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「分かち合い:贈与 :交換- 共同体 :仲間:社会」への序論

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■弘前大学哲学会 公開講演

「 分かち合い: 贈与 : 交換‑ 共同体 : 仲間: 社会」 への序論

丹野 正

は じめに

私がア フリカ熱帯雨林の狩猟採集民 ピグ ミーの調査を始めたのは1

973

年である.当時は コンゴ民主共和国 ( r t ] ザイール)の北東部 イ トウリの森に住むムブテ ィ ・ピグ ミーを調准 していた.その後,1

983

年か らはウバンギ川沿い ( 東岸のI Rザイール北西端および西岸の コンゴ共和国北部)に住むアカ ・ピグ ミーを調査対象 とした.

ムブテ ィの地域にもアカの地域にも,バ ン トウ系な どの焼畑農耕民の村が点在 し, ピグ ミーのどの居住集団 ( バン ド) も,近隣の農耕民の村 と社会的経済的関係を取 り結んでい る.それは どのよ うな関係なのか, とい うのが本稿のテーマである. ピグ ミーたちは,1 年の うちのある期間は村の近 くにキャンプをかまえ , 日 常的に村を訪れる. また村人も I

pJJ

様にピグ ミーのキャンプを訪れ る. ピグ ミーは村人の畑仕事その他 さまざまな仕事を手伝 い,また村人に頼まれた仕事をこなす.そのお返 しに,村人はピグ ミーに畑の作物を与え,古 着や古鍋,使い古 しの山刀,ナ イフ,槍な どの鉄製品,タバコや酒な どの晴好品を与える.

ピグ ミー も,狩猟で得た獲物の肉の一部を,村の自分のパー トナー (とここでは呼んでお く)に持 っていって与える.キノコや蜂蜜など,森の産物で村人も好む品物をピグ ミーが た くさん採取 してきた ら,それ らの一・ 部 も村人にあげている. ピグ ミー と村人は, I / ̲ いに 相手を自分たち とは全 く異なる存在 と考えてお り,少な くとも村人の方は, 臼分たちが社 会的地位 として ピグ ミーより 卜だ と考えている.それは ともか く, ピグ ミー と村人は,前 者か ら後者‑の仕事の手伝い も含めて, ピグ ミーが村近 くのキャンプに滞在 している「 剛ま

日常的に物を E 7 二 いにあげた りもらった りしている.

その

万,ある期間はピグ ミーたちは村か ら離れた森の中にキャンプを移動 し,森での 狩猟採集生活を営む.森の下生えを伐 り払って設定 したキャンプ地で,その外縁にそれぞ れの夫婦が小 さな小屋を作 り,夫婦 と子供たちか らなる家族はそれぞれの小屋に寝泊まり

し,小屋の前の焚き火で料理する.狩猟や採集で入手 してきた肉や植物性食物はそれ らを 得てきた者か らない者‑分けられ るだ けでな く,それぞれの焚き火で調理 された食物が少 しずつあの小屋‑ ( あの人‑) この小昆‑ ( この人‑) と配 られ,

局はキャンプ全体で 互いに分かち合われる.

ここまではムブティもア カも共通 している. しか し,ムブティの森のキャンプには , 肉

買い商人がや ってきて滞在する.伊谷

(1977)は,『人類の自然誌』の 「

編集後記」に,そ

のような際のあるキャンプの状況を次のように描写 している.

(2)

「 私は,深いイ トウリの森の巾で,ある 日の 夕方,私 の 目の前 に くりひろげ られたひ と つの情景を忘れ ることができない.それは,アペケ レのバン ドの大きなハンティング・ キャ ンプでのできごとだ った.森の巾にぽっか りとできた空き地には, ビー ・ハイプ状のムブ ティ ・ピグ ミ‑たちの革茸きの小屋が円形に並び,その片隅に肉買商人たちの凶角の小屋 が

3

軒ばか り立 っていた.陽が森の彼方に沈んで,森の狩人たちが

1

日の猟を終わ ってキャ ンプに帰 ってきた.人間の行動に,デ イスプ レ‑ とい う言葉をあてはめることが許 され る のな らば,その ときの肉買商人たちの行動を言いあ らわすのに,それは もっとも適切であっ た といってよいだ ろ う.

彼 らはバン ドウ一系のナンデ ィー族の人たちで,その 日い く龍 もの荷物をポーターにか っがせて このキャンプにた どりつき,狩人たちが森か ら帰るのを待ちかまえていたのであ る.商人は,狩人たちがかな りの獲物 をたず さえているのを見 とどける と,や にわに自分 の小 局 の巾か ら大きな寵をひきず り山 し,その中につめ込まれていた色 とりどりの占▲ 着を キャンプの広場にこれ よとばか りにひろげて見せたのである.

ムブテ ィたちは槍 をたず さえたまま嘆声を発 して立ちす くみ,やがて思い思いに競 って 自分の好みにもっとも合 うものを探 し求めた.そ して商人は,1 人

1

人のムブテ ィと忙 しく

談をは じめ,その 日の猟の獲物のほ とん どが,商人の小屋の前に次々に積み上げ られて いった.彼 らがヴェ トナム と呼んでいるこの古着のシャツ

1

枚には,ブルータイガー

3

頭,

4

頭 といった値段がついていた.彼 らはこの一瞬の幻惑のために,明 日の獲物 も明後 日の 獲物 も,肉買商人に手渡 さなければな らなかったのである.

肉質商人の指図で,小屋の裏手では幾人かのムブテ ィが動物の解体を手伝 っていたが, それは もはやムブティの肉ではなか った. もしムブテ ィの肉であるな らば,切 り分け られ てい く 一 片 一 片に,いろんな意味が こめ られているはずであった.た とえば,その 日の獲 物 のすべての頭 部は,その H の早朝に猟の火 クンギャを焚いた男の所有に帰す るこ とに なっていた し,彼 らの伝統的な分配法に従 って,その肉はバ ン ドのすべての人び とにゆき わたることになっていた. しか し,あのデイスプレ‑の瞬間に,文脈は流れ を変えて しまっ たのである.

これは, 当時入学院生だ った私がムブテ ィの調査を していた とき,師の伊谷が短期間私 の調査地 を訪れ,2人で数 日間このキャンプに滞在 した ときの様子である.ムブティの巾で もネ ッ トハンテ ィングを主な猟法 としているバン ドの森のキャンプには, このよ うな肉貰 商人が ときお りや って来るのである.彼 らはどこかの村の者つま り農耕民であって, ヒ渇 の例では古着を持ち込んでいたが,他に もバナナやキャ ッサバ,莱,キャ ッサバの粉な ど の畑の食料を大嵐に啓負 って来る者 もいる し,軽い現金を持 って訪問する者 もいる.彼 ら はムブティの獲物 をこれ らと交換 し,あるいはお金で員い とって,肉塊を数 口間焚き火の Lで乾燥 させて薫製肉にす る.彼 らはそれ を,遠 くの町まで背負って行って売るのである.

キャンプに肉買商人が滞在す る 閲 は,獲物の内臓や一部分の肉を除いて,ムブテ ィの獲

物の大部分が彼 らの 手 に渡 って しま うほどである.ムブテ ィは 自分たち白身を農耕民の「 村

(3)

人」に対 して 「 森の人」 と自称 し,森は豊かであ り,食料はい くらで もある と言 う.事実 女性たちが採集に川かければ,季節に応 じてさまざまな植物性の食物を豊富に得ることが できる.それで も,ネ ッ トハンテ ィングの場合には女性が勢 子の役をつ とめることも一▲ 閃 となって,キャンプに戻 った 目の前に畑の作物を見せつけられ ると,いわば衝動買いのよ うにそれ らと肉を交換 して しま うのである.つま りムブテ ィたちは,少な くともこのよう な場面では,物々交換 または肉 とお金 との交換であることを承知 した うえで , 肉を手放 し 相手の品物またはお金を受け取 っているのである.そ うはいっても,彼 らの交換は上掲の 伊谷の描写に見 られ るよ うに, さめた感覚を伴 った経済行為 としての交換 とは異なる雰囲 気を伴 っているのだが.ただ し彼 らは数 をかぞえ,品物の分量を数え,お金を数えること ができる.彼 らは肉を売って得たお金で,村で開かれ る市場や町の店で後 口何 らかの品物 を買 う.肉 と畑の食料や古着 との交換比率 も,それぞれの種類 ごとに相場がある程度定まっ ている.

ム ブテ ィと村人,アカと村人

ある とき,ムブテ ィの一人が私に , 肉 と畑の作物 との交換割合が,かつて村で交換 した とき と,今 I L ! I のここ ( 森のキャンプ)でのこの村人 ( 肉貰商人) とでは違ってお り,今回 の方が畑の作物の量が少ない,だか ら自分が損を してお り,彼 にだまされているのではな いか と不平をもらした ことがあった.私が このことについてその村び とに説明を求める と, 彼はみんなに聞こえるよ うに大きな声で,村 と森のキャンプでの交換割合が異なって) L ' 1 然 である理由を説明 した.要点は次のようであった. く村では,我々 ( 村人)に とって畑の 作物はす ぐ手元にあるのに対 し , 肉はおまえたち ( ピグ ミ‑)が遠 くの森で獲得 した うえ で,村まで遠路はるばる持 ってきた物である.他方 ここ森のキャンプでは,肉はここで得 られ る物であるのに対 し,畑の作物は我々が村か らここまで遠路はるばる運んできた物で ある.それ と交換 して得た肉も,l 司様に村まで我々が西負 って汗を流 して運ばなければな らない. したがって,交換の場 にやるまでにどち らが よ り多 くの汁を流 したかによって, そ こでの交換割合は違 ってきて当然なのだ.そ うではないか

?>

ムブテ ィたちはこの説 明に納得 し,不満 と疑惑は解消 したよ うであった.

こ うしたムブティ とは対照的に,アカたちは,少な くとも私が しば らく滞在 し調査対象

とした数カ所のアカの居住集団は,お金 とい うものを知 らず,だか ら当然亮 り買いを しな

い し,ある仕事の報酬 としてお金を渡 されてもそれの受け取 りを折再 していた.そ もそ も

交換 とい うこと,交換 とい う概念 と行為を彼 らは知 らない とい うか,拒否 しているように

私には見えたのである.アカの 惜 j では,互いに物をあげた りもらった りしている.既述の

よ うにアカ と村人の間で も, 日常的に物をあげた りもらった りしている.村人がアカの仕

事を手伝 うことはないが,アカは村人に頼まれれば仕事の手伝いを し,あるいは単に手伝

うのではな く,彼 ・彼女にかわって什事を してあげる.村人はアカか ら肉やその他を, ま

たは仕事の手伝いやサービスを

方的にもらいっぱな しではな く,頻繁に (と村人は言 う)

(4)

アカにいろんな物を 与えている.

村人たちは,彼 らとアカ とのこ うした物のや りとりを,いつ もどの場合で も交換 と考え ているわけではない. しか し, こうした物のや りとりの うちの個別のある場合には,村人 はこれは交換だ よと,私のこれ と ( 例えばある分量の畑の食物) とおまえのそれ ( 例 えば 肉)を交換 しよ うとアカに提示することがある. このよ うな場合で も,アカの方はこの場 合の物のや りとりが交換である と認識 し,他の場合 と区別 しているのか杏か,私には判然 としなか った.アカはこうした村人の申 しと 1 1 に応 じることもあれば断ることもある.相手 の品物が欲 しければ応 じるが,今はそれを持 っていて不要だ とい うときには断る.ただ し 前者の場合にも彼 らは交換比率 とい うことを考慮 しない.交換をもちかける村人の方は と うぜん これ を考慮 し

,

自分の提供す る物はできるかぎ り少な く,アカか ら得る物はできる だ け多 く得 よ うとする. しか しアカには,いわば損得 とい う考えがないかのようである.

アカは, 自分たち相互は もちろん村人 との閲で も,物はいつで もあげた りもらった りす るものであって,p E l 二 いにあげて当然だ しもらって当然なのだ と考えているのである.

調査地での私の滞在様式

ここで,私 とムブテ ィやア カ との問での物のや りとりについて も,述べてお く必要があ ろ う.ムブテ ィの調香時は,私 は

1

人または

2

人の村人を適訳や荷運びや料理な どな どの 調査助手 として雇い,ムブティのキャンプで も我々はいつ も複数の存在であった.そのた めに,我々 ( つま りは私) とムブティ との間の物でのや りとり, とくにムブテ ィの肉を私 が入手す る方法 としては,私がお金で買 うしかなか った.私が肉買い商人のよ うに物々交 換をするためには, さらに人手 を雇わなければな らなかった し,我々がムブティに肉をね だ るには,2人や 3人 といえども我々の数は多すぎた‑ ムブテ ィたちもそ う考えたに違 いない.

その後,アカの調査時には,私は

1

人でアカのキャンプに滞在す るとい う方法を とった.

私はアカに,ムブテ ィの調査時 と同様に塩 とタバコを少 しずつあげた.私はお金をもちろ

ん持 っていたが,食料はHに見えるかたちでは携行 しなか った.テン トもな しで,キャン

プでは私の小屋をつ くって もらった.女たちは背負 ってきた薪の一

; を私の小屋の前に置

いて くれ,私のバケツを侍 って行き水を汲んできて くれた.私は夕方にな り,暗 くなって

も料理を しないで,焚き火を前にアカの男たち と話 していた.その間に,女たちはそれぞ

れの小尾の前の焚き火で料理 していた. タンノ ( 私)は食物がない と判断 したのであろ う

女性の

1

人が,私に料理 した食物の 一 部を大きな葉 っぱに盛 って届 けて くれた.私がそれ

を うまい と言 って食べると,次々に料理を盛 った薬や 山がやってきた.ちなみに,村人は

アカか ら生の食料は受け とる ( そ して 自分たちで料理する)が,アカが料理 した食物は

Ll

に しない.彼 らの料理は料理ではない とみな しているか らである.アカの女性たちは ( も

ちろん男たちも) タンノが 自分たちの料理を食べるか どうか不安だ った らしい.その 日以

降,私は食料を心配す る必要はな くなったのだ った.女性が採集 してきた植物性食物は,

(5)

私にも分 けられた し,狩猟の獲物の肉は,小屋の数つま り家族の数に加 えてタンノの分 と して切 り分 けられ,その

一 つが私 に配分 された.

アカは数を数えない

ちなみ に,アカは数を数 えない

.1

か ら

5

くらいまでは数えるが,それ以上になる とた くさん としか 言わない.例えば

,

「 このキャンプに小屋はい くつあるか」と私がたずねれば, 答えは 「 た くさん」である. とはいえ,彼 らは決 して数え られないわけではない.私たち の数え方 と違 う方法を とるのである. とい うのは,狩猟のあ とで,獲物を解体 したその肉 をキャンプの家族 ( お よび タンノ)の数だ けの塊 に切 り分けるときに,間違 うことはない か らである.

次の事例 も,我々 とは違 う数え方を彼 らが とりうることを示 している.彼 らは集団での ネ ッ トハ ンテ ィング とい う方法を 1日に何回 も行 う.私が 猟 に同行 しない ときに,その

l

何L l Aこれを行ったかを教えてきて くれ と,年長者の男に頗んだ.キャンプに戻 ってきた と きの彼の答えは1 0回だ った.翌 日も1 0k i J だ った.その翌 日は,途 中で雨が降 り出 して,午 後早 くに戻 ってきたのに,それで も答 えは1 0回だ った.ただ し彼が苦 しい顔で答えている のは私 にもわか った. さらに翌 日,私は彼 に無理な要求を していることは承知の うえで, 今 日こそは何恒」 や ったか教えてきて くれ と頼んだ.みんながキャンプに戻 ってきた とき, 彼は晴れがま しい顔つきで私の前にきて,今 日はこれだ けや った といって,手に堪 ってい た 8 本の

10cm

ほどの長 さの小枝を私 に示 した.私はそれを数えて,今 t jは 8 L dや ったのか と問 うと,そ うだ と彼は答えた.彼は,ネ ッ トハンテ ィングを展開す るごとに,下' i : ̲ えの 小枝 を 1本ずつ折 って手に握 ったのであった.私は,私の無理な要求に対 して彼が答える ための二 L夫について感心 したが,それだけではなか った.私にはほぼl 司じ長 さと細 さと色 の小枝に しか見えなかったが,彼は最初のネ ッ トハンテ ィングはこの枝で,その次はこれ, その次が これで, と言いなが ら小枝 を順番に並べた.そ して第

の枝か ら順 に, この枝の

ときにどんな獲物を捕 らえ,誰が 何 の獲物をどんなふ うに逃が し,などといった詳細を, 最後の枝つま り最終

Ll]]

のネ ッ トハンテ ィングまで私に報J L‑ 1 したのである.それなのに,彼 の係の赤ん坊について,何 ヶ月まえに生まれたの と私が彼にたずねても,何 ヶ月だ っけか な としか答えなか った.彼 らは ( ・ 供 も大人 も, 自分や誰かが何 千であるのか誰 も知 らない.

彼 らは,年齢を含め何 ごとにつけい くつ とい うよ うに数を数えることは しない.にもかか

わ らず,誰が先に生まれ, どち らが後で/ I : ̲ まれたかは知ってお り,それで もってキャンプ

のメンバーの牛まれた順番,年上 と 年 下の順番,つま りは相対的年齢を説明す ることはで

きる.それだ けでな く,誰それが生まれたのはどこのキャンプに滞在 していた ときか, し

たが ってその後 どこに移動 した ときに誰が生まれたのかを通 じて, 当の居住集岡の もとか

らのメンバーの移動経路 も再構成す ることができるよ うである.

(6)

あ りが とうと言 うな

話が脱線 したが,私はアカに対 して交換 とい う形での物のや りとりを提示 しないように し,私が彼 らにあげることができる物は塩 とタバコぐらい しかなか ったが, しか もほんの 少 しずつだ ったが,それの見返 りを要求せずにあげるとい う態度を保 った.彼 らもまた私 に食物 も水 も薪 も与えて くれた し,その見返 りを要求することはなか った.私は彼 らか ら 物を もらいサービスを提供 され るたびに,いつ もつい 「 あ りが とう」 と言って しまった.

日本語の 「 あ りが とう」に相 当する語盤は彼 らの言葉‑ じつはその地域の村人の言語で, アカもムブテ ィも、 l ' J 該地域の村人の言語をいつの時代か ら母語 としている‑ にはない.

だか ら,彼 らが謝意を表わす必要がある ときは, フランス語の 「メルシー」 とい う語を用 いる.それで私 も 「メルシー」 と言ったのである.私が彼 らのキャンプに滞在 して何 日も たったのち,私が毎 日何回もメル シー と言うのを見かねたアカの年長者が,次のように私 に注意 した.われわれは互いに メル シー と言 うか.言わない.われわれはおまえにメルシー と言 うか.言わない.おまえはわれわれが物をあげるそのたびにメル シー と言 う.言 うな.わ れわれはおまえか らもらって当然であ り.だか らメル シー と言わない.おまえもわれわれ か らもらって当然なのだ.だか らメル シー と言 うな.黙って もらえばいいのだ.

贈与 と交換の相異‑ モース

では,人び とが 自分の ( または自分たちの)有する品物を二 h I いにあげた りもらった りす ることと, E l 二 いの品物を交換す ることとは,違 うのかそれ とも結局は同 じことなのか.そ して,結局はl 司じだ とい う場合,それは誰に とってなのか. 当の社会の人び と白身がそ う 考えているのか,それ とも, 当事者たちの考え とは独立に,客観的に観察 し考察 した第三 者たる文化人類学者の見解か.

文化人難学者の多 くは

,

l r r ' ] 一 者は一見 した ところでは異なるが,結局は同じなのだ と説明 する.つま り,物をあげた りもらった りの

g ive‑and‑ take

は,あげるか らに はもらうとい う意味でのg ive‑and‑ take で もあ り,前者を贈与,後者を交換 とは言 うが,または前者を一・ 椴的互酬性,後者を均衡的互酬性 とは言 うが,いずれに して も互酬性

(reciprocity)なのであ り,前者は,giveとtakeのr

制 こ時聞差のある交換 の一・ 種なのだ と. しか も彼 らは多 くの場合, 当の社会の人び と白身も贈与は結局は交換の

・ 種だ と考えているのだ とい うことを例証する (と考え られる) 当の社会の人び との説明 をつけ加える.

すなわち,未開社会においては,人び とは相手に物を与えねばな らず,与えられた人び

とはそれ を受 け取 らねばな らず ( 断 ってはな らない),そ して後 日必ず返礼を しなければ

な らない とい うことを,彼 ら白身が義務 として認識 していると.モースは彼の著名な 「 贈

与論」で,未開社会 も含めたいわゆるアルカイ ック社会の人び との問での互いの物のや り

とりが, こうした三つの義務を伴 うものだ とい うことを,文献研究を通 じて明 らかに した

(7)

( モース,1

925)

.そ して,それはなぜなのか とい うその理由 も説明 した.

ただ し彼は, こうしたアルカイ ック社会の物のや りとりは結局はモダン社会の人び との 閲での 「 交換

とr 司じだ と言お うとしたのではけっ してなか った.彼はその逆に,全 く違 うのだ とい うことを明確にするためにこれを書いたのである.そ してその違いは,アル カ イ ック社会における人び との間の関係 とモダン社会における人間関係の相異に起l 大ル てい るのであ り,しか もモダン社会の人び とも,アルカイ ック社会 と同様の人間関係を全 く失っ て しまったのではな く,それはモダン社会 において も水面 下で脈々 と生き続 けてお り,人 び との社会関係 としてはこち らの方 こそが根源的な関係なのだ, と彼は考えたのである.

彼はこ うした ことを検証するためにこの論文を書いたのだ った ( 丹野,1

993).

これ らのことは,モースに とっては比較研究の結果明 らかになった結論ではな く,む し ろ自明の事実だ った.贈与はモダン社会における交換 とは全 く性格のことなる行為であ り, 全 く異なる人間関係に基づきかつその違いを反映する行為であることを,彼は検証 しよう

としたのである.

しか し,彼の意図 とは正反対に,彼の後継者たちは,モース白身がアルカイ ック社会で のものの贈 引ま,結局の ところモダン社会における交換 と

rH

lじなのであ り , 「 交換の 一 形態」

なのだ とい うことを検証 しよ うとしてこの論文を害いた と,誤. 読し誤解 して しまったので ある.モースの弟子たちや他の文化人類学者たちが彼の 「 贈与論」をこのよ うに誤読 し, それゆえに彼を‑ 問題を解明 した とまでは言えず とも,少な くとも解明す るためのキー を後続の研究者たちに示唆 した とい う理由で‑ 賞賛 しだ した ときには,彼はそれは誤解 だ とは言えなか った.彼はすでに死んでいた ( 現実には死ぬ何年かまえか ら学者 としては) か らである.

モースは,未開社会の人び との間で交わ され る物のや りとりについて考察 した.それは

「 贈 与」であって,近代 市民社会の人び との間で

一 般的かつ普遍的に交わされ る物のや り とり 「 交換」 とは,異なる性格の ものだ と考えたか らである.1

920

年代の近代 市比社会 ・ フランス人の彼 に とっては, 「 交換」は説明を要 さない 自明のことだ った.彼に とっては む しろ, 当時 ようや く詳細な調査報吾が入手できるよ うになった未開社会での物のや りと り 「 贈与

こそが,その木質を分析 し解明すべき重大な課題だ ったのである. しか も彼は, それは未開社会の奇妙で珍奇な慣習 といった ものではな く,モダン社会で も水面下で脈々

と生きている人間関係の現象形態なのだ と,彼は確信 していた.

所有 ・交換 ・価値‑ ヘーゲル

モース とは逆に,彼 よりお よそ1

00

年前の ドイツで,ヘーゲルは,近代市民社会の人び と

が取 り交わす 「 交換

とは,そ して同 じことだが 「 物の所有」 とは,あるいは 「 物の所有

者」たる 「 人格

(person)

とはいかなることかを,『法の哲学』で考察 した.

18

世紀末か

ら1

9

世紀にかけての停滞 した ドイツにあって,彼はより西方のフランス,イギ リス,ア メ

リカでまさに革命的に展開 しつつある近代市民社会に目をこらしていた.そ してその社会

(8)

はどんな原理に基づ く社会であ り,その社会の市民つま り人r f 削まいかなる存在か,いかな る関係を とり結ぶ存在であるかを検討 した.

彼は 『法の哲学』 ,つ ま り近代市民社会 における人間,お よびその法つ ま り権利 と正義 の哲学を,

nl1

1 で独立な意志 と精神,お よびそれを体現 している昔としての人間 ( 人格 ・

person)

か ら展開 しは じめる.それは物の所有者 としての人間である.彼は抽象的な人間 か ら論を展開す るが, この 自由 ・独立な人間は, ロビンソン ・クルー ソーのよ うな 一 人 ばっちの人間ではない.社会的な存在であ り,彼 と同様に白山 ・独立な人間 と関係を とり 結びつつF f : ̲ きる存在である.

彼 らは, 相 互の同意に基づ く契約によって【 E 7 二 いの所有物を取 り交わす.彼は契約を二種 類に区分す る.一方を形式的契約,他方を実質的契約 と彼は呼ぶ.前者が 「 贈与」であ り, 後者が 「 交換

である

,

「 贈j

i」

とは,一方が 自分の所有物を手放 し ( 譲 り渡 し),他方が それを受け取る とい う相 b: 行為である. これは,次の交換 との対比でいえば

,2

人の当事 者AとBの間で,Aが 自分の所有物であったある品物ⅩをBに譲渡することによって,A はⅩを失い,

B

はⅩを得る ( それは もはや

B

の所有物である) とい うことである. しか も 互いに 日日 l・独 立な意志を冶̀ す る人格相互間の同意によることは もちろんである,ただ し,

‑ーゲルにとって 「 贈与」は関心の的ではない. 「 交換

こそが市民社会の基盤なのだ.

「 交換

とは,ある品物 Ⅹを所有す るAと,別の品物Yの所有者であるBとの閲で,A

B

Ⅹを 手 渡 し, BはAにYを譲 り

渡す とい う,双方向的な物のや りとりである.しか

しこれは,口に見える うわべの現象の説明にすぎない,と彼はつけ加 える. この交換によっ て,AはⅩを失い, Ⅹ とは別のYとい う品物を得る.同様にBもYを失 ってそれ とは異な るXを得る. しか しこれは,見かけ」・ . のことであって, じつは,AもBもともに,交換の 前 も後 も同じものを所有 しているのであ り,同じものの所有者であ り続 けるのだ, と彼は 言 う.‑‑ゲルは,私 はそ う考える とここで述べているのではな く,市民社会の人び と白 身がすべて,意識する しないにかかわ らずそ う考えているのだ と指摘 しているのである.

もしそ うでなか った ら,それは一方がそれ まで以上のものの所有者 とな り,他方は交換の 前 より以下の ものの所有者 となって しま うことを意味する.それはもはや 「 交換」ではな

く, 「 不法」な ( 不正義な)行為であ り,詐欺である.

では,交換の前 と後でその所有者を変えるⅩと Yとい う具体的な品物 と異なる,AとB ともに所有 しつづける同 じもの とはなにか. 「 それが価値なのである」 と彼は言 う.彼は 次のよ うに説明 している.

「 実質的契約においては,両者のいずれ もが持 ってや って果てかつ手放すその同 じ所有を

保持するとい うわけだか ら, しか も双方の外在的な品物は交換に際 してその所有者が変わ

るわけだか ら,契約において所有物それ 自体であるであるもの としてのこの同 一 であ りつ

づけるものは,外在的な もの とは違 う別の ものである.それが価値なのである.そ してこ

の価値 とい う点では,契約の対象物は,諸物のあ らゆる外面的な質の違いにもかかわ らず,

互いに同 じなのであ り,諸物に内在する普遍的な ものなのである (

§63).

」( ‑ーゲル 『法

(9)

の哲学』

§77

,丹野私訳)

この引用文の末尾に

「(§63)」とあるのは,価値についての説明は, もっと以前の §63

に述べてあるか ら,そこを参照せ よ, とい う意味である. この §

63

は,あるもの ( さまざ まな品物) とその所有者たる人 ( 人格) との関係についての分析のなかの一節であって,

「 交換」 とはまだ無関係な段階での価値の考察である.だか ら‑ーゲルは,物の価値を, 交換 とは無関係に, ものの所有者たる人間 と諸物 との関係のみか ら抽H1しようとしている.

つま り,人間が もつ さまざまな欲求 と,その個々の欲求を満た して くれる個別の多様な品 物の有用性,諸物の個別具体的な使用価値 とその関係か ら,いわば人間の欲求一般に対す るものの有用性 一般 とい う論理で,諸物に共通に内在す る価値なるものを導き出 している.

商品 ・交換‑ マルクス

これはおか しい,‑‑ゲルの論理は逆立ち している,逆立ち して論理をあべ こべに展開 している.マルクスはそ う考えた.だか ら彼は,‑‑ゲルの論の展開 とは全 く逆方向に, 論坤を探求 した.‑‑ゲルが逆立ち しているのだか ら,その逆 こそが直立 二足歩行の論坤 展開なのだ と彼は考えたのである.

ヘーゲルは1

821

年に 『 法の哲学』を出版 し,1

831

年に没 した.1

817

年/ i : ̲ まれのマル クス は,2

0

才代前半に‑‑ゲルの哲学に傾倒 した,ただ し逆向きに.彼は1

867

年に 『資本論』

第 一 版を山 し

,1873

年の第二版で,最初の部分を全面的に書き改めた ( 読者によりわか り やす くす るためだ と彼はことわ っている) .

‑ーゲルは 『法の哲学』を, 白巾かつ独立の意志 ・精神か ら,そ してそれを生身の身体 に体現する人間か ら,すなわち白H1・独立の人間か ら展開 しは じめた.だか ら‑‑ゲルの 人間 ( 人格

person)

は,は じめか ら,物

(sache)

に対す る人間, ものの所有者 としての人 間であ り,彼 らは交換によって互いの所有物を譲 り渡 しかつ受け取ることになる.

マルクスは, これは逆だ と考えた.つま り人間は,人類の長い歴 史 Lのある時点で,あ る社会において 自由・ 独立の意志をもつ者 となったのであって,は じめか ら ( または本来) そのよ うな存在だ ったわけではけっ してない, と考えたのである.だか ら,個々の人間が 物の所有者だ ったのではな く.だか ら,個々の人l 馴 臼互が物を 「 交換」 していたはずはな い.歴史上のある ときか ら個別の人間 としての物の所有者が現れ,彼 ら相互間の交換が始 ま り,そのよ うな人び ととその社会が広が り,一般化するに至 ったのだ と.

交換 と共同体

マルクスは次のよ うに述べている.

「 諸物は,それ 自体 としては人間

(Mensch)

に とって外的

(auBerlich)

な ものであ り,

(10)

したがって譲渡 しうる

(verauBerlich)

ものである. この譲渡することが相互的である ためには,人び とはただ黙 ってその譲渡 しうる諸物の私的所有音として相対するだ け で よく,また,ただ 単にそ うや って互いに独立な人格

(person)

として相対す るだ け でよい. とはいえ, このよ うな L i 二 いに他人

(Fremdheit)

であるとい う関係は, 自然発 生的な共「 司休 (

Gemeinwesen)

の成員に とっては存在 しない.その形態が家長制家族 とか,イン ド古来の共同体

(Gemeinde)

とか,インカ国な どなどであって も同 じこと である.商品交換は,共同体の果てるところで,共同体が他の共同体 と, または他の 共l 司体の成 員と接触する地点で,始まる. しか し,物がひ とたび対外関係において商 品になれば,それは反作用的に内部的な共同生活 (

Gemeinleben)

において も商品にな る.」 ( 『資本論

原ページ

102

,岡崎訳

1178

,ただ し一部丹野改訳)

この文章のは じめの部分は,『法の哲学』でのヘーゲルの考察 と全 く一致 している. 「と はいえ,」以下がマル クスの見解である. 「このよ うな二 F J 二 いに他人である とい う関係」 とい うのは

,二

いに見知 らぬ人 ・よそ者 とい う意味ではない.相月: に自由独立な存在 とい う意 味である.そ して, このよ うな互いに 自由独立な存在だ とい うような関係は, 自然発生的 な共同体の成 員に とってあ りえない関係だ とい うのである.

また,

商品交換」は

,「

物の交換」とも,す ぐあ との引用文のよ うに 「 生産物の交換」

とも言い換えることができる. もろもろの物はは じめか ら商品なのではな く,交換を通 じ ては じめて商品にな り, または交換の対象 となる物を商品 と呼ぶのだか ら.彼は,共同体 内では交換は存在 しない,それは共同体の果てる ところで,共同体 と共l 司体が接触す る地 点で始まる ( 論理的には)のだ し,歴史的にもそのよ うな地点で始 まったのだ, と考えた.

このマルクスの考察 を換 言すれば,物の交換が牛 じる ( 行われる) ところ,そ こが共同 体の果て ・境界だ,その内側がすなわち共同体だ, とい うことである.つま り, どこまで が共同体の内側で, どこがその果て ・境界かは, この社会の人び と自身に とって もあ らか じめ別のなん らかの要因によって定 まっているわけではないのである.だか らこそ,彼は 上掲の引用 の最後の文章 を続 けたのである. 「しか し,物がひ とたび対外関係において商 品になれば,それは反作用的に内部的共同生活において も商品になる.

とはいえ, こ うした ことは原子核反応のよ うに連鎖的に進行するわけではない.おそ ら く,内側の成員の間では交換を排除す る ( 排除 しよ うとする) とい う意味での共同体の果 てを,ある社会はできるだ け遠 く‑設定 しよ うとしたはずであ り,また,結局はこれ と同 じことであるが,ある社会は反作用的に内部に浸透 して くる交換を,ある範囲まで くい止 めよ うとしたはずである.

マルクスは別の箇所で次のよ うにも言 う.

前に も述べた よ うに ( 上掲の引用文を指す 一丹野注) ,/ ヒ産物交換はいろいろな家族

や種族や共同体が接触す る地点で発生す る.なぜな らば,文化の初期には独立者 として

相対す るのは個人ではな くて家族や種族な どだか らである. ( 原ページ

37

2,岡崎訳

461)

(11)

このような共同体の好例 として,マル クスは しば しばイン ドの古来の共

l

司体に言及する.

当時 イン ドはイギ リスの植艮地であ り,イギ リスにはイン ドについての情報は豊富に 集

まっていた. ドイツを追われたマルクスは長年イギ リスのロン ドンに住んでいた.

社会的分業は商品生産の 存 在条件である. といって も

, 商

品生産が逆に社会的分業の 存在条件であるのでない.古代イン ドの共同体では,労働は社会的に分割 されているが, 生産物が商品になる とい うことはない. ( 原ページ56,訳5 7)

マル クスが例 としてあげるイ ン ドの共同体は, 「 古代イン ドの」ではな く, 、 l 川寺の現在 の共同体であ り,それは,イン ド古来の性格を保ち続 けていた共同体だか ら例に引 くので ある.彼 は別の箇所で, 「 た とえば,部分的には今 日なお持続 しているイ ン ドの太古的な 小共

体は,‑

」( 原ページ378,訳468)とい う書きL I 廿 で,かな り詳 しい説明を している.

また彼は,共同体内の人び との 閲 での分業,つま り相互にじかに ( 無媒介に)社会的関 係にある人び との間での分業‑ 交換を伴 う,間接的な社会関係を とり結ぶ人たちの間で の分業の対極 としての‑ について,以下のよ うに述べている.

共同的な,すなわち直接に社会化 された労働を考察するためには,われわれはすべての 文化民族の歴史の発端に見 られるような,労働の自然発生的な形態にまで さかのぼる必要 はない. もっと手近な例は, 口分の必要のために穀物や家畜や糸や リンネルや衣類な どを 生産する農民家族の素朴な家長制的な勤労である. これ らのいろいろな物は,家族に対 し てその家族労働のいろいろな生産物 として相対するが, しか し,それ ら白身が互いに商品

として相対は しない. これ らの牛産物を生み山すいろいろな労働,農耕や牧畜や

績や織 布や裁縫な どは,その現物形態のままで社会的な諸機能である. とい うのは,それ らは商 品/ F ̲ 塵 と同様にそれ 白身の 自然発+. 的な分業を持つ家族の諸機能だか らである.男女の別 や年齢の相異,また季節の移 り変わ りにつれて変わる労働の 自然的諸条件は,家族のあい だでの労働の配分や個々の家族成員の労働時間を規制す る. しか し,継続時関によって計 られる個人的労働 ノ Jの支出は, ここではは じめか ら労働その ものの社会的規定 として現れ る. とい うのは,個人的労働 力がはじめか らただ家族の共同的労働 力の諸器官 として作用 す るだけだか らである. ( 原ページ92,訳1 04)

これはかつての ヨー ロッパの農村にも存在 した家族,それ も拡大家族をイ メージ してい

るが, この文章 中の 「 家族」を 「 英同体

と読み替えて も全 くさしつかえない とい うわけ

だ.では, これまでたどってきた脈絡における (F l然発/ Ⅰ 二 的な)共同体 として,マルクス

はどのよ うな輪郭の, どのよ うな秤で結ばれた集r l f l( 空間的または非空間的な)を思い描

いていたのだろ うか.

(12)

モルガンの 『古代社会

『資本論』執筆 当時のマルクスには,未開社会についての詳 しい情報はまだ得 られなかっ た.まだ文化 ・社会人類学 とい う学問分野がなかった し,未開社会の現地調査 もまだ進展

していなか ったか らである.彼の主題はまさに近代 市民社会を解剖す ることだ った.まも な く ドイ ツもその中に巻き込まれ るであろ う西欧モダン社会を徹底的に解剖分析 しよ うと した.そのために,個 々人が 自由独立の人指1( 人

格person)

となる以 前の,アルカイ ック な社会における共同体の様相 と人間関係のあ り方を知る必要があったのである.それは,

『資本論』第二版を刊行 したあ とで満た された.彼はモルガンの 『古代社会

』(1877)

1881

年前後に人手する と,英文のそれを ドイツ語に訳 しなが ら克明な抜粋ノー トをつ くっ た.彼がモルガンの 『 古代社会』に異常なまでの関心をもったのは,上述のよ うな経緯が あったか らである.ただ し,彼は手書きのままの抜粋ノー トを残 しただ けで,『 古代社会』

についての彼 自身の見解はなに も執筆公表す ることな く

,1883

年に没 した.

‑‑ゲル もマルクスも,西洋世界の歴史については 巾 世か らさらに古代 ローマや古代ギ リシアまで遡ることができた. しか し文献で遡 りうる古代 ローマや古代ギ リシアの社会は, 小規模 とはいえすでに都市社会だ った.その社会は都市内のい くつかの地区によって区分

され,社会組織は人び との居住地区を単位 として組み立て られていた.そ して, この居住 地区の住民たちは もはや共同体をな してはいなかった.いわば̲ L f ̲ いに白山独立な個人 ( 家 族)たちの地区的な寄 り集ま りだ った. しか し, さらに古いそれ以前の時代には,別の社 会組織が存在 した らしい.それ らは どのよ うな組織だ ったのか.それが文献資料か らは不 明なままだ った.

モルガ ンは,ア メリカ北東部のイ ンデ ィアン社会が家族 ・氏族 ・部族お よび部族連合体 とい う重層的社会,重層的共同体を形成 していたことを発見 し,かつ,詳細が不明なまま であった古代ギ リシア ・ローマのより古い社会組織 とは, このよ うな組織だ ったのだ と,

『古代社会』で発表 したのである.それはまさに社会的 ・経済的 ・政治的な組織であ り共 同体であった. さいごの 「 共同体であった」 とい うのは私の付加である.おそ らくマルク スも,『古代社会』を読んでそ う考えたであろ う.

彼 らイ ロクオイ連合体のイ ンディア ンたちも,具体的には互いに離れた集落を形成 して f f : . 活 していた. 日常的には集落間での物流はほ とん どなか ったはずである.ただ し人び と が互いに訪問 し長短 さまざまに滞在す ることは しば しばあった.彼 らはその際にも, 自分 たちの食料その他を相手の迷惑にな らないよ うに背負 ってい くといった ことは しなか った であろ う.物は自分で背負 って運ぶ しかなか ったのだか ら,その員は限 られ る. しか も何 回 もそのために往復するな どといったことは しなかった.ただ し,なん らかのいわばお土 産は携えていって, 相 手に渡 したか もしれない. もちろんそれは交換のための ものではな

い .

とす ると,共同体は鰻重に も広がることになる.交換はどこで行われるのか.それが生

じる共同体の果て,共同体 と肘 司体の境界は, どこにどのよ うに して当の人び と白身が設

(13)

定す るのか.換言すれば,あ らためて共同体 とい うものをどのよ うに概念規定 した らよい のか.マル クスは 『 古代社会』を読んで,きっとこの間題を考えたに違いない.

といって も,共同体 とい うものに対す るそれ までの彼の考え方が ぐらついたはずはない.

む しろ,彼に とって具体的な共同体を過去に投影 して,抽象的にイ メー ジしてきた 「「 ]然 発生的な共同体」は,その果てる ところで 「 交換」が生 じるとい う意味で互いに独立の, 互いに他者

(Fremdheit)

である とい うだ けでは,其l 司体お よびそれ ら相互間の関係は必要 十分に とらえきれない とい うことがはっき りしたのだ.近代市民社会を解剖するために必 要 となる過去‑の言及 とい うレベルでは, これで 卜分だ った. しか し,かつての社会,あ るいは共同体それ 白身 とその間の関係を本質的に考察する となると,それだ けではすまな くなった.共同体のl 訓こ物流がある とした らそれは交換によるだ けで,その意味で共

l

司体 は相互に独立で,交換による物流 とい う点を除けばそれは独 立̲ 系であ り閉 じた系である, I

と言ってすますわけにはいかな くなったのである.

共同体 と通婚‑ ?交換

ここに,過去のある一つのアルカイ ックな社会, または未開社会が広がっている としよ う.そ こでは,一方では,人び とが交換 を行 うとした ら,それは共同体の果てで,共同体 と共r 司体の境界が生 じる,始まる. しか し,ひ とたび共l 司体隅」 で交換が行われ るようにな れば,やがてそれは反作用的に共同体の内部にも浸透 し,内部的共同生活で も物は交換に よってや りとりされ るよ うになる.他方では,現にこの社会の人び とは家族か らは じまっ て幾重かの其l 司体を保持 しているが, どの レベルで も物は相互に交換によらずに檀接に動 いている.では, この 社 会の全体が一つの共l 司体だ と見なせればそれでよいのか. この社 会が孤島だ った り,陸の孤島をな していればそ うもいえよ うが,それは 一般的状況ではな

い .

この社会の人び とは,大な り/ いな りの集落やキャンプをつ くってf H舌している.それ ら は二 F l 二 いに空間的に隔たってお り,相互間での物流は,それが交換か杏かにかかわ らず上述 のよ うに 日常的な ものではない.ただ し,人び と白身は相互に訪問 しあい,滞在する.彼 らは相互に,相手は どの村の者であ りどの集団の成員であるかを識別 している.そ して 自 分たちの村や集団 と相手の村や集倖は が どのような関係で結ばれているのかを知 っている.

これ らの村や集団 閲 では,七二 いに訪問 し滞在するだけでな く,j J I いの成員が婚姻を通 じて 移動する とい う意味で,人が交流 しているのである.共同体 と共同体の問には,人間の相 F l 二 交流が必ず存在するのだ. しか も彼 らは,意志をもたない物 とも,物

l

司然の もの‑ 奴

′ 隷‑ ともけっ してみな されてはいない.彼 らない し彼女 らは,だか ら,集何問で交換 さ れ るのではけっしてない.

婚姻が じつは集団 問 での女性 ( ない し男性)の交換なのだ といった考えは, レヴイ‑ス

トロース

(1949)

をはじめ とする文化人類学者たちのまことしやかな とんで もない誤解で

ある.そのよ うな考え方 ( 理論 ?)は,ず っと昔の敵 との政略結婚をや りとりした王侯質

(14)

族や らの時代か ら存在 した.彼 らは人

芋以前の理論的かつ実践的な人類学者だ ったこと になろ う.

しか し, これ も誤解である.政略結婚を取 り交わ した当事者たちは,i Lいに女性を交換 しよ うとしたのではない.自らの親族の女性を柏手に与え,贈 り,または献上 しよ うとし,そ れ をあ りがた く旧戴するか,受け取るか,受納するかを問 うたのである.互いに対等な立 場でか,上下の関係に入 り込むかは ともか く,彼 らは

方向にであれ双方向にであれ,女 性を交換ではな く,与え,受 け取 る とい う行為 としてこれを行った.そ うす ることによっ て,互いに独立 した他 音である快・ J 係か ら,相 J I 二 にr F l I 接の関係に切 り換わろ うとしたのであ る.た とえそれが欺瞳的な関係だ った として も.

初源の人 H 桐 1 二 会は,集 川惜 」 で女性 を交換することによっては じめて成立 した とする見解 も,人類学者の誤解である. この見解は,彼 らが 相 柚 こ女性を交換する以前か ら,集凹を つ くっていた と考える. しか も交換以前なのだか ら集F f l 問での人的交流はない.集団は相

F

I 二 に/ +‑ . 活の場の獲得 ・確保をめ ぐって敵対 している.だか ら集 川 は閉鎖r I / Jである.だか ら この段階での彼 らの通婚または性的関係は集 付 1 の内部で閉 じていた. このよ うな前提か ら, 彼 らの議論はL I J J 発する.

こうした集開聞の敵対関係を断ち切 って,相互の親和的な 関 係すなわち初源の 社 会関係 を とり結ぶには,それぞれが所有 しかつ相手に とって も貫重ななん らかの財 , 宮を交換す

ることが必須であった.だが初源の時代の人間たちには,交換 に値するよ うな貴重な財物 はいまだなにもなか った. 自他 ともに とって貫重な もの として有するもの といえば,女件 だけだ った.そ こである とき,彼 らは矧 寸l 内の女性 を断念 し,それを相手の集剛 こ胴 り, 他集

の女性 を受 け取ることに した. 「この手放す ことが相互的であるためには,人び と はただ暗黙の うちにその手放 され うる諸物の私的所有考 として相対するだ けで よく,また, まさにそ うす ることによって / J 二 いに独立な人 ( この場合は集団‑丹野) として相対するだ けでよい」 ( マルクス,脱1

02

,訳1

17)

. もちろんマルクスはこんなことは考えなか ったが, 彼 ら人類 学 者はこんな風 に考えたのだ.

こ うした誤解 はなにゆえ+. じたのか.理

の第一は L述のよ うな前捉条件である.

初 ( は じめ)に集 梓l あ りき」であ り,それ ら 「 集団」は独立一一 つ ま り孤立 ・無縁 ・内 閉 ・敵対‑ であ り, 「 関係はのちに生ず」,関係は相J Lの

志の一致つま り集 睦 日 田の同意 と契約 によって 自ら創

した ものである, とい うわけだ.理由の第 二 は,近代市民社会に 脳みそまで毒 されて しまった学者が, 人と人または集団 と集

「寸

1 の間の物 ( 富や財)の授受 は結局は交換なのだ,贈与 ( の授受)は じつは交換の 一 形態なのだ とい う自分たちの考え を

,時空

を超えた普遍的な考え方 として適用する思考法である.

商品の分析‑ ?価値

話 しを もとにもどそ う.

マル クスは 『資本論』を,商品の分析か ら始めている.冒頭に彼は次のよ うに言う.

(15)

資本主義的生産様式が 支配的に行われている社会の富は, 一 つの 「 し 上人な

商品

の集ま り」 として現われ, 一 つ ・ つの商l l . F l は,その富の基本形態 として現われ る.それゆえ, われわれの研究は商品の分析か ら始まる. ( 原ページ

49

,訳

47)

既述の よ うに,マルクスの本 書での 目的は近代市民社会 の徹底解剖である. この社会で は資本上義的な生産様式が 支配的であ り ( 優勢であ り

Herrschcn)

,そ こでは人び との宮は 商 品 とい う姿かたちを とり, 商品が富の基本形態 とな っている.だか ら, まずは

商品な るもの」の分析か ら始めよ うとい うのである.

ただ し, この文章を換言す る と,彼は次の よ うに

えてお り,それ を言外に示唆 してい る.すなわち,近代 l 有民社会 において も,資本主義的ではない生産様式がマイナーにな り 社会の水面下に没 しているが,行われていること ;近代 市民社会以外にまたは以前に,別 の/ +A J 塞様式が 中越 していた別の さまざまな社会が存在す る (した) こと ;その よ うな社会 では,富 とその基本形態は商品 とい う姿かたちを とらなか った こと ; 商 品は もとか ら本来 商品だ ったのではな く,歴史上のいつ ごろか らかある社会 またはある社会的状況の下で商 品になったのであ り,ついには当の社会 にお ける宮は大部分が

品 とい う姿かたちを とる

とい う社会が川現 した こと ;な どである.

「 それゆえ」 に,彼は商F I F T の分析か ら, 「 商品 」 とはいかなるものかの分析か ら,本 書を 書きは じめた.だか ら,そ こにはその分析結果が示 されているが,同時に,嵩が

商ll

古とい う姿を とる以前の社会 と,そ こでは富は どんな姿かたちを とっていたかについて も,彼は 直接にまた間接的に 言及 している.ただ し後者についての言及は必要最小限に とどめてい る.後音は本書のテーマに直接関係 しない し,マル クスに とって後昔の方はなに も不思議 な世界ではなか ったか らである.彼に とって摩討不思議なのはむ しろ前者の社会のあ りよ

うであ り,その奇妙 さを 当の社会の人び とが少 しも奇妙 と感 じていない とい うその‑んて こさを解明 しよ うとしたのである.だか ら彼は,第 1 章 「 商品」で 商l V ) の分析を展開 した あ とで,次の よ うに 言っている.

「商

品 は, 一 見

, FIH

J l な 、 付 しな ものに見える. 商品の分 析は,商品 とは非常に‑んて こな もので形而上学的な小理屈や神学的な小 言でいっぱいな

ものだ とい うことを示す.」 ( 原ペ ージ

85

,訳

96)

では,富が商品 とい う形態を とらなか ったi J 二 会では,富は どのよ うな姿かたちを とって いたのか.人 側 に とって 有川 な さまざまな種難の艮休的な品物である.話 しはやや こ しく なるが ドイツ語では品物 も商品 も

rH

lじ 母語

ware

である. I ‑ . の文章に続 けて彼は次のよ うに 要約す る.

品が使用価伯であるかぎ りでは ( つま り 商 品ではな く有用な品物である限 りでは一

丹野注) ,その諸属性によって人間の諸欲望 を

足 させ る ものだ とい う観点か ら見て も,

あるいはまた人間労働の/ 仁魔物 としては じめて これ らの屈性 を得 るものだ とい う観点か

ら見て も

,商 品

( つ ま り

ll"

J J 物 一丹野注)には少 しも神秘的な ところはない.人 閲 が 自分

の活動によって 自然素材の形態を人「 制 ことつて有利な 什 万で変化 させ る とい うことは,

(16)

わか りきったことである.

(原ペ ー ジ

85 ,訳96)

そ して彼は, こ うした使用価値つま り人「 紬ことって有用な品物 とは,本来次のよ うな も のだ と言う.

使J H価値は,ただ使用 または消費によってのみ実現 され る.使用価値は,富の社会的 形態が どんな ものであるかにかかわ りな く,官の素材的な内容をな している.

(原ペ ー 50

,訳4

8‑9

,傍点は丹野)

何 ら不思議な ところのない こ うした品物,その 同 じ物が

,商

品 として現れ る と,それは「 非 常に‑んてこな もの」に化けるのだ.それはなぜ, どのよ うに してなのか.彼は続 けて, 次のよ うにその分析の糸 「 1を提示する.

われわれが考察 しよ うとす る社会形態 にあっては,それ は l 司時に素材的な担い手 に なっている‑ 交換価値の. ( 同上)

つま り,その社会では品物は単に品物であるばか りではな く,それ らは別の品物 と交換 す るための もの ( 商品)だ.別の品物 と交換するそのために汗を流 して生産 した ものだ, とい うことである.その社会にあっては,品物は個別具体的な使用価値であるばか りでは な く,それ らは交換価値なるものを も内包 しているのである. 当の社会の人び とはこのよ うに考えている し,彼 らを代表 して経済学者たちがそ う明確に述べている. しか しマル ク スは,それはあなたたちのよ うな社会形態にあってこその話なのです よ, ともここで同時 に述べている.「 それは同時に素材的な担い手になっている‑ 交換価値の.」( 傍点は丹野)

つま り, 「 使用価値は,富の社会的形態が どんな ものであるかにかかわ りな く ( いつの, どこの, どんな社会であれ),富の素材的な内容をな している」のだが,われわれが考察 しよ うとするこの社会ではそれが,同時に交換価値なるものをも担わ されている.担わせ ているのは もちろん この社会の人び とである.に もかかわ らず,彼 らは 自分たちがそれを

品 物 に担わせているつ も りは さらさらない.彼 らは,品物 自体が交換価値一一 ひいては

「 価値」‑ を,物それ 白身の属性 として もっているのだ と考えて考えている.マル クス はそ う洞察 していたか らこそ, 「 素材的な担い手になっている‑ 交換価値の」 とい う表 現をわざわざとったのである.

す り換え ・とり違え

物は,人間 との関係においては,彼 らが どのよ うな社会形態を とっていよ うが,人閲 と

人間が どのよ うな社会関係を とり結んでい よ うが,物 自身の口然の属性 として素材 として

使用価値である.その うえ,物は,ある種の社会 またはある種の関係に立つ人び との間で

(17)

は交換価値‑ ひいては価値‑ で もある とい う. けれ ども,それはけっして物 自身の素 材的な 自然の属性なのではない.ある品物の ( ひ とつだ けとは限 らない)有用性がある社 会の人び と自身に兄いだ されない ( わか らない) うちは, 「 猫に小判」 とい うことはあ り

うる.だか ら,物は人間 との関係においては使用価値なのである. しか し,物は人間 との 関係においてであれ, 自然の属性 として価値なのではない.ある種の社会の人び とが,物 とは本来無縁 の価値なるものを,物 に担わせているのだ.彼 らは, 自分たちは互いに 白

・独立であると考える人び とである. しか し,いかに自由独立な人間 といえども,互い に自律的で 自己充足, 自己完結 しているはずはない.それだ け彼 らの人間関係 ・社会関係 は菌接的な じかの

(Unmittelbar)

関係ではな くな り

,

間 接的な,なにかを媒介 に しての関 係にす り換わっている.そ して,そのよ うないわば特殊な社会関係 を とり結ぶ人たちが, それ を彼 ら白身の関係だ とは思わずに, 自分たちが有する物 と物 との関係にす り換え,物 自体が もつ 自然の属性だ とい うよ うに 「とり違え[

ouidproquo]

」ているのだ. これが,マル クスが 言葉を換えなが ら第

1

章で くり返 し述べていることである.

だか ら,商品形態の秘密はただ単に次のことの うちにあるわけである.すなわち,商 品形態は人間にたい して人間自身の労働の社会的性格 を労働生産物その ものの対象的性 格 として反映 させ, これ らの物の社会的な 自然属性 として反映 させ, したが ってまた, 総労働にたいする生産者たちの社会的関係をも諸対象の彼 らの外に存在する社会的関係 として反映 させる とい うことである. このよ うな置き換 え[

ouidproquo

l によって,労働生 産物は商品にな り,感覚的である と同時に超感覚的である物,または社会的な物になる のである, ( 原ペー ジ

86

,訳97

8)

とはいって も,このような 「とり違えl

Quidproquol

」はある とき一挙に起 こったのででは ない.それは数千年にもわたって徐々に徐々に進行 し,ついにはそれがあた りまえの,疑 う余地のない当然のこととなって しまった. こ うした途 中経過のある段階での証言を,か のア リス トテ レスが残 して くれている.そ ういって,マルクスは,彼にも証言台に立って もらう.ただ しア リス トテ レスを

2000

年以 Lも昔の社会の,奴隷の存在を当然視 した保守 反動派の代表 としてではな く,古代ギ リシア とい うかの時代の偉大なる探求者 として讃え なが らである.彼 もまた時代の子であった とはいえ,彼は ご ' f 時のアテネの市場に集まる人 び とのよ うなサングラスはかけていなか った.だか ら,物が使用価楢であるい うことは当 然のことだが,それが交換価値で もあるなんてことは, ど う考えて も‑んてこなことだ と 書き残 したのである. ( マルクス,原ページ7

3

以下,訳7

9

以 下)

‑‑ゲルだ って,ア リス トテ レスがそ う証言 していたことは当然承知 していたはずであ

る.‑‑ゲル も彼の偉大 さを人に倍 して承知 していたか らである.ただ彼は,歴史を,人

間精神の歴 史的 白己展開を,そ していまやそれが全面的に開花 しよ うとしている時代だ と

い うことを,信 じた.だか ら彼は,既述のよ うに物 自体の うちに価値をレン トゲン写真に

撮 るように透か し見ようとしたのである.

参照

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共通点が多い 2 。そのようなことを考えあわせ ると、リードの因果論は結局、・ヒュームの因果

このような情念の側面を取り扱わないことには それなりの理由がある。しかし、リードもまた

在させていないような孤立的個人では決してない。もし、そのような存在で

(自分で感じられ得る[もの])という用例は注目に値する(脚注 24 ).接頭辞の sam は「正しい」と

「欲求とはけっしてある特定のモノへの欲求で はなくて、差異への欲求(社会的な意味への 欲望)であることを認めるなら、完全な満足な どというものは存在しない

2) ‘disorder’が「ordinary ではない / 不調 」を意味するのに対して、‘disability’には「able ではない」すなわち

きも活発になってきております。そういう意味では、このカーボン・プライシングとい

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から