『茨城大学大学院人文社会科学研究科院生論集』第1号 2017年度
2016 年度茨城大学大学院人文社会科学研究科 修士論文要約
文化科学専攻
15LM103X 落合 翔平 On the realization of the simultaneity found in direct perceptual reports ― A contrastive study of Japanese and English ―
15LM104R 上岡 史拓 「戦国大名」と「戦国領主」
―北関東を事例として―
15LM106A NGUYEN VU HOANG LAN
日本語・ベトナム語の自動詞・他動詞に関する研究 ―対のある自・他動詞の習得を中心に―
15LM108N 周 冠男 急増する中国の「群体性事件」
―その報道に対する一考察―
15LM109G 杜 瑩 漁協女性部が6次産業化に果たす役割の分析
―大洗漁港の「かあちゃんの店」を事例として―
15LM111A 楊 飛 地域活性化に「よそ者」が果たし得る役割の検討
―茨城町地域おこし協力隊を事例として―
14LM113G 金 辰姫 江戸時代の朝鮮通信使を通じた日・韓文化交流
地域政策専攻
11LM208Y 髙内 聡 生活保護費の財源保障に関する検討
―水戸市の事例を用いて―
13LM205H 二川ナオミ 茨城県常陸大宮市諸沢地区における地誌的研究
社会科学専攻
15LM202S 金 賢 リレーションシップ・マーケティングのマネジメント・アプローチ
―「ベネフィット・ワン」にみる市場創造のダイナミズム―
15LM203L 小島 あい 親権者・監護者の指定の際の基準としてのきょうだい不分離の
原則
15LM204F 塩川 佳恵 終わらない経済的暴力
―コンゴ民主共和国を事例に―
15LM205X 清水 堅一 福島原発事故と日本の原子力開発に係る考察 ―国、原子力事業者、原子力専門家を中心に―
15LM206R 戸邊 直樹 リース会計に関する一考察
―リース取引の定義を手掛かりとして―
15LM207H 豊田 紀子 「道の駅」を媒介とした地域再編方策
15LM210X 王 翠 中国日系自動車メーカーにおける部品調達現地化の推進と
サプライヤーの対応
―天津一汽トヨタの新規プロジェクトを事例に―
15LM212H 任 航 日清戦争を引き起こす原因についての一考察
―日清両国指導者の決定を中心に―
15LM213A 兪 佳瑩 中国企業における物流コスト管理
―ABCシステムに基づいて―
15LM214T 李 天航 日産の中国大連におけるサプライヤー・システムの構築に
関する研究
―日系自動車メーカーの先進国以外の競争優位の発揮―
15LM215N 劉 琴 中国系自動車企業の競争力
―東風汽車と奇瑞汽車の事例をもとに―
On the realization of the simultaneity found in direct perceptual reports
― A contrastive study of Japanese and English ―
落合 翔平
Abstract
Complement clauses of Japanese direct perception verbs exhibit a very different syntax from English counterparts. In complement clauses of English direct perception verbs, the embedded subject receives accusative case and the predicate does not inflect on tense. On the other hand, those of Japanese direct perception verbs takes ordinary tensed clause. This seems to deviate the correspondence between English and Japanese found in the other types of sentential complementation. The goal of this thesis is to find out what makes this syntactic distance.
First, it is revealed that ru-form and ta-form in the complement clauses of Japanese direct perception verbs do not represent tense nor aspect. Later in this thesis it is shown that they express order relation with the reference time. Some pairs appear to have aspect distinction, but they are, in fact, so-called “head-internal relative clauses,” not complement clauses of direct perception verbs.
The event “direct perception” causes an interpretation that the matrix event and the embedded event occurs at the same time. This simultaneity is realized in English structually by embedding tenseless clauses, which rely on its matrix clause for tense specification. On the other hand, Japanese perceptual reports satisfy this simultaneity condition while having TP in its complement clauses. Then, it matters how it is satisfied.
Mihara’s (1992) principle of perspective provides a solution to this issue. This principle forces the embedded tense to be determine their reference time for tense interpretation depending on whether or not the matrix pred-icate and embedded predicate are in the same tense form. When they are in the same form, the embedded tense is specified based on the speech time, and there is no designated temporal relation between the matrix clause and the embedded clause. The Simultaneity Condition derived from direct per-ception requires the relation be simultaneous one.
On the other hand, when they are in different forms, the embedded tense is determined based on the time of the matrix clause. Especially, if the embedded predicates in the ru-form, which can denote non-preceding relation with the reference time, their relation with the matrix tense is simultaneous with it or following it. Then the simultaneity Condition selects the simultaneous relation.
Probably the syntactic distance between Japanese and English is considered to be due to the poverty of inflection in Japanese predicates. Since Japanese has to cover tense and aspect with few inflectional forms, Japanese direct perceptual reports adopt this type of sentence complementation and tense interpretation.
要旨
直接知覚を表す日本語の知覚動詞補文は、英語のそれとは非常に異なる統語的振る舞いを 見せる。英語の知覚動詞補文は対格主語と非時制述語から為っている。それに対し、日本語 の知覚動詞補文は普通の時制節と同じ形を取る。このことは、他の複文構造に見られる日英 の対応関係からすると異質である。本稿の目的は日英知覚動詞補分のこの統語的な差異の原 因を突きとめることである。
まず、日本語知覚動詞補文のル形とタ形はテンス・アスペクトのどちらの面でも対立して いないことが判明する。本稿の後半では、ル形・タ形が基準時に対する前後関係を表すこと が示される。一部にはル形・タ形がアスペクトの対立を一見示すと思われる例があるが、こ れらは実は主要部内在型関係節と呼ばれるものであって、知覚動詞補文ではない。
直接知覚 という事象は、主節の内容と従属節の内容が同時に生じるという解釈をもた らす。この同時性は、英語においては時制を欠いた節を埋め込むことで構造的に実現してい る。この非時制節は、主節のテンスに時制解釈を依存する。いっぽう、日本語の知覚動詞補 文は英語と違ってTPを持ちながらも、この同時性条件を満たしている。この同時性を満た す方法が問題となる。
三原(1992)の 視点の原理 によって、この問題の解決策を得ることができる。この原 理により、補文の時制を決める際の基準時は、主節と従属節の述語が同じ時制形式を取るか どうかによって決まることになる。もし時制形式が同じ場合、補文のテンスは発話時に基づ いて決められ、主節時との間には何ら時間的関係の指定はない。そこで、直接知覚に伴う同 時性条件が主節・補文間に同時性解釈を要請する。
いっぽう、主節と補文で時制形式が異なる場合、補文のテンスは主節時をもとに決められ る。特に、補文の述語が基準時に対する非先行関係を表すル形の場合、主節時との関係は同 時か後続になる。そこに同時性条件が働いて、同時関係を結ぶ。
日本語と英語間における知覚動詞補文の統語的隔たりは、日本語の屈折形態の貧しさが要 因である可能性がある。日本語は少ない屈折形でテンスからアスペクトまでをカバーしなけ ればならず、そのために日本語知覚動詞補文はこのような統語表示と時制解釈を採用してい ると考えられる。
「戦国大名」と「戦国領主」
―北関東を事例として―
上岡 史拓
本稿では、北関東の宇都宮・結城・佐竹氏とその周辺領主を事例として、「戦国大名」と はどういった存在なのか、また「戦国大名」とその勢力下に入っていた領主たちとの関係を どのようにとらえたらよいのかという、「戦国大名論」・「地域権力論」の再検討を行った。
第一章では、宇都宮氏とその周辺領主を事例とした。従来、宇都宮氏は「国衆」と把握さ れ、その旗下に属した芳賀氏や壬生氏などの領主も、同様に「国衆」と把握されていた。「国 衆」とは黒田基樹が提唱した概念であり、黒田の規定では、「国衆」独自の家中・領を形成 し、その管理・運営を行いながら、「戦国大名」に従属する存在とされる。
分析の結果、芳賀氏や壬生氏などの旗下領主たちは、独自の家中・領の形成者であること が確認されたが、それは宇都宮氏自体についても同様であった。旗下領主の上位に立つ宇都 宮氏までを「国衆」と規定すると、「国衆」が「国衆」に従属することとなり、「国衆論」に は矛盾が生じることが明らかとなった。
第二章では、結城氏とその周辺領主を事例とした。検討の結果、結城氏も宇都宮氏と同様 に、独自の家中・領を形成する周辺領主(多賀谷・水谷・山川)を従える存在で、自身でも 家中・領を形成しており、その存在形態は四氏とも同様であることがわかった。また、結城 氏には「結城氏新法度」が存在しているが、そこからは、結城氏の勢力圏と法圏の一部が、
旗下領主の領にまで及び、狭義の「結城領」とは異なる、広義の「結城領」の存在が想定さ れる。
結城氏および東国の「中小戦国大名」に対して、市村高男は「地域領主」の概念・呼称を 用いているが、それは市村以前に「地域領主」概念を提唱した、峰岸純夫の規定を踏まえる と、齟齬をきたしてしまうものであり、有効な概念とは言えない。第一章で矛盾を生じてい ることが明らかとなった「国衆」概念とともに、再考が必要である。
第三章では、佐竹氏とその周辺領主を事例とした。佐竹氏には、宇都宮・結城氏とは異な り「佐竹三家」と呼ばれる有力な分家が存在し、従来の研究ではこの「三家」を重要視しな がら、佐竹氏の権力構造を論じることが主流であった。しかしながら、「三家」は旗下領主 と佐竹本宗家との主従結合において、その仲介役を果たし、本宗家との協議の結果を受けて、
旗下領主を指揮する存在であり、種々の行為の決定権は本宗家当主にある。実務官僚として 活躍する本宗家の家臣が、「三家」へ移籍をする事例も見られ、本宗家と「三家」は本来一 体で不可分のものであり、「三家」の存在を特別視して、宇都宮・結城氏と大きく異なった 権力構造を想定する必要は無かろう。
分析の結果、佐竹本宗家も、それと直接の主従関係を持った江戸氏や真壁氏も、独自の家 中・領を形成し、独立した領主であることがわかった。よって佐竹氏と旗下領主たちの関係 も、宇都宮・結城氏のそれと同様であると結論付けた。
宇都宮・結城・佐竹氏自体も、その旗下領主たちも、判物を発給し、自己の家中と領を形 成・運営する、独立した領主であり、それらに対し、「国衆」や「地域領主」概念の矛盾・
齟齬を踏まえると、「戦国領主」概念を適用すべきである。そして、その「戦国領主」連合 の盟主(結集核)として、旗下領主を従属させていた「戦国領主」を「戦国大名」と規定す ることが、本稿で扱った事例から妥当であると考える。このようにして成り立っていた、戦 国期の地域権力間の体制を「戦国大名―戦国領主」体制と呼ぶことにしたい。
日本語・ベトナム語の自動詞・他動詞に関する研究
―対のある自・他動詞の習得を中心に―
NGUYEN VU HOANG LAN
日本語学習者にとって習得が難しい日本語文法項目は様々ある。ベトナム語母語話者も同 様である。習得が難しい項目として自・他動詞(特に本研究の対象である対のある自・他動 詞)が挙げられる。そこで、ベトナム人学習者の自・他動詞(対のある自・他動詞)の習得 研究をテーマとして本研究を行った。
本研究の第一の目的は、日本語の自・他動詞とそれに対応するベトナム語の動詞を比較す ることによって、両者の自・他動詞の対応関係を明らかにすることである。第二の目的は、
両言語の自・他動詞の対応関係を基に、ベトナム人学習者を対象とする自・他動詞の習得調 査から習得状況と誤用の要因を明らかにすることである。
上記の2つの目的に沿って、本研究を次のような手順で行った。まず、日本語の自・他動 詞(対のある自・他動詞)とベトナム語の動詞に関する先行研究に基づいて、両言語の動詞 を対照し、両者の自・他動詞の対応関係を明らかにした。次いで、ベトナム人学習者の自・
他動詞の習得傾向を把握するために、守屋(1994)の習得調査に倣って第一回調査を行っ た。両言語の対応関係と第一回調査の結果を分析した上で、ベトナム人学習者から見た自・
他動詞の8仮条件を設けた。その仮条件に沿って、ベトナム人学習者向けの第二回調査の調 査項目を作成して調査を実施した。調査対象者は第一回調査、第二回調査ともフエ外国語大 学の学生である。また、比較のために、茨城大学において、日本人学習者にも第二回調査と 同様な調査を実施した。第二回調査の結果は設けた各仮条件に基づいて分析、考察した。
日越語動詞の対応関係については、日本語の対のある自・他動詞に対応するベトナム語動
詞には自・他のペアがある場合とない場合がある。ベトナム語でも対のある自・他動詞があ る場合は日本語の自・他動詞の文と同じである。一方、日本語で対のある自・他動詞に対応 するベトナム語動詞がペアにならない場合は、自動詞と「làm」構文による他動詞表現また は他動詞と「bị」構文・「được」構文による自動詞表現がそれぞれ日本語の自・他動詞表現 と対応することが多い。
ベトナム人学習者を対象とした2回の調査結果から、ベトナム人学習者にとっても他の言 語の学習者と同じように、自・他動詞の選択が難しいということを確認した。そして学習歴 の長さは必ずしも自・他動詞の選択にプラスに働きかけていないことも指摘した。
ベトナム人学習者は「が+自動詞」と「を+他動詞」という自・他動詞の区別において、
対のある自・他動詞ではどちらが自動詞でどちらが他動詞かを区別することがまだできてい ない場合が多く見られ、形態的な認識が不十分だと分かった。また、ベトナム語表現と日本 語表現とで表現の仕方が異なる仮条件6(人為的な行為であるが自然な成り行きとして捉え る)と仮条件8(非意図的な行為であるが、動作主はその結果に対して自分の責任として捉 える)について、ベトナム人学習者にとって、習得が難しい2項目であることが分かった。
さらに、日本語からベトナム語への翻訳の設問の結果から、ベトナム語の「bị」構文、「được」 構文、「làm」構文が日本語の自・他動詞の習得にも影響を与えていることが分かった。
以上のような結果から、ベトナム人学習者が日本語の自・他動詞をよりよく習得できるよ うに、以下3点を指摘する。
(i) 日本語の対のある自・他動詞は「-eru/-asu」「aru/eru」などのように形態的にも 対のあるものが少なくないので、自・他動詞を取り上げる際には形態的な特徴につ いても触れておく必要があると考える。
(ii) べトナム語では、「bị」構文、「được」構文は自動詞表現と受身表現のどちらにも用い、
また「làm」構文は他動詞表現と使役表現の両方で使える。そのため、初級レベルか らベトナム語の「bị」構文または「được」構文と日本語の受身形・自動詞表現・可 能形との関係、そして「làm」構文と他動詞表現・使役表現との関係を説明する必要 があると考える。このような知識を早い段階で教えると、自・他動詞と受身と可能 形の誤用を減少させることができると考える。
(iii) 日本人とのコミュニケーションにおいては、自・他動詞の使い分けが誤っても、伝 えたいことは相手に伝えることができると思われるが、日本人とのより円滑なコミュ ニケーションのため、自・他動詞の授業において、自・他動詞の使い分けによるニュ アンスの違いや日本人の自・他動詞の捉え方と表現との関係について、授業で触れ ておいたほうがよい。
Tóm tắt
Đối với người học tiếng Nhật, có rất nhiều mục ngữ pháp khó. Và đối với người Việt học tiếng Nhật
thì điều đó cũng không phải là ngoại lệ. Một trong những phạm trù ngữ pháp khó phải kểđến đó là tự động từ và tha động từ trong tiếng Nhật (đặc biệt là cặp đối ứng tựđộng từ và tha động từ- đối tượng nghiên cứu của luận văn này). Chính vì vậy mà tác giảđã chọn đề tài nghiên cứu việc học tựđộng từ và tha động từ của sinh người Việt học tiếng Nhật.
Nghiên cứu này gồm hai mục đích chính. Thứ nhất là làm rõ mối quan hệđối ứng giữa tựđộng từ, tha động từ trong tiếng Nhật với động từ trong tiếng Nhật. Thứ hai đó là làm rõ khuynh hướng học tự động từ, tha động từ và những lỗi sai của sinh viên người Việt học tiếng Nhật thông qua điều tra.
Đểđạt được hai mục đích nói trên, bài nghiên cứu này được tiến hành theo các trình tự như sau:
Đầu tiên tiến hành làm rõ mối quan hệ giữa động từ trong tiếng Nhật và tiếng Việt thông qua việc đối chiếu động từ và các nghiên cứu đã có. Tiếp theo để nắm được khuynh hướng học tựđộng từ và tha động từ của sinh viên người Việt Nam thì tác giảđã tiến hành điều tra lần 1 dựa vào điều tra của Moriya (1994). Sau khi vừa đối chiếu sự liên đới giữa động từ trong tiếng Nhật và tiếng Việt và phân tích điều tra 1 , tác giảđã thiết lập 8 điều kiện khi chọn tựđộng từ và tha động từ nhìn từ góc độ của người Việt. Tác giảđã dựa trên 8 điều kiện đó để thiết lập các hạng mục cho điều tra lần 2. Đối tượng điều tra của cả hai lần đều là sinh viên của trường Đại học ngoại ngữ Huế. Ngoài ra để nắm bắt được khuynh hướng chọn tựđộng từ và tha động từ của người Nhật để làm cơ sởđối chiếu với kết quả của sinh viên người Việt thì tác giảđã tiến hành điều tra tương tự với sinh viên người Nhật đang học tại trường đại học Ibaraki. Kết quả của bài điều tra 2 được phân tích dựa trên 8 điều kiện đã được thiết lập.
Về mối liên hệđối ứng giữa động từ trong tiếng Nhật và tiếng Việt thì sẽ có hai trường hợp đó là trường hợp có cặp đối ứng tựđộng từ và tha động từ trong tiếng Việt và Tiếng Nhật, và trường hợp không có cặp đối ứng giữa tựđộng từ và tha động từ trong tiếng Việt và tiếng Nhật. Trong trường hợp có cặp đối ứng tựđộng từ và tha động từ trong tiếng Việt và Tiếng Nhật thì cấu trúc câu sẽ tương tự như câu có cặp tựđộng từ và tha động từ trong tiếng Nhật. Mặt khác, trường hợp không có cặp đối ứng giữa tựđộng từ và tha động từ trong tiếng Việt và tiếng Nhật thì tác giả chỉ ra sự tương ứng đó sẽ là câu tựđộng từ - cấu trúc câu ‘làm’ (câu hàm ý tha động từ trong tiếng Việt). Hoặc đó là sự tương ứng giữa câu tha động từ - cấu trúc câu ‘bị hoặc ‘được’ (câu hàm ý tựđộng từ trong tiếng Việt).
Về kết quả của hai lần điều tra tác giảđã xác nhận được rằng người Việt học tiếng Nhật cũng gặp khó khăn khi học tựđộng từ và tha động từ. Và vì đây là hạng mục ngữ pháp khó nên sinh viên không xác định được sự tỉ lệ thuận giữa việc học tiếng Nhật lâu năm và việc nắm bắt được ngữ pháp tựđộng từ và tha động từ. Hơn nữa ,thông qua hai lần điều tra tác giả cũng đã chỉ ra được rằng sinh viên gặp nhiều khó khăn trong việc xác định đâu là tự động từ, đâu là tha động từ. Thêm vào đó, trong số 8 điều kiện về tựđộng từ và tha động từ mà tác giảđã thiết lập thì sinh viên Việt Nam đặc biệt gặp khó khăn trong đối với điều kiện 6 (kết quả từ hành vi của con người nhưng người nói xem kết quảđó xảy ra như một cách tự nhiên) và điều kiện 8 (hành vi không hàm ý đồ của chủ hành động nhưng chủ hành
động xem đó như là trách nhiệm của mình) . Từ bài điều tra về dịch câu từ tiếng Nhật sang tiếng Việt thì tác giả cũng chứng minh được sựảnh hưởng của cấu trúc câu ‘bị’ và ‘được’đối với việc học tự động từ và tha động từ.
Từ những kết quả trên tác giảđề xuất 3 điểm để có thể nâng cao việc học tựđộng từ và tha động từ của sinh người Việt học tiếng Nhật.
(i) Trong tiếng Nhật có những cụm tương ứng giữa tựđộng từ và tha động từ và chỉ cần nhìn vào đó có thể xác định được tựđộng từ và tha động từ như‘eru-asu’ hoặc ‘aru-eru’. Nên tác giả đề cập đến sự cần thiết cuả việc dạy hình thức của những cụm như vậy đối với giờ học tựđộng từ và tha động từ.
(ii) Cấu trúc câu ‘bị’ và ‘được’ tương ứng với câu bịđộng và câu tự động từ trong tiếng Nhật.
Tương tự như vậy câu ‘làm’ cũng sẽ tương ứng với câu sai khiến và câu tha động từ trong tiếng Nhật. Vậy nên cần thiết phải chỉ rõ cho người học sự khác nhau giữa các cấu trúc câu từ sơ cấp thì có thể sẽ hạn chế những lỗi sai khi dùng tựđộng từ và tha động từ.
(iii) Khi giao tiếp với nguười Nhật thì có khi việc sử dụng không đúng tựđộng từ và tha động từ vẫn sẽ truyền tải được với người nghe. Nhưng để có thể giao tiếp một cách tốt hơn với người Nhật thì tác giảđề xuất việc giải thích sự khác nhau trong cách dùng trong giờ học để người học nắm rõ những ẩn ý khi người Nhật dùng tựđộng từ và tha động từ.
急増する中国の「群体性事件」
―その報道に対する一考察―
周 冠男
中国の「群体性事件」は基本的に、民衆による権力者や権力機関を対象とする集団的抗議 活動を指している。
この「群体性事件」は最近のことではなく、60年以上の歴史を持っている中華人民共和 国の建国以来ずっと存在していることである。
最初の「群体性事件」は、建国初期まれに発生した民衆の反抗活動であった。当時の抗議 活動は事件数も少ないし、社会的関心もあまりなかった。そして、正式な呼称もなくて 騒 ぎ と呼ばれた。
その後、1980年代から、「群体性事件」はだんだん大衆の視野に入って、 治安事件 や 緊急突発事件 、および 群衆性治安事件 などと名付けられた。この時期に、「群体性事 件」は偶然の反抗行為から社会秩序や治安に関連する社会的な概念となってきた。
2000年代に入って、「群体性事件」が爆発的に増加し、毎年数万件にも達した。その呼称 も 治安事件 や 緊急突発事件 などから「群体性事件」に変わって、そして定着した。
政府が「群体性事件」を対応するため一連の政策を制定した。さらに、「群体性事件」に関 するメディア報道も盛んになり、社会の注目を集めている。
この60年間の「群体性事件」の様子を比較すると、差が感じられた。「群体性事件」自体 の規模や形態はもちろん、政府や大衆の「群体性事件」への認識も大きく変わってきた。さ らに、これらの変化は異なる歴史時期に、異なる特徴が現れた。
本稿は、「群体性事件」が中国の政治・経済・社会思潮と緊密につながっているという視 点から、「群体性事件」の歴史を解き明かしている。
また、メディア報道から一時期の社会状況が反映されるという視点を切り口として、「群 体性事件」に関する報道という側面から「群体性事件」の歴史と現状を考察している。これ らの分析に基づき、「群体性事件」の定義やその表現の定着する過程について、新たな理論 を提示する。
そして、「群体性事件」に関する報道の実例を研究することによって、各歴史時期の政治・
経済などの社会背景はどのように、「群体性事件」の発生・処置・報道に影響を与えるのか ということを解き明かしている。また、新しいメディア環境の中、「群体性事件」の報道の 変化を整理する上で、その是非を論述している。
以上の研究を進め、「群体性事件」そのものと「群体性事件」の報道を考察している。
漁協女性部が 6 次産業化に果たす役割の分析
―大洗漁港の「かあちゃんの店」を事例として―
杜 瑩
近年、水産資源の低迷、漁業者の高齢化・後継者の不足など、漁業は様々な課題に直面し ている。さらに、東日本大震災により、大津波に伴い、東北沿岸の漁業は甚大な被害を受け た。
このような漁業状況の中に、茨城県東茨城郡大洗町には約45人の漁師の「かあちゃん」
が経営する店がある。2014年に私はネットである動画を見た。それは、「かあちゃんの店」
が東日本大震災で被害を受け、また再開された当日、大洗町漁業協同組合女性部(以下、「大 洗漁協女性部」とする)の部長が取材を受けた動画であった。私は部長の話を聞いて、感動 したと同時に、漁業の女性の見えないパワーを感じた。そのパワーは一体どこから生じてき たのか、もっと深く探求するため、この研究を始めた。
本研究では、大洗町漁業協同組合(以下、大洗漁協とする)直営店「かあちゃんの店」を 経営する大洗漁協女性部の女性を研究対象に、昭和30年代(1960年前後)から現在(2016 年)にかけて、漁業の男性世界の中で、大洗漁協女性部の女性が漁業労働に果たす役割の変 化、特に6次産業化を動かしていく際の新たに果たす役割を検討していく。それらを把握し たうえで、ジェンダーの視点から、大洗漁協女性部の女性の地位および労働意識の変化を明 らかにするため、3つの章を設けた。
第1章では漁業および6次産業化の背景を説明した。また、漁業における女性労働の変化、
女性の現状などの先行研究を把握した。先行研究で論じられている漁協で女性が正組合員で ないため、かつ発言権も抑えられていて、女性の意見があまり重視されていない問題点に着 目した。さらに、研究の目的や動機、立ち位置および研究方法について紹介した。
第2章では私は大洗漁協での参与観察・インタビュー調査を通して、大洗漁業の女性労働 の姿を把握した。また、大洗漁協女性部の制度、活動の変化及び実態を分析した。そして、
大洗漁協が6次産業化に至った経緯・進展状況、特徴について検討した。
第3章では2章の内容に基づいて、昭和30年代からの大洗漁業における女性労働・役割 の変化、及び大洗漁協女性部が6次産業化を進める時、果たした経済的な役割を探究した。
そして、ジェンダーの視点から、漁業における新たな協力関係についての役割を分析した。
各章で行った分析や考察を踏まえて、明らかになったことは次の通りである。
①漁協女性部の果たす役割が大きいにもかかわらず、その重要性がそれほど知られていな いと多くの文献で述べられている。しかし、私がフィールドワークを行った大洗漁協女 性部は、漁師たちや町、メディアなどに非常に重視されていることが分かった。
②大洗漁協で女性部は企画や決定権など正式的な権利を持っていないにもかかわらず、自 分の考えや意見など、きちんと上の人に伝えられるようになっている。ジェンダーの視 点から見ると、これからの漁業は男の世界だけではなく、男女ともに支えあっていく世 界になると思われる。
③インタビュー調査により、「かあちゃんの店」の純利益が大洗漁協の主な収入に占める 割合が少なくないことがわかった。大洗漁協女性部が店を経営することにより、大洗漁 協の収入構造が、漁師だけから、漁師と大洗漁協女性部で共同に支えられるように変わっ ていったのである。
④インタビュー及び参与観察から、女性は店に出勤する日に、夫がある程度家事をやり始 めたことが分かった。また、漁師たちは休漁の日に、大洗漁協女性部の女性たちに協力 して仕事に取り組んでいる。このような女性の起業がもたらした夫婦関係の変容および 組織内(漁協)は、ジェンダーの視点から見ると、新たな男女協力関係が生まれてきた ということが指摘できる。
地域活性化に「よそ者」が果たし得る役割の検討
―茨城町地域おこし協力隊を事例として―
楊 飛
本研究では、日本にある地域おこし協力隊を事例として地域活性化に「よそ者」が果たし 得る役割の検討をすることを目的とする。
現在の日本は、農村の過疎化や人口減少の進行に伴う地域の活力低下、地域コミュニティ 衰退といった課題を持っている。地方の地域活性化や意欲ある都市住民の定住を促すことを 目的として2009年に「地域おこし協力隊」制度が導入された。「よそ者」の立場である地域 おこし協力隊(以下「協力隊」)は、地元の人が気づかないものを掘り起こしてくれると期 待される。地域が持つ特色や、期待は地域ごとに異なるため、それぞれの地域に合わせた手 法で活動に取り組むことが隊員には求められており、それには受入自治体や住民による理解 や協力が不可欠となっている。協力隊員は、さまざまなイベントを開催する時に、地元住民 の支持と協力を前提としてお互いに信頼関係を作らなければならない。そこで、本研究では ある地域を事例にして、「よそ者」の立場は変わらず維持されているのか、「よそ者」性に何 か変化があるのかについて検討を行う。本研究での「よそ者」性とは、地元住民との関係に よって決まる概念として用いられる。「よそ者」性の変化は地元住民との関係性の変化とい う意味で使う。また、協力隊員は地域活性化を目的に導入されるが、地域の活性化とは具体 的に何なのか。そのことを踏まえ、地域活性化の新たな捉え方を提案し、「よそ者」が果た し得る役割を詳しく分析考察する。
結果の分析から、「よそ者」性のプラス変化とマイナス変化を考察した。プラス変化とは 地元住民との交流によって、お互いの信頼関係がよりよい方向に進むことである。マイナス 変化とは地元住民との人間関係につまずき、仕事に支障をきたすことである。「よそ者」性 は地元住民との関係から捉えるのが有効である。「よそ者」性のプラス変化に従って、協力 隊は活動の展開スピードが速くなり、活動範囲も広くなり、連携と協力する人も多くなった ことで、活動の影響力も大きくなった。
茨城町広報(2016年8月)によると、茨城町の人びとの多くは、精神的充足感を求め、
豊かな自然のある、住みよいまちに住みたいという希望を抱いている。そこで、地域活性化 は地域にとって、また地元住民にとって、日常の生活からかけ離れたものではなく、身近な ものであることが明らかになった。
茨城町における協力隊は、「よそ者」として地域活性化に新しい入口を開いて、農業や教 育など、まちづくりの触媒になるという役割を果たし得ることが明らかになった。事例とし て、空き家を再利用し、人びとに交流する場所を提供し、学校や地域関係者等と協力しなが
ら、地域の人やモノを活用して町に人が集中する仕組みをつくる。子どもたちに学習する場 所を提供し、未来を担う人材の育成を促す。また、商店街の賑わいや地域と人との結びつき を取り戻すことに繋る。隠れた人気がある歴史・文化資源のPRを通し、交流人口の拡大に 努める。歴史遺跡(小幡城跡)を見学し、歴史知識を把握し、野外実践の機会を提供する。
歴史遺跡の認識が多くなり、地域の好感度が増え、人口流出の減少を抑制するきっかけにな る。地域コーディネーターとして、地域資源を掘り起こし、地元産品を活用し、農産物の輸 出の多様性を促す。「耕すシェフ」として棉と藍の栽培から織物のプロデュースを行い、新 事業を目指して、取り組む。地域の耕作放棄地を再利用して、地方の不利を逆手にとったよ うなイノベーションを創り出すことなどを通して、地域活性化を促す。
江戸時代の朝鮮通信使を通じた日・韓文化交流
金 辰姫
本論文は江戸時代の朝鮮通信使を通じた善隣友好関係のあり方と日本人の朝鮮文化への認 識を考察するものである。
本論文の研究目的は江戸時代の朝鮮通信使による日本と朝鮮との文化交流の具体的な事例 を詳しくとりあげることによって、当時の日本人の朝鮮認識について明らかにすることであ る。
第1章では考察の前提として、朝鮮通信使とはどのようなものであったのかを明らかにし た。室町時代と江戸時代にかけて外交使節として朝鮮通信使が来日した。しかし16・17世 紀東アジア情勢の変化の中で、豊臣秀吉が朝鮮を侵略し(壬辰倭乱)、次いで徳川家康はそ の戦後処理と両国の善隣友好関係の構築に努力した。その結果朝鮮通信使が12回来日した。
この江戸時代の朝鮮通信使を取り上げて日朝の文化交流について考察した。文化交流の事例 は多様であるが、主に日本各地の郷土人形への影響、各地の祭礼における朝鮮通信使をまね た仮装行列や唐人踊り、唐子踊り(牛窓)などについて考察した。
第2章では朝鮮通信使の影響として、日本各地における江戸時代の祭礼での仮装行列等の 内容について考察した。具体的な対象地域は、川越、土浦、名古屋、津、鈴鹿、和歌山、対 馬などであり、また参考のためにそれらの地域の現在と過去の祭礼に見る朝鮮通信使との関 連性についても考察した。朝鮮通信使を通じて、朝鮮文化がかなり広範囲にわたって日本各 地の祭礼として受容され伝承されて来たことが明らかになった。さらに両国文化がある時代 では敵対的関係であったとはいえ、中長期的には相互友好的な関係を築いてきたことが理解 できた。
第3章では江戸時代の朝鮮通信使と日本人の朝鮮認識について考察し、友好的な側面だけ でなく、対等とは言えない側面もあったことが明らかにされた。具体的には神功皇后の朝鮮 征伐の物語について江戸時代の人々の解釈に朝鮮蔑視につながるものがあった。さらに日記 や商人の記録の分析を通じて日本人の朝鮮通信使に対する印象や認識の意味を考察した。そ の結果、異文化に対する違和感や歴史的に継承されてきた神話によって朝鮮に対する見下し た認識の存在が明らかにされた。
結論としてはおよそ以下の通りである。日本の広範囲にひろがる諸地域で行われている朝 鮮通信使に関連した祭礼で、通信使の仮装行列が取り入れられており、日本と朝鮮との文化 交流の深さを理解することができた。ただし、江戸時代の文化交流には相反する二つの側面 があったことも分かった。つまり、二つの文化が対等な関係にあったことを示す事例もあっ たが、同時に朝鮮通信使をいわゆる「朝貢使節」とみる意識を示す事例も存在していた。
以上の考察を総合することによって、今後、辛基秀氏の研究をより豊かに発展させてゆく ことができると考えている。すなわち現在の韓国と日本との文化交流の姿や、韓国人の日本 認識および日本人の韓国認識を考えていく上で、江戸時代の朝鮮通信使を通じた文化交流の 経験を活かしていくことが可能かどうか、筆者は今後考えていきたい。文化交流を通じた相 互理解、相互認識の「誤解」や「すれ違い」が起こってくる源、発端、原因の一端が本研究 を通じて少し見えてくるのではないか、と思っている。歴史を見れば、文化交流にともなう「誤 解」や「対立」はいつの時代でも、どこの地域でも起こったことが分かる。だからこそ客観 的に文化交流を見ていくことや冷静に相互認識を考えていくことが重要だと考えた。
生活保護費の財源保障に関する検討
―水戸市の事例を用いて―
髙内 聡
本論文では、生活保護費における一般財源充当額と基準財政需要額の乖離が地方財政を圧 迫している現状を、水戸市の事例を用いて明らかにし、生活保護費の財源保障のあり方につ いて考察した。
2008年に全国市長会都市財政基盤確立小委員会の、「地方交付税制度の充実を目指して―
持続可能な地方財政運営のために―」と題する提言において、生活保護に係る事務は地方財 政を逼迫させる要因の一つとなっている「基準財政需要額に算入されているが、算入不足が 生じている事業」の具体例としてとりあげられた。
生活保護の実施に係る事務は、本来は国(中央政府)が果たすべき事務であるが、地方政
府において処理されている法定受託事務である。法定受託事務は財源保障の観点からは地方 自治法第232条第2項に「国は、そのために要する経費の財源につき必要な措置を講じなけ ればならない」とあり、国が財源保障義務を負う旨が明記されている。
生活保護の動向を見れば、近年世界金融危機の影響による生活保護費の急増は、景気回復 により落ち着き、その推移は横ばいとなってきている。しかし、保護世帯の推移をみればわ かるように、世界金融危機の影響で増加していた稼働世帯の減少に対して、高齢世帯では一 貫して増加がみられる。
高齢化は今後ますます進むことが予想されており、稼働世帯の受給水準がもとの水準まで 低下しても、低所得高齢者の医療保障と所得保障を含む現行の生活保護制度のもとでは生活 保護費の増加は一層進むことが予想される。人口構成上、大きな比重を占める団塊の世代が 後期高齢世代に入り高齢化するにつれて、低所得層の医療・介護・生活面のニーズが高まり 扶助費が増加に転じることは明らかだと考える。
生活保護の実施は地方において担われているので、国による財源保障のあり方について十 分検討しておかなければ、地方財政の逼迫は免れられず、他の社会保障制度でカバーされな い低所得高齢者の所得保障、医療保障が地方の問題として現れることとなるのである。
地方自治体の自主性を高め、個性豊かで活力に満ちた地域社会の実現を図るためには、一 般財源の充実によって、行政面のみならず、財政面においても自主性を向上させることが不 可欠である。地方交付税は、一般財源として地方の自主性を保障すると同時に、全国どこに いても生活に必要な行政サービスを享受することがでるよう財源保障を行う極めて重要な役 割を果たしており、各地方自治体の財政需要に即した算定が的確に行われる必要がある。
生活保護費における一般財源と基準財政需要額の乖離について、全国市長会都市財政基盤 確立小委員会以降の注目すべき先行研究には、星野(2009)と橋本(2014)がある。星野は 生活保護費の一般財源充当額と基準財政需要額の乖離の現状および基準財政需要額の算定の 分析によって、国が定める生活保護の単価差と実態の乖離に原因があることを明らかにし た。また、その研究をさらに進める形で、橋本は扶助費費目別には医療扶助が乖離の要因に なっていることを明らかにした。
本論文では、これらの先行研究で得られた知見を踏まえて、水戸市の事例を用いて乖離の 現状とその要因を明らかにした。検証の結果、実際に予算を執行していくと、基準財政需要 額の算定では捉えられない支出が発生し乖離が生じることがわかった。
その検証結果を踏まえて、生活保護費における財源保障のあり方として実額清算の手法を とることを提案した。
本論文の構成は以下のとおりである。
第1章では、本論文で検証を行う地方交付税の財源保障機能に関する主要な先行研究を整 理したうえで、先行研究で得られた知見を踏まえて、本論文での分析視角を示した。
第2章では、分析対象とする生活保護制度の社会保障制度における位置づけを確認したう