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体験の基底としての時間と身体:精神病理学の観点から

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Academic year: 2021

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体験の基底としての時間と身体:精神病理学の観点から

野間 俊一

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京都大学大学院医学研究科

Abstract:  私たちは、日々つねに時間を意識しながら、時間を軸として生活している。しかし、 一人ひとりが同一の時間を生きているとは限らない。精神医学の領域で時間を主題的に扱った精神 病理学者に木村敏(『時間と自己』)がいるが、彼は時間感覚ではなく人びとが生きる時間性(時制) に着目し、統合失調症者にみられる先取り的な生き方を「アンテ・フェストゥム(祭りの前)」、う つ病者にみられる完了態としての生き方を「ポスト・フェストゥム(祭りのあと)」、てんかんや躁 病者にみられる現在に没入する生き方を「イントラ・フェストゥム(祭りのさなか)」と呼び、独自 の祝祭論を構築した。ただ近年話題になっている解離症者も自閉症者も、目の前の現在だけを問題 としながらも現実感の乏しい世界を生きていることから、現代では「コントラ・フェストゥム(祭り のかなた)」という生き方が蔓延しているともいえるだろう。イントラ・フェストゥムもコントラ・ フェストゥムも、現在という瞬間に没入している時制としては同じだが、前者が身体的なエネルギー を現在に集中させているのに対して、後者はエネルギーを拡散させ、浮遊的な身体感覚をもっている ことが特徴である。  コントラ・フェストゥムを生きる解離症者の時間体験を考えるにあたり、ベルクソンの記憶の逆円 錐図(『物質と記憶』)を参照しよう。ベルクソンは、現在と接する逆円錐の頂点で身体化された「手 続き記憶」を、現在から離れた逆円錐の底面で「エピソード記憶」を示し、頂点を生きる人を「衝動 の人」、底面を生きる人を「夢見る人」と呼んだが、この二つはそれぞれイントラ・フェストゥムと コントラ・フェストゥムに当たる。解離症者は現在から離れて生きる傾向があるため、身体感覚は不 鮮明で、さまざまなエピソード記憶を歴史の中につないでいくことが困難であり、そのためにしばし ばエピソード記憶の混乱としてのフラッシュバックに悩まされるのだろう。  現代を生きる私たちは、さまざまなツールからの膨大な情報に翻弄され、身体は現実をとらえ難 く、自己像もまた焦点を結びにくくなっている。今こそ、身体をあらためてとらえ直し、時間を歴史 の中で紡いでいく術を模索していく必要があるのではないだろうか。 連絡先:[email protected] 人工知能学会研究会資料 SIG-SLUD-B803 [招待講演1] - 63 -

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