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サマラの陶器(1)

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サマラの陶器(1)

著者 サーレ フリードリヒ, 佐々木 達夫, 大瀧 敏夫,  松崎 亜砂子, 波頭 桂, 中本 寛

雑誌名 金沢大学考古学紀要

21

ページ 173‑192

発行年 1994‑05‑10

URL http://hdl.handle.net/2297/2761

(2)

金沢大学考古学紀要 21号1994  

∴ こ ̄  さ 、 ご :・.テ    _  

」・・て・二ご.:・二こL三..し−い−・≡_ ∴二・!;:∴三..、ニーいして・!・ざ._  

・て・ト・‥−い。:i∴壬・い∴∵‡∴ 一二・・‥・−‡・ごこ巨∴:‥・トト∵∵−.il−;=  

卜亘章二巨 −ご一三さ・.・壬  

、■h−−い・瓜・表;;:∴・−・;ト  

健埼寒遼東g 東5観 観衆9 聴噛重妙手野 渡鱗 撞習 申寒 露 訳   

序 言   

エルンスト◎ヘル、アブェ池トが柑氾辱に刊行したサマラ発劫の最初の寒『壁面装飾とその装飾法』  

の序文でも私臆サマラ詞査のいききつと目的、蒐撼とその成果〜および既に発表した論文について、  

概要を述べた。それらの論文のうち、陶磁濃に関する部分については次のものが重要である。「サマ   ラ出土阻ホ遺物と9世紀のイスラム工芸に関する威贋」『イスラーム』5巻雲号と、フリー  ドリヒ帝  

博物館のイスラム部門におる才る蒐歯遺物の展示報告として192望牢に刊行さ馳た『ペブ♭リン博物館』5   号である。陶器はとても壊軌やすいが、破片になってあ永く残るものである。陶片は、過去の文化を  

もっともよく伝えるものであり、残存する曜一の遺物になることもある。サマラの広東な通路の申の   チグリス河東岸急斜面のニカ所で隠、赤褐色に彩色された彰文土選が、墓地の副葬品として出土した。  

こうした、サマラに古くから住ふでも1た丸々の残した遺物については、数千年後のサマラとば無関係  

であるが、後に出願する予定である。この報告書で扱っても1るの臆限ら馳た年代の陶審≠つ怠り、  

836年に鰭怠り鱒50年だけ繁栄して、その後に放棄さ馳、少しずつ廃墟となったカりプ時代の太重な  

建物金宮殿申個人の家の瓦礫の中から発薄されたものである。サマラ出土の陶選ば、骨∇ラまたはメ   ソポタミアで生産された地元産の陶器のほかに、そ馳とは技術的にも形のうえでも異なるさまぎまな  

陶磁選句尾夕躯錮耳タ(盾忍)と磁器が含意馳ている。この陶磁選ほ、周知のような腐普篭め中国陶磁養と同  

じ覆車であり、東アジアからの翰Å品と鬼傲していいだろう。発魔鏡説からみて、そ馳あ絶対にサマ   予期、すなわち9世紀のものである。サマ予期より彼の時期に属しているの隠、発見き洗た陶凝の中  

でほゐのわずかなものであり、遺跡内でも限ら軌た場所の窯跡で生産されたものである。その窯跡は、  

現在のサマラの聖廟とその周りの/j㌔さな村に近いとこらである。そこには粘土が豊富にあるのでも永   く生産が続きも恐らく輸出用の陶器を生産していたのであろう。これらの陶片にはも鱗童物を搾った  

窯跡に常にある共助品がみられ、樹料や文様からサマ予期より後の時代のものと限定で垂る。この萌   しい時代の陶思については詳しくは説明しなも、歯竜も この巻で扱う。この新しも、陶置接、明らかに9世   紀以降の東アジアからの歯Å品の影響を反験しているため、注目に値するものである。  

1913年真に発斑抱電路了した際にも出土した陶磁署を含むホ墾の遺物隠、注意躍竃箱詰めき馳、ト肢   コ政府のサマラ地方長官(監盈y酎奴a亀)に委託きれ、城内に保管き洗た。コンスタンチノプメ♭の博物館に  

も、戦争前に少数の出土品が送ら艶ていた。戦争歯ヾ始まったために、サマラで保管した出土品を旬バ  

グダッドの地方博物館に置くか、コンスタンチノプJ♭の中央博物館に移すかを決定で重なかった。そ  

(3)

の後ももイラダで畿争が緩いたため決慮潮で屈ず㌔出土遺物隠i9凰7年審にイギリス軍に町が攻めら馳  

た暗も、その藍まサマラめ同じ場所に置か馳ても、た。こうした状況下で遺物の一部、特に婁で梱包き   貌てももた漆喰の壁面装飾隠砲放で破壊き艶たと言わ馳る。し冶、し、ホ遺物の良った箱接㌔19且7年四ン  

ドンに送ら馳た。東部鎗隠プりティッシュ博物館に残っているめ宅、少量の出土品隠、ロンドン・のピタ   トリア◎ア捗バー=静物儀㍑㌔ヾ町の池−プ兇牒網銚鎗、=け宅ンハーゲンの工芸博物館もカイ田のアラブ  

i∴,1 こニーーニミ・ニニニ・・−エー・−.・・ニ∴・.一 二・‥ぎ・・・・・ ̄・ 一三ー∴  ・ =・こ・:・〜...‡・・−  

イオ弼ダリーブランド博物館などのアメりカの博物館に移管審馳た。プ】jテ尋ヴかユ博物館轟こ保管さ   馳ても\た出土品のうちゐ、ら、ぺ貼りンの博物館にも陶磁思惑竜多宅診響き甑たおか霞ヂで、陶磁凝コレタ  

ションめ《豊かになった。こ洗以前にちコンスタン争ダブ捗め博物館長ハり兇メ◎エド恥盈◎ペイ博士の   厚意によって、経国に値するような産額幻出立品劾竜璃j』りンに送ら馳ても、た。そのため皆で姥〜ペ才駈  

リンのコレタションだ&すで骨∇予陶器を完塗に認観で馨るのでも研究するうえでべ才♭リン以輿で保管   さ馳てもヽる陶首資料に弱ること臆隠と&どな鼻㌔った。   

ヨー田ツパやアメリカの博物館に分割所威き馳ている資料猛、私めに度の発嶺に参加し陶患研究に   専念していた噴から周知のものであった。発霧中から始めた研究にも私は㌔ミ捗りンであ打ち込ふでも、  

た。一時中断があったが、餞尊贋了後にやっと再開することカ竜で重たい許常に水甚竃剖馳た破片を接  

合し、元の彩を復元する渾糞で隠、ブリードりと帝博物館の修復担当者ザイ池氏の腱に負うところが  

多かった。我々臆復元したものに影色はしなかったので旬復元部分がはっ重りわかる。復元膵裳隠も  

へ肢ジフェブ臣匹敵授感竜党務申啓こ残した詞蓮田誌の中の観察。写真◎罠ケッチ◎承認商などに、ひとか   たならぬ愚意を受8才てもlる。れ誹いダフェ勉卜教授によるもう一つの貢献臆、陶選に書か馳た文字を扱  

った紺録‡であり、文字の薔め、馳た陶器は研究資料として罪常に重要であり、この時代の銘文研究に   果たす役割も大きもー。付録正には資料分析の結盟を含む。資料分析は二つの面から行わ馳も禰宜に補  

い合うものとなって机る。ペ漉雄志工科東学の資料労軒研究所痴琶包索アジアの陶憲と、そ馳着こ閑適の   あるサマ予で搾った陶置だげを資料としているのに対し、エッセンのプ、ン畏◎アブ♭ダブ♭ト博士の研究  

はそれ瓢輿幻骨苛ラ陶器嘲ダ魔−プも扱っても旬るのである。タレフェブ♭ドの陶芸家ポー』臣◎ドレスラ   ー民霞ま、弘の長年の友Åで、その優艶た膵品隠東洋のファぜアン罠に戯せて作ら触る。凌は技衡◎粘   土組成◎鞄薬に関しても礎牒な欝漉−プの陶貯を辞しく研究した。筆者隠、凌の名をそのつど軍医ヂて  

はいなも 亀が、認の説に依存するところが衆澄も旬。   

奉書の目次番台め労額の基準となるの隠、陶忍の製繹技法である。始めに無職と施軸の陶愚に二効   顎し、観相土忍(訳者注◎欽からは藤軸陶思で統一してある)、メソポタミアの施軸陶署、姶   良さ馳た施軸陶患、歯ゑ品の模倣品とももう願番暴こなる。  

・:こ−、・・㌧−:て∴・J・ ̄† ∴二・ ̄− ̄ニーし−・一−r・.・トニミー _・・ト●・二 三‥i∴.・・・‥.1二.二∴・・−=_し:・‥..・  

に描童も記録する。藩文中で臆捏⑬由慮殿上の陶粁を資料とする。そのつど、明示してあ愚ように、もも   くつかめ陶片隠骨マラ出土品で隠なく、しかるべ重商で見事したもの句意た経絡思こで隠ある鄭歯糞衡  

商で鰐Åしたあのである。因の何点かは、他のコレタションのものでp 比瞭のために哉せた。サマラ   出土の陶片のみに適し番号め竜紺く。第一巻と一致させて(訳者注◎こめ藩隠第二塵である〉ち  

・こ・.∴・十■二:.・●.・:∴ニー・−て・ニ ーニ・:−−・● ̄二:−こ ̄ 、−.・.::・∴ .・− − ̄ェ・.}・こごこて−−1− −−一一 −:ニ ーニー   画、写真へめ参殿緒衰を哉せ、その後に短も磯要をつ邑凍る。陶患を覆額ごとに刺身もその名称を項田  

として拳各ヂもそのつども概略を説明する。   

−・1=−ト,こ∴こ・・.−ニ.:●∴−∴− − ⊥.・亡:・∴∴:・二・∴、∴∴ミ・ごこ二.・.二 ∫こ.−ニ・:・1ニー、∵  

ツチブザターをもとにして妾沌帰そ馳隠因に付き馳た計渕値と敏の濫餌とも篭う文字で判別で馨る¢残り  

一174−   

(4)

の図版臆商家のポ予′㌔−氏ち及び若干がマり−◎ザイデ池墟と私の娘のマリー砂肢ぜ式により準済さ   艶た。   

意ずエ脇ンスト◎へ胞ツアェ池卜民、静瓢分析研究所のア池メ撤紅博士も第一巻で用いら馳たもの   と謄写詞登を行ったポー肢◎ドレスラー民とエ舷ン罠匪◎皐ユーネオ♭民〜その他サマ予陶患の研究者こ   おももて助力ももただいた諮虎、奉文で言及きせてももただいた諸氏に繚墓感謝の意を表する。さら患こ落飾  

・∴・ミ.主、‥、卜∴き.:ン、 ̄.● 一一 TO∴、・・ンjミ.て ii・lJニ・ _・・亡二  ̄一 子・.こ.い∴・.一丁ニー  

._ 十丁 一 仁 ヒーi・卜「−・て・・、−.卜しご:、・′い;_∴  二三  ̄− ざ ̄よ.ニ∵こ・. ̄ − ̄  ̄ニ・.j∴  

に露甚の謝意を表したも㌔。意た、この第二竜の完成に際し、騎別なご配慮を賜った出版社にお礼申し  

_トナ:二‥  

メイバぺ腹式ベプレタも旦9望5年穏月   プリドリと◎せ−レ  

(訳者注◎サマラは日本語表記ではサーマッラーが正しいかもしれないが、実際に聞こえる音サ  

マラが簡単であるから、サマラに統一する。)  

略語表   Abb.Abbildung 図  

Å抽1.Åbklatseh 模写  

HO ヘルツフェルト著 一一t)erlねndschDuCk der Bauten von SaDarra und seine OrnalnentikTT  

(「サマラ建築物の壁面装飾とその装飾法J)  

IA BeFlin ベルリン・フリードリヒ帝博物館のイスラーム部門の収蔵品   トN サマラ出土品の登録番号(登録台帳)  

PC べザード著 ‖La CeralBique archaique de L一IsLam et ses Origines   

(『イスラーム古代陶器とその起瀕』バリ ュ920〉  

RET サーレ、ヘルツ7ェル卜者 MAech5ologische ReiseiEb Euphrat−und Tigres−GebietTT  

(「チグリス・ユーフラテス流域の考古調査旅行Jベルりン1920)  

Skこb・スケッチブック(ヘルツフェルト教授のスケッチチッニケ)  

ミ∴ ∴・、ミ.ミ:こ   

鰊軸陶馨片がサマラ出土の陶藩の東部労蚤占めている。顔軸陶器隠、施軸陶器が注目さ馳ているの   とは対願的に、現在に至るまで経と&ど顧鼻ら馳ても、なも、かった。こ敵組不当なことでありもそ馳だ   暗にイスラーム初期の療軸陶濫につも、て措辞緬な詞壷研究歯音感要である。例えばレリープ装飾の場合も  

應軸ならば文字爵宅とくに明瞭になる痘㌔らであるe   

メソポタミアの高温の気靡ではも褒勧陶愚隠多孔質なので液体を蒸発冷却し、比密約底温に保つた   めも好ゐで凋も、ら馳てももた。今でも、両手紺童め未墾壷や、瀦の歯に哉せる球状の容思惑琶海中魔の日   経の場所に置場、馳も家庭生活者こ感褒な窓で海田薗たき馳てももるのである。その東経毎朝近隣の掴か遜   こ・J・−・:〔・ ̄ ̄− ̄ニーー∴丁∴∴−・ニニこ・:− ̄∴_(ゴ ー・て †_ナー_し こ∵_:ニ・.トJ‥、・∴‥・−・:∴・− ̄ニーて・−・・一ニ・∴∴  

」 ̄ごご㌧ t ̄・● て ミ・・∴ニ ∴−∴ ..●・−・了二卜、Ti.壬こ‥∴−:・・●∴モ√二∴−・二・、−.・・一・ト「・ミ;二..  

悶e芝:押Die詑e銅品iss竃nごe舶s互sL畠田S岡地亘de且be『g9且92望芦田・閑▲ 鬼。鱒‡『イスラームのメむ尭ッ骨ンス』  

八滞藤代励ダ台19急翌年予87頁「邸宅内の広もも喫茶室に隠、衆蛮が置か艶、歩兵や騎士、衛兵や殴Åなど畷の  

乾も洩番組諮でも、その凄から承を欽ふだ。きめ細かももエジプか靡をまとった給仕鄭、白ももタオ鬼♂を   常にかけ、将校や役Åや邸宅に勧めているÅ身に、ジュー  スをサービスした」〉。意た、こ釣らの  

(5)

大形の水蜜にほ装飾が不可欠で、実際、非常に豊かな装飾が施されたものも一部にある。日常的に使  

う小形の水差や容器でも、装飾の無いことば稀である。それらはまさに形の美しさと機能性という点   で傑出しており、陶工の芸術感覚ばも把手の付け方や形に表れている。最もシンプルな日用品にさえ   装飾を求めるのは、オリエント独特の特徴だからである。   

土器の表面にほ、ロタロを回転させながら尖った棒や櫛で単純な、豊かな、また動きのある文様を   付ける初歩的な施文技法と、ロタロを使わずにナイフで削る施文技法が多様に顧使されている。それ  

らの施文技法の次に現れるのはスタンプ文やレリーフ装飾である。それらはロゼッタ文やメダイヨン  

として別々に付けられたり、組み合わせて用いられて帯状装飾となる。スタンプ文は装飾的文様や具   象的な文捲から成るもので、最後に手を加えた陶工の名前、つまり工場のマークの役目をするものと  

して使われることも稀にある。/J、さな容器を作る場合、塑も用いられ、その塑の小片がサマラより出   土した(図版Ⅸ,15)。塑は容器の上部と下部を別々に作るのに用いられる。上下の各部分は接合され、  

次いで頚部や把手や底が付け足される。   

独特のパルポティン(貼付)技術も周いられている。これは鋳型を使い容器の表面に装飾を付ける   方法である。その技術隠すでに古代オリエントで知られていたことが、アシェーノ』やその他の発掘で  

証明された(注 W。ÅndTae: Die archaischenIschtaT−Tempelin AssuFM Leipzig1922サSA36ff▲  

軋アン帥イ:『アシェールにおける古代イシュタール寺院』ラけブイヒ,1922年,36頁以下。C・F・Lehm∂nn−  

Haupt:一†舶terialien zur 畠1teFen Geschichte ÅTmeniens und Mesopotamiens・ Y Berlin  

1907,S。111錯.C.F.レーマンー八ウアト:『アルメニアとメソポダミアの古代史のための資料』舶リン,1907年,  

111頁以下)。   

この技術が、イスラーム時代の、特にチグリス◎ユーフラテス川流域において存在したことば、我  

々が何度か論じてきた(注 Jahrb.der Kgl.Preu6凸,Kunstsa摘mlungen−Y19059S.69。『プロシア王   立糞緒コレタショ ン年報』1905年,69頁。 1slamische 70ngef云L3e aus Mesopotamien − Die  

Keramikim Euphara卜und Tigrisgebiet一一 Berlin,1921,S.13ff.『メソポタミア出土のイスラーム陶   器−ユーフラテス、チグリス流域における陶器』ぺ卵ン91921年ラ13頁以下)。特に前述した大型  

の永瓶にもパルポチィン技術は特徴的なものである。それほ、小さな点やロゼッタ文、液状文の紐、  

隆起文、また、刻み目を付けて顔じれた鞄模様などで飾ら軌るという、もっとも素朴な技衛である。  

その後、動物や人間を描いた、より豊かな意匠が用いられた。ササン朝後期からイスラーム初期の間   に、パルポティン技鮪はスタンプ装飾と組み合わせて、とくにサマラ近くのティダリットで、キリス  

ト教徒の陶工が用いたようである。彼らは、十字架をスタンプに刻んだ。このような文様や、円形レ  

リーフ内に形象文様のある陶片は、おそらくキリスト教徒に起藤巻もつものであるため、もともとサ  

マラの串の中心であったカリフの経響代理邸捗で酎葦とみど発見されない。しかし、大運河沿いの車   に位置するガナウアではこの覆の陶器が非常によく見られる。キリスト教徒のÅ接した町だからであ  

ろうか。ガナウアにはテイクリットの窯と関係のある窯があったのだらうか。いずれにしてももサマ   ラの宮殿や倍大家屋に、スタンプ文陶器とパルポチィン技術の陶器が存在したことほ、発凍品によっ  

て証明される。後に12−13世紀になってパルポチィン按鮪はメソポタミアで絶頂期に達した。そして  

豊かな装飾と具象的な文様が施された大型の注目すべき容器を生みだした。その文繚は、この時期の   他の芸術的作品、例えばモスルのア夕べク¢ルールーの建造物の具象的文椋(RET正や238でで)㌔バグダッ  

ドの魔除け門の装飾(RET認。151抒)、硬貨や象限細工、いわゆるモ牒ル青銅器(注F.Sa汀e und軋  

van Berchem,YDas Metallebecken des Atabeks Lulu von悶ossul川帆nchenepJahrb・d・Bild・Kunst††  

1907.F.サーレ & M.ファン一朝ヒェム汀モスルのア夕べク リレールーの金属容器」『ミュンヘン絵画美術年  

−176−   

(6)

報』1907年)のようなものと非常に密接な関係をもっているのである。   

すでに述べたように、イスラーム初期の観相陶器に関する文献は、サマラと比密封願するために用  

いることができるが、そのような文献ほ非常に限られている。ぺザードにより模写され(注  

Maurice P6zard:.TLa C6ramique arsh8‡que delふ王sl銅et SeS Origines.一7 Parisi920.モーIJスやベザー   ド:『イスラーム古代陶器とその起源』/川,1920年)、3−6世系己のものとされた図版Ⅹに示すズ  

ーサからの三つの陶片のうち、胃0。3はおそらくイスラーム期に属すものであろう。ズーサから口綾部   に唐草文とターフイツタ文字が描かれた美しい小型の薄手の浅鋒(シャーレ)(図版Ⅸ15)が出土したが、  

後で分かるように、サマラに多くの類似品がある。   

サマラより少し後、‖世紀のマグレブ療軸陶愚に関してほ、カーラ◎ペニり町マから出土した遺物  

に言及せねばならない。この遺物は11世紀のマダレプよりも2世紀肯いメエグポタミアの陶患と多くの  

類似性を示している(注 G.MaTCais:Y−Les poteTies et fafences dela QalPa des Ben主   Ham随畠がt Constantine,1913,Pl.Ⅶ−Ⅹ.G。マ腑イ:『カーラ◎ベニ◎′、マの陶器とファイアンス』コンスタンテ  

ン寧1913年,図版ⅦqX。G畠n6ralde Beyli6: La Kalaa des Beni−Ham血ad一†,Paris,i9099Pl.XV−ⅩⅩ。『カ  

ーラ。ベニ。ハマ』/川,1909年,図版ⅩⅤ−ⅩⅩ)。意た、トレムセンで発見された窯の製品はマダレ  

ブより1世紀遅れるもので(注 A.Bel三,YUn atelier de poter主es et faiences au X   Si白cle,d岳couvert 畠 Tlemcen−1Constatineサ1914.A.朋:『トレムセンで発見された且0世紀の陶器とフ  

ァイアンスの窯』コソスタンテン,1914年)、オールド◎ コルドバ出土の遺物(注 R.Vel畠zquez   Bosco■†Medina Azzahr8y Å1miriya押 舶如id,1912.R.ぺラスケ晃一貫悶コ≡『メディーナ。アッツァーラとア  

ラミリア』卵リ9ド,1912年)と同様、比較対願することがで童る。エジプトのフスタート出土の無   稚陶器についてば未刊行なため、我々にはわからない。最近出版された図版にも、アスタートで発見  

された無軸陶器はない(注,一La C6ramique6gyptienne del−Epoque nusuLmane Basel,1922・  

『イスラーム期のエジプト陶器』/トセ机1922年)。  

日。観装飾、あるももは僅かな装飾⑳観鞄陶器  

釦 □撃B製夷も型把亭付線蓮   

黄白色の薄い胎土。すっきりした形。装飾ほ簡単な刻繚か劃花文に限られている。把手の上にば平   たけ小突起や球状の小突起がある。水差は家庭で使われ、バスルームの申でしばしば発見された。こ   の種の陶器が比餃的多く出土する所ば、クライナーの家屋とパルティアの墓地の二箇所であった。  

Lト軋72;図1;写真90;口までの高さ 21。5亡m,嗣の周囲53.2em。円筒状の嗣部及び頚部をもつ把   手相承差。把手にぼ小突起灘ある。出土地点、タライナー、家屋Ⅳ。   

トN・73;写真90。萄似の陶片。パリ、ル欄プル薬蘇鋒。  

29トN。300;囲2;スケッチブックく2〉42頁;高さ10c恥 底径7cⅢi。頚髄の把手相承差。出土地点、  

パルティアの墓。  

3・ト軋133;図版正3;写真98;スケッチブックく2〉12真言高さ18。2c恥 駒の周囲37申3cm。頚髄の把   手相承差で、胴部に刻線のあるもの。出土地点、家屋Ⅴのバスルーム。  

4。トN。ユ32;図3;写真98;スケッチブック〈2〉19貢。類似の把手相承差。ロンドン、ブリティッシュ博   物館。出土地点、同上。   

トN.298;スケッチブックく2〉42頁。出土地点、パルティアの墓。  

5。トN・299;図4;スケッチブックく2〉42寅。出土地点、同上。額偲の把手相承差であるが、刻線の装飾   無し。  

(7)

ト軋75;スケッチブックく1〉28頁;写真90。出土地点、クライナー、家屋Ⅳ。  

6。ト軋174;困5;スケッチブックく2き19頁。田ンドン、ブリティッシュ博物館。出土地点、家屋Ⅵの北   東の都塵。   

ト軋13捏;スケッチプッタく2き19頁。出土地点、家屋済のバスタむノーム。   

ト凋∴ほ5;ロンドン、ビクトリア◎アルバート博物館C−730−1922。出土墟点、同上。  

7阜卜軋78;田6;スケッチプツタく1き28貢;高さ 望2心2 c踊9 闘の周囲 5ic†円(訳者注¢原文でほ荏   とあるカ竜、図から判断して胴の周囲の長さとする)。球形国都と円筒形頚部をもった、把手相  

承羞。ロンドン、ブリティッシュ博物館。出土地点、発霧 クライナー、家屋牒。   

ト軋76匂77言写真909305芸スケッチブックく2〉26東。出土地点、家屋闇のバスルーム。   

ト軋156;スケッチブック〈2き20頁。出土地点、同上。  

8。ト軋295冨田7芸写真308,184;スケッチプッタ〈2諌41頁。額似の形状の把手相承差で、頚部に刻線装飾   が鬼ら触る。出土地点、パルティアの塞。   

ト軋74言写真90争305芸スケッチブックく1〉28貢。出土地点、クライナー、家屋正。   

ト軋2969297;スケッチブックく2〉射頁。出土地点、パルティアの基。  

B。衆塑昭厚手の塵、療蜜   

硬く焼か洗た黄白色飴土より作られている。球形闘部と円簡形頚部を持ち、刻線文様滞や粗い劃花   文装飾が施されている。  

9。ト乱川06;図版正1;He陀feld1923図版Ⅹ王;高さ B9c陀l。硬質で黄白色の胎土の水蜜でも卵形の国   都に短い円筒形頚部をもち、四つの把手には簡単に動物を形作った突起がある。肩上部には、び  

だ蚊の帯と簡素な刻線装飾が施されている。サマラで厳Åしたもの。   

ト田中509;写真310,姐4;スケッチブック〈3〉舶頁;高き18。2e踊。額戯の形状の小型の壷の頚部破片。  

同線に簡素な刻線装飾をもつ。出土地点、スー◎イーサと川の間にあーる、ライオンの描か訊た器   状彩色壁画を持つ家屋。  

10。‡.1007;図版耳i;9×13。5em(訳者注◎原文でば 0。9c開とあるが、写真の太巻さから9e踊   と判断する、以下の訳注も同礫)。饗麒の塵の頚部の破片。ひだ状隆起のある口繚と、刻線  

による数蕃の圏繚と液状文(訳者注◎組み合わせてドイツ語では網目文という)カヾある。  

出土地点像 ズー◎イーサ付近。   

ト軋1007−iO且且額恕の形状と装鋒をもつ壷の破片。   

ロンドン、ピタトリア◎ア漉㌦−ト博物館(C。66卜i9望2きにも、厚手で藤嫁がかった素地の壷で、縞    の帯状装飾と幅の披いジグザダ責襲曙をもつ破片感ヾあ量。  

・:■−∴、‥ ‥ニーごニ  

1i。ト軋i72言質邑言寄稟98㌢306言スケッチブックく2き▼18恵;高き 33c弧9 嗣の周閻90寸9c亀。駄みのあ   る駒部と短い頸部をもった容器で、中央部に三つの透かし窓をもつ。肩部に毒豊刻繚による帯状の  

綱目文が施きれている。燃えている衆殿巷メ,、釣る暖炉として利用したものか。出土姐息∴劇評軋   北東の轟監。  

12。ト軋旦73;因9;写真98タ306芸スケッチブックく2きi8頁芸高さ 3L5掴。卵形の嗣部をもっ。建土地   点、同上。  

13。ト軋375;園川;写真2且59317;スケッチブックセく3〉14頁;高さ 35cれ。何らかの容器の、釣鐘形の  

−178−   

(8)

蓋。柄と二列のくさび形の透かし窓を持つ。  

14.ト軋158;図11;スケッチブック〈2〉柑頁芸高さ13。5em。花鉢形の簡素な容器。出土地点、家屋  

Ⅴ。   

ト軋374;写真342b;スケッチブック〈3〉14頁;高さ16cm。類似の破片。出土地点、パルティア   の墓。  

l巨 押印意匠のある鰻鞄陶器  

糸。装飾的藩匠ある転鴇は文字を伴う円形押印   

大型で厚手の容器、硬く焼かれた黄白色◎白色の胎土。  

15」−軋506;図版正2;写真319bヶ436a;スケッチブック〈2〉43東;高さ 26。5柑。治高台をもった把手   付水差。球形胴部の肩の部分に、四分の三の翰(単月?)と鋸歯妖花形の押印が二列に施きれる。  

出土地点、アシ岬クの川沿い。  

16。ト因.1017;図版王4;0。3×0。7 即l(訳者注◎一桁適いだろう)。薄手審忍の破片で、放射状   の円形押印をもち、その他にも判別できないが、何らかの意匠を伴う。出土地点も未モスク。  

17。トN.985;図13;スケッチブックく8き21貢。円形押印をもつ厚手の容器の破片。十字架の棒と棒の   間に玉を配置し、その回りに玉状文が巡る円形押印。出土地点、ガナウア。ロンドン、ビクトリ  

ア。アルバート博物館C.628−1922。  

18。トN.985;図14;スケッチブックく7〉33貢。同様の円形押印のある破片。三日月と三角形とを十字   架の客先端に配した円形押印がある。出土地点、同上。  

19。トN.985;図15;スケッチブックく7〉31貢。同様の破片で、円形押印の中に飼目帯状ロゼッタ文の   装飾をもつ。出土地点、同上。   

トN。1015;ト軋534;写真321;模写。装飾的な円形押印のある破片。  

2D.トN。849;図16;写真348;模写;8.5×10cm。円形押印の中に、横方向に玉と線を並べて遵ぬ、  

中央に陶工銘を入れた破片。陶工銘、ウマル作。付録‡1参殿。  

21.トN。590;図17。二童の連添文に縁どられ、陶工銘が内側にある円形押印の一部分の破片。陶工緒、  

ウマル作。付録‡2参殿。  

22。トN。2i4;囲18言写真1舶,322a;模写。二重線の円形押印のある破片。陶工銘、ウバイド作。付録  

‡3参殿。  

23.トN。1019;図版王3;囲19;0.95×0。75 cm(訳者注◎一桁逢いだろう)。同様の円形押印   をもつ破片。陶工銘、ジクリ一作。付録‡4参照。  

24。ト軋=日射囲闇=5言因20;0。11※0」O e制(訳者注◎一院適いだ見ち1− 闇路の間取湖閉       Il■ ′−− −  ・−  一一←  ′  r し■  I▲J l▼∫ヽ 一 ̄ l J ′レ jl 「■7▼  

をもつ破片。陶工銘、イーサ作。付録王5参殿。  

25.ト因.236;図21;1。3×1.2cm。同様の円形押印をもつもので、墳方向の連珠文の間に三つのギリ   シャ文字がある。付録Ⅰ6蓼願。  

E .≒予ミ‥.‥ノーニー∴.・て.司コモ●;−ご.二l:●●竺亡ミニ ̄二.tトーデー三卜   

淡い黄白色の胎土で、硬く焼かれた大型の厚手の陶器に押されている。陶片は旧サマラの町中から   は出土しないが、周辺部に散在している遺跡、特に町の東の大きな運河に面したガナウアから発見さ   れる。   

動物の図は、牡羊、野生ヤギ(アすべブタス)、シカ、アンチロープ、牡野牛、小草、ガン、またはタジャ  

(9)

クの尾を持ったササン朝のグリフィンなど、チグリス地域の古い美術様式に属するものであり、すで  

にズーサとサマラの先史時代の土器に見られたものもある(注 一Die Kleinfunde von Samarr8川   DeFIslaⅢⅤ−■1914,p・180ff.Abb・2,3・Fig.4イサマラの小過物」FイスラームⅤ』1914年,180頁以   下,図版2}3.図4)。これらの動物は古代オリエントやササン朝の円筒形印章によく描写されてい   るモチーフである。このような古いものやもう少し彼の時期の動物の図像や、サマラ陶器の押印には、  

ササン朝のゾロアスター教と、キリスト教のモチーフが取り込まれており、それらはシンボリックな   意味を持っている。同様の図像が同時期の織物のデザインや、ベルリン博物館のイスラーム部門にあ  

る有名な漆喰のメダイヨンや(注 −リahrb.der監glPreu臥Kunsta…lungen 1908.『プロシア王   立美術コレクション年報』F.Sarre:一冊akam Ali,†Åbb.7.F.サーレ:『マカム¢アーリ』図7)、また   ガラス押印(注 Rob.Schmidt:川Das Glas Berlin,1912,Abb。20.ロブーシュミット:『ガラス』舶リン   1912年,図版20)などに使われていることば、ヘルツフェルトにより指摘されている。   

具象的な押印のある陶器で、唯一、蓋形がよく残っているものが、ブリティッシュ博物館のバビロ  

ニアの展示室に展示されている(Ne92394)。それは明灰色粘土で造られ、白色化粧掛けきれた把手付   水差である(図22)。球形胴部の下部にば、雷文帯で区画された二段の幅の広い文様帯がある。その   文様帯を構成するのは、草を食む鹿とその背後の三日月である。この陶器はもちろんサマラ出土のも  

のではない。  

26.トN.985;図版Ⅱ1;図23;スケッチブックく7〉ト33頁;模写;高さ 4.5×9cm。大型の厚手の容器  

の破片。騎兵が描写された連続円形押印巷もつ。ベルリンにある同様の12点の破片ほすべてが同   一容器のものではない。他に一点(図版24)がロンドンのビクトリア◎アルバート博物館にある   C。627−1922。  

27.トN.985;図版Ⅲ2;スケッチブック〈7〉34頁;同く8〉20頁;4.5×5cm。大型厚手容器の破片。左   向きの鹿を伴った円形押印。ベルリンにある三点の破片のうち、二点は同一個体の破片。  

28−30。Ⅰ一札985;図25−27;スケッチブックく8〉20−22貢。大型厚手容器の破片。  

3ト32。トN。985;図28ヶ29;スケッチブック〈8〉20−22頁。同上。31(図。28)、32(図。29)ロンドン、ビクト   リア◎アルバート博物館C.626−1922。  

33・Ⅰ−N.985;図版Ⅲ3;4×4.7cm。同上。右向きの鹿を伴う円形押印。  

34。トN,985;図版Ⅲ6;5×6.5cm。同上。  

35・トN・985言 図3D;スケッチブック〈8〉20頁。右向童の野性ヤギ(アイペックス)を伴う円形押印(?)。ロン   ドン、ビクトリア◎アルバート博物館C.625−1922。  

36・トN。985;図版Ⅲ4;7。5×10〃5cm。授乳させているガゼルと、赤ん坊のガゼルの連続押印。  

37・トN。985;図31;スケッチブック〈7〉・31頁。同じ薔匠の押印だが、右向章のもの。  

38やトN・985;図版Ⅲ5;7・5×6・5cm。押印による二重の帯状装飾。上部の装飾帯は四肢動物、下部ほ   十字架を伴った鳥(野雁?)から成る。  

39。トN・985;囲32言スケッチブック〈7〉22頁。38と同じ容器の破片で、下の方に帯状装飾の押印があ   る。  

40。ト因や9B5;図33;スケッチブックくBき23頁。動物の不鮮明な形が見られる円形押印。  

農.遜銘文、または帯鶴装飾   

厚手の、ほとんどが白い厚塗の漆喰で覆われた、無軸の大型陶器上に施されたものである。この装   飾様式はサマラの宮殿と個人家屋の漆喰装飾に見られるものと、部分的に似ている。出土地点もほと  

…180−   

(10)

んどが個人家屋。  

41.トN.525Å;図34;写真321;模写;19×13em。星型の押印を伴う破片で、星型の連続した形状が網   目模様を呈しているもの。  

42.トN.525b;図35;写真321;模写;12×9cm。パルメット文形状の、つぼみの形をした押印を伴う破   片。HO図19,20参臍。  

43.トN.525c;図36;写真321;模写;10×8.5cm。パルメット文形状の、つぼみの形をした押印と、斑   点を伴う破片。  

掴。トN.527a,b;図37;写真319a;a:10×13。5cl〕,b:9×12e汀l。二列の文様帯のある破片。上部の文   様苗は同心円であり、下部は建築学的意匠でアーケードのような半円を上方に伴う円柱(格子)  

形状を措いている。  

45。トN。526a;図38;写真317;模写;8.5×4。5cm。パルメット文様帯のある破片。  

46・トN。526b;図39;写真317;模写;10×5cm。装飾的なターフイツタ文字を伴った破片。  

各7.トNヤ1020;図版Ⅳ5;7×9cm。大型の容器の頚部破片で、文様帯は実感アーチの適綻文の区画から   なり、区画内は種々の浅い彫りの文様で埋められている。その上と下には、綱目文橡帯が施され  

ている。   

トN.933;幅4インチ。類似の破片で、二つの水平な文棒帯を伴っており、それは連続した鷹蹄形   と横線でできている。ロンドン、ビクトリア◎アルバート博物館C.6椚一1922。  

D・型押し文様を伴う夷も型め審蕃   

これは特に薄手の容器で、型造りの三つの部分からなるものが多く、そのいずれの部分にも型皿で   文稼が施されている。町の中から発見されるが、とくにアシ一夕に多い。ナスリヤで発見されたナス  

ヒ一体文字のあるいくつかの陶片は、おそらく新しい時期、1ト12世紀のものだろう。ナスリヤでは   サマラが廃れた後意で、窯が生産を続けていたらしいからである。  

48−51.トN.531∂−d;囲40−43;写真316−18。この薇の嗣が陰らみを帯びた容器の破片四片で、それぞれ   異なった文棒を持つ。幾何装飾の部分や、植物的特徴を持つ文様の部分があり、様々な幅の文様  

背から構成される。これはサマラの区割り装飾によく見られるものである。壬ierzでeld1923図49,  

50,183等参殿。出土地点、アシ一夕および家屋Ⅵ、西の部屋。ロンドン、ビクトリア◎アルバ   ート博物館C。713b,714−1922。ロンドン、ブリティッシュ博物館。  

52・トN.418;図舶;写真320;模写。八枚花弁のロゼッタ文の周囲にナスヒ一体の文字帯がめぐる破片。  

出土地点、ナスリヤ。約‖−12世紀の新しい時期のもの。ロンドン、ブリティッシュ博物館。   

トN・417;スケッチブック〈4〉15頁;写真318;模写。球形園部と直立した頸部をもつ水差の破片。  

胴部には魚鱗連続文、基部と肩部には小さな帯状装飾が施される。出土地点、アシ一夕。ロンド   ン、ブリティッシュ博物館とビクトリア◎アルバート博物館C.722−192。  

53・トN・1021;図版‡10;8×8cm。球状胴部に払ぎ足された底部の破片。平底底部外面に星形牒ゼッ   タ文が押印されている。出土地点、アシ一夕。   

トN・24;スケッチブック〈1〉18貢。大型壷の破片。底部界面に装飾が押印されている(ソロモンの   印章)。出土地点、太モスク。  

54・トN。807;図版Ⅳ10;6×4(Ⅶ。小型ランプの楕円形の上部片で、簡単な縁飾り装飾が押印されて   いる。出土地点、ジュサータ。  

(11)

E.薄手の円錐影杯   

部分的に卵の殻のように薄く、豊かな装縮約文様をもち、具象的文様もみら馳る。  

55.トN.川22;図版Ⅳ7,1i;奉文図版ユ;高さ10cm。卵殻のように薄い円錐形杯(聖体容器)の9片の  

破片で、うまく焼かれており、灰色の陶土から丁寧に成形されている。素地の上に、押してで重   た嚢がよく見える。外壁面には、四角に区切られた区画の中に、装飾円形紋章の押印が施されて   いる。わずかに上げ底になっている底部の内側にばロゼッタ文が施されている。ロゼッタ文には   ハート形と菓の意匠が仕切り滞の中に施されている。童顔し。  

55a.トN.593;図舶;スケッチブック〈6〉31頁;5×2。5cm。類似の杯の破片で、細かく措かれた綱目  

横棒を伴う。出土地点、ジュサー  タ。  

ト軋1023−1026.この覆の杯の蓋と平底と胴部の破片。細かい押印意匠で装飾されている。  

56.ト瀾」027;図版Ⅸ9;4x3c汀l,厚さ 0。7 cm(訳者注。原文でほ直径となっているが、図から   判断して厚さとする)。直線的な嗣部をもつ低いカップの破片で、赤く焼成された陶土から   成り、外部は灰色を呈している。刻嫁が施された素地の上に図柄(動物?)が押印されているが、  

その図柄の横棒は不明瞭である。  

‖.劃花文8割線文装飾の簸軸陶器  

57。トN.232;図46;写真322b;模写;16×8川。豊かな劃花文装飾を持つ大型顛軸陶器の肩部から頚  

部の破片。帯文と綱目文装飾を持つ。出土地点、家屋正。ロンドン、ブリティッシュ博物館。  

58.ト軋530a;図47;写真322;模写;11×8cm。劃花文による波線装飾をもつ薄手の容器の、直線的な  

頚部から口綾部の破片。ロンドン、ブリティッシュ博物館。  

59.ト軋530b;図版Ⅳ9;写真317;4×5用。薄手容器の直線的頚部から口繚部の破片で、劃花文による   菱形文と貼り付け玉飾りを伴う。   

トN.524;模写。大型の厚手の容器の破片で、深い刻線をつけたガラスの様式にならっても簡素な   意匠(菱形意たは鋸歯状)が、刻線と斑点で描かれている。出土地点、アシ一夕付近の川。  

】闇。劃花文捜葡と閑適♭た才宮ルポティン(貼紺)肢薗の装飾をもつ療軸陶器   

卜瀾。522;模写。大型審患の資料で、簡素な主文様(鰻旋状渦巻文)がつけられ、深い彫刻による   鋸歯状および簡素な瑞文が結びついている。出土地点、個人家屋。  

60.トN。533;図鯛;模写;23。5×20em。一つの未墾水蜜の破片で、駒を駒の前で鰻ふだ(?)粗略な   女性像を伴う。刻み目のÅった寄が、二審交差して、女性像の上半身部を囲ゐでいる。帯の交点  

から、蛇に似た波状の帯が下方に走る。下唾に姥劃花文が施されている。しばしば見られる古式   な主文経である。RET図版CXIV(‡Aベルリン3734)参願。ロンドン、ブリティッシュ博物館。同  

寝の別の破片がロンドンのブリティッシュ博物館に収蔵きれている。   

ト軋1033争1034。類似の容器の破片2点。出土地点、アブ◎イーサ。   

ト因・93;写真312997。1点の大型水蜜からの約30の破片で、雄究と歯の付いた頚部と4つの把手番  

もつ。肩部には具象的な帯状装飾カヾあり、様々なた情意◎描写がみられる。すなわち、シカを襲   うライオンや、スフィンクス、ドラゴン、女性像などである。単純な線で描かれた素朴な捧式で  

ある。ロンドン、ブリティッシュ博物館。出土地点、家屋Ⅱ。  

61」∵軋521a;写真304;模写;19×15cm。未墾容器の破片で、上部に長髪の女性像がみられる。帯状   装飾およびロゼッタ文を伴う。  

−182−   

(12)

トN.521b,C;写真313,314。動物像を伴う、同じ個体の他の2点の破片。   

ト軋522,523ゥ1034;写真313/14。モスルでよく発見されるような、上質のパルポティン陶器の破片   であり、モスル発見品よりも新しい時期のものと思われる。主文楼ば蔓巻文と動物俊である。  

RETⅣ図394争395参殿。  

62。トN。1034;図版‡2;8.5×8cm。押圧による縁飾りと、部分的に剥離しているが、植物の蓼竜文お  

よぴロゼッタ文の主文棒を伴う破片。額似の主文橙は杯55。ト軋1022にも認められる。出土地点、  

アブ◎イーサ。  

63.ト因.429;図50;6×6。5用。水盤の注口部で、年頭の形状をしている。粗製で、劃花文◎刻繚文   を伴う。角の部分は破損している。出土地点、アシ一夕。  

63a.トN.376;図51;スケッチブックく3〉15頁;写真315b。類似の動物頭部で注口となっており、様々   な形が張り付けられている。出土地点、パルティアの墓。ロンドン、ブリティッシュ博物館。  

64.トN.160;囲52;スケッチブック〈1〉42頁;高さ 8.8川9 長さ 川cm。粗略に形作られた年(子   供の玩具)で、劃花文による描線を伴う。出土地点、家庭ⅤⅡa。  

65。Ⅰ−N.16B;図53;スケッチブックく1〉42貢。粗略に形作られた馬で、鞍とくつばみがつけられてい   る。頭部および脚部は欠損している。出土地点、同上。  

V。頗軸陶器の軍部と把手   風.簡素な租製陶器の頸部と把手   

部分的にパルボティン(貼付)技法により装飾されている。帯状の把手に尖った飾り突起をつけた   もの(ト凋530a)、平たい飾り突起のもの(530b)、中央に滴が刻まれた幅広い、把手としての二本の帯   のついたもの(530c)、頚部と把手の間に帯の結び目の付いたもの、隆起のあるもの(530d,533)。これ  

らはすべてロンドン、ブリティッシュ博物館に収蔵されている。写真316/17。  

臥 上霧な陶器め把手   

くa。〉 上に飾り突起をもつ丸い把手で、飾り突起の部分ば球状、尖頭状、花状、バラ形、動物など   の形状である。出土地点も個人家屋およぴアシ一夕。  

66。トN。806;図54。弧状の把手で貼り付けによる花文状飾り突起を伴う。  

67・Ⅰ−N・430;図55;スケッチブックく3〉28頁;高さ 4。5cm。粗雑な雄鶴形状の飾り突起部分。   

くb。〉 把手の飾り突起の代わりとして、把手が口綾部に接する部分に、パルメット文や動物頭部の   形に作られたつまみ。  

6邑.l一閃▲】n3R:臣罰防1V3:ズケ叫皐tプ、り々〈R>1只ノ19宵_「1畠憂さ沢之ア魔琉ヽプT♂ヾ此ぜ、、♪ kせ度.虐坐ろ ̄恵の羞壷あ畠        ̄  ̄  ̄ ▲ ′ − ̄  ̄′析」−▼  ̄ ′ ′ t /   ノ  ′   ′   / ・′   一  ̄   ̄ ▲− ▲ ̄ ▲.♪【ちlノ   叫l閉ヽl■一rl ̄ ̄ ■m√∀   W     ′− ノー   ′  l ノHヽ.+u■・Il  ノ +■′T  ̄一r −11P−1に・ U   わせた把手。  

69。トN。430;図版Ⅳ1;図56。長い耳をもつ動物(キツネ?)の頭部を伴う把手。ロンドン、ブリティ   ッシュ博物館。  

70・Ⅰ一因。川39;図版Ⅳ2。丸みを帯びた把手で、貼付パルメット文が施されているもの。  

7卜75。ト軋7629787;図57−61。丸みを帯びている、異なる4点の把手で、貼付パルメット文が施され   ているもの。  

e.押圧文の意匠阻伴う療広静観周層亭  

76一トN。807;図版Ⅳ6;スケッチブックく6〉31頁;7×2。5cm。幅広の帯状把手の下部。押圧文の意匠  

(13)

にターフイツタ文字およぴサマラ様式の付け額装飾が施されている。出土地点、宮殿。  

77。ト軋1029;図版Ⅳ8;6.3×4e恥幅広の帯状把手の下部。装飾的意匠がつけられている、親日の帯   状装飾が八角星を形作っている。  

78,ト軋1030;図版Ⅳ4;5×豆。3亡m。幅広の帯状把手の下駄簡素な網目の帯状装飾を伴っている。  

D。パ』♭メット文を伴う把手阻捜食事盛   

大型の容器の肩部分のものである。出土地点、ジュサータおよび家屋Ⅴ。  

79。ト軋509;図版ⅩⅩⅩV5;図62;スケッチブックく2〉28頁;写真317。容器の肩部の破片で、二重の棒   状の把手およぴパルメット文を伴う。出土地点、個人家屋。  

80.ト洞。1031;図版Ⅰ7;図G3;8。2×7。5用。容器の肩部の破片で、パルメット文を伴う。  

81。トN。川32;図版王6;園64;7・5×5.5cm。同上。   

ト洞.762。類似の破片。スケッチブックく6き46頁;同く2〉28頁。ロンドン、ブリティッシュ博物館。  

闇仁 赤色褒鞄の覿軸陶暑匿   風.東壁習単車影の審罪  

82.ト因。419;図65;高さ約21clⅥ,径23cm。一個捲からの8破片で、外反した口嫁と、東部に二つ   の平たい把手があり、それと並ゐで刻線文による帯文が施されている。出土地点、アシ一夕。こ  

れとよく似た容器の2片が1908年にアシ一夕で発見されている。他にも2片がパリ、ルーブル博   物館に収蔵されている。  

臥 夷も型め薄手の審器   

特に半球形の浅鉢(Schale)で、押圧文かパルポティンによる装飾が施されており、灰色素地の薄手   の容器を思わせる(本文韮E)。数片の素地には、金色に輝く雲母が混じる。  

83.トN.734;図版Ⅸ1;図66;高さ 3em。浅鉢の破片。外部には古式陶器に似た帯状装飾が施き軌、  

それはアーチ文で結ばれた糸杉文を伴うものである。出土地点、ジュサータ。  

∈沌.Ⅰ−N。734;図版Ⅸ4;高さ 3cm。類似の陶思の破片、より豊かな装飾が施された容器のホ蘭片。  

85.トN。734;図版Ⅸ2;5×4cm。類似の陶器の破片。屋文が揉め込意れた魚鱗文の意匠が施さ馳てい  

る。  

86。トN。川43a,b;図版Ⅸ3芸a:2。5×3。5c恥 b;2。5×2。5cm。同上。同心円状の意匠を伴う幕状装飾。  

87。ト囲。566;図版Ⅸ6;写真鶴;4.5×3。5cm。容器の平底の破片。ターフイツタ文字が浮車上カヾる。  

馴.薄手の簸軸陶器   

黄味がかった陶土で作られ、赤色の酸化鉄が塗られ、古式のテラシギラータ(赤色磨研土蕃)と似   ている薄手の無軸陶患。  

88.ト鋼。734;図版Ⅸ5;3。3×5em。薄手陶器の直線的な頚部から口繚部の破片。赤みがかった黄色の  

陶土に光沢のある赤色顔料がかけられ、内外面とも磨かれている。劃花文による文字がみられる。  

付録‡27参照。出土地点、ジュサーク。   

トN.724,10鯛91C沌9。装飾や文字が施されていない壇点の小さな類似の破片。  

ー184−   

(14)

補足  

89・Ⅰ一札」028a,b;図版Ⅸ13,15;5×4.8cm。(型押文の)陶器を作るために用いられたであろう型鉢   の口綾部の破片と、その型に(粘土が)注ぎ込まれて作られた陶署。文様は飛鳥(フェニックス?)で、  

寛と魔の羽根が見え、背景にパンチ文様が刻印されている。  

図67a,b(IAベルリン2308)参照。型鉢およぴその型で作られた陶器。少し新しい時期、12−13   世紀のものである。型鉢は丸みを帯びた容器の本体を作るのに用いられた。型鋒の内部で無地の   ままの部分ほ、頚部につながる把手が後から付け加えられる箇所である。これは、カイロの青菜   街商から入手したものである。  

革叉図版且 主導予円形静の聖文蛋選野後冗闇(Text TafelÅ2)  

(15)

聖無且勺旅  

ニ:−・.1i   麺︐耽 ∴ ∴︑−  

= 

∴  

il.r  

.γ   ∴﹂ ⁝小山血叩−−⁚  

1 図1  

7 図6   5 図4  

6 囲5   むむ㌻  

11 図8    13 図10  

8 図7  

14 図11  

『量評『e鼠 装飾の少なら篭無鞄陶器  

ー186一  

(16)

調 〆  

−、−−−−−−一一−−●一●一一一−■−  

岨  斬世才   

\、嘩が〆町  

\  

、  、  

、__■−●−一一一一一−′ ̄  

17 図13  

空夢′ ∴   18 囲14  

小  一′′肇≡㌔葺■、→、  

単三雪空〜\  

♂   も  

\\こ   L\\_止  

19 囲15  

\  羅蕃  

\」  、、、・」  

20 図16  

24 招20  

二1ニ十  

23 図19  

図17  

21   22 図18   

『温評『磨望 円形押印盗塵凱押印文学ぬあ愚療軸陶器  

(17)

26 図23   26 図24  

‥_・−・\−  

・一一二二二   

粁 \  

B随 London 図22   28 図25  

30 図27  

32 図29  

37 図31   39   図32   JO   図33   

『畳評酢e3 具象的押印意匠爵ある療軸陶器  

−188−  

(18)

42 図35  

45 図38  

46 図39   44 図37  

『豆評陀毯 遵続押印装飾戯ある醸軸陶器  

(19)

′、 二′二二丁、 ̄−・. 

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購巨=0  

51 図43  

50 囲42  

52 図44  

日   111︐  

図45  

55a   57 囲46  

「∴ ≡  さ主二‖ _・:1∵ ̄こ■:−−・ト∵㌧二ニミ.ト ∴:こ・:、∴:Fミヤ  

ー190−   

(20)

61 国連9  

b3 図50  

65 図53   63a 図51  

∴てご  

66 図54   69 図56   75 田61  

、\ごて・、   l⊥1  

73 匡i59  

67 図55   銅湖Ⅵ   崩  

:‡.土l  

72 図5B   74 図60   

71 図57  

野豆誹『璧臨 貼緒冤装飾爵爵愚舞鶴陶器、紀草め飾魁突起  

(21)

こ∴∴∴ニ∴  

79 図62   80 図63   

−− −− −−− −・● −● ● ■−■−− ●■ ヽ−−− ■ ■ − − −t  

82 図65  

83 図66  

上A Berlin 囲67a   lA Berlin 図67b  

『量評㌢e冒 貼付文、別線文、塑文装飾戯無軸陶器と聖顔  

〔192−   

参照

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