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日韓共催クルーズから展望される東アジア

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日韓共催クルーズから展望される東アジア

著者 櫛渕 万里

雑誌名 PRIME = プライム

号 24

ページ 15‑20

発行年 2006‑10

URL http://hdl.handle.net/10723/621

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はじめに

いま、 東アジア地域は 「平和」 なのだろうか。

東アジアに 公共空間 あるいは 人々の東アジ ア共同体 を創るとすれば、 その基盤となるのは

「平和」 であるはずだ。 しかし、 この地域に 「平 和」 の土台となる信頼構築システムや紛争予防の ためのメカニズムが確立されていないことは、 こ れからの東アジア空間に大きな負の影響を与えて しまうのではなかろうか。

過去における日本の侵略および植民地支配を受 けたアジア諸国との歴史の清算や和解が終わって いない、 世界で唯一の冷戦構造がこの地域にいま だ残っている、 このふたつが要因としてあげられ る。 そのうえ、 グローバル化による格差や貧困の 拡大という複雑な問題を抱えている。 大きな歴史 的要因の解決を探らないままにグローバル時代に おける地域共同体は構想することは問題をさらに 複雑化させ、 つねに根本的な不安定要素を抱える ことになるだろう。

実際、 NGO活動を通して東アジアに暮らす人々 と会い、 対話をするたびに、 人々が安心して暮ら せる 「平和」 の基盤が必要であることを痛感する。

私は、 地域の公共空間を構想するとき、 同時並行 で、 未解決のままの歴史的ファクターをどのよう に平和的解決していくのか、 どのように民衆レベ ルの相互信頼を醸成していくのか、 そのための枠 組みづくりへの研究と行動が求められていると考 える。

また、 東アジア共同体 を構想するとき、 そ の担い手は一体誰であるのかということをおさえ ておきたい。 EAEC構想やFTA/EPA等の自由貿 易主義圏としての地域共同体の論議が盛んである が、 共同体社会の担い手は誰なのかがすっぽりと 抜け落ちてしまってはいないだろうか。 当然なが ら、 それは地域に暮らす一般の人々である。 人々 の生命や生活の安全が確保されて初めて、 継続的 かつ発展的な 東アジア共同体 が可能になる。

約15億人規模の人口をかぞえるであろう地域の自 然環境も大きなテーマである。 これらの問題群は、

すなわち、 私たちが東アジアに持続可能な社会共 同体をどのように構想するのかということと同義 である。 今日は、 担い手となる 「人々」 の観点か ら、 東アジアの現状とピースボートの実践例を紹 介したい。

東アジア地域の 「平和」 のいま

東アジアに公共空間あるいは 「共同体」 を構想 するとき、 大前提として、 地域が平和であること が重要であると述べた。 基調講演のなかにも東ア ジアの平和について構造的暴力が存在するという お話しがあった。 構造的暴力が、 極度の貧困、 飢 餓、 無秩序、 政治的抑圧、 無政府状態などのため に無数の人が死んでいき、 あるいは自己実現の機 会が奪われるというような途上国の現実を典型的 にさすのだとすれば、 確かに東アジア地域にもそ のような現実が存在する。 しかし、 東アジアが直

日韓共催クルーズから展望される東アジア

(ピースボート共同代表)

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面する特有の大きな課題は、 過去の歴史の清算と 和解についての歴史問題、 世界で唯一残された冷 戦システムとそれに起因する多くの問題が未解決 の状態であることだ。 構造的暴力は、 一般的に、

暴力の主体が特定できないという特徴があるが、

しかし、 歴史による問題群は、 暴力構造の主体が その歴史的過程において特定することが可能であ るという点も違っている。 だとすれば、 未来の共 同体構想のなかで不安定要因としてあげられるこ れらの課題は、 政府、 学術分野、 市民社会などに よる積極的な努力によって、 確実に状態は変化し、

具体的な問題解決が可能であるはずだ。

ここ数年、 東アジアの各地を訪れると、 人々の 記憶や感情のなかに、 過去から現在に至る約100 年の歴史が脈々と息づいていることを実感する。

大きく分けて3つの時代の記憶や感情が混在して いるのだ。 一つは、 家族や親戚から語り継がれる 日本の侵略戦争及び植民地支配時代の記憶。 二つ めは、 朝鮮戦争はじめとする東西冷戦下の軍事独 裁や強固な共産党支配時代の記憶。 そして三つめ に、 貧富の差が拡大するグローバル化時代の今。

東アジアの人々が、 さまざまな時代が混在する日 常に生きていることを、 私たちも東アジアの一員 として知る必要があるだろう。 一方、 日本のなか にも、 それぞれの時代が総括されないまま脈々と 続いている政治構造や精神構造があることを、 彼 らは知っている。

現在、 東アジアコミュニティ化にむけて、 経済 界中心にさまざまな試みがあるが、 市民社会の空 間では重層的な時代の記憶や感情が 「人々」 の日 常に存在することを忘れてはならないだろう。

60年目の節目を迎えた東アジア

昨年2005年は、 日本では 「戦後60年 (敗戦60 年)」、 韓国では 「解放60年」、 中国では 「勝利60 年」 であった。 この節目の年に、 東アジアでどん なニュースが話題となっただろうか。 靖国神社首

相参拝、 歴史教科書、 「反日デモ」、 竹島/独島、

尖閣諸島/釣魚台諸島、 日本の国連常任理事国化、

平和憲法、 米軍再編など、 東アジアの共通の未来 を創造するうえでネガティブな話題がたいへん多 かった。 国家間関係は戦後最悪とまで言われた年 であった。 「60年」 というのは、 東洋では、 古い ものが終り新しいものが生まれるひとつのサイク ルだと言われるが、 負の歴史に終止符がうたれ、

新しい未来を開く年になるかもしれないという期 待は見事に裏切られた。

ここで、 ひとつ、 ナショナリズムという言葉に ついて述べておきたい。 この一年に取り上げられ たネガティブな話題について、 各国民衆のナショ ナリズムの問題として処理されるのをよく耳にす る。 本当にそうであろうか。 感情的なナショナリ ズムの問題として片付けてしまうことで、 最も必 要とされるはずの真摯な議論や分析、 本質的な解 決にむかう機会が奪われてはいないだろうか。 そ れどころか、 逆にお互いを対立の方向に仕向けて しまっているのではないかと危惧する。 「平和」

の基盤がないこの地域において、 ナショナリズム という言葉の短絡的な括りは、 私たちを危険な循 環のなかに陥れてしまう恐れがある。 新しい紛争 の要因にさえなりかねない。 グローバル化の過程 で生まれる新しいナショナリズムの問題と、 本質 的な解決を必要とする歴史問題および日本の右傾 化の問題とを、 市民社会はしっかりと見極めなけ ればならない。

日本の市民社会に求められること

戦後最悪といわれる日本、 中国、 韓国の関係を 私たちは迎えている。 隣国どうしの首脳がきちん と対話できない異常な状態が続いている。 そんな なか、 一方で指摘しなければならないのは、 日本 の市民社会が状況改善のために何を試みているの か、 どんな手を打っているのかという点である。

異常な状況のときにこそ機能するような、 中国や

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韓国の人々との対話の回路を持ち合わせているの だろうかという問いである。

日本が韓国と国交正常化したのが1965年、 中国 との国交正常化は1972年。 それから、 それぞれ40 年、 30年が経ち、 このかん、 政党関係者、 労働組 合、 学術関係者、 市民団体、 ジャーナリストなど が、 さまざまな友好もしくは交流という形の行き 来があったはずだ。 そこで築かれた関係を基礎に、

戦後最悪といわれる外交関係を打開するような機 能をもつパートナーシップがいまこそ市民社会に 必要なのではなかろうか。 いまや、 敵対関係から 友好交流の時代を経て、 対話と行動を共有するパー トナーシップの時代が要請されている。 韓国や中 国が、 日本政府に対して具体的な解決を求めてい ることは明らかだが、 日本の市民社会に対しても、

歴史問題にどう向き合うのか、 首相の靖国参拝問 題にどのような解決案があるのか、 国連常任理事 国入りを望んでいるのかなど、 率直に語りあう恒 常的な場を求めていると感じる。 このことは近年 の韓国や中国の変化によるところが大きいだろう。

民主化や自由化が進む周辺国は、 いわゆる世界の 冷戦終結前後から激しく移り変わっている。 むし ろ、 日本の市民社会がその変化に十分対応できて いないという印象が強い。 信頼醸成の上にたつ相 互のパートナーシップとその機能をどう活用する のか、 日本の市民社会による動きが期待されてい る。

韓国と中国の変化

韓国や中国の市民社会にはどのような変化がお きているのか。 韓国は、 激しい民衆闘争を経て市 民の手で民主主義を勝ち取り、 市民社会を主体と する政治・経済・学術・メディア・NGOなどの 連携する社会が実現している。 とくに近年、 民主 化の一環として、 自国の過去史の清算が行なわれ ていることは注目に値する。 社会的正義の実現や

「政治犯」 等の名誉回復を目的に、 植民地時代の

親日派および軍事独裁政権下の政府主導による人 権侵害が取り上げられ、 厳しい真相究明が行なわ れている。 日本以上に市民社会の比重が大きい韓 国ではいま、 「日本の民主主義」 が危ういことが 大きな懸念であるという。 一部では 「日本の民主 化運動」 の必要性が語られている事実もあるほど だ。

中国でも、 ここ数年、 市民社会のスペースが拡 大しつつある。 環境問題、 貧困問題を中心に NGO・NPO活動などの市民空間が増えており、

地域の草の根運動との連携が始まっている。 注目 したいのは、 日本や韓国に比べ、 中国では市民空 間に社会的制約が多い分、 そのなかで活動する人 たちのマインドが逆にたいへんエネルギッシュな ことである。 その様子、 いわば、 市民社会に対す る意欲は、 もしかしたら日本のそれ以上かもしれ ない。 それほど中国で活動に携わる若者たちの関 心は高いし、 人々の能力も高い。

さらに指摘したいのは、 市民空間の広がりや情 報化にともなう一般民衆の社会空間の変化である。

民主化や自由化が進めば進むほど、 これまで 「上」

からのみ伝達されてきた情報や解釈だけではなく、

民衆自身によって入手された情報や自らの判断お よび認識が主流になってくる。 例えば昨年の 「反 日デモ」 もそうだが、 インターネットを通じて、

なぜ日本は歴史認識が変わっていないのか、 日本 の占領時代にどんな残虐行為があったのか、 靖国 神社とは何か、 なぜ日本人は今も中国人・朝鮮人 を差別するのか、 そういった疑問や疑念が嫌悪感 ととも一般民衆どうしの間で交わされ、 どんどん 広がり、 大きな社会現象となる事態が起きている。

一昔前のように大きな政治権力が統制していた時 代と違う、 約13億人の大国における変化の兆しを 見逃してはならないと思う。 中国において、 今や、

ネットアクセスできる人口は2億人に及び、 携帯 電話を入手している人口は約2億5千万人といわ れる (2005年中国情報産業部発表)。

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日本と周辺アジア諸国のあいだで、 民衆どうし の 「和解システム」 を確立することが急がれるだ ろう。 日本による侵略や占領、 植民地支配の時代 についてはもちろんのこと、 日本が日米安保と平 和憲法にすっぽり守られ経済成長にまっしぐらだっ た 「戦後60年間」 についても同様だ。 日本の戦後 の歩みの外で、 東アジアの人々がどれほど激しい 歴史を辿ったのか、 どれほどの対立と悲劇が繰り 返され今も終わっていないのか、 それらに対し日 本はどう関わり、 我々は何をして何をしてこなかっ たのか。 日本の市民社会はしっかりと認識する必 要がある。 東アジアに共通の公共空間を創造する にあたって、 戦中のみならず、 戦後の東西冷戦下 で 「敵」 とされた東側の人々との和解にむけた努 力も始めなければならない。

ピースボートの実践〜日韓共催クルーズの始まり 東アジアにおいて、 市民社会の基盤がある日本 と韓国の市民およびNGO・NPOの連携が地域の 未来の鍵を握るといっても過言ではないだろう。

昨年、 60年めの節目を機に、 ピースボートは 「日 韓市民10年プロジェクト」 を発足させ、 Peace and Green Boat と題した日韓共催クルーズを実 施した。 通常、 「地球一周クルーズ」 を年に3回 実施して国際交流活動を促進するかたわら、 新た に、 韓国のNPO 環境財団 をパートナーとし て共同企画による 「東アジアクルーズ」 を年に1 度実施していく。 これまで独自のアジアクルーズ では、 北朝鮮や北方四島・サハリンなどを訪問し てきた。 これからは韓国の人々と共に東アジアを めぐり、 未来を一緒に創っていこうという歴史上 初めての試みである。 市民社会が主導する東ア ジア共同体づくり 、 それが目標だ。

もうひとつ、 目的がある。 この Peace and Green Boat 10年プロジェクトの試みがユニーク なのは、 抽象論で連帯や共存を語り合うのではな く、 日韓のNGO/NPOが財政面を含めて共同責任

を負い、 具体的な行動と作業を通じてプロジェク トを実行していくことにある。 また、 参加する日 韓市民が一定の時間と空間を共有して直接顔と顔 のみえる関係を築くという点にあるだろう。 具体 的な共同作業や体験の共有が、 両者の絆を創りだ し信頼を築きあう基盤となりうる。

第一回となった昨年は、 2005年8月15日をはさ む2週間、 合計600名、 日本から300名、 韓国から 300名の老若男女が乗り込み、 韓国の釜山と仁川、

中国の丹東と上海、 沖縄、 長崎をぐるっと旅した。

韓国からは、 メディア、 政治家、 NGO、 企業人、

学生など、 各層が賑やかに会する機会となった。

東アジアの未来づくりプログラム 大きなテーマを 「平和と環境」 におき、

1歴史の共有: 加害者と被害者 から 東ア ジアの未来を創るパートナー

2現場主義: 「紛争の海」 か 「平和の海」 か 3市民社会:日本と韓国の市民社会の融合 4活動の相互協力:平和運動と環境運動の融合 5新しい空間:東アジアンコミュニティづくり

の実践、

などを柱とした。

①では、 元日本軍慰安婦のハルモニや強制連行 者、 在韓被爆者や南京大虐殺の犠牲者たちと出会 い、 過去の 「問題」 ではなく同じ時代に生きる人 間としての尊厳回復や戦争のリアリティを共有す るプログラムを実施。 ソウルでは北朝鮮からの

「脱北者」 (新しく 「新居民」 と呼ぶ) の証言や対 話の交流。 中国ハルピンから旧日本軍が遺棄した 毒ガスで深い傷を負った若者との出会いも大きな 衝撃であった。 中国と北朝鮮の国境沿いで初めて 行なった、 朝鮮族の家へホームステイするプログ ラムは、 民衆どうしの和解にむけた出会いの一歩 だったと言える。

②では、 「紛争の海」 か 「平和の海」 かと問い ながら東アジアを航海。 ニュースで聞く東アジア

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の海は、 日中韓と北朝鮮を巻き込んだ領土紛争、

漁業紛争、 拿捕、 海底資源をめぐる摩擦、 ミサイ ル試射、 不審船の現場かもしれない。 実際はどう だろう。 この海で本当にこのまま軍事的な緊張が 高まれば市民の船旅などはできない、 そんな現実 を前に 「地域の安全保障」 を語りあった。

③では、 日韓の市民社会が融合することで可能 となる東アジアの未来を展望する。 北朝鮮につい てどう取り組むか、 ひとつの重要課題であった。

東アジアの平和体制に必要な日朝国交正常化と朝 鮮半島統一を、 日韓の市民社会の共通課題として、

ともに取り組むことはできないだろうか。

④では、 平和と環境の活動や運動の連携につい て。 とくに、 9.11事件、 イラク戦争以降、 世界で NGOそれぞれの活動分野を越えたオールタナ ティブ社会の提示や複合的な取組みが求められて いる。 東アジアで平和活動と環境問題をリンクさ せたひとつの社会的運動を創りだすのが大きなキー であることを確認した。

例えば、 中国の丹東を訪ねたとき、 経済成長を 続ける中国企業の工場で、 環境汚染の実態や労働 環境についてふれた。 すると、 貧困や農村崩壊の 問題に加え、 日韓中の戦中・戦後の歴史的要因が 浮上する。 さらに、 かつて日本と韓国で大きな問 題となった公害が、 中国への工場移転とともに

「公害輸出」 されているケースも多い。 当時、 日 韓それぞれが取組んできた成功例・失敗例をどの ように中国の環境対策や労働者の人権保護に活用 できるか、 その相互協力こそこれからの課題だ。

⑤で特筆すべきは、 在日コリアンの存在がたいへ ん重要かつ不可欠であったことである。 言葉の面 に限らず、 日韓双方の歴史や感情、 文化や生活慣 習などを理解している点で中心的な大きな存在で あった。 おそらく、 在日コリアンが中心的役割を 担う社会は、 未来の東アジアンコミュニティのひ とつの形であると確信する。 現在の国民国家主体 の社会においてはマイノリティーあるいは周辺化

された存在に置かれた人々が、 近い未来の地域コ ミュニティでは中心的な存在として大切な役割を 担っていくのではないか。

その他、 最後にふたつのトピックを紹介したい。

ひとつは、 中国のゲストも迎えてた 「洋上東アジ ア市民サミット」 である。 日韓中3国の市民社会 から、 1) 歴史、 2) 環境、 3) 安全保障、 それ ぞれの現状認識と今後の展望が語られた。 東アジ アがどうあるべきか、 総合的な視野から3カ国市 民社会の声が発信されたのは、 おそらく初めてで はないだろうか。 東アジアの 「国境」 を越えた各 地の研究者やNGOの分析、 思考および活動の共 有は、 日韓中の市民の出会いや対話がまだスター トラインに立ったばかりであることを実感するに 十分であった。

ふたつめは、 ヒロシマ・ナガサキ60年で力を入 れた 「核廃絶プロジェクト」 である。 折りしも、

6カ国協議はじめ北朝鮮の核保有疑惑が浮上して いる時期の東アジアへの旅である。 世界の核保有 国 (米、 英、 仏、 中、 露、 印、 パキ) で核問題に 取りくむ若者たちを船に招き、 核廃絶教育プロジェ クトを試みた。 広島・長崎への訪問はもちろん、

日本と韓国の被爆者から聞く証言や直接交流は大 きな成果を生んだようだ。

なお、 付記すべきこととして、 むしろ韓国の一 般市民のほうが、 核兵器問題について心理は複雑 であることを日本市民は認識しておく必要がある だろう。 ヒロシマ・ナガサキに落とされた核兵器 の存在によって、 韓国は日本の植民地支配時代か ら解放されたのだ、 原爆のおかげだ、 と信じる韓 国市民は少なくない。 同乗した被爆者の証言によっ てはじめて核兵器の被害の実態を知ることになっ た多くの韓国の人々がいた。

核廃絶は、 東アジアの市民社会にとって共通の 重要項目である。 この地域の非核化をすすめる運 動をますます展開していかなければならない。

(7)

おわりに

「こんにちは」 「アンニョンハセヨ」、 どっちで 声をかけよう…。 日韓クルーズが出航して数日間、

顔の表情では区別できない日本人と韓国人のあい だを行き来しながら、 いつもドキドキしていた。

いずれ、 東アジアの公共空間において 「こんにち は」 「アンニョンハセヨ」 「ニーハオ」、 どれかな…

とドキドキする日が来るのも近いかもしれない。

今、 東アジアに生きる私たちは、 大きな危機と 大きな未来への可能性の狭間にいると思う。 これ まで述べてきた歴史的要因に加え、 領土をめぐる 日韓、 日中の対立、 エネルギー、 核危機を含む北 朝鮮、 朝鮮半島の分断、 台湾海峡、 拉致問題、 憲 法9条危機と日本の軍事大国化。 さらに経済的お よび軍事的対立を予感させる米中関係。 これらは 冷戦構造を残すこの地域において、 いずれも再び

大きな戦争の悲劇を生みだしかねない危機の要因 である。 いっぽう、 日韓中はいまや経済力、 技術 力においてヨーロッパや米国に並ぶ力を持ち、 近 い将来、 それを越える力を持つ可能性は大きい。

また、 東アジア地域が強い文化的共通性を有し、

これらの事実は東アジアにおいて、 今後、 共同体 としての共存と発展がありうる可能性を示唆して いるだろう。

この対立か共存かという歴史の転換点において、

もし私たちが、 対立ではなく共存を、 戦争ではな く平和を望むならば、 これからの時代を主導すべ き存在は市民社会であると私は確信する。 なぜな ら、 市民社会に生きる人々こそ、 いちばん平和な 東アジアを望み、 共同体の真なる担い手となる主 体であるからだ。 東アジアの市民力による共同体 形成に期待したい。

日韓共催クルーズから展望される東アジア

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