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――リスク・身体・セキュリティの観点から――

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(1)

バイオメトリック・ボーダーの生成と展開

――リスク・身体・セキュリティの観点から――

川 久 保 文 紀

The Genesis and Evolution of “the Biometric Border”:

Risks, Bodies, and Security Fuminori K AWAKUBO

 This article critically examines the expanding implications of “the biometric borders”

in using technology to manage human flows in the process of securitization after 9/11.

The genesis and evolution of “the biometric borders” are then analyzed from the tripartite relationship among risks, bodies, and security. The” technologization” of security as the deployment of biometrics has been accepted as the ultimate goals to identify and verify people through human bodies. This article also highlights how the broader spread of biometrics throughout the social fabric as well as security setting owes to the deeper logic and transformation of power under the lenses of the biopolitics by M. Foucault and the risk-based approach by U. Beck. Finally this addresses critical issues that the emphasis on body as the central tenet of biometric border system de- links it from consciousness and subjectivity, making it a readable text comprised of signs and codes.

は じ め に

 9・11 テロ以後,地政学的アプローチに基づく伝統的なボーダー概念が大きな変容を迫られ ている

1)

.政治学や国際関係論などで取り上げられるボーダーとは,主権国家群から構成され るウェストファリア体制の根幹的輪郭を具現化するものであったことはいうまでもないが,

9・11 テロ以後のセキュリティ・トレンドにおいては,ボーダーは主権国家群を境界確定・画

定させる実線として機能するばかりではなく,バイオメトリック・ボーダー(生体認証を通じ

た国境管理の在り方)

2)

などを通じてネットワーク的に拡張していくバーチャルなボーダーと

して捉える必要性もでてきている.とくにヒトの移動に関してバイオメトリクスを用いた「予

(2)

防的テクノロジー」が,ボーダーにおいて顕現されることによって,地政学的な視点によって 理解されることの多かったボーダーに対して新しい概念的特質を付与する契機になっていると 理解できる

3)

.すなわち,指紋,虹彩,静脈などを用いたバイオメトリクスという人間の身体 に埋め込まれた固有の特徴をマーカーにして,われわれの日常生活の多くの領域に監視のネッ トワークが張り巡らされてきているのである.

 こうした状況のなかで,ボーダーはわれわれの日常生活の至る所に存在するようになり,人 間をカテゴライズする選別と排除の装置

4)

として作動する「ボーダーと身体を通じた統治」

5)

が問題化している.グローバル化に伴う監視の拡大・深化は,国家間のボーダーを越えて実行 され,セキュリティや消費資本主義の反映としてのあらゆる個人のデータが相互連結される世 界になってきている.そして,9・11 テロ以降に高まった「セキュリティ至上主義」は,リス ク管理的ロジックを正当化し, 「自分は一体だれであるのか」を証明することができなければ,

自由や権利を行使することのできない世界を作り上げているともいえる

6)

.本稿ではこうした 問題意識に立ちながら,リスク・身体・セキュリティという観点からみたバイオメトリック・

ボーダーの生成と展開に関して若干の考察を試みたい.

1.リスク・身体・セキュリティ

 ⑴ ボーダーと身体

 9・11 テロ以降,移民やボーダーの「セキュリタイゼーション」に関する政策言説が流布す るようになった

7)

.本稿で取り扱うボーダー・セキュリティをはじめとして, 「万物のセキュ リタイゼーション」という一般的現象が多くみられる現状は,メディアなどを通じた政治家や 官僚などの言動によって,広く日常生活に浸透した

8)

.例えば, 「ボーダーに穴があいている」

と主張することは,ボーダーの機能的側面に目を向け,ボーダーの「透過性」を認めるという ことになる.これは,ボーダーを越えるさまざまなアクター間の相互作用に着目しながら,

ボーダーの穴を潜り抜ける潜在的な「リスク因子」の振るいわけの必要性を認めることでもあ る.そして,国家に対する潜在的脅威に対して,ボーダーを越える多様なフローを「正常化」

していくテクノロジー的手段の洗練化は, 「秩序ある安全な」ボーダーの構築を目指し,デー タベースが相互運用するコンピュータ・ネットワーク社会のなかで国家と身体が交差する

「データベイランス(dataveillance)」を出現させることになる

9)

. 

 9・11 テロ以後に公表された「9・11 コミッション・レポート」は, 「国家安全保障にとって 不可欠なバイオメトリックに基づく出入国システムに投資し,それを完成させること」を推奨 した.9・11 テロ直後の 2001 年 10 月に成立した「米国愛国者法(USA Patriot Act)」

10)

,およ び「2002 年国境警備強化・ビザ入国改正法(the Enhanced Border Security and Visa Entry

Reform Act)」には, 「バイオメトリック・テクノロジー,および不正使用できない(tamper-

(3)

resistant)機械読み取り式の文書類を用いた出入国システムの導入,そして,そのシステムが 他の法執行データベースとインターフェースされるような」条項が入った

11)

.そして,2004 年に成立した「インテリジェンス改革・テロリズム防止法(Intelligence Reform and Terrorism Prevention Act)」は,ボーダー・セキュリティに関わるすべてのデータベースを統合・運用す ることになる US-VISIT システムの導入の先駆け的な位置を占めることになった.

 ランド研究所公共安全・法務部門の定義によれば,バイオメトリクスは, 「個人を識別する ために用いられ,あるいは個人が主張するそのアイデンティティを立証する……個別の身体的 特徴および性格特性」

12)

とされる.こうした定義にもとづけば,人間は「データ・マイグラン ツ(datamigrants)」と描写され,その「身体的・行動的特徴」が「情報化時代の最小公倍数」

へと還元されることによって,人間のデジタル化あるいは電子的統合が促進されていくのであ る

13)

.データ・マイグランツは,グローバルなネットワーク社会のなかで,バーチャルにボー ダーを越えるということになり,ここでは「到着が出発に先行する」という,古典的な移民イ メージとは根本的に異なる出入国行為が繰り広げられるということになろう

14)

 バイオメトリック・システムは,データベースに蓄積された記録と個人データを比較する識 別のプロセス:“Who is X”(one-to-many)と,その情報が以前に記録された情報のテンプレー トと一致するかどうかを立証するプロセス:“Is this X”(one-to-one)という 2 つのプロセスを 経ることになる

15)

.この 2 つのプロセスでは,個人に関する情報がプロファイリングされた うえで,相互運用されるデータベースで処理され, 「リスク因子」に関する情報が異なった ファイル間で比較・抽出される.そして,ボーダーがバーチャルな空間という「非物質的形 態」へ変容することの意味合いは, 「消失する身体(disappearing bodies)」という現象に向き 合うことでもある.これは,J・ダーデリアンが「構成的能力(constitutive capacity)」と呼ぶ ものであり,バーチャルな空間のなかでデジタル化された身体が生産・再生産・分配されるの である

16)

.そうした文脈では,デジタル・コミュニケーションと支配的なシステムの接続的 糾合によって,国家による個人へのコントロールがもたらされることになる.ある人間がボー ダーを越える際にその「身体的・行動的特徴」を収集し,プロファイルするという方法は,国 家と人間を結び付ける新しい統治のテクノロジーであり, 「実体のない統合(disembodied integration)」でもあるといえよう.

 「実体のない統合」は,個人のアイデンティティを「身体的・行動的特徴」へと還元する

17)

人間の身体の「可視性」と結び付いたバーチャルなボーダーの「不可視性」は,データ統合に

基づく監視レジームの強化へと直結する.これは,M・フーコーが述べた「権力の不可視性は

強力な秩序の保護者である」

18)

という命題とも符合し,国家は,潜在的な脅威に対して,逸脱

的な要素を正常化する不可視の権力の行使によって対応するのである.そして,国家は, 「バ

イオメトリック・タトゥー(biometric tattoo)」

19)

のなされた「恒久的なドキュメンテーショ

(4)

ン」を用いた新しい統治のテクノロジーを獲得したといえるだろう.こうした問題状況のなか では, 「排除を伴う内包(exclusive inclusion)」の条件が創出され,決して個人が「帰属する」

ことのないシステムへの埋め込みが始まっていると捉えることも可能なのである

20)

 ⑵ ボーダー・セキュリティのテクノロジー化

 L・リプシュッツが述べているように, 「セキュリティは確実性を必要とする」

21)

.この意味 を解釈すれば,特定の知識に対してどの程度の信頼をおき,事実をどの程度受け入れることが できるのかということになろう.セキュリティの確保は,現在や将来についての確実性,およ び,社会が存続するために必要な政治的・経済的・戦略的な効率性に対する確実性をどのよう な担保するのかということに依拠している.社会がより安全になるためには,あらゆる不確実 性を除去しなければならないが,不確実性を除去するためにかかるコストは際限なく増大す る.この見地からすれば,セキュリティを完全に確保することは不可能であり,われわれは,

確実性や固定性をマーキングしようと常に努めているにすぎないと捉えることが出来る

22)

.  U・ベックや A・ギデンズは,セキュリティの変容,信頼の浸食に伴う不確実性の増大など は,後期近代における顕著な特徴であると論じている

23)

.同様の文脈で,J・アーリや G・バ ウマンも「流動性」や「液状化」という概念によって,現代のわれわれの日常生活に充満する リスクについて述べている

24)

.現代的な意味でのリスクとは,世界についての知識によって 与えられるインパクトからまさに「作られる」のであり,それらは未知の領域にも関わり,そ の帰結も予測できないという点において伝統的なリスクとは異なるといえよう

25)

.こうした 観点に立てば,リスクを確定し,セキュリティを定義する行為自体は,研究者や実務家などの 異なるアクター間での「闘争の問題」になってしまう

26)

.この延長線上で,C・アラダウと R・ミュンスターは,リスク管理的手法の不断の開発に裏打ちされた「予防的リスク

(precautionary risk)」という概念を提示した

27)

. 「作られたリスク(manufactured risk)」は,

外部的要因によってできるわけではなく,すでに述べたように,われわれが考える世界に関す る知識・見方によって,まさに「作られる」といえるのであり,こうしたリスクは,計算不可 能性や予測不可能性に基づいていることから,リスクがどの程度脅威なのかについてのレベル を推し量ることさえできないのである(環境破壊,疫病,原子力災害など)

28)

 ボーダー・セキュリティのレベルを維持したうえで,いかにしてヒトやモノなどのフローに 対して効率的に対処していくのか.こうした命題をどのように解くのかは,リスク管理の「適 切な執行」に求められるとされるが,実際には,ボーダー・セキュリティの文脈のうえでは,

そのロジックや方法において困難さを伴う.M・ソルターによれば, 「後期近代」特有のリス

クを定量化することに伴う困難さは,われわれが「想像上の数字(imaginary numbers)」の空

間に身を置いているからであるとされる

29)

.このことは, 火災や洪水などの自然災害と, ボー

(5)

ダー・セキュリティの次元との比較をみれば明らかであろう. 「予防的リスク」は「限界を飼 いなら」し, 「統治できないもの」や「予測不可能なもの」を統治しようとすることにつなが り

30)

,ボーダー・セキュリティが枠組み付けられる現代的問題系は, 「流動性」や「液状化」

という表象リスクそれ自体が潜在的な脅威になる.リスク管理的ロジックがボーダー・セキュ リティの支配的モデルとなれば,リスクを枠組みづけようとする衝動がボーダー・セキュリ ティの「テクノロジー化(technologization)」を引き起こし,現代のセキュリティの中心的課 題は, 「ボーダーそれ自体の材質的デザイン」を問うことにつながっていくだろう.

2.バイオメトリック・ボーダーの生成と展開

 こうした状況を背景として,グローバル化に伴うボーダーの開放的ロジックを追求すること は,とりわけ 9・11 テロ以後に前景化されるようになってきた安全保障上の理由からボーダー を閉じようとする閉鎖的ロジックと政策的に矛盾すると捉えられる.しかしながら,北米地域 では,経済成長に不可欠なさまざまなフローの越境移動を促進しながらも,不法移民やテロリ ストなどの「リスク因子」を効率的にフィルタリングすることのできる「スマートなボーダー」

を作り上げていくことが重要であるとの認識が高まった

31)

.これは,1990 年代における軍事 革命に擬えられる「ボーダー・セキュリティにおける革命」

32)

と称された.こうした状況のな かで,本来,政府が一元的に担ってきたボーダー・セキュリティに対して,セキュリティ産業 が,新しいボーダー機能の研究・開発・実施という観点から多大な影響力を及ぼすようになっ てきたことも注目に値する.

 こうした公共部門と民間部門の収斂化現象は,9・11 テロ以後の「対テロ戦争」の遂行のな かで前景化してきた「ネオリベラルな統治実践」と理解できるのであり,バーチャルなボー ダーの構築に強い影響を与えている.例えば, 「スマート・ボーダー同盟(smart border alliance)」は,管理コンサルタントのアクセンチュア社によって主導され,100 億ドルを費や してアメリカ全体のボーダー・セキュリティを再構築しようというプロジェクトとなった

33)

. これは,セキュリティ分野における民間産業の著しい台頭を物語っており,ボーダー・セキュ リティとグローバル資本主義の結合関係においては,消費者調査が重要な役割を果たしてい る.ボーダー・セキュリティと消費者調査双方のデータベースは,単にボーダーを越えるヒト やモノに関する情報,あるいは消費者の行動や心理に関する情報を捕捉するということ以上 に,それらをモデル化し予測可能な情報へと作りかえるという意味において同じ機能的側面を もつということができる.そして,消費者調査の機能・動向がボーダー空間へと取り込まれる につれて,監視の日常的な実践が非ボーダー空間へと拡張していくのである.

 ボーダー・セキュリティや消費者調査に関するデータベースは,IBM 社やアクセンチュア社

などのセキュリティに関する巨大情報テクノロジー産業によって担われ,人口全体の監視のた

(6)

めの共通の投資によって支えられているといえる

34)

.むしろ, 現代では, 消費者に関するデー タベースにセキュリティに関するデータベースが依存していると捉えることも可能であり,ア メリカでは,ホテルと航空券の予約に関する顧客情報が連結し,国土安全保障省(DHS)の国 家戦術目標局(National Targeting Center)において精査されている.また,P・アディの研究 によれば,最近の空港建築は,セキュリティの強化によって空港に滞在する時間が長くなる傾 向を逆手にとって,消費者心理に訴えてターミナル内の商業施設でより買い物をしたくなるよ うな建築構造になってきているとする

35)

.同様の文脈において,D・ライアンは,空港を

「データの濾過装置」として機能しているとし, 「消費のターゲット」と「脅威となるリスク」

の双方をふるいにかけると論じている

36)

 こうした問題状況は,地政学的・領域的な思考にもとづいたボーダー・セキュリティの枠組 みを越え, 「すべての人間の日常生活が介入やマネジメントに従順となる動く規制の場」

37)

の出 現という,ボーダーをコントロールする在り方の変化とも捉えられよう.動く人間の存在を マーキングすることによって監視が一般化し,非ボーダー空間の遍在現象が生じていると理解 できるだろう.これは,M・ウォルターズが M・フーコーに依拠しながら「生政治的ボーダー

(biopolitical border)」

38)

と述べたものである.国家の内部空間への監視レジームの拡張は, ボー ダーの「内面化(internalization)」とも捉えられ,人間がフィジカルなボーダーを越える行為 は,ボーダーの多面的次元のひとつにすぎなくなる

39)

 そして,バイオメトリクスを通じた個人情報の抽出・処理と結合したボーダー・セキュリ ティは, 「告白の複合体」(フーコー)にますます依拠するようになっている

40)

.極度に個人 化された主体を創出するメカニズムとしての「告白の複合体(confessionary complex)」は,

「無条件の従順,妨害されない検査,徹底的な告白」という「生政治のトリオ」に基礎をお く

41)

.これはまさに,バイオメトリック・ボーダーの本質が, 「告白の複合体」を通じて,身 体が主体化に関する十分な知識がないままに証言を迫られるような「同意なき告白」 ,あるい は「自動化された告白」という差し迫った状況のなかで見出されるといえよう

42)

.個人の身 体の主体化は,不断の自己内省を求める「持続的な監視」を媒介項としており,自分がどのよ うな人間であるのかを言語化する行為が「告白」であるとされる

43)

.しかしながら,バイオ メトリック・ボーダーを通過するうえで求められる「告白」には,個人を主体化する自己内省 の契機さえ存在しない.身体情報を通じたボーダーの「内面化」によって,人間のもつ人格性 や自己内省力などは捨象され, 「動物と同じような身体」あるいは「剥き出しの身体」のみが 対象化されることになるのである

44)

むすびにかえて

 このようにみてくると, 「ボーダーと身体を通じた統治」の全面化は,個人や集団が主権権

(7)

力にとって「望ましい存在」として存在するための諸条件の提示要求を行う一方で,その地位 や合法性の「身体的証拠」を絶え間なく求めてくる例証的世界を表象している.冒頭でも述べ たように,ボーダーが単なる地政学的な実線として機能するばかりではなく,ボーダー・セ キュリティのテクノロジー化にもとづく,非ボーダー空間の遍在化と変容が顕著になっている 今日の問題状況は,人間の意識と主体が身体から切り離されると同時に, 「自己」について物 語ってくれる「他者」の入り込む余地のないコード化されたテキストへと転換されてしまう可 能性を高くしているのである.

 「身体の情報化」が,テクノロジーの昂進化としてのバイオメトリクスの普及によって,セ キュリティの確保のための根本的なインフラ基盤になっていく方向性にはどのような問題が含 まれているのだろうか.専門的な知識を有する集団によってのみ解析される身体情報には,民 主主義的な正当性や政治的な応答責任も伴わない.ベックによれば,後期近代のリスク社会に おける核心的要素は, 「コントロール不可能なものに対してコントロールしているようにみせ

4 4

かける

4 4 4

方法」(傍点:原文)であるとされる

45)

.正常であると「みせかけられている」フロー のなかにいる人間集団は,安全にボーダーを越え,合法領域に収められる一方で,行動パター ンの「疑わしい」人間集団は,ボーダーでスクリーニングされ,非合法領域にカテゴライズさ れてしまう.そこでは,G・マークスがいうような「カテゴリーが作る疑惑」

46)

に支えられた 国家社会の統治原理としてリスクが用いられることによって,マージナルな地位におかれた個 人や集団が疎外されるのである.これは, 「新しい監視」の一形態であり,人間が実際にとっ た言動で判断されるのではなく, 「類似した」言動をとれば特定の注意が向けられることにな る.バイオメトリクスによる「アイデンティティのセキュリティ利用」が,果たして適切な身 元特定のシステムとなっていくのだろうか. 「観察者の主観的な眼」が「スキャナーの客観的 な眼」によって置き換えられるという主張

47)

には,この「観察者」の立ち位置と「客観性」

の中身によって,ふるいわけられる人間の定義(人種,身分,ジェンダーなど)が容易に変化 する可能性があるというプロファイリング的な視点を見逃しているように思われるのである.

※ 本稿は,2012 年度日本国際政治学会平和研究分科会(於:名古屋国際会議場)における報告「ボー ダー・身体・セキュリティ―北米地域の文脈」の報告原稿の一部に加筆・修正を加えたものである.

報告に際して,討論者の土佐弘之教授(神戸大学)

,黒田俊郎教授(新潟県立大学) ,前田幸男准教授

(大阪経済法科大学)から有益なコメントを頂いた.記して謝意を申し上げたい.

付記:本稿脱稿後,美馬達哉『リスク化される身体―現代医学と統治のテクノロジー』(青土社,2012 年)に触れた.このなかで,美馬は,社会学者

D

・アームストロングの議論を参考にしながら,「リス ク化される身体」を現代における監視の深化・拡大の問題の延長線上に捉え,「個人の身体に関する監 視からリスク化される身体を対象とした監視への変化とみなし」ている。こうした文脈では,「リスク 化される身体」は,個人の身体的形象と一致するものではなく,検査によってだされた数値,行動のパ

(8)

ターン,心理学的な特性,生活様式などによって,「数値化された心身情報の集合体」として理解され る.そして,美馬は,現代世界を覆いつくしているのは,「確実性」を上昇させるテクノロジーとリス クを予防する「安全保障」の装置であり,「身体に関するデータベースというサイバースペースに登録 された情報」が,テクノロジーの管理の対象であると主張する。ここでは,人間個人の身体が物質的身 体性ではなく,「内面的なき情報の束のポートフォリオ」に求められるという美馬の主張は,「リスク化 される身体」を通じた「統治性」問題に分析の射程をあわせることにもなり,本稿における問題意識を 発展させるうえでも有益であった.

 1) 

V. Kolossov,

Border Studies: Changing Perspectives and Theoretical Approaches

, Geopolitics,

10

,

2005.

 2) L. Amoore, “Risking it at the Biometric Border: Mobility, Limits, and the Persistence of Securitization”,

Geopolitics, 16, 2010; idem, “Biometric Borders: Governing mobilities in the war on terror”, Political Geography, 25, 2006; L. Amoore and M. de. Goede, “Governance, risk, and dataveillance in the war on terror

, Crime, Law, and Social Change,

43(2)

,

2005

.

日本語における研究として,以下がある.土 佐弘之『野生のデモクラシー』青土社,2012 年,とくに第 5 章「グローバリゼーションと境界にお ける再/脱領域化の生政治」

,拙稿「ヒトの移動と国境空間―リスク管理としての監視と『生政治的

国境』の出現」中央大学社会科学研究所研究報告,26 号,2009 年.

 3) 例えば,

E. Zureik and M. Salter, Global Surveillance and Policing: Borders, security, identity, Willan Publishing, 2005; W. Larner and W. Walters, Global governmentality: Governing international spaces, Routledge,

2004

.

 4) こうした点については,以下を参照されたい.水嶋一憲「境界のポリシング,境界のポリティク ス」『現代思想』

,Vol. 26-4,1998 年.

 5) B. Muller, Security, Risk, and the Biometric State: Governing through Borders and Bodies,

Routledge, 2010.

 6) 

D

・ライアン(田島泰彦・小笠原みどり訳)『監視スタディーズ』岩波書店,2011 年,訳者解説

(小笠原みどり)「監視を倫理的に問う」(329-337 頁)が参考になった.

 7) 

Cf. J. Tirman, ed., The Maze of Fear: Security and Migration after 9/11, The New Press, 2004 .

 8) B. Muller, “Borders, Risks, Exclusions”, Studies in Social Justice, 3(1)

, 2009, p. 69.

 9) 

L. Amoore and M. de. Goede,

Governance, risk, and dataveillance in the war on terror

, op.cit.,

「デー タベイランス(dataveillance)」とは,R・クラークによる造語であり,監視の支配的形態として,

実際に見聞きすることを介さずに,特定の目的のために個人のデータのみを観察することに基づい た監視活動の総体のこと.R. Clarke, “The Digital Persona and its Application to Data Surveillance”,

The Information Society, 10(2) , pp. 77-92.

10) 米国愛国者法 403 条,405 条,417 条などでは,連邦政府に対して国境の安全性向上のためにテク ノロジー利用を推進することが明記されている.

11) 

R. Koslowski, Real Challenges for Virtual Borders: The Implementation of US-VISIT,

2005

, Migration Policy Research Institute, 2005, p. 8.

12) 

J. Woodward et al., Biometrics: A Look at Facial Recognition, Santa Monica: RAND,

2003

, p.

1

.

13) J. Ross, “Datamigrants: Biometrics and the global security complex”,

Radical Philosophy,

140,

November/December

2006

, p.

11

.

14) 

Ibid., p. 14.

15) 

J. Ross,

Biometrics: Intersecting Borders and Bodies in Liberal Bionetwork States

, Journal of

(9)

Borderlands Studies,

22(2)

,

2007

, p.

81

.

16) J. Der Derian, “Virtuous War/Virtual Theory”, International Affairs, 76(4)

, 2000, pp. 784-787; J.Ross, ibid., p. 86.

17) 

J. Ross, ibid., p.

87

.

18) M. Foucault, The History of Sexuality, Volume 1, Penguin Books, 1979, p. 200.(渡辺守章訳『知へ の意志(性の歴史Ⅰ)』新潮社,1986 年)

19) G. Agamben, “Bodies without Words: Against the Biopolitical Tattoo”, German Law Journal, 5, 2004,

pp.

167-169

.

20) G. Agamben,

Homo Sacer: Sovereign Power and Bare Life, Trans. by D. Heller-Roazen, Stanford University Press, 1998 , p.

21

.

21) R. Lipschutz, After Authority: War, Peace, and Global Politics in the 21st

Century, Albany: State University of New York Press,

2000

, p.

1

.

22) 

Ibid ., p. 1.

23) U・ベック(木前利秋ほか訳)『グローバル化の社会学―グローバリズムの誤謬 グローバル化へ の応答』国文社,2005 年,

A

・ギデンズ(秋吉美都ほか訳)『モダニティと自己アイデンティティ―

後期近代における自己と社会』ハーベスト社,2005 年.

24) 

J

・アーリ『社会を越える社会学―移動・環境・シチズンシップ(新装版)』法政大学出版局,

2011 年,G・バウマン(森田典正訳)『リキッド・モダニティ―液状化する社会』大月書店,

2001 年.

25) A. Ceyhan, “Technologization of Security: Management of Uncertainty and risk in the age of

biometrics

, Surveillance and Society,

5(2)

,

2008

, p.

105

.

26) 

Ibid., p. 106.

27) 

C. Aradau and R. van Munster,

Governing terrorism through risk: Taking precautions,

un

knowing the future”, European Journal of International Relations, 13(1) , 2007.

28) Ceyhan, op.cit., p. 105.

29) 

M. Salter,

Imagining numbers: Risk, quantification, and aviation security

, Security Dialogue,

39(2- 3)

, 2008.

30) 

M. De Goede,

Beyond Risk: Premediation and the post

9

/

11 security imagination”

, Security Dialogue, 39

(2-3)

, 2008.

31) こうした点について,

D

・ライアンは,21 世紀における空港の役割に絡めながら,現代政府が抱 えるジレンマを次のように論じている.「空港を通過するグローバルな流れは,経済成長と『自由貿 易』に参加する必須条件であり,よって空港はそれらの流れを妨げない導管を提供しなくてはなら ない.しかし同時に,空港は,悪意を持った望ましからざる人物からの攻撃や侵入に非常に脆弱な 場にみえる.だから,自由な流れを確保するという最初のねらいとは矛盾するような方法で,厳重 に防御されなくてはならないのだ.」ライアン,前掲訳書,195-196 頁.

32) R. Koslowski, The Evolution of Border Controls as a Mechanism to prevent Illegal Immigration,

Migration Policy Institute,

2011

, p.

3

.

33) L. Amoore, “Biometric Borders”, op.cit., p. 337.

34) 

B. Chalfin,

Border Security as Late-Capitalist

Fix

””

, in T. M. Wilson and H. Donnan, eds., A Companion to Border Studies, Blackwell publishing Ltd., 2012, p. 287.

35) 

P. Adey, Surveillance at the airport: surveilling mobility/mobilising surveillance. Environment and Planning A 36(8) , 2004, p. 1375.

36) ライアン,前掲訳書,197 頁.

(10)

37) 

L. Amoore,

Biometric Borders

, op.cit., p.

337

.

38) W. Walters, “Mapping Schengenland: Denaturalizing the Border”, Environment and Planning D:

Society and Space, 20, 2002, p.

571. 同様の文脈において,N・ボーガン・ウィリアムズは,地政学 的ボーダーから生政治的ボーダーへの変容として捉えた.

Nick Vaughan-Williams, Border Politics:

The Limits of Sovereign Power, Edinburgh University Press, 2009.

39) 

H. Cunningham,

Nations rebound? Crossing borders in a gated globe

, Identities

11(3)

,

2004

, p.

147

.

40) M. Salter, “The Global Visa Regime and the Political Technologies of the International Self: Borders,

Bodies, Biopolitics,

Alternatives,

31(2)

, p.

180

.

41) 

Ibid., p. 180; B. Chalfin, op.cit., p. 294.

42) 

B. Chalfin, op.cit., p.

294

.

バイオメトリック・ボーダーには新しい側面も備わってきている.すな

わち,主体にとって認知することのできない情報の抽出・処理が,バイオメトリック・テクノロジー において前面に押し出されるようになってきたのである.本稿の冒頭で述べた指紋,虹彩,静脈な どのバイオメトリック情報には実体があり,個人の身体の一部として認知できるものである.しか しながら,最近では,個人の身体内部から放出される赤外線エネルギーのパターンという,人間の4 4 4 意識から離れた4 4 4 4 4 4 4

観察することのできない属性4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4(傍点:筆者)を追跡する「超感覚的な」バイオメ トリック・テクノロジーが,ボーダー・セキュリティに積極的に応用されるようになってきている のである.

43) こうした点については,以下が参考になった.大澤真幸『生権力の思想―事件から読み解く現代 社会』ちくま新書,2013 年,21-22 頁.

44) 同上書,25 頁.このなかで,大澤は,新しい権力の形式として,「管理型権力」(G・ドゥルーズ)

について言及し,人間を単なる身体として物理的に通行を規制する自動改札機を生権力の極端な装 置として挙げている.

45) 

U. Beck,

The Terrorist Threat: World Risk Society Revisited,

Theory, Culture, and Society,

19(4)

,

2002, p. 41.

46) G. Marks, Undercover: Police Surveillance in America, University of California Press, 1988. ライ アン前掲訳書,「訳語解説」

,320 頁も参考にした.

47) D・ライアン(田畑暁生訳)『膨張する監視社会―個人識別システムの進化とリスク』

,青土社,

2010 年,160-163 頁.

参照

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