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ジャック・ラカンと欲望の倫理

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Academic year: 2021

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本日は都立大仏文主宰のシンポジウム「ジャック・ラカンと欲望の倫理」にお 集まりいただきまして、誠にありがとうございます。私、僭越ながら本日の進行 役を務めさせていただきます都立大の合田でございます。行き届かないところが 多々あろうかと存じますが、宜しくお願い申し上げます。

私どもの専攻ではこれまでも、ミラン・クンデラ、映画「天上桟敷の人々」、

ドイツ占領下のパリ、ラフカディオ・ハーン・クレオール文学・明治の日本語な どの主題をめぐって、講演会、シンポジウムを開催してまいりましたが、今年度 は、後で述べますいくつかの理由で、20世紀を代表する精神分析家――思想家 と言ってもよいでしょうが――であるジャック・ラカン(1901-1981)を取り上 げることにいたしました。

お忙しいなか、基調報告をお引き受けいただきました原和之先生、ジャック・

レヴィ先生には、専攻を代表いたしまして心より御礼を申し上げます。簡単では ございますが、ここで両先生のご紹介をさせていただきます。報告の順番に従っ て、まずは原先生。

原先生は

1967

年生まれ、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻の 博士課程を単位取得退学され、200年

6

月にはパリ第四大学で博士号(哲学史)

を取得されました。現在は電気通信大学電気通信学部人間コミュニケーション学 科で教鞭を執っておられます。すでに数多くのラカン論を発表されており、また、

ジャック・ラカンと欲望の倫理

東京都立大学人文学部仏文学専攻主宰学術シンポジウム記録、2002年

3

1

日、

東京都立大学南大沢キャンパス内国際交流会館大会議室

初めに

合 田 正 人

(2)

日本ラカン協会の中心的メンバーとしても活躍されていますが、先生のお仕事と しては何よりも、昨年講談社から出版されましたきわめて優れたラカン論『ラカ ン 哲学空間のエクソダス』を挙げなければならないでしょう。

レヴィ先生は

1953

年生まれで、日本で幼年期を過ごされました。パリ第七大 学の博士課程で学ばれた後、再び来日、現在は明治学院大学文学部フランス文学 科で教鞭を執っておられます。埴谷雄高や中上健次の文学の研究者として、また、

中上の『岬』を初めとする日本文学の数々の作品の仏訳者として活躍されていま すが、ラカンにも造詣が深く、「別の享楽(六八年以降のラカン)」などの刺激的 なラカン論を発表するとともに、大学の講義やセミネールでもラカンを取り上げ ておられます。

さて、ラカンをめぐる今回の企画は、三つの条件がうまく揃うことで成立した と言ってよいでしょう。

第一に、ラカンの大変優れた研究者でいらっしゃるレヴィ先生には、何とも好 運なことに、今年度、特別客員教授として私どもの専攻で授業を担当していただ きました。埴谷雄高という案もあったのですが、何度か先生とお話するうち、ラ カンという主題が浮かび上がってきたのです。

第二に、私はラカンの専門家ではまったくありませんが、何を血迷ったのか、

たまたま今年度、大学院の授業でラカンの『精神分析の倫理』(1959-60年度の セミネール)を取り上げました。どう解釈してよいか分からない箇所ばかりで、

困り果てていたのですが、そんななか昨年の

6

月には、同書の邦訳が岩波書店か ら出版されました。

第三に、『精神分析の倫理』の邦訳に続いて、原和之先生の『ラカン 哲学空 間のエクソダス』が昨年

10

月に出版されました。一読して、私は「この方しか いない」と確信しました。そこで、まったく面識のない原先生のアドレスを探り 当てて、不躾なお願いを申し上げたわけです。

両先生に基調報告を依頼するに際しましては、私のほうから、三つで一つと言 いますか、一つで三つと言いますか、そんなお願いをいたしました。

第一に、ラカンはフロイトの思想を「絶えず修正を受け入れる思想」とみなし て、フロイトを「分析的経験の創始者」と呼びました。この「分析的経験」ない し「臨床的経験」なるものは当然のことながら、「経験一般」のなかで、また、

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それとの関係においていしか成立しません。好著『精神分析への抵抗』(青土社)

で知られる精神科医の十川幸司さんは、「精神分析は私たちの考え方、感じ方、

つまりは生き方を変える力を持つひとつの特殊な経験である」とさえ言っておら れます。「分析的経験」ならびにそれを語るラカンの言説は、私たち各人の日常 的実践――この異常な日常の経験一般――とどのように係るのか。ラカン自身、

「私は精神分析家である」と言明することの不可能性を語ることで、分析家と非 分析家の分割を揺るがしたのですが、原先生、レヴィ先生にはぜひこの点に触れ ていただきたい。

ただ、誤解のないように付け加えておきますと、ここで私は、「生まの経験」

とか「肉声」といった直接性の幻影を復活させようとしているのでは決してあり ません。そもそもラカンは、カントのいう「図式論」(シェマティスムス)――

「魂の奥底に潜む芸術・技法(クンスト)」という、カントによる「図式」の定義 は、ラカンによる「無意識」の定義の先駆であるかもしれません――の重要性を 熟知した思想家として、図式

L、図式 R、4

つの言説の図式などが示しています ように、直接的・無媒介的経験の不可能性を説き続けたのですから。

第二に、「分析的経験」を他の数々の実践との係りにおいて考えることは、ラ カンの思想を、哲学、構造人類学、犯罪学など多様な学問分野との係わりにおい て考えることでもあります。私どもの専攻と関連の深いところで申しますと、ず ばり文学解釈――、ラカンは『アンティゴネー』など古代悲劇のみならず、トル ヴァドゥール、宮廷恋愛物語、シェイクスピア、バルタサール・グラシアン、モ ンテーニュ、ラシーヌ、ラ・ロシュフコー、サド、ポー、ジイド、ジロドゥ、ク ローデル(ラカンはクローデルのクーフォンテーヌ三部作を現代のエディプスの 物語とみなしている)、シュルレアリストたち、ジョイス、ボルヘス、等々に関 心を向け、それらについて実に興味深い解釈を呈示してきました。そして、ソシ ュールやバンヴェニストの言語学的諸観念の独特な援用や、アナモルフォーズ

(歪像)などをめぐる美学的探求。更には、ジャンセニズムのような宗教思想、

神学思想との係り。今日お出でいただいたお二人は、かくも多様な接合について お話しいただくのに最もふさわしい方々であると言ってよいでしょう。

「分析的経験」、『アンティゴネー』、宮廷恋愛、シェイクスピア、アナモルフ ォーズ――実は、これらはいずれも先述の『精神分析の倫理』の鍵を握る言葉や

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作品や観念であります。そして、このセミネールに何らかの仕方で言及していた だきたいというのが、私の第三のお願いでした。このセミネールのなかで、ラカ ンは、ヘーゲルの『精神現象学』を標的としながら、国法ないし「公共の善」を 侵犯して兄を弔い、遂には死に至るアンティゴネーの行為に詳細な分析を加えて います。彼女を、この女を駆り立てていたもの、ドライヴしていたものは何なの でしょうか。彼女の欲望は。

フロイトが末子アンナ・フロイトをアンティゴネーと呼んでいたのと同様に、

ラカンもまたアンティゴネーを通してひとりの女性のことを考えていたようで す。妻シルヴィアとその前夫バタイユとのあいだに生まれた娘、ローランス・バ タイユのことです。1930年に生まれ、12歳で画家のバルチュスと同棲し、アル ジェリアで女優として活躍し、その後、アンナと同様、精神分析家になるこの女 性は、当時、フランシス・ジャンソンらと共にアルジェリア独立運動に関与した ために逮捕され、獄中にありました。因みに、道化的な「フール」と卑劣な「ネ イヴ」の区別と交錯を、右翼と左翼などと称される政治的態度と結びつけた『精 神分析の倫理』の考察は、こうした政治状況への暗示だったのかもしれません。

『精神分析の倫理』は、国に背いた義理の娘に向けての言説でもあった。そし て、ラカンがこのセミネールに格別な執着を見せた理由のひとつがそこにあった のかもしれない。マルセル・マリーニ女史は『ラカン』(新曜社)のなかで、こ のセミネールを「ラカンの遺言に等しいもの」とみなしてこう言っています。

「ラカンの緊急課題は、私たちの時代に見合った倫理、現代人の悲劇および

「文化のなかの不快」に見合った倫理を構築することである。人間の条件が持つ 真理は耐え難いほど恐ろしい。この世に生まれたことは癒し難い不幸であり、消 し難い過ちである。(…)にもかかわらず、この真実を見たがらない人間が何と 多いことか。」

「メー・ピュナイ」(むしろ生まれないほうが)という『コロノスのエディプ ス』の言葉をきっと踏まえているのでしょうが、私は最近、リストカットを繰り 返す青年がまさに同じ言葉をつぶやくのを耳にしました。「大人であることのモ デルなどどこにあるのだろう」というラカンの言葉は、彼のような青年に向けら れた言葉なのかもしれません。いや、青年だけではない。今は、死を直前にした と言ってもよい老人もまた「メー・ピュナイ」とつぶやくような時代なのですか

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ら。

「私たちの時代に見合った倫理」とありましたが、ラカンは

1964

年のセミネ ール『精神分析の四基本概念』で、「今日では私たちの文明自体が憎しみの一種 であり、拡散した憎しみの状態にある」と言っています。そして、このセミネー ルの末尾では、「すでに過ぎ去ったことと言いふらされている集団虐殺の形態、

ナチズムのドラマ」に言及しています。十字架の聖ヨハネからフランス・モラリ スムに至る「何だか分からないもの」(je-ne-sais-quoi)の系譜をおそらく意識し ながら、ラカンは「対象

a」(小さな他なる対象)という局所化不能な破片のよ

うなものに、このドラマの原因を求めようとしました。嬰児にとって、母親の乳 房という対象もこの「対象

a」なのですが、ここで思い出されるのは、ラカンも

最重要視した『科学心理学草稿』(1895-96)の一節です。

み ず か ら の 生 を 自 力 で は 維 持 で き な い 存 在 と し て 、 嬰 児 が 泣 い て い る 。

Hilflosigkeit(寄る辺なさ、孤立無援)という語彙でこの状態を表現しつつ、フ

ロイトは、嬰児と嬰児に手を差し伸べる者(母親)との二重に逆説的な関係のう ちに、人倫に係るすべての問題が含まれていると指摘したのでした。二重に逆説 的な、と言ったのは、母親の援助が本質的に援助できない者への援助であり、ま た、嬰児に触れる母親が、嬰児にとっては触れることのできない「物自体」であ るからです。それにしても、このときフロイトは生まれたばかりのアンナの姿を 見ていたのではないでしょうか。

Hilflosigkeit

――これはフロイトが生涯にわたって用い続けた語彙です。「い

かなる個人の情動も他の個人の情動とは決して一致しない」という言葉で、この 語彙をパラフレーズすることもできるかもしれませんが、実を言うと、この言葉 をラカンは

1932

年の博士論文の題辞として用いていたのでした。いや、それど ころか、前出の『精神分析の四基本概念』では、この言葉を発した人物のコミュ ニティーからの永久破門に自分自身の破門をなぞらえ、ナチズムのような集団虐 殺を抑止する唯一の方途を、この人物のいう「神への知的愛」「第三種認識」に 求めているのです。言うまでもなく、この人物はスピノザです。彼の『エチカ』

は「欲望(クピダス、コナトゥス)のエチカ」にほかなりませんが、私としまし ては、今回のシンポジウムの表題にこのような意味、このような系譜を刻み込み たかったわけです。

(6)

それでは、まず原先生、次にレヴィ先生の順でお話いただき、それから三人で の討論に移り、最後に、両先生にはフロアからの質問にお答えいただければと思 います。

(討論ならびに質疑応答の記録は紙数の都合で割愛した)

参照

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