I,問題 の 所 在
日本社会では,1980年代 か ら外国人労働 者が増 加 し始 めて きた。屋外作業 を伴 う現業 な ど身体的 負担 の大 きい 分野 にお ける外 国 人の就労が注 目さ れ る とともに,就労資格の ない外国 人の不法就労 や不法残留が問題視 され るようになって きた (梶 田,1994)。 ところが,1990年 (平成2)6月 か ら施行 された「出 入国管理 及び難民認定法」 によ り,日系 人三世 。三世 には「 日本 人の配偶 者等」
や 「定住者」 といった就労 に制限の ない在留資格 が与 え られ,それ以 降南米か ら日系人が数多 く就 労 を 目的 に来 日す る よ うになった。2000年 (平成 12)12月 現在 の 日本 にお ける外 国 人登録数 を見る と,韓国 。朝 鮮,中国 に次 いで3番目にブ ラジル 人が 多 く,254,394人を数 える。 ベ ルー人 も比較 的 多 く,46,171人 となってい る (財団法 人 人管協 会,20()1)。 20()4年 (平成16)12月現 在の ブラジ ル 人登録数 は,286,557人に達 してい る1)。 今や 日本社 会 とくに労働市場 において 日系人 と くにブ ラジル人が重要 な役割 を担 ってい る といえる。
1990年 代の 日本社会 にお ける南米か らの 日系 人 の動 向は, まず社会学 ・文化 人類学の研究対象 に な り,愛知県豊 田市 (都築,1993),静岡県浜松 市 (渡辺,1995,池上,2001),群馬 県太 田市 ・
大泉町 (喜田川,1995。 1997・ 1999,渡辺,1995, 小 内 ・酒井,2001)な どで,ブラジル人を中心 と
した就労状況 や社会生活が現地調査 にもとづいて 実証 的 に明 らか に されてい る。 また,教育社 会学 の分野 で も,日 本の公立 小 中学校 にお けるブ ラジ
新 地 理54‑3 2006年12月
日本 にお ける ブ ラジル人学校 の展 開 と児童 。生徒 の就学状 況
― 群馬県邑楽郡大泉町の事例 を中心 に一 岩 本 廣 美*
キー ワー ド:ブラ ジル入学校, 日系 ブラジル人児童 ・生徒,大泉 町,教育地理学
ル 人な どの動 向 を把 握 した研 究 に,愛知 県T市
(太田,2000),静岡県X町 (池上,2001),首都 圏のA市 (志水 ・清水,2001),群馬 県 太田市 ・ 大泉町 (小内,2003)な どでの事例がある.公立 小 中学校 における外国 人児童 ・生徒 に関す る教育 実 践 の あ り方 を述べ た もの も数 多い (中西 ・佐 藤,1995,梶田ほか,1997な ど)。 外 国 人児童 ・ 生徒の ア イデ ンテ イテ ィ形成やそれに伴 う問題点 な どを論 じた研究 も見 られる (広田・藤原,1994, 大 田,2000,関口,2003な ど)♪ しか し,これ る
の社会学,文化 人類学,教育社 会学 な どの諸研究 で は,ブラジル人に関す る全国的 な分布動 向 にほ とん ど着 目 してお らず, また,それぞれの事例研 究 において は背景 にある産業動 向や周辺地域 の把 握 が不十分 な ものが多い。
地理学の研究 においては,公表 されてい る統計 資料 を駆使 し,金田・角本 (1997)が各都道府県 お よび主要都市 におけるプラジル人をは じめ とす る外国人の登録状況 を把握 し,ブラジル人が地方 都市 に数多 く居住 してい る事実 を明 らか に してい る。 また,法政大学 日本統計研究所 (1994)は関 東 。中部地方 について,清水 ・中川 (2002)は首 都 圏 につ いて,市町村 レベ ルの外 国人登録数資料 を用いてブラジル人な どの居住分布 を明 らか に し て い る。 い っぼ う,岐阜 県美 濃 加 茂 市 (吉田,
1992ab),群馬 県大 田市 。大泉町 (一橋 大学社 会 地 理学 ゼ ミナール,1994,中 村,2000,千葉, 2001,戸井 田,2002),静岡県小笠町 (大谷,1998) な どの事 例研究では,地域 の産業動 向 との関わ り に注意が払 われブラジル人の就労状況 や生活実態
*奈良教育 大学
―‑33‑―
が具 体 的 に明 らか に され てい る。 と くに,千葉 (2001)は大 泉 町で ブ ラ ジル人の集住 を背景 に各 種 のエ スニ ックビジ ネスが発生す る とともにエ ス ニ ックタウ ンが形成 されていった過程 を詳細 に明
らか に してい る。
渡辺 (1995)な どが明 らか に しているように,
就労 目的で来 日 したブラジル人が家族 を帯 同す る 場 合,1990年代前半 は就学年齢相 当の子 どもが 日 本 での就学 を希望 すれ ば公立小 ・中学校 に通 うこ とが一般 的であつた。 ところが,後述す る ように
1990年 代の半 ば頃か る日本 においてブラジル入学 校 が設置 され る よ うにな り,居住す る地域 の近辺 にブ ラ ジ ル 人学 校 が設置 され て い る場 合 は,児
童 。生徒の就学 先 を選択す ることが可能 になって きた (志水 ・清水,2001).在 日ブ ラジル 人学校 連 盟2)資料 に よる と,日本 にお け るプ ラ ジ ル人 学校数 は,2001年 (平成13)4月現 在で40校 以上 に達 してい る。 ブラジル人学校の存立 は,当該地 域 にお けるブラジル 人の集住 を基盤 とす る もので あ り,すみ わけ (セグ リゲー シ ョン)の一端 を示 す現象であ る と判断 される。 これ らブラジル入学 校 の経営状況や教育内容 については,断片 的であ るが群馬県大 田市 。大泉町 に設置 されたPT校と
PR校の実態が明 らか にされている (小内 ・酒井,
2001)。 また,東海地域 にお いて大規模 な外 国 人 学校 の実態 調 査 を手 掛 けた今津 。松 本 (2001) は,ブラジル人学校8校の実態 を詳細 に報告 して い る。 さらに,藤原 (2001)は大 田市 。大泉町の ブラジル人学校 の経営状況 とともにそ こに通 う児 童 。生徒お よび教員の意識調査 まで試みている。
小 内 (2003)は,そう した意識 調 査 を よ り多面 的 ・大規模 に実施 した うえで,大田市 。大泉町の ブ ラジル人の子 どもをめ ぐる実態や諸問題 を具体 的かつ詳細 に明 らか に している。 しか し, これ ら の研究ではプラジル入学校展 開の全国的動 向 につ いては十分 にオ巴握 されていない とい う問題点があ る。
以上 の よ うな 日本社会 にお ける外 国人 と くにブ ラジル人をめ ぐる諸状況や研究動 向 を踏 まえ,本
研 究 で は次 の点 を明 らか にす る こ とを 目的 とす る。
(1)2000年 (平成12)12月現 在の統計資料 を
用 い て, 日本 にお け るブ ラジ ル人3)の居住 分 布状況 について明 らか にす る。 ここで は,都道 府 県別 。国籍 別外 国 人登録数資料 (財団法 人 入 管協 会,2001)と 主 要 な県 について筆者が収集 し得 た市区町村別 。国籍別外国人登録数資料 を 用いて事実関係 を明 らか にす るゥ
(2)日 本 にお け る1990年 代 半 ば以 降の ブ ラジ ル人学 校 の展 開状 況 を明 らか にす る。 ここで は,先行研 究 にお ける記述 の ほか,現状 につ い てはブ ラジル大使館お よび在 日ブラジル入学校 連盟 が作成 した資料 を用いて事実関係 を明 らか にす る。 また,大泉町での現地調査 によって得 た資料 を もとにブラジル人学校 の経営状況 や カ リキュラム につ いて も明 らか にす る。
(3)事例地域 と して群馬県大泉町 を取 り上げ,
大泉 町 にお ける学齢期 にあるブラジル人児童・
生 徒 の就学状 況 を明 らか にす る。 現地 調査 に よって得た資料 を用いて,公立小 中学校 ・ブラ
ジル人学校 それぞれ に通 っている児童 。生徒 の 数 や状 況 につ いて事実 関係 を明 らか にす る とと もに,「 不就学J児童 ・生徒数 も明 らか にす る。
大泉 町 にお けるブ ラジル人学校 をめ ぐる最近の 動 向 につ いて も述べ たい。
(3)の事 例地域 と して大泉 町 を取 り上 げたの は,後述の ように,大泉 町 にお け るブラジル人 に よる外国 人登録割 合が全国の市区町村の中で もっ とも高い点 に注 目 した ことによる。 また,Jヽ 内・
酒井 (2001)や小 内 (2003)を は じめ大泉町 を事 例 と した先行研究が豊富 であ る こ とも考慮 したた めで ある。
(2)(3)に つ いては,小内 (2003)がす で に詳細 に述べ てい るが,見落 と してい る事実 関係 や筆者 とは見解の異 なる問題 がある。そのため, 本 研 究 で は小 内 (2003)の成 果 を随時援 用 しつ つ,筆者 の現地調査 に もとづ き,教育 問題 に関す る地域 的動向 を再検討 し明 らか に したい。 とくに ここで力点 を置いて述べ ようとす ることは,大泉
町 とい う地域 を事例 に取 り上 げ,ブラジル人学校 が設置 された ことによって,ブラジル人児童 。生
徒 の就学状況 が具 体的 に どの よ うな変容 を遂 げて い ったか について明 らか にす ることである。 この 点が従来 の研 究 で は不 十 分だ ったためであ る。
―‑34‑―
Ⅱ.ブラ ジル 人 の 外 国 人 登 録 状 況
1.都道府県別登録状況
ブ ラジル人の登録状況 を都道府県別 に見 る と, 次 の ような特徴があることに気付 く (財団法 人 入 管協 会,2001).
ア.ブラジ ル人の登録数が1万人 を超 える県が10 県 あ るが,これ らは関東地方,中部地方,近畿 地 方 に集中 してい る (第 1表)。 と くに1位の 愛知 県 (47,561人)と 2位の静岡県 (35,959人)
を合計す る と83,520人 とな り, この2県だけで 日本全体の約3分の1を占め る こ とか ら,と く に東 海2県へ の集 中が顕 著 であ るこ とが わか る.登録数が1万人 を超 える10県 の うち他国の 外 国人登録数 と比較 してブラジル人の登録数が もっ とも多いのは,茨城県,群馬 県,長野県,
岐阜県,静岡県,三重県,滋賀県であ る。 これ らに該当 しない埼玉県,神奈川県,愛知県 は,
韓 国 。朝 鮮 また は 中国の登録 数 が もっ と も多 い。 ちなみ に,関東 ・中部地方 で は.栃木県, 山梨 県 な どもブ ラ ジル 人の登 録数 が比 較 的 多
く, しか も他 国 と比べて もっ とも多い。
イ.政令指定都市 を有す る都道 府県で もブラジル 人の登録数 が 1,000人 以下 の ところが あ り,大
第 1表 都道府県別ブラジル人登録数
都 市 で ブ ラ ジ ル人の登録 が 多い とは考 え に く い。 この点 は,金田・角田 (1997)がすで に指 摘 してい る とお りであ る。
ウ.北海道 。東北 ・四国 。九州す なわ ち 日本 の縁 辺部各県 にお ける登録数 は少 ない。 と くに四国
4県で計838人,九州7県で計908人 とい うよう に,ブラジル人の登録数が極端 に少 ない地方 ・ 県があ るこ と もわか る。
以上 の ア, イ,ウの特徴 は,韓国 ・朝鮮,中国 の外 国人登録状況 とは大 き く異 なる点である。 ち なみ に,ベルー 人の都道府県別登録状況 は,ブラ
ジル 人の それ と比較 的傾 向が似 てお り,関東 地 方,中部地方,近畿地方 に多いが,最も多いの は 神 奈川県 であ る。
2. 市田丁本拐 」登録1犬況
都道府県別 ブラジル人登録数が1万人を超 える 前述 の10県 に栃木県,千葉 県 を加 えて,関東 。中 部 ・近畿地方 の12県 につ いて市区町村別のブラジ ル 人登録状況 を明 らか にす るcこ こでは,該当す る各都県か ら直接取 り寄せ た統計資料 または各県 が公 開 してい るホームページの検索 によって得た 統計資料 に もとづ いて検討す る1っ
入手 した統計資料 によ り,ブラジル 人の登録数 が50()人以上 の市 区町村 を選 び出 して,その一覧
を示 した ものが第2表であ り,分布状況 を把握す るため に作 成 したの が 第1図で あ る。 第2表で は,取り上げた市区町村 について登録数 とともに 推計 人口に対す る割 合 も示 した。 これは,それぞ れ の市 区 町村 にお け るプ ラ ジル人登 録数 とと も に,全人「Jに対 す る密度 を把握す ることが大切 で あ る と判断 したためである。
第1図か い,ブラジル人の登録数の多い市区町 村が,い くつ かの地域 に集 中 してい ることが明 ら かであ る。 とくに集 中 してい るのは,群馬 県 ・栃 木 県 ・茨城県 ・埼 玉 県 を含 む北 関東 方面 と静 岡 県・愛知県・岐阜 県・三重県 にかけての東海方面 である。 また,長野 県の盆地 に分布す る市町村や 旧東海道付近 にあたる三重県か ら滋賀県 にかけて 分布す る近畿地方内陸の市 町村 に も比較的集 中 し てい る状況が読み取れ る。 これ らは,各種 製造業 が集 中 している地域 とおお よそ重 なっている とい (2000年12月現 在,L位15位)
都道府 県 名 登録数 (人) 全 国比 (%)
1
2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
愛知県 静 岡県 長野 県 三重県 群馬県 岐阜県 埼 玉県 神 奈川県 茨城県 滋賀県 栃木県 千葉県 人阪府 山梨県 東京都
47.561 35,959 19,945 15,358 15,325 14,809 12,831 12,295
10、803 10,125 8,315 6,379 4,906
4、723 4.645
18.7 14.1 7.8
60
6.0 5.8 5.0 4.8 4.2 4.0
33
2.5 1.9 1.9 1.8
注)財団法人人管協会 (2001)よ り筆者作成
一‑35‑―
第 2表 ブラジル人登録数500人以上の市区町村 (関東 。中部・近畿,2000年12月現在)
県 合計,人 市区 町│す名 登 録 数 ,人 へ「I比.°。県 合 言l入 市 区 町 村 名 登 鋤麒護 人 人│ 比,% 県 合 計,人 市I{町 村 名 登録 数,メ、 人 11比,%) 茨城 県
11,678 }:'南lr 結域│∫
水海道│
神 栖 町 石 ド町
064 119 386 116 349
長野 県 20.227
11卜l ill
諏訪 市 矛野 市
fЛりS Ilf
飯 田 市 松 本市 塩 尻 市 長野 市 御 代 田町 箕輪 町 豊 科 町 穂 高町
9︲
% Ю
舵
%
17 餡
贅 60
H
器 帆
受 知県 47744
名 古屋 市港lX 71 μf畦市南│ズ
豊綺 市 岡山キ│「F
瀬 ア「市 半1上l市 春H井市 串川 市 碧1菊r, 刈 谷市 寵田 市 安城 市 西 尾市 小牧 市 稲沢 市 人府 市 知 立市 高
'り I II∫
ア1倉II∫
束油町
l,295 657 8.817 3.254 574
67(〕
615 2.236 1.360 1,124 5,222 1,972 1.586
3、729 921 703 1,179 645 735 663
獅Ⅲ狙瑯川ⅧⅥ闇効鰤即閾晰Ⅷ既削鵬叩晰晰
栃 木県 8,555
.::都宮, 足 利 市 佐野 市
/1ヽ111市 東岡 市 黒磯 市
1,33() 869 509 1.78()
1、232
53(〕
030 053 061 114 190 090 群馬 県
15.717 前橋 市 伊勢山奇││
尺田ilf
境 町 人泉 町
821 3,116 3.349 935 4.454
tL29 2′11
224 298
10̀15 岐 申県
14.809 人lli市 関│∫
美濃 加茂 ‖ 各務原 市 lJ:じ市 埼 玉県
13,276
││1越市
│II市 イ「卜II市 所 沢 市 べlli lll
東松111可
鴻 巣 市
│̲里町
019 015 091 017 162 075
r)72 2()h
輛『 司[早 36476
浜松lll
ャ青水市 宮11市 磐1■llJ
焼津 市 掛│1市 御殿場 市 袋,「市 浜北 市 湖lll市 4秦 )京肛「 浜 岡町 小 笠町 菊 川町 人 東町 竜洋 町 豊│ll田J
ll,182 807 1.626
2、394 1,131 966 1,109 1.126 944 1.766 613 639 1,408 1.059 1.126 908 738
192 034 070 275 096
12()
134 187 111 4()3 241 260
91)5 33・1
514 458 255
1重県 15.574
津││∫
四l]市1 松 阪市 上野 市 鈴 鹿 市 亀 山 市
1,825
̲/,698 561 2.005
3、452 1,115
112 092 045 325 185 282 千葉県
6.537 船 僑 市 市原 市 八千 代市
014
()21
048 滋 賀 県
1(),279 大津lll 彦根 市 長 浜市
′ヽ[1市市 栗東 町 甲西 町 水「!田J
受 知川 町 神奈│1県
12.565
横 浜 市鶴 見 区 川崎 市チ1山奇区 平塚 市 藤 沢 市 相 侵原市 秦野 市 厚 本市 綾 瀬 市
()52 ()35
043 024 010 045 03() ()82
注)各県の資料によ り筆者作成。ただ し岐阜県は財団法人入管協 会 (2001)に よつた。各県の合計 人数は,岐阜県 を除 き表1と一致 していない。
え よ う (北り‖, 2005)。
第2表によつて個 々の市区町村 を検討す る と,
ブ ラ ジル人の登録数 が1,000人 を超 える市 区町村 が48,2,000人 を超 える市 区町村 が16,それ ぞれ 存在す ることがわか る。 と くに, 1万人 を超 える 浜松市,5,000人を越 える豊橋 市 お よび豊 田市 と い った存在 は,ブラジル人 を背景 とす るエ スニ ッ クタウ ンの形成 を十分 に想起 させ る ものである。
い っぽ う,全人口 に対す るブラジル人の登録数 の割合が3パーセ ン トを超 える市 区町村が15存 在 し, と くに10パ ーセ ン トを超 えてい る群馬県大泉 町や約9パーセ ン トの静 岡県小笠町の ように,全
人口の約1割を占める地域があることは注 目に値 しよ う。群馬県大泉町の場合,周辺 の伊勢崎市 ・ 太 田市 。境町 まで含 め る とブラジル人の登録数 は
合計 で1万人を超 えてお り,北関東 の 中で も集 中 が顕 著 な地域 の核心地 にな って い る と考 え られ る。 また,静岡県小笠町の場 合 も,隣接 す る浜 岡 町 。菊 川町 。大東 町 を も含める とブラジル人の登 録数 は4,000人 を超 し, この方面 の核心 地 にな っ てい る と考 え られ る。
本研 究 で取 り上 げる大泉町お よび隣接 す る大 田 市 には電気機械 お よび 自動車 の完 成品組立工場 が 立地 してお り, これ らを中心 とす る金属・機械,
プラスチ ック加工 な どか らなる工業集積が見 られ る (千葉,2001).佐藤 (1986)に よれば,こ う した工業集積 は第二次大戦前 の軍事 産業 に淵源 を 持 ち,戦後 は1960年頃 か ら加 速 的 に集積 が進 ん だ。 しか し,下請 け工場 の 多い大泉町では1980年 代 時点 です で に労働 力構造 が不安定 な傾向,すな
―‑36‑―
loo00人
茨城 県 埼 玉 県・ ・ ■ ●
第 1図 ブラジル人登録数500人以上の市区町村一 関東 。中部 。近畿,2000年12月現在 (第2表で用いた 資料 により筆者作成)
わち若年 女子,主婦 パー トタイマ ー,季節工へ の 依存度が高い傾向 にあった とい う。 この こ とは よ り高 賃金で安定 した就労 を望 む労働力の新規参 入 を阻み,1990年以 降はここにブラジル人が代替 し て参 入 し空 白を埋 めてい く役割 を果た した とい え る。その結果,大泉 町 にお けるブ ラジル人登録数 は, 1990年 821人 , 1995年 2,821人,2000年4,454人 と飛躍 的 に増加 してい った5。 この増加 に伴 っ て,大泉 町 を東 西 に貫 く国道354線をは じめ沿道 にはブ ラジル人向けの レス トラ ンや レンタル ビデ オ店な ど各種 のエ スニ ックビジネスが集積 し,こ
れ らが もた らす利便性 を求めて大泉町には さらに ブ ラジル人が集 まって くる とい う循環がで きて今 日に至 ってい る (千葉,2001).こ の背 後で は,
町立 図書館 でポル トガル語 の書籍 を配置す るな ど 行政が さまざまな対応 を行 って きた こ とや,教育 委 員会が公立学校へのブラジル人児童 。生徒の受 け入れ に積極的 に対応 したことをは じめ,地域社
会側 の努力があ った ことも見逃せ ない。
本研究 で取 り̲Lげ ているブラジル人学校 は, こ う した一連 の動向,すなわ ち,大泉 町 にお けるブ ラジル人登録数の顕著 な増加 と関わって発生 して きた ものである といえよう。 また,大泉町 に限 ら ず ブ ラジル人登録数が多い全国の市町村 は,それ ぞれの地域で集住 に至 るメカニ ズムが働 いた結果 で あるともい えよう。
Ⅲロ ブ ラ ジル 人 学 校 の 展 開
1.プラ ジル人学校 の現状
ここでい うブラジル人学校 とは,原則 と して,
ブ ラ ジル 人教 師が ブ ラ ジル 人児童 ・生徒 を対 象 に,ブラジル本 国の教育課程 に もとづ き,ブラジ ル本 国で使 われている教科書 を用いて,ポル トガ ル語 で教育 をす る組織 ・機関の ことであるc来日 してい るブ ラジル人にとって,ブラジル人学校 に 児童 ・生徒 を通 わせ る最大の長所 は,児童 ・生 徒 の ブ ラジル人 としてのア イデ ンテ イテ イを保持で きるこ とお よび 日本 の公立小 中学校 と比較 して当
―‑37‑―
̀ノ
/〆
7 ・Iど
`//``
)・ノfltミ「
ノ/栃
木県1
/1´
や`しノ/ `へ`ヾri 長野 県 〆/ヽ
′ 群馬県
, (ン
(
′ ● ` )
。 1/ 1ヘD AL^ 〆〆● ノ
fヾ ´ヘノ 岐阜県 `ヽ
(、 ″/ノ
▼
L〈
̲´
ヘ ノ 岐 阜 県 ` ヽ
lヽ、 ハ. ′ノ ` √ `
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"愛
知県′ノ静
、、II,ノゴ̲ノ P/ LJ「 ´ノ
trヒ三じll.ri.
:二重県ヒ `こダ三豊嚢壼ゴミ
ヽ
第 2図 ブラジル人学校の分布―関東 。中部 ・近畿,2001年 4月 現在 (ブラジル人学校連盟の資料により筆者 作成,図中の● ひとつが 1校 を示す)
第 3表 群馬県大泉町および周辺の ブラジル人学校 (2000年 8月 または10月)
学校 名 属 性 開校時期 授 業料 生徒数 ・全体 生徒数 ・在大泉 町
PT校
PR本交 CN本交
政府公認校 1999年4月 月 万 円 179名 43名
13名 22名 政府公認校
公認予定
1998年4月 月25万円 156名 80名 一約 1997年 頃 月2.5万円
RE本交 塾 1996年 頃 週 1 回 月8千円 約 90名 14名
注)筆者の現地調査により作成
該 の児童 。生徒が来 日後 ただちに学校生活 に適応 で きる点であろ う。 また,ブラジル に帰国 した場 合 も,ただ ちに本 国の学校生活 に適応で きる もの と期待 され る。 いっぽ う短所 は,公立小 中学校 の 場 合 には不要 な授 業料の負担 を伴 う点 であろ う。
また,ブラジル入学校 までの通学 に膨大 な時間を 要す る場 合 もあ る と考 え られ る。
2000年 (平成12)12月 現在 で ブラジル大使館 が 非 公式 に作成 した資料 によれば, 日本 におけるブ ラジル 入学校 は35校 存在す る。2001年 (平成13)
4月現在 で在 日ブ ラジル人学校連盟 に加入 してい る学校 は41校 であ る。その41校 の分布 を示 した も のが第2図である。第1図で示 したブラジル人の 集住状況 と密接 な関連 があ る とい え よう。
で は,この ようなブラジル入学校 は, 日本 にお いていつ頃か ら設置 されるようになって きたので あ ろ うか。
高橋 (1998)は ,1990年代半 ばか ら後半 にかけ てのブ ラジル人 をめ ぐる教育事情 を「ブラジルヘ の帰 国準備 を念頭 に置 いた教育機関は,こ こ数年
―‑38‑一
急増 しているJと記述 している。そ の「教育機関」の中身について具体 的には (1)「ポル トガル語教室J,
(2)「ブラジルの教育制度に則った 正規の修了資格の取得で きる学校」, (3)「資格は取得で きないが教科学 習中心の塾Jの3タ イプがあるとし ている.(2)の 「学校」は,「日本 国内に3つ」あるが,すべて「通信 制」であ り, 日本の公立小中学校 に 通いなが らの「 ダブルスクール」が 一般的であるとしている。
いっぽう,今津 ・松本 (2001)で は,愛知県豊田市で1995年 4月 に設 置 された とす るE校が,1996年11
月の調査時点で「午前,午後,夜間 の3部あ り,生徒数 は80人 くらい で,夜間はボル トガル語だけの クラ スだった。」 と具体的に記述 してお り,これによるとE校が高橋 (1998)
のい う「ダブルスクールJに該当す るとは一概 にいえないcちなみに,
田島 (1995)は,「最近,浜松で設 立 された日系入学校Jと記述 してい るが,その具 体的中身は不 明であ る。
先行研究 にお ける以上の記述 を踏 まえる と, 日 本 にお けるブ ラジル人学校 は,萌芽 的 な形態 の も のが1995年 頃 に設置 され,それ以 降,徐々に増 え てい った もの と考 え られる。
ブ ラジル大使館 の教育 関係担 当者 の話6)によ る と,ブラジル本 国側か ら見 た場合,ブラジル 人
が多数 出稼 ぎに行 っている外国は,日本 だけで は な くアメリカ (合衆 国),パラグア イな どがある。
と くにア メリカには約50万 人 ものプラジル人が出 か けてい る とい う。 しか し,教育 問題 が社 会問題 と して顕在化 し,ブラジル 入学校が多数設置 され るにいたつてい るのは 日本 だけである とい う。そ の理 由 には,日 本 とブラジル間 に横 たわ る言語 。 文 化的差異の大 きい ことが挙 げ られた。
第3表に示す ように,大泉町お よび周辺 で筆者 が直接調査 し得 たブラジル入学校 は「塾」 を含め
第3図 群馬県大泉町 お よび周辺 にお けるブラジル人学校 の分布―
2000年10月 (昭文 社エ ア リアマ ソプをベ ー スに現 地調査結 果 を加 えて筆者作成)
て4校で あったが,設置 時期 は, もっ とも早い も のでRE校の1996年 (平成8)頃で あつた。その 後,CN校が1997年 (平成9)に ,PR校が 1998
年 (平成10)に,PT校が1999年 (平成H)に,
そ れ ぞ れ設置 され てい る。 なお,PR校 とPT校
はそれぞれ大 田市 に設置 されているが,大泉町 に 近接 してい るため,こ こでは大泉町のブラジル人 学校 と して一括 して取 り扱 うこ とにす る (第 3 図).
2.ブラジル人学校の運営形態 と法的地位 今津 。松本 (2001)に よる と,ブラジル人学校 の運営形態 には次 の3タ イプが 見 られ る。
(1)ブ ラジルで教 師 を していた人が,経験 を 生 か してポ ル トガル語 で勉 強 を教 えた こ とが きっか けにな り,学校 (塾)を経営 す る よ うに
― ― ― ― ― 行 政 界
一
鉄 道 ・ 駅
―
田 道
│ │ 工 棠 団地 [ 大 泉 町 立 小 学 校
J 大 泉町 立 中学 校
■ プラジル入学校
PR校
■ PT校
ミ
t二]町こ 耳 )F
―‑39‑一
なったケー ス
(2)日 本 人経営 者 が ブ ラ ジル 人教 師 を雇 って 学校経営す るケー ス
(3)ブ ラジル本国で学校経営 を してい る教育 機 関が 日本 に進 出 して姉妹校 を作 るケース
(1)は,今津 ・松本 (2001)が挙 げた8校の ブ ラ ジ ル 入学校 で はA塾・B校が,第3表で挙 げた大泉町の4校の 中ではRE校が これ に該 当す る と思 われる.いず れの事例 とも,現在塾 ・学校 の経営 に専念 しているブラジル人は,ブラジルで
の教職経験者であ り,かつ,当初の来 日目的 は就 労 であ る。工場 な どでの就労のかたわ る身辺 のブ ラジル人に頼 まれ,ブラジル 人の子 どもにポル ト ガ ル語 で勉強 を教 えるようになっていって,やが て,塾・学校経営者 として独立 してい くとい う過 程 が見 られ る。 いわば 自然 発生的 に生 まれて きた ものである ともいえる。 この背景 には,ブラ ジル
か ら就労 目的で来 日してい る人たちに高学歴者が 多数 含 まれ (中村,2000,小内 ・酒井,2001), ブ ラ ジルでの教 職経験 者 71も 多数 含 まれてい る とい う事実があろ う。 なお,大泉 町 な どにお ける 筆 者 の調査 に よる と,(1)(2)(3)の いず れ の場 合で も,雇用 されてい る教 員の大半 は,現地
雇 用す なわ ち就労 目的で来 日 してい るブ ラジル人 の教職経験者 を採 用 している ものであるc
今津 。松本 (2001)がい う (2)の「 日本 人経 営 者」 の意味 は必ず しも明瞭ではないが,おそ ら くは,(1)(3)の 経営者が,いず れ もブ ラジル 人で あ る こ と と対比 させ た もの と思 われ る。 今 津 ・松本 (2001)が挙 げた8校の 中では,D校と H校が これ に該当す る もの と思 われ る。D校は 人 材 派遣 会社 が学 校 を経 営 して い る事 例 で あ り,
い つ ぽ うH校は 日本 人教 育 者 が ブ ラ ジ ル 人 児 童 ・生徒の教育 に関心 を抱 いて,彼らの教育 を手 掛 ける ようにな り,やがて ブラジル入学校 に発展 してい った ものであ る と思 われ る.しか し,筆者 が大泉町で調査 したCN校の場 合,経営者のT氏
は 日本 国籍 を有す るが,ブラジルでの約40年 間に 及ぶ居住歴が あ り,ボル トガル語 を も使 い こなす こ とか ら「純粋 な 日本 人」 とはみ な しがたい側面 を持 ってい るっ
(3)のブ ラジル本 国か ら進 出 して きたケー ス
の典型例 は,群馬県太 田市 と大泉 町 との境 界付近 に設置 され た 円 校 であ る。 このPT校は,ブラ ジ ル本 国で約2,000校 の学校 をす で に経営 してい る グループが 日本 に も進 出 して きた ものである。
2001年 (平成13)4月現在,大田市 のほか栃木県 真 岡市,静岡県浜松 市,愛知県半 田市 に設置 され てお り,国内 に計4校展 開 してい る。
これ らブラジル入学校の法的地位 は どの ような 位置づ けにあるのであろ うか。
ブ ラジル人学校 は, 日本の学校教育法第一条で い う学校 (いわゆ る「一 条校」)には該 当せず,
各種学校 に相 当す る。 ブラジル人学校への 日本政 府 や 自治 体 か らの 公 的支援 は全 くない こ とに な る.この点 は,他の外国人学校 と基本的 に同様 で あ る。
日本の ブラジル人学校 は全て私立経営 であるた め,ブラジル人学校 に児童・生徒 を通 わせ ようと す る と,授業料 の ほか,教科書代,必要 な場合は スクー ルバス経費 な どを保護者 は負担 しな くては な らない。円 校 の場 合,授業 料 が 月40,000円,
教科書代 は5〜 8学年の 児童 。生徒用で年間18,000 円, ス クールバ スを利 用す る と月10,000円 の経費 負担 が必 要であ るら2人以上の 児童 。生徒 を同時 にPT校に通 わせ ようとす る と,月額10万 円以 上 の経費負担 となるcこれ に対 してブラジル政府か らは資金援助 はないが,一定 の基準 を満 た してい る学 校 につ いて は プ ラジル教育 省が 「政 府公認 校」 と して認 可 を与 えてい る8,。 ブ ラジル人児 童 。生徒 に とって,認可が与 え られた学校 に通 っ ていれば,ブラジル本 国 に帰 国 した場 合,スムー
ズに本 国の学校で相 当学年 に復帰 で きる とい う利 点があ る。 したが って,ブラジル人が帰 国 を前提 に 日本 に滞在 しようとすれば,経費負担 の問題 を 別 に して,当該 の児童 ・生徒 に とってはブラジル 人学校の ほ うが有利 であるとい える。 このブラジ ル政府公認校 は,新海 ら (2001)に よる と,2001
年 (平成13)9月 現在 日本全体で20校 設置 されて い る。
ところで,ブラジル入学校 に関 して重要であ る と思 われ ることの ひ とつ に学校 の敷地や施設の問 題 が あ る。大泉町の ブ ラジル人学校 で は,(1)
ひ とつ の建物 の一部分 を借用 し教室 に当てている
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写真l PT校の校舎全景 (2000年 8月筆者撮影) 場 合 (CN校,RE校 ),(2)工場 に利 用 され て い た建物 をひと棟借 用 し改装 して校舎 に当ててい る場 合 (PT校,写真),(3)プレハブ校 舎 を新 築 して当ててい る場 合 (PR校),の 3タ イプが見 られ たc他地域 で の観察事例9)では,ひとつ の
建物 全体 を借用 し改装 して校舎 に当てている場 合 も見 られ たが,いず れ に して も日本 の 一般 的 な学 校 と比較 して,全般 にブラジル入学校 の敷地 は狭 く,施設 は貧弱 な状況 であ る。 これ は, 日本政府 お よびブラジル政府か ら資金援助 の ない中で私立 学校 を経営 してい こ うとす れば当然 の結果 であ ろ うが,日本 の学校 との差異 は大 き く矛 盾が ある と い わ ぎるをえない。
給 食の問題 も日本 の公立小 中学校 との差異が き わめて大 きい。 ブラジル入学校 の給食 は,大泉 町 で筆者が確認 し得た もの に関す る限 り,業者が配 達 す る 「弁 当」 で あ つた。PT校の場 合,児童 。 生徒 ひ と りあた りの給食費 は中学生相 当で最大1 か 月で8,800円 に もな り,日本 の 公立 中学 校 の倍 程 度の負担 になってい る101。 こ うい った点 に も公 的支援 の有無 が反映 してい る とい える。
3.ブラジル人学校の カ リキュラム
大泉 町 の ブ ラ ジル 入学 校 の うちPR校の カ リ キ ュラム を第4表に示 した。就学前お よび 1〜 4 学年 は学級担 任 による指導, 5〜 8学年 は教科担 任 に よる指 導 を基本 と してい る。「情幸R」 は コ ン ピュー タ指導 の ことをさ しているc日本語 。日本 文化 (第4表で は,「 日語 。日文化」 と表示)の
領域 を設 けてい る点 に 日本 の ブラ ジル人学校 と し
ての特色が見 いれるほかは,教科 ・領域 の構 成 は ほぼブ ラジ ル本 国 と大差 がない とい えよう (文部 省 ,1996)。 今津 ・松本 (2001)で紹 介 され てい るD校お よびE校の カ リキ ュラム と似 た構 成 に なって い るが,PR校の場 合,外国語 と して 日本 語 お よび英語 の ほか にスペ イン語 を1学年 か ら課 して い る点 はユ ニ ー クな もの になってい る。 ま た,芸術領域 と してPR校で は美術 を設 けてい る が,H校で は音楽 も設 けてお り,学校 によつて カ
リキュ ラムは多少異 なってい る.
第4表 に示 したPR校の カ リキ ュ ラ ム は,
8:30から16:00ま での正規 の時間帯 に展開 され る内容 であるが,同校 で は保護者 か ら希望 があれ ば朝 は7:30か ら夜 は最大20:00まで児童 。生徒 を預 か るように している とい うら学校が児童・生 徒 を長 時 間預 か る機 能 を も果 た して い るの はPT
校 も同様 で,PT校で は朝6:45か ら児童 ・生徒 を受 け入れ る体制 を整 えてい る。 こ う した状 況 は,いうまで もな く,両親 ともに長時 間労働 に従 事 す る場 合があ る こ とを示 してお り,PR校で は,
約30パ ーセ ン トの児童 。生徒 が正規 の時 間外 まで 学校 に預 け られてい る とい う11。 野元 (2002)に
よれ ば,ブラジル本 国では児童 ・生徒 の在校時間 は半 日の場 合が多い との ことであ り, 日本の ブラ ジル 入学 校 で 児童 ・生徒 の在校 時 間が長 い こ と は,本国の一般 的 な傾向 との大 きな違 いであ る と い え よう12っ
ブ ラジル人学校 における授 業の進め方 は,筆者 が観察 し得た範 囲で は,いわゆ る一斉指導場面 は 見 るれ なか ったc個別指導方式が一般 的であ り, 児童 ・生徒 が教 科書 な どの教材 を用い た学習 に各 自で取 り組み,教師が4固別 に点検 し,指示 を与 え る とい う進め方が しば しば見 られた。PR校の場 合,1学年か 喝8学年 までは教 師 ひ と りあた りの 児童 ・生徒数が個 別指導方式 に適切 な範 囲内 にあ る と思 われるが,就学前 児童 の学級 で は児童43人 に対 して教師が2人であ り,内容 に よつては適切 な指 導 が 困難 な こ とも起 きて くる もの と思 われ るっ
ただ し,以上 の説明はブラジル政府公認校 に関 す る ものであ り,全日制 のブ ラジル 入学校 の場 合 で あ る.RE校の ような「塾」 の場 合にはあて は
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