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確定診断に難渋したサルモネラによる感染性胸腹部大動脈瘤の 1 例

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280

感染症学雑誌 第85巻 第 3 号

確定診断に難渋したサルモネラによる感染性胸腹部大動脈瘤の 1 例

1)神戸大学医学部附属病院検査部,2)同 感染症内科

徳野 治

1)

香川 大樹

2)

内田 大介

2)

木下 承晧

1)

岩田健太郎

2)

(平成 22 年 7 月 28 日受付)

(平成 23 年 2 月 7 日受理)

Key words : Salmonella, aortic aneurysm

感染性動脈瘤は大動脈瘤全体の数パーセント未満で あり比較的まれではあるが,早期診断と適切な治療が 不可欠な重篤疾患である.今回我々はサルモネラによ る感染性胸腹部大動脈瘤の 1 例を経験した.菌血症が 明らかにもかかわらず病巣部発見に時間を要し確定診 断まで難渋したことから,血流感染の診断と治療を考 えるうえで有用な症例であると思われたので,文献的 考察もまじえて報告する.

症例;63 歳,男性.

主訴;発熱.

既往歴;糖尿病,高血圧,脳梗塞(2002 年).

生活歴;発症前数日内の生肉・生卵の摂取なし,海 外渡航歴なし.

投薬歴;前医にて糖尿病に対し速効型インスリン製 剤(毎食前血糖値が 150 以下なら 0 単位,血糖値 50 上昇ごとに 2 単位ずつ増量,350 以上で 10 単位).高 血圧に対してアスピリン(100mg!日).

病歴;2008 年 10 月 13 日(第 1 病日)に 39℃ 台の 発熱,嘔吐,悪寒戦慄等にて前医に緊急入院となった

(CRP 6.7(mg!dL),白血球数(WBC)4,800(!μL),

以下同).下痢等の消化管症状はなく,便,喀痰,尿 培養検査では起炎菌陰性であった.第 3 病日(CRP 14.4,WBC 12,000)の頭部・胸部・腹部 CT,脳 MRI で感染源は認められなかった.39℃ 台の発熱は持続 的に認められた.入院日の血液培養よりSalmonellasp.

(O9 群)(levofloxacin(LVFX);MIC<0.5μg!mL)

が 検 出 さ れ た た め,第 3 病 日 か ら ciprofloxacin

(CPFX,300mg×2!日)が静注され,第 5 病日に 37℃

まで解熱した(CRP 4.3,WBC 11,100).CPFX は第

12 病日まで継続された.第 9 病日に再び 38℃ 台の発 熱を認め(CRP 0.6,WBC 7,700),血管カテーテル感 染が疑われたためこれを抜去し,sulbactam!ampicillin

(3g×2!日)が第 12 病日まで追加されたが発熱は軽 快しなかった.第 12 病日に胸部・腹部超音波検査が 行われたが特記所見は認められなかった.薬剤熱の可 能性が考えられたため,第 13 病日より全ての抗菌薬 投与が中止.いったん 37℃ 台前半まで解熱したもの の,第 17 病日に再び 38℃ の発熱をみた(CRP 1.4,

WBC 5,500).さらに第 19 病日(CRP 2.6,WBC 5,700)

の血液培養でグラム陰性桿菌陽性となったため,第 23 病日に専門的治療目的で当院へ紹介入院となった.

入院時(第 23 病日)身体所 見;身 長 177.2cm,体 重 67.5Kg,BMI 21.5,体温 37.0℃,血圧 142!82mmHg.

意識明瞭,黄疸なし,点状出血なし,表在リンパ節触 知せず.呼吸音清,心雑音聴取せず.腸蠕動音正常,

圧痛なし,肝脾触知せず.

入 院 時 検 査 所 見;白 血 球 数 6,800!μL,血 小 板 数 20.8×104!μL,CRP 1.33mg!dL,AST 19IU!L,ALT 31IU!L,γ-GTP 68IU!L.

MRI にて右放線冠から皮質下白質,右頭頂葉に陳 旧性梗塞を認める.

臨床経過;前医の血液培養でグラム陰性桿菌陽性の ため meropenem(MEPM,1g×3!日)が第一選択と なった.下痢等の胃腸症状は認められなかった.入院 日(第 23 病日)の血液培養は陰性,便培養では腸内 正常細菌叢のみが認められた.前医の血液培養検出菌 が再びサルモネラと同定されたため,第 26 病日(CRP 1.4,WBC 5,500)より ceftriaxone(CTRX,2g×1!

日)に変更,以後継続された.第 30 病日に経食道心 超音波検査,さらに第 32 病日に上肢・下肢静脈超音 波,ならびに腹部・骨盤 MRI 検査による病巣部探索 が行われたが特記所見は認められなかった.第 29 病

別刷請求先:(〒650―0017)神戸市中央区楠町 7―5―2 神戸大学医学部附属病院検査部 徳野 治

(2)

サルモネラ感染性動脈瘤 281

平成23年 5 月20日

Fig. 1 Transverse thoracoabdominal CT on day 48  after onset

Arrowhead: aneurysm

日(体温 37.8℃,CRP 1.4,WBC 8,900)および第 33 病日(体温 38.6℃,CRP 1.0,WBC 8,200)の血液培 養は陰性であった.その後も持続的な 37 度台の微熱 は軽快しなかったが,CRP 値や白血球数の顕著な上 昇はみられなかった.

既往の糖尿病については脳梗塞の既往も考慮し厳密 なコントロールの必要があり,毎食前に超速効型イン スリン製剤 4 単位および持効型溶解インスリン 8 単位 皮下注,また高血圧についてはエナラプリル(10mg! 日)にてコントロールされ,増悪傾向は認められなかっ た.

食事は摂れているなど全身状態は安定していたた め,第 37 病日(CRP 1.7,WBC 7,500)から CTRX を中止して経過観察とし,解熱 が 認 め ら れ た た め

(36.8℃),第 39 病日にいったん退院となった.

しかし第 45 病日夕刻に再度 38 度台の発熱あり,第 47 病日に当院外来を受診.血液培養 2 セットすべて グラム陰性桿菌陽性となり再入院となった.

再入院時(第 48 病日)所見;体温 39.0℃.白血球 数 10,100!μL,血小板数 20.5×104!μL,CRP 8.69mg!

dL,AST 20IU!L,ALT 25IU!L,γ-GTP 55IU!L.

血液培養からの検出菌は自動細菌同定・薬剤感受性 分析装置 MicroScan WalkAway 40 Plus(DADE BEHRING)およびサルモネラ免疫血清「生研」(デ ンカ生研)によりSalmonella Enteritidis(O9 群 H-G)

と 同 定 さ れ た.薬 剤 感 受 性 試 験 で は ampicillin で MIC;<4μg!mL,piperacillin;<8μg!mL,ceftaz- idime;<1μg!mL,CTRX;<2μg!mL,imipenem;<

1μg!mL,minocycline;<1μg!mL,LVFX;<1μg!

mL であり全て感性であった.CPFX(300mg×3!日)

が第一選択となった.

さらに第 48 病日の腹部 CT 検査により初めて,腎 動脈分枝直上の大動脈右背側部に径 3cm の仮性瘤が 認められたため(Fig. 1,矢印),心臓血管外科に紹 介.臨床経過より感染性動脈瘤と診断された.第 64 病日に胸腹部大動脈瘤切除・人工血管置換術が施行さ れた.切除組織では大動脈外膜・中膜ならびに内膜,

さらに血管周囲にもリンパ球・形質細胞を中心とする 炎症細胞の浸潤が認められ感染瘤の可能性が示唆さ れ,また高度の繊維性癒着が認められたが,細菌培養 検査は陰性であった.術後は他の感染所見等なく概ね 順調に経過し,2009 年 1 月 7 日に軽快退院した.CPFX は生涯内服の方向で近医にて現在も処方されており

(300mg×2!日),半年に一度当院感染症内科と心臓血 管外科外来にて経過観察されている.

感染性動脈瘤は文献によって若干の差異はあるもの の,全大動脈瘤の 1% 以下1),腹部大動脈瘤の 3% 程 度と報告されており2)3),比較的まれな疾患である.し かし一般的には臨床経過が早いことが知られており,

外科治療では瘤の破裂防止と感染制御の両方を達成す る必要がある4)重篤な疾患である.起因菌としては Staphylococcus属とSalmonella属の報告が多い2)〜4).本 症例では発症以前にサルモネラ汚染が疑われる喫食歴 がないため,感染経路は不明である.前医および当院 入院中を通じて下痢等の消化管症状は認められていな い.

本症例では主訴が一貫して持続的な発熱のみであ り,初回入院時は画像検査で特記所見を認めないまま 経過した.しかし血液培養からサルモネラ検出歴があ ること,また糖尿病と高血圧を基礎疾患にもち,動脈 硬化が進行していることも推察された.したがって心 内膜炎や動脈瘤等の存在を否定するものではなかっ た.とくに動脈瘤は臨床症状がしばしば非特異的であ り診断が遅れる可能性がある2)ので注意が必要である.

第 48 病日の腹部 CT で認められた仮性瘤が径 3cm で あったことから,診断初期は瘤が微小であったこと,

また瘤径の拡大も緩やかであったため画像に写らな かった可能性が考えられた.前医入院中(22 日間)に 画像検査が行われたのは第 3 および第 12 病日の 2 回,

当院初回入院中(17 日間)も第 30 および第 32 病日 の 2 回であった.動脈瘤等の存在を念頭において更に 頻繁な画像探索は可能であったとも考えられる.さら に超音波や CT 検査でも感染巣が不明で確定診断が困 難な場合,ガリウム(Ga)シンチグラフィも診断補 助の一つとして考慮してよいと考えられた5)

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徳野 治 他 282

感染症学雑誌 第85巻 第 3 号 Fig. 2 Clinical course

MEPM: meropenem, CTRX: ceftriaxone, CPFX: ciprofloxacin

初回入院中の抗菌薬投与中も発熱は軽快しなかった

(Fig. 2).しかし白血球数と CRP 値は基準範囲内ま たは僅かに上昇している程度で,顕著な炎症反応の亢 進はみられなかった.したがって本症例から,白血球 数や CRP 値は感染巣の存在や抗菌薬治療効果とは必 ずしも相関しないことが強く示唆された.白血球数や CRP は炎症所見の指標として捉えるべきであり,こ れらの数値のみを抗菌薬治療の判断材料とすべきでは ないと考える.

当院初回入院時の MEPM 単剤での治療開始につい ては,1)この時点では前医の血液培養での検出菌同 定が未確定であったこと,2)全身状態は良好であっ たため,MEPM 単独で効果があると判断されたこと,

3)副作用や医療費の懸念もあり,他の薬剤と併用す る価値を見出せなかったことによる.サルモネラが同 定され第 26 病日から CTRX に変更されたが,第 36 病日で中止となった.検査上は骨髄炎や動脈瘤,心内 膜炎等の根拠に乏しいため,この時点では更なる投与 期間延長の理由を見出せず,同時に薬剤熱の鑑別も可 能であると判断し,先の MEPM とあわせて菌血症の 最低限治療期間である 2 週間を終了したものである.

しかしながら当院初回退院後,すなわち抗菌薬中止 後に再度発熱がみられたことから,持続的発熱の原因 が薬剤熱でないことが強く推察された.さらに再入院 時 の 血 液 培 養 か ら 再 び サ ル モ ネ ラ が 検 出 さ れ た.

CTRX は薬剤感受性試験では感性であったが,1)サ ルモネラ感染症が再燃していることから,in vitroの 結果をそのまま適用してよいかどうか懸念される臨床 経過であったこと,2)長期にわたる抗菌薬治療の必

要性が予想されたこと,3)初回入院時に CTRX の中 止によりいったんは解熱したため,CTRX による薬 剤熱の可能性も多少考慮されたことから,再入院後は 経口薬のある CPFX が第一選択となったものである.

CPFX は Pharmacokinetics-Pharmacodynamics ( PK

!PD)がよく検討されており,高い血中濃度と臓器移 行性を保つことが知られている6).退院後の患者の予 後に配慮し,このような抗菌薬については経口薬の採 用も積極的に考慮されるべきである.また,本邦での CPFX の用法用量は静注の場合 300mg を 12 時間毎と なっているが,本症例の臨床経過と疾患の重篤性を考 慮し,当院入院中はあえて保険適用量を超える用量

(300mg×3!日)を設定したものである.

切除組織の病理診断では炎症細胞の浸潤が多数認め られ,感染の可能性が示唆された.しかし長期にわた る抗菌薬投与のため培養検査は陰性であったものと考 えられた.病理組織のパラフィン包埋試料からの遺伝 子診断が有効であったサルモネラ感染性腹部大動脈瘤 の一剖検例がある7).本症例においても同様の検索が 行われれば確定診断に更に寄与できたものと考えられ る.

サルモネラは動脈硬化の顕著な血管のみならず正常 大動脈にも感染しうるため,血液培養が陰性化しても 血管壁に持続感染している可能性がある.したがって 検査上は異常所見が認められなくとも,糖尿病等の基 礎疾患およびサルモネラ菌血症のエピソードと持続的 な発熱が認められる場合は感染性動脈瘤の存在を意識 する必要があるだろう.加えて,腹痛や背部痛,腰痛 なども伴ってくれば診断の確実性は高くなると考えら

(4)

サルモネラ感染性動脈瘤 283

平成23年 5 月20日

れる.また抗菌薬中止後の発熱は薬剤熱との鑑別に重 要な示唆を与えるものであり,更なる病巣部探索に着 手すべきである.丹念な画像検査と血液培養による病 巣部発見への継続的な努力が,本症例では有効であっ たと考えられた.

本論文の要旨は第 84 回日本感染症学会総会(京都市)で 発表した.

文 献

1)Chih-Yuan Lin, Gou-Jieng Hong, Kou-Chen Lee, Chien-Sung Tsai:Successful treatment of Sal- monella mycotic aneurysm of the descending thoracic aorta. European J Cardio-thoracic Sur- gery 2003;24:320―2.

2)Lopes RJ, Almeida J, Dias PJ, Pinho P, Maciel MJ:Infectious Thoracic Aortitis ; a Literature Review. Clinical Cardiology 2009;32(9):

488―90.

3)Leon LR Jr, Mills Sr JL:Diagnosis and Man-

agement of Aortic Mycotic Aneurysms. Vascu- lar and Endovascular Surgery 2010;44(1):

5―13.

4)椎谷紀彦:感染性心臓・大動脈疾患の治療 4.

感 染 性 大 動 脈 瘤.日 外 会 誌 2009;110(1):

12―6.

5)難波早耶香,松原啓太,朝貝省史,庄司 路,松 島崇浩,岡田隆文,他:健康男児に認めたサル モネラ脾膿瘍の 1 例.感染症誌 2010;84(1):

69―72.

6)大曲貴夫:キノロン系抗菌薬の使い方.日本化 学療法学会編,抗菌薬適正使用生涯教育テキス ト.2008;p. 76―90.

7)井 上 由 香,伊 藤 誠,奥 川 勝,蔵 前 仁,松 井奈津子,井沢義雄,他:パラフィン包埋試料 からの遺伝子invAの証明が診断に有効であった nontyphoid Salmonellaによる感染性腹部大動脈 瘤の 1 剖検例.日本臨床微生物学雑誌 2008;18

(2):35―9.

A Case ofSalmonella-infected Thoracoabdominal Aortic Aneurysm Making Final Diagnosis Difficult Osamu TOKUNO1), Daiki KAGAWA2), Daisuke UCHIDA2),

Shouhiro KINOSHITA1)& Kentaro IWATA2)

1)Clinical Laboratory and2)Department of Infectious Disease and Internal Medicine, Kobe University Hospital We report a case of thoracoabdominal aortic aneurysm (TAAA) due toSalmonellaEnteritidis making fi- nal diagnosis difficult. A 63-year-old man with a history of diabetes mellitus, hypertension, and cerebral in- farction was seen elsewhere for a 40℃ fever, vomiting, and shaking on day 1 after onset. He was diagnosed withSalmonellabacteremia and hospitalized by us for intensive care. Computed tomography (CT), magnetic resonance imaging (MRI), and ultrasound imaging did not, however, show critical findings of aneurysm, en- docarditis, or osteomyelitis, and laboratory testing suggest significant inflammatory symptoms. He did not respond to antibiotics, but had an intermittent low fever during the first hospitalization.

On day 48 after onset during the second hospitalization, abdominal CT showed an aneurysm -3cm in di- ameter in the thoracoabdominal aorta above the renal artery- small enough to have been missed in earlier diagnosis. Surgery and TAAA graft replacement were done on day 64. Bacterial culture of the graft showed noSalmonellagrowth due to long-termin vivoantibiotic exposure. He recovered without significant complications, with oral ciprofloxacin antibiotic therapy continued to the present. This case indicates the im- portance of an early diagnosis through continuous blood culture and imaging forSalmonella sp blood stream infection.

〔J.J.A. Inf. D. 85:280〜283, 2011〕

参照

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