[書評] エリック・H.ジャコビー著、井上嘉丸、滝 川勉訳「東南アジアの農業不安」
その他のタイトル [Book‑Review] Erick H. Jacoby : Agrarian Unrest in Southeast Asia, New York, 1949
著者 鶴嶋 雪嶺
雑誌名 關西大學經済論集
巻 9
号 2
ページ 207‑212
発行年 1959‑06‑20
URL http://hdl.handle.net/10112/15595
第五章インドシナ
﹁東南アジアの農業不安﹂
マレ ー
︵鶴 嶋︶
︱︱ 七
は︑ジャコビー氏自身が日本語版の刊行に際して述べているよ 第四章業の全体を統一的に把えたものではなかった︒ところが︑本書 第三章ビルマ 第二章ジャワ 第一章
概 観
を全般的に取り扱ったものである︒このことは︑次のような本
書の構成を見れば一目瞭然である︒般な地域にわたつて取扱ったものとしては︑戦前のV•
D .
W ic k i ze r M• ,
K .
Be nn et t, T he Ri c e E co no my f o Mo ns oo n A si a S , ta nf or d U n iv e r si t y , C al i f or n i a,
1941があるが︑これ
はその表題の示すように︑分析が米穀のみに限られていて︑農 は︑唯一の文献とされている︒これまで東南アジアの股業を広
Co lu mb ia Un iv er si ty P r e ss ,
1949~、声↑南アジアの血業問題東南アジアの悶業を全体的・統一的に取扱ったものとして エリック•H・ジャコビー「東南アジアの悶業不安」Erick
H . J ac o b y, Ag ra ri an n U re st in So ut he as t A si a N, ew Yo rk ,
第八章 第七章
﹁ 東 南 ア ジ ア の
第六章
農 業 不 安
﹂
エリック•H・ジャコビー著、井上嘉丸、滝川勉訳
東洋経済新報社
フィリビン
牒業不安と民族運動 タ
イ
鶴
嶋
苧き
嶺
の続編ともいうべきかしいわけを十分に説明する︒このような状態は︑外国資本が にかれら自身の手によって植民地経済を多角化することがむず 門職員として農業改革の研究に従事しながら現在に至ってい 経済制度課長となったが︑その後悶業部に移り︑土地制度の専
る ︒
一九五一年にローマの
F A
事務局に入り︑経済部本の蓄積をも妨げるような補完経済の諸機能が指摘されてい0
従属経済の一般的傾向としては︑本来いかなる程度の民族資 中フィリビンの牒業問題を研究し︑この研究は日本軍の占領中労佑節約的設備の尊入について述ぺられている︒ ーク侵入のためにフィリピンに移り︑太平洋戦争の勃発前まで ジャコビー氏の東南アジア農業にたいする接近の方法は︑第
ある
︒
通した特徴1農業不安の主要因ーが浮彫にされているので た本書は︑単に牒業問題の研究者や牒政担当者のみならず︑後 り︑土地所有や農業生産および股村負債の諸問題に焦点が置かいる︒この著者によって東南アジアの製業が全般的に取扱われ の解決に寄与するために︑土地の保有や利用︑教育や適切な制 うに︑われわれの世代の大課題たる東南アジア諸国の牒業改革 ﹁東南アジアの農業不安﹂
度的裏付の問題の緊密な相互関係を論証しようとしたものであ
れている︒そして︑この分析のなかから東南アジアの悶業に共
ジャコビー氏の略歴は次のようにいわれている︒一九0
三年
ベルリンに生まれ︑ベルリン大学卒業後はナチに追われてスウ
ェーデンやデンマークに移り住んだ︒さらにドイツ軍のデンマ
マニラのアダムスン大学で経済学の教授をつとめた︒教授在任
も続けられた︒戦後スウェーデンでアメリカ系商社の経済顧問
をし
た後
︑
る︒一九四九年に﹁東南アジアの農業不安﹂を書き︑その後そ
La nd Re fo rm : D ef e c ts i n Ag ra ri an
進国の経済発展に興味を持つ者にとつてもまた格好なものとい
えよう︒この訳出に努力された人に︑まず敬意を表したい︒
一章概観において示されている︒そこでは︑まず西欧の浸透の
もたらしたものが︑a従属経済の一般的傾向︑b
人口
圧力
︑
C
﹁大規模な資本蓄積が原住民によってはまったく不可能で
あるということが︑原住民社会の極貧であることや︑そのため
︵鶴 嶋︶
St ru ct ur e a s Ob st ac le s t o Ec on om ic Dev el op me nt , Ne w Inter•
R el a t io n s hi p b et we en Agrar ia n Re fo rm an d Agricultual Dev
el op me nt , R om e,
1953
を零
戸い
て Yo rk ,
1951および ︱︱八
ることから︑伝統的な植民地関係を永久化する︒それは商品作
しうる可能性のあるところでは︑それが確立されるみちをとざ
している﹂というのである︒
乏しいことや豊富な人力を生産的に利用しえないことと密接に
人口にたいする正しい評価の上に︑この過剰人口が土地保有に
促進する︒というのは︑小土地所有者は一般に自分の耕地によ
地掠奪者や金貸のえじきとなるからである︒
﹁東南アジアの農業不安﹂
︵鶴 嶋︶
︱︱
九
(3)最後に過剰進歩的な国際法規が伝統的な労佑搾取を防止するか︑あるいは つては十分に生活をたてることができず︑したがつて容易に土 零細化を招く︒
(2 )
その結果︑過剰人口は結局土地の集中を進式脱穀機などが使われている︒この機械の労仇節約的な効果 与える種々な影響を指摘している︒
(1 )
過剰人口は︑土地のしたといういくつかの徴候がある︒水田用トラクターや自動推 結びついているのである︒ジャコビー氏は︑東南アジアの過剰 活水準に比べてはじめて過剰なのである︒人口圧力は︑耕地が 起した︒しかし︑もちろんこの人口は︑従属経済内の現在の生 東南アジアにおける西欧の浸透は︑未曽有の人口増加を引き 牒民層の存在するところではそれを排除し︑またその層が発展 人口は刈分小作人の群を増加する︒ジャワで通例になっているように︑小土地所有者が自分の土地を他の原住民に刈分小作を条件として貸し付け︑て︑追加所得を求めるようになる︒このことから土地の零細化がいつそう促進されるが︑それは同一の耕地がいまや︱つの世帯を完全に養い︑さらに︱つの世帯を部分的に養わなければならなくなるからである︒
ほとんど全地域が過剰人口と生産的機会の不足を特徴として
いるときに︑労佑節約的設備が迎入されている︒今次大戦前に
は︑人間労仇はこの地域のあらゆる地方でトラクターと競争し
て成果を収めたばかりでなく︑インドシナのようないくつかの
国々では畜力とさえもうまく競争することができた︒労佑の価
格ががいして非常に低かったので︑動力設備は採算がとれなか
った︒だが︑近年︑工業が熱帯農業に適合した設備の製造に成功
は︑コスト計算をすればもはや原住民の労佑が以前ほど有利で
ない点にまで達しかけている︒そのうえ︑労佑者保設のための ほとんど全地域にわたつて土地集中を促進し︑その結果︑独立 時に原住民社会内部の社会的階層分化を妨げる︒最後にそれは 物の大規模な生産を広く継続して営まれるようにし︑それと同一方︑かれ自身は職人ないし労仇者とし 従属地域の労佑力を組織化し︑天然資源を統制できるようにす
佑節約的設備の大規模な導入は︑原住民の大部分を経済的に排
ジアの国ごとに異なつており︑地方的環境や︑しばしば宗教に 導入であり︑旧村落経済の分解であり︑さらには原住民生活の その労佑部門が原住民の保留する唯一のものとなっている︒労 ジャコピー氏は︑このように概観される東南アジアの農業を 貸と中間商人が農業不安のまず最初の対象となりうる︒ 味する︒最後に︑極東の広大な地域における潜在的な農業不安用問題によって耕作農民が中間商人に緊縛され︑さらにこの職 小作人労佑の場合に比べて問題がはるかに少なくなることを意落生活の崩壊とに関連させて明らかにしている︒この深刻な信 運転に必要な雇用農業労佑の量が比較的少ないということは︑ にせずにはおれないことを指摘した後に︑この信用問題が深刻 は︑不況期やなんらかの国際的制限計画に対してより弾力的にジアの経済状勢に関する分析は必ず信用問題の深刻さを明らか 少なくとも困離ならしめようとしている︒機械化された生産 ﹁東南アジアの農業不安﹂
調節しうるといういま︱つの利益を持つている︒近代的設備の
は︑大規模なプランテーション企業をしてできるだけ人間労佑
に依存しないようにさせるだろう︒他方︑機械力がますます導
入されてゆくことが︑社会状態に強く作用し︑その結果︑高い
人口率に由来する諸困難をいつそう悪化させるかもしれない︒
強烈な植民地化の過程は︑すでに原住民の経済的参与の機会を
大いに削減し︑事実上それを労佑部門に制限したのであって︑
除することによって︑情勢をいつそう悪化させるだろう︒
このような事態にもとずいて︑従属諸国における典型的な経
済的・社会的特性がa信用問題とその影響b教育および農耕
水準
の低
さ︑
C民族的階層分化︑d保健と栄養について明らか
にされる︒そのなかで︑最も力点がおかれており︑最も興味が もたれるのは︑信用問題の分析である︒そこでは︑.まず東南アなものとなつてゆく過程を自給農業から商業農業への移行と村業的金貸や中間商人が一般に外国人で︑その大部分はインド人と華僑である︒信用問題は︑経済的・社会的な面のみならず︑民族的な面をも持つているのである︒そして︑この外国人の金各国別に詳細に示している︒そして︑そこから次のような結論が導き出される︒
東南アジアの塁民大衆の窮状とそこから生じる不満が農業不
安の実体であるが︑この農業不安が民族運動の根源である︒東
南アジアの民衆に民族を自覚させた要因は︑西欧的経済方式の
伝統的統一性の破壊であった︒そしてこの民族運動は︑東南ア
︵鶴 嶋︶
︱二
0
﹁東南アジアの農業不安﹂
︵鶴
嶋︶
れまでマルクス主義の立場からなされた後進国問題にたいするもはやくりかえすまでもない︒﹃植民地における革命は︑他民 このジャコビー氏の東南アジアの牒業にたいする研究を︑こ合の環が︑そして最も重要な環が﹃土地改革﹂であることは︑ アの農民解放は同時に民族解放につながる問題である︒その場 ある︒かくて︑ジャコビーの考えを敷術していえば︑東南アジ る︒政治的に独立している国においてさえ︑民族運動は依然との解決なしには民族の解放を想像しえないことを示唆するもの持つような悲哀をこめて︑土地問題の徹底的な解決を要求している︒列強の第一番の義務は︑悶業制度をそのあらゆる経済的・社会的側面において再建することでなければならない︒うまらすであろう︒ の方が弱かったような地域での平和的発展に重大な貢献をもたである︒植民地従属体制それ自体が︑東南アジアの農民大衆を 展の礎を置き︑ひいてはこれまで権力政策の方が強くて国際法中間商人と植民地支配とを同一視するようになつているから く計画された股業の再建は︑これらの領土における民主的な発 ﹁ジャコビーの民族運動に対するこのような認識・理解は︑
現在の発展せるマルクス主義が﹃民族問題は本質的には股業問
題である﹄と規定しているのと同一の立場であろう︒したがつ
て︑牒業不安の解決のためには土地改革が不可欠の一環となる
のである︒この場合︑ジャコビーが土地改革を﹃土地の再配分
をはるかに越えるものであり︑教育︑低利信用便宜の供与およ
︑︑
︑︑
︑︑
び適切な市場取引をも含めた連続的な過程﹄︵日木版への序文︶
ジャコビーによれば︑東南アジアの股民大衆は︑地主・高利貸
してこのような認識に至らしめるメカニズムをもつているので は︑東南アジア諸国の解放
11
独立を予想せしめる︒なぜなら︑ として規定していることは注目に値しよう︒土地改革の実施 であろう︒さらにまた︑タイの民族主義も︑政治的従属国民の ルソンの深刻な政治危機は︑フィリビンの農民階級が土地問題 ても懐疑的である︒独立がフィリビンに認められた後での中部 して土地を求める運動と結びついており︑現在ある独立に対し 構成する農民大衆の支持を受けており︑土地要求に集中してい者あとがき﹂で次のように指摘している︒ 適合した形をとつているが︑常に原住民の七割から九割までを研究と対比してみることは非常に興味深い︒滝川勉氏は︑
﹁ 訳
再建はこれらの領土における民主的な発展の礎を置くという結 いて再建することでなければならず︑うまく計画された農業の 有益な手引を与えてくれるものである︒ の第一番の義務は農業制度をあらゆる経済的・社会的側面にお する立場の一致を保証するものではない︒ジャコピー氏の列強 において一致したことが︑ただちに民族問題と土地改革にたい本書は︑その内容とともに︑巻末に参考文献がまとめられてお 事実をことさらに曲げたり覆いかくしたりしようとしない限 ケインズ経済学とかいった立場の違いにかかわらず︑少くとも
﹁東
南ア
ジア
の最
業不
安﹂
に︑土着の封建的
1 1農奴的抑圧にたいしてその鋒先きをむける
ものである︒民族解放斗争とならんで︑農業革命の問題が︑植
民地諸国における革命の中心問題のひとつをなしている﹂︵﹃民
族および植民地問題﹄青木文庫︑昭和二六年︶︒ジャコビーの
考え方は︑この考え方と本質において同じである﹂︵二八九頁︶
後進国においてその産業のなかの大きな比重を農業が占め︑し
かもその農民の大部分が土地を持たないか︑あるいは持たない
にひとしい状態におかれているばあい︑民族運動が土地要求に
集中することは当然である︒この現象は︑マルクス経済学とか
り︑認められることである︒しかし︑この現象を確認すること
論は︑マルクス主義者の結論とは異なる︒ただ︑土地改革の実 しかし︑最近インドネシアなど東南アジア諸国︑あるいはエジ 族の抑圧および帝国主義にたいしてその鋒先きをむけると同時
︵鶴
嶋︶
~
施をそのまま東南アジア諸国の解放
1 1独 立
1 1民族運動の解消と
結びつける見解をマルクス主義者がとったばあいにのみ︑これ
が後進国における現在の資本主義体制のもとで可能か否かの相
異点を残して︑両者の立場はきわめて接近したものとなりうる
ので
ある
︒
ものは︑土地改革をそのまま後進国の解放と結びつけており︑
この見解はマルクス主義の常識となつているかのようである︒
プト︑イラクなどを含めた後進国全般にわたつて生じている出
来事は︑この﹁マルクス主義の常識﹂と衝突する多くのものを
提起している︒後進国の経済発展とくに農業問題は︑根本的に
検討しなおされる必要があるように思われる︒ジャコピー氏の
り︑さらに訳者によって戦後の重要な文献が参考文献補違とし
てつけ加えられているので︑東南アジアに関する研究に多くの たしかに︑これまでマルクス主義の陣営から書かれた多くの