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兼 村 智 也

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タイ 日系自動車部品市場における系列外 メーカーの 受注可能性にかかる考察

1

兼 村 智 也

A Study on the Possibility for non-Keiretsu Suppliers to Capture

the Market for Japanese Automobile Parts in Thailand

Tomoya Kanemura This article investigates how automobile part suppliers capture the demand of automobile produc- tion which has been increasing recently in Thailand.

Japanese automobile manufacturers account for 90 of the automobile industry in Thailand; that is, they supply the demand for part suppliers. Their representative is Toyota Motor Thailand Co., Ltd. hereby known as TMT. TMTʼs market is expanding, especially for exported cars, which is made up of two kinds of demand; one is the demand for the models which are transferred to Thailand after they have already been developed, produced and released in Japan. Their demand is occupied by Japanese Keiretsu sup- pliers in Thailand in the same way as in Japan. Therefore, non-Keiretsu suppliers would find it impossi- ble to capture the demand. Another is the demand for the models which have not been produced in Japan and have been primarily produced in Thailand. Non-Keiretsu suppliers would be able to capture this type of demand.

On the other hand, non-Keiretsu suppliers invest in India and Pakistan where TMT has produced Asian cars in order to capture the demand in Thailand.

In short, it is necessary for non-Keiretsu suppliers to support TMTʼs production in third-world countries to obtain TMTʼs market in Thailand.

1. はじめに

日系自動車メーカーによるアジア生産の拡大は,現地に多くの部品需要をもたらすが,少なくとも 1次部品需要の多くは自動車メーカーに合わせて進出した系列部品メーカーによって占められる。つ まり,日本での自動車メーカーと1次部品メーカーの系列取引関係がそのまま移転されているわけで あるが,その理由として,中国・天津トヨタを事例にした先行研究で次の三つの必要性が指摘されて いる2。一つは,トヨタは日本と中国で生産する車の品質を同一化する戦略を展開しているため日本本 社に開発,生産,取引機能を依存しながら組織間システムを現地化する必要があり,そのため日本と のやりとりで起きる問題を迅速に解決することが必要であること(以下,「日本本社への依存」とす る),二つは,現場改善に基づく,品質を高めている統合型組織間生産システムを中国でもそのまま

松本大学総合経営学部教授

1 本稿は文部科学省・科学研究費助成事業(科学研究費補助金・基盤研究(A))「自動車産業におけるグローバル・サプライ ヤーシステムの変化と国際競争力に関する研究」(研究代表者:関東学院大学 清晌一郎教授)において20139月に実施 したタイでの企業訪問調査の成果の一部である。

2 朴(2008),pp. 4357

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移転するため現場改善力が高い,トヨタ生産システム(以下,TPSとする)を理解していることが必 要であること(以下,「TPSへの理解」とする),三つは,天津トヨタは日本の本社の承認を得て重要 部品を調達しており日本でのトヨタと取引の実績が必要であること(以下,「日本での取引実績」と する)である。

ところが,アジアのなかでも生産拡大が著しいタイでは,現地に系列部品メーカーの進出があって も日本では系列に属さない(以下,系列外とする)部品メーカーが受注するケースがみられている。

本稿では,それがみられるのはどのような市場なのか,その際,前記した三つの必要性はどのように なっているのか,また新規参入を果たす系列外メーカーは,どのような取り組みをみせているのかに ついて明らかにしたい。

本稿の構成は以下の通りである。まず第2節では既存研究などを用いながら,タイの自動車産業に ついて概説する。そのなかで,なぜタイが周辺国に比べても自動車産業の成長が大きくみられるのか を明らかにする。第3節では,その中心的存在であるタイ・トヨタ(Toyota Motor Thailand Co., Ltd.: 以下,TMTとする)を取り上げ,系列外メーカーが受注する市場とはどのようなものなのか,

それにより系列取引の必要性がどのように変わったのかをみてみる。さらに第4節ではその取引実態 を事例から明らかにし,第5章では小括として前記の問いについて応えたい。

2. タイの自動車産業

2012年,タイの自動車生産台数は未曽有の大洪水による落ち込みから見事に回復し,前年比68% 増の245万台と初めて200万台を突破,世界第10位の自動車生産国となった。この生産台数は,市 場規模ではタイをはるかに勝るインドネシア(107万台)の約2.5倍,またマレーシア(57万台)の 4倍強にあたっている。2000年当初までは,両国との差があまりみられなかったにもかかわらず,十 数年のあいだに,なぜここまで拡大したのであろうか(図表1)。

タイ自動車生産台数を国内向けと輸出向けに分類してみると,国内向けは2012年こそ前年の大洪 水の影響で先送りされていた新車需要や初回の新車購入者に対する物品税の還付措置により大きく拡

図表1 ASEAN主要国の自動車生産台数の推移

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大した。しかし,それまでは600700万台の横ばいで推移してきており,国内向けが生産台数の増 加に寄与したとは言い難い(図表2)。その一方,輸出はほぼ毎年,伸びをみせており,1988年に輸 出を開始して以来,2012年に初めて年間100万台を突破,自動車輸出国としても世界第7位となっ た。図表2をみると,これまでの生産台数の増加は輸出の拡大によるといっても過言ではないだろ う。なぜ,ここまで輸出が拡大しているのだろうか。タイ自動車産業は生産・販売のおよそ9割を日 系自動車メーカーが占めているが,2000年代に入って,その日系メーカーの基本戦略に大きな変化 がみられたためである。具体的には,これまでのようなタイの自動車国産化への協力とASEANの域 内国際分業拠点と位置づける戦略からタイをより戦略的にグローバル・ビジネスの重要拠点,輸出拠 点へと育てようとする戦略への転換である3

ではなぜ,タイを輸出拠点としたのか,またそうなりえたのか。その契機になったのは1997年に 起きたアジア通貨危機である。バーツの暴落によって国内市場は冷え込み,国内販売はそれまでの ピーク時(1996年)の59万台から14万台へと4分の1以下に減少した。TMTでも販売を開始して いた「ソルーナ」の受注がほとんどキャンセルとなった。これまで繁忙を極めていた工場も操業が縮 小・短縮,そしてやむなき停止に至った。そのため,1998年の生産実績は1直定時生産能力20万台 に対して3万5千台にとどまり,販売台数も4万2千台へと激減した。

自動車メーカー各社はこの危機を乗り切るべく,収益改善策として原価低減,経費節減などに努力 すると同時に,工場稼働率向上のため,またバーツ安を追い風に輸出向けに活路を見出そうとした。

TMTでも19984月に南アフリカ向けのハイラックスCKD部品の輸出元を日本からタイに切り換 え,同年11月にはオーストラリア向けハイラックスの生産を日本からタイに移管した4。但し,これ には従来の国内向けの品質から海外市場の要求に耐えうる輸出向けの品質に向上させる必要性があっ た。その点,危機前には著しかった中間管理職や技術者のジョブホッピング(転職)が減少し,結果

3 下川(2004),p. 408

4 トヨタ自動車HP『トヨタ自動車75年史/文章で読む75年の歩み/第3部』より作成。

図表2 タイ自動車生産の仕向地(国内・輸出)別内訳

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的にメーカー各社が安心して人材育成投資を行えるようになったこと,従業員の日本への研修派遣を 大規模に実施したことが大きく貢献した5

こうした取り組みが奏功して輸出拠点へと変質を遂げていくのだが,これらの対応が可能だったの は自動車メーカーのほとんどが外資系企業であったこと,なかでも現場カイゼン,品質向上のノウハ ウを持つ日系企業であったこととは無縁ではないだろう。タイの自動車産業のほぼすべてが日系企業 で占められるようになったのはタイ政府の産業政策による。タイ政府の自動車産業政策の重点は,

1960年代以来ほぼ一貫して,外国資本メーカーの誘致とその国産化比率の向上による国内自動車産 業の育成,すなわち輸入代替工業化にあった。日本の自動車メーカー各社の海外進出が始まったのも 外貨事情が好転してきたその当時で,まだ国際的な競争優位は確立できていなかった各社が最初にそ の製品の販路を求めたのは,市場は小さいものの地理的に近く,しかも地場に強力なライバルが存在 していなかった東南アジアであった。もちろん,これにはマレーシア,インドネシアも含まれるが,

これらの国とタイが大きく異なるのは同様の自動車産業政策をもちながら前者は自国資本メーカーを 担い手として自動車の国産化を目指した点である。これに対し,タイは現地オリジナルモデルを生産 する現地メーカーは一貫して存在してこなかった6。これが結果として日系企業の占有を高めていった といえよう。

すなわち,タイ自動車産業が周辺国よりも大きな成長を遂げたのは,輸出の拡大によるところが大 きく,その拡大を可能にしたのは自動車品質の向上にある。その向上をもたらしたのはタイの産業政 策によって進出した外資系,とりわけその多くを占める日系自動車メーカーによるところが大きいの である。

3. 系列外メーカーが受注する市場

その日系自動車メーカーのなかで中心的存在にあるのがTMTである。2012年のTMTの生産台数 は前年比73.5%増の88万台で,これはタイ全体の35.9%を占める(図表3)。また完成車輸出台数は 前年比61.8%増の41万台で,これは輸出全体の4割に相当する。

このTMTはトヨタ自動車86.4%,サイアムセメント10.0%,他3.6%の合弁により,1962年に設 立された。翌1963年からタイの国産化方針に合わせてKD輸入を開始,1964年にサムロン工場で生 産を開始し,1965年には「新型コロナ」1号車完成の運びとなった。その後,生産するモデルを増 やしていくなかで,1996年には二つ目のゲートウェイ工場で初のアジア向け車両である「ソルーナ」

の組み立てを開始した(図表4)。

これらは,もともと開発・生産・販売された日本に「親車」7があり,数ヶ月,数年後に遅れてタイ で生産が始まったモデルである。近年では,そのライムラグが短縮されているにしてもタイでの生産 の立ち上げは基本的に日本からの支援によって行われていた。すなわち「日本本社への依存」の必要 性がみられたが,2000年代に入ると「親車」が日本ではなくタイにあるモデル,すなわち日本では

5 折橋(2013),p. 140

6 折橋(2013),pp. 127132

7 「元車」(伊藤2009)とか,「ベース車」(折橋2013)とよぶ研究者もいるが,ここでは事例企業から聞かれた「親車」とい う表現をそのまま利用している。

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図表3 TMTの生産台数の推移

図表4 TMTの沿革

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生産・販売されない(図表4の★),開発もタイ主体で行われる「日本本社への依存」が小さいモデ ルもみられるようになった。

その象徴としてIMVがあげられる。IMVとはInnovative International Multi-purpose Vehicleの 略称でトヨタの新興国専用車である。単一のIMVプラットフォームに,ピックアップの3車型(販 売名:ハイラックス)に,SUV(同:フォーチュナー),ミニバン(同:イノーバ)を加えた5車型 を展開している。これらはいずれも日本では生産されず,2004年からタイ(ハイラックス),インド

図表5 IMVの生産国・生産モデル等一覧

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ネシア(イノーバ),2005年から南アフリカ(ハイラックス),アルゼンチン(ハイラックス)といっ た4つの中核拠点で一貫生産されている(図表5)。このうち,タイのみ2工場で5車型のうちミニ バンを除く4車型のIMVが製造されており,2011年の生産実績は33.8万台である。これは同年の TMT生産全体の実に66.5%を占めており,さらにこのうちの6割は輸出に向けられている。前記し たように,アジア通貨危機を契機に日系自動車メーカーは輸出に舵を切り,IMVについても2004 にピックアップトラックタイプの「ハイラックVIGO」をアジア域内に輸出し,翌2005年には欧州,

オセアニアにも広げ,さらにSUVタイプの「フォーチュナー」の輸出もアジア各国と中近東に向け て行った。これらはタイの自動車輸出全体の3割弱を占めるなどIMVが輸出拡大を牽引する役割を 果たしたのであった。

こうしたモデルが現地で開発・生産されるようになった背景には「新興国市場を獲得するために は,たとえば現地サプライヤーからの調達を含め現地事情に密着した低コスト化のノウハウが必要で あり,そのためには現地に製品開発機能を置いて製品開発過程で現地サプライヤーとの情報交換と調 整を行わなければならない。また,製品開発と生産技術者・製造技術者とのコンカレント・エンジニ アリングによる効率的な問題解決のためにも,製品開発機能の現地化が不可欠である。そのほか,新 興国市場の嗜好性に合わせた製品開発のためにも,さらに現地採用した開発技術者の相対的な低人件 費による開発コストの低減の点でも開発機能の現地化が必要になる」8ことがある。

その開発・生産を現地で支えるのが,欧米に次ぐ海外3地域目の現地開発拠点として設立されたト ヨタ・テクニカル・センター・アジア・パシフィック・タイ(TTCAP-タイ)である。ここで,アジ ア地域のテイストを反映したボディ,専用仕様の開発をタイで行うことで現地ニーズを反映する開発 体制を整えた。TTCAP2007年,アジア・パシフィック生産推進センター(AP-GPC)の運営や 生産・調達・物流関係の分野でアジア各国の生産事業体への支援を担うトヨタ・モーター・アジア・

パ シ フ ィ ッ ク(TMAP-タ イ)と統 合さ れ て現 在で はToyota Motor Asia Pacific Engineering and Manufacturing Co.,Ltd.(以下,TMAP-EM)となっているが,こうした機能がタイに形成されたこ とにより「日本本社への依存」の小さいモデルが可能になったのである。合わせて,部品の承認も

TMAP-EMで行われることにより「日本での取引実績」の必要性もクリアされ,前記した系列取引

が現地にそのまま移転される3つの必要性のうち2つが薄らぎ,これによりIMVVIOSなどタイ に「親車」のある市場については系列外メーカーでも受注機会が得られるようになったと考えられる。

そこで次節では,こうした事例企業を取り上げ,残るもう一つの必要性である「TPSへの理解」は どのよう図られているのか,また,そのなかで受注獲得のための取り組みにどんなことがみられるの かを注視しながらみてみたい。

4. 系列外メーカーの受注事例

TMTからの受注に成功した企業事例として,ここではOT社を取り上げる。OT社の親会社は自 動車ボディ用金型メーカーとして世界的にもよく知られるO社である。日本ではトヨタとの関係は ほとんどなく,その協力会「協豊会」のメンバーでもない9

8 鈴木(2009),p. 218

9 O社は日本で設備メーカーや物流会社からなる「栄豊会」には加盟している。

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O社は1951年,旧・N飛行機の工場長が創業して設立され,戦後,世界の自動車産業とともに発 展を遂げてきた。海外生産は1984年の米国法人の設立から始まっており,OT社はその2番目の拠 点にあたる。その経緯は,O社が台湾の羽田機械において自動車をつくったことがきっかけとなり,

タイ有数の財閥でもあるYoutrakit(以下,Y社とする)からタイ第1号となる国有自動車をつくる 話が舞い込んだことから始まった10。Y社はタイで華僑が経営する自動車組立会社で,BMW,プ ジョー,シトロエン,アウディから受注していたが,一方で自社オリジナル・カーの製作意欲も持っ ていた。その際,エンジンやホイールキャップ,ガラス等は内製できていたが,ボディを製作するた めの金型技術が自社になかった。そこでパートナーの募集を始めたところ,その情報を日本の大手商 社が聞きつけ,O社に打診したのであった。当時,O社では米国法人が軌道に乗りつつあり,グロー バル化への次なる布石,そしてアジアの自動車需要に対応するため,その話を受諾した。そして 19894月,資本金372百万バーツ,出資構成はY49%,O34%,日本の大手商社12%,同 商社のタイ法人5%でOT社が設立され,1990年2月に生産開始となった。

ところでO社は2009年,タイのSグループの傘下に入ったが,その際,OT社の最大株主であっ たY社が保有する株式すべてをO社,Sグループに売却しており,その結果,O社の保有比率は 58%,Sグループ25%となっている。したがってOT社もO社,すなわちSグループの傘下にある が,両者との関係は事業分野がやや異なるため業務上のつながりはなく,経営面で独立した事業体と なっている。現在,従業員520名,うち日本人は社長を含めて6名で,2014年で25周年を迎える。

設立当初,OT社は日本のO社同様,金型製作の専業メーカーであった。しかし金型専業であると 受注変動が大きく,経営を安定させることが難しかった。そのため,川下工程にあたるプレス加工や 組立工程を取り込むことで,一定受注量の維持を図ろうとしていた。一方,TMT2000年に入り,

IMVプロジェクトをスタートさせた。IMVはタイで独自に開発されたモデルであり,部品の大半は タイで新しく設計される。しかも日本にはないモデルであり, 現地調達比率は原則100% が表明 されていた11。「カローラ」,「カムリ」といった日本に「親車」がある主力モデルは部品調達が現地化 されても,日本の系列メーカーに発注され,日本で系列でないOT社が受注するのは難しい。そこか らのオーバーフローする需要もあるが,この種の部品を手掛ける同業他社がタイには15社程度(そ のうち5社はトヨタの系列)あり,残った企業で競い合っても商売上のメリットは大きなものではな い。それに対しIMVTMAP-EMで開発,生産支援が行われ,「親車」がタイにある。プレス工程 まで手掛けようとするOT社は,そこに受注機会の可能性を見出し,2002年,IMVプロジェクトを 進めるTMTにアプローチを図り,2004年から受注にこぎつけたのであった。

現在,このプレス部品事業はOT社の売上全体の約8割を占めるほどに拡大しており,いまや金型 メーカーというよりもプレス部品メーカーという方がふさわしい様相を呈しているが,そのほとんど はIMV向け,つまりTMT向けである。受注の流れについてみると,TMAP-EMからはプレス部品 の製品図が出図され,金型設計まで遡ってOT社が担当する。したがって基本的には「貸与図」であ るが,金型図面(工程図)の作成の過程でTMAP-EM,および日本のトヨタとサイマルテニアス・

エンジニアリング(以下,SEとする)が行われる。ここで受注されるプレス部品は,O社やOT社

10 O50年史編集委員会(2002),pp. 7781

11 伊藤(2009),p. 237

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でつくる金型が必要になるようなプレス荷重1千トンを超えるような大物のボディ部品ではなく,燃 料系や車体フレームなどのプレス荷重500トンクラスの中物の部品である。したがって,OT社が従 来手掛けてきた金型がそのまま活かせる部品分野ではない。そのため金型製作については外注も使わ れている。外注先はもともとOT社の技術者であり,独立・創業した設計事務所,金型メーカーであ る。OT社には四半世紀の歴史があり,その間,こうした企業も育っている。これらの規模は従業員 数でいえば10〜70名,年商では3〜5億円程度といったところである。

ところでOT社は元来,金型専業であったため,プレス加工に関して十分な技術やノウハウを持っ ていない。これについてはサプライヤーの育成ノウハウをもつTMAP-EMから全面的に指導を受け てきた。その結果,近年ではPPM(図表6),TPS(図表7),安全,原価管理などの指標が大きく改 善し,TMTの期待・要請にも応えられるようになると同時に,もう一つの必要性である「TPSへの 理解」も備わってきている。TMTとの取引は受注の安定をもたらすだけではなく,こうした技術力 向上の機会にもなっているのである。

以上,OT社のタイにおける受注活動をみてきたが,TMTとの関係はタイだけにとどまらない。

前掲・図表5でみたようにIMVの一貫生産は4拠点だが,その他にも周辺新興国でKD生産され,

その数は現在,8ヵ国まで広がっている。このうち,インドやパキスタンへの生産支援はアジアのキー プレイヤー拠点であるタイ12から行われ,OT社もこれに協力している。そこでインド,パキスタン での両者の関係についてみてみたい。

まずインドについてトヨタは1997年,機械設備・部品のコングロマリットであるkirloskar Group と合弁(出資比率は89 : 11)でToyota kirloskar Motor Private Ltd.(以下,TKMとする)を設立,

1999年に生産開始している。当初の生産モデルは「クリオス」,「カムリ」,「カローラ」であったが,

2005年からIMVの「イノーバ(IMV5)」,2009年から「フォーチュナー(IMV4)」,さらに2010 年から新興国市場向けモデルの「エティオス」の生産も始めた。これら3モデルは日本に「親車」の ないモデルであり,このうち2つのIMVモデルのプレス部品(燃料タンク,ドア関係)については もともとOT社がタイで生産し,そこからの輸出対応だった。TKMでは,これを現地調達に切り替 えるべく,現地の部品メーカー・JBM Groupをその調達先候補とした。デリー市に拠点を置く同グ

12 トヨタ自動車HP『トヨタ自動車75年史/文章で読む75年の歩み/第3章』より作成。

図表6 PPMの推移 図表7 TPSの推移

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ループは傘下に多数の自動車部品メーカー,そしてインド全土に広がる完成車メーカー工場の付近に それぞれのプレス工場を持っていた。しかしTKMはJBM単独では品質・納期管理等でリスクが大 きいと考え,タイでその生産を手掛けるOT社にJBMとの合弁か,技術提携による支援要請を持ち 掛けた。OT社の方でもインド市場の将来性に加え,この分野のトヨタ系列メーカーが進出しておら ず,TMTとの更なる関係強化が見込めることから,この要請に応えた。そして2009年,OT社が 49%,JBM Group51%の出資比率で,JBM O社 Automotive India Ltd.(以下,JOAIとする)が 設立された。

JOAIはTKMの敷地内,オンサイト・サプライヤー・パークに入居している。そのため,完全に TKM向けの工場と言える。従業員は391名で,日本人1名を副社長として,タイ人1名を職長とし てOT社から派遣している。金型はOT社とJBM Groupの金型子会社から調達しており,JOAI プレスが行われる。なおインド工場のレイアウトはOT社を模範としたものになっている。

パキスタンでもインドと同様なことがみられている。パキスタンについてトヨタは自社12.5%

(2008年に25.0%まで増資),豊田通商が12.5%,残りの75.0%をHouse of Habib(銀行から派生し たコングロマリットで以下,HOHとする)の出資で1989年に合弁会社Indus Motor Company Ltd.

(以下,IMCとする)を設立している。IMCでは1993年から生産を開始し,当初は「カローラ」,「ハ イラックス」,「クオーレ」のKD生産だったが,2008年にはプレス工場を稼働させ,プレス部品の 生産現地化を図っている。その後,生産モデルも増加,IMVについても2007年から「ハイラックス

(IMV1)」,2010年には「ハイラックス(IMV3)」,また2011年には「カローラ」の生産を始めている。

現在はまだ生産台数が少なく,TMAP-EMがOT社等からプレス部品をタイで集めて,パキスタン に輸出しているが,今後,カローラを年間5万台つくる計画をもっており,そうなれば24割かか る部品関税の負担が一層増大する。そこでIMCは現地調達に切り替えようとするが,「カローラ」の

「親車」は日本であっても日本の系列メーカーは進出していない。そこでインド同様,OT社に協力 要請を持ち掛けた。当時,O社の社長(2006年就任)はトヨタ出身で前職が関東自動車の副社長と いうこともあって,トヨタとのパイプを持ち,関係構築に積極的であった。そのためHOHとの合弁 も視野に入っていたのだが,O社のタイのSグループへの傘下入りの時期とも重なり,資本出資と いうかたちは見送られ,当面はHOH100%子会社Agriauto Stamping Company(以下,ASC する)への技術提携ということになった。

ASCの工場はカラチ市内にあり,スズキの合弁Pak Suzukiの真横にある。パキスタンの自動車市 場はトヨタとスズキで販売の9割を占めていることから,トヨタでの評判がスズキの受注にもつなが ることをOT社は期待している。現在,2014年7月にラインオフする「カローラ」の生産に向けて 生産準備中であり,金型をタイから移管している。現行の「カローラ」だけでなく,今後IMVにつ いても生産台数が拡大すれば,輸入から現地生産・調達に置き換わることも想定され,その受注獲得 も期待している。

5. 小括

以上みてきたように,系列外メーカーがタイで受注するのは「親車」がタイにあるモデルである。

こうしたモデルの開発・生産支援はTMAP-EMが中心となっている。したがって従来の系列取引に

(11)

あった「日本本社への依存」,「日本での取引実績」にとらわれることなく,タイ中心で発注や部品の 承認が行われ,その結果,系列外メーカーでも受注が可能になっている。また「TPSへの理解」につ いても取引を通じての指導により,系列外メーカーにも備わってきていることが明らかになった。

このように日本では系列外メーカーでもTMTからの受注や指導を得ているのだが,そのかわりに サプライヤーとしてどのような便益を供与しているのか。この点をみることはタイで系列外メーカー が受注するのに求められる条件を明らかにすることにもつながる。そこで本稿の小括としてこの点に ふれ,さらに両者のあいだにみる関係の意味,今後の研究課題についてまとめたい。

1) TMTへの便益

①第三国での生産支援

前記したように「親車」がタイにあるモデルについて,TMTはタイをアジアのキープレイヤー拠 点としながら生産・販売(輸出)を伸ばし,同時にタイ周辺のIMVの生産国への支援を行っている。

そうしたなかで部品メーカーに期待される役割としてはタイのみならず,それら周辺国への部品の安 定供給である。事例企業においても現地メーカーと合弁を組んだり,技術提携するなりして部品の品 質を確保しながら安定供給を図り,TMTの協力要請に応えて現地生産を支えている。

しかも,それがインド,パキスタンという日系部品メーカーでは,なかなか進出が難しいといわれ る国・地域で行われている点が特筆される。特にインドではTKMのオンサイト・サプライヤー・

パーク内に入居することでJITをより行いやすいような環境を整えている。また,パキスタンではト ヨタが合弁を組む現地財閥企業と技術提携を組み,近い将来合弁も視野に入れられている。こうした 第三国の生産を支援することにより,競争の激しいタイのなかでTMTからの受注につなげている。

この背景にあるのは,トヨタの世界展開にすべてに追随できる部品メーカーは,ごく一部に過ぎな いということがある。2012年12月末現在,トヨタは世界27ヶ国・地域に52の海外の製造事業体が あるが13,こうした海外展開は経営資源の豊富なトヨタでこそ可能であれ,ほとんどの部品メーカー にとってはすべてに対応することは難しい。したがって系列メーカーであっても,追随できない「空 白」の国・地域が生じることになり,その間隙をぬって系列外の部品メーカーが参入できる余地が生 じているのである。

②生産技術の共有化

これら第三国でつくられるプレス部品はタイでも生産されている。したがって第三国でも,タイで 使うのと同じ生産技術を転用することができる。例えば,金型についてタイで受注した際に作成され た金型の図面・データを,第三国で使う金型製作に再利用することができる。これが可能になること により,第三国でも品質を維持でき,さらに事例企業の場合,約2割程度,金型費を下げることがで き,ユーザーに対して生産技術の二重投資を避けるメリットを与えている。

つまり,IMVのように同じモデルが別の国・地域で生産される場合,金型のような生産技術を内 製する部品メーカーにとっては,その図面やデータの共有化を図ることでコスト低減が可能になる。

13 トヨタ自動車HP『トヨタ自動車75年史/資料でみる75年の歩み/自動車事業』より。

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これはIMVを手掛けない部品メーカーや,生産技術を自社で持たない部品メーカーに比べ受注のう えで優位に立つことができる。

③支払い面での融通等

その他,事例企業にみられることとしてあるのが,金型についての代金支払いについてである。金 型の製作リードタイムには検収まで数ヶ月から1年以上も要する場合が少なくない。その間の支出と して製作初期に鋼材,部品等の購入費があり,もちろん人件費もこれに加わる。ここにかかる経費は 本来,発注者の支払いによって賄われるべきもので国際的にその支払いは発注時,トライ後,検収後 といったタイミング毎に,数回に分割して行われている。タイでも,このように分割して支払いが行 われるケースが多いが14,ここでの支払いは日本同様に検収後の一括支払いとなっている。つまり,

その間にかかる経費は事例企業の一時負担になっている。

これは事例企業のキャッシュフローを悪化させることになるが,それでも対応するのは取引が長期 継続的に行われていることがある。そのため,初期にかかる支払いが検収後に行われる従前の受注業 務の支払いによって賄われるわけである15

2) 両者の関係がもつ意味

以上のように,系列外メーカーは前記①〜③の便益を供与しているが,ここでみる両者の関係は日 本の系列取引と同様と言えるのだろうか。系列取引の特徴としては,A:アッセンブリー企業を頂点 とした垂直分業構造,B:長期継続的取引関係,C:資本・人的関係の存在,D:協力会などによる 濃密な情報共有化の四点がある16。Aはもちろん,Bについても前記した支払い面からその関係が明 らかであり,Cについてもインドでのサプライヤー・パーク内への入居,パキスタンでの合弁政策は

「資産特殊性」17をもつ投資であり,両者の関係の強さがうかがえる。またDについても,TMTが組 織するタイの協力会(Toyota Corporation Club:TCC)に加盟しており,その位置づけも2004年に ツールメーカーからTier1に変更されている。

これらを見る限り,両者の関係は日本でいう系列に近い関係と言えるだろう。つまり,日本では系 列外であっても,タイで生まれた新たな取引関係が系列的特徴を帯びているということである。日本 発の系列取引関係がタイに広がり,タイでその担い手が系列外メーカーに変わることで新たな系列に 近い関係が生じて第三国に広がっている。つまり,自動車メーカーのグローバル生産に伴って日本に あった取引関係がそのまま広がるのではなく,タイが旧・新系列の結節点になりながら周辺に広がっ ているのである。

3) 今後の研究課題

本稿の最後に,前記を踏まえたうえでの今後の研究課題をあげておきたい。一つは,受注に至るま

14 兼村(2006),pp. 5760

15 兼村(2013),p. 22

16 藤樹(2001),p. 48

17 Williamson1999)。

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でのプロセスの検証である。本稿で事例企業は2002年からTMTにアプローチを図り,2004年から 取引が始まったと記すにとどまったが,この2年間,どのような経緯で進展していったのか,その際,

何が求められ,どう対応してきたのかをより詳細に明らかにすることである。これが明示されれば,

参入において必要な条件は何かをより明確にすることができる。同時に,本稿はあくまで部品メー カーの取引行動からの分析になっており,発注側の自動車メーカー側,この場合であればTMT

TMAP-EMの取引行動からの分析も必要になる。これら発注側企業がどのような考えを持ち,この

ような取引に至ったのかを明らかにすることによって本稿の主張がより明確化される。

二つは,他資本にも同様の展開がみられるかである。本研究に示した企業事例は日系18の部品メー カーであるが,同様の状況が現地のタイ系の部品メーカーにもみられるのかについてである。前記し

たようにTMTTMAP-EMはサプライヤー育成のノウハウを持つが,ここで指導にあたるのはタ

イ人であり,現場の意思疎通という面などではむしろタイ系部品メーカーの方に優位がある。それで も,本稿で取り上げたような日系が多いということであれば,そこにはタイ系では困難で,日系部品 メーカーでなければならない理由があるはずである。この点は海外取引での日系部品メーカーの強み としてもみてとれ,今後のアジアでの日系企業のあり方を示唆する重要なヒントと考えられる。

三つは,他の部品での検証である。タイに「親車」がある市場について系列外メーカーでも受注可 能ということが明らかになった。しかし,ここでの事例企業が手掛けるは特定領域のプレス部品であ

18 OT社は厳密にはタイ系だが,もともと日系であり,現在もオペレーションは日本人によるため日系とみなせる。

図表8 開発フェーズと開発主体との関係

(14)

り,他の部品でも同様のことが言えるのかについては明らかではない。それがみられないのであれ ば,その理由について検証する必要性がある。この点について筆者なりに次の仮説を持っている。す なわち開発には三段階(基礎研究開発・先行技術開発・製品開発)のフェーズがあるが,本稿で事例 として取り上げたプレス部品は,そのなかでも図表8でいうタテ軸の「製品開発」とヨコ軸の「車両」

の領域が重なった右隅のボディの部分に位置する。この種の部品は「基本的な製造ノウハウは歴史的 にも技術的にも自動車メーカーに属しており,本質的にサプライヤー企業は,内製部品をより効率的 に,安く製造するという点で外注されている」19ため,その図面も貸与図・部品図として取り扱われ る場合が多い。実際,事例企業のなかでも貸与図で出図され,そこから金型製作を含めたSEとなっ ている。タイのTMAP-EMに移管されているのは,この「製品開発」の段階であり,したがって日 本国内の開発とは関係なく,タイに「親車」があるモデルについて,プレス部品メーカー(図表8 ボディメーカーに相当)の受注がタイからでも可能になる。

ところが「基礎研究開発」,「先行技術開発」となると日本が主体で,これらに絡む基礎部品やシス テムについては,ゲストエンジニアなどを通じて,より前段階からコミットする系列部品メーカーが そのままタイでも受注するケースが十分に考えられる。したがってこの部品分野では,たとえ「親車」

がタイにあろうとも系列外メーカーの受注は困難である。そうであるならば,部品の特性によって系 列外メーカーがタイで受注できるか否かが変わってくることが考えられ,この点からの全体感を明ら かにする必要がある。

参考文献

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19 清(2002),p. 120

参照

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