奈良教育大学学術リポジトリNEAR
文化財と社会科教育
著者 木村 博一
雑誌名 古文化財教育研究報告
巻 13
ページ 35‑47
発行年 1984‑03‑20
URL http://hdl.handle.net/10105/447
文 化 財 と社 会 科 教 育
木 村 博 一
(奈良教育大学 歴史学教室)
(1984年2月10日受理)
1.文化 財 を め ぐ る状 況
太平洋戦争後、文化財 に対す る国民的関心が いち じる しく高ま った。戦火による被害が大 きか ったあ とを受 けて、戦後の混乱の中で文化財の売却が続 出、海外へ流出す るケース もみ られた。
1949年 1月 に法隆寺金堂壁画が焼失、続 いて松山城 や北海道松前の福山城の焼失があ り、他方 、 47年以来の登 呂や平 出遺跡、続 いて49年 か らの岩宿遺跡の発掘調査の成 果が、古代遺跡 に対す る 国民の関心を呼 びお こ しは じめていた。 こう した中で、1950年 、画期的 な文化財保護法の制定を みたのであ った。それは、埋蔵文化財・ 無形文化財・ 民俗文化財 にまで文化財の範囲を ひろげる とと もに、歴史価値 と美術価値 におかれて いた評価 の基準 に「学術上 の価値」「芸術上 の価値 」 さ らに「 国民の生活の推移の理解のために欠 くことので きない もの」を加 えて文化財の概念を拡 大 した こと、保存のみな らず活用を 目ぎ`
した こと、国のみな らず地方公共団体 も保護法 の趣 旨の 徹底 に努 めねばな らないと した こと、などの点 において画期的だ ったのである。
そ して、朝鮮戦争を契機 と して、民族の危機の 自覚 と独立 と平和への願 いが深 まるにつれて 、 1951年日本史研 究会が、52年 歴史学研究会が、それ ぞれ大会 のテーマに「民族の文化」を とりあ げ、歴史教育者協議会が その活動方針 に「 民族文化の擁護 と創造」を掲 げたよ うな一時期があ っ た 。
その後、経済の高度成長 にともない、 1960年 代 に入 って開発による遺跡の破壊がはげ しくな り、
埋蔵文化財を中心 に文化財の問題が大 き くクローズア ップされて きた。63年 平城宮跡 は全面的 に 保存 され ることにな った ものの、開発 による破壊の波は、所を選 ばず全国各地 に及び、か つその 規模 は大 きな もの とな った。そのため、古墳 な り寺院な り、特定の文化財の保存がで きて も、そ れをとりま く環境がこわ されて、守 られたはずの文化財の価値がそ こなわれ るとい う事態がお こ っ た。 そのため、文化財の点的な保存でな く、周辺を含めた面的な保存の必要性が強調 され るよ う にな ったのは、当然の成 りゆきだ った といえる。 こうして歴 史的環境の保護が問題 にな って きた のである。に もかかわ らず、 1966年 に制定をみた古都保存法 は、奈良・ 京都・ 鎌倉の特定地域 に 限 られたのみな らず、社寺や古墳 とそれをめ ぐる自然環境を指定す るにとどまったがため に、多
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くの批判を呼んだのであ った。歴史的環境 は、地域住民 に とって快適 な生活環境で もあ る。文化 財の面 的 な保存、歴史的環境の保全の運動 は、住民運動 と結 びついて各地で 発展をみせ ることに な った。 これを うけて 1970年 、文化財保存全国協議会が結成 され、翌年 同会 は『 文化遺産の危機 と保存運動』を編んで、文化財 に対す る国民の要求 にこたえたのであ った。
「点」の保存か ら「面」の保存ヘーー 1969年 の「新全国総合開発計画」が「歴史的環境の保護 0 保存Jの一項を設 け、「文化財の もつ伝統 と文化 に対す る関心 はい っそ う増 大 し、現 代 な らび に 次の世 代のために価値あ る文化 財 とその歴史的環境を保護・ 保存す ることはきわめて重要な課題 であ る」 と し、75年 文化財保護法が改正 されて、文化財 に伝統的建造物群を加え「周囲の環境 と 一体 をな して歴 史的風致を形成 してい る伝統的な建物群で価値の高 い もの」 と したのは、そ うし た動 きを反映す る ものであ った。そ して77年 の「第二次全国総合開発計画」では、 自然環境 とと もに歴史的環境 の保 全をl 要計画課題 にあげ、「 歴史的環境 の保全 は、生活 の 中 で の 文 化 財要 素 への住民の 自l 的関心 の高 ま りが地域 の空間 と歴 史を共有す るとい う形で保全 され ることが重要 であ る」 と し、「歴 史的環境の保全が開発 の価値を高め る ものであ るとの認識」 に立 つべ き こと を 主張す るまで にな ったのであ る。
この間、68年 の金 沢市の伝統環境保存条例 や倉敷市の伝統美観保存条例を皮切 りに、70年 代 に 入 って地方 自治体 の環境0景観 の保 全条例の制定が相つぎ、美術館・ 歴史資料館な ど文化施設の 建設や展覧会の開催な どが さかん にな って、国民が文化財 に接す る機会 もいちだん と多 くな った。
い っぼ う、戦後 における保存科学の進歩一一 炭 素 放 射 能の減 衰 に もとづ く年 代 測 定 法 の開発、
赤外線写真 による埋蔵 文化財の究明、X線によ る彫刻 内部 の透視や銘文の解明等 々一一 は、文化 財の もつ意義 と価値 を明 らか にす るうえで大 きな影響を もち、稲荷 山古墳の鉄剣 な ど、大 々的 に 新聞 に報道 されて国民の関心を呼んだ もの もあ った。
しか しなが ら、文化財が「 わが国の歴史、文化等の正 しい理解のために欠 くことので きない も のであ り、且つ、将来の文化 の向上発展 の基礎 をなす もの」1)と して、国民 の大 じな共有財産であ り、民族 の大切 な文化遺産 であ るとい う認識 は、国民の間 にまだ十 分 には定着す るにいた って は いない。マス コ ミは、1972年 に高松塚古墳の発見があ って以来文化財問題を大き くとりあげ るよ うにな ったが (1966年 か ら68年 にか けての平城宮跡を通過す るバ イパ ス反対運動の ときな どは 、 頼 みにい って もなか なか記事 に して もらえなか った)、 取材競争 に熱心で はあ って も、保 存 につ いてはいまなお冷た いとい う印象 はまぬがれ ない。 そ して、「三全総」 の提 言 に もか か わ らず、
たんな る土木工事 と しての開発が大手を
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ってまか りとお り、文化財は依然 と して破壊の危機 の ま っただ中 におかれて いる。
文化財 につ いての こう した状況を」、まえて、社会 科教育 において文化財を どうと らえ、 どうい う観点で教 え るべ きか につ いて考 えてみたいと思 う。
2。 文 化 財 の 概 念
「 自然」 に対す る意味で「文化」 といえば、人間が生 みだ した もの、つ くりだ した ものがすべ 一‑ 36 ‑
て文化 とい うことになろ う。社会科教育発足当初の文部省著作教科書 に「社会科13 文化遺産 」 とい うユニークな ものがあ って、そ こには、「 人間 の精神的・ 物質的 な生活 活動 を豊 か にす る い ろいろの ものを文化 とよんで いる」 とあ って、文化 とい うものは、人間が人間 らしい生活をす る ために過去か らうけついできた、衣食住の しかた、道具や機械、制度 や施設、礼儀や習慣、科学 0 芸術・ 言語・ 思想 な ど「 祖先の経験 と く」、うの遺産」 と解 されて いた。文化をそのよ うに広 い意 味 にとれ ば、文化財 も「人間 によ ってつ くり出 された ものを広 く文化財 とい う。石器やそのつ く り方 、あ るいは狩 りの しか たな どは、石器時代 の文化財であ る」2)とぃ ぅことにな るだ ろ う。
ところで、文化財 とい う言葉 は、戦争中の1939、 40年 頃「生産財」 とい う言葉 に対 し精神文化 的な意味で「文化財」 とい う言葉が使われ た ものを耳 に した人 もあ った とい うが 、3)文化財 とい う 言葉が一般 に用 い られ るようにな ったのは、 1950年 の文化財保護法制定以後の ことであ る。制定 当時「文化財」 は、ず いぶん耳慣れない用語 と して受 けとめ られたのであ った。保護法では、有 形文化財 (埋 蔵文化財を含 む)・ 無形文化財・ 民俗文化財 (制 定 当初は民俗資料)・ 記念物を文 化財 と し、75年 の改正 で伝統的建物群を これ に加 え る。 こうして、文化財の範囲が大幅 にひろげ られ、評価の基準 に、学術上の価値や観賞上 の価値 、「国民 の生活 の推移の理 解 の ため に欠 くこ とので きない もの」が加 え られて、古社寺や一部特権階級の所有物か ら民衆の生活の中 にいまな お生 きつづけて いるものにまで文化財の概念が拡大 され、文化財 に対す る国民の見方 に大 きな変 化 を もた らしたので あ った。 そ して今 日、文化財 といえば、文化財保護法第二条の定義 に従 って 語 られ るのが普通 にな って いる。そ こでは、人間 によ ってつ くり出 された ものが、すべて文化財 とい うわ けで はない。 なん らかの意 味で文化的価値 を もつ ものであ るべ きは、 ことわ るまで もな い。
文化 という言葉を狭義 に用 いた場合、具体 的 には学問・ 芸術・ 宗教・ 思想 などがあて られ るが 、 学問・ 宗教0思想 を さ して文化財 とい うことはあま りないだ ろう。文化 と文化財の概念 には少 々 ズ レがあ るとい って よ く、文化財 とい う言葉 には、 日で見 ることがで きるもの、耳で聞 くことが で きるもの、手でS、れ ることがで きるもの とい ったニュア ンスが強 い。
文化財 と同 じくこれ も戦後の ものだが、文化遺産 とい う言葉があ る。保護法 にい う文化財 は も ちろん、学問・ 思想・ 宗教 を含 む包括的な概念 と して用 い られている。あ る時代の社会 か らのち の社会 に受 け継がれて民族の共有財産 とな った ものが文化遺産で、過去の文化を現在 において も なお生命あ る存在 と して受 けとめ、の ちの世 に も継承 されてい くべ き もの と してみ る意味合 いで 用 い られ ることが多い。
文化財 にかかわ りの深 い歴史学では、文化財を ど うみて いるのであろ うか。黒 田俊雄氏は71年 の論稿4)で、文化財の内容 と して、(1)埋蔵文化財 の ほか美術工芸品0建造物・ 歴史的風土な ど、
いわば もの と しての遺物・ 遺跡、(2)古文書・ 古記録・ 金石文な どの文献の類、13)多方面 にわ た る民間伝承 をあげ、 これ らすべてを文化財 とよぶ ことには多少 ズ レがあ るか もしれないが、文 化財 とい うもの は、そ うい うひろい範 囲を含 む ものであ り、文化財 とは とりもなお さず史料 その ものであ ると し、「文化財問題 とは、埋蔵文化財や美術品の ことであ り、考 古学者 や美 術 史家 だ
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けの問題で あ るかの よ うな感覚が いささかな りと もわれ われ のあいだ にあ るな らば、 まず それ を は っき りと払拭すべ きであ る」 と強調す るところが あ った。そ うした観点 にたてば、歴史のあか しとしてのちの世に伝え るに値す るものは、広 くこれを文化財 とい ってよいであろう。 た とえば、
広 島の平和記念館 の原 爆資料 も大切 な文化財なのであ る。わ た した ちは、文化財 を とお して、文 化 や社会 を理解 す るわ けであ る。
社会科教育、 とりわ け歴史教育 にお いて文化財学 習をすす め る場 合、文化財は この よ うな もの と して考 え られて よいのではなか ろうか。
3.指導 要 領 と文 化 財 学 習
社会 科指導要領 は、改定のた びごとに文化を重 んず るよ うにな って きて い るが、現行指導要領 で、文化遺産や文化財 について学 習す る箇所を拾いあげること、およそ次の とお りで ある。
小学 校 社 会 科 第3学年
標
目 (1)…・… (地域 に見 られ る)人々の生活の様子 は歴史的に変化 して きた ことを理解 させ、地域社会の成員 と しての 自覚を育て る。
容
内 (5)自分 た ちの市 (町 、村)の生活が変わ って きた様子を具体的事 例 を通 して理解 させ るとと もに、地域 社会 の文化財 や行事 に関心を
もたせ る。
第4学年
目 標 (1)地域社会で は、人 々の生活の安全 や向上 を図 るための協 力的活 動 や計画的活動が行 われて いること及 び過去 にお いて も先人 による この よ うな働 きがみ られた ことを理解 させ、地域社会 の発展を願 う 態度 を育て る。
内 容 (2)人々の生活の向上を図 るため、市 (町 、村)や県 (都 、道 、府)
によ って計画的な事業が行 われて いることや、地域の開発 に果 した 先人の働 きについて理解 させ る。
イ 先人 による地域 の開発 や保全の具体 的事例 を取 り上 げ、先人 の 働 きを当時 の人 々の生活 や用 いた技術及 び土地条件の面か ら理解す
ること。
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第5学年
第6学年
中学校 社会 科 歴史的分野
標
目 (1)我が国の食料生産及 び工業生産の特色並 びにそれ らの生産活動 と国民生活 との関連 について理解 させ る。
内 容 (1)一イ 伝統 的な技術を生か した工業 について、人々が原料や土地 の条件を生か しなが ら生産 していることを理解 し、生産す る人 々の 技術 や製品の もつ意味 について考え ること。
目 標 (1)国家・ 社会 の発展 に貢献 した先人の業績 や優 れ た文化遺産 につ いての関心 と理解 を深め、我が国の歴 史や伝統を大切 に しようとす る態度を育 て る。
容
内 (1)身近 な地域 や国土 には、歴 史的な遺跡 その他 の文化財が残 って い ることに気付かせ、 自分た ちの生活の歴 史的背景 に関心を もたせ るよ うにす る。
(2)……歴史上の主な事象 について、人物の働 きや代表的な文化遺 産 を中心 に理解 させ る。
内 容 の 取 扱 い
(1)……歴史上の人物 や文化遺産 については、
重視 し、その人物 の働 きや文化遺産を通 じて、
で きるよ うな ものに精選す る必要があ る。
児童 の興味や関心 を 内容が具体的 に理解
目 標 (1)我が国の歴史を、世界 の歴史を背景 に理解 させ、それを通 して 我 が国 の伝統 と文化 の特色 を考 え させ るとと もに、国民 と しての 自 覚 を育て る。
13)国家・ 社会及 び文化の発展 や人 々の生活 の向上 に尽 した先人 の 業績を学 ばせ るとともに、現在 に伝わ る文化遺産をその時代や地域 との関連 において理解 させ、それを愛護 し、尊重す る態度を育て る。
容
内 〔 (1)〜uO 各時代の文化 〕
(2)……内容の(1)及び(2)の取扱 いに当 っては、考 古学 な どの諸科学 の成果を も適宜活用す るとと もに、神話・ 伝承 な どの学習を通 して
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内 容 の 取 扱 い
当時の人 々の信仰や ものの見方 な どに触れ させ ることが必要で ある。
(3)郷土 の 史跡 その他の文化財を見学・ 調査 させて、我が国の歴史 の発展を具体的 に把握 させ るとともに、特 に内容 の(Ы、(6k(7)及 び
(8)の取扱 いにおいて は、地理的分野 との関連 を図 り、かつ民俗学 の 成 果を活用す るな ど して 、郷土 の生活文化 に触れ させ ることが望 ま しい。 その際、程度 の高 い取扱 いは避 けるよ うにす る必要があ る。
公 民 的 分野
標
目 (3)………自国を愛 し、その平和 と繁栄を図 り文化を高めることが大 切で あ る ことを 自覚 させ る。
容
内 (1)民主主義 と現代の社会生活 ウ 現代 の文化 と生活
現代 の社会生活 にお ける文化のはた らきとその特色を理解 さ せ、我が国の文化の伝統 に関心を もたせ るとともに、文化 を創 造す る意義 に気付かせ る。
小学校 の 3・ 405学年 において、文化財学 習がかか わ る部分 は そ う多 くはな いが 、 いずれ も 歴史的分野 の学習に属す る。中学校の公民的分野で、文化財の学習にあて られ る時間 は僅かであ る。 したが って、社会科における文化財の学習は、その ほとん どが歴 史学 習に含まれて いるとい っ て よい。
ところで、 この現行指導要領で は、小学校第6学年で「歴史上 の主な事象 について、人物の働 きや代表的な文化遺産 を中心 に理解 させ ることを明示」 した とい う♂)ま た、中学校 の歴史的分野 で「地方の文化」「地方 の生活文化」「郷土 の生活文化」が新 しくとりあげ られた。一応 うなづ け る措置のよ うにみえ る。 しか し「代表的な文化遺産 の一例 と して」、神話 や伝 承 が ま っ先 に と りあげ られ た り゛)「民俗学 な どの成果を活用 して、生活文化 などを具体的かつ幅広 い角度か ら学 習 させ る」 ため に、「 政治的流れを中心 とす る学 習か ら、 日本人 の生 活 の展 開 」 の学 習 に比 重 を 移 した といわれ るとJ)ち ょっと気 にかか る。さ らに、歴史的分野 の「我が国の伝統 と文化 の特色 を考え させ るとともに、国民 と しての 自覚を育て る」 とい う目標を、最近の思想動向 とか らめて 考 え ると、 い っそ う気がか りにな る。歴史や伝統 とか、国民 的 自覚 といえばま ことに響 きはいい のだが、過去 において、 それ らが ほとん ど前向 きの動 きをお さえよ うとす る□実 に利用 されて き た とい う事実が あるか らであ る。「 日本独 自の文化」 とい うことが強調 されて くる と、文 化 へ の 非歴 史的な把握 、超時代的な理解 とな ってあ らわれて くる危険があ る。文化的伝統 や文化財の尊 重が政治的 に利用 され、 日本文化の創造的発展をお しつぶす よ うな ことが あ ってはな らないであ ろ う。家永二郎氏は、 日本文化史の真実 に立脚 しつつ、「過去の文化的伝統 の 中か ら、 私 た ちが
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ほん とうに誇 りうるもの、今 日の 日本 において依然 と して高 い価値を失 ってお らず、 さ らに明 日 の 日本の発展 のために、 さらにひろ く世界人類の向上のため に貢献 しうる もの、その反対 に、 日 本民族の進歩を さまたげて きた もの、今 日および今後の私た ちの努力 によ って一 日も早 く清算 さ れ な ければな らない ものを、的確 に見わけ、それぞれにお、さわ しい正 当な位置づけを行 な うよ う 努力 しなければな らないで あ ろ う」 と語 って いる。8)こ れは、文化財 について考える場合に も、そ の ままあてはま る大 じな基本的観点 といわねばな らない。
4.文化 財 と歴 史 学 習
か つて私は、文化財の学習は、民族の文化財 に対す る正 しい理解 と認識を深め ることにあ ると して、次のよ うに書 いた ことがあ るP
「美 しいなあ」「 きれ いだなあ」「す ば らしいなあ」 と感ず るだけで な く、「 こん な立 派 な もの を作 ったのは誰だろ う、 どうや って作 ったのだ ろ う」「 その時代の人はどん な生 活 を して いた のだ ろ う」「 これを使 った人は どんな人だろ う」「 これをみた人は どんな気持 だ ったのだ ろ う」
な どと考 え、 さらに、「 その時代 に何故 こうい うものが作 られ たの だ ろ う」「 それ は その社会 で どうい う意味を もったのだろう」「誰が どのよ うに して今 日まで伝 えて きたの だ ろ う」 とい うところまで考えてゆ く子供を育てて ゆかねばな らない。文化財の社会的な性格 と歴史的な意 義を正 しく把握 させて ゆかねばな らな い。お よそ文化財 の中には、 その時代 時代 の歴史的社会 的条件が何 らかの形で刻印 されているはずで ある。それ らの文化財の背後 に横たわる歴史的現 実の理解の上 に、文化財の歴史的意義を認識 させて ゆ くことが必要で あ る。例えば運慶のす ぐ れた仏像一― 平安貴族が没落 し新 しい社会の担 い手 と して武士階級が台頭 して きた転換の時代 に、彼の天才 によ って生みだ された文化的芸術的所産であ った ことを充分 に考 え させて ゆかね ばな らない。 白鳳 と天平の仏像を くらべ させ るな らば、子供達 たちは子供 た ちな りにその違 い に気づ くであ ろ う。 そ こには律令体制確立期の生命 に満 ちた古代貴族の精神 と動揺期のそれ と の違 いが反映 されて いるはずで ある。 くらべ ることは大切である。時間的歴史的に くらべ るば か りでな く空間的地理的 に唐の文化 と くらべ させ ること も必要であ る。唐文化の影響下 にどの よ うに民族の形式が生みだ され よ うと して いたか とい うことを、万葉の歌や法隆寺の壁画な ど とと もに考 えてゆかねばな らな い し、天平文化が いわば唐文化圏の一地方文化であ った ことの 理解、従 ってお国 自慢 に陥 らな い正 しい理解が与 え られねばな らない。「 ど う して あ ん な大 き な大仏が作 られたのだ ろ う」「大仏をみた当時の人は どんな気持 だ った ろ う」 と考 えて ゆ く中 で 、大仏建立の歴史的事情 とそれが果 した歴史的な役割をつか んでゆ くように したい。 さらに は、それが班 田農民の負担や多 くの役民の労働 によ って作 りあげ られた ものであ ったに しろ、
それを指導 し利用 したのは誰であ ったか とい うこと、 ひいては天平文化の性格 について も考え させて ゆ くよ うに したいとお もう。また、近代演劇 の基礎 とな った といわれ る能 や 日本人の生 活や住宅様式 にいまだに影響を与えている茶道が、古代社会を うちたおそ うとす る民衆の エネ ルギーに支え られた歌舞 中心の楽劇 や茶寄合 に起源を もつ ものであ ることが知 らされねばな ら
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ない。 こう した歴史的理解 にたつ ことによ って、文化財 に対す る正 しい認識を得 させ ることが 出来 るとお もうし、逆 にまた文化財を この よ うにとりあげてゆ くことによ つて、歴史や社会科 の学習をい っそ う豊か に生 き生 き した もの にす ることが出来 ると信ず る。
基本的 には、今なお この考 えを捨てて は いな い。 しか し、 その とき私 は、文化財の学 習 におい て は、美的感受性を伸ば してい くことに も力を注 いで い く必要があると して 、「美 しい ものを 美 しいと感 じることの 出来 る力を、文化財の学習を通 じて養 って ほ しい し、社会科の先生で もや り 方 によ って は充分 出来 ることであ ろ う。」 といい、子 どもた ちが文化財の芸 術 的価 値 を つか み と ることを期待 した。今 に して これを思えば、社会科教育 と しては少 々欲ば りす ぎた議論だ った と 思 う。遠山茂樹氏 もい うよ うに10)歴 史教育では、文化遺産 を社会 の しくみを知 るうえでの要素 と して と りあげ ることが肝要 で、「 文化の歴 史性0社会性・ 階級性を とりあげ るので あ って 、文化 遺産 の文化的価値 その ものを とりあげるのが第一 目的で はない」ので あ る。
家永三郎氏は、「 文化 には、つ くり出す はた らきと、つ くられ た もの と、享 受 す るは た らき と の三つの面があ る」 と して、次のよ うにい っている。11)
文化をつ くり出すはた らきとは、 どのよ うな社会 または個人の要求 によ り、 どの よ うな社会 または個人の活動を通 じ、いかな る素材・ 方法 によ って文化がつ くり出 されたか、 とい うこと で ある。つ くられ た もの とは、 こうしてつ くり出 された文化が、 どんな性格・ 構造・ 役割を も つか とい うことである。享受 とは、そのつ くられた文化が、 どのよ うな社会または個人 によ っ て受 け入れ られ、役立て られ、 さらにつぎの文化をつ くり出す上 にいかな る貢献を したか、 と い う問題であ る。
さて 、 こうい う点を考慮 しなが ら文化の発達 を見て い く場合、実際 問題 と して は、 つ ぎの よ うな問題 に留意す るのがたいせつとな ろう。
文化を、単にで き上 った文化財 と してでな く、いつ もこれをつ くり出 し、享受す る社会 また は個人 との関係 において考 えること。 しか も個人 とい って も、社会 の中での個人なのであるか
ら、文化をその社会的なにな い手 とのつなが りか ら考 える、 とい うことになる。
それ は、文化を時代の所産 と して歴史の動 きの中で とらえるとい うことに外な らな い。文化財 の学習にあた って も、忘れ られて はな らない大切 な視点 といえよ う。
しか し、 ひとたびつ くりだ された文化財は、それがす ぐれた ものであればあるほど、時代を こ えた生命を もち、の ちの時代 に受 け継がれて い く。文化は、 それを生 み出 した時代の基礎構造 に 支 え られなが らも、 いわゆ る上部構造 と して相 対的独 自性 を もち、基礎構造 を異 にす る次の時代 の文化を生 みだす重要 な前提にな るとい う、文化 自体 の 自律的な運動過程を内在 して いる。文化 的所産の中 には、基礎構造 と運命を ともに して消滅 してい くもの もあ るが、す ぐれた文化遺産 と して継承 され、現代 において も生命を もつ もの もあ るわけであ る。 したが つて、文化 ない し文化 財は、時代 の歴史、 つま り政治0経済・ 社会 と結 びつ けて と らえ させ るだ けでな く、時代 を こえ て生 きつづ ける面のあ ることに気づかせ ることが大切であ るといえよ う。
ところで、文化 には超時代的な要素が あ るか ら、時代を こえて継承 され るとい うだ けで は不十
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分であろう。受け継 いで ゆ く受 け皿 の問題があ るか らである。たとえば、 それが書かれ たときは、
貴族社会 だけで読 まれ るにす ぎなか った源氏物語が、室町時代 には地方の武将 に古典 と して尊重 され るよ うにな り、江戸時代 に入 ると町人の間で ひ もとかれ るよ うにな った。「 この よ うに 、 源 氏物 語が しだ いにひろい社会層 の共有 文化財 と して うけつがれて い った ことは、 ひ とつ には源氏 物語 それ 自身 のたか い芸術的価値 によ るとはいえ、古代か ら封建社会 にか けての民衆 の社会的地 位 の向上 、文化的能力の増進 とい う歴史的発展 な しには考え られないところであ った。社会の進 歩、民衆 の向上 こそが、源氏物 語を貴族 の階級文化 か ら民族的古典 にまで昇華せ じめ る決定的な 条件 としてはた らいてい る事実を」2)見 落 してはな らないのであ る。文化的教材の取扱 いにあた っ ては、 こうした文化遺産 の継承 の問題 に もっと目を向けるべ きもの と考え る。
文化が時代を こえて生命を もつ とい うのは、それが内包す る文化的価値 によるものであ ろう。
しか し、 さきに遠山氏の文章を引用 したよ うに、文化遺産 の文化的価値 その ものを とりあげ るの は、歴史教育 の第一の 目的でな いとみ るべ きであ ろ う。 そ もそ も文化的価値 を理解 させ ること自 体、無理 な相 談で ないか とい う思 いが、私 にはあ る。た とえば源氏物語の文学的価値 とか雪舟の 水 墨画の美術 的価値 とか を、生徒 にわか らせ ることは ほとん ど不可能 な ことではなか ろ うか。か りにそれが可能だ と して も、それ は歴 史教育 の問題 ではな く文学教育 や美術教育の問題 といわな けれ ばな らな い。歴史教育 は「社会の しくみを構成す る要素 としての文化の歴史的性格 と役害Jり
を知 る」13と とを任務 とす ると考え るべ きであろ う。 したが って、文化財 の史料的価値 とい うか、
それ によ って何がわか るか とい う観点 は もっと大 じにされて よいことであ ろ う。それ は、子 ども た ちに もわか りやす い し、興味を ひ く問題で もあ る。た とえば、木簡 ひとつ とりあげて も、その ことは明 らかであ ろう。文化ない し文化財はそれが生 みだ された時代 と歴史を結 びつけて とらえ させ る必要 のあ ることは さきに述べて とお りだが、逆 に文化財を とお して歴史を認識 し、社会の しくみ に迫 るとい う側面 のあ ることをわか らせたいと思 う。 その現代 における文化的価値 を問 う ことは無理 だ と して も、 た とえば東大寺南大門の金岡J力士像が語 りか けて くるものは、王朝貴族 の世界 とは異 な る武家社会 の息吹 きであ るだろ う。文化財を じっくりと見た り聞いた り調べた り
して、生徒 自身が素直 に感 じとった もの、わか った ものを手がか りに、歴 史の学習をすすめて い くことに もっと積極的であ ってよいのではなか ろうか 。
さきにも
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れたように、文化遺産の継承 の問題 は、歴史教育が課題 とすべ き大切な観点であ る。
しか し、文化遺産 は、たん に受 けつがれ るだけでな く、そ こに新 しい創造が加え られて、 よ り豊 か な ものにな って い く。文化 は文化遺産 の継承 と、新 しく加 え られ る創造 によ って発展 してきた のであ る。継承 の問題 は創造の問題で もあ る。文化財 といえば、す ぐ保存 ということに目が向け られが ちだが、 とりわ け教育の分野では、保存 とい う立場 に とどま らず、文化財の何を どのよ う に継承 し、それをも、まえて どうい う新 しい民族文化 を生み出 して い くか とい う創造的立場が尊重 されな くてはな らな い と思 う。 これ まで歴史教育では、 この点がお ろそか にされて きた嫌 いがあ る。過去の文化 について、克服 し否定 しなければな らない残滓 と、未来の創造 に結 びつ くもの と して継承すべきものをは っきり見 きわめ、歴 史教育 の中で何を どの点 につ いて とりあげ るべ きか 、
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十分 に検討 しなければな らな い。文化遺産を、現代の生活や文化 と直接間接 にどの よ うにつなが りが あ るか、未来の創造 に どの よ うにつなが って い くか とい う観 点で、精選 して扱 うことは、教 材選択 の一 つの基準 とな るであ ろ う。たん に民衆 の生活 に根 ざ して い るとい う理 由で、民衆 の生 活文化を過大評価 した り、あ るいは時 に民俗学でみ られ るよ うに、変 らず に残 った ものがあれば、
無批判 にそれを民族文化の中核 にすえ るよ うな ことがあ ってはな らないであ ろう。
つ いでなが ら、77年 の指導要領 にあ らわれた地方の生活文化 について若千 の留意点を書 きとめ てお くことに したい。すで に示 したよ うに、指導要領 に「 民俗学の成果を活用す るな ど して、郷 上 の生活文化 に触れ させ ることが望ま しい」 とあ って、指導書では「 これ は、歴史学習では `生 活 の展 開″を見て い くことが重要 な こと、 そ して庶民 の生 活 の うち、文献 や遺跡・ 遺物 の調査 な どで は十分 には明 らかに されない面を も取 り上 げ、幅広 く生活全体 を とらえ させ ること、などの 学 習の視点 か らでているのであ る」 といいなが ら、「 衣食住・ 冠婚葬祭。年 中行事等 の生活 の 中 に 日常見 られ るものが対象であ る」 と して、生活 その もの よ りは、民俗文化財への こだわ りが強 いよ うにみえ る。現 に、指導要領改訂当時、文部省初中局教科調査官だ った佐藤照雄氏 は、生活 文化の学習 内容 を、文化財保護法 の「重要有形民俗文化財指定基準」 によ って概念構成 を して い るのである」4)しか し、生活文化を とりあげ る場会、あま り民俗学や民俗文化財 によ りかか りす ぎ な いよ うにす る必要があ るのではなか ろ うか。民俗学 の常民文化研究 には、新 たな創造 に向か っ て積極的な意義を もつ と思われな い営みまで も、ただ`
常 民 の生活 の所産 な るが故 に これを評価 し よ うとす る傾 向がみ られた りす るか らであ る。わた した ちは、生活文化や民俗文化財 を とりあげ るときには、次のよ うな諸点 に留意す る必要があ ると思 う。
(1)生活文化 を労働や生産 とのかかわ りのなかで とらえ ることを忘れな いこと。
12)生活文化 の基底 にある生活 その ものについての歴史的理解 が欠かせ ないとい うこと。
(3)生活文化 を牧歌的 に受 けとめ ることのな いよ うに気 をつけ る こと。
最後 の点 に若千 の コメ ン トをつ け ると、民衆 の生活文化 が、 きび しい生 活の所産、非文化的状 況の中での所産であ った ことを忘れないよ うに した いとい うことであ る。附属中学校三年生の生 徒 は、江戸時代 の文化を学 習 したあ との感想 文で、「 苦 しい生活 の中で ど う して あ あ い うす ば ら
しい文化が生 れたか」 と問 い、月」の一人 は「 自由のない社会 で これだけ文化が花開 いたのはすば らしい。苦 しいときつ らいときほど、人間 はよ りよい ものを求め るので はないか」 と書 いている。
民衆の生活文化 の創造的契機 について鋭 い指摘を して いると思 う。鹿野政直氏のい うよ うに、文 化 とい うものは、「つね に非文化 との対比・ 緊張関係 にお いて把 握 しな けれ ば な らな い」15)ので あ る。
5。 公民的分野における文化財の問題
公民 的分野 が文化 にかかわ る部分 は、 きわめて少 な い。「 現代 の文化 と生 活 」 とい う一 項 が あ るわけだが、 その中には、マス コ ミと教育の問題が含 まれていて、教科書 な どで も文化 の伝統や 創造 について遮ゝれた叙述 は、せ いぜい全体 の3%程度 に とどま って い る。 それ も、77年 (昭 和52)
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の指導要領 の改定後、 その縮減が いち じる しいのである。
試み に 日本書籍 の教 科書 (「中学社会―公民的分野」)につ いて これをみ る と、 74年 (昭 和49) 検 定本 に比べて、80年 (昭 和55)検定本で は「 社会生活 と文化」の章が全体 と して減 っている。
そ して、74年本 はマス コ ミと教育を除 く該 当部分 に13ペ ー ジをあて、 さ らに章の終 りの ところで
「文化の創造 と伝統の継承 」について1ペー ジ余 りを さいてい るのだが 、80年本ではわずか6ペー ジをあて るに とどま って いる。74年 本では、「 文化の進歩」 の項で文化財・ 文化遺 産 に3、れ 、文 化財 の保護や文化 的な生 活 につ いて も説 き及 んで い るが、80年 本ではそれ らが全 く欠落 し、文化 財・ 文化遺 産 と い う言 葉 さえ み られ な い。「 文化 を つ くる人 間 」 (動 物 と人 間 、 三 つ の文化)
「文化 は人間 をつ くる」(文化 と人間 らしさ、文化 と教育)をうけて「文化 の発 展 」の項 で 、文 化 の伝統、文化 の摂取、文化 の創造 につ いて、 それ ぞれ 10行 余 り述べて い るだ けであ る。 これで は「 具体 的な事柄の学習を通 して、 自分たちの生活や ものの考 え方 に我が国の文化の伝統が生 き てお り、新 しい文化を受 け入れた り、文化 を独 自な もの と して生み出 した りす るには、我が国の 文化が母胎 とな ってい ることを生徒 に気付かせ る程度 の扱 い」16)も難 しいだ ろ う し、現場 の学習で は、 ほとん ど素通 りされているのが実状であ る。文化財破壊 の危機 と保存 の問題 などを とりあげ る機会 は用意 されていないとい って よい。
公民 的分野 の文化の学 習が、 そんな ことで果 た して よいので あ ろ うか。指導要領 の内容{1)一 ウ の「現代 の文化 と生活」 の後半部分、「我が国の文化の伝統 に関心を もたせ る とと もに、 文化 を 創造す る意義 に気付かせ る」 とい うの は、 文化 に関す る具体 的な教材 が用意 されて い る歴史的分 野 の学習 に移すべ きであ ろ う。 そ して、現代 におけ る文化 の問題 と して、 マス コ ミ0教育 とと も に文化財の危機 と保存 の問題を とりあげるべ きで はなか ろうか。は じめに も遮、れ たよ うに、破壊 の波 は全国的な規模ですすんでお り、学習の手がか りとすべ き事例 は、 どこにで もあ るとい って よい。記録保存 の名にお いて こわ されてい く遺跡 もた くさんあ る。風俗慣習や民俗芸能 などの民 俗 文化財で、消 えて い った り、変 って い った りす る もの もまた多 い。村 のお堂 の萱葺 き屋根を維 持 して ゆきた くて も、萱 も手 に入 らず、萱葺 き職人 もいない とい う事態 もあ る。桧皮葺 や柿板葺 とな ると、 その職人は全国で百人 もいないのだ と聞 く。他方、平城宮跡 をは じめ とす る各地の発 掘調査や保存 科学 の進展 は、文化財が学 術資料 と して もって いる大 きな価値 を、多 くの国民 に認 識 させ るよ うにな って きて いる。その他 文化財が 当面 す る問題 は多 い。「 現 代 の社 会 と文 化 」 の 学習 にお いて、破壊 の危機 や保存 の問題 を含めて、当面す る文化財問題 をぜ ひ とりあげ るよ うに
したい ものであ る。
今一 つ公民 的分野 においてぜ ひ学 習 させ たい もの に、文化財 を破壊か ら守 るため にユ ネス コが 行 って きた多 くの国際勧告 とそれに もとづ く国際条約 の ことがあ る。「現代 の 社会 と文 化 」 の と ころで もよいが、内容13)一工の「 国際社会 と平和」の ところで とりあげ るのがより適当であろう。
たん に文化財の問題 に とどま らず、公民的分野 の 目標椰)も強調す る平和 に深 くかかわ る問題であ るか らであ る。
学 習の うえで とりあげた いの は、 1954年 オ ランダのハ ー グで調 印 され た「武力紛争時 の文化財
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の保護のための条約」17)でぁ る。 この条約 は、保護の対象 とな る文化財を、各国民が受 け継 ぐべ き 文化的遺産 と して多大の重大性 を もつ動産 または不動産 と して、次のよ うな ものをあげている。
(a)建築上、芸術上 または歴史上記念すべ き物。考古学的遺跡。全体 と して歴史的 または芸術 的 に意義 のあ る書跡 、書籍 その他 の物件。科学的収集、書籍 も しくは記録 の重要 な収集 また は前掲 の財の複製品の重要 な収集 。
(b)博物館、図書館、記録保管所 その他の建造物 であ って(a)に定 め る動産 文化財を保存 し、 ま たは展観す ることを重要 なかつ実効 的な 目的 とす るもの、および(a)に定 め る動産文化財を武 力紛争 の際 に防護す るための避難施設
(C)(a)お よび(blに定 め る文化財が多数所在す る集中地区
そ して、 これ らの保護対象を「一般保護」 と「特別保護」 に分 けて いる。「 一般保 護」 は、 武 力紛争 の とき、破壊 または損傷 を受 け る危険が あ る目的 に文化財や その周辺 を使用 しない こと、
かわ りに、 その文化財 に向けてはいかな る敵対行為 も行なわないことを諦約国が約束 しあ うこと を い う。「特別保護」 は、動産文化財 を武力紛争 の際 に防護す るための避難 施 設 や文 化 財 集 中地 区お よび他の非常 に重要 な不動産が対象で、その もの 自体が軍事上の 目的に使用 され ないこと、
大工業地帯 や空港、放送局、港湾、停車場、交通幹線 な ど攻撃 を受 けやす い軍事 目標 か ら「妥 当 な距離」をおいて存在す る ものに限 るとされて いて、 これ らが国際登録 され ると一種の中立地帯 とな り、締約国は これ らに敵対行為を しないことが義務づ け られ る、 とい うのであ る。 この「特 別保護」の登録原簿 はユ ネスコと国連 に保管 され、特別保 護 にな った文化財 には、 いか な る敵対 行為 も行われないよ うに、また、 その周辺地区を軍事 目的 に使用 しないよ うに して、文化財の不 可侵性 を確保 しよ うとい うので あ る。
加盟国の大半 は「一般保護」を 目ざ して条約 の批准を しているが、「特別 保 護 」 の手 続 を と っ たのは、バチカ ン市国 とオ ランダだけだ とい う。「特別保護」は、その国 に と って最 高 の価値 を もつ とと もに、世界 的価値を もつ文化財 に限 られ るので、わが国で その例 をあげるとすれば、法 隆寺地区、東大寺・ 正倉院地 区、唐招提寺・ 薬師寺地区、姫路城地 区、 日光地区な どが あげ られ るとい う。現在、66カ国が批准 を終 えて いるが、わが 日本 は、条約発効後 27年 に もな るの にまだ 批准の手続 きを と って いな い。
以上、条約 につ いてやや詳細 に述べ たのは、 この条約 の ことが あま りよ く知 られて いないか ら である。 しか し、 この条約 の もつ意義 は重 い。ぜ ひこれを社会科の学習 に とりあげ、前文 にうた われて いるよ うに「 文化財が最近の武力紛争 の間 に重大な損害を被 って いること、および交戦技 術 の発達 のため文化 財 の破壊 の危険が増大 して い ること」 の認識 に導 きた い ものであ る。
第二次世界大戦の折、 イタ リア政府が ローマ・ フィレンツェ・ ベネチアの三都市が「無防備都 市」で あ ることを世界 に向か って宣言 し、軍事施設 を設 けず軍隊 も通過 させ ないことを公約、三 都市が戦火か ら守 られ た事実があ る。文化財保護 のための条約 に加 えて この ことが お さえ られ る な らば、条約は、たんな る紙 の上 の約束 にとどま らないことを理解 させ ることがで きるであろ う。
しか し、 この条約 は、「 武 力紛争 時 の」 とあ るよ うに、戦争 を前提 と した もので あ る。 文化 財 を 一‑ 46 ‑
戦 火 か ら守 る た め の最 大 の保 障 は 、 戦 争 そ の もの が 起 こ らな い よ う にす る こ とで あ る。 そ う した 認 識 に達 す る こ とが で き れ ば 、 公 民 的 分 野 に お け る文 化 財 学 習 の もつ 意 義 は 、 い っそ う大 き な も の に な るだ ろ う。
追 記 紙 数 の 関 係 もあ って 具 体 的 な 指 導 法 に は筆 が 及 ば な か った 。 他 日を 期 した い 。
注
1)文化 財保 護法第二条.
2)日本書籍「 中学社会 ―公民的分野 」74年検定本.
3)児玉幸多・ 仲野法編『文化財保護の実務 上』(柏書房 1979年)所収 、「文 化財保護をめ ぐって<座
談会>」.
4)黒田俊雄「今 日の文化財問題 と歴史学J(「歴史学 論 」249号 1971年).
5)文部省『小学校指導書 社会 編 』1978年.
6)注{5)前掲書.
7)文部省『 中学校指導書 社会 編 』1978年.
8)家永二郎「文化史 と文化遺産の問題」(「思 想 」 395号 1957年).
9)拙稿「文化 財 と学習指導 」(「奈良 県教育 」43集 526号 1954年).
10)遠山茂樹「歴史教科書の実践的批判検討のために」(「歴史地理教 育 」 100号 1964年).
11)家永二郎『 日本文化史 第2版』(岩 波 新 書 1982年).
12)注8)前掲 論文. 13)注 10)前掲論 文.
14)佐藤照雄「移行期の 中学校社会 科研 究の課題3<歴史的分野の研究 課 題>J(「社会 科 教 育 」 176号 1978年 6月)。
15)鹿野政 直「民衆 史研 究 におけ る文化の問題 」(『民衆 史の課題 と方 向』<三一書房 1978年>所収).
16)注7)前掲書.
17)以下条約 の 内容 につ いて は木原啓吉『歴史的環境』(岩波新 書 1982年 )によ る.
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