronlc Llbrary『占察善 惡業報 經』と智 頻 の懺 法 い る わ け で あ る 。 『 起 信 論 』 で も 、 復
次
衆 生 初 學是
法
欲求
正 信其
心 怯 弱 以 住於
此 娑婆
世 界自
畏 不能
常 値 諸佛
親 承 供養
懼
謂
信 心難
可 成 就 意 欲 退者
當
知 如 來 有 勝方
便
攝護
信心
謂
以 專意
念 佛 因 縁 随 願得
生他
方 佛 土 常 見 於佛
永 離 悪道
如
修
多 羅説
若
人 專 念 西方
極
樂 世 界 阿 彌 陀佛
所
修善
根 迴向
願 求 生彼
世 界 即 得往
生 常 見 佛 故終
無 有 退若
觀 彼 佛 真如
法
身 常勤
修
習
畢 竟 得 生住
正定
故
( 8 ) と 述 べ 、 止 観 に 進 趣 し え な い 者 の方
便 と し て 浄 土 往 生 を 示 し て お り 、 『 占 察 經 』 の 場合
と 同 様 の位
置 づ け が な さ れ て い る 。 ま た 浄 土往
生 を 達 成す
べ き 方 策 に つ い て も ほ ぼ 「 地 蔵 菩薩
」 介在
の存
否 に つ い て 相 違 す る の み で 、 『 占 察 經 』 に於
け る 浄 土 思 想 は 『起
信 論 』 に極
め て 親 し い 内容
に な っ て い る 。 さ て 、 内 容 面 で の 相違
に つ い て 注 目 す る な ら 、 お よ そ大
き く 次 の 二 点 を 指 摘 す る こ と が で き る 。 先 ず は 第 ] に 、勧
請
の 句 に於
て 『 法華
三 昧 懺 儀 』 で 「 唯 願 久 住 轉法
輪 。 含 靈 抱 識 還本
淨
。 然 後 如 來 歸 常 住 。 」 と 述 べ 「如
来
が 久 しく
転
法 輪 に 住 し た後
に 、 ふ た た び常
住 に 帰 す る 」 と し て い る の に 対 し 、 『 占 察經
』 で は 「 願 常住
在
世 轉 正法
輪 不 入 涅槃
。 」 と 述 べ て い る よう
に 「 常 に転
法 輪 に住
し て 涅 槃 に 入 る こ と が な い 」 こ と を 願 っ て い る の で あ り 、 こ こ で は 再 び 「常
住 に帰
す る 」 と い う こ と を考
え て い な い点
で あ る 。 『 法 華 三昧
懺 儀 』 の 場 合 、 そ こ で 言 わ れ る 懺悔
法 の 中 に は 「 奉請
」 と い う 項 目 が 組 み 込 ま れ て い る 。 こ の 「 奉 請 」 と は 三 宝 に 道 場 へ 来 到 し て も らう
た め の 作法
で あ り 、 そ の 呼 び寄
せ た 三 宝 に 対 し て 行者
は 懺 悔 を な す べ き で あ る と さ れ て い る 。 こ の よう
に 、 懺悔
を 成 立 さ せ る た め に常
住 か ら 三 宝 を特
別 に呼
び 出 す こ と が 要 請 さ れ て い る と す る と 、 懺 悔 行 の 一 連 の行
法
が 終 了 す れ ば 、 再 び 三 宝 に 還寂
す る こ と が 想 定 さ れ て 然 る べ き で あ ろ う と考
え ら れ る の で あ る 。 こ の観
点 か ら勧
請
の句
の 「 如 來歸
常
住 」 の 意 味 は 求 め ら れ よう
。 一方
、 『 占察
經
』 に は こ の 「 奉請
」 と いう
作 法 が 無 く 、専
ら 不 住 涅槃
を 願 っ て い る 。 こ の こ と は 恐 ら く 、 『 占 察 經 』NII-Electronic Library Service 智 山学報 第四十 九輯 の
教
主 で あ る 地 蔵 菩薩
の 性 格 に由
来
す る も の で あ ろ う と 予 想 さ れ る 。 『大
方 廣 十 輪 經 』 で は 地 蔵 菩薩
に つ い て 次 の よう
に 述 べ て い る 。 爾 時 世尊
。告
淨
有 帝 釋 言 。 如 是 如 是 。汝
今 諦 聽 。吾
當 説 之 。 是 地 藏菩
薩摩
訶 薩 。 於 無 量 阿 僧 祇劫
。爲
五 濁 悪 世 成 熟 衆 生故
而 來 至 此 與 八十
頻
婆
那 由 他 百 千 億 等 大 菩 薩 倶 。 悉爲
禮 拜 供 養 恭敬
故 。 欲 見 大 衆集
會
故
。欲
聽大
衆
起 随喜
故 。 す ) こ こ で は 、 地 蔵 菩薩
が 無 量 阿 僧 祇劫
も の 間 に 五濁
悪 世 の 衆 生 を 成 熟 さ せ よう
と し て い る こ と を 明 か し て い る が、 こ れ が 「 地 蔵 菩 薩 が無
仏 匿 界 、 つ ま り釈
尊 滅後
か ら 彌勒
の 下 生 に 至 る 問 の救
済
者 で あ る 」 と 言 わ れ る根
拠
と な っ て い る 。 つ ま り 『 占察
經
』 の 立 場 で は 、 地蔵
菩
薩 に 再 び 常 住 に 帰 ら れ た ら 困 る わ け で あ る 。 こ の 意 味 か ら勧
請 の 願 文 で 「 正 法輪
を 転 じ て 涅槃
に 入 ら な い よう
に 願う
」 と し て い る の だ と考
え ら れ る 。第
二 に 、 『 占 察 經 』 で は = 切 衆 生 と 倶 に 」 と い う 視 点 が 強 調 さ れ て い る点
で あ る 。 「法
華
三 昧 懺 儀 』 で も 懺 悔 の 場 面 で 自 ら 罪 過 の み な らず
一 切衆
生 の そ れ に 対 し て も 配 慮 が な さ れ て い る わ け で あ る が 、 こ の勧
請 ・随
喜
・ 廻 向 に 際 し て は 、 「 比 丘 某 甲 」 の 視点
に 終始
し て い る 。 そ れ に 対 し て 『占
察 經 』 が 自 ら と 衆 生 と い う 視 点 を常
に 用 意 し て い る こ と は 、手
本 と な る 教 主 、 地蔵
菩
薩 の誓
願 と 無 関 係 で は な か ろう
。 106N工工一Electronlc Llbrary Servlce
五
行
道
法
占 察善
悪 業報
經 如 是 發 廻向
願 已 。 復 往餘
靜 室端
坐 一 心 。 若 稱 誦念
我 之 名 號 。當
減省
睡 眠 若悟
蓋多
者 。 應於
道 場 室 中 旋遶
誦念
。南
無
十 方法
。 南 無 十 方僧
。 南 無 釋 迦牟
尼佛
。 南無
多
寶
佛 。 南 無 釋 迦 牟 尼 分身
佛 。南
無
妙 法 蓮 華 經 。 南無
文殊
師 利菩
薩 。 南 無普
賢
菩 薩 。 (大
正 四 六 ⊥ 九 四 一 ・ 九 五 三 中 〜 下 ) 應 當 心 心存
念 五 欲 世事
。 生 邪念
心 。 及與
外 人 言 語論
議 。 放 逸 眠 臥 戲 笑 視 色聽
聲
。 ( 大 正 四 六・ 一 九 四 一 ・ 九 五 四 中 )我
比 丘 某 甲 至 心 廻 向 。 三業
所
修
一 切善
。 供養
恒
沙
佛
。 虚 空 法 界 盡 未 來 願 廻 此 福 求 佛 道 。 ( 大 正 四 六 二 九 四 一 ・ 九 五 三 上 ) 『占察 善惡業報 經』と智 顕 の 懺 法 『法
華
三 昧 懺 儀 』 で は 称名
行
道
を す る 旨 が 説 か れ て い る が 、 そ の際
に 誦 念 さ れ る も の は 三 宝 で あり
、 ま た 別 し て 釈 迦 牟 尼 仏 ・多
宝 仏 ・ 釈 迦牟
尼 分身
仏 ・ 妙 法 蓮 華 経 ・文
殊
師
利 菩薩
・ 普賢
菩
薩 が挙
げ ら れ て い る の に 対 し 、 『 占察
經 』 で は 専 ら 地 蔵菩
薩 の名
を 称 え る の み と さ れ て い る 。 そ の 行道
に つ い て見
る と 、 『法
華
三 昧懺
儀 』 が称
名 と行
道 と を 完 全 に 組 み 合 わ せ 、 同 時 に行
わ れ る も の で あ る と し て称
名 行道
を言
う
の み で あ る が 、 『占
察 經 』 で は称
名 と称
名 行 道 の 二 種類
を 用 意 し て い る 。 『 占 察 經 』 は称
名
の 際 に は 「復
往
餘 靜 室 」 と言
い 、 称 名行
道
に つ い て は 「 應 於道
場
室
中 旋 遶 」 と 述 べ 、 そ れ ぞ れ行
じ る 場 所 が 異 な る と し て い る 。 先 に述
べ た よう
に 、 両 者 と も 道 場 と 静 室 の 二 つ の部
屋 を 別 々 に し つ ら え る こ と を 指 示 し て い る が 、 こ の 二 つ の 部 屋 の 役割
は異
な り、 道 場 が 動的
な 行法
を行
じ る場
で あ る の に対
し て 、 静室
は 止観
等 の静
的 な 行 法 を 行 じ る 場 とNII-Electronic Library Service 智 山学 報第四 十 九輯 さ れ る 。 つ ま り 「 端 坐 一 心 」 と い
う
表 現 か ら も 窺 え る よ う に 、 称名
に は 止 観 的 な位
置 づ け が な さ れ、 そ こ で は第
一義
的 な も の と し て 扱 わ れ て い る の で あ る が 、 称名
行
道 は 睡 魔 を 除 く た め の方
便
と し て 示 さ れ て お り 、 『 法華
三 味懺
儀 』 に 於 け る 称名
行 道 と こ の点
に 於 て 大 き く 相 違 す る 。 但 し 『 方等
三 昧行
法
』 を 見 る と 「 若對
治 睡 眠 可 加 行 。 行 若散
動
可 加 坐爲
對 治 也 」 〔 即 . と し て お れ ば 、 智顕
も ま た 睡魔
を 除 く た め の 方 便 と し て行
道 を 用 い る と も 考 え て い た よ う で あ る 。 し か し こ の 場 合 、 行 と 坐 と で は 完 全 に 相 対 的 な 関 係 に あ り、 両 者 は等
価
値
な も の で あ る と し て 規 定 さ れ て い る の で あ り 、 こ れ と 同様
の 関 係 が 『占
察 經 』 で も 想 定 さ れ て い た か は 本文
よ り読
み 込 む こ と は で き な い 。 た だ 、称
名
と 称名
行 道 と の枠
組 み だ け で考
え る な ら 、 や は り称
名 行 道 に方
便 的 な 色彩
が濃
厚 で あ る こ と を 認 め ざ る を得
な い の で あ る 。N工工一Electronlc Llbrary Servlce
六
懺
悔
行
成
満
の期
日
占 察 善 悪 業 報 經法
華 三 味 懺 儀 人 宿 世遠
有善
基 。 暫 時 遇 惡 因 縁 而造
惡法
。 罪 障 輕 行 者若
能如
是 。 於 三 七 日 一 心 精 進 。 修 三昧
時於
三 七 其 心 猛 利 意力
強
者 。 經 七 日 後 。 即 得 清 淨 除諸
障 日 。 中 間或
滿 三 七 日 。 已 有 三種
行
者
證 相 不 同 。 。 如 是 衆 生等
業
有 厚 薄 。 諸 根利
鈍 差 別 無 量 。或
經 ( 大 正 四 六 ・ 一 九 四 一 ・ 九 五 四 下 ) 七 日 後而
得
清
淨
。 或 經 三 七 日 。 乃 至或
經 七 七 日後
得
清 淨 。若
過 去 現 在倶
有 増 上 種種
重 罪 者 。 或經
百 而 得 清淨
。或
經 二 百 日 。 乃 至或
經 千 日而
得
清
淨 。 極 鈍 根 罪 障最
重 者 。但
當 能 發勇
猛 乏 心 不 顧惜
身
『占察善 惡業 報經 』と智 顕 の懺 法
命
想 。常
勤 稱 念 晝 夜 旋 遶 。 減 省 睡 眠 禮 懺 發 願 。 楽 修 供養
不 懈 不 廃 。 乃至
失 命 要 不休
退 。如
是 精 進 。於
千
日 必獲
清 淨 。 『 法華
三 昧 懺 儀 』 で は 懺 悔 行成
満
に つ い て 三 七 日 、 つ ま り 二 十 } 日 間 を 一 定 の 期 日 と し て 定 め て い る 。 そ れ に 対 し 『 占 察 經 』 は こ の こ と に 閧 し て 、大
き く 三 つ の 異 な る期
日 を 分 類 し て い る 。 一 つ に は 、 罪 障 が軽
く 修 行 に対
す る 意 欲 が 強 い者
は 七 日 を期
日 と し て成
満
す る 。 二 つ に は 、 そ れ よ り劣
る 者 は 二 七 日 ∴ 二 七 日 か ら 七 七 日 の 問 を期
日 と し て 成 満 す る 。 三 つ に は 、 増 上 な る種
々 の 罪業
が 過去
現 在 に わ た っ て 有 る者
は 、 百 日 か ら 千 日 を 期 日 と し て 成 満 す る 。 こ の よう
な 分 類 を なす
と 同 時 に、 文末
に 「 於 千 日 必獲
清 淨 」 と 言 っ て お れ ば 、 業 の 厚 薄 や 根 の利
鈍 に より
様
々 に 成 満 の期
日 は 差 別 さ れ る も の の 、少
な く と も 千 日 を 上 限 と し て 期 日 を 設 定 し て い る と 見 る こ と が で き る 。 智 顎 も 『 方等
三 昧 行法
』 で は 『法
華 三 昧 懺儀
』 と 異 な る懺
悔
行
成 満 の 期 日 を 示 し て い る 。 問 。第
一 巻 末 。 上首
七 日 要心
通於
七 衆 。 十 悪 五逆
並得
消 除 。何
故 第 四 巻 初 。 乃各
別行
法 。 日有
延
促
。 誦 呪 亦 別 。答
文
殊 大悲
重 請 世尊
。佛
去 世 後 。若
有 比 丘犯
於
四 重 。 比 丘 尼 犯 八重
乃 至菩
薩 戒 。 又 沙 彌沙
彌尼
。優
婆
塞 優婆
夷犯
重禁
者 。 如 是等
罪 當 云何
滅 。佛
言 。 因問
故
我 今當
説
。 汝若
不 問 我終
不 説 。 今 既 明 懺法
各
異
。 日 數 不 同 。故
知
上 首 七 日 要 心 。 不 可令
犯 重 過者
。修
行 此實
法
也 。 何 以故
。 現 生 初 犯 業 障 尤 重 。若
不 加 其功
行
。 滅 罪 無由
。是
以 世 尊 哀 愍 。文
殊
致 問 。濁
惡 世 救 於 七衆
地 獄 衰惱
。 故 立 別 相 懺悔
。 〔 、 ) こ の 一文
に続
け て そ こ で は 「 別 相懺
悔 」 と し て 、 八十
七 日 ・ 九 十 七 日 ・ 六十
七 日 ・ 四 十 七 日 を 期 日 と す る懺
悔
が示
さ れ 九 十 七 日 が 上 限 と さ れ て い る が 、 こ れ ら は 行 者 の罪
業
の 深 さ に より
区 分 さ れ て い る の で は な く 、 戒 の種
類 のNII-Electronic Library Service 智
Ill
学報 第四 十 九輯 相 違 に由
来
す る も の で あ る と さ れ て い る 。 但 し 「 上 首 は 七 日 に 要 心 し て 通 じ て 七衆
・ 十 悪 ・ 五 逆 を 並 び に 消 除す
る こ と が で き る 」 と す る 考 え は 「 占察
經 』 の場
合 と 同 様 で あ る 。 『 梵 網 經 』 で も 「 若 一 七 日 二 三 七 日 乃 至 一 年要
得 見好
相 」 〔 陀 と言
い 、 『占
察
經 』 の 示 す 一 つ 目 の 七 日 の 期 日 と 二 つ 目 の 二 七 日 と 三 七 日 の 期 日 に つ い て は 共 通 す る も の の 、 上 限 は 一年
と さ れ て お り、 千 日 に 遠 く 及 ば な い 。 こ の懺
悔
行 成 満 の結
果 と し て 得 ら れ る 清 浄 の 獲 得 如 何 を 判定
す る 方 策 と し て 、 『占
察
經 』 は 以 上 の 一 文 に 続 け て善
男
子
。 若 欲知
得 清淨
相者
。 從 始修
行
遇 七 日 後 。 應當
日 日於
晨
朝 旦 。 以 第 二 輪相
其
安
手 中 頻 三 擲 之 。若
身
口 意皆
純
善 者 。 名 得清
淨 。 〔 且 と 述 べ 、第
二 輪 相 を 用 い る べ き こ と を 明 か し て い る 。 つ ま り 、 一 種 の サ イ コ ロ占
い に よ っ て判
定 が 可 能 で あ る と し て お れ ば 、 一定
の確
率 に よ り そ の 「 身 口 意皆
純 善 」 と いう
結
果 を得
る こ と が で き る 。 こ の 第 二輪
相 に つ い て は當
復
刻 木 爲 三 輪 。 以 身 ロ意
各
主 一 輪 書 字 記 之 。 又於
輪 正 中 一 面 書 一 畫 。令
麁 長使
徹
畔 。 次 第 二 面 書 一 畫 。令
細
短
使
不 至 畔 。 次 第 三 面 作 、 傍 刻 如 畫 令 其 麁 深 。 次 第 四面
亦 作 傍 刻 令使
細 浅 。當
知 善 業 荘 嚴猶
如
畫飾
悪業
衰
害
猶 如 損 刻 。 其 畫 長 大 者 。 顯 示 積善
來
久行
業 猛 利 所 作 増 上 。其
畫 細 短 者 。 顯 示積
善 來 近始
習 墓 鈍 所 作微
薄
。其
刻麁
深 者 。 顯 示 習 惡 來久
所 作 増 上 饑 殃 。 亦厚
其刻
細 浅 者 。 顕 示 退 善 來 近 始 習 悪法
所
作
之 業 耒 至 増 上 。 或 雖 起 重 惡 已 曾 改 悔 。 此 謂 小 悪 。 箪 と言
わ れ る よう
に 、 身 口 意 の 三 業 に そ れ ぞ れ 対 応 す る木
輪各
々 の 四 面各
面 に 増 上 善 ・ 微薄
善
・ 増 上 悪 ・微
薄
悪 の 四 つ を 配 置 し、 そ の 三 つ の木
輪 を 投 げ 放 つ こ と に よ り 占う
と さ れ て い る 。 こ の 場 合 、 確 率 か ら 言 う と 、 第 二 輪 相 で は 各 輪1
/2
の確
率 で 善 相 を 示 し 、 な れ ば 全 輪 で善
相 を 示 す確
率
は ー /8
と い う こ と に な る 。 ま た 増 上 善 に 限 っ て 考 え て み て も、 そ の確
率 は ー /64
で あ る 。 こ の 一 様 の確
か ら し さ と いう
観 点 か ら懺
悔 行 成満
の期
日 を考
え る と す る と 、 上 限 は 七 十 一 日 で あ り 、 二 つ 目 に 示 し た 七 七 日 の 問 に 限 っ て 見 て も、約
7
割
程 度 の確
立 で 成満
す る わ け で あ り 、 110 N工工一Electronlc Llbrary『占察善悪業報經 』と智 顕 の懺 法
多
く と も 三 つ 目 に 示 し た百
日 の 期 日 で 十 分 で あ れ ば 、 確率
の 上 か ら す る と 千 日 の 期 日 を 必ず
し も 要 さ な い こ と に な る 。 こ の よ う に 、 他 の 経論
に も 見 ら れ な い よう
な 千 日 と い う 長大
な 期 日 は 、 如 何 な る 意 図 に 基 づ き 設 定 さ れ た の で あ ろう
か 。 『 高 僧 傳 」第
二曇
無 讖伝
に 興 味 深 い記
述 が あ る 。 有張
掖
沙 門 道 進 。 欲 從 讖 受 菩薩
戒 。讖
云 。 且 悔 過 乃 竭 誠 七 日 七 夜 。 至第
八 日詣
讖
求受
。 讖 忽 大 怒 。 進更
思 惟 。 但 是 我業
障 未 消 耳 。 乃 戮 力 三 年 。 且 禪 且懺
。 進 即 於 定 中 見 釋 迦文
佛
與 諸 大 士 授 己 戒 法 。其
夕 同 止 十餘
人 。 皆 感 夢 如 進 所 見 。 進欲
詣 讖 説 之 。未
及 至 數 十歩
讖驚
起 唱言
。 善 哉善
哉
。 已 感 戒矣
。 ハ 膰 ) こ れ は 智 顎 の 『 菩薩
戒 義 疏 』 〔 め v に も 引 用 さ れ て い る 記事
で あ る が 、 そ こ で は道
進 な る 沙 門 が 曇 無 讖 に受
戒 を 求 め て お り 、彼
は受
戒 に先
立 ち 、 最初
に 懺悔
行
を行
じ る べ き こ と が 指 示 さ れ る 。 そ の 期 日 に つ い て は 、 道 進 は 七 日 間 を 目安
に 行 っ た わ け で あ る が 、結
局 の と こ ろ 三 年 、 つ ま り 約 千 百 日 も の 月 日 を 費 や す こ と に な っ て い る 。 『 占 察 經 』 の 言う
千
日 の 期 日 は 、 或 い は 極 め て 長 期 に わ た る行
法 で あ る と の 修 辞 的 表 現 で あ る よう
に も 思 わ れ る 。 し か し、何
故
に そ の た め の表
現 と し て 千 日 と いう
期
間
が 選 ば れ た の か と考
え
る な ら 、 以 上 の よう
な 某 か の 記 述 、 或 い は伝
聞 に 基 づ い て い る の で は な か ろう
か 。 『高
僧
傳 』第
二 曇 無 讖伝
に 示 さ れ て い る 事 例 は 中 国 仏 教 史 上 初 の自
誓
受 で あ り 、 こ の こ と は智
顕 に も 引 用 さ れ て い る よう
に極
め て 有 名 な 出 来事
で あ れ ば 、 『 占 察 經 』 の偽
作 者 が そ れ を参
照 し た 可 能性
を 認 め る こ と が で き よう
。NII-Electronic Library Service 智山学報第四十 九輯
七
善
相
の顕
現
『 占察
經 』 と 『法
華 三 昧 懺儀
』 の 両 者 は 何 れ も 懺 悔行
成 満 後 の 証 相 の 不 同 を 認 め て い る 。 但 し 、 『 占察
經 』 の み が そ の 証 相 が 不 同 で あ る こ と の根
拠
を 示 し 、 『 法 華 三 昧 懺 儀 』 に は そ れ が 見 ら れ な い 。 し か し智
顕
は 『 方 等 三昧
行法
』 に て善
有
二 種 。 一 者 散善
。 二 者 定 善 。 若 散 善者
。多
是行
人過
去 今 生 習報
兩 業 。若
行 人於
行
道 及 坐 中 見 解 釋 戒 律 篇112
N工工一Electronlc Llbrary『占察善悪 業 報經』 と智 顕 の懺 法 聚 輕 重 。 即 是 過 去 習
報
業 現 。 【 中 略 】若
定
善 相 現 者 。 或 是行
者 過 去 今 造 坐 禪 懺 悔 。 【 中 略 】 此 二 甘 露 門 。 能破
下 地衆
生 利 使 覺 觀 心 病 。 鈍使
貪
欲 心 病 。 既 除 三昧
現 前 慧 解 開 發 。 此 是 三 藏 中 世 間 出 世 間定
善 。 習報
兩 業 相 現 。 若 行者
過 去今
生 曾 學 菩 薩 藏 。 今 因懺
悔故
。 世 間 出 世 間定
慧 善業
皆 現 。 ( ロ ) と 述 べ て お り 、直
ち に 証 相 不 同 と いう
こ と に 関連
づ け ら れ て い な い も の の 、 ほ ぼ 同様
の こ と が 考 え ら れ て い る と言
え よう
。 そ れ で も 両者
の 相 違 点 と し て は 、 『 占 察經
』 で善
夢
に つ い て 旦 ハ体
的 に 述 べ て い る 点 が 挙 げ ら れ よ う 。 こ の 善 夢 の 内容
は 直接
『 法華
三 昧懺
儀 』 中 に 見 ら れ な い も の の 、 そ れ が 依 拠 し て い る 『 普賢
觀 經 」 で は 、 時 十 方 佛各
伸右
手 摩 行者
頭
作 如 是言
。 善 哉善
哉
善 男子
。 汝 誦 讀大
乘 經故
。 十 方諸
佛
説
懺 悔法
。 【 中 略 】 時 諸 世尊
。 以大
悲光
明 。 爲 於 行 者 説 無 相法
。 ( 田 ) と 述 べ て おり
、 お お よ そ 同 様 の 事 柄 が 見 受 け ら れ る 。 た だ し 『普
賢觀
經
』 に於
け る 摩 頂 と 放光
は 夢 中 に 於 て で は な く 、 現 に 経験
さ れ る も の で あ る と さ れ て い る 。八
善
相
の
真
偽
三 種 正相
得 即 生等
NII-Electronic Library Service 智 山学報 第四 十 九輯 若 人 曾 有 出 世 善 基 攝 心 猛 利 者 。 我 於
爾
時 随 所 應 度 而 爲 現身
放 大 慈光
。 令 彼安
隠 離 諸 疑怖
。或
示 神 通 種 種 變 化 。 或 復令
彼
自 憶 宿命
所
逕 之事
所 作 善 惡 。或
復 随其
所楽
爲 説種
種 深 要 之 法 。 彼 人 即 時 於 所向
乘
得 決 定信
。或
漸 證 獲 沙 門 道 果 。 復次
彼
諸 衆 生 。若
雖 未 能 見 我化
身
轉
變 説 法 。但
當
學
至 心 使 身 口 意得
清 淨 相 已 。 我 亦護
念 令 彼 衆 生速
得
消 滅 種 種障
礙 。 天 魔 波 旬 不 來 破 壞 。 乃 至 九 十 五種
外
道 邪師
。 一 切 鬼神
亦 不 來 亂 。 所 有 五 蓋 展轉
輕
徴 。 堪能
修
習 諸 禪 智 慧 心 。( 大 正 四 六 ・ 一 九 四 一 ・ 九 五 五 中 ) 是 故 行 者
若
欲 得 此大
功
徳 利 者 。 應 當 三 七 日 中 。 一 心 精 進修
前 方 法 。若
三 七 目 不 得當
復 加功
。 勿 得 懈息
。 若 得障
道 罪漸
滅 。 而 三 昧 諸 深法
門 未 現 在前
。 欲常
行 三 昧 。未
必 悉依
上 十 法 。 但 取 安 樂行
品 中 所 説 之意
。 一 身修
習 即自
得
六 根清
淨
。 見 十 方 佛 獲普
現 色見
。 開 佛 知 見 入 菩薩
位 也 。 ( 大 正 四 六 ・ 一 九 四 一 ・ 九 五 五 中 )こ こ で は 両 者 共 に、 「 善 相 の 顕 現 」 に 引 き 続 き、 虚 偽 の 善 相 が 有 る
旨
を 説 示 し て い る 。 『 法 華 三昧
懺 儀 』 の 場 合 、 こ の 虚 偽 の善
相 は 魔事
の 相 似 で あ る と 明 確 に 規 定 し て い る が 、 『 占察
經 』 で は 「 虚 妄 誑 惑詐
偽 」 と 述 べ る に と ど ま り 、 そ れ が 何 に 由 来 す べ き も の か 明確
で は な い 。 た だ し 下 文 の 「 若 雖 耒 能 見 我 化身
轉
變
説
法 。 但 當 學 至 心使
身
口 意 得 清淨
相 巳 。 我 亦 護念
令
彼 衆 生速
得
消
滅 種種
障
礙 。 天 魔 波 旬 不 來破
壞 。 乃 至 九 十 五 種外
道
邪
師 。 一 切 鬼 神 亦 不 來亂
。 」 とす
る 箇 所 に 注 目 す る と 、魔
の 障 害 の 排 除 は 三 業 の清
浄 を契
機 に 地 蔵 菩 薩 の 護 念 と 相 俟 っ て 達 成 さ れ る べ き こ と が 示 さ れ て い る 。 こ こ で 虚 偽 の 善 相 が 起 こ りう
る 状 況 と し て 「 若 人 未 得 三業
善 相 」 と 述 べ ら れ て お れ ば 、 つ ま り そ れ は 同 時 に 「 魔 の 障 害 が 排 除 さ れ て い な い 」 状態
に あ る わ け で 、 虚 偽 の善
相 は 魔 に よ る 「 誑 惑 」 で あ ろう
こ と が 十 分 に 予 想 さ れ る の で あ る 。両 者 の 差 異 と し て は 、 『
法
華 三昧
懺
儀 』 が善
相 ( 証 相 ) の 顕現
を 偏 に 三 七 日 の 修 行 の結
果 と し て 捉 え て い る の に 対 114 N工工一Electronlc Llbraryし、 「
占
察
經
』 は 「若
人曾
有 出 世善
基 攝 心 猛 利者
」 と 述 べ て い る よう
に 、 単 に 懺 悔 行 の結
果 と し て善
相
の 顕 現 が有
る と は せ ず 、 過 去 に 於 け る 出 世 の善
基 ( 善根
) に由
る も の で あ る と し て い る 。 こ の 「 若 人 曾 有 出 世善
基 攝 心 猛 利 者 」 は 、 先 の 「善
相 の 顕 現 」 の 項 で見
た 「 如 是 未 來 諸 衆 生等
能
修 行懺
悔
者 。 從 先 過 去久
遠 以 來 。 於佛
法 中各
曾 習善
。 随 其所
修 何 等 功 徳 。 業有
厚
薄種
種 別異
。 是 故 彼等
得 清 淨時
相亦
不 同 。 」 と す る 箇 所 と 無 関係
で は な く、 『占
察
經 」 で は 常 に 過 去 の 善 悪 業 の 問 題 を強
烈 に 意 識 し て い る と 言 え る 。 こ の観
点 か ら す る な ら、 『 法華
三眛
懺儀
』 と の 差 違 は 、 「 過去
の 善 悪 業 を 占察
す る 」 と い う 『占
察
經 』 に 独 自 な 性 格 に由
来
す る も の と し て 捉 え る こ と が でき
よう
。比
較
の
結
果
『占察善 悪業報經 』と智 顕 の懴 法 以 上 の 比較
作業
に よ り、 『 占察
經
』 の懺
悔 法 と 智 顕 の 懺 法 と は酷
似 し た 内容
を有
す る こ と が 確 認 さ れ る 。 勿 論 、 そ の 共 通点
の 中 に も 両 者 そ れ ぞ れ の 立 場 の 相 違 に 由 来 す る 細 か な 相 違 点 は 存在
す る 。 し か し 、 そ れ ら の 相 違 点 を ふ ま え て も 、 両者
は懺
悔法
に 関 し て極
め て 類 似 し た 内 容 を有
す
る も の だ と 言 え る はず
で あ る 。 そ し て 、 こ の こ と は単
な る 偶 然 の所
産 と す べ き で は な く 、両
者 の緊
密 な 関 係 を 示唆
し て い る と考
え る べ き で あ る 。 『占
察
經
』と
『法
華
三
昧
懺
儀
』 の前
後
関
係
に
つ い て 『 占察
經 』 は お よ そ570
年
か ら590
年 の 間 の 成 立 で あ る こ と が 既 に 推 測 さ れ て お り 、智
頻
の 『 法華
三 味 懺 儀 」 は 宋 ・ 遵 式 の勘
定
元 本 序 に よ れ ば568
年
か ら575
年
の 間 で の撰
述 で あ る と 知 ら れ る の であ
る が 、 こ の こ と か ら だ け で は 何 れ が 先 行 し た 典籍
で あ る か あ ま り 判然
と し な い 。NII-Electronic Library Service 智 山学報 第四十 九輯 福 原 隆
善
氏 は 論 文 『 五悔
に つ い て 四 ) に 於 て 「智
顕 以前
に 五 悔 を 説 く経
論 と み ら れ る も の に 『占
察 経 』 『菩
薩 五 法 懺悔
文 』 等 が有
る 。 『 占 察 経 』 は隋
代 に 至 っ て菩
提 燈 が 訳 出 し た と いう
こ と で あ る の で 、 こ れ も 智 顕 が参
考
に し た か どう
か 疑 問 で あ る が 、 懺 悔 ・勧
請
・ 随喜
・ 廻 向 ・発
願 の 五 法 が 、 五 悔 と いう
こ と ば で表
現 さ れ な い ま で も 、 整 備 さ れ た 形 で 述 べ ら れ る の は 注 目 さ れ る 。 【 中 略 】智
頻 は 竜 樹 を 中 心 に こ れ ら の 諸 経論
に よ り な が ら、 と く に 湛然
の 言 う よう
に 『 占察
経 』 を 参 考 に 五 悔 思 想 を形
成 し て い つ た の で あ ろ う 。 」 と 述 べ 、 一 定 の 疑 問 を 呈 し な が ら も 、 『占
察
經 』 を 智顕
の 懺 法 に先
行 す る も の と し て 取 り扱
っ て い る 。 『 占 察 經 』 は 経 の 下巻
の 内 容 か ら し て 、 思想
的 に 『 起 信 論 』 を 援 用 し て 構築
さ れ て い る と 見 る べ き で あ る が 、 そ の 五 悔 と いう
こ と に つ い て も 『 起 信 論 』 修行
信 心 分 に 「 書 夜 六 時 禮 拝 諸 佛 。誠
心懺
悔 勸 請 随喜
迴向
菩 提 。 當 不休
。 」 と あ り、 『占
察
經 』 と 同様
に 「 發 願 」 を 欠 い た 形 で 五 悔 の 行ず
べ き こ と が示
さ れ て い る 。 一方
、 智 頻 の 懺法
に 於 け る 五 悔 の 出 自 に つ い て 見 る と 、 福 原 氏 は 「 『占
察
経
』 を参
考
に 五 悔 思 想 を 形 成 し て い つ た 」 と し て い る が 、 ま た 同時
に 「 と く に 竜 樹 の 立場
か ら い え ば 『 十 住 毘 婆 沙 論 』 を参
考
に編
成 し た 可能
性 は 強 い 。 『摩
訶 止觀
』 所説
の 五悔
の 第 一懺
悔法
は 逆 順 の 十 心 を知
つ て 実 相 に繋
縁 す る 行 だ と い つ て い る が 、 こ れ は 『 十 住毘
婆 沙 論 』 の 懺悔
に 関 す る 叙 述 に よ つ て い る し 、 廻 向 の 項 目 に も 本 書 を 引 い て い る 。 」 と 述 べ 、 「法
華 三昧
懺 儀 』 の 五 悔 は 『 十 住 毘婆
沙 論 』 に 基 づ く と す る 視 点 を用
意 し て い る 。筆
者
は む し ろ 、 氏 の後
者 の 視 点 が 重 要 で あ る よ う に考
え て い る 。 「 十住
毘 婆 沙論
』 の 当該
箇 所 を 見 る と 問 日 。 但 憶 念 阿 彌 陀等
諸 佛 及 念 餘 菩薩
得 阿惟
越 致 。 更 有餘
方 便耶
。 答 日 。 求 阿 惟 越致
地 者 。 非但
憶
念 稱 名 禮敬
而 已 。 復 應於
諸 佛 所懺
悔 勸 請 随喜
廻向
。 ( 讐 と あ り 、確
か に 氏 が 「 た だ 竜 樹 の 場合
は 、 四 悔 と い う 一 つ の組
織 形 態 を も つ た も の で は な く 、 ま た 四 悔 の 言葉
も 見 当 た ら な い 。 そ し て こ の 四法
も 憶 念 ・ 称 名 ・ 礼敬
と と も に 不 退 を 獲 得 す る た め の実
践 と し て 説 か れ て い て 、 『法
華
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N工工一Electronlc Llbrary『占察 善悪業報經 』と智 顕の 懺 法 三 昧 懺 儀 』 な ど の 五 悔 の 形