No.36
明星大学社会学研究紀要March 2016
《論 文》
「個人と社会」の問題設定
一社会学的人間観一
堤 史朗
目次
1.はじめに
2.「個人と社会」の問題設定 一その歴史的文脈 2−1.「個人」概念の変化
2−2.近代社会思想の展開 一「人間の発見」「社会の発見」
2−3.批判的言説としての「個人主義」思想 3.〈関係〉存在としての個人 一1(arl Marxの人間観 4.おわりに
1.はじめに
「社会」の(科)学である社会学は、その本 質的性格を「社会とは何か?」「社会(秩序)
は如何にして可能か?」の問いに据え、社会学 とは、人間の社会的共同生活に係わる諸現象を 研究対象とする、と理解されている。例えば、
宮島喬が、著書(2012)で、「社会学を、社会 関係および社会構造の生成、存立とその変化を、
主に人々の行為・相互行為とそれを規制する文 化(価値や規範)、さらにその他の客観的な諸 条件と関連づけながら研究する、社会科学の一 分野と考えることとしたい」と述べているのは
ひとつの例である。
斯様に社会学は、「個人と社会」を問題設定 にして、その歴史を刻んできたのである。特に、
1960年代以降アメリカ社会学が主流になるにつ
れて、 action(行為) (iL1)概念が中心的概念の
位置を占め、それも the socia1(社会的なるも の) としての「行為」を社会学的理解の要諦としてきた。この点に関して、本稿が問いとす るのは、「個人と社会」の問題設定に係わって、
「社会」への理解が深化するにつれて、自ずと「個 人」への理解も可能となるとの了解が、社会学 的認識の前提とされているのではないのか?と いう点にある。
因みに、日本で刊行されている社会学辞典・
事典を参照してみるに、日本最初の新明正道編
『社会学辞典』(河出書房、1944年)以降、最新 の大澤真幸他編『現代社会学事典』(弘文堂、
2012年)までに幾種類も刊行されてきたが、い ずれにおいても、「社会」の概念説明項目の記 載はあるが、「個人」もしくは「人間」につい ての記載は一切存在しないのである。こうした 事実を、どのように理解すればよいのであろう
か。
果して、社会学は「社会」の概念的理解のみ で、人間存在としての個=個人理解を踏まえた
「人間観」が未定立のまま(il 2)で、「個人と社会」
の問題設定に十全の応答が可能なのだろうか。
この点を問題意識とする本稿は、このような社 会学的認識の前提枠組は、如何なる歴史的文脈 において形成されてきたのか、を問いとするも のである。その際、「学問としての社会学」の 成立契機となった社会契約説的自然法思想の動 向及びそれに対する批判的な思想動向、そして 19世紀フランスで展開した社会主義思想の動 向、等に対する社会学思想史の観点から批判的 に検討をしてみようとするひとつの試みである。
2.「個人と社会」の問題設定 一その歴史的文脈
「個人と社会」の問題設定に係わる社会学的 認識を理解するのに、先ず、その前史に位置す る近代社会思想の動向一社会契約説的自然法思 想、「個人主義」思想、そして社会主義思想の 動向及びそこに内包された問題点について辿っ てみることとする。
2−1.「個人」概念の変化
「個人」を意味する lndividuum (独)、
individu (仏)、 individua1 (英)は、いずれ
もラテン語の individuum をその語源とし、文字通り「分けられないもの」を意味するが、
15、16世紀頃迄は、ある全体の最少構成単位を 意味し、常に共同体の一員としてしかその位置 付けを示せない存在であった。こうした「個 人」概念の歴史的転換は17、18世紀頃に起る ことである。すなわち、資本主義の進展に伴う bourgeoisie(市民階級) の勃興及び、近代社 会の展開による自己保存を目的とする「自由へ の志向」に照応して、「divideされえないひと つの全体的存在」として考えられ、ここに人間 存在としての個=個人の存在が意識されるよう
になったのである。
但し、近代以前における人間観の典型は、
Platon、 Aristotelesの思想に認められるもの
であるが、その思想的残存は、近代社会思想に も認められるのである。つまり、人間観に関し ていえば、近代以前と以降との問に明確な思想 的転換は認められないのである。
この点に関して、Joseph H. Abraham The
Origins and Growth of Sociology (1973)での
論点より考えてみる。社会学を、「社会のなかの人間」を研究する 学問として位置づけるAbrahamは、 Platon、
Aristotelesを、「社会の問題を体系的に論じた 最初の思想家」と評価した上で、古代ギリシャ において既に社会学は存在していたと主張する のである。周知のように、Aristotelesは、人 間が人間となるのは、人間が社会の構成単位で あるという事実によるものとして、人間を zδon politikon(ポリス的動物) と描写したの であるが、彼の所説に含意されるのは、人間に
とって「ポリス」はひとつの physis(自然)
であり、人間はその構成一単位となることで、
人間たりうるというものである。
人間にとって社会の機制を自然の摂理や仕組 みそのものと同一視するAristotelesの思想を Abrahamは次のように要約する。「人間はポ リス動物としてのみ存在し、人びとが織り成す 社会が存在しなければ、あるいは換言して、社 会組織の存在がなければ、人間は無である。…
(中略)…人間が社会的役割(すなわち、他者 との協同的な生き方、社会的規範への服従の仕 方)を学ぶ過程一社会化・内面化過程という近
ロ
代的な概念は、Aristotelesの思想のなかに黙 示されている(傍点一引用者)」と。
Aristotelesは、社会を自然なもの、不動な ものとし、社会をして apriori(先験的) なも のとして捉え、社会は等級をもって類別される べきであり、そのことは事物の自然的秩序と全
く一致することで、また正義とも合致するとし たのである(この立場から、Aristotelesは、奴
March 2016 「個人と社会」の問題設定
隷制を正当なものとみなすのである)。
近代社会思想の動向が、「人間観」「社会観」
に思想的転換をもたらしたとするわれわれの理 解からして、Aristotelesに対するAbraham の所説は正鵠を射たコメントと解することがで
きるのだろうか。もしそう解されたとするなら ば、現代社会学における方法論上の混乱は、こ の点にその歴史的要因が求められるのではない だろうか。それは、取りも直さず、社会学にお いて人間存在としての個=個人理解を踏まえた
「人間観」が未定立のままであることに起因す るものと理解するしかないのである。
2.−2.近代社会思想の展開
一「人間の発見」「社会の発見」
近代社会思想の展開において、新しい「人間 観」を提示したひとりにAdam Smithがいる。
主著 The Theory of Moral Sentiments (1757)
のなかで、人間の本性は、まず第一に自分自身 のことに関心を持ち、配慮を払うものであると し、そしてそのことは正当なことである、とし た。加へて、そうした個人に内在する利己的本 能が人間関係をつくり上げる基本の素材でもあ ることを、主張したものである。こうした新し い「人間観」をより徹底化したのが、社会契約 説的自然法思想であり、その主導者はThomas Hobbesである。
Hobbesは著書(1642)のなかで、「戦争状 態としての自然状態」論を展開して次のように
述べている。
「公共体について何事かを著述した人びと(そ のひとりがAristoteiesである一引用者注)の 大部分は、人間が社会的結合に適するように生
まれついた動物、すなわち、ギリシャ人たちの いわゆる「ポリス的動物』であることを前提、
要求もしくは要請し、この土台の上に国家学説 を構築している。それはあたかも、平和の維持
一 15一 と全人類の統治のためには、人びとが何かある 約定と協定に合意しさえすれば、それ以外のこ
とは何も必要ないかのようであって、その際、
かの著述家たちはすでに、この協定のことを法 と呼んでいる。しかしこの公理は、非常に多く の人びとによって受け入れられているが、偽り であって、人間本性についてのあまりにも軽率 な考察に由来する誤謬である」と。
Hobbesによれば、「社会的統合に適するよ うに生まれついた動物ではない」人間は、「自 然状態」において平等であるからこそ「社会的 統合」に適していない、とも主張するのである。
すなわち、人間が平等に「自然状態」のままで は社会的秩序が成立しないとして「国家の最高 権力」に対する「市民的服従」の受け入れを求 めることとなる。こうした彼の論理的帰結とな るものが主著 Leviathan (1651)であり、そ の中核的概念こそが Common−Wealtl1 なので
ある。
Hobbesと同様の主張は、名誉革命に参画し たJohn Lockeにも認められ、「人間は全て生 来的に自由で平等で独立した存在であるから、
誰も自分自身の同意なしに服することは出来な い」と述べている。
Hobbes、 Lockeらの絶対主義王制国家に対 する思想的闘争は、その結果として、新しい「人 間の発見」「社会の発見」の歴史的契機となり、
人間自身の主観的な自覚化を促しはしたが、他 方、彼らの主張する人びとの合意によって形成 されるべき社会(市民社会)と国家(政治社会)
との概念的区別が思想的に練磨されることなく 暖昧さを残したままであったが故に、当時の人 びとの生活世界において確かな手応えをもって 根付くことにはならなかったのである。
こうした課題は、Jean−Jacques Rousseauに も継承され、その後もフランスでの思想的闘争 は継続されるのである。
一
Rousseauの「人間観」は、 Discours sur
rorigine et les fondements de rin6galit6 permi
les hommes (1755)のなかで詳述され、誕生 した人間が有する「原初の時の素朴さ」という 観点から描写されるのである。
「人びとがその粗末な建立て小屋で満足して いるかぎり、また獣の毛皮の衣服を棘や魚の骨 で縫い、鳥の羽毛や貝がらで身を飾り、身体に いろいろな色を塗ったり、弓矢を美しく作り上 げたり、よく切れる石で魚釣り小舟や粗末な楽 器を作ることにとどまっているかぎり、つまり 簡単にいえば、たった一人で出来る仕事や数人 の手を合わせるだけで可能な技術に専念してい るかぎり、人びとはその本性によって可能な範 囲で、自由に、健康に、善良に、幸福に暮らし、
そしてお互いが独立した状態で暮らしながら、
他者との交際の楽しさを享受しつづけていたの であった」と。
すなわち、Rousseauは、人間存在としての 個=個人を、「自然の原始状態」のなかで、孤 立の生活を営み、楽しみつつ、他者とは互いに 独立した状態で社会生活を過ごす、無垢に生き る存在として描写することから、新しい「人間 観」を積極的に提示したのであった。しかしな がら、Rousseauの単純かつ素朴な「人間観」
は、当時、勃興し、進展していた野蛮な資本主 義(私有経済)のもたらす惨劇によって深く傷 つけられ、空しさを抱懐しつつも「自然に帰 れ1」の叫びとともに、次なる論への歩みを進 めるのである。
「人類は永久にそこにずっと停まるように造 られていたこと、そして、この状態は真に世界 の青年期であること、以後の一切の進歩は、表 面上は個人がその完成への歩みとなっているよ うにみえるが、実際は人間の老衰への歩みに他 ならなかったのは疑問の余地がない」とする Rousseauの現状分析は、私有に基づく不平等
と支配の状態から脱却する方途を、 social
contract(社会契約) による lbrdre civile(市
民的秩序) の構想化へと思想転回をしていくのである。
社会契約の本質を、「共同の力すべてをあげ て、構成員一人ひとりの人格と財産を守り、保 護するような結合の形式を発見すること、そし てこの結合によって一人ひとりはすべての人び とと結びつきながらも、しかし自分自身にしか 服従せず、それ以前と同じように自由である」
としたところにRousseauの根本的思想が認め
られるのである( Du contrat socia1 1762)。
Rousseauの描写する市民的秩序とは、純粋、
無垢な存在としての人問すべてに、「同じ条件 が平等に適用されるのだから、誰も他人に自分
よりも重い条件を課すことに関心を抱かない」
はずで、「この譲渡が無条件に行なわれるなら ば、結合はこのうえもなく完全なものであり、
一
人ひとりは何も要求すべきものをもたない」とするものである。
但し、この点にこそ、Rousseau独自の論理 的展開による理想主義的性格とともに、論理的 矛盾が確認されるのである。すなわち、 volont6 de tous(全体意志) と volont696n6rale(一 般意志) の概念的区別に係わる問題である。
「全体意志」とは、一人ひとりの人間が持つ特 殊な意志を示し、私的利益の実現を指向するも のである。他方、「一般意志」は、自由と権利 を保証された人びとが契約によって作り出され た意志(国家=市民社会の意志)であり、市民 的個人にあっては、この「一般意志」への服従 を拒否することは出来ないものとされるもので ある。Rousseauに従えば、「一般意志」は、「常 に正しく、常に公共的利益を志向する」ものだ から、常に絶対的なものだとされ、「一般意志」
に従う人間を、「市民的人間」=「文明化した 人間」ともするのである。
)!【arcll 2016 「個人と社会」の問題設定
純粋無垢な存在としての人間=「自然状態」
の人間として描き出されたRousseauの「人間 観」と、社会契約による「市民的秩序」=「社 会観」との理論的乖離は明らかであろう。
以上要約すれば、Hobbes、 Locke、 Rousseau ら社会契約説的自然法思想に認められる共通点 は、「自然状態」仮説と「社会契約」による市 民社会の構想化にあったことが理解される。し かしながら、その帰結は、ヨーロッパにおける 絶対主義王制国家に対する革命闘争後、傷つき 混乱した社会のなかで、人びとの貧困生活はよ り深刻化した状態を極めていたが故に、新しい 国家秩序づくりこそが急務であるとの思想が急 速に拡がり、近代社会思想の展開による「人間 の発見」一「社会の発見」及びその関係性を巡 る理論的彫琢は後退を余儀無くされたのである。
こうした歴史的・社会的後景のもとで、社会 契約説的自然法思想に発する「人間観」一「社 会観」への思想的な反発潮流を形作ったのが、
批判的言説としての「個人主義」思想である。
2−3.批判的言説としての「個人主義」思想
社会契約説的自然思想による「人間観」一「社 会観」は確たる思想として定着することなく、
フランス革命後の傷ついた社会的現実に対する 批判的言説として individualisme(個人主義)
思想による激しい批判の嵐にさらされるのであ
る。
Saint=Simon派のLamennais, F.Rde.は、
「精神のうちにアナーキーを生み出した教説は 同時に、度し難いほどの政治的アナーキをもた らした」「服従を知らない力とは何か?義務を 知らない法律とは何か?」を問い、それは「個 人主義」に他ならないとしたのである( Des
progrさs de la r6volution et de la guerre contre
r691ise 1829.)当時フランスのカトリック思想 では、社会解体を促進させる最大の原因として一 17一 常に「個人主義」思想がその批判の対象とされ たが、その哨矢は、自由主義者Alexis de Tocquevilleである。彼は、徹底して「個人主 義」思想を批判して、この思想こそが「自由」
にとって最も有害なものであるとしたのである。
Tocquevilleにとって、「合衆国に滞在中、
注意を惹かれた新奇な事物のなかでも、諸機会 の平等ほど私の目を驚かさせたものはなかっ た」と記したように「諸機会の平等」こそが
「デモクラシー」の根幹を成し、人間の「自由」
は、デモクラシーの進展によってもたらされる 自然の産物であるはずであった。しかしながら、
「諸機会の平等」が進行していくにつれて、「人 は誰もが自分自身のなかに信仰を求め」「誰も があらゆる感情も自分ひとりに向ける」ように なり、こうした態度や思考様式を「新しい思想 が生んだ最近のことば」として「個人主義」思 想と捉えるのであった。そして、「個人主義は 思慮ある静かな感情であるが、市民を社会全体 から孤立させ、家族や友人とともに片隅に閉じ こもる気にさせる。その結果、自分だけの小さ な社会をつくって、ともすれば大きな社会のこ とを忘れさせてしまう」と論じ、「個人主義」
の源は、「心の悪徳に劣らず知性の欠陥にある」
とまで断じ、「個人主義」思想の拡がりは、人 びと態度、思考様式全般に apathy(無関心)
な状況の拡がりを生み、それは 6goisme(利 己主義) に帰着するものでしかありえないも のと論ずるのである。つまりは、「古い悪徳で ある利己主義はあらゆる徳の芽を摘むが、個人 主義は初めは公共の徳の源泉を洞らすだけであ る。だが、長い間には、他のすべての徳を攻 撃、破壊し、結局のところ利己主義に帰着する」
( De la d6mocratie en Am6rique 1835:
1840)と。
Tocquevilleは、個人の「自由」の拡がりを
「諸機会の平等」=デモクシーの進展と評価す
一 18一
る一方で、革命後のフランス社会に騒擾的な社 会的現実を生んだ原因として「個人主義」思想
を批判の対象としたのである。終生、不安と焦 燥に満ちた社会思想家こそがTocquevilleその
人であった。
本来、Tocquevilleとは思想的立場を異にし ながら、同様の思想展開をしたのがSaint−
Simon班の社会主義思想であった。
例えば、Saint−Simonは同時代のヨーロッパ 社会を診断して、「殺毅がいつ終わるとも知ら ず、また終わるのを見る当てもなく、互いに殺
し合いを続けている」「ヨーロッパはすさまじ い状態にあると誰もが知っており、誰もが言
う」 ( De la r60rganisation de la soci6t6
europ6enne 1814.)と述べ、その依ってきた る原因を「人は自由であろうとするために協同 することは決してない」「いかなる場合におい ても、個人的自由の維持は社会契約の目的となりえない」( Du systさme industriel 1821)と
「個人主義」思想の名のもとで社会契約説的自 然法思想を断罪したのである。
このようなSaint=Simonの思想を継承し たのが、August Comteの Plan des travaux scientifiques n6cessaires pour r60rganiser
(1822)であり、批判的言説としての「個人主義」
思想の文脈のなかから、社会学は誕生し、その 学問的基礎付けがなされたものと看取されるの
である。
かくして新しい学問として成立した社会学 は、その学問的課題をヨーロッパ社会全体を覆
う社会崩壊の危機に対して、如何に
r60rganiser(再組織する) かを先行させたが 故に、人間存在としての個=個人への理解を踏 まえた「人間観」については、問うことなく推 移したものと解するしかないのである。特に、
SaintニSimon、 Comteの「社会」把握は、個 別、具体的な「社会」を認識の枠外に置き、も
っばらフランス乃至はヨーロッパ全体をひとつ の「社会」として認識しようとするものでし かないのである。斯様にして、現代社会学に おいても主流の位置を占める methodological collectivism(方法論的社会主義) の方法論的 優位性が基礎的に固められたのである。
そして、この優位性は、Emile Durkheim Les
Regles de la m6thode sociologique (1893)に
おいて、その体系的整序がなされ、「個人と社 会」の問題設定に係わる「方法論的社会主義」の立場が明確に定立されたのである。
「この(結合という)原理によってこそ、社 会学は、諸個人のたんなる総和であることをや め、諸個人の結合によって形成されたシステム をなすわけであるが、このシステムは、それ固 有の諸属性をそなえた独特の一実在としてあら われる。…(中略)…集団は、その成員が個々 に孤立して行なうものとはまったくちがった仕 方で、思考し、感覚し、行動する。だから、か りに成員の個々人から考察を出発させるなら ば、集団のなかに生起することがらは、なんら 理解されえないことになろう」と。
しかしながら、現在に至るまで「方法論的社 会主義」の立場を主流としてきた社会学の歴史
のなかにあって、 methodological individualism
(方法論的個人主義) による社会学の歩みがな かったわけではない。例えば、Georg Simmel:
seelische Wechselwirkung(心的相互作用) 、
Leopold von Wiese: Beziehungslehre(関係学) 、Max Weber: soziales Handeln(社会的
行為) などがある。しかし、そのいずれも「個 人」把握において、抽象的であり、個別・具体 的に「人間存在としての個=個人」への理解を 踏まえた「人間観」を定立しているとは倣し難いのである。
主流と目されてきた社会学のあり様に対し て、常に、独自の社会学的立場から問題提起を
March 2016 「個人と社会」の問題設定
発し続けたのに見田宗介の論稿がある。そして、
見田の思想を継承する大澤真幸は、著書『動物 的/人間的1.社会の起源』(2012年)のなかで、
〈社会〉の起源への問いに係わる究極の問いと は、「〈人間とは何か〉にほかなるまい」と問題 提起しているのは注目されて然るべきものと考
えられる。
本稿は、見田、大澤の所説を参照しつつ、社 会学の古典的遺産を批判的に継承し、人間存在
としての個=個人と社会とを切り結ぶ関係的契 機を、個人が他のものとの諸関係のなかで、弁 証法的に生成一発展していく過程を重視し、「人 間存在としての個=個人」を「〈関係〉存在と
しての個=個人」と止揚することで「社会学的 人間観」として定立しようとするひとつの試み
とするものである。
3.〈関係〉存在としての個人 一Karl Marxの人間観
「〈関係〉存在としての個二個人」への理解を 踏まえて「社会学的人間観」の定立を志向する 本稿の試みに係わり、田中義久の『社会関係の 理論』(2009)は参照されるべき要がある。田 中は、本書において、方法論的「自然」主義一
「社会」主義一「個人」主義、それぞれを批判 的に検討し、「それぞれの視座の基底的な、基 礎概念である《自然》、《社会》、および《個人》
を解体し、逆に、〈関係の一次性〉の視点から、
再構成する」試みを「方法論的『関係』主義の 視座」として提唱し、次のようにまとめている。
「個人(体)一集団一311二会という階層性の重 畳するところを対象領域とし、「関係』という 基礎範晴から照射し、そこに貫徹している社会
科学的迎動 i去卿jを別出」 しようとし、「人間は
実存や「生』それ自体一それらはかつての方法 論的『個人』主義の時代の社会学的視座の基礎 範疇であった一でなく、『関係のアンサンブル』一 19一 である。そして、そのような実質を有する諸個 人が、みずからの《行為》一《関係》過程を通 じて、さまざまな社会諸関係を、日々生み出し ている。社会は、これら社会諸関係の重層構造 以外のなにものでもない」と要約し、現代の諸 個人はこうした社会諸関係の重層構造の下で、
「関係の自立化」現象での規定性が深刻化して おり、「物象化した社会諸関係の支配は悲劇的 なまでに酷薄である」状態を問題意識とするの である。そして、 Isolation(孤独化・孤立化)
−Association(連帯化・連繁化) のあいだを 揺動している現代の諸個人に向けて、「はたし て如何なる未来が展望し得るのであろうか?」
との問いを発するのである。
こうした田中の社会学的方法意識を刺激し て、弁証法的に「〈関係〉存在としての個=個 人」への理解を深めるために、次いで、Karl Marxの「人間観」について概観しておこう。
Marxの人間観は、 Die Deutsche ldeologie
(1845−46)に看取することができる。
MarxはFeuerbachへの批判から人間的本 質に迫ろうとする。「Feuerbachは、宗教的本 質を人間的本質へと解消する。しかし、人間的 本質は個々の個人に内在するいかなる抽象物で はない。その現実性においてそれは社会的諸関 係の総体である」と。すなわち、人間の本質は 宗教性を持つことだ、とするLudwig Andreas Feuerbachの言い分は、キリスト教圏文化の 常識的な人間観を提示しているに過ぎないとし て、次のようにも批判するのである。「(1)歴史 的経過を無視し、宗教的心情をそれだけをして 固定して、一個の抽象物的な一孤立的な一人間 的個体を前提せざるをえない。(2)したがって、
人間rl{J本質はただ「類(Gattung)」としての み、内なる、無言の、多くの個人を自然のうち に結びつける内なる、物言わぬ一般性としてと らえられるにすぎない」と。
Marxにしたがえば、人間の本質(wesen)は、
なんら個々の人間に内在する抽象物では決して ありえず、人間の歴史的存在のいろいろな形態 と対照的なものとして把握されるのである。斯 様に、「生きた人聞諸個人の存在」を基底に据 えたMarxの人聞観は、人間は自分自身を発 展させ、変革するものとしても捉えられ、人間 の存在とは、自己実現の歴史の所産である、と するところにその特徴を見ることができるもの である。すなわち、Marxの人間観は、存在の 本質的過程をその現象的過程から区別して、そ れらの関係過程を捉えようとする弁証法的視座 に立つものであり、存在の過程のうちに本質が 実現され、またそれは同時に、存在することは 本質へ還えることを意味するものとしても捉え
られるのである。
さらに、Marxは、人間的本質について、「愛」
を語るのである。( Okonomisch−philosophische Manuskripte 1844)。「人間を人間として、ま た世界に対する人間の関係を人間的な関係とし て前提してみたまえ、そうすれば、君は愛をた だ愛とだけ、信頼をただ信頼とだけ、その他同 様に交換することができる。もし君が芸術を楽 しみたいと思うのなら、君は芸術的教養のある 人でなければならない。もし君が他の人間に影 響を及ぼしたいと思うなら、君は実際に他の人 間を励まし前進させられるように働きかけるよ うな人間でなければならない。人間に対する一 また自然に対する一関係は、いずれも、君の現
コ コ
実的な個性的な生のある特定の発現、しかも君 の意志の対象に相応しているその発現でなけれ ばならない。もし君の愛が、相手の愛を呼びお こさないとすれば、すなわち、もし君の愛が愛 として相手の愛を生みださないとすれば、もし 君が、愛しつつある人閥としての君の生の発現 を通じて、自分を愛されている人間にするので ないならば、君の愛は無力であり、ひとつの不
幸である」と。
換言すれば、人間の人間に対する直接的関係 は、直接に人間の自然に対する関係、すなわち、
人間自身の自然的現実そのものに他ならないの である。したがって、この関係のなかで、「人 間にとってどの程度まで人間的本質が自然とな ったか、あるいは自然が人間の人間的本質とな ったかが、感性的に、すなわち直観的な事実に まで還元されて、現われる」かが大切であり、
「この関係の性質から、どの程度まで人間が類 的存在として、人間として自分となり、また自 分を理解したかが結論される」ものなのであ る。要は、「どの程度まで人間の欲求が人間的 欲求となったか、したがって、どの程度まで他 の人間が人間として欲求されるようになった か、どの程度まで人間がその最も個別的な現存 在において同時に共同的存在(Gemeinwesen)
であるか、ということも、その関係のなかに示 されている」と結論されるものなのである。
つまり、現存在としての「個人」にとって、
個の生きる世界での諸対象が、「人間的な対象 あるいは対象的な人間となる場合にだけ、人間 は個の対象のなかで自己を失うことはない。こ のことはただ、社会がこの対象のなかで人間の ための存在として生成するのと同様に、対象が 人間にとって社会的な対象として生成し、また 人間自身が自分にとって社会的な存在として生 成することによってのみ可能」なのであり、「社 会のなかにある人間にとって、対照的な現実が 人間的な本質諸力(Wesenskr5fte)の現実と
して、人間的な現実として、またそれゆえに人 間固有の本質諸力の現実として生成することに よって対象が人間にとって人間自身の対象化と して、人間の個性を確証し実現している諸対象 として、人間の諸対象として生成する」ものと 結論されるのである。
Marxの「人間観」は、「個人」は自己実現
March 2016 「個人と社会」の問題設定
を追求していく主体として存在し、「個人」は 生きている諸々の場面で関係する諸対象に対し て、〈自分らしさ〉の欲求に基づく関係づけを 求め、またそれを通じて自分を意識(対象化)
し、〈自分らしさ〉を発揮し、確証する主体と して弁証法的に生成、発展していく具体的な、
現実的な存在として把握されるものとして理解 されるのである。
4.おわりに
本稿の意図は、人間存在としての個=個人を
「現実的な諸個人」と概念化したうえで、諸個 人それぞれが「〈関係〉存在としての個=個人」
として、個自身の 生 を生き、歴史や社会の 歩みを進め、そして未来社会への展望を切り開 く主体的存在としての個=個人を「社会学的人 間観」として定立しようとする試みである。現 代の野蛮な資本主義社会のなかで現象化してい
る社会諸関係の物象化(Verdinglichung)過程 の渦中に〈現にある〉「現実的な諸個人」への 社会学的分析によって、〈自分らしい〉個人=
「人間的個人」による「人格的自立」を展望し ようとするものである。すなわち、「現実的な 諸個人」の「人格的自由」とは、「自分の素質 を全而的に形成、発展する」ことであり、「個 人たちはいつでも自分自身から出発」する存在
一21一 であるということを「社会学的人間観」の要諦 に据えようとするものである。
現代の歴史的一社会的過程は、「現実的な諸 個人」の人格的であるかぎりの生活を、特定の 階級的諸関係によって制約し、規定しており、
「人格的個人と階級的個人の区別、個人にとっ ての生活諸条件の偶然性は、それ自体ブルジョ ァジーの産物である階級の登場とともに」現わ れ、「個人相互の競争と闘争とがはじめてこう した偶然性を産出し、展開させた」(Marx,
1844)現実に他ならないものであり、こうした 厳しい社会的現実こそが、社会学に対してより 厳しい現実分析の要を求めているはずである。
斯様な歴史的一社会的課題に応答すべき責務 を担う社会学だからこそ、より明示的に「社会 学的人間観」を提示することで、「現実的な諸 個人」による「人格的個人」の「人格的に自由 な発展」を励まし、個人白身の「人格性を貫徹 する」必要性を人びとに訴えることができるだ ろう。と同時に、現実社会への対峙を呼び掛け、
個人個人の Bestatigung(個個三の発揮、確保)
のための共同的作業への参画を促すことで、未 来社会への道しるべとなりうるのではないだろ
うか。
[未刊:2015.11.23稿]
【注】
(注1)1945年以降、戦後日本社会の民主化とい
う時代‡11j神に呼応せんとの姿勢で著された福武
直・日高六郎「社会学」では、社会学の中心的 概念は「行為」ではなく、「行動」に据えられ ている。すなわち、「社会学は、社会生活のす べてにわたって、人問の社会的共同生i舌を研究 しなければならない」としたうえで、「人間の 全体的な社会生活は、そこで生活している多く の人間の行動と、その交換とによって成立している。したがってわれわれの研究は、まず人間 の行動の分析からはじめなければならない。人 間は生きているかぎり、行動している。人間は 行動の主体者である。人間の形成する社会、人
間のもつ文化、人間のあゆんできた全歴史は、
人問の行動の結果であり、所産であり、創造物 である」(傍点一引用者)と叙述されているの
である。
現代では、自明のこととされている「行為」
概念が社会学において持つ意味を、歴史的意味
をもつた「行動」概念から今一度照射検討して みる要があるのではないだろうか。混迷状況に
ある社会学の現状を打破するためにこそ。
(注2)この点に関して、Ralf Dahrendorfは、
Homo Sociologicus において、より基本的 な問題提起をしている。すなわち、Homo
Sociologicusとは、個人と社会との接点に存在 し、社会的に前もって形成された役割とその担 い手としての人間を意味するものである。つま りは、個人とは、一人ひとりが担うさまざまな 役割を意味するに過ぎないもので、しかもそれ らの役割はそれ自体、社会の腹立しい(忌わし
い事実なのである (die 5rgerliche Tatsache der Gesellschaft)。そして、社会的地位という
ものは、社会から個人への危険な贈り物(einDanaergeschenk der Gesellschaft一ギリシャ人
の贈り物、トロイを滅亡に導いた木馬のことを いう一)なのである。というのも、全ての社会 的地位は役割を伴うが故に、地位の担い手に対 する一組の期待を伴うものである。個人は、特 定の役割を担うことによって、自ずから一人ひ とりの外側に存する社会の諸規定を自らのなか に受容し、これを自己を規定する根拠とするこ とで、社会と媒介され、Homo Sociologicusとして再生することになるのである。
斯様にして、Homo Sociologicusとなった人 間は、いわば無防備のままで社会の諸規則にさ れられることにならざるをえないのである。そ の結果、「役割に規定されるが故に非自由な人 間」と、「役割から解放される自由で自律的な
人間」、換言すれば、 totaler Mensch との間
に存するパラドックスのPositionenが重要なPositionenとなる事態を招来するのである。
こうした事態に対して、社会学は、ひたすら 科学性のみを重視し、無批判的なDogmatismus
に陥るべきではなく、 gedoppeltes Mensch(二
重化された人間) に関する道徳的問題を決して視野から見失わないようにすることが肝要で ある、とするDahrendorfの問いに、現代社会
学はどう応答できるのだろうか。
但し、Dahrendorfの所説も、社会諸関係 が重層的に形成され、 gesellschaftlich Lebensprozeグ(全社会的生活過程)に係わる 意識からの独立の度合い、安定性の度合いなど によってさまざまな社会諸関係の存在を把握す る基本的な視点を欠き、もっぱら「相互の役割 期待の関係」という伝統的な社会学的「社会関
係」フレームにおいて、一人ひとりの意識的(主
観的)な行為として説明するという呪縛からは 脱し切れていない点は、厳しく批判されなければならないものである。
【参考文献】
・
宮島喬「社会学原論」岩波書店、2012年.
・
Joseph H. Abraham Origins and Growth of
sociology 1973.(安江孝司他訳『社会学思想の系譜』法政大学出版局、1988年).
・ Adam Smith The Theory of Moral
Sentiments 1757.(米林富男訳「道徳情操論』
(上・下)日光書院、1954年).
・
Thomas Hobbes Die Cive 1642.(本田裕志訳 『市民論』京都大学出版会、2008年).
・ Leviatham 1651.(水田洋訳「リヴァイ アサン」(全4冊)岩波書店(文庫)、1982−92
年).
・
Jone Locke Two Treatises of Government 1689.(加藤節訳『統治二論』岩波書店、2007年).
Jean−Jacques Rousseau Discours sur 1 origine et les fondements de rin6gaiit6 parmi les
llommes 1755.(本田喜代治・平岡昇訳「人聞不平等起源論』岩波書店(文庫)、1972年).
・
Du contrat socia1 1762.(桑原武夫・前 川貞次郎訳「社会契約論』岩波書店(文庫)、
1954年).
March 2016 「個人と社会」の問題設定
・
Lamennais Des progrさs de Ia r6volution et
de la guerre contre 1 6glise 1829.・
Alexis de Tocqueville De la d6mocratie en
Am6rique 1835:1840.(松本礼二訳『アメリカのデモクラシー』(全4冊)岩波書店(文庫)、
2005−08年).
・ Saint=Simon De la r60rganisation de la soci6t6
europ6enne 1814.(森博編・訳『ヨーロッパ 社会の再組織化について』恒星社厚生閣(『サ
ン=シモン著作集』第2巻)).
・一
Du systさme industriel 1821.(森博編・
訳『産業体制論』恒星社厚生閣(『サン=シモ
ン著作集』第4巻)).
・
August Comte Plan des travaux scientifiques
n6cessai「es Pou「「60「9aniser la soci6t61822.
(霧生和夫訳「社会再組織に必要な科学的作業 プラン」中央公論社「世界の名著」46巻、1980
年).
・
Emile Durkheim Les Regles de la m6thode sociologique 1895.(宮島喬訳「社会学的方法
一23一
の規準』岩波書店(文庫)、1978年).
・ 大澤真幸「動物的/人間的 1.社会の起源』
弘文堂(現代社会ライブラリー1)、2012年.
・
田中義久『社会関係の理論』東京大学出版会、
2009年.
・
Karl Marx Die Deutsche Ideologie 1845−46.
(真下信一訳『ドイッ・イデオロギー」大月書
店(国民文庫)、1965年).
・一
Okonomisch−philosophische Manuskripte
1844.(藤野渉訳『経済学・哲学手稿』大月書店(国民文庫)、1963年).
・
福武直・日高六郎『社会学』光文社、1952年.
・
Ralf Dahrendorf Homo Sociologicus 1959.(橋 本和章訳「ホモ・ソシオロジクスー役割と自由』
シネルヴァ書房、1973年).
(本文中、外国語文献からの翻訳は、邦訳文献
どおりではない点、予めお断りしておきます。)
(つつみ しろう、本学科特別教授)