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駒澤短期大學佛教論集 6 012袴谷 憲昭「『法華経』と『無量寿経』の菩薩成仏論」

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(1)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 駒 澤 短期 大學佛教 論集第

6

號 

2000

10

月 (

41

) 『

法 華 経

寿 経

菩 薩 成 仏 論

1

 

菩 薩 成 仏 論展 開の

台としての

教 団

 

私 は先の 拙稿 にお い て 「菩薩 成仏論」 な るもの を提 起 し、 その 規 定 として、「菩

薩 (

た ち〉だけが

に なる」 も し くは 「「仏に なるこ と (成仏)」 が で き るの は 「菩

bodhi

・sattva )(た ち)だ けで あ る とい

主張や観 念 を 「

菩薩

論」 と

ぶ こ とに した い べ たの である1〕 脱 稿 後 は や も付 記 も施 す こ との で きぬ 段 階で 、 こ の 規

の文 言が松 本 史 朗

士 の “

菩薩 gotra

酷似

して い る こ と を知っ て愕 然 としたの である2)。

本稿

は、 その 失

を公 けに詫 び る と共に、 私 の 「

成 仏 論」が 、 松本博士 の “ 菩

gotra

論、 とは異っ て、 文 献に現わ れ る 「 仏」 とい う観 念 その もの が 「

解脱

思想

」 に ほか な らない とい うこ とを指 摘 す る点に あ るこ とを再 確 認 しつ つ その 論 を補 強 し、かつ 、か か る私

が 、

最初期

の 大

る 『

法華経

』 や 『無 量

寿経

亅に おい て

果 して

妥 当す

の で あるか ど

か とい

と を

簡 単

に 検 して ん とる もの に ほか な らな

 

、 私の 「

菩薩成仏

論」 の

松本博

士 の文 言と酷 似 した部分 につ い て は、 「菩 薩 成仏論」が 「

思想

」 で

るこ とを

明に示 すために 、 その 問題の 部 分 を 厂ー トマ ン

atman

= sattva ) と して の 菩

(た ち)が 仏に な る 」 と改め 、全 体 で は 、 「「

成 仏 論」 とは 「菩

(た ち)が仏になる」 とい

う考

え である。」 とい

こ と にさせ て

もら

い 3) か る に、 私が、 か か る

を初

め ては っ き りと示 した の は 、仏教 と は 「仏と成る

え」 で ある と

る通 念 を回避 すべ く、 「成 仏 」 とい う観 念に つ い て、「成 仏 ノー ト」 とい うやや 批 判 的な一文 を草 した時の 、 次の よ

な一 節の

 

(aに れ 私 も仏 と な れ ます よ aha 叩

buddho

 

bhaveyam

う起の 一

句を含む 『倶 舎論』 の 一節を指す )は、 私ど もが 仏 教 史の 上 で仏 教の 開 祖 と呼ん で

 い の 遥か 昔に 存 在 した と され るシ ャー キャ ム ニ の こ と につ い

(2)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Umversrty (

42

     

法 華 経 』 と 『無 量 寿 経』 の 菩 薩 成 仏 論 (袴谷 )  であ るが 、 仏 教 史 上の 開 祖 もその 昔は 同 名の シ ャ ー キャ ム ニ 菩 薩と し て え たこ と  があ っ た とい う話 を述べ た もの で あるが 、 こ の よ うに 、 選ばれた 菩薩だけが仏にな  る とい 意 味で 、一つ の 時代に お い て は、 菩 薩 も仏 も原則 として一 人 しかい い こ  と に なるの で ある。    (b)し か し、他 方で、 こ の ような仏〉 菩薩と普通の 人 間 との 隔 絶 性 を深 刻に問 題 と せずに 、 仏教とは だれ し もが 「仏に なる」 こ との で きるこ とを示 す た めの 教えであ  ると、 極め て安 易に 楽天的に考 えるよ うにな れ ば、 そこに潜んで い た通 イン ド的な  差 別観や 仏の 前世 で ある菩薩 と結びつ い た ド的 霊が 、 容 易 に仏 教 の 中に復   活 す るこ とに なるで あろう。

 

引中

の (aXb )の

は、

拙稿 中

に おい て は、 それ ぞれ 「

薩成仏 論

の 「

薩単数

」 と 「菩

薩複数

説」 と して展

さ れ るこ とに なっ た もの で ある が 、 そ こ に共通 する 「成 仏」 とい う通 俗 的観 念 を、 私 は 上 引の 一 節 を含む拙 稿 「成 仏 ー ト」におい て回避せ ん と

意図

して い た わけで

る。 しか るに、 こ の拙 稿 を付 録に

めて その 後に刊行 され た

拙書

法 然 と明恵』 に対

評 の 中で、 松 本 史 朗博士 は、その私 の 「成 仏 に対 して、 次の よ

に述べ て お られる 5) 。

  

」= 「仏 陀の 智慧」 と は、 「起 を思 惟 す 」 「縁起 説 を対象とする思考」

 

る と考 えるべ で あ ろ う。 こ れ は勿論 、 一回 限 り体 験 」 とい うよう

 

な もの で は ない そ れ は 「縁 起 説 を考 え 続 け 」 で あ り、従っ て、 「縁 起 説

 

を考 え 続 けて い く人 仏 陀

buddha

、 目 ざ た 人 )と言 うべ き なの では な か ろ   うか。    こ の ように考えれ ば仏教と は、「 」を勧め る教えであ る と言 うこ と は  で きる と思わ れ る。 勿 論、私は、こ の最 後の 結論だ けを取 り出 して、 “ 仏 教 とは、仏

 

に成 る教 えである。 とい う日本の 諸 学 者の 説 明に付 隨 して なさ れ て きた様々 の 「 覚 思想」 的 な解説 を正 当 化 し ようと は、 全 く考 えて い ない 。 ただ仏教 本 来の あり方

 

に おい て、“ 仏 に成 る。 “ 悟 る、 とい うの が、 「智 慧 」 であ り、 厂 」 で あ っ た とす  れば、 そ れ をも否定するの は “ 仏教。 を も否定するこ とに なるで あろ うと述べ て い  る だ けで ある。

 

こ の 御 指 摘に関 し、 まず断っ て お きたい が、 私 もまた、通 俗 的 な D 」 とい う 言葉に 「仏教 本来の

」 を求め て、 そ れを 「

を考え続けて い こ と 」 と

し、 その よ

うな解釈 を

重ね

てい くこ とに よっ て、 「 縁起

を考 え続 けてい く人 の こ とを 「 」 と呼び、 か か る人 に成る こ とを 「成 仏 」 と定め ん とする努 力に意 義 一

287

 一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(3)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

        

『 法 華 経』 と 『無 量 寿 経』 の 菩 薩 成 仏 論 (袴谷)

     

43

) を認 め てい くない とい

こ とで あ る。 ただ、 私 とすれ ば、 その前 に、 あるい は か か る

努 力

、 「

成仏 (

buddho

 

bhavati

観 念が 浮上 し次第に

優 勢

となっ てい っ た当

の イン ドにお け るその

意味 内容

を客観

に押 さ えて お く必要が ある だろ うと考 えてい にす ぎない の 拙稿 は 、かか るこ と を意 図 した一過程 を示 す もの だ っ たの である が 、松

本博

士 に対

る 反論 も含

しよ

と して い た 「

菩薩成仏論

」に

関す

る問題の

文の

で、

く迂 闊に も、 同博士 の 文 言と酷 似 した 表現 を用 い て し まっ た こ と は誠に慚

に耐 え ない 次 第で ある。 深 く お詫び し上 述の よ うに訂正 させ て頂 きたい

 

さ て、 「成仏 」 の 観 念が優

になっ て くるの は紀元 も前 後 す る頃で あっ たろ

と 思わ れ るか ら、 「

を考え続け てい く人 の こ とを 「仏

陀) と呼 んだ文献が

実 際

に あっ た とは

で は 釈 尊の教 えに従っ て縁起 を考 え続 けて い こ

と し た 人 がなん と称さ れてい か と 、 恐 らくは、 それが 厂声 聞

§ravaka , savaka

」だ っ た は

であ る。 以 下に 、その こ とを示 す 一 文6》パ ー

1W

η α一 sanlyutta か ら引い て お くこ と に した い

   

Katamo

 cassa  ariyo  

fiayo

 

pafifiaya

 sudittho  

hoti

 suppatividdho ////

Idha

 gahapati

 ariyasavako  

patiocasamuppadafifieva

 sadhukarp  

yoniso

 manasi  

kar

 

oti ////

Iti

 

imasmim

 sati 

idarp

 

hoti

//

imasmim

 asati  

ida

na 

hoti

//

imas

 

suppada  

idam

 uppajjati 〃

imassa

 nirodha  

idam

 nirujjhati 〃

Yadidam

 avijjapac ・

 

cayfi sahkhara //… …

Ayam

 assa  ariyo  

fiayo

 

pafifiaya

 sudittho  

hoti

 suppati − viddho ////(そ して 、 彼 に聖 なる法 則が 智 慧に よっ て よ く見ら れ よ く洞察さ れ る よ  うに なるとは どの よ うなこ とか 。 〔ア ナー タピ ン デ ィ カ〕居士 よ、 こ の 点に関し、 聖

 

なる声 聞

savaka

は縁 起 だけ を充分 に如理 に考 えるの である。 か く して、 これ が  あ れ ば あ れ とな り、 こ れが な けれ ば あれ と は な ら ない 。 こ れが 生 じればあ れが 生 じ、

 

こ れ が滅すれ ばあれ が滅する。 即 ち、無明 の縁 に よ り て行 が あ る。

以 下 、十二 支 縁 起を順 逆 に考 える定型句的一節 は略 す)以 上が 、 彼に聖 なる法 則が智 慧に よっ てよ  く見 られ よ く洞察さ れ るよ うになる とい と で 。)

 

これ と同 じ経典は漢 訳の 阿含

に は確 認 されてい

るが

同様

現 を もっ た経文は、 トル フ ァ ン 出土の

Nidan

αsampyukta

に も

出し

る 7) 縁起 を考 え る 人 を 「声

9ravaka

)」 と称

るこ と は、 北 イン ドを経 由 して 中央ア ジ ア まで

まっ た説一切

有部

Sarvastivada

)に も周知 されて い たこ とであっ た ろ

と考 え ち れ る 。 しか も、 説 一 有 部の 伝 えた ア ビ ダル マ れ ば か か 無 漏 一

286

(4)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Umversrty

44

) 『法 華 経』 と 『無量寿経』 の 菩薩成 仏 論 (袴 谷〉

法 (anasrava  

dharmah

)を成

就す

る (samanvagata )の は

て の

有情

(sarva −sattva )

であ り

る と考え られて い た と推 測 さ れ るか ら、

当然

」的に は 厳格 な除外規

け られ てい た に せ よ、

教 義上

は、 全ての 人が 縁起 を

える もの で あ りうる可

性は 恐 ら く認 め られ て い た は

8)。 しか るに、大乗 仏教 と共に優

とな っ た通 俗

な 「成 仏」 とい

観 念は、 菩

思 想 と連ん で、 い わ ば説 一

有部

如 上 の ご と き 「声

」 を 「

想」 上の 論

結着

を俟た

して否定 し去 っ たよ

わ れ る9 }。 そ して 、教 義 的 な限 定 を受 け ない sattva は イン ド的 な

atman

と して輪廻 転 生 す る通俗 性に委ね られ、仏 教の 開祖 である釈 尊の よ うに

buddha

と崇め ら れ る人の

atman

前世

で も

bodhi

を求め て

善業 を積

んで い た に違い 考 えら れ て

敏 α の

bodhi

・satta

bodhi

・sattva の物 語の展 開 となっ た が、そ

で ない 人

atman

は悪 趣に堕 す る恐怖 に慄 い て善 業 を求め 、で きるこ となら ば

buddha

に で

もな り

たい っ たの である。 か く願 っ た後

の 要 求に対 して、 伝 統 的 仏教

内の 出家 者が、

教 団

として

蓄積

され て きた

思 想

」 とい

よ りは 「習

」の 記

録 で ある、 経 蔵

分 と して の

Khuddaka

−nikaya

K

§udrakagama の

伽 々α や σ

4

伽 αなどの 説話や、

蔵 中で

無 記

な る生

上の 規

と共 に

物語

られ て い た

説話

1°)

た か

思想

経典

の ご と くに、

創作

を も伴っ て、 在

に解 放 した もの が大 乗 経典に ほ か な ら ない と私 は

えてい る。

っ て、 私 は 、伝 統 的 仏教 教 団 以外に 、大 乗経典の っ た在 家 集 団 を別 途 に想 定 する 必要 は ない と思っ て お り、 その こ とはこ れ ま で も証 拠づ けて きたつ も りである11)。

 

その

で、 私 は、

大乗仏教 を も

含め た イン ド仏 教 史の 展 開 を見 る上に お い て、 その担い 手 と しての教 団につ い て は 、 説一切

部に代 表 さ れ る よ うな伝 統 的 仏 教 教 団 を想定する だ けで

分 と考 えてい るの で ある が 、本

以 下で は 、その 点 を示 唆 すべ 、 根本 説 一

有部

Mala

Sarvastivada

)の 律に

す る文献 を取 り上げ て 考 察 してみ ることに したい の 文献は 、 沙弥 (§ramanera )の 十

を中心 に 沙弥 の 行 うきあ り様 を碩べ た もの に対 し

Sakyaprabha

註 を施 した

の で ある12)が その 末 尾の 傍 論 (zhar  

la

’ ongs  

pa

, 

prasahga

で、

有部

動 と並

して行 わ れて い た大 乗 仏教的状 況に関 して も言及 が な され てい るの であ る。 ただ し、こ の 文 献の 著わ さ た時代 につ い て は、 そのチベ ッ ト訳典 籍 として の 記 載 が

824

年 成立の 『ル マ 目録’3〕

出 し

うる

ことよ り、下 限は 自ずと明 ら か であ るが、

限 は どこ まで 遡 ちせ

うる

かは今の とこ ろ

かでは

い 。 しか し、 そ れ ほ ど古い とい う印 象 を与 え の で は ない に せ よ、 入世 紀 こ ろ までの イン ドの 一

285

一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(5)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

        

法 華 』 と 「無 量寿経』 の 菩 薩 成 仏 論 (袴 谷)

     

45

有部教 団

の 一般 的状 況 を知 るた め の 資 料 と し利 用 す だ けであ れ ば、 当該文

のか か る性 格は特に支 障とは な らない

。 以 下に和訳 して 示

の は 、如 上の

論 箇

訳で あ る。 訳 文

し た

号は、 文の 区切 りを指 示 す るた め に便 宜

え られた

の に しか

ぎない 。   お よそ だれで あれ世 尊 の 声 聞 (nyan  

thos

, §ravaka 、 弟子の こ と

た ちに して 業 や果な どの 一切 〔の 法〕が有る と主張す る14)の た あ れ ば 、 彼 ら 有部の

 もの (

Thams

 cad  

yod

 

par

 smra  

ba

, 

Sarvastivadjn

)たちで ある。 … …  か くして

以 下の ご と く、 昔は、 こ の 説

在 し

、 そこ〕

か ら、世 尊が 般 涅 槃 す る と、 そ れに依 っ て他 の部 派(sde 

pa

 

gzhan

 

dag

 nikayantar −

ah

)が 起 っ た の で、 〔説一切有部 が 〕 それ らの 根本 (

gzhi

, mUla ) となっ た ゆえに、

根本 説一切有部 (

gZhi

 

Thams

 cad  

yod

 

par

 smra  

ba

, 

Mala

Sarvastivada

) とい わ

れ る、 とい ううに 示 さ れ の であ る。 世尊が般 涅 槃 して後あ ま り久し く経過 しな

 

、五 百 人の 阿 羅 漢がラー ジ ャ グ リハ (rGyal  

po

i

 

khab

 

Rajag

ha

)に集っ

て 三蔵 (sde  snod  

gsum

 

tri

pitaka

結集 の 後 、 〔世 尊の 〕般 涅 槃 よ り

110

年が経過す る と、 聖者サル ヴァ カ

Thams

 cad

dod

, 

Sarvakamin

などよ

 

りクブジ タ (sGur  

po

, 

Kubjita

や サ

Zhi

 

ldan

, 

Sadhr

)に 至 るまでの 七 百 人の 阿 羅 漢が ヴァ イシ ャー リ (

Yangs

 

pa

 can , 

Vai

§互

li

)に集っ て第二 の 結 集 15}

 (

bsdu

 

ba

を な さ り 高声な どの 十 を排除 した が 、詳 し くは、『雑事 (

Phran

tshegs

)』 中に 出て い るの で ある。 … …

 

他の もの た ちが 言 うに は、教説 (

bstan

 

pa

apad6sa は、八支 よ りなる(yan  

lag

 

brgyad

 

dang

 

ldan

 

pa

, a§

tahga

samanvagata サ ン ク リ 16 )

1egs

 

par

 sbyar  

ba

, sa!

psk

τ

ta

)の もの

っ たの で

ある が、 その 同 じもの が 世尊の持 (

byin

 

gyis

 

brlab

, adh 域

hana

)に よ り律の 力

によっ て 異 っ た もの として 顕 わ れ る よ うになっ たの であ り、 〔それ は あた か も〕、 同

時に (cig car 

du

 yugapat  sakrt )大 〔rgyal  

po

 chen  

po

 

bzhi

, catvaro maharaj  

ah

)に対して 〔四〕諦 (

bden

 

pa

, satya )が説 示 され たの と同様で あ り、

 

また、次の よ うに、「言葉 だ け お 説きに な られ たが、

様な もの と  して知 られ る よ うに なっ た の は 、 そ 〔の お言 葉 〕は自分の た め に 〔説か れ たの 〕で ある と、全て の もの が理解 した か らである17) 。」 と説示 さ れ て い る か の ご と くであ

 

る、 と説明 されて い るの で ある。 しか ちば、 黒説 (nag  

po

 

bstan

 

pa

, 

kalapade

§a

 

と大 説 (chen  

po

 

bstan

 

pa

 mahapade §a) と は の ように解 釈されるの か。 その 同

 

じ 〔『律雑 事Ls)

』 の ) 中で (

de

 

las

 ni, 

tatraiva

)、

こ こ

に お い 、 あ る比丘 が

(6)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University

46

) 『法 華経』 と 『無 量 寿 経』 の 菩 薩成仏論 (袴谷)

て、 こ の は 私 が世尊よ り正 し く受 持 した もの で ある。」 とい わ れ て い る もの よ り、

詳 細に 、「 入 ら

mdo  sde  

Ia

 ni mi

jug

, satre  navatarayati )、律に 示 さ れず

(’

dul

 

ba

 

la

 mi  snang  vinaye  na samdar §ayati )、 法 性に 違 す (chos  nyid  

dang

 mi

mthun , 

dharmatarp

 vilomayati )よう な もの 、 そ れ は仏 説 (sangs  rgyas  

kyi

 gsung ,

buddha

bha5ita

遠 く ら れあ る

。」 とい わ れて い る 〔ま

で の 〕 もの 、 こ れ こ そ が 黒 説 で あ る。「 入 り (mdo   sde  

la

jug

,  satre ’

vatarayati )、 律に 示 され ( ’

dul

 

ba

 

la

 snang , vinaye  salpdar §ayati )、 法 性 に違せ

ざる

 

chos  nyid  

dang

 mi  mthun  pa med , 

dharmatalp

 na vilomayati )ような も

の 、 そ れは仏 説 である か ら取 られ るべ きで ある。」とい わ れ て い るもの 、こ れ こ そが 大説で ある。 … …  学 (

bslab

 

pa

, §

ik

§

a

>は 三 つ 、 即 ち、 増 上 戒 (

1hag

 

pa

i

 tshul

khrims

, adhi §

lla

増 上心 (

lhag

 

pa

i

 sems , adhicitta )と増上慧 (

lhag

 

pa

i

 shes

rab , adhiprajfia )とであ る。 その うち、 増上 戒 とは律 ( ’

dul

 

ba

, vinaya )で あ る。

増上 慧と は無 漏の 慧 を自性 とする ア ビダル マ chos  mngon  pa  abhidharma であ

る。 増上心 と は 〔四〕 禅 (

bsam

 

gtan

, 

dhyana

)と 〔四〕無色 〔定 〕(

gzugs

 med  

pa

arUpya

)と である。 その こ と を示 す典籍 (

gzhung

, 

grantha

)に おい て もまた仮設 と

して (

btags

 nas 次の よ うにい わ れ てい る。「根 本 説切 有 部 以 外

そ れ ら十七

種 の分派 (

gyes

 

pa

も、 ま ら同じ 三 学 (

bslab

 

pa

 

gsum

 po ,§

ik

a

traya

を示 して い る か ら、 経の で もあ り、 律に示 され る もの で もあり、 法 性 に違

せ ざるもの で もある。 とい うの も 〔それ ら は〕涅 槃 (mya  ngan  

las

  ’

das

 

pa

, nirvarpa ) と一致 して い で あ る。」 と。 … …  同様に、 〔法 性 は〕法 印 L9)chos  

kyi

 

phyag

rgya , 

dharma

mudra もあ り 、 それは また、 「一切 法無我 chos  

thams

cad  ni 

bdag

 med  

pa

 

yin

, sarva −

dharma

 anatmanah )」

「一 有為

那で ある

(’

dus

 

byas

 

thams

 cad  ni skad  cig  ma  

yin

 sarvasa skrtah  

kSaqikab

寂静である(mya  ngan  

las

 ’

das

 

pa

 ni zhi 

ba

 

yin

9antarp

 nirva am )」 と 〔仏に よっ

て〕説か れ た もの で あ り、 そ れが 法 印の 三 つ の特質 (mtshan  nyid , 

lakSa

ロa)なの

である。こ れ以 上多 くを述べ い か ち、お よ そ なん であ れ 、契 経(mdo  sde , stitra)な ど 〔の 十二 教〕で あ る、三 〔法〕印の 印 を押さ れ た もの であ り、 か つ 、 三学を示 して い の で あるな らば 、 それ が 仏 説で ある と知るべ 。 また、 「 印 を備え、三 を示 し、初め も中も終 りも善 き もの は仏説である と知 者

mkhas

pa

, 

paqdita

)は 理 解 する。 」 と説明 さ れ て い る、その ような もの と別な もの は仏説で は ない と知 るべ あ り、それ は た か も、世 尊般 涅 槃 し よ り

110

年 経 過 した と 一

283

一 N工 工一Eleotronio  Library  

(7)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty

        

法 華 』 と 『無量寿経 』 の 菩薩成 仏 論 (袴 谷)

     

47

 

き に、 十 非 浄 事 (rung  

ba

 ma  

yin

 

pa

i

 

gzhi

 

bcu

, 

da

§

aka

pyani

 vastttni )が生 じた

 

ご と くで ある。 … …

 

更に また

2°》、   主

と して 味だ けに よっ て 〔仏が 〕仏 説たるも

 の と承 認 な さっ たか ら、 ◎ 阿 羅漢た ちが 区別をな さ れ たもの で ある か ら、 ◎仏の 加

持 より生 じ た もの で ある か ら、  『ク リ

キン王覚 夢 経 (rGyal  

Po

 

1

(ガ 扉 ∫rmi  

lam

 

sad  

Pa

 ’

i

 mdo )』 で 「カー シ ャパ 正 等覚 者は ク リキン (

Krkin

告 げ 給

 

よ、 汝の 夢 に おい て 、十 八人の もの が一つ の 毛布 (ras yug  pqta )を引 張 っ て い る

 の が られた の は、 シ ャ ー キャ ム ニ の 教 説は十八種 に分か れ る であろ うが 、 その 解  脱の布 〔そ の もの 〕 は分か れ ない だ ろ う 〔い う を予 言 の で ある〕。 」  と出て い か ら、 そ れ ら 〔他部 派の 誦 する大乗 経典の ご と きもの 〕 もた仏 説た る  こ と と矛 盾 しない の であ る。

 

さ て 、 か な りの 長きに わた っ て本文献 を示 した の は、 引 用の 直

に 断 っ た よ う に、

大乗仏教

も含

む 「

菩薩 成仏論

展開

台であっ た と考 え られる伝 統 的 仏

教 団の 一般 的 状 況 を知 る一助 として で あっ た。 本 文 献は、上 述の ご と く、まだ 入

成 就 式 (upasampada ) を

げ て い 未 成 年 の 仏

入 門 者 で あ る 沙 弥 (§rama ロera )を相 手に 、

団の 「習 慣」 を

教 育す

るこ と を 目

と し たもの である か ら、 「思 想 」 上の 第一 級の

品 である と見 做

こ と な ど は到 底 で きない 。 しか し、傍論 と し てで あれ 、上 引の ご と き問 題 に触れず して 沙弥の

教育 も

で きな か っ た とこ ろ に

有部

姿勢

て 取れ る よ

に思 われる。 もっ とも、傍 論の 説 明 それ 自体 は 、

後代

の 用

で あ る 「

dharma

mudra を権威

使

 

「一 演説 法」 や 「大 乗 非 仏 説」 を も容認 する妥 協 的態 度 を示 す

    )な

ど、 その

世 成立 的 印 象は拭い い の で あるが、それで もなお 、法の 決 択 (

dharma

pravicaya

で ある ア ビ ル マ を重 視 し

  )

人 にず法

21)(

dharmah

 

pratisararpam

na  

pudgalah

べ し と

る 「思

上の

決択

を使命 として い た こ とは、 子 弟 教

と し て 自派の歴 史を物語 る箇所

    )

に も反映さ れてい る と言 えるで あろ う。 しか る に、 その 沙 弥た ちは 、か か る 「思 想 」面に関わ る教

に も

折 触れ させ ら れ なが

ら も、 実

に は、 第六 に

歌 観聴 の禁 止 (nrtya −

gita

−vaditra −viramapa

七に 塗

香 鬘 の 止 (

gandha

−malya −vi 】epana −viramapa )、第 十 に 金 銀 の 受 領

jatarOpa

−rajata −

pratigraha

−virama a

を 含む 十戒22)を遵 守 すく教 育 さ

の であるが、 その

で は 、

らの

、 成 人 した後の 比丘 となっ て か らの

時期 を

も加 えて、僧

layana

)を出て教 団 内仏 塔で、

理 人

vaiyavrtyakara )や 業務

執行 職 (

karma

dana

)や

理職 (upadhi ・varika な ど と し

従事

(8)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Umversrty (

48

     

『法 華経』 と 『無量 寿経』 の 菩薩成 仏論 (袴谷) する場 合に は、 花 を飾 り香 を

E

音楽

を奏で金 銀 を扱 っ た として も、 十戒の上 記の

条項

に抵触 するこ と は な かっ た の で

か か る状

後代

立 と思われ る

引の 文献の 時 代の み な ら

、 大 乗 仏教が 浮 上 した初 期 の 頃か ら そ

で あっ た ろ

とい

こ とに つ い ては、 既 に 一拙稿 23》 じた りなの で 、 こ こ で再 説 する こ とは しない 。

II

 

法華経

』 の

菩薩成 仏論

 

さて、 「

菩薩成仏論

」 の

生 と

展開

と共に 浮 上 し た と

えられ る

初期

大乗

成 立の 舞 台が 、 基 本 的に は 、説 一切 有部 を中心 す る伝 統 的仏 教 教 団 以外 ない と

れ ば 、大 乗 経 典の

創作者

は 、当然の こ となが ら、教 団 内部の 出家でな け れば な ち ない であろ

。 しか も、 その 出

家者

は 、

創 作

に 必

な 知 識 とい

点か らい え ば 、

仏教

典籍

教義

に通 暁 して い なけれ ば

らなか っ た は

るか ら、

教団

実 利 面理 を任せ られ てい た如上の vaiyavrtyakara , 

karma

dana

, upadhi − varika などではあ りえず、恐 ら くは 、平川彰 博士 に よっ て も最 古の大 乗 経典の 一 つ と認め ちれ てい 法 鏡 経以 来の 文

に おい

列挙

伝 統

仏典 護持

者 で ある

dharma

kathika

dharma

bhanaka

/sUtra −

dhara

(明 経 者)、 vinaya ・

dhara

(奉律 者)、 

bahu

−§ruta (多聞)な どと呼ばれてい た出家比丘2‘)

っ た と考 え ら れ る。 と は い え、 彼 ら が、 例 え ば 、 カ ー ィ ヤ ー ヤ ニ ー プ トラ (

Katyayaniputra

、 迦 旃延尼 子 、 迦 多 衍 尼 子)の よ

な厳 格 な意味 で の

学 者 (

abhidharmika

)で な か っ たこ とは間違い ない であろ

が 、 しか し、 仏典の

文 言に精 通 した一種の 専 門家25)で あっ た こ と は残 された大乗 経典か らみ て も

確 実

である。 その 意味で 、 『

華経

』の

たな校 訂本 を世に 送っ た

Nalinaksha

 

Dutt

教 授が、 その 「

序文

」 に おい て、 『

法華経

を含

大乗諸

との

関連

で、 次の よ

に述べ お ら れ 26〕 め て 注 目

しよ 。   パ ー あ るは プ ラク リッ ト語の三 蔵の サ ン ス ク リッ ト語 化が紀元前の 時代 に 説一切有 部に よっ て着 手さ れ 、 その 結果 として、 完 全 なサ ン ス ク リッ ト語の 三蔵 が 出現 し、 そ れ が北 イ ン ド と中央ア ジ ア や その 隣 接 地 域 に流布す る よ うになっ た、  とい こ と が 銘 さ れ るべ き で あ る 。 そ し て、大 乗教徒 た ちの 観念 論 (

idealism

)も

 

し くは一元論 (monism )が現わ れ、 またそ れ と共に 『 般若 経』 類、 『楞 伽経 』、 『 十 地 経』、 お よび、 本 テ キス ト (『法 華 経』

が 現 わ れたの は、 その 説一切有部の実 在論  (realism )に対 する抗議 としてなの であっ た。 こ れ ち 〔の 大 乗 経 典〕は、 説 一 一 281 一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(9)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

        

『 法華経』 と 『無量寿経』 の 菩 薩 成 仏 論 (袴 谷)

     

49

 の三蔵 を研 究 し、 その 三蔵の 用 語 や 語 句に非 常に よ く熟 達 してい た た め に、 彼 らの  大 乗 論 書に お い 多 く合 に プ ラー ク リッ ト語 的な用 語や文法形態を留めて  い た こ と は言 うまで もない こ と である が、 ほ とん ど無意 識 的に、 同 じ 〔サ ン ス ク リ

 

ッ ト語の 用語や 語句〕 を使用する よ うに なっ て い た出家者た ちの 、 創作だ っ たの で  ある。

 

説一切

有部

思想

を単純 に 「

実在 論

」 と言い 切っ て し ま

こ とに は問題が ある27) として も、 大 乗経 典の 創 作

が サン ス ク リッ ト語 化 された三 蔵 に 習 熟 した

出家者

た ち であっ た と明 言 して い るの は極め て適切 である と思わ れ る.藤 田宏

博士 は 、 こ の

Dutt

授 の 指 摘に 注 目 さ れ 、 そ れ を 『無 量 寿 経 』 や 『阿 弥 陀経』 の 場合に も 適用 さ れて、 両 経に お ける

常套

句的表現 を

パ ー リ三蔵 中 され た る28)が 、 そ

33

例 中

16

指摘 され る、 sat ・

KR

尊敬する

、 

guru

K

(尊 重 す る)、

MAN

(崇 拝 す る)、 

PUJ

供 養す る) を語 根 とする 四連語 に 因 む 表 現 が、 『

法華 経

』 に も共 通

る もの で あるため に 、

稿 で は、 この 表 現 を

心 に置 き なが ら、初期 大 乗 経典で ある 『法 華経 』 と 『無 量 寿経』 と に お け る 「

菩薩成 仏 論

」 を考

し てい っ てみ るこ と に した い 。 まず、 その 四連

を、 これ以 下に おい て は 、

りに 「

崇敬

の 四

連語

」 と

命名

させ て もち

こ とにす るが、 この 「崇 敬の 四連 語」 を含んだ

を 『法

華経

』 「

品」 か ら示 す と、 次の とお りである 29

  

日月 燈明仏八 子、 皆 師妙 光。 妙光教 化、令 其堅固 阿 耨 多羅三 藐三菩提 。 是諸王 子、 供養無 量 百 千 万 億 仏 已、皆成 仏 道。 其最 後 成 仏 者 、 名日燃 燈 。 八 百 弟 子 中 、有一人。 号日 求 名。 貪 著 利 養 、 雖 復 読 誦 衆 経 、 而 不 通 利 、 多所 忘 失 、故号求名。 是 人亦、 以 種諸

根 因縁 故 、得値 無 量 百 千 万 億 諸 仏、 供 養恭 敬 尊重讃歎。 弥勒、 当知、 爾 時妙 光 菩 薩 、豈異人乎 、 我身是 也 。 求名菩 薩 、汝 身是 也。 今 見此 瑞 、与本無 異。 是 故 惟 忖。 今 日如来、 当 説大 乗経、 名 妙法 蓮 華、 教 菩 薩 法 、 仏 所 護 念。

  tatrAjita

 

ye

 

tasya

 

Bhagavato

tau

  putra  abhavan  

Mati

pramukhas

 

te

 tasyaiva

 

Varaprabhasya

 

bodhisattvasyantev2sino

bhOvan

/te 

tenaiva

 

paripacita

 

abhUvann  anuttar 亘yarp samyak −sarpbodhau  

tai

§ ca 

tatah

 

pa

§cad  

bahUni

 

buddha

 

koti

−nayuta −§ata −sahasraqi  

dr

§

ta

i

 satk ;

tani

 ca /sarve  ca te ’nuttara 【

p

 samyak −

 

sa

bodhim

 abhisambuddhah  

pa

§cimakaS  ca te§

Dlparpkaro

bhtit

 tathagato

 

rhan

 

samyak ・sa

buddhab

teSa

卑 ca

tanam

 

antevasi ・

6atanam

 

eko

 

bod

hisattvo

dhimatram

 

labha

guruko

bhat

 satkara

guruko

 

jfiata

guruko

 

ya

§as −

 

k2mas

 

tasy6ddiSt6ddi

tani

 

pada

・vyafijanany

 

antardhiyante

 

na

 

sarpti $

thante

(10)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University

50

     

『法 華 経』 と 『無 量 寿 経』 の 菩 薩成 仏 論 (袴谷)

sma /tasya  

Ya

§askama  

ity

 eva  samjfiabhat /

tenapi

 

tena

 

ku

§ala −mUlena  

bahUni

 

buddha

kotl

−nayuta −§ata −sahasrarPy  

aragitany

 abhuvan /

aragayitva

 ca satkrtani

 

guruk

tani

 manitani  

pajitany

 arcitany  apacayitani /sy2t  

khalu

 punas  

te

 ’

jita

 

kah

 ksa

 va vimatir  va  vicikits 盈va /anyah  sa tena 

kalena

 tena samayena  

Varaprab

 

ho

 n且ma  

bodhisattvo

 mahasattvo  ’

bhUd

 

dharma

bhaqakab

/na 

khalu

 

punar

 evamp

 

dra

tavyarp

tat

 

kasya

 

hetoh

/ahalp  sa tena 

kalena

 

tena

 samayena  

Varaprabho

 

na 皿 a 

bodhisattvo

 mahasattvo

bh

d

 

dharma

bhaqakah

/ya§casau  

Ya6askfimo

      A

 

nama  

bodhisattvo

bhUt

 

kausidya

praptah

/tvarn evAjita  sa 

tena

 

kalena

 tena

 

samayena

 

Ya

§askamo

 

nama

 

bodhisattvo

 

bhitt

 

kausidya

praptah /

iti

 

hy

 

Ajitaharn

 anena  

paryayepedalp

 

Bhagavatah

 parva ・nimittam  

dr

tvaivarp

・raparp

 ra §mim  ut r

t

且m  eva  parimimar ηse yatha  

Bhagavan

 api 

ta

SaddhamazPu

da

 

rikarpz 

dharma

paryaya

 

sUtrantam

 

maha ・vaipulyarp

 

bodhisattvavavada

 

sarva −

buddha

−parigrahar ロ

bha

itu

kamah

//

 

上 の 末 尾で は、 『蓮 華 (

SaddharmaPundarika

』の 説 示に 言及 されて い るが、 これに

して は 、 既 に、

川彰

士 が、 『法華 経 』 の 「序 品」 お よび 「

譬喩

品」 以下で繰返 さ れ るこ の 『妙法 蓮華』 とは 「方 便品」を指し、従っ て、最 古の 「方 便品」以外は後の 成立 と見做 す 御 見解 を示 してお られ る 3σ) が 、 全 くその とお りで あ ろ うし、 現 に、 この 引用

所の 狭 き

範囲

にわた っ て も、 竺 法

護訳

→ 羅 什 訳→ サ ク リッ ト

とい

漸次 の 増 広が.見て取れ るの であ り、 問題の 下線 を付した 「 崇敬の 四連 語」 の箇 所につ い て も、 『 般 若経』 の 「大品」 「小品」 や 『大 智 度論』 の頃 まで な ら ほ ぼ 四連 語 に決 っ て い た ろ

と思わ れ る31)の に、 サ ン ス ク リッ ト

では ar − cita, apacayita の 二語の 付 加が認め ちれるの である。

  

さて、 「 崇 敬の 四

連語

」 に

関連

した

考察

る前に 、如 上の 引用 文の 全体の 流れの 中での位 置づ け につ い て、

若干説

明 を加 えて お きたい 。 「序 品 」 は 、 まさ に 法 を説か ん とす る世 尊に、彼の 眉 間の 白毫か ち一

たれ る

瑞 が

られ た こ とか ら、 そ れ に よっ て遠い 過 去の 日月燈 明 (

Candrasitryapradipa

)如

の こ と を 想起 した文殊 師利 (

Mafijugri

)菩 薩の りに転 ずる。 その 過 去 世 には 、幾人 もの 同じ

の 日月燈明如 来が 現わ れ て法 を伝 えた が、

最後

の 日

月燈

明如

が般涅槃 し た

に 、その 法 を護 持 した の が

光 (

Varaprabha

菩薩

である。 日月燈明如 来が

した八子は皆 こ の 妙 光の 弟 子 と な り、 その 第八子が燃燈 (

Diparpkara

)如 来 とな っ た。 ま た 、妙

には、 求

Yagaskama

菩薩

とい

う弟

い た が 、

が現 在の 一

279

一 N工 工一Eleotronio  

(11)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty 『法 華 経 』 と 『無 量 寿 経』 の 菩 薩 成 仏 論 (袴谷) (

51

) 弥勒 (

Ajita

Maitreya

)菩 薩 あ り 妙 光現在 自分 自身る文殊 師

に ほ かな らない の である が 、

の 私の 説明

の 燃 燈 如

以 下の こ とが、 上 引の

に述べ ら れ てこ となの である。 この よ

に 、過 去の 日月燈 明如 来 の 時

瑞と現在の 世

の そ れ とが

く異 らない と示 すこ とに よっ て現 在の 世

の 『

妙法 蓮華

示 を意義づ け る の が 「序品」の 役 割であるか ら、 そこ に言及 され る夥 しい 仏 や 菩 薩が 「菩 薩 複

数説

」の 厂

菩薩成

仏論

を物語

っ て い る こ と は明 白とい な けれ ば なちな か も、 か か る 「菩

成仏 論」 が語 られ る時に、 菩 薩た ち が仏を拝 す る

の 行

その もの を表 現 してい るの が 「崇 敬の 四連 語」なの である。 以

に、 その 用

を、 『

法 華経

』 の 成立や 如 上の 「

品」

的増 広

と相 前後 し、あるい は 、平 行 して展 開 しい て た か も しれ ない ア ヴ ダ ーナ文

の 常

套 句 中

よ り、 示 して み る こ とに した い 32)。

 

buddho

 

bhagavan

 satkrto  

gurukrto

 m 翫nitah  

pOjito

 rajabhi  raja ・matrair

 

dhanibhib

 

paurai1

〕 §re§

thibhib

 sarthavahair  

devair

 nagair  yak $air asurair

 garudaih

 

kinnarair

 

mahoragair

 

iti

 

deva

−naga −yak

asura

garu

la

kinnara

 

mahorag 盒

bhyarcito

 

buddho

 

bhagavan

 

jfiato

 mahapupyo  

labhl

y

a

pl

ap

誕隻螽翌 璽 り聖興 ζ二

麺璽

P

t

胆 襲塗

al

胆 :饅一℃

i鎮

ξ重璽一1!)− sa ・§ravaka −sa1η

ghah

 

SrAvastya

卑 viharati  

Jetavane

’nathapipdadasyarame

 私

は 、ア ヴ ァ ダ ーナ 文 献の か か る表 現が成 立 してい た

点に は 、 既 に 、「苦 行 主 義」 を経 由 した バ ラモ ン の 「祭 式 主 義」 の

活 と もい

べ き 「

作善

」 が

全に 伝 統 的仏

教教 団

に も滲 透 して い

見做

して い る が、 私が かつ て示 した 「

作善主義

の 図33) 」 に よ れ ば 、 引 用

に実

で示 し た 「崇敬 の四 連語」 の対 象であ る仏世 尊 (

buddho

 

bhagavan

)が (ロ)の

受 領 者

pratigrahaka

)で 「出

菩 薩 (

pravrajito

bodhisattvab

を象徴

敬の 四連 語行 為 者で ある国 王 (r2jan )以 下の

人会長 (§re§

thin

) や 貿 易 商 主 (sarthavaha ) など削 イ)の 寄 進 者で ある 「在

grhi

 

bodhisattvab

を指 る と

え られ る

。 この 場 合の 施 物

d

. が、 点線 を

付 した civara −

pipdapata

−§ayanasana −

glfina

pratyaya

bhaisajya

pari

kara

あるこ とは言 うまで も ない 。 か か る施 物は 、 大い なる功 徳 /福 (maha ・

pu

η

ya

)を

した仏 世 尊が 所 有 者 (

labhin

)となっ て こ そ果

効 と

え られ てい た とこ ろ に 、 (イ)と(ロ)との

関係

としてな りたっ て い たの である が、 「

崇敬

の四

連語

」 を

む如 上の 引用 類 似の文 例 を、

Khuddaka

・nikaya の

の 傭 η α に

め て示 してみれ ば 、以 下の とお りである34 )。 一

278

(12)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

52

) 『法 華経』 と 『無量寿 経』 の 菩薩 成仏論 (袴 谷)

 

eka samaya

Bhagava

 

Savatthiya

viharati  

Jetavane

 

Anathapipdikassa

 

arame

. 

tena

 

kho

 

pana

 samayena  

bhagava

 sakkato  

hoti

hoti

 manito

 

P

 

aPacito

  

labhi

 

堕 芝

a

亜 廻

qp

錘旦二

Se

垣ミ

ap

旦盛 亅亘

na

p

q

ζ

y

h

e

婁釦

j

旦! 理些

垤蓐垣

P

…填 真

 

この で も、 実 線の 「崇 敬 連語 」 の 対 象は 「

仏 )世 尊」 で あり、 その 施 物 も先の

く同 じであるが、 その

物の 所

者 (

labhin

)を実 際に 擁 して い たの は

統 的 仏教教団の

仏塔 な

ど以外で は あ りえ なかっ た で あろ

35》。 か か る伝

統的

教 団が、 イン ドの 貨幣経 済社 会の 発

36)と共 に ム の影 響 を強 く蒙 り、(イ)と(ロ)と 関係も大掛 りな も と な た が 、 そ れ を反映 したの が、先に示 した 『

法華経

』 の 「

方便

品」 を除 く 「

品」 な どの

場面

述だ っ た と考 えるこ と が で き るの で ある 。

 

一 方、『法 華 経』 「方便 品」は、そ うい うヒン ドゥー イズム的 通俗 化の波が比較 的 及ん で い

う意味

か らい っ て も、

彰博

士が この 品 を

古の 『法 華経 』で ある とおっ しゃ っ た こ とは首 肯されるの で ある が、 松 本 史 朗博士は 、それ を更に 一 歩進め 、 「方便 品」 を長行 部 分 と偈部 分 とに一一応分 けた上で 、前

が後

よ りも古 い

見做

前者

bodhisattva

の 用

が認め られ ない こ とにつ い て、次の よ

に 指 摘 されてい 3η。    し か る に もし、「方便 」 の 長行 部分 こ そ が、 “ 最古の 『法華経』 ” で あ る とすれ

 

ば、そこ に “

bodhisattva

” とレ・う語 あ る ら 、 “

bohisattva

菩 薩」 とい   う語に よっ て、 『法 華 経』の 本 来の 思想 を理 解しよ うとするの は、不適 切 である とい   うこ とに な るで あろ う。

 

私 もまた、 「方

便

品」の 長

行部

分 が よ り古い こ と、 そこ に

bodhisattva

の 用語の ない こ と、 この 二

しては

疑義 を差 し挟

む 必

要 を感

じて い な い の で

る が、 そ こか ら

か れ る、 「

方便

品」 長行部分の

と な る思想 は 「一切

成」 とい う 「反 差 別 思 想 」である、 とい う結 論に は 、容 易に首 肯 しえ ない 問題が ある と思わ ざ るをえ ない の である。 以 下に、 こ の 点につ い て触 れたい と思

が 、 その

に、 「

便

品」長

部分 よ り、古訳 の 竺

護訳 に

認め られ私

自身 も

比較

古い

箇所

と判 断 す る章 句 を三つ 、 サン ス ク リッ ト本38)よ り引用 して お くこ とに し たい 。

 

 

tath

gata

jfi

盃na ・

pratibodhana

hetu

・nimitta

 

sattvanam

 tathagato  

rhan salnyak −sarpbuddho  

loka

 utpadyate / (有情た ちに 如 来の 智 を覚らせ る ため に、

如来応 供 正等覚 者は世間に出現する。)

277

(13)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

         

華 経

』 と 『無 量 寿 経』 の 菩薩成仏 論 (袴谷)

     

53)

  

 

ekam  evaha

Sariputra

 

yanam

 

arabhya

 sattvanam  

dharma

deSayami

 

yad

 

idam

 

buddha

yana

1na  

ki

lcic 

Ch

互riputra  

dvitiya

vfi 

trtiyam

 va 

y

巨na

 

savidyate /(シ ャ ー リ プ ト ラ よ、私 は、乗 は一つ だけで ある こ と に依っ て 、

有情

 

ち に法 を説 く。 即 ちそ れ が仏乗なの であっ て、 シー リプ トラ よ、第二の 乗 も第 三

 の 乗 も決 して存在 しない の で ある。)

  

 

§raddadhadhva

 

me  

Sariputra

 

pattiyatavakalpayata

na

 

hi

 

gariputra

 

tathagatfin

巨卑 mr $a ・vadah  savidyate /ekam  ev6da

Sariputra

 

y

盃na 卑 yad

 idarp

 

buddha

yanam

//(リ プ ト ラよ、お また ち は を信 信 頼 し信 服 す

 

る が よい 、シ ー リ プ トラ よ、 如来た ち に は 虚 言 とい う もの が ない か

 

らである。 シャ ー リ プ よ、こ の 乗 は っ て、即 ちそれ が仏乗である。)

 

ところで 、 松 本博士 は、 上 引三

中の   を 自ら引用 し更 に

 

に も

れ なが ら 、 次 の よ うに主 張 されてい 39) 。

  

私 と し て は、 こ こ (ニ (a)) “一皆成” (一 衆 生 に なる)とい 立場が

 

認め ら れ る と考 え 、 そ れが 「方便品」 長行の や や 後の 箇所 (=

 

)で 「仏乗 」 (

budd

 

hayana

) と呼ば れた と見るの でる。       1   s

  

確 かに 、 こ こ に は単に「た ち 」 (sattvanam )と あ っ て 、「一切 衆 生に (sarva −

 

sattvanam とい が あ る わ けで は ない が、こ こで意図されて い るの は、 やは り、

 

“一 切衆生の 成 仏 (如 来 知の 獲得 )” とい こ とで あろ うと思わ れ る。 とい の も、 何 よ りも注 目すべ こ と として、 こ の 説示 〔

10

〕 (= @)が、 声聞 (§ravaka )であ

 

る舎利 弗 (

Sariputra

)に対して説か れ た か らで ある。 つ まり、 こ の 「 方 便品」 の 説 示以前の 仏 教 史に おい て は、 成仏で き るの は菩 薩だ けで、 声聞は成 仏 不 可 能 と さ れ

 

てい たの に対し、こ こ で は その 対 し 、 “ 衆生 た ちを成 仏 させ る こ とが 、如 来 出 世 の 目的である” と説か れ たの で あるか ら、 “ 従 来まで成仏 不 可能 とされ てい た声聞

 

も、成 仏が可能で あ る” とい うこ と が、 こ こ に 意 図 され て い る と え ら れ る か  ある。

 

この 主 張で、 まず問題 となるの は、

bodhisattva

につ い て は その 用

が 「 方 便 品」 長行

分 に 認め られ ない こ とに注 目され た松 本博士が、「一切

皆成 (

一切の 衆 生 仏に なる

につ い て は全 くそ れ と同 じ条件にある に もか か わ ら

そ れがある か の ご と くに論 じ られてい 厂一切 皆 成

、 松

本博

士が い か な るサ ン ス ク リッ ト文 を想定さ れて お られ るか は

明 で あ るが 、恐 ら く 「一切

皆成

に 直ちに重 な る よ

な表現は 問題の箇 所に 限 っ てい えば

皆無

であろ

りに 一

276

(14)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Umversrty (

54

     

『法華経』 と 『無 量 寿 経』 の 菩薩成仏 論 (袴谷 ) 妥 協 してそれが 「仏 とな る

buddho

 

bhavati

に類

る表 現

指 してい 理解 する に して も、 その ような表 現 すら、「方 便 」の 偈 部分 に は あっ も長行 部分 には 認め られ ない であろ う4°) 。 もっ と も、 私は 、用 語が な く と も解 釈が充分 に成 り立 つ ならそれ を認め るに

か で はない の で、 「一切

皆成

」 とは 「如 来知の 獲 得」 で ある とい

う解

釈 も、 で きるこ とな ら認め た い と思 う。 しか し、 その 場

に は 、 「一 切

成」 の

結果 も

た らさ れ る 「

声聞成 仏

」 と は声

の 「如

知の 獲

」 とい

こ と に な る が 、 そ れ な ら ば、 仏 教 史上

め て シャ ー トラ

声聞

の 可 能

1

生を宣 言 した 『法

華経

』 の件の 箇 所は、 「 な る声 聞は縁 起だ け を 充 分 に如理に考 える41) 」と伝統的に認め られて きた声 聞に対 して 、 そ れ を改め さ せ て一 体 なに を教え よう と し て い た の で あろ

か 。 私 は、 そ の 教 え こそ 厂仏 乗

buddha

yana

)」 で あっ た と

えて い る し、 か つ て如 上の

を引 き、 そ れに基づ い て 「仏 乗 」 の 意

く評価 した もの 42 }としては 、 今 で も、 こ の 「

」 の

言に よっ て、 旧来は

教 団

内に閉 じ込め られが ち であっ た仏 教が ヒ ン ドゥー イズム と共 に

展開

した民衆 化の れの

く門戸 を開か ざ る を え な か っ た状 況 を示 そ

と した とい うこ とで は、 その重

性 を再 認 識 して い る ほ どで あ る。 だ が、 一で は 、 『法華 』 の 問題 の 箇所が仏 教 史 上に おける初め て の 声 聞 批 判の

現化だ と

れ ば

る ほ ど、 その批 判は

伝 統的

な声 聞観に

対す

具体 的

で詳 細 な論 駁でなけ れ ば仏 教 的とは言え ない わ け で あ る43)か ら、 それ を果 仏 乗 」の 宣 言 44)

緒 的で通 俗 的な、 以下の ご とき、

Mahabharata

の 一45 〕

相通 ず

る、 当時

的 な気分 を謳い あ げ たにす ぎない の と

解 す

  

(イ)tarko ’

prati

§

thah

§rutayo  vibhinna  naiko  

y

ir

 yasya  mataM  

pram

議ロam /

   

dharmasya

 

tattvarp

 nihitaTp  

guhAyarp

 rnaha −

jano

 yena  gatab  sa 

panthah

//

   

(理 論は依 り所な らず。 天 啓聖 典は種 々 異れ り。 その 教 えが 基 準 た りうる ご とき

   

仙 人は一人 もな し。法の 真 実 は秘 所に 隠 さ れ た り。 大 衆の それに て 趣 き し手段

      こ そが 道な り。)

  

(ロ)ye 

yatha

 m 盃lp prapadyante  

tErps

 

tathaiva

 

bhaj

呂my  aham /

   

mama  vartmanuvartante  manu §

yah

 

Partha

 sarvaSah //

   

(だ れに て あれい か よ うに私 に 近づ か ん とも、 私 (ヴィ シ ュ ヌ神 〉 ク リ シュ ナ)

   

は彼 ら を全て ま さ に その ご と くに て救い 取 ら パ ール アル ジュ ナ)よ、

    

人々 は、 全 て の 面に て 私の に従え り。)

 

恐 ら くは、 その

当時

ン ドで

らか に謳

さ れ て い たであろ う、全 ての 人々 が 一

275

一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

参照

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