富永太郎生前発表詩篇の生成過程
著者名(日) 杉浦 静
雑誌名 大妻女子大学紀要. 文系
巻 45
ページ 57‑79
発行年 2013‑03
URL http://id.nii.ac.jp/1114/00005714/
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大 妻 女 子大 学 紀 要
︱ 文系
︱ 第 四 十五 号
︑ 平 成 二十 五( 二
〇 一三)
年 三 月
富 永 太 郎 生 前 発 表 詩
の
生 成 過 程
杉 浦
静
本稿 は
︑富 永太 郎草 稿 の画 像 デー タ ベー ス 化た め の基 礎作 業で あ る︒ 本 稿で は
︑富 永の 生前 発表 の 各詩 毎 に生 成 過程 を整 理し
︑ 自筆 の詩 帖
・草 稿 を翻 刻し
︑本 文化 し た︒ 詩 の配 列 は︑ 生前 発表 誌 への 掲載 順 に従 っ てい る︒ なお
︑生 前 発表 詩 のう ち
「
鳥 獣剥 製所」
につ いて は︑
「
富 永 太郎「
鳥 獣 剥製 所
」
の 生成(
1)」 (「
大 妻国 文
」 43
号︑平 成
24
年 3 月)
に 生成 過程 を記 述 した ので 本稿 で は省 略す る︒ 生 成過 程 の 最 後に︑ 参 考 と して 富 永 太 郎 詩集
(
私 家 版
︑ 昭和 二 年 九月 二日 発 行
)
所収 本文 を 掲げ た︒ この 詩 集は 村井 康男 に より 編集 さ れた も ので あり︑本 文校 訂 も同 氏に よる
︒ 富永 太郎 詩の 最 初の 刊行 詩 集で あ るの で︑ 参考 とし て 掲げ るこ とと し た︒ 本稿 に 翻刻 した 詩帖
・草 稿 は︑ 神奈 川近 代 文学 館の 所蔵 に なる もの で ある
︒ 草稿 の使 用を 許可 さ れた
︑富 永一 矢 氏・ 神奈 川近 代 文学 館に 感 謝申 し 上げ る︒ 推敲 過 程の 記述 は次 の凡 例 にし たが う︒ 凡例 1 草稿 の場 合︑ まず 第 一形 態を 示す
︒ 手入 れに つい て の記 述が 必 要な 詩
・草 稿に つ いて は︑ 行頭 に 行番 号を 付す
︒ その 際︑ 題 名・ 副題
・行 アキ は 算入 しな い︒
2 第 一形 態成 立 後の 手入 れは
︑ 推敲 のあ る行 の 番号 を掲 げて そ の行 の推 敲過 程 を表 記す る︒ 推 敲過 程の 表記 は 次の とお り︒ 異 文の 生 じ て い ると こ ろ か ら
「[」
印 を開 い て
︑ ま ず 第 一形 態 を 示し
︑以 下推 敲 段階 に おけ る 手入 れを
「
↓
」
を 用い て順 に示 し︑ 推敲 の最 終形 を 記し たあ と︑
「]」
印 で閉 じる
︒ 3 削 除は
[
⁝
⁝
↓ 削除
]
︒追 加・ 挿 入は
︑
[
ナ シ↓
⁝
⁝
]
の よう に示 す︒ 4[]
内で さ ら に 部分 的 推 敲 が ある 場 合 は
︑ そこ を で 括っ て示 す
︒ 5 草稿 にお ける 判読 困難 の文 字︑ 字体 不明 瞭の 文字 は︑ また 一・ 二 画だ け で 書 きか け の 文 字 は︑
で 括 っ て 表 すか
︑ ま た は
□□ のよ う に表 す︒ 推定 した 文 字も
で 括 って 表す
︒ 6 右 の原 則 に よ っ て示 し き れ な い場 合 は
︑
()
を 用 いて 小 活 字で 説明 を 加え る︒ 例
①
12
行 虹彩 の 表面[
を 染め てゐ
↓ に塗 つて あ
]
る のは︑ 右は
︑
12
行 目 の「
虹 彩の 表 面 を 染め て ゐ る の は︑」
が︑ 手 入 れ 富 永太 郎 生 前 発 表詩 の 生 成 過程
で
「
虹彩 の表 面に 塗つ て ある のは︑
」
に なっ たこ と を示 す︒②
21
行う づく まる 私の 額 の上 に︑ 落ち か ゝる
[
ナ シ↓ 黒 い
]
眩暈[
の 黒い 翼↓ 削 除
]
を感 じた︒ 右 は
︑
21
行 目 の「
落 ち かゝ る 眩 暈 の 黒い 翼 を 感 じた︒
」
が︑ 手 入れ で
「
黒 い」
が挿 入さ れ︑「
の黒 い翼」
が削 除さ れて︑
「
落ち かゝ る 黒い 眩 暈を 感じ た︒」
にな っ たこ とを 示す︒
③
25
行に
[
上 つ ナ シ↓ て来 た
︒↓ さ し上 つた
︒
]
右 は︑「
に 上 つた︒
」
↓
「
に 上つ て来 た︒
」
↓
「
に さし 上つ た︒」
の 順 に書 き改 めら れた こ とを 示す︒
1 橋 の 上 の 自 画 像
1 草 稿 草 稿番
号40101
用 紙
「 10 20
クジ ヤク 印原 稿 紙」
筆 記具 ブ ルー ブラ ッ クイ ンク・ペ ン 校 異 橋 の 上の 自画 像 今 宵私 の パイ プは 橋の 上で 狂 暴に 煙 を上 昇さ せる
︒
今
[
?
↓宵
]
あ れら の 水び たし の荷に 足たりは す
[
べ↓べ
]
て 昇天 し なけ れば なら ぬ[
︒
↓削 除
]
頬 被り した 船頭 たち を 載せ て︒ 電 車ら は花だ 車し の 亡霊 の やう に 音 もな く夜 の中 に拡 散 し遂 げる︒
(
靴
[
を↓ 削 除] [
は い↓ き]
て 木もく 橋きやう を踏 む淋 しさ[
︒↓
!
])
私 は明 滅す る「
仁丹」
の広 告塔 を憎 む︒ ま たす べて の詞 華集
ア ン ト ロジ ー
と カル ピス ソー ダ 水と を嫌 ふ︒ 哀 れな 欲望 過多 症患 者 が 人 類撲 滅の 大志 を抱 い て 最 後を 遂げ る
[
の↓ 削 除]
に間 近い[
悲壮 な↓ 削除
]
夜よる だ︒ 蛾 よ︑ 蛾よ
︑ ガー ドの 鉄柱 にと まつ て
[
ナシ↓︑
][
死ぬ べ し︑ 死ぬ べし
︑↓ 震へ て︑
]
夥 しく 産卵 して 死ぬ べ し︑ 死ぬ べし︒ 咲 き出 でた 交番
[
ナ シ
↓の
]
赤 ラン プ は お まへ の看 護み と り
に は過 ぎ たる もの だ︒
juillet
1924.
注 末尾 の日 付は 原 文で は横 書き
︒1924
(
大 正
13 )
年9 月17
日付 富 永 次郎 宛葉 書に︑
「
原 稿は 届 いた かし ら」
と ある︒ 2
「
詩帖」
稿 草 稿 番
号40191
用 紙
「
詩 帖」
Ⅰ
85 86
頁 筆 記 具 ブル ー ブラ ック イン ク・ペ ン
校 異 本稿 は︑
「
詩帖」
Ⅰ の
85 86
頁 に 記さ れた もの︒ 書き なが ら の手 入れ を含 め て示 す︒ 橋 の 上の 自画 像 今 宵私 の パイ プは 橋の 上で 狂 暴に 煙 を上 昇さ せる
︒ 今 宵あ れ らの 水び たし の荷に 足たり
は す べて 昇 天し なけ れば なら ぬ
[
︒
↓削 除
]
頬 被り し た船 頭た ちを 載せ て︒ 電 車ら は 花だ 車し の亡 霊の やう に 音 もな く 夜よ の 中に 拡散 し遂 げ る︒
(
靴 で 木もく
橋きやう を蹈 む淋 しさ
!
)
私 は明 滅 する「
仁 丹
」
の広 告 塔を 憎む︒ ま たす べ ての 詞華 集
アン ト ロ ジ ー
と カル ピ スソ ーダ 水と を 嫌ふ
︒ 哀 れな 欲 望過 多
[
病↓ 症][
?
↓ 患
]
者が 人 類[
ナ シ↓ が↓ 削除]
撲 滅 の大 志を 抱い て 最 後を 遂 げる に間 近い 夜よるだ
︒ 蛾 よ︑ 蛾 よ︑ ガ ード の 鉄柱 にと まつ て︑ 震 へて
︑ 夥 しく 産 卵し て死 ぬべ し︑ 死 ぬべ し︒ 咲 き出 で た交 番の 赤ラ ンプ は お まへ の 看護
み と り
には 過ぎ たる も のだ
︒
(
完
)
3
「
山繭」
発 表形 発 表 誌
「
山 繭」
創 刊 号(
一 九 二 四(
大 正一 三)
年 一 二月 一 日 発 行)
本 文 橋 の上 の自 画像 今 宵私 のパ イプ は橋 の 上で 狂 暴に 煙を 上昇 させ る 今 宵あ れら の水 びた し の荷に 足たりは す べて 昇天 しな けれ ば なら ぬ︑ 頬 被り した 船頭 たち を 載せ て︒ 電 車ら は花だ 車し の 亡霊 の やう に 音 もな く夜よる
の中 に拡 散 し遂 げる
︒
(
靴 きで 木もく
橋きやう を蹈 む 淋し さ!
)
私 は明 滅す る「
仁丹」
の広 告塔 を憎 む︒ ま たす べて の詞 華集
ア ン ト ロジ ー
と カル ピス ソー ダ 水と を嫌 ふ︒ 哀 れな 欲望 過多 症患 者 が 人 類撲 滅の 大志 を抱 い て︑ 最 後を 遂げ るに 間近 い 夜よる だ
︒ 蛾 よ︑ 蛾よ
︑ ガ ード の鉄 柱に とま つ て︑ 震へ て︑ 夥 しく 産卵 して 死ぬ べ し︑ 死ぬ べし
︑ 富 永太 郎 生 前 発 表詩 の 生 成 過程
咲 き出 で た交 番の 赤ラ ンプ は お まへ の 看護
み と り
には 過ぎ たる も のだ
︒ 注
「
山繭」
創 刊 号(
1924(
大 正
13 )
年12
月1 日発 行)
に は︑「
詩と 散 文詩」
の総 タイ トル のも と に「
橋の 上の 自 画像」
と「
秋 の 悲嘆」
の 二 が 掲 載さ れて いる︒ な お
︑ 本 以 下 の 本 稿 に 掲 げ た 全 詩 は
「
山 繭」
第 二 巻 第 三 号(
1926(
大正
15 )
年11
月 1日 発行)
富永 太郎 追悼 号に 再 掲さ れて いる︒ 4 詩 集収 録形
(
参 考) 収 録詩 集 富永 太郎 詩集
(
村 井康 男 編︑ 一九 二七 年 九月 二日 発 行
)
本 文 橋 の 上の 自画 像 今 宵私 の パイ プは 橋の 上で 狂 暴に 煙 を上 昇さ せる︒ 今 宵あ れ らの 水び たし の荷に 足たり
は す べて 昇 天し なけ れば なら ぬ
︑ 頬 被り し た船 頭た ちを 載せ て
︒ 電 車ら は 花だ 車し の亡 霊の やう に 音 もな く 夜の 中に 拡散 し遂 げ る︒
(
靴 き で木もく
橋けう
を 蹈 む淋 しさ
!
)
私 は明 滅 する「
仁 丹
」
の広 告 燈を 憎む︒ ま たす べ ての 詞華 集
アン ト ロ ジ ー
と カル ピ スソ ーダ 水と を 嫌ふ
︒
哀 れな 欲望 過多 症患 者 が 人 類撲 滅の 大志 を抱 い て 最 期を 遂げ るに 間近 い 夜よる だ
︒ 蛾 よ︑ 蛾よ
︑ ガ ード の鉄 柱に とま つ て︑ 震へ て 夥 しく 産卵 して 死ぬ べ し︑ 死ぬ べし
︒ 咲 き出 でた 交番 の赤 ラ ンプ は お まへ の看 護
み と り
に は過 ぎ たる もの だ︒
2 秋 の 悲 嘆
1 草稿 1 草 稿 番
号40102
用 紙
「 20
×20 」
原 稿 用紙︑灰 色罫 筆 記 具 ブル ー ブラ ック イン ク
・ペ ン 校 異 秋 の悲 嘆 私は 透明 な秋 の薄 暮 の中 に墜 ちる
︒ 戦慄 は去 つた
︒ 道路 のあ らゆ る 直 線が 甦る
︒あ れら の こん もり とし た 貪婪 な樹 々さ へ も闇 を招 いて は ゐ ない
︒ 私は たゞ 微か に煙 を 挙げ る私 のパ イ プに よつ ての み 生き る︒ あの
︑ ほ つそ りと した 白陶 土 製の かの 女の 頸 に︑ 私は 千の 静 かな 接吻 をも 惜 し みは しな い︒ 今は あ の銅あか
ゞ ね
色いろ
の空 を 蓋ふ 公孫 樹の 葉 の︑ 光沢 のな い 非 道な 存在 をも 赦さ う
︒オ ール ドロ ー ズの おか つぱ さ んは 埃も 立て ず に 土塀 に沿 つて 行く の だが
︑も うそ ん な後 姿も 要り は しな い︒ 風よ
︑ 街 上に 光る あの 白痰 を 掻き 乱し てく れ るな
︒ 私は 炊煙 の立 ち騰 る 都会 を夢 みは し ない
土チ 瀝ヤ 青ン 色の 疲れ た空 に