学位研究 第 6 号 平成 9 年 8 月 ( 論文)
〔 学位授与機構研究紀要〕
アイル ランド共和 国ダ ブ リン大学 トリニティ・ カレッジにおける上 級学位
Hi ghe rDe gr e e satt heUni ve r s i t yofDubl i n , Tr i ni t yCol l e ge i nt heRe publ i cofI r e l a nd
‑ A Suppl e me nt一
密 藤 安 俊
Yas ut os hiSAI TO
Re s e ar c hi nAc a de mi cDe gr e e s ,No.6 ( Augus t ,1 9 9 7)l t hear t i cl e]
TheJour nalofNat i onalI ns t i t ut i onf orAcademi cDe gr ee s
アイルランド共和 国ダブリン大学 トリニティ・ カレッジにおける上級学位
‑ 補 遺‑
索 藤 安 俊*
1 .緒 言
わが国におけ る博士の学位授与は,「 課程修 了」と 「 論文提 出」とい う 2 つの方式によって可 能 であ る。後者の論文提 出に よる学位 は,古 い学位制度か ら引 き継がれて きた もので,大学院 に在籍す る必要 はないが,欧米, とくに大学院 と学位が一体 になってい るア メ リカの制度 とは かけ離れている。著者は,さきにアイルラン ド共和国ダブ リン大学 トリニティ・ カレッジ ( Uni ve r s i t y ofDubl i n,Tr i ni t yCol l e ge;TCD) におけ る上級学位 につ いて,とくに論文提 出による研究 学位の制度に注 目しつつ紹介 した
1)。すなわち,同大学の博士 お よび修士両 レベ ルの上級学位に は,大学院課程 を経 るもののほかに,研究論文の提 出のみに よって も取得 できる制度が存在 し ている。そこで著者は, この制度 を説明す るとともに, 同大学 の種 々の上級学位間の基本的な 相違点に着 目し, わが国の制度 との対応,特 異点の解析 な どを行 った。
著者は, その後,材料工学に関す る調査研究のため, ダブ リン大学物理学教室 を訪 問す る機 会 を得 て,「 公表 した研究に よる学位」として博士 レベ ルの Doc t ori nSci e nce( Sc.D. ) を取 得す るため提 出 した論文の実例 に摸す るこ とがで きた。 また, さきに概説 したアイル ラン ド共 和 国の大学 ・カレッジ全般 につ いて も新 たな知 見 を得て, とくに, ダブ リン大学 トリニテ ィ ・ カレッジの上級学位取得 との関連において, い くつかの大学以外の高等教育機 関につ いて明 ら かにす るこ とがで きた。そこで,本報 では,以上の事項につ いて前報の補遺 として紹介す るが, その後に新 たな資料が得 られたこ ともあ り, まず,アイル ラン ド共和 国におけ る現行教育制度 に簡単に触れた後, 1 5 9 2 年 に トリニテ ィ ・カレッジが創 設されてか ら前報 で述べた同国の大学 の現況に至 る間,高等教育機 関が どの ような変遷 を辿 ったかにつ いて説明す る。
アイル ラン ドでは,一般民衆の大半が ローマ ・カ トリック教徒 であるに もかかわ らず,長 い 間,アイル ラン ド国教会 ( Chur chofi r el and) に支配 され, カ トリック教徒 は抑圧 されてい た。 この ような歴史的背景のため,アイル ラン ドの教育 に関 してはカ トリック教会が深 く係 わ りをもち,英連邦か ら離脱後は もちろんの こと, 1 9 8 0 年代終期 に至 って も,教育制度 ・形態の 改革 には過去におけ るカ トリック教会の問題が常 に付随 した もの と考 え られ る。著者は これ ら
*学位授与機構審査研究部教授
の宗教的背景 を十分 には理解 で きないが, ダブ リン大学 トリニテ ィ ・カレッジ訪 問の際に入手 した資料
2)3)*に基づ いて高等教育機関の変遷 を説明 し,最後に,トリニテ ィ ・カレッジにおけ る 上級学位 について補 足 を行 って前報の補遺 とす る。
2 .アイル ラ ン ド共和 国 に おけ る高等教育
2. 1 現行教育制度の概要
アイルラン ドにおけ る教育制度は, 1 8 0 0 年か ら 1 9 6 0 年 まで と, 1 9 6 0 年以降 との前後 2 期 に分 けて次の ように考 えられている
2'。まず,前期の 1 8 0 0‑1 9 6 0 年 間の教育 は,初専教育 ( pr i mar y e ducat i on) ,中等教育 [ s e condar y( i nt e r me di at e) e ducat i on] ,な らびに大学教育 ( uni ve r s i t y e ducat i on) の 3 段 階 と技術 ・職業教育 ( t e c hni ca l / vocat i onale ducat i on) とに分 け られ る.
それに対 して,後期の 1 9 6 0 年以降では, それぞれ前期の初等, 中等お よび高等の各教育にほぼ 対応すると思われる第 1 段ド 轍 育 ( f i r s t ‑ l e vele ducat i on) ,第 2 段階教育 ( s e cond‑ l e ve le ducat i on) および第 3 段階教育 ( t hi r d‑ l e vele ducat i on) の 3 段階のほか,障害者のための特殊教育 ( s peci al e ducat i on) , そ して教員養成教育 ( t eac he re ducat i on) とに分類 され る。
アイル ラン ド共和 国は,面積 が 7 0, 2 8 3 平方 キロメー ター,人口は 1 9 9 3 年現在 3 5 6 万人
4)の小 さ い島国であ り,全 人口の大部分がキ リス ト教の一宗派に属 して 9 0% 以上が カ トリック教徒 であ る。一方,前報
1) で も述べ たように,英国統治下 でカ トリック教徒 は差別 と迫害 を受け,長 い間 抑圧 されて きた。そのため カ トリックと教育 との関係は歴史的に も極めて複雑 で, カ トリック 教会は教育に深 く係 わ り,教育形態の性格 に大 きな影響 を与 えて きた。大部分の教育機 関が国 公立 ではな く, また公的な管理下にはないが,主 として国が援助す る方式 をとり, 固定資産や 経常費の支 出の大部分 を国が補助 している。教育省 ( De par t me ntofEducat i on) が国の教育 行政 を担当 し, その権 限は大 きい。
ここで,アイルラン ド共和 国におけ る現行 の基本的な学校教育制度 を文部省 ( 編 )の資料
4)に 基づ いて簡単に説明す ると以下の ようにな る。
( 1 ) 初等教育
初等教育は ,6 歳か ら 1 2 歳までの児童 を対象にして 6 年間,主 として国民学校 ( nat i onals c hoo l ) で行 われ るのがふつ うである。教育課程の基準は,全 国カ リキュラム ・評価審議会 ( Nat i onal Counci lf orCur r i c ul um andAs s es s me nt ) の助言に基づ き,教育相 ( Mi ni s t e rofEducat i on) が決定す る。匡I 民学校 はカ トリック教会 な どが設置 した ものが 多いが,近年 は非宗派性の国民 学校 の設立が進 んでいるO ・なお, 国民学校 には就学前教育機 関 として 4 歳以上 を対象 とす る幼
児学級が併設 されてお り, 5 歳児はほぼ 1 0 0% が在籍 しているとい う。
*本報の大部分はこの両資料からの引用であることを記して謝意を表する。なお,両資料か らの引用に
ついては, とくに注 目すべ き事項の個所のみ文献番号を付記する。
( 2) 中等教育
国民学校修 了者 は,普通 中等学校 ( s econdar ys c hool ) ,職業学校 ( vocat i onals choo l ) , 総合制学校 ( compr e he ns i ves c hoo l ) ,あるいは地域学校 ( communi t ys c hool ) で中等教育 を 受け る。普通 中等学校 は大学進学準備 を目的 とした普通教育 を行 っているが,最近 では実周 ・ 技術関連科 目も増加 している。 これに対 して,職業学校,総合制学校お よび地域学校 では,普 通教育教科 のほかに職業教育教科 を置いて, 多様 なカ リキュラム を提供 してい る。なお,地域 学校 は 1 9 7 2 年 に中等学校 と職業学校 を統合 して創設 された もので,地域 の成人教育 も担 当 して
いる。
これ らの学校 におけ る中等教育は, 3 年の前期課程 と2 年 の後期課程 に分けて行 われ るが, 義務教育 は 6 歳か ら 1 5 歳 までの 9 年 間であるので,前期課程のみで修 了す るこ ともで きる。前 期課程修 了時に国が行 う試験に合格すれば下級証書 ( j uni orce r t i f i cat e) が授与 され る。前期 課程 と後期課程の間には 1 年 間の移行学年 ( t r ans i t i onye ar) が導 入されてお り,これ を選択 した生徒の中等教育は 6 年 間 とな る。中等教育の後期課程 を修 了 して, 国が行 う試験に合格す れば中等教育修 了証書 ( l eavi ngce r t i f i cat e) が授与 され,大学 に入学す る基礎的要件 を満 た す ことになる。 この試験結果は 3 つの レベ ルに分け られ,最高 レベ ルの中等教育修 了証書 を取 得すれば,高等教育機関へ の入学権が得 られ る
5)といわれている。
( 3) 高等教育
高等教育機関は大学セ クター( uni ve r s i t ys e ct or) と非大学セ クター ( non‑ uni ve r s i t ys e c t or) に分け られ 2 ) ,教育は大学 と非大学型の カレッジとで行 われ る。大学 は,学部 レベ ルの修業年 限 が人文 ・社会系が 3 年,理工系が 4 年,建築 ・獣 医学系が 5‑ 6 年,医学系が 6 年がふつ うで, 卒業者には bac he l or の学位が授与 され る。また,大学院 レベルの学位授与 につ いては,前報
1)で 述べ た とお りである。非大学セ クターに属す る高等教育機関 としては,技術 カレッジ( t e chni cal col l e ge) と教員養成 カレッジ ( t eac he rt r ai ni ngcol l e ge) ,そ して国庫補助 を受けない高等 教育 カレッジがある。
前報
1)で述べたように, 英連邦離脱後に設立 された 2 つの国立高等教育機関 ( Nat i onalI ns t i t ut e ofHi ghe rEducat i on , NI HE) は ,1 9 8 9 年,ダブ リン市立大学* ( Dubl i nCi t yUni ve r s i t y) と リマ リック大学 ( Uni ve r s i t yofLi mer i ck) に昇格 している。そのほか 1 9 8 0 年代終期か ら 1 9 9 0 年代初期 にかけて,高等教育 に関す る種 々の改革が行 われているが, この 2 大学の昇格以外に 組織上の基本的な変化 はそれほ ど大 き くはない と思 われ る。 したが って,現行制度の説明に代 えて, それが施行 され る直前の高等教育 システム を次節 で説明す るこ とにす る。
2.2 現行以前の高等教育制度
前節 で述べ たように,アイル ラン ドの教育制度 を 1 9 6 0 年 を境 に区分す るのは, その頃か ら政
*この大学の 日本語訳については後述する。
府 が積 極 的に高等教 育 改革 に取 り組 み,教育行 政 ・財政制 度や教 育 課程 な どに大 きな変化 が見 られ よ うに な ったか らであ る と思 われ る。 と くに 1 96 0 年 代 後 半以 降の変化 の 中で, 第 3 段 階教 育 におけ る変化 ほ ど劇 的 な変化 は な く, 1 98 0 年 代初期 に は 1 96 0 年 の様 相 とは著 しい対 照 をな し て い る ともいわれて い る。 そ こで ,1 9 8 0 年 頃の高等教 育 シス テム,す なわ ち第 3 段 階 セ クター ( t hi r d‑ l evels ect or) を分類 して示す と Tabl e 1
2)の よ うに な る。なお,大学 お よび カ レ ッジの 名称 は英文名 のみ で記す こ とにす る。
Tabl e1 1 9 8 0 年頃の高等教育 システムの分
頬 2)法定理事会 ( St at ut or yGove r ni ngBody) に監督 される教育機関
大学 (
2校 )
(i)Uni ve r s i t yofDubl i n,Tr i ni t yCol l e ge( TCD) (i i)Nat i onalUni ve r s i t yofI r e l and( NU T )
構成カレッジ ( 3 校 ): UCD,UCC,UCG 認定 カレッジ ( 6 校 ): Maynoot h
St .Pat r i ck' SCol l e geofEducat i on OurLadyofMe r c yCol l e geofEducat i on Mar yI mmacul at eCol l e geofEducat i on S t .Angel a' SCol l e geofDome s t i cSci e nce RoyalCol l e geofSur geons
大学以外の教育機関 (
4校 ) (i)NI HELi me r i ck (i i) NI HEDubl i n ( i i i )ThomondCol l e ge
(i v)Nat i onalCol l e geofAr t& De s i gn
職業教育法 ( Vocat i onalEducat i onAct,VEA) に基づ く教育機関 (
2校 )
(i)Dubl i nI ns t i t ut eofTe c hnol ogy( DI T) (i i)Re gi onalTe c hni calCol l e ge s( RTCs )
私立経営の教育機関 ( 8 校 )
(i)Col l e ge sofEducat i onf orPr i mar yTeac he r s (i i)S t .Pat r i ck' S
( i i i )OurLadyofMe r c y (i v)Mar yI mmac ul at e (Ⅴ)S t .Mar y' S ,Mar i no ( vi )Chur c hofl r el and ( v i i )Fr oe bel
( v i H )S t .Angel a' sCol l e geofDome s t i cSci e nce
この高等教育 システムの中で,本報 に関連の深 い大学お よびカレッジにつ いて, それぞれの 当時の概要 を述べ ると次の よ うになる。
( 1 ) 大 学
1 9 0 8 年 の大学法制定以降,アイル ラン ドではダブ リン大学 トリニテ ィ ・カレッジ ( TCD) と 国立アイル ラン ド大学 ( Nat i onalUni ve r s i t yofI r el and;NU I)の 2 校 のみが正式の大学 で あ り,大学セ クターの中に分類 された。そ して英連邦離脱後 も, 1 9 8 9 年 にダブ リンと リマ リッ クの高等教育機 関 ( NI HE) か ら新 しい大学 2 校が設立 され るまではその まま続いたのである。
ダブ リン大学 も国立アイル ラン ド大学 もともに 自律機関であったが,収 入の約 8 5 % は国家基金 か ら出ていた。前報
1)で説明 したよ うに,トリニテ ィ ・カレッジはダブ リン大学におけ る唯一の 構成 カレッジである。国立アイル ラン ド大学につ いては,コー ク校 ( UCC) ,ダブ リン校 ( UCD) お よび ゴールウェ イ校 ( UCG) とい う3 校 のユニバー シテ ィカレッジ,な らびに聖
パトリック ・ カレッジ ( S t .Pat r i ck' sCol l e ge) か ら構成 されていると前報 では述べ たが,第 1 表の分類に よると,聖
パトリック ・カレッジにつ いては他の 3 校 とやや立場が異な るようである。すなわ ち,前報 で引用 した文献
6)7)( 前報文献 8 お よび 9 )では,先の 3 校 は 1 9 0 8 年 に勅許状に よって 構成カレッジとなった としているのに対 して,聖
パトリック ・カレッジは単にカレッジとして 組み入れ られた となってお り,認定 カレッジとす るのが妥当であ ると思 われ る。 したが って, 国立アイル ラン ド大学は,構成 カレッジ 3 校 と認定 カレッジ 6 校 を有 したこ とにな る。
国立アイル ラン ド大学は, ダブ リンに本部 を置 く国立大学 であ るが,教育 と研究は構成 カレ ッジと認定 カレッジに委ね られてお り, 国立アイル ラン ド大学 それ 自体 は教育や研究 を行 わな い。 しか しなが ら,教授や講師の任用, 入学試験お よび学位試験の実施,授業科 目と試験の水 準の維持,学位 ( de gr ee) や 資格証書 ( di pl oma) の授与な どの権 限 を与 え られている機関で ある。構成 カレッジは, それぞれの課程 を自ら規定 し, 国立アイル ラン ド大学全体 の権 限に従 って各 自の試験 を実施す る。一方,認定 カレッジは,提携 している構成 カレッジの教育職員の 助言に よ、 つて,課程 と試験 を計画す る。
ダブ リン大学 トリニテ ィ ・カレッジは伝統的にアイル ラン ド国教会の勢力 と密接に結ばれて お り, どち らか といえばカ トリック教会の権威に相反す る理 念 をもっていた。それに対 して国 立アイルラン ド大学 は,特定宗教 に関係 はな く, どちらか といえば カ トリックの理念 をもって いたようであるが,近年 になって,大学の学生 と雰囲気は よ り多元論的な気質 を反映 している
とい う。
このよ うに長 い間, しか も英連邦離脱後 も少な くとも 1 9 6 0 年 頃 までは, ダブ リン大学 トリニ
テ ィ ・ .カレッジと国立ア イル ラン ド大学 とい う 2つの大学のみが第 3段 階教育 を支配 していた
といえる。 しか しなが ら ,1 9 6 0 年代 になって経済的に発展 し,社会構造が変化 して くると, そ
れ らに対応 して,第 3 段 階教育機関 を新 たに編成す る教育改革が必要 であった。第 3 段 階教育
を受け る学生数 は ,1 9 6 4 /5 年 の 1 6, 3 0 0 名が 1 9 7 5 /6 年 には 2 6, 0 0 0 名に増加す るこ とが見込 まれ
たが,実際には 3 3, 0 0 0 名に達 した。それに ともなって両大学 は大 き く膨張 したに もかかわ らず,
1 9 7 9 年,第 3 段 階教育 において 「 大学」は学生の約 6 0% を満足 させ るにす ぎなか った。そ して 大学は,基金 をます ます 国に依存す るようになって きてお り,収 入の85%は国か らである.大 学およびその他の第 3 段ド 轍 育機関に対する資金捷供 ・計画機関は高等教育委員会 ( Hi g h e rEducat i on Aut hor i t y;HEA) が行 っている。
( 2) 非大学第 3 段 階セ クター
長年,大学 2 校のみで続いて きたアイル ラン ドにおいて,非大学第 3 段 階セ クターが大 き く 発展 し,教育 システムの 2 元性 をか な り明確 に反映す る結果 となった。非大学セ クターに属す る教育機関は 3 つに大別 され る。第 1 は,後に大学に昇格す る高等教育機 関 ( NI HE) の リマ リ ックおよびダブ リンの 2 校 とカレッジ 2 校がある。第 2 は, 職業教育法 ( Vocat i onalEducat i on Ac t ,YEA) に基づ く教育機関 として,職業教育委員会 ( Vocat i onalEducat i onCommi t t ee , VEC) 管理下の第 3 段 階 カレッジである。その主要 な 6 校 はダブ リンにあ り,連合 して Dubl i n I ns t i t ut eofTe c hnol ogy を構成 している「 。第 3 に,地域 カレッジがあって, これ も職業教育 委員会のネ ッ トワー クの下 に機能 してお り, 国によって設立 され,支援 されてい る。それぞれ の カレッジで設立の経緯,役割,運営方式な どは異な るが,すべての機 関は,技術,応用科学 お よび商業 を重要視 している。 これ らの カレッジでは,授業科 目や コースがフレキシブルな構 造 をもつ ように意図されてお り, 1 年 の証明書 コースか ら 4 年 の学位 コース まで在学期 間は多 種 多様 で,実務経験や 異なるコース間の移動が推奨 されている。非大学セ クターの授業料は低 めに設定 されてお り, 国か ら大幅に助成金が交付 されて, とくに新 設の カレッジでは設備 も整 っている。学生数 は年々増加 している。なお, これ らの教育機 関は, 1 9 7 2 年 に設立 された全 国 学位授与機 関 ( Nat i onalCounci lf orEducat i onalAwar ds , NCEA) * か、 ら,学位 な どの大 部分 と教育課程 の認定 を受けている。
( 3) 地域技術 カレッジ
職業教育法に基づ く教育機 関の 2 校 の うち, Dubl i nl ns t i t ut eofTe c hnol ogy につ いては後 にダブ リン大学の上級学位 との関連で運べるので1ここでは地域技術カレッジ ( Re gi onalTe chni cal Col l e ge s ,RTCs) を取 り上 げて説明す る。
地域技術 カレッジは全 国で 1 1 校 あ り,工学 と科学 ばか りではな く,商業,語学お よびその他 の専攻において,工芸か ら専 門職 レベ ル まで,商工業の広範囲の職業のための教育 を行 ってい る。地域技術 カレッジの課程 には次の ような ものがある。
① 下級お よび上級職業証書 コース :地元の技能修 習生のための研修休 暇制度 ( dayr e l e as e) または社員留学制度 ( bl ockr el eas e) ,な らびに よ り広 い地域か らの技能修習生のための 社貞留学制度 による
② 仝 レベ ルにわたるホテル ・ケイタ リングコース
* 2. 4 節で詳しく述べる。
( 9 種 々の レベ ルの専 門資格のためのパー トタイム研修休 暇 ・社員留学制度 とフルタイム コ ース :例 えば,製図者,実験室助手,農業技術者,遠足 巨離通信 技術者
④ 修 了後証書 ( Pos トl eavi ngCe r t i f i cat e) または上級修 了後職業証書 ( Pos t ‑ s e ni orTr ade Ce r t i f i cat e) コース
(i )応接係のための 1年間, な らびに秘書学,計算機 プログラ ミングな ど
(i i )国家技術者証書 ( Nat i onalTe c hni ci anCe r t i f i cat e) が授与 され る 2 年 間の コース ( i i i ) 特定の国家技術者証書の授与に続 く国家技術者資格証書 ( Na t i o nalTe c hni c i a nDi pl o ma )
が授与 され る 1 年 間の コース
(i v)国家技術者資格証書が授与 され る 3 年 間の コース
( V)専 門職, あるいは学位 レベ ル を授与 され る 3 年以上の コー ス G) 成人教育 :再教育 コースを含む
カレッジごとに特定の教科分野 を専 門 としてお り, コースに関す る詳 しい情報はそれ ぞれの カレッジか ら入手 で きる。よ り低 レベ ルの コースにおけ る学力に基準 を設け,それに準 じて種 々 の コース間で学生の移動 を認め る規定があるO全 国学位授与機 関 ( NCEA) の認定の下に第 3 段 階の コース を無事 に修 了 した学生 には, い くつかの学位のほか国家技術者証書や 国家技術者 資格証書が授与 され る。
地域 技術 カレッジには学校理事会 ( Boar dofManage ment) があ り,地域の職業教育委員 会の小委員会 として運営にあたっている。理事会 は もともと,農業組合,雇用者組合お よび労 働組合か らそれぞれ代表者 1 名,教育省の代表者 1 名,職業教育委員会の代表者 1 名,職業教 育委員会の会長, そ してカレッジの学長 の 7 名の メンバーか ら構成 されていたが, その後地域 の職業教育委員会か らと産業界か らの代表者 を増員 して,1 2 名 となった。学校理事会の決定 を 法的に有効 とす るためには,地域職業教育委員会に よって承認 され るこ とが必要 である。理事 会は,教育お よび財政の両面 で,仝支出の認可, カレッジ学長 を除 くス タッフの選考 と任命の 年次計画 を提案 し,一般 的な経過報告 を受け る。学長は,理事会の指示の下に, カレッジ内の 管理運営に対 して責任 をもつ。
2.3 1 9 6 0 年以降の高等教育再編成過程
アイルラン ドでは, 1 9 6 0 年代 になって経済的発展や社会構造の変化 な どに対応 して,第 3 段 階教育機 関の新 しい編成が進め られた 。1 9 6 0 年 には高等教育 に関す る委員会 ( Commi s s i onon Hi ghe rEducat i on) を設置 して,先に述べ たような学生数の増加 に対す る大学再編成案 を検討
したが,委員会報告 による主 な勧告 が発表 されたのは 1 9 6 7 年 になってか らである。その勧告 は,
(i )国立アイル ラン ド大学 ( NU I)を解体 してユニバー シテ ィカレッジ 3 校 ( UCD,UCC お
よび UCG) を独立 した大学 とす る ,(i i) トリニテ ィ ・カレッジを管理組織に転換す る, ( i i i )
メイヌース ・カレッジの将来の立場 は委員会 に よる検討 問題 として残 してお く, そ して ( i v)
トリニテ ィ ・カレッジは独立 した大学 としてその まま続け る, とい うものであった 。1 9 6 8 年,
高等教育委員会 ( HEA) がア ド・ホ ックで設置 され ,1 9 71 年 には法的権 限 をもって常設の立案 ・
予算執行計画機 関になった。現在,高等教育委員会 ( HEA) は,大学 お よびその他 の第 3 段 階 教育機 関に対す る資金提供 と計画 を行 い,教育行政 を担 当す る教育省は,大学お よび指定教育 機 関の経費 を負担 し,高等教育委員会 を通 して予算 を配分 してい る。
この報告書が発表 されて間 もな く,教育相 の DonoughO' Mal l ey は大学再編成 に関す る報告 書の勧告 に直接反対 し, 1 9 6 7 年 4 月には何 らの前相談 な しに, トリニ テ ィ ・カレッジ とユニバ ー シテ ィカレッジ ・ダブ リン校 ( UCD) を 1つ の大学 として再編成す る とい う政府の意図 を宣 言 した。この合併提案 は大論争 を引 き起 こ したが,教育相 の 0' Mal l e y が在任期 間 2 年 未満 に し て ,1 9 6 8 年 3 月 ,4 7 歳の若 さで突然死去 した。次の教育相 に Br i anLeni han が就任 して ,1 9 6 8 年 7 月 6日,政府は大学再編成に関す る政策 をよ り詳細に発表 したOそれに よる と ,(i) 国立 アイルラン ド大学 を解体 して,コー ク校 とゴールウェイ校は別々の大学 として設置す ること ,(i i) ユニバー シテ ィカレ ッジ ・ダブ リン校 ( UCD) と トリニテ ィ ・カレッジ ( TCD) を 1 つ の大学 に統合 し, これに よって再構築 されたダブ リン大学 はそれ ぞれが独 自性 を維持 したまま, 2 つ の ̀ componentcol l e ge' をもつ不可分一体 の法 人団体 にな るこ と,な らびに ( i i i ) 聖パ ト1 トン ク ・カレッジ ・メイヌー ス校 は新 しいダブ リン大学 の関連 カ レッジにな る, とい う考 えが示唆 された。
そ して,ユニバー シテ ィカレッジ ・ダブ リン校 と ト1 )ニテ ィ ・カレ ッジの合併 に係 るいろい ろな問題点が検討 されたが,教育相の Leni han が統合 にあたって言及 した両校 の学科配分案 は次 の とお りであ る。
○ トリニテ ィ ・カレッジ
・医学 は全面的に設置 され, これはバ イオサ イエ ンスの主セ ンター ともな る
。・獣 医科学,歯学 お よび薬学 を設置す る。
・法学 を設置す る。 それは司法機 関に近 くて便利だか らであ る。
○ユニバー シテ ィカレッジ ・ダブ リン校
・当校 の工学 を Bel f i el d キャンパ スに置 いて完全 を もの とし,物理科学 のセ ンター にす る
。・農学 と建築学 を残す 。
・商学 と社会科学 を設置す る
Oそれは Bel f i el d キャンパスで学習 してい る学生が非常に 多い か らであ る。
教育相の Leni han は,政府 を代表 して,アイル ラン ド国民が この計画 を心か ら歓迎 し,高等教 育 システムの発展 に対す る最大の障害が取 り除かれ るこ とを信 じてい るとまで表 明 した。 しか しなが ら, 1 9 6 8 年 の終 わ りには, この案 のい くつか は実行 が難 しい とみ られ るようになった。
そ して,ユニバー シテ ィカレッジ ・ダブ リン校 の権威筋は全面的に反対 し, さ らに高等教育委 員会 ( HEA) は財政上の問題 を含め て,合併 よ りも提携 とい う 1 9 6 0 年 の高等教育 に関す る委員 会の提案 に賛成す るよ うになった。
合併案 に対 しては トリニテ ィ ・カレッジお よびユニバー シテ ィカレッジ ・ダブ リン校 には反
対が あ り,双方の学長 の示唆 もあ るこ とか ら, 1 9 7 0 年 に入 って, 国立ア イル ラン ド大学 と トリ
ニテ ィ ・カレッジの代表者が ワー キング ・グルー プ をつ くって検討す るこ とにな った。その結
莱,両校 間の授業科 目の配分 で次の ような合意に達 した
3)0
○各大学におけ る学芸科 削 まその まま教授 を続け るが,少数 の学生だけが学習 している科 目 は一方にのみ割 り当て る。
○理学 では,生物科学の主セ ンター を トリニテ ィ ・カレッジに置 くとともに,両大学の現在 の専攻分野の範囲 を保持すべ きである。
○医学 では,別々にプ レ臨床ス クール ( pr e‑ cl i ni cals chool ) を設置 し,それは同数 である が単一の統合臨床 ス クール とす る。
○薬学 は,薬剤師協会 ( Phar maceut i calSoci e t y) の要望 に よ り,一方の大学 に設置す る
o O工学につ いては, トリニテ ィ ・カレッジはよ り一般 的なコース を提供す ることで継続 し, ユニバー シテ ィカレッジ ・ダブ リン校 は よ り専 門化 して, よ り高価 な設備 を必要 とす るよ
うな選択科 目を担当す る。
○商学,社会科学,農学お よび建築学 はユニバー シテ ィカレッジ ・ダブ リン校 に設置す る0
○ トリニテ ィ ・カレッジは, ダブ リンにおけ る法学の主セ ンター とな り, そのキャンパスで さらに発展すべ きである。
ところが 1 9 7 4 年 1 2 月,当時の教育相 Ri char dBur ke は高等教育 に対 して 2 元 システム よ りも 総合制 システム を選択 し, これ まで とは全 く異なる案 を発表 した。 さらに,技術教育 をよ り拡 大す るとともに,地域 カレッジや 技術教育に対 して認定 ・授与機関 を設立 し, それによって非 大学 第 3 段 階セ クター と大学 を学位授与の 目的で結ぶ こ とが検討 された。 この段 階で,ユニバ ー シテ ィカレッジ ・ダブ リン校 と トリニテ ィ ・カレッジを統合 して 1つの大学 にす る案 は消滅 し,ユニバー シテ ィカレッジ ・コー ク校お よび同ゴー ルウェ イ校 を合体 して新 しい国立アイル ラン ド大学 を設立す るこ と, な らびにユニバー シテ ィカレッジ ・ダブ リン校 と トリニテ ィ ・カ レッジはそれぞれ 自律的な地位 を得 るこ とが提案 された。
しか しなが ら, この案は反対 され, 1 9 7 6 年 には コー ク, ゴールウェ イお よびメイヌースのカ ッレッジに 自律的な地位 を与 えるこ とに政府案が変更 された。 さらにその後, 1 9 7 7 年,アイル ラン ド共和党が政権 に復帰す ると,
2元 システムの第
3段 階教育政策が再 び主張 された。政府 は 4 つの独立 した大学の立法化の意図 を宣言 した。 メイヌース ・カレッジの地位は決 まらなか ったが ,RoyalCol l e geofSur geons は国立アイル ラン ド大学の認定 カレッジとなった 。1 97 8 午,教育相の JohnWi l s on は,国立アイル ラン ド大学 とい う国の組織 を解散 して新 しい大学 を
1 校, あるいはさらに,提携 した認定 カレッジとともに, ダブ リン, コー ク, ゴールウェ イお よび メイヌースのカ ッレッジに 自律的な地位 を与 えるこ とに して ,1 9 81 年 に法案 を提出す ると い う政府の意図 を発表 した。
この ような貯余 曲折 を経なが ら,既存の 2 大学はその ままで ,1 9 7 2 年 と 1 9 7 5 年 の国立高等教 育機 関 ( NI HE)2 校 の設立に至 り,最終的には ,1 9 8 9 年 6 月,この国立高等教育機関 2 校がそ れぞれ リマ リック大学 とダブ リン市立大学 ( Dubl i nCi t yUni ve r s i t y) に昇格 したのである
1) 0
ユニバー シテ ィカレッジ ・ダブ ) )ン校 ( UCD) と トリニテ ィ ・カレッジ ( TCD) を合併 して
1 つの大学 とす る案は,おそ ら く技術教育 を第 3 段 階教育に完全に統合す るための提案 であっ
た と思 われてい る。 当時,すべ てのユニバー シテ ィカレッジは,新築 の校舎 をもち,学生の増 負,最新 の教育 ・研究用設備 お よび器械 の設置 な どの計画 では恵 まれた環境 にあ った。 中で も ユニバー シテ ィカレッジ ・ダブ リン校 ( UCD) は,ほ とん どすべ ての学部が 1 9 6 0 年以前か ら認 め られていた Bel f i el d の新 キャンパ スに移転 していた。工学,医学 お よび獣 医学 は ,Be l f i el d の 新 しい大学 キャンパ スに新 しい建物 をもち,大学 院 レベ ルの学修 と研究 は 「 大学」 としての機 能 を顕著 に示 していた。一万, トリニテ ィ ・カレッジには新 しい建物が相次 いで建 て られてい た。 この よ うな事情 の下 で, 2 つ のダブ リンの大学 を同格 にす るための検討がな されたのであ る 。1 9 7 4 年 の Bur ke の提案 は,技術教育 を第 3 段 階セ クター に完全 に統合す るための意図が あ り,最終的には トリニテ ィ ・カ レッジに とって有利 さは少 なか ったの ではないか と思 われ る。
2. 4 アイル ラ ン ドの学位授与機 関
前報
1)において,ア イル ラン ド共和 国におけ る大学の概要 を,英 国の統治下 とそれか ら離脱 し た後 との 2 期 に分けて説明 した。その中で,英連邦離脱後 に創設 された新 しい大学 は, ダブ リ ン市立大学 と リマ リック大学 であ り,いずれ も衰初 は国立高等教育機 関 ( NI HE) として設立 さ れたこ とを述べ た。ここで Dubl i nCi t yUni ve r s i t y につ いては,わが 国の横浜市立大学や 大阪 市立大学 にな らって市立大学 と訳 したのであ るが, 必ず しも設置形態 はそれ らに相 当す る もの とは思 われないので,す でに訳 されてい る 「ダブ リン ・シテ ィ大学」 4 ) で表 し,前報 を訂正す る こ とにす る。 また, この新 しい大学 2 校 は,設立 当初 の国立高等教育機 関時代 には,学位 は英 国の CNAA に類似 した機 関に よって授与 された こ とを述べ た。この機 関につ いては,引用 した 文献
8)( 前報文献 1 0) の誤 って記載 された箇所 に従 って Counci lf orNat i onalEducat i onal Awar ds としたが,これは Nat i onalCounc i lf orEducat i onalAwar ds( NCEA) とす るの が正 しい。 さ らに, この機関は学位授与機 関であ るこ とを著者 として理解 しなが らも前報 では, 一応, 国立教育授与審議会 と直訳 したO しか しなが ら,す でに 「 全 国学位授与審議会」 とい う 訳が与 え られてい る
4)こ とで もあ り,今後 は,著者 もそれに従 うこ とにす る
。職業教育委員会 ( VEC) の管理下 にあ る地域 技術 カレ ッジ ( RTCs) は,最初 の 5 校が 1 9 6 9 年 に開校 し, その後,新 設や昇格 に よって増加 して,最終的には現在 の 1 1 校 とな った。地域技 術 カレッジは, 第 3 段 階教育 の需要 の増加 に応 えるものであ り,最初 は証書や 資格証書 を与 え ていたが,政府 は, 1 9 7 2 年,非大学型 カレッジにおけ る課程 と学位授与に対す るア ド ・ホ ック な高等教育管理機 関 として NCEA を設立 した。
一万 ,1 9 7 4 年,当時の連立政府 は NCEA か ら学位授与権 を取 り上 げ る決定 をして,非大学 第
3 段 階セ クターにか な りの混乱 と不満 をもた らしたO そこで ThomondCol l e ge はユ ニバー シ
テ ィカレッジ ・コー ク校 ( UCC) の,また国立高等教育機関 リマ リック校 ( NI HE Li me r i c k)
はユニバー シテ ィカレッジ ・ゴールウェ イ校 ( UCG) のそれぞれ傘下 に置か れ る とい う取決め
がな された。 また, トリニテ ィ ・カレッジはダブ リン市職業教育委員会 と協定 して, 当委員会
の技術 カレッジの卒業者 の一部 に学位 を授与す るこ とにな った。 しか しなが ら,ア イルラン ド
共和党が政権 に復帰す る と ,1 9 7 7 年 1 1月 ,NCEA は学位授与機能 を再 開 し ,NI HE,Thomond
Col l e ge,Dubl i nCol l e geofComme r c e ,そ して地域 カレッジや 技術 カレッジ ( col l e ge sof t ec hnol ogy) な どの非大学 第 3 段 階セ クターに対 して,授業科 目の認定お よび学位等の授与 に つ いて責任 をもつ機関 となった 。1 9 7 9 年 にはアイル ラン ド議会 によって NCEA の法的地位が認 め られ,第 3 段 階教育の 2 元 システムは よ り明確になった ともいえる 。 1 9 7 2 年の設立時か ら 1 9 7 9 年 までの間の NCEA に よる授与数 は ,1 年証書が 1, 0 7 5 ,国家証書が 6, 1 0 0 ,国家資格証書が 2, 4 5 7 , そ して学位が 41 0 である。これ らの うちの約三分の二は,工学,科学,お よびデザ インの専攻分 野 であ る。
さ らに 1 9 8 0 年,全 国学位授与審議会法 ( Nat i onalCounci lf orEducat i onalAwar dsAc t) の制定に よってNCEAには法的根拠が付与 された。この法律の下 で, NCEA は,専 門職 的,職 業的, あるいは技術的な内容 であって も,大学外で与 え られ る技術,工業,科学,工学,商業, 美術 ・デザ インな どの教育 を奨励 し,助長 し,促進 し,調整 し, そ して発展 させ ることを一般 的役割 としている。 NCEA は, この法律が適用 され る教育機 関,す なわち 「 指定機 関」が指導 す るか, あるいはその監督の下に用意 された授業科 目に出席 したか, そ うでな くて も学習 して, NCEA が認めた者に,学位,資格証書,証書 な どを授与す る権 限 をもっているOここで,上記 の ような授業科 目は, NCEA に よって承認 されているものでなければな らない。
NCEA の構成員は,委員長 ( c hai r man) ,会長 ( di r e c t or) ,お よび 2 3 名の委員である。工業, 商業お よび農業の各界代表常任委員 9 名は教育相 に よって任命 され る。ダブ リンと リマ リック の国立高等教育機関 ( NI HE) 2 校 と ThomondCol l e ge か らはそれぞれ 2 名の代表者 , Nat i onal Col l e geofAr tandDe s i gn か らは 1 名の代表者が構成員になってい る。さ らに,大学機関は
4 名の代表者,そ して NCEA の認定 ・授与が通用 され る教育機 関の理事会,教職員,あるいは 学生の代表者 3 名が加 わる。委員長 は非常勤 で,政府に よって任命 され る。会長 は常勤で NCEA の最高幹部 であ り,教育相の承認 を得て審議会が任命す る。会長の職務 を補佐す るため,顧 問, 試験官,成績評価担当者,あるいは指導教員 を採用す ることがで きる。 NCEA には学修 に関す る多 くの委員会や部局があ り,諮問委員団 をもって職務 の履行 を補佐 している。
NCEA は,比較 的新 しい非大学セ クターの学術的発展 に非常 に密接に関連 しているので,授 業科 目や学位授与の基準がアイル ラン ド国内において も, また国際的に も受け入れ られ るので あ り, また,認め られ るものであるこ とを保証す るとい う重 い責任 を負っている。そのため, 種 々の分野の学修 において,広 い専 門家集 団や 外部審査員の協 力 を得ている。
3 .アイル ラン ドにおけ る大学の創設 と変遷
3. 1 ダブ リン大学 トリニテ ィ ・カ レッジの創設
ダブ リン大学は,エ リザベ ス一世 ( 1 5 3 3‑1 6 0 3) 時代の 1 5 9 2 年 にただ 1 つのカレッジをもつ
̀ mat e runi ve r s i t at i s( mot he rofauni ve r s i t y) ' として設立 された。 カレッジは Col l e gi um
Sanc t ae e tl ndi vi duae Tr i ni t at i sj uxt a Dubl i n a Se r e ni s s i ma Re gi na El i z abe t ha
Fundat um( TheCol l e geoft heHol yandUndi vi de dTr i ni t ynearDubl i nf ounde dby
t heMos tSe r e neQuee nWl i z abe t h) と名づ け られ,さ らに カレ ッジを増設す るとい う大学 拡張の努 力に もかか わ らず,今 日に至 るのであ る。 トリニテ ィ ・カレッジの設立の 目的は ̀ f or t he e ducat i on,f or mat i on,and i ns t r uc t i on ofyout hsands t ude nt si nt hear t sand f ac ul t i e s ' にあ り
3),エ リザベ ス女王はアイル ラン ドの イギ リス化 をいっそ う促進す るため,プ
ロテス タン ト ・エス タブ リッシュメン ト ( 上流階級 )の師弟 を教育す るこ とを目的 としたので あった9 ) 。そ して,トリニテ ィ ・カ レッジはオ ックスフ ォー ドとケ ンブ リッジをモデル とす るこ とに基礎 を置 きなが ら,道徳 と宗教,と くに国教会 ( Es t abl i s he dChur c h) の教化のための道 具 とみな されていた。
ス コッ トラン ドでは 3 つ の大学が 1 5 0 0 年以前にす でに設立 されていたのに対 して, 1 6 世 紀が あ と 1 0 年 になって もア イル ラン ドには大学が なか った。 ダブ リンの有識者 たちは, 当時急速 に 発展 しつつ あったダブ リンに大学 を設置す るこ とを長期 にわたって議論 して きたが, 1 5 0 0 年代 の中頃,当時活動が抑 えられていた St , Pat r i ckCat he dr al の大聖堂 とその基金 を使 って , ̀ bes i de Dubl i n' に ̀ f ai randl ar geCol l e dge' を設立す る とい う案が提 出された。その後,この提案 は一時棚上 げされたが ,1 5 8 4 年 に再 び復活 し, い くつかの貯余 曲折 を経 て, 1 5 91 年 の土地 問題 の解決 に よって ,1 5 9 2 年 の カ レッジ設立 に至 るのである。す なわち, ダブ リン市長 とダブ リン 市 自治体 は,市の境 界の東に約半マ イルの所 にあ り, 1 5 3 8 年 にダブ リン市 に移譲 されていた約 2 8 エー カーの土地の使用 を認め たのであ る。 そこにはす でに‑ ン リー八世 の下 で解体 の憂 き目 にあ った修道 院の建物が放 置 されていたが,農地 と果樹 園に囲 まれ, トリニテ ィ ・カ レッジに 対 しては教育 の 目的のため に, 自由に, また永久に使用す るこ とがで きる とい う大 きな恩典 が 与 え られた
3)。
トリニテ ィ ・カレッジは,少な くとも初期 においては, 多 くの カレッジか ら成 るオ ックスフ ォー ドまたはケ ンブ リッジに構造 では匹敵す る大学 として見な され る ものではなか った。エ リ ザベ ス一世 が用 いた ̀ mat e runi ve r s i t at i s( mot he ro fauni ve r s i t y) 'とい う言葉 は,何 ら かの意 図が秘め られた り,あ るいは長期 にわた る 目的 をもって使 われた とは思 われないが
3),学 位授与の権 限 をもつ 自律 的で,永続可能 なア カデ ミックな機 関 として カレッジに大学 の地位 を
もたせ るこ とが設立 当初 よ り望 まれていた。一方,エ リザベ ス一世 は, カ レッジ創 設にあた り, 初代 の学長, フェローお よびスカラー を任命 したが,学長, フェローお よびス カラー は法 人組 織 をとるこ とが予定 されてお り, フェローには学長が空席 となった ときの新学長選 出の権 利, また,学長 とフェロー には カレッジを適正 に, また誠実 に運営す るため に規則 を作成 し,命令 す る権 限な どが もたされていた。 さ らに, オ ックスフ ォー ドまたはケ ンブ リッジで施行 されて いる規 則に適合す るものはなんで も採用す るよ うに助 言が な された。 カレ ッジの権威筋は,過 当な時点で,すべ ての学芸 と学部 で bac hel or ,mas t e r お よび doc t or の学位 を授与す る権 限 を与 え られていた。こ うして,トリニテ ィ ・カ レッジは,ジェームス一世 ( 1 6 0 3‑1 6 2 5) が ̀ i ti scal l e d aCol l e geandcons i de r e dt obeaUni ve r s i t y' とい う理 由で 1 61 3 年 に議会の説明 を許 した 時,初めて大学 としての実質 を与 え られたのであ る。
‑ 3 6‑
3. 2 1 9 世紀 におけ る大学創設 ・廃止の経緯
英国の‑ ン リー八世 ( 1 5 0 9‑1 5 4 7) は, ローマの正統的カ トリック教会か ら離脱 して英国国 教会 を設立 したが ,Ki ngo fI r e l and ( アイル ラン ド王)の称号 をもつ とアイル ラン ドに対 して 絶対服従 を要求 し,英国国教 を持 ち込んでアイル ラン ド国教会 を唯一の正統宗教 とした。 しか しなが ら,大半が ローマ ・カ トリック教徒 である一般民衆が改宗す るこ とはなか った。アイル ラン ド議会 は国教会派である少数派のプロテス タン トに独 占され,本国の英国議会 に従属 して いたにす ぎなか った9 ) 。そのため,長 い間,アイル ラン ドは国教会 に支配 され,カ トリック教徒 は差別 と迫害 を受けて きた。 この ような歴史的背景のため,アイル ラン ドの教育 に関 してはカ トリック教会が深 く係 わ りをもち,近代 に至 るまで教育形態の性格 に大 きな影響 を与 えたので ある。
1 8 5 0 年 まで,アイル ラン ドにはダブ リン大学がただ 1 つの大学 として存在す るにす ぎなか っ た。 このダブ リン大学の唯一のカレッジである トリニテ ィ ・カレッジは,伝統的にアイルラン ド国教会の勢力 と密接に結ばれ,教会か らの豊富な寄附金に恵まれていた。 カレッジのすべ て の理念,伝承お よび組織関係 は, カ トリック教徒 の高等教育 に対 して適切 な 1 つの機 関 として は,カ トリック教会の権威に相反す るものであった
3)01 9 世紀になって,新 たに総合大学組織 を 創設す るための法律が発案 され,一部は実施が試み られたが,宗教勢力 を満足 させ るこ とに こ とごとく失敗 した。アイル ラン ドにおけ る大学教育の問題 は,特定の宗派 と政治上 の事情に密 接 に絡み合 っていたか らである。そ して,一応容認で きる 1 つの妥協 的解決が導 き出されたの は ,2 0 世紀に入って 1 9 0 8 年のアイル ラン ド大学法 ( Ⅰ r i s hUni ve r s i t yAc t ) の制定 によるのみ であった。以下 ,1 9 世紀にアイル ラン ドで行 われた新 しい大学の創設 と廃止 をめ ぐる経緯,管 景 な どを順 を追 って簡単 に述べ る。
( 1) トリニテ ィ ・カレッジの情勢
創設初期 の トリニテ ィ ・カレッジでは, い くらかの カ トリック平教徒 を含む出席学生 に対 し て,厳格 な宗教 審査 は行 わなか った と思われ る。しか しなが ら,チ ャー ルズ一世 ( 1 6 2 5‑1 6 4 9) は,前代の ジェーム ズ一世 と同様 に議会 との間に確執 を起 こし, 1 6 2 9 年か ら 1 6 4 0 年 まで議会 を 召集せ ずに統治 した。 この間,宗教面 での専制 的政策が推進 され, 国教主義の徹底がはか られ
9
) ,1 6 3 7 年, トリニテ ィ ・カレッジには一連の審査 と宣誓が導 入された。その結果,カ トリック 教徒 または国教反対者に とっては良心的立場か ら, カレッジに出席 した り, あるいは卒業す る
こ とが不可能 となった。
1 7 9 3 年の カ トリック救済法 ( Cat hol i cRe l i e fAc t ) の一部 と 1 7 9 4 年の国王認可状 によ り,カ
トリック教徒 と非国教徒が入学 して学位 を取得す るこ とが法的に可能になったが, カレッジの
教授職, フェロー シップ,な らびにスカラー シ ップは依然 として国教会の メンバーに限 られて
いた。 また,少数 のカ トリック教徒が入学 した として も, トリニテ ィ ・カレッジはアイル ラン
ドに住む上流社会のイギ リス人男性 とアイル ラン ド国教会聖職者 な ど支配階級のエ リー トのた
めの ものであ り,実際に国教会教徒以外がアイル ラン ド唯一の大学教育施 設である トリニテ ィ・
カレッジの恩 恵に浴す るこ とがで きるように緩和 されたのは,1 7 世紀の終末近 くになってか ら であ る。す なわち, トリニテ ィ ・カレッジでは,学位 を取得す るのに居住の要件 はな く, また, 医学,法学,神学,そ して工学以外では, B.A. の学位 は全 く講義に出席 しな くて も取得 で き るようになった。1 873 年 にはすべての宗教審査 は神学部 を除いて廃止 された。1 87 0 年 には女性 に対す る特別の試験が留保 され,1 8 96 年 には普通大学試験が許 され, 男女差別の障害 はようや
く除かれたのである。
( 2) メイヌース ・カレッジの創設
1 7 世紀 と1 8 世 紀にダブ リン大学 で宗教審査 を実施 したこ とで,正規の第 3 段階教育 を求め る カ トリック教徒 は外国のカレッジに行 くようになった。1 6 世紀末期か ら1 7 世 紀初期 にかけて, ローマ,パ リをは じめ ヨー ロッパ大陸の学問の中心地にアイルラン ド人の カレッジが設立 され た。フランス革命が起 こった1 78 9 年,47 8 名の海外アイル ラン ド入学生の うち 7 割以上がフラン スにいたので,政府や教会の有力者は,学生が革命的思想 と情熱によって煽動 され,不信仰の 感化 を受け るこ とを恐れた。そこで1 79 5 年,政府は メイヌースにカ トリック教徒のカレッジを 設立す るため直接に基金 を与 えるこ とに同意 した。 こうして創立 されたメイヌー ス ・カレッジ ( Ma ynoo t hCol l e ge) は,最初 は聖職者学生に限定 されなか ったので,1 8 00 年か ら 1 81 7 年の間 は多数の俗 人男子学生が通学 したが,1 81 7 年か らはカ トリック聖職者の教育 と準備 のための国 立神学校 となった。議会のか な りの反対に もかか わ らず, 1 8 45 年か ら政府は固定補助金 を与 え, 年 間補助金 を年 々増額 して, 国教会制の廃止 と関連 して年 間補助金の代 わ りに補償金が配分 さ れた1 86 9 年 まで,両補助金の支払い を続けたのであ る。1 89 9 年, メイヌース ・カレッジはロー マの教皇大学 ( Po nt i f i c i alUni ve r s i t y) か ら哲学,神学お よび教会法の分野 で学位 を授与す る
ことを認め られた。
( 3) クイー ンズ ・カレッジの創設
トリニテ ィ ・カレッジは本質的にはプロテス タン トの雰囲気や管理体制 をもち続けたので, カ トリック平教徒 に大学教育の機会 を与 えるこ とにはなお問題が残 っていた。イングラン ドで は非国教徒や急進主義者 たちの運動 によって,1 82 8 年,オ ックスフォー ドお よびケ ンブ リッジ 両大学 (オ ックスブ リッジ)の流儀 に とらわれない大学のモデル として新 しい高等教育機関, 後のユニバー シテ ィカレッジ ( Uni ve r s i t yCol l e ge) が, ロン ドンの Gowe rSt r e e t に設立 さ れた。 この新 しい高等教育機 関は非宗教 ・非宗派であることを標樟 し,入学 に際 して宗教審査 も行 わなか った。 カ リキュラムは神学 を除外 し,科学や 医学,歴史学や経済学 な ど近代 的な学 問 を大幅に取 り入れ るとともに,学費が低廉 な通学制が採用 された
10).一方,国教会派は1 82 9 年 にキングス ・カレッジ ( Ki ng' sCol l e ge) を設立 した。ユニバー シテ ィ ・カレッジとキング
ス ・カレッジの間には宗教上の確執 があったが,政府の調停 もあ り,1 83 6 年,設立勅許状 を受
けて ロン ドン大学 ( Uni ve r s i t yo fLo ndo n) の設立に至 った
11)。これに よってオ ックスブ リッ
ジに よるイングラン ドの高等教育独 占体制 は打破 された。 ロン ドン大学 では,非居住制 をとり,
両 カレッジに出席 しな くて も試験 を受けて学位 を取得す るこ とがで きた。 また, カ リキュラム は同時代の社会 と産業界の情勢に応用関係 をもったず っ と近代 的な科 目を組み入れた。
その頃のアイル ラン ドの高等教育 では ,1 8 4 5 年 5 月,首相 の Robe r tPee l 脚のイニ シャテ イ ブに よ り, 3 校の ̀ クイー ンズ ・カレッジ ( Que e n' SCol l e ge s) 'を設立 し,コー ク ( Cor k ) , ゴールウェイ ( Gal way) およびベルファース ト ( Be l f as t ) に設置す るというカレッジ議案 ( Col l e ge s Bi l l ) が提出 された。この新 しい クイー ンズ ・カレッジは,非宗派的で非居住制 であ り,少な
くとも初期年度はカレッジの上層部 と教授の指名 を政府が行 うものであった。 カ リキュラムは 学芸,法学お よび医学の 3 学部 をもった近代的な実用性 を基本 とした線に治 って計画 された。
さらに,授業料は低額であるこ と,卒業は厳 しい試験の手順 に従 うこ とも予定 された。 この議 案 に対す る反応は分かれていたが,僅か な修正 をもって 1 8 4 5 年 7 月 1 0 日に下 院 を通過 し, 同 31
日には裁可 を得 て, 1 8 4 9 年 1 0 月, クイー ンズ ・カレッジは新学年 のス ター トに合 わせ て関学 し た。翌 1 8 5 0 年 には クイー ンズ大学 ( Quee n' sUni ve r s i t y) が設立 されたが,これはカレッジの ための試験お よび学位授与機関 としての役割 を果たす ものであった。
クイー ンズ ・カレッジは,新 しい建物に,著名な教授陣 を備 え,学生は種 々の宗派が混 ざっ て 1 8 6 4 年 までに 7 5 0 名 を受け入れ,卒業生は行政業務,陸軍
1海軍お よび学界な ど多 くの分野 で 成功 した。 しか しなが ら, 1 8 6 6 年,政府が クイー ンズ ・カレッジに出席 していない学生が クイ ー ンズ大学の学位 を取得 で きるよ う発議 した ところ, クイー ンズ ・カレッジの卒業者 とい くら かのプ ロテスタン トに よって強い反対 をうけ,取 り止め るに至 った。それに対 して ,1 8 7 9 年, 純粋 に試験の機関 として王立アイル ラン ド大学 ( RoyalUni ve r s i t y ofI r el and) を設立 し,
クイー ンズ ・カレッジに出席 している学生 も, その他の学生 も学位取得のために入学 で きるよ うに して,初期の 目的がある意味で達成 された 。1 8 8 2 年 に クイー ンズ大学は正式に解体 されて, 王立大学 ( RoyalUni ve r s i t y) がそれに取 って代 わ るこ とになった。
( 4) カ トリック大学の創設
ローマ ・カ トリック教会は クイー ンズ ・カレッジに反対 であ り, ローマ法皇は純粋 にカ トリ ック教徒 の大学 を設立す るこ とを聖職者団に要望 していた .1 8 5 0 年 にはそのための委員会が結 成 され,アイル ラン ド, イングラン ドお よびア メ リカで資金 を集め るキャンペー ンが行 われた 結果 ,1 8 51 年には 3 0, 0 0 0 ポン ドに達 した。オックスフォー ドのオ リエル ・カレッジ( Or i e lCol l e ge) の著名 な学者 であった JohnHe nr yNe wman は,同年 1 1月,新 しい大学の学長 に任命 された。
Ne wman はこの大学 を英語圏のための大 カ トリック大学にす るとい う壮大な着想 をもつ ととも に, ロン ドン大学 とクイー ンズ ・カレッジが盛 り込 んだ功利主義的な しきた りに強い反対 を表 明 した。
∫1 8 5 4 年,神学,法学, 医学,哲学お よび文学 の 5 学部 よ り成 るカ トリック大学 ( Cat hol i c
Uni ve r s i t y) が正式に創設 され,当時,理学 と工学は文学部に属 していた。正式に関学 した時
2 0 名だった学生は,その後急速に増加 し ,1 8 5 9 年 までに 1 5 4 名 に達 した。そ してい くらかの学生
は大学附属の住居 に居住 した。 カ トリック大学 は学位授与に対す る政府の許可書 をもたなか っ
たので,有資格者 ( Li cent i at e) とか フェロー ( Fel l ow)の称号 を用 いた。 この新大学には, 規則 としてすべ ての学生に前半 2 年の普通教育( gener aleducat i on) の授業科 目を修得す るこ
とを要求 したこ と, また大学 としての夜間講義 を確立 したこ とな ど, い くつかの興味深い特色 があった。
Newman は多 くの時間 とエネルギー をカ トリック大学の基礎 を築 くこ とに注いだが,アイル ラン ド聖職者団は,壮大 で国際的なカ トリック大学 としての彼の ビジ ョンを理解せず,彼の カ リキュラムはい くらかの司教の好みではなか った。その上,大学 に とって基本的な問題 は,政 府が学位授与の許可書 を与 えるこ とを拒絶 し続けていること, な らびに国の財政支援がないこ
とであった。1 862 年 には新大学の定礎式 を行 い,1 863 年 は学生数 は学芸 ・科学91 名,医学1 08 名, 夜間 コース1 0 0 名 と最高点に達 したが,夜間 コー スは1 86 5 年後は廃止 され,多 くの 困難に直面 し て, その後 カ トリック大学は衰微の一途 を辿 るこ とになる.1 87 0 年代の終期 には さらに衰退 し, 1 87 9 年 には王立大学の設立に よって取得が可能になった学位 とフェロー シ ップ を通 して,活力 を注入 しなければな らなか った。それ以後,ユニバー シテ ィカレッジ ・ダブ リン校 ( Uni ver s i t y Col l ege ,Dubl i n;UCD)として現在 まで良 く知 られている。1 8 82 年, カ トリック大学は新 た に構成 されたカ トリック機関の 1 つ とな り ,1 8 83 年 にはイエ ズス会の管理下 に入った。王立大 学のフェロー シップの割 当てに関す る取決めに よって,ユニバー シテ ィカレッジ ・ダブ リン校 はフェロー シップに よって貴重 な年 間収 入 を得 られ るようにな り,2 0 世紀に入る時点では1 80 名 の学生 を擁 していた。
( 5 ) マ ギー ・カレッジの創設
長老派の 多 くは, クイー ンズ ・カレッジ ・ベ ルファース ト校 を長老派の若者の高等教育に適 した機関 として受け入れたが,長老派聖職者の教育のための カレッジに国の援助 を執掬 に迫 る 長老派 もお り,結局,個 人の寄付 によってマ ギー ・カレッジ ( MageeCol l ege) が1 865 年 に設 立 された。当カレッジは,学芸 と神学の 2 学部か ら成 り ,1 9 0 0 年 には学生数6 0 名 とい う小規模 の ままであった。1 879 年以降,王立大学 を卒業す るこ とがで きるようにな り, また,王立大学 によ り1 つのフェロー シ ップ を授与 された。1 883 年には女子学生のカレッジ入学が完全に認め られた。マ ギー ・カレッジは,1 9 08 年 の大学法 では特別 に言及されなか ったこ とに失望 してい たが,1 9 09 年 に トリニテ ィ ・カレッジ と協定 を結び,学生が トリニテ ィ ・カレッジか ら学位 を 取得 で きるように した。
( 6 ) 王立大学の創設
1 87 0 年代 までに, クイー ンズ ・カレッジはアイル ラン ドにおけ る大学教育の必要性 に必ず し
も対応で きた とはいえなか った し, カ トリック大学 は,学位授与の許可書が交付 されず, また
十分 な基金がないこ とか ら衰退 しつつ あった。1 86 9 年 にアイル ラン ド国教会が廃 止 されたこ と
によ り, 国が特定宗派系の第 3 段 階教育機 関 を直接援助す るこ とはます ます 困難になった。 こ
の ような情勢の下 で,1 873 年,当時の首相のW i l l i am E .Gl ads t one は,従来のダブ リン大学 を
拡張 した形で,アイルラン ドに とって唯一の ̀ f eder aluni ve r s i t y' 2 ) または ̀ nat i onaluni ve r s i t y' 3 ) といわれ る新 しい Uni ver s i t yofDubl i n の設立に関す る法案 を提 出 した。この法案 による大学 は, トリニテ ィ・ カレッジ, クイー ンズ・ カレッジのベ ルファース トお よび コー ク校, カ トリッ ク大学, そ してマ ギー ・カレッジか ら構成 され るもので,すべ てに開かれてはいるが, カレッ ジは宗派的であって も良 く,学位試験 を受け るのにカレッジに出席す ることは必須 ではなか っ
た 。