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Vol.35 , No.2(1987)079笠井 貞「道元とボナヴェントゥラの「心」について-比較哲学的考察-」

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Academic year: 2021

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道 元 禅 師 (1200-53) と、 聖 ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ (1221-74) と は、 共 に 十 三 世 紀 の 人 で あ る が、 そ の 思 想 は、 前 者 は 曹 洞 宗 に、 後 者 は フ ラ ン シ ス コ 修 道 会 に 現 在 も 命 脈 を 保 っ て い る。 前 者 は 仏 教、 後 者 は キ リ ス ト 教 の 系 譜 に 属 し て い て 思 想 形 態 が 異 な る。 こ の 小 論 で は、 両 思 想 家 に と っ て の 主 要 概 念 の 一 つ で あ る ﹁ 心 ﹂ の 問 題 を 中 心 に 比 較 考 察 し て、 双 方 に は ど の よ う な 性 質 の 類 似 と 差 異 が あ る か を 指 摘 し、 そ れ に よ っ て、 両 思 想 の 根 本 的 特 質 を、 よ り 一 層 明 確 に 把 握 し た い と 思 う。 道 元 は、 ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の ﹁ 発 菩 提 心 ﹂ の 巻 に、 天 台 の ﹃ 摩 詞 止 観 ﹄ に よ っ て 質 多 心 ( 慮 知 心) ・ 汗 栗 多 心 ( 草 木 心) ・ の 栗 多 心 ( 積 聚 精 要 心) の 三 種 の 心 を 掲 げ た 箇 所 で、 菩 提 心 と 慮 知 心 と の 関 係 を 明 示 し て い る。 慮 知 心 が 直 ち に 菩 提 心 そ の も の で は な い。 に も 拘 ら ず、 別 異 の 心 で な く、 一 心 の 表 わ れ 方 の 相 違 な の で あ る。 発 菩 提 心 の 基 本 は、 吾 我 名 利 の 心 を 捨 て る こ と で あ り、 そ の 根 本 動 機 は 観 無 常 で あ る。 菩 提 心 に は、 上 求 菩 提 と 下 化 衆 生 と の 二 義 が あ り、 下 化 衆 生 は 大 乗 菩 薩 道 の 本 質 を 示 す ﹁ 自 未 得 度、 先 度 他 ﹂ の 心 で あ る。 慮 知 心 は、 遠 近 ・ 自 他 を 超 え た も の で あ る か ら、 こ の 慮 知 心 を 以 て、 自 未 得 度 先 度 他 の 道 理 に 向 か わ せ て 不 退 転 で あ れ ば、 そ れ が 発 菩 提 心 な の で あ る。 仏 法 を 知 ら ず、 仏 法 を 信 じ な い も の は、 刹 那 生 滅 の 道 理 を 信 じ な い。 生 死 流 転 の 自 己 の 身 心 を 反 省 し て 直 ち に 菩 提 心 を 発 す べ き で あ る。 刹 那 生 滅、 流 転 捷 疾 に あ り な が ら、 若 し 自 未 得 度 先 度 他 の 心 を 起 す な ら ば、 久 遠 の 寿 量 が 忽 ち 現 在 前 す る。 菩 薩 は 菩 提 心 を 守 護 す る か ら こ そ、 阿 褥 多 羅 三 貌 三 菩 提 を 得 る の で あ る と す る。 ﹁ 即 心 是 仏 ﹂ の 巻 に お い て、 道 元 は 次 の よ う に 説 く。 即 心 是 仏 は 諸 仏 祖 が 例 外 な く 保 任 し て き た 仏 教 の 根 本 思 想 で あ る。 こ の 即 心 是 仏 の 語 を 聞 い て、 擬 人 は、 衆 生 の 慮 知 念 覚 の 未 発 菩 提 心 の ま ま を 仏 で あ る と 思 っ て い る。 さ て 心 と は 何 か と い う と、 一 心 が 一 切 法、 一 切 法 が 一 心 で あ る。 心 と は 山 河 道 元 と ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ の ﹁ 心 ﹂ に つ い て ( 笠 井) 三 三 三

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道 元 と ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ の ﹃ 心 ﹂ に つ い て ( 笠 井) 三 三 四 大 地 で あ る、 日 月 星 辰 で あ る。 山 河 大 地 の 心 は、 山 河 大 地 だ け で あ る。 山 河 大 地 を 離 れ て、 別 に 山 河 大 地 を 知 る 心 は な い。 日 月 星 辰 の 心 は、 日 月 星 辰 だ け で あ る。 そ し て ま た、. ﹁有 時 ﹂ の 巻 に お い て、 ﹁ 有 は み な 時 な り ﹂ と す る 道 元 に よ れ ば、 時 を 離 れ て 山 河 大 地、 日 月 星 辰 は 存 在 で き な い。 ま た 山 河 大 地、 日 月 星 辰 が 心 な ら ば、 過 去 ・ 現 在 ・ 未 来 の 三 世 の 時 間 も 心 を 離 れ て は 存 在 で き な い。 時 間 ・ 空 間 共 に、 自 己 に 対 す る も の と は 考 え な い。 心 外 の 法 で は な い。 一 切 が 心 で あ り、 心 で な い も の は な い。 時 と 自 己 と は 一 如 で あ り、 心 自 体 で あ る。 結 局、 即 心 是 仏 と は、 不 染 汚 の 即 心 是 仏 で あ っ て、 諸 仏 と は 不 染 汚 の 諸 仏 で あ る。 従 っ て、 即 心 是 仏 と は、 発 心 ・ 修 行 ・ 菩 提 ・ 浬 桀 の 諸 仏 で あ る。 ま だ 発 心 ・ 修 行 ・ 菩 提 ・ 浬 契 し て い な い も の は、 即 心 是 仏 で は な い。 た と え 一 刹 那 で も 発 心 修 証 す れ ば 即 心 是 仏 で あ る。 所 謂 諸 仏 と は、 釈 迦 牟 尼 仏 で あ り、 釈 迦 牟 尼 仏 は 即 心 是 仏 で あ る と い う の で あ る。 ﹁ 弁 道 話 ﹂ に お い て 道 元 は、 お よ そ ﹃ 大 乗 起 信 論 ﹄ に 従 っ て、 以 下 の よ う に 説 示 す る。 仏 法 で 心 性 大 総 相 の 法 門 と い う の は、 全 法 界 を 含 め て、 本 体 と 様 相 と を 分 け ず、 生 と 滅 と を 分 け て い う こ と を し な い。 菩 提 ・ 浬 梨 に 至 る ま で、 心 性 で な い 事 物 は な い。 一 切 諸 法 ・ 万 象 森 羅 が、 た だ こ れ 一 心 で あ り、 そ の 中 に 包 括 さ れ な い 事 物 は な い と い う。 要 す る に、 常 住 と 説 く 時 に は、 万 法 常 住 で あ り、 寂 滅 と 説 く 時 に は 諸 法 み な 寂 滅 で あ り、 心 性 大 総 相 の 教 説 と は、 常 住 と 寂 滅 の 両 側 面 を 持 つ 一 切 を 自 己 に 包 括 す る 心、 働 き な の で あ る。 そ れ 故 に、, 身 は 常 住 で な く、 心 だ け が 常 住 で あ る と 分 け る こ と は な い。 身 心 一 如 で あ り、 性 相 不 二 で あ る と す る。 ﹁ 心 不 可 得 ﹂ の 巻 で は、 仏 法 に お け る 心 と は、 万 法 即 心、 従 っ て 三 界 唯 心 で あ る と し て い る。 尽 法 皆、 心 で あ る か ら、 心 外 無 法 で あ る か ら、 唯 心 こ れ 唯 心 で あ る。 仏 と 心 と は 別 物 で な く、 仏 即 ち 心 で あ る。 仏 だ け で な く、 自 佗 倶 に 等 し く 心 で あ る。 有 無 に 落 ち ず、 内 外 の 対 立 を 離 れ た 不 可 得 の 心 を 以 て 参 究 す べ き で あ る と い う。 ﹁ 古 鏡 ﹂ の 巻 は、 尽 法 界 を 唯 一 面 の 鏡 と 見 る。 鏡 は 内 外 無 対 立、 本 来 無 一 物、 空 で あ る。 明 鏡 は、 人 間 本 具 の 智 慧 た る 円 鏡 で あ る か ら 自 性 清 浄 心 で あ る。 磨 か ず と も 古 鏡 は 古 鏡、 人 は 修 行 し な い で も、 一 切 衆 生 悉 有 仏 性 だ か ら 仏 性 は 仏 性 で あ る。 不 図 作 仏 の 坐 禅 に よ り、 自 性 清 浄 の 古 鏡 即 ち 心 性 が 光 を 放 つ の で あ る と す る。 ﹁ 都 機 ﹂ の 巻 に お い て は、 心 は 月 で あ り、 月 と 心 は 一 体 で、 一 切 存 在 は 心 で あ る か ら、 心 と 一 切 法 と 月 と は 一 如 で あ る と す る。 未 円 の 月 も、 円 後 の 月 も 共 に 造 次、 そ れ は 月 の 盈 虚 で あ っ て、 本 来 同 一 で あ る。 迷 悟 倶 に 心 で あ る か ら、 迷 悟 に よ っ て 心 の 本 然 は 増 減 が な い と い う。 ﹁ 古 仏 心 ﹂ の 巻 で、 僧 が、 大 燈 国 師 に ﹁ 如 何 是 古 仏 心 ﹂ と 問 ケ た の に 対 し て、 ﹁ 矯 壁 瓦 礫 ﹂ と 答 え た こ と に 関 し て、 道

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元 は ﹁ い は ゆ る 間 処 は、 這 頭 得 悠 麿 と い ひ、 那 頭 得 想 磨 と い ふ な り ﹂ と 解 釈 し て い る。 結 局、 一 切 が 古 仏 心 で、 万 木 百 草 が 古 仏 の 道 得、 九 山 八 海 が 古 仏 の 身 心 で あ る。 心 仏 不 二、 心 仏 畢 寛 空 で あ る。 尽 十 方 界 は、 古 仏 心 の 世 界 で、 古 仏 心 は 前 後 無 究、 前 後 脱 落 の 存 在 で あ る と い う。 ﹁ 三 界 唯 心 ﹂ の 巻 の 説 示 に よ れ ば、 三 界 唯 心 の 意 味 は、 能 所 対 立 の 唯 心 で は な い。 三 界 の 外 に 世 界 が あ る の で は な い か ら、 一 切 は 三 界 そ の も の で あ り、 三 界 と 心 と は 不 二 で あ る か ら、 三 界 を 観 る 者 が、 三 界 は 即 ち 心 と い う の で は な い。 三 界 は ど こ ま で も 三 界 に 外 な ら な い。 あ る も の は 唯 三 界 で あ り、 自 己 も ま た 三 界 に お い て あ る と 見 る 心 な の で あ る。 同 時 に 三 界 は、 こ の 心 を 宿 し て 心 あ る も の と な る の で あ る。 ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ は、 イ タ リ ァ 生 れ の キ リ ス ト 教 哲 学 者 で、 フ ラ ン シ ス コ 学 派 の 始 祖 た る 神 学 者 で あ り、 彼 の 学 説 は、 西 欧 に お け る 思 弁 的 神 秘 神 学 の 最 高 峰 と さ れ て い る。 彼 と 同 時 代 の ト マ ス ・ ア ク ィ ナ ス と は、 十 三 世 紀 ス 3 ラ 哲 学 の 双 壁 と い わ れ て い る。 ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ の 著 作 で あ る、 ﹃ 神 に 至 る 霊 魂 の 道 程 ﹄

(Itinerarium mentis in Deum)

︹ 以 下 に お い て 使 用 す る テ ク ス ト

はS. Bonaventurae Opera Omnia, edita studio

et cura PP. Collegii a S. Bonaventura, Firenze-Quaracchi, Tom

V 1891, pp. 295-316 ︺ は、 ﹁ 霊 魂 ﹂ (mens 神 ・ 心) が、 神 に ま で 上 昇 す る 道 程 を 六 段 階 に 分 け て 論 述 し た も の で、 彼 の 著 作 の 一 頂 点 と い え る。 以 下 に お い て、 こ の 内 容 を 中 心 に し て、 彼 の 霊 魂 観 を 考 察 し よ う。 第 一 の 段 階 は、 神 へ の 上 昇 の 諸 段 階 と、 万 物 に お け る 神 の ﹁ 痕 跡 ﹂ (Vestigium) に よ る、 神 の 観 想 で あ る。 パ ウ ロ に 従 っ て、 被 造 物 の 秩 序 ・ 美 な ど を 通 し て、 神 の 痕 跡 を 見 出 す こ と か ら 始 ま る。 最 高 善 ・ 至 福 は、 我 々 よ り 高 い 所 に あ る が、 人 間 は 自 力 で は 昇 れ な い で ㍉ 神 の 助 力 に よ っ て 昇 っ て 行 く。 神 の 助 力 は、 謙 遜 で 信 仰 深 く、 熱 心 に 祈 る 人 に 与 え ら れ る。 ﹁ 祈 疇 ﹂ (oratio) は、 霊 魂 の 上 昇 行 動 の 母 で あ り、 源 泉 で あ る。 祈 る こ と に よ っ て、 神 へ の 道 を 学 ぶ た め の 光 が 得 ら れ る。 浄 心 に よ り、 被 造 物 を 通 し て、 神 に 至 る 道 に 入 る。 そ の た め に、 ﹁ 心 を 尽 し、 精 神 を 尽 し、 思 い を 尽 し て ﹂ 神 を 愛 せ よ と い う。 人 間 は、 被 造 物 の 頂 点 に 居 り、 ﹁ 神 の 似 姿 ﹂ (imago Dei) と し て 創 造 さ れ た の で あ り、 そ の 根 源 の 神 へ と 上 昇 す る。 聖 フ ラ ン シ ス コ に 現 わ れ た と さ れ る セ ラ フ ィ ム (Serapim 熾 天 使) が 持 2 三 対 の 翼 は、 人 間 の 霊 魂 が 神 へ と 上 昇 し て 行 く 六 段 階 を 象 徴 す る と、 ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ は 考 え た。 神 へ と 昇 る 六 段 階 に 並 行 し て、 霊 魂 の 能 力 も ま た 六 段 階 を 持 ち、 理 性 の 能 力 と し て は、 次 の 六 つ が 各 々 対 応 す る と い う。 即 ち 感 (sensus) ・ 表 象 (imaginatio) ・ 理 性 (ratio) ・ 知 性 (intelle) 叡 智 (intelligentia) 霊 魂 の 尖 端 (apex mentis) で あ る。 こ れ ら の 人 間 に 本 来、 植 え 付 け ら れ た 能 力 は、 罪 に よ り 歪 め ら れ 道 元 と ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ の ﹁ 心 ﹂ に つ い て ( 笠 井) 三 三 五

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道 元 と ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ の ﹁ 心 ﹂ に つ い て ( 笠 井) 三 三 六 て、 そ れ は 恩 寵 に よ ら な け れ ば 救 済 さ れ な い。 救 済 さ れ る の に は、 霊 魂 を 浄 め、 祈 り、 聖 な る 生 活 を 送 っ て、 真 理 を 省 察 し て、 次 第 に 神 を 見 る シ オ ン の 丘 に 近 付 く よ う に す べ き で あ る と い う。 原 罪 に よ っ て 汚 さ れ た 霊 魂 を 浄 め る に は、 自 我 と 被 造 物 へ の 執 着 か ら 離 れ る べ き で あ る と す る。 世 界 に お け る 各 事 物 は、 重 さ (pondus)。 数 (mensura) ・ 尺 度 (mensura) に よ り 造 ら れ て、 相 互 に 作 用 し 合 い、 変 化 し て 行 く 一 切 の 事 物 に 秩 序 と 規 則 が あ る。 こ の こ と か ら 人 間 は、 神 の 無 限 の 能 力 と 智 慧 と 善 性 を 理 解 で き る で あ ろ う と い う。 第 二 の 段 階 は、 感 覚 的 世 界 で の、 神 の 痕 跡 に お け る 神 の 観 想 で あ る。 第 一 の 段 階 の よ う に、 被 造 物 を 通 し て 神 の 能 力 と 智 慧 と 愛 の 反 映 を 見 る だ け で な く、 被 造 物 に お い て 神 の 能 力 と 知 慧 と 愛 の 働 き を 見 る の で あ る。 こ の 第 一 ・ 第 二 段 階 を、 セ ラ フ ィ ム の 二 枚 の 下 向 き の 翼 に 響 え る。 即 ち、 こ の 翼 で、 人 間 の 霊 魂 は、 下 に あ る 被 造 物 か ら 神 へ と 上 昇 し、 被 造 物 を 通 し て、 ま た 被 造 物 の 内 に 神 の 無 限 の 能 力 と 智 慧 と 愛 を 認 知 で き る よ う に な る。 こ の よ う に 被 造 物 に よ っ て、 或 程 度 ま で は 神 の 本 質 と 徳 を 見 る こ と が で き る。 こ う し て、 人 間 の 霊 魂 は、 神 が 一 切 の 被 造 物 の 原 因 (orig o) で、 範 型 (exemplar) で、 目 的 (finis) で あ る と 知 る こ と が で き る と い う。 そ し て ま た、 ボ ナ ヴ ヱ ン ト ゥ ラ に お い て は、 神 の 能 力 に お い て 聖 父 を、 神 の 永 遠 の 智 慧 に お い て 聖 子 キ リ ス ト を、 神 の 無 限 の 愛 に お い て 聖 霊 の ペ ル ソ ー ナ を 考 え る。 そ し て 一 切 の 被 造 物 は、 三 位 一 体 神 の 反 映 ・ 似 姿 で あ る と す る。 第 三 段 階 は、 自 然 的 諸 能 力 に 印 づ け ら れ た 神 の 似 姿 に よ る 神 の 観 想 で あ る。 こ の 段 階 で は、 自 己 反 省 し、 霊 魂 の 自 然 的 諸 能 力 を 観 想 す る。 そ し て そ れ ら の 根 底 に あ る 神 を 観 想 す る の で あ り、 そ れ は 人 間 の 霊 魂 が、 神 の 似 姿 た る こ と に 基 づ く と い う。 人 間 の 霊 魂 の 諸 能 力 は、 記 憶 (memoria) ・ 叡 智 (intelligentia) ・ 意 志 (V oluntas) の 三 つ で、 こ れ ら は 相 依 相 関 し て い る 能 力 で あ る。 人 間 は 霊 魂 を 浄 め れ ば、 自 己 の 霊 魂 の 能 力 に お い て も 三 位 一 体 神 の 似 姿 を 見 る こ と が で き て、 神 と の 合 一 へ の 道 を 上 昇 す る。 こ の 段 階 で、 ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ は、 ア ウ グ ス テ ィ ヌ ス 哲 学 に 基 づ い て、 自 己 の 内 な る 霊 魂 に 入 り、 ・ 記 憶 ・ 叡 智 ・ 意 志 の 三 能 力 に よ っ て 神 を 知 る の で あ る。 第 四 の 段 階 は、 恩 寵 の 賜 物 に よ っ て 改 造 さ れ た 神 の 似 姿 に お け る 神 の 観 想 で あ る。 原 罪 の た め に 罪 深 い 人 間 は、 霊 魂 の 浄 め が 必 要 で あ る が、 そ れ は 自 力 で は 果 せ な い。 ﹁ 私 は 門 で あ る ﹂

(Ego sum ostium)

と い う、 キ リ ス ト を 通 し て 入 る 者 は 救 わ れ る。 恩 寵 の 賜 物 と し て、 三 位 一 体 神 の 生 命 の 中 に、 人 間 の 霊 魂 が 住 む よ う に な る。 そ の 最 も 重 要 な 方 法 が、 信 仰 と 希 望 と 愛

(fides, spes et caritas)

の 三 つ の 神 学 的 徳 を 発 達 さ せ る こ と に よ っ て、 霊 魂 が 浄 化 (purificatio) さ れ、 照 明

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(illumi-nation) さ れ、 完 成 (perfectio) さ れ る と い う。 原 罪 に よ り 喪 失 し た 精 神 的 感 覚 が、 キ リ ス ト に 対 す る 信 仰 と、 キ リ ス ト に よ っ て 与 え ら れ る 恩 寵 に よ っ て 回 復 す る。 こ の 精 神 的 感 覚 は、 肉 体 的 感 覚 に 似 て い て、 こ れ に よ っ て 神 秘 的 方 法 で、 神 に つ い て 眼 ・ 耳 ・ 鼻 ・ 舌 ・ 身 で 体 験 す る。 霊 魂 が 恩 寵 の 作 用 に よ っ て、 完 全 な 神 の 似 姿 と な る 時、 霊 魂 は 霊 魂 の 内 に 神 を 見 る。 恩 寵 は 人 間 を 神 の 養 子 に さ せ る こ と に よ っ て、 人 間 の 中 で 働 く の で あ る。 霊 魂 は、 信 仰 ・ 希 望 ・ 愛 に よ っ て 正 し く な る 時、 神 と 合 一 し て 真 理 を 所 有 す る 道 へ と 向 う。 要 す る に、 こ の 段 階 は、 与 え ら れ た 超 自 然 的 能 力 と 精 神 的 感 覚 に よ っ て、 自 己 の 霊 魂 内 に 映 さ れ た 神 の 姿 を 見 る の で あ る。 そ れ を 響 え て セ ラ フ ィ ム の 中 間 の 二 つ の 翼 を 開 い て 神 に 昇 る と い う。 こ れ は 神 に よ っ て 注 が れ た 神 学 的 徳 と、 浄 化 ・ 照 明 ・ 完 成 又 は 合 一 の 働 き と、 聖 書 の 教 示 の 作 用 に 因 る。 第 五 の 段 階 は、 神 の 第 一 の 名 た る ﹁ 存 在 ﹂ (esse) に よ っ て、 神 の 唯 一 性 を 観 想 す る こ と で あ る。 第 三 段 階 ま で は、 自 然 的 知 性 に よ り 神 の 似 姿 を 見 て、 第 四 段 階 に お い て は、 キ リ ス ト に 対 す る 信 仰 と、 キ リ ス ト に よ り 与 え ら れ る 恩 寵 に よ っ て、 神 の 似 姿 を 観 想 し た。 し か し、 こ れ ら は 神 と 合 一 に 至 る 道 に お け る 助 け に は な る が、 合 一 の 直 接 の 方 法 で は な い。 第 五 段 階 で、 ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ は、 神 の 本 質 を 考 え る。 神 の 本 質 を 適 切 に 表 現 す る の は、 具 体 的 概 念 で な く、 最 も 抽 象 的 な 概 念 で あ る。 一 切 の 具 体 性 を 取 り 去 れ ば、 結 局、 存 在 自 体 が 残 る。 ア リ ス ト テ レ ス 的 に 存 在 自 体 の 中 に 神 を 観 想 す る。 そ し て 存 在 と し て の 神 を、 ﹃ 旧 約 聖 書 ﹄ の 神 に 結 び つ け る。 神 は 無 限 ・ 絶 対 で 完 全 な 存 在 で あ り、 最 初 で 最 後、 永 遠 で 現 在、 単 純 で 最 大、 至 高 の 唯 一 で あ り な が ら、 一 切 を 含 む。 そ の 中 心 は ど こ に で も 存 在 し、 そ の 周 辺 は ど こ に も な い。 力 と 智 慧 を 持 つ 存 在 で、 一 切 の 有 限 存 在 の 原 因 で、 目 的 で あ る。 要 す る に、 神 は 時 間 ・ 空 間 を 超 越 し た 永 遠 不 変 の 存 在 自 体 で あ り、 そ れ は、 ﹃ 旧 約 聖 書 ﹄ ( 出 エ ジ プ ト 記、 三 ノ 十 四) の、Eg o

sum qui sum

と い う 神 で あ る と す る。 第 六 段 階 は、 神 の 名 た る ﹁ 善 ﹂ (bonm) に お け る 三 位 一 体 の 観 想 で、。 プ ラ ト ン 的、. フ ロ テ ィ ノ ス 的 に 存 在 の 彼 方 に 善 な る も の と し て の 神 を 観 想 す る。 そ し て、 ア ン セ ル ム ス 的 に、 そ れ 以 上 善 な る も の は 考 え ら れ な い 最 高 善、 こ れ が 愛 で あ り、 三 位 一 体 の 神 で あ る こ と を 覚 る。 最 高 善 を 本 質 と す る 神 は、 そ の 自 己 の 内 か ら 無 限 の 智 慧 に よ っ て、 聖 子 を 生 ん だ。 聖 父 と 聖 子 は、 無 限 の 愛 に よ っ て、 聖 霊 を、 吹 発 (spiratio) に よ っ て 発 出 す る。 堕 罪 し た 人 間 は、 聖 子 キ リ ス ト に よ っ て だ け 救 わ れ て、 再 び 神 と そ の 三 位 一 体 の 生 命 と の 合 一 の 状 態 が 得 ら れ る の で あ る。 以 上 の よ う な 六 段 階 を 経 た 上 で、 霊 的、 神 秘 的 な ﹁ 脱 我 ﹂ (excessus) 即 ち、 ﹁ 悦 惚 ﹂ (exstasis) に よ り、 完 全 に 神 の 内 に 入 る 感 動 で 知 性 に ﹁ 平 安 ﹂ (requies) が 与 え ら 道 元 と ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ の ﹁ 心 ﹂ に つ い て ( 笠 井) 三 三 七

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道 元 と ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ の ﹁ 心 ﹂ に つ い て ( 笠 井) 三 三 八 れ る。 神 と の 神 秘 的 合 一 は、 キ リ ス ト に よ り 与 え ら れ た 聖 霊 に よ っ て だ け で き る 体 験 で、 人 間 知 性 を 超 え て い る。 こ う し てmysterium に 入 り、 デ / オ ニ ュ シ オ ス ・ ア レ オ パ ギ タ 的 に、 霊 魂 の 脱 我 に よ り、 神 の 内 に 憩 う。 そ れ は 人 間 の 霊 魂 が 神 に 変 化 す る の で は な い。 心 を 浄 化 し、 神 の 掟 を 守 っ て、 キ リ ス ト を 通 し て、 神 と の 合 一 を 意 識 し 体 験 す る の で あ る。 以 上 に お け る 両 者 の 所 説 の 概 要 に 補 足 も 含 め て、 ﹁ 心 ﹂ を 中 心 に 比 較 し て、 次 の こ と が 言 え よ う。 道 元 の 心 は、 不 染 汚 を 本 性 と す る 自 性 清 浄 心 で あ る が、 無 明 の た め に 煩 悩 が あ る。 ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ の 霊 魂 は、 三 位 一 体 の 似 姿 と し て、 神 に 創 造 さ れ て 尊 厳 性 を 有 す る が、 原 罪 に よ っ て 汚 さ れ て い る。 共 に 浄 化 の 道 を 説 く。 道 元 の ﹁ 菩 提 心 ﹂ に 対 応 す る 考 え は、 ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ の ﹃Itinerarium ﹄ で は、 序 文 に Vir d esideriorum ( 願 望 の 人、 ダ ニ エ ル 書 九-三 三) と い う 語 の 引 用 が あ る。 そ れ は 神 と の 合 一 へ の、 燃 え る 願 望 を 持 つ 心 の 人 で あ り、 そ の た め に は、 先 ず 心 を 浄 め る 努 力 か ら 始 め る と し て い る。 前 者 の 打 坐 に よ る ﹁ 三 昧 ﹂ と 後 者 の ﹁ 観 想 ﹂ と は 対 応 し て い る。 前 者 の 場 合、 坐 禅 に お い て 智 慧 ( 般 若) が 現 成 す る。 後 者 の 場 合 は、 諸 々 の 対 象 を 神 と の 関 係 に お い て 見 る 知 的 活 動 た る 観 想 に よ っ て、 真 の 智 慧 (sapientia) に 到 達 す る。 前 者 は、 能 所 一 如 で、 主 観 と 客 観 と い う 二 元 論 を 排 除 し、 対 象 を 持 た な い 意 識 そ の も の に 立 脚 し て い る の に 対 し て、 後 者 に お け る 意 識 は、 常 に 対 象 に 向 け ら れ る 意 識 で あ り、 主 観 と 客 観 と い う 二 元 論 を と っ て い る。 道 元 に お い て、 仏 は 自 己 を 離 れ て 存 在 す る の で は な い。 生 仏 不 二 で、 戒 と 坐 禅 に 基 づ く 般 若 に よ る 身 心 脱 落 に お い て、 心 即 ち 仏 で あ る。 そ れ に 対 し て、 ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ に お け る 神 は、 天 地 万 物 を 無 か ら 創 造 し た 神 で、 被 造 物 た る 人 間 と 峻 別 さ れ る。 に も 拘 ら ず、 神 の 最 高 の 無 限 性 と 能 力 の 故 に、 微 か な 反 映 と し て で は あ る が、 神 は 万 物 に 内 在 し、 人 間 の 霊 魂 に 現 存 す る。 霊 魂 は 一 切 の 被 造 物 に 対 す る 執 着 を 捨 て る と 浄 化 さ れ る。 神 人 " キ リ ス ト か ら 賜 わ る 聖 霊 に よ る 脱 自 に お い て、 神 と の 神 秘 的 合 一 を 体 験 す る。 結 局、 人 間 の 霊 魂 は、 聖 体 の 秘 蹟 (sacramentum) に よ り、 キ リ ス ト の 体 と 合 一 す る の で あ る。 キ リ ス ト の 言 葉、 ﹁ 今 日 な ん ぢ は 我 と 僧 に、 パ ラ ダ イ ス に 在 る べ し ﹂

(Hodie mecum eris in

ル カ ニ 三 ー 四 三) を、 彼 は 引 用 す る。 そ の 場 合 の パ ラ ダ イ ス は、 神 と の 合 一 の 平 安 の 状 態 を 意 味 し、 そ れ に よ っ て 霊 魂 は、 こ の 世 で パ ラ ダ イ ス に 居 る 状 態 が 得 ら れ る。 そ れ は 神 か ら 賜 わ る 聖 霊 の 智 慧 が、 霊 魂 に 示 し、 経 験 さ せ て く れ る と い う の で あ る。 道 元 に お け る 心 は、 空 ・ 無 自 性 で あ る。 ボ ナ ヴ ェ ン ト ゥ ラ に お け る 心 は、 道 元 の 心 と は 本 質 的 に 異 な る 実 体 的 な キ リ ス ト 教 的 霊 魂 な の で あ る。 ( 群 馬 大 学 教 授)

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