「新しい公共」の行方 : 地域の視点から (政治行 政学科創立二十周年記念号)
著者名(日) 今村 都南雄
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 68
ページ 33‑56
発行年 2011‑11‑10
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000530/
論説
﹁ 新 し い 公 共
﹂ の 行 方
││ 地域 の視 点か ら│
│
今 村 都南 雄
目 次 はじ めに 一 地域 から はじ まっ た﹁ 新し い公 共﹂
~東 京・ 世田 谷区 での 試み
~ 二
﹁公 共性 の空 間﹂ と﹁ 新し い公 共﹂ 三
﹁新 しい 公共
﹂の その 後~ アウ トソ ーシ ング 圧力 に抗 して
~ むす びに かえ て
はじ めに
﹁新 しい 公共
﹂と いえ ば︑ 民主 党政 権が 打ち 出し た政 策の ひと つだ とす る受 けと め方 が一 般的 であ る︒ 二〇
〇九
年夏 の総 選挙 にお ける 民主 党の 圧勝 をう けて 成立 した 鳩山 内閣 で﹁ 新し い公 共﹂ 円卓 会議 が設 置さ れ︑ 翌年 六月
︑ 鳩山 内閣 最後 の日 に﹁ 新し い公 共﹂ 宣言 が取 りま とめ られ た︒ その 経緯 から して も︑ また
︑そ のコ ンセ プト が鳩 山 内閣 を継 いだ 菅内 閣に もそ のま ま受 け継 がれ たこ とか らも
︑そ のよ うな 受け とめ 方が 一般 的で ある こと はし かた が ない よう にも 思え る︒ しか しな がら
︑﹁ 新し い公 共﹂ は特 定の 内閣 や政 権と 密接 不離 の関 係に ある もの では ない
︒む しろ
︑そ れは 公共 性の 問い 直し から 生ま れた 所産 であ って
︑前 世紀 から 今世 紀へ のわ が国 の歴 史的 展開 にお いて 生ま れる べく して 生 まれ た観 念で あり
︑概 念化 であ る︒ しか もそ れは
︑国 政レ ベル での 政策 形成 にお いて のみ なら ず︑ それ にも 増し て 地域 社会 レベ ルで のイ ニシ アテ ィブ
︵ロ ーカ ル・ イニ シア ティ ブ︶ が期 待さ れる 広範 な各 種の 政策 対応 にお ける キ ーワ ード であ る︒ これ が筆 者の 基本 的な 認識 であ る︒ 昨年 の七 月末 日︑ 本学 に着 任し てか ら四 ヵ月 の私 は︑ 大学 付設 のロ ーカ ル・ ガバ ナン ス研 究セ ンタ ーに 事務 局を 置く ロー カル
・ガ バナ ンス 学会 にお いて
︑同 じ題 目の 講演 をお こな う機 会が あ
( )
った
︒本 稿は それ を踏 まえ ての 再論
であ る︒ ロー カル
・ガ バナ ンス 学会 講演 のあ と︑
﹁あ らた めて
﹃新 しい 公共
﹄を 考え る﹂ との 拙稿 を公 表し てい る
( )
ので
︑そ れと 多分 に重 複す ると ころ もあ るが
︑そ の拙 稿が 自分 自身 の行 政学 的考 察に とっ ても つ意 義を 重点 とし た のに たい して
︑本 稿は
︑東 京・ 世田 谷区 での
﹁新 しい 公共
﹂の 登場 とそ れか らの 展開 を中 心と して たど り返 し︑ 上 記の よう な基 本的 な認 識を もつ こと にな った 事情 を明 らか にし よう とす るも ので ある
︒
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一 地域 から はじ まっ た﹁ 新し い公 共﹂
~東 京・ 世田 谷区 での 試み
~ 冒頭
に記 した とお り︑
﹁新 しい 公共
﹂は 民主 党政 権が 打ち 出し た政 策だ とす る受 けと め方 が一 般的 であ る︒ 学界 にお いて もそ のよ うな 受け とめ 方が され てい るこ とが めず らし くな い︒ そう なる と︑ その とき その とき の出 来事 を めぐ る時 評的 な取 り扱 いに 終わ って しま いが ちに なら ざる をえ なく なる
︒ しか し︑ たと え時 評的 な取 り扱 いに とど まる 場合 であ るに せよ
︑﹁ 新し い公 共﹂ が国 政に おけ る民 主党 政権 の登 場に よっ ては じめ て現 出し た新 しい 動き であ るか のよ うな 受け とめ 方は その まま 看過 する こと がで きな い︒ それ は 状況 認識 とし ても あま りに 短絡 的で ある し︑ 何よ りそ れが
︑地 域社 会レ ベル では じま った 動き であ るこ とを 見逃 し てい る点 で不 適切 であ る︒ 私自 身が これ まで にか かわ りも った ささ やか な実 践的 な社 会活 動に 照ら して も︑ その よ うに 言う こと がで きる
︒ 私の
﹁新 しい 公共
﹂と の出 会い は︑ 民主 党政 権成 立の 一〇 年前
︑一 九九 九年 のこ とで あっ た︒ その 年の 四月
︑東 京都 で最 大の 人口 をか かえ る世 田谷 区の 条例 設置 によ る行 政改 革推 進委 員会 の委 員を 引き 受け
︑初 回の 委員 会で 委 員長 に就 くこ とに なっ たが
︑そ の委 員会 を立 ち上 げる 準備 段階 にお いて
︑世 田谷 区に おけ る﹁ 新し い公 共﹂ 形成 の 経緯 を学 んだ ので ある
︒ 世田 谷区 行政 改革 推進 委員 会は
︑区 民ぐ るみ で﹁ 新し い公 共﹂ の理 念に 基づ く行 政改 革の 推進 を図 るた めに
︑区 民参 加の 仕組 みと して 設置 され た︒ 根拠 条例 は前 年一
〇月 成立 した 四年 間の 時限 条例
︑世 田谷 区行 政改 革推 進条 例
︵一 九九 八年 一二 月一 日施 行︶ であ る︒ その 狙い をや や具 体的 にい えば
︑﹁ 新し い公 共﹂ をキ ーワ ード とし た︑ 区 の新 しい
﹁基 本計 画︵ 調整 計画
︶﹂
︵平 成一 二年 度~ 一六 年度
︶の 策定 にあ たっ て︑ どこ の自 治体 でも 見ら れる 基本 計画 と実 施計 画の セッ トに 加え て︑ 行財 政推 進計 画を そこ に組 み込 み︑ 区民 参加 方式 によ る行 政改 革推 進委 員会 を 条例 で設 置し て︑ 全庁 的な 政策 分野 にお ける 行政 の役 割の 見直 しを おこ なお うと した ので ある
︒ この 経緯 から すで に明 らか なよ うに
︑世 田谷 区に おい て﹁ 新し い公 共﹂ は右 の行 政改 革推 進委 員会 によ って 打ち 出さ れた もの では ない
︒東 京の 大都 市区 域︑ 二三 特別 区の 中で 世田 谷区 は︑ その 人口 規模 が山 梨県 のそ れに 匹敵 す る大 形区 とい うだ けで なく
︑い わゆ る﹁ 革新 自治 体﹂ を代 表し た美 濃部 都政 下の 革新 区政 とし て出 発し
︑長 期に わ たっ て幾 多の 先駆 的業 績を 残し た大 場︵ 啓二
︶区 政の 展開 によ って 広く 知ら れて
( )
きた
︒﹁ 新し い公 共﹂ の観 念が 世
!
田谷 区行 政の 公式 文書 には じめ て登 場し たの は︑ 一九 七〇 年代 半ば から 全体 で七 期に 及ぶ 大場 区政 の第 六期 目︵ 一 九九 五~ 九九 年︶ 後半 のこ とで
︑一 九九 七年 九月 にま とめ られ た地 域保 健福 祉審 議会
︵三 浦文 夫会 長︶ の第 一号 答 申﹁ 世田 谷・ 地域 保健 福祉 社会 の構 築~ パー トナ ーシ ップ によ る保 健福 祉の まち づく りを 目指 して
~﹂ にお いて 採 り入 れら れた のが 最初 であ る︒ この こと につ いて は︑ かつ て︑ 世田 谷区 の行 財政 改革 を扱 った 旧稿 で取 り上 げた こ とが あ
( )
るが
︑自 治体 行政 にお いて
﹁新 しい 公共
﹂を 自覚 的に 採用 した 先駆 例と して の意 義に 留意 して
︑こ こで も必
"
要最 小限 の事 柄を 記し てお くこ とに した い︒ 右の 審議 会答 申の 総論 的部 分︵ 第一 章 現状 認識 と基 本的 な考 え方
︶で は︑
﹁問 題解 決の ため の方 向と
﹃新 しい 公共
﹄の 形成
﹂に つい て︑ 次の よう な三 点が 挙げ られ てい る︒
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*地 域の 課題 を解 決す るた めに は︑ 区民 が主 体で ある こと を基 本に して
︑現 行の 制度 や仕 組み を見 直す 必要 が あり ます
︒
*課 題解 決に は︑ 区民
・事 業者 が自 己責 任で 行う 民間 独自 の活 動領 域と
︑行 政の 責任 で行 う行 政活 動領 域が あ りま す︒ さら に︑ 区民 や事 業者 と行 政が 協働 し︑ 連携 して 問題 を解 決す る仕 組み が必 要で す︒ この 活動 領域 を﹃ 新し い公 共﹄ とし て︑ 地域 社会 の中 に形 成し てい くこ とを 目指 すべ きで す︒
*サ ービ スの 提供 には
︑﹁ 区民 主体
﹂の 理念 のも と︑ 区民
︑事 業者
︑行 政の 特性 を生 かし
︑そ れぞ れの 役割 を 持ち なが ら︑ 協働 する パー トナ ーシ ップ を確 立す るこ とが 有効 です
︒さ らに サー ビス の総 合的 調和 を図 って 公共 サー ビス 全体 を拡 充し てい く体 制を 整備 する こと が︑ 総合 化に 期待 され る役 割で す︒ 今日
であ れば
︑お そら く読 み飛 ばし てし まう よう な記 述ぶ りで ある
︒だ が︑ 当事 者た ちに とっ て︑ ここ に至 るま での 過程 は気 楽な こと では なか った
︒住 民活 動と のパ ート ナー シッ プは 世田 谷区 政で 以前 から 重視 され てき た観 点 であ った が︑ 審議 会答 申の 表題 およ び副 題に 掲げ られ た﹁ 地域 保健 福祉 社会 の構 築﹂ ある いは
﹁パ ート ナー シッ プ によ る保 健福 祉の まち づく り﹂ とな ると
︑本 庁だ けで も四 部に わた る部 門の 組織 統合 を伴 う大 改革 であ り︑ 介護 保 険法 の成 立︵ 一九 九七 年一 二月
︶を 機と する 介護 保険 への 対応 にと どま らな い︑ 地域 社会 での
﹁新 しい 社会 関係 の 構築
﹂を 目指 すも ので あっ た︒ した がっ て︑ 審議 会の 議論 も広 範な 政策 課題 を視 野に 収め なけ れば なら ず︑ 集約 す るの が容 易で はな かっ たろ う︒ 審議 会事 務局 を担 った 職員
︵木 谷哲 三︶ の経 過報 告に よれ ば︑ その 審議 会議 論の 集 約過 程で いわ ば﹁ 理論 的バ ック ボー ン﹂ とし て﹁ 新し い公 共﹂ が浮 上し たと いう
︒﹁ 世田 谷区 は区 民と の協 働の 仕
組み を考 えて いく うち に︑ 単に 区民 の参 加を 得て 行政 施策 を進 めて いく だけ では でき ない こと に気 づき
︑区 民と 事 業者 と行 政が 共に 手を 携え て行 なわ なけ れば 達成 でき ない 分野 を﹃ 新し い公 共﹄ と名 付け て取 り組 むこ とに した の で
( )
ある
︒﹂
︒
#
﹁理 論的 バッ クボ ーン
﹂と いっ ても
︑明 確な
﹁新 しい 公共
﹂の 理論 があ った わけ では ない
︒た だし
︑そ の着 想自 体は それ 以前 から あっ たら しく
︑審 議会 答申 の三 ヵ月 後に
﹁﹃ 新し い公 共﹄ は世 田谷 の行 政を どう 変え るか
﹂を テ ーマ とし た審 議会 会長
・副 会長 の対 談シ ンポ ジウ ムに おい て三 浦会 長が 述べ たと ころ によ ると
︑一 九八 六年 に全 国 社会 福祉 協議 会に よっ て設 置さ れた 社会 福祉 問題 懇談 会︵ 福武 直座 長︶ の報 告書 の中 で︑ いわ ゆる
﹁福 祉コ ミュ ニ ティ
﹂論 の発 展を はか る文 脈で 打ち 出さ れて おり
︑地 域福 祉論 の分 野で はた とえ ば右 田紀 久恵 教授
︵当 時︑ 地域 福 祉学 会副 会長
︶な どに よっ て︑ 同様 な用 語が 九〇 年代 半ば の著 作で 使わ れて きた よう で
( )
ある
︒
$
この よう な﹁ 新し い公 共﹂ であ った が︑ 当の 理念 採用 の経 緯を つぶ さに 知る 木谷 氏の 経過 報告 のう ち︑ 先の 引用 文に つづ く次 の一 節は 実に 示唆 的で ある
︒す なわ ち︑
﹁こ の﹃ 新し い公 共﹄ の考 えか たは
︑行 政の 取り 組み を大 き く変 えて いく こと にな ると 予測 して いる
︒し かし
︑そ れが 何で ある かは まだ わか らな い
( )
﹂と
︒
%
地域 保健 福祉 審議 会第 一号 答申 をう けて
︑区 行政 は次 のス テッ プに 踏み 出さ なけ れば なら なか った
︒そ れが 答申 の総 論的 部分 で示 され た﹁ 問題 解決 のた めの 方向
﹂に かん する 三番 目の 項目 に記 され てい る課 題に かか わっ てい る︒ 区民 が主 体と なっ て区 民・ 事業 者・ 行政 の﹁ 協働 する パー トナ ーシ ップ
﹂を 確立 する だけ では 足ら ない
︒﹁ さら に サー ビス の総 合的 調和 を図 って 公共 サー ビス 全体 を拡 充し てい く体 制を 整備 する こと
﹂が 求め られ てい た︒ こう なる と︑ 保健 福祉 分野 にと どま らな い全 庁的 な広 がり での 行政 改革 が必 要と なる
︒介 護保 険へ の対 応を 含む
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