平成 23 年度修士論文
太陽風多価イオン衝突における電荷交換反応
首都大学東京大学院 理工学研究科 物理学専攻 原子物理実験研究室
石田 卓也
2012
年1
月10
日1
概要
1994
年,ROSAT
衛星によって,軟X
線放射に関する精密な全天地図が作成がされた.その際,背景放射と考えられる領域から,短期間で強度が時間変動する軟
X
線が発見された.
ま た,1996
年には百武彗星から軟X
線が放射されていることが見出された.この百武彗星を皮 切りに,様々な彗星からのX
線放射が次々と発見され,軟X
線放射は多くの彗星に共通して みられる事象であることがわかった.その後,様々な研究が進んだことにより最終的には,太 陽風に含まれる多価イオンと彗星の中性物質との衝突による電荷交換反応が軟X
線放射の原 因であることが判明した.彗星からのX
線放射が電荷交換反応によることが認識されるにつ れ,軟X
線背景放射の一部は太陽風と地球近傍や太陽系内の中性物質との衝突による電荷交換 反応に由来するものと考えられるようになった.
電荷交換反応由来の輝線に関してより詳細な 解析を行うためには,電荷移行断面積や発光断面積の測定が必要である.本研究では,宇宙空 間での電荷交換反応ついて,宇宙空間と同様の条件下で電荷移行断面積および発光断面積の測 定を行った. 太陽風に含まれるC
5+,N
6+,O
7+多価イオンを14.25 GHz
電子サイクロト ロン共鳴型イオン源(Electron Cyclotron Resonance Ion Source
)で生成し,5-10 kV
の電位 差で引き出して,磁場によって価数選別を行った.その後,イオンを衝突チェンバー内の衝突 セルに導入したHe, H
2 及びCH
4ガスと衝突させた. CH
4は太陽風電荷交換反応に直接関係 しない分子であるが,垂直遷移のイオン化エネルギーがH
原子と同じ13.6 eV
であることか ら,類似した反応性を期待して測定を行った.電荷交換反応に伴って発生する軟X
線はビー ム軸に対して54.736
°の方向からシリコンドリフト型半導体検出器(Silicon Drift Detector)
で観測した.この角度で測定することにより,発光の角度分布に依存しないスペクトル強度の 絶対値測定が可能となる.入射イオンの速度を太陽風速度である300-800 km/s
に対応させ るため,衝突セルに電圧をかけることで,引き出したイオンビームの減速を行なった.また,正確なターゲットの圧力を測定するために,ガスセルとキャパシタンスマノメータをつない で圧力の絶対値を求めた. 電荷移行断面積の測定には追い返し法を用いた.追い返し法と は,入射イオンの反応によるビーム量の減衰を測定することにより,断面積を求める手法であ る.イオンの減衰量を測定するために,衝突セルの後方に設置されたリータディング電極に 電圧をかけ,イオンの価数による速度やエネルギーの違いを利用して価数選別を行い,電荷 移行断面積を決定した. 測定したデータは
2
中心緊密結合法(Two center-Atomic Orbital Close Coupling
法, TC-AOCC
法)
による理論計算と比較を行った.電荷移行断面積の測定に おいては,今回測定した衝突エネルギーの範囲のうち,標的気体がH
2 及びH(CH
4)
の場合 については,既にデータが存在したが,He
に関しては全くデータが報告されていなかった.O
7+-CH
4系に関しては,O
7+-H
系の電荷移行断面積の過去の実験結果や理論計算と比較した ところ,衝突エネルギーが20-35 keV
ではH
との測定結果と一致したが,50 keV
以上の領域 ではH
のデータよりも大きな断面積を示す結果がえられた.これはCH
4が多原子分子である2
故に,1
電子系であるH
とは異なることが原因であると考えられる.その他の系においては,過去の実験結果や理論計算と比較的良く一致した結果が得られた. 発光断面積については,
TC-AOCC
法による電荷移行断面積の理論計算から,カスケードモデルを用いて求めた発光断面積と比較を行った
. C
5+,N
6+およびO
7+は,電子を励起状態(n=3-5)
へ捕獲するため,カスケード過程を経て基底状態へ脱励起する.得られた発光スペクトルは
2p
状態からの発光 が主であり,3p, 4p, 5p
状態からの発光も見られた.標的気体に依存して捕獲準位が異なるた め,3p
,4p
状態から基底状態への遷移については標的によって強度比の違いが見られた.ス ペクトルの解析は,検出器の分解能が約75 eV
であることを考慮して,輝線スペクトルに分離 し,それぞれの発光断面積を求めた.1
電子捕獲によって生成したC
,N
およびO
のHe
様イオンには1
重項と3
重項が存在する.1s2p
励起状態から1s
2 基底状態への遷移に関して は,すべての系において,1
重項と3
重項からの光が混在したスペクトルが得られた.これは 異重項間遷移である 3P
1 状態から基底状態1S
0 への遷移の寿命が,イオンが衝突セルを通過 する時間と同程度であるためと考えられる. 測定によって得られた電荷移行断面積と発光断 面積データには相関があり,両者の差をとることで,寿命が長いために発光が観測できなかっ た成分を求めることが出来る.寿命の長い成分には,3S
状態のものや,3P
状態などの3
重項 状態がふくまれており,とりわけ,3S
1→
1S
0 禁制遷移が主たる成分として含まれている.本 研究で得られた発光断面積の成分を1
重項状態からの発光と仮定すれば,電荷移行断面積から 発光断面積の差をとったものは3
重項状態からの発光となる.統計重率より,1
重項状態と3
重項状態の生成比は1:3
であるため,捕獲された電子が選択則を満たしながらカスケード仮定 を経ることにより,発光に関しても1:3
を満たすことになる.今回の測定により得られたデー タは,どの系においてもおおよそ統計重率を満たす結果が得られた.3
目次
第
1
章 序論5
1.1
多価イオン物理学. . . . 5
1.2
低速多価イオン衝突. . . . 6
1.3
多価イオン源. . . . 6
1.4
太陽風電荷交換反応(Solar Wind Charge Exchange) . . . . 8
1.5
研究目的. . . . 11
第
2
章 原理12 2.1 ECRIS (Electron Cyclotron Resonance Ion Source) . . . . 12
2.2
電荷交換反応. . . . 15
2.2.1 COBM (Classical Over-Barrier Model
,古典的オーバーバリアモデル) 15 2.2.2 Two-Centre Atomic Orbital Close-Coupling Meghod
,TC-AOCC
法21 2.2.3
遷移. . . . 22
第
3
章 実験方法24 3.1
実験装置. . . . 24
3.1.1 ECRIS . . . . 24
3.1.2
ビームライン. . . . 26
3.1.3
シリコンドリフト型半導体検出器(SDD) . . . . 29
3.2
測定方法. . . . 31
3.2.1
電荷移行断面積. . . . 31
3.2.2
発光断面積. . . . 35
3.2.3
ビーム強度モニター. . . . 38
3.2.4
分光. . . . 38
第
4
章 実験結果42
4.1
電荷移行断面積. . . . 42
目次
4
4.1.1 O
7+. . . . 42
4.1.2 N
6+. . . . 47
4.1.3 C
5+. . . . 49
4.1.4
誤差評価. . . . 51
4.2
発光断面積. . . . 52
4.2.1 O
7+. . . . 56
4.2.2 N
6+. . . . 62
4.2.3 C
5+. . . . 65
第
5
章 考察69 5.1
標的依存性. . . . 69
5.1.1
スケーリング則による検証. . . . 72
5.2
入射多価イオン依存性. . . . 73
5.2.1 Reaction Window . . . . 74
5.3 3
重項状態. . . . 77
第
6
章 まとめ80
謝辞
81
参考文献
82
5
第 1 章
序論
1.1
多価イオン物理学原子物理学において,多価イオンを対象とした研究は様々な発展を遂げて来た.多価イオン とは中性原子から電子を
2
つ以上剥ぎ取ったものである.多価イオンはクーロンポテンシャル からなる莫大な内部エネルギーを持っており,他の物質との相互作用が大きいことが知られて いる.現代社会においては,半導体製造,医療など様々な分野において多価イオンを用いた研究が 役立てられている.一方で,多価イオンの特性やその衝突過程に関しては未知の部分が多く,
多価イオンと物質との相互作用に関するデータが,様々な応用分野から基礎データとして必要 とされている.
核融合炉では熱核プラズマ中に存在する多価イオンがプラズマのエネルギー損失の原因とし て問題となっている.これは多価イオンが炉壁と衝突することにより,光を放出することで,
安定なプラズマの閉じ込めを妨げていることが原因である.近年では,国際熱核融合実験炉
(ITER)
のダイバータの一部にタングステンが使用される予定であり,そタングステンに関する基礎データに関する情報が必要とされている.同様に宇宙物理学においても様々な天体から のスペクトル解析において,基礎データが必要とされている.
第
1
章 序論6
1.2
低速多価イオン衝突多価イオンと原子・分子が衝突する時,想定される非弾性過程としては基本的に以下の
4
つ が挙げられる。X
q++ Y −→
X
(q−r)++ Y
r+:
電荷移行反応X
q++ Y
r++ re
−:
標的のイオン化X
(q+r)++ Y + re
−:
入射イオンのイオン化X
q++ Y
∗:
標的の励起これらの反応の起こり易さは衝突粒子間の相対速度によって異なる。衝突粒子間の相対速度 における「低速」及び「高速」は,標的内電子の古典的な速度が一般に基準とされる。イオン と標的が非常に速い速度で衝突すると,標的に束縛された電子が多価イオンに捕られ難くなる ので標的のイオン化断面積が大きくなり,また多価イオン自身の電子が剥がされる入射イオン のイオン化断面積も大きくなる。逆に,イオンと標的が電子の運動速度以下で近づけば,多価 イオンのクーロン力によって引き出された標的内の電子はイオンの電子軌道に移り易く,電荷 移行反応が主要になる。本研究で実験を行った「低速」と定義する速度領域は,衝突する粒子 同士の相対速度が古典的な水素原子内電子の軌道速度である
1 a.u. ( ' 2.19 × 10
6m/s)
より も遅く,衝突反応においてイオン化よりも電荷移行が優勢になる速度領域である。多価イオンは非常に大きな内部エネルギーを持っている為,電荷移行衝突過程において単に 標的の最外殻電子が移行する以外の現象も見られる。低速多価イオン衝突においては,内殻の 電子を抜き取ることが可能なので入射多価イオンの多重励起状態が生成され得る。また多重励 起状態が脱励起する際に他の電子がその余剰エネルギーによって放出される「オージェ効果」
という現象も見られる。多価イオンへの電子の移行が
1
電子だけでなく,一度に複数の電子が 移行する多電子移行過程も可能であり,一度に複数の電子を失った分子や固体表面がクーロン 斥力によって崩壊するというクーロン爆発という現象も知られている。その為,原子レベルで の静的過程だけでなく動的過程にも関心が持たれ,多価イオンに関する多くの研究がなされて いる。1.3
多価イオン源多価イオンを用いた実験がここ
20
年程の間に飛躍的に進展した要因の一つとして,多価イ オン源の性能向上が挙げられる。高性能な多価イオン源の出現に依って,プラズマ中の多価イ オンの発光を観測する従来の受動的な分光学的研究に替わり,直接イオン源から多価イオンを 取り出して粒子や固体に衝突させ能動的に多価イオンの原子過程を調べる研究が盛んに行われ るようになった。第
1
章 序論7
多価イオン源として現在用いられているものは,大別すると次の6
種類に分けられる。(1)
放電型(2)
ストリッピング型(3)
リコイル2
次イオン型(4)
光イオン化型(5) ECRIS (Electron Cycrotron Resonance Ion Source)
(6) EBIS (Electron Beam Ion Source), EBIT(Electron Beam Ion Trap)
(1)
放電型は最も簡単な原理である為に古くから利用されてきたイオン源である。不安定で 多電子を剥ぎ取ることは難しく,比較的低価数のイオンしか生成出来ないが,最近では改良が 施されてペニング(PIG)
イオン源やデュオプラズマトロンイオン源等が使用されている。
(2)
ストリッピング型は別のイオン源で生成された低価数の1
次イオンを,C
等の薄膜を通 過させることで,衝突によりイオン自身を電離させる方法である。最近は,薄膜の代わりにプ ラズマを通過させることで電離させる方法も研究されている。
(3)
リコイル2
次イオン型は,1
次イオンが標的ガスを電離することで目的のイオンを生成 する方法である。(2)
及び(3)
は,何れも高エネルギーの1
次イオンを必要とするので,加速 器施設で用いられる。
(4)
光イオン化型は,強力なレーザーをターゲット物質に照射して,イオンを生成させる方 法である。
(5)ECRIS
と(6)EBIS
は逐次電離を用いた方式で,価数の高いイオンを生成することが可能であり,上に述べた
6
種のイオン源のうち現在最も広く用いられている。多価イオンを生成する際,中性粒子を逐次電離していく方法は同時に多重電離させる方法よ りも以下の
2
点において優れている。先ず挙げられるのは,同時に多数の電子を剥ぎ取る場 合よりも与えるエネルギーが少なくて良い点である。Carlson et al.
による計算でも示されて いるように,原子及びイオンのイオン化エネルギーは電離度が大きくなるに従い増加する[1]
。 同時に電離する場合は全てのイオン化エネルギーの総和を一度に与えなければならないのに対 し,逐次電離という方法では最後に電離される1s
軌道電子の電離エネルギーさえ与えれば,裸イオンの生成も可能である。次に,同時に多数個の電子を電離するという多電子電離断面
積,は
Lotz et al.
による半経験的な理論で与えられる1
電子電離断面積に比べ圧倒的に小さいので,例え多重電離に必要なエネルギーを注入出来たとしても
1
電子ずつ電離させた方が生 成断面積が大きくなるという点が挙げられる[2]
。例えばSchram et al.
による中性Ne
原子 の電子衝突によるNe
q+の生成断面積測定によれば,直接Ne
5+が出来る断面積はNe
4+からNe
5+ が出来る逐次電離の場合より4
桁も小さい[3]
。断面積は価数が増えるに従って減少す るが,その減り方も多電子電離断面積の方が著しい。これらの事実から,多電子の同時電離による多価イオン生成法よりも長時間イオンを閉じ込
第
1
章 序論8
め逐次電離していく生成方法の方が,エネルギー的にも多価イオン生成効率の点でも優位にあ ることが理解出来る。次に,逐次電離を用いたECRIS
とEBIS
について簡単に述べる。ECRIS (Electron Cynclotron Resonance Ion Source)
ECR
型イオン源はフランス原子力庁グルノーブル核融合研究所のGeller et al.
により開発された
[4, 5]
。磁場中でサイクロトロン運動する電子をマイクロ波によって共鳴的に加速させ,試料ガスとして入れた原子や分子を逐次電離するという方法で多価イオンを生成する。そ の過程で生成されるプラズマは,ミラー磁場と六極磁場によって閉じ込められる。イオンビー ムとして使用する時は,プラズマから漏れ出たイオンを静電的に引き出すことにより得られ る.価数が中程度であり,プラズマポテンシャルによってイオンビームのエネルギー幅が大き く,また準安定状態のイオンも生成するという欠点もあるが,大電流のイオンを安定に供給す ることが出来るという点で他のイオン源よりも優れている。現在,多くの重イオン加速器でイ オン入射系で用いられている。
EBIS (Electron Beam Ion Source)
EBIS
は旧ソ連のドブナ原子核研究所のDonets
によって提唱され実現された[6, 7]
。強磁 場により高密度化した電子ビームを用いて,電子ビームの空間電荷による動径方向の電場と軸 方向に設けた外部電場により,生成イオンを電子ビーム内に閉じ込めて逐次電離を行う。ECR
型イオン源に比べビーム強度では劣るが,逐次電離効率が高く生成イオンの価数分布がよい。薄膜等によるストリッピングでの電離が不可能な低エネルギー領域での高電離型イオン源と して強力である。また同じ原理で多価イオンを生成し電子ビーム内にイオンをトラップする
EBIT (Electron Beam Ion Trap)
では,重元素で裸に近い状態のイオンを生成することも可 能となっている.1.4
太陽風電荷交換反応(Solar Wind Charge Exchange)
宇宙
X
線背景放射は,個々の天体から放射されるX
線とは異なり宇宙のあらゆる方向から やってくる.2 keV
以上のエネルギー領域ではそのほとんどが多くの暗い系外X
線天体から のX
線が重なったものと考えられていて,実際に2-10 keV
のエネルギー領域では,すでに殆 どすべてが微弱なX
線源に分離されている[8].
一方、1keV
以下のエネルギー領域では銀河系 外の点源の関与は少なく、半分以上がわれわれの銀河系の円盤やハローに存在する高温星間物 質によるものと考えられており、銀河系外の高温銀河間物質によるものの可能性もある。この ような広がった高温ガスの存在はX
線天文学の初期段階では知られていたが[9]
,その分布や 起源,物理状態についてはほとんど分かっていない[10]
.1994
年,ドイツの天文衛星ROSAT
によって軟X
線全天探査が行われ1.1
,軟X
線背景放射に関する精密な全天地図の作成が行第
1
章 序論9
われた.その際観測データに,1
日程度の時間スケールで2
倍以上増光する強度変動が観測された
[11].
銀河系の円盤やハローの高温星間物質であれば1日という短い時間スケールで強度変動を起こすことは考えられないため、謎の
X
線増光は太陽系が起源であると考えられたが、当時はその起源を突き止めることができなかった.
1996
年には百武彗星からのX
線が放射が 発見された.[12]
この百武彗星を皮切りに,様々な彗星からのX
線放射が次々と発見され,軟X
線放射は多くの彗星に共通してみられる事象であることがわかった.その後の研究により,太陽風に含まれる多価イオンと彗星の中性物質との衝突による電荷交換反応であることがわ かった.彗星からの
X
線放射が電荷交換反応によることが認識されるにつれ,軟X
線背景放 射の一部は太陽風と地球近傍や太陽系内の中性物質との衝突による電荷交換反応によるものと 考えられるようになった[13][14].
図
1.1 ROSAT
衛星による軟X
線全天マップ[11]
O6+ 1s2pW1s2 O7+ 2pW1s
図
1.2
すざく衛星による軟X
線スペクトル[14]
ROSAT
衛星の全天探査中に見られた謎のX
線増光は太陽風のフラックスと相関があることが示され,
[15]
太陽風による電荷交換反応であることがわかっている.すざく衛星によって 得られた軟X
線のスペクトルを図1.2
に示す.O
7+ の一電子捕獲後によるO
6+1s2p → 1s
2 の 遷移が主要な発光ラインとして観測されており,続いてO
8+の一電子捕獲後のO
7+2p → 1s
遷 移が太陽風電荷交換反応においては主要な遷移である.その他にも,太陽風に含まれる炭素や ネオン,マグネシウムなどのスペクトルも得られている.近年は,太陽系以外の場所でも電荷交換反応が見つかっており,代表例として,
Cygnus
Loop
の超新星残骸があげられる[16]
.Cygnus Loop
の縁の方向に関して詳細にスペクトル を解析していくと,熱放射やシンクロトロン放射では説明できない領域があり,この領域で起 こっている反応が電荷交換反応であると考えられている.とりわけ,O
7+ の一電子捕獲後に よるO
6+のn =3-5
の励起状態から基底状態への遷移が,許容,禁制遷移ともに観測されてお り,電荷交換反応である可能性が示されている.第
1
章 序論10
また,M82
銀河方向からも電荷交換反応に由来するX
線が観測されている[17]
.この方向 からは,水素様O, Ne, Mg
の1s2p → 1s
2 遷移が観測されている.熱的に励起される環境では 観測されにくい3
重項状態からの発光も含まれていることから,電荷交換反応由来のものであ ることがいえる.このように,近年は宇宙空間のさまざまな場所からも電荷交換反応が発見されるようにな り,詳細な解析のためにも実験室での反応の再現が求められている.
太陽風
太陽風は電気的に中性なプラズマの流れであり,以下のような種類で構成されている.
負の電荷 正の電荷
e H
+, He
2+, C
q+, O
q+, Ne
q+...
それぞれの多価イオンの価数
q
は,水素様や裸に対応する.正電荷のうち90%
はH
+,5%
程度がHe
であり,それ以外がその他のイオンに相当する.地球付近での密度は1cm
3 中 に10
個程度である.速度には2
成分あり,遅い成分が300-400 km/s
,速い成分が700-800 km/s
である.太陽風が地球へ到達する際には地磁気の影響をイオンが受けるため,斜め45
° 方向から入射している.先行研究
太陽風電荷交換反応の実験室における研究は
2000
年頃から始まり,現在までに様々なグ ループで実験が行われてきた.Greenwood
ら[18]
はO, Ne
の水素様,裸のイオンを彗星に 含まれるH
2O
やCO
2 をターゲットにした研究を行い,X
線分光や,断面積の測定が行われ た.しかし,X
線分光測定に関しては,検出器にBe
窓付きのGe
検出器を用いており,発光 の絶対値を出すには至っていない.また,我々の以前の研究成果[19]
において得られた窓無しの
Si(Li)
検出器の結果と比較しても,相違は明確に出ている.一方,Oak Redge
のグループ[20]
ではC, O
の水素様,裸のイオンをH
原子と合流ビーム法を用いて電荷移行断面積の測定 を行っている.この手法ではイオンと原子の相対速度を変えることにより,低エネルギー領域 まで測定することが可能である.また,Lawrence Livermore National Laboratory
ではではEBIT
を用いた分光実験が行われ[21]
,生成したO
7+ イオンを彗星に含まれるCO
2,CH
4な どのターゲットガスを導入することで,低エネルギーの電荷交換反応を実現している.このグ ループでは既にマイクロカロリメータを用いた測定も行われているが,EBIT
での実験ではイ オンの速度が太陽風の速度より非常に遅いため,実際の太陽風の観測に役立てるのは難しいと いうのが現状である.第
1
章 序論11
本研究のこれまでの成果
現在までに,
C
,N
,O
の水素様および裸イオンを入射イオンに,He
,H
2 を標的として 用い,ターゲットガスをビーム軸に対して真下からガスジェットで吹くことで,電荷交換反応 に伴うX
線をSi(Li)
半導体検出器で観測してきた.得られたスペクトルはIAPCM
のL. Liu
氏による
TC-AOCC
法を用いた理論計算をカスケードモデルでスペクトル化したもとの比較した.裸のイオンの
1
電子捕獲後のスペクトルは,理論を非常に良く再現しており,実験の妥 当性を主張できるものとなった.一方で水素様イオンの1
電子捕獲後の状態には1
重項と3
重項が存在する.AOCC
法では1
重項と3
重項を区別出来ないため,単純に統計重率に従う と仮定したカスケードモデルを用いて理論的な発光強度を求めている.また,実際のスペクト ルにおいても,3
重項の中に寿命が非常に短い成分が存在しており,1
重項と3
重項が混在し たスペクトルが得られていると考えられている.そのため,AOCC
法による理論計算と単純 に比較することが困難であり,実験的にも1
重項と3
重項を区別した測定をすることは検出器 の分解能が低いために不可能であった.1.5
研究目的本研究は,電荷交換反応により発生する
X
線をTES
型X
線マイクロカロリメータ(Tran-
sition Edge Sensor Micro Calori Meter)
で観測することを目的として始まった.ROSAT
に よって観測されたデータは分光性能が十分ではないため,輝線の分離を行うことができなかっ た.2005
年に打ち上げられたX
線天文衛星「すざく」によって軟X
線背景放射も電荷交換 反応による放射であることが明確に示されたが,それでも詳細な議論を行うには分解能が十分 ではなく,詳細な評価が行われていないが現状である.そこで,より詳細なスペクトル観測を もとにデータ解析を行うため,宇宙物理研究室や宇宙科学研究所で開発が行われている高分 解能X
線検出器,Transition Edage Sensor(TES)
マイクロカロリメータを用いたスペクト ル測定を計画している.X
線マイクロカロリメータとは、X
線が入射した際の素子の温度上 昇を抵抗変化として読み出し、X
線のエネルギーを精度良く測定する非分散型X
線出器であ る。TES
は超伝導薄膜の遷移端における抵抗値の急激な変化を温度計として利用するもので あり、極低温(¡100 mK)
で動作させることにより、優れたエネルギー分解能を達成すること が出来る。TES
カロリメータを用いることで、これまで観測出来なかった電荷交換反応から のスペクトルの精密分光を行うことが可能となる。本研究では,シリコンドリフト型X
線検 出器(Silicon Drift Detector)
を用い,宇宙空間と同様の条件下で電荷移行断面積,発光断面 積の測定を行うことを目的として実験を進めた.12
第 2 章
原理
この章では本研究で使用した多価イオン源
(ECRIS)
における多価イオン生成の原理と,多価イオンと標的気体が衝突する際の電荷移行反応を
COBM
(Classical Over the Barrier
Model
,古典的オーバーバリアモデル)を用いて説明する。2.1 ECRIS (Electron Cyclotron Resonance Ion Source)
磁場中において運動する電荷はローレンツ力によって磁力線に巻き付く様な螺旋運動を行 う。電荷を
q,
磁束密度をB,
電荷の質量をm
,磁場に垂直な速度成分をv
⊥ とすると,m dv
⊥dt = qv
⊥B (2.1)
となる従って,この螺旋運動の周波数
ω
は,ω = v
⊥2πr (2.2)
= qB
2πm (2.3)
と表され,サイクロトロン周波数と呼ばれている.電子の場合には
m = m
e,q = e
であるの で,電子サイクロトロン周波数ω
eは,ω
e= eB
2πm
e∼ 2.80B × 10
10Hz (2.4)
となる。この電子サイクロトロン周波数に等しい周波数のマイクロ波を電子に印加する と,共鳴的に吸収し電子の運動エネルギーが増大する。これを
ECR (Electron Cyclotron Resonance,
電子サイクロトロン共鳴)
という。本研究では
ECR
を利用した多価イオン源であるECRIS (Electron Cyclotron Resonance
Ion Source)
というイオン源を使用した。ECR
加熱された電子が中性粒子・多価イオンと衝突することで電子を叩き出し逐次電離することによって多価イオンを生成するイオン源である。
第
2
章 原理13
電子はイオンより質量が極めて小さいので,プラズマ中での熱運動の速度はイオンに比べて 圧倒的に大きい。この為,電子の方が拡散し易く電荷分離が起きてプラズマの中性状態が崩れ るが,同時に電子とイオンの間に互いに引き合うクーロン力が働くので,電子の拡散が抑えら れ逆にイオンの拡散は加速されていく。こうしてプラズマは中性状態を保ちながら,電子はイ オンと同速度で拡散することになる。従って,電子を閉じ込めることによってプラズマを閉じ 込めることが出来る。ECR
において一様な磁場を掛けていてはプラズマを閉じ込めることが出来ないので,ECR
イオン源では軸方向はミラー磁場,動径方向は6
極磁場を用いることでプラズマの閉じ込め を可能にしている。ミラー磁場は図2.1
に示すように両端の磁場を強くした紡錘形の磁場配位 で,ミラー効果によってプラズマを中央に閉じ込めるものである。ßéü-.
(B0) v¥
v//
v
ßéü¹íüÈ (Bm)
Á_Ʀ
z z a.
b.
Á›Ú
†°³¤ë
図
2.1 a.
コイル配置と磁力線, b.
磁束密度[?]
ミラー中央面の磁束密度を
B
0,両端の強い部分(
ミラースロート)
の磁束密度をB
m とし,中央面を通過する時の荷電粒子の速度を
v
0,磁力線とのなす角度(
ピッチ角)
をθ
とする。こ こでv
k= vcosθ
,v
⊥= vsinθ
とるすと,荷電粒子の磁気モーメントµ
と全運動エネルギーは,
µ ≡ mv
⊥22B (2.5)
第
2
章 原理14
≡ (mv
2k+ mv
2⊥)
2 (2.6)
と表される。これらが保存されるとすると,ミラースロートに進むに従い磁場が強くなるので 垂直方向の運動エネルギーは大きくなり,平行方向の運動エネルギーは小さくなってくる。ミ ラー磁場の最大値
B
mより小さい磁場の所でv
k= 0
となると,その点で粒子は反射され中央 方向へ戻って行く。これがミラーと呼ばれる理由である。ミラー磁場の最大値B
m と最小値B
0 の比をミラー比と呼ぶ。ミラースロートで丁度反射される粒子のピッチ角をθ
L とし,ミ ラー比をR
mとすると,保存則から次式が得られる。R
m= B
mB
0= 1
sin
2θ
L(2.7)
θ
Lより小さいピッチ角を有する粒子は,最大磁場B
mの点でもv
k が0
になれないのでミラー から出てしまい閉じ込められない。このような角θ
は速度空間で円錐をつくり,ロスコーンと 呼ばれている.一方,動径方向に関しては
6
極磁石に依って図2.2
の様な磁場が働いており,軸方向と同様 の原理で荷電粒子は中心付近に閉じ込められる。ᄙ㊀ᭂ⏛႐
図
2.2 6
極磁石の作る磁場ECR
イオン源はこの原理を利用して電子を閉じ込めることで,プラズマを閉じ込め多価イ オンを生成し,引き出し口側をプラズマチャンバーより低電位にすることで多価イオンを多価 イオンビームとして引き出している。第
2
章 原理15
2.2
電荷交換反応多価イオンと中性気体が衝突して起こる電荷交換反応過程には以下のものが考えられる.
Single Electron Cpature:
A
q++B → A
(q−1)+∗+B
+→ A
(q−1)++B
++hν Transfer Ionization:
A
q++B → A
(q−2)+∗∗+B
2+→ A
(q−1)++B
2++e
−True Double Capture:
A
q++B → A
(q−2)+∗+B
2+→ A
(q−2)++B
2++hν
1
電子捕獲であるSingle Electron Capture
は衝突エネルギーが数十ー数百keV
程度の範囲 において主要な反応であり,電荷移行断面積はほぼ一定値をとる.電子捕獲過程が主要となる 領域では衝突する粒子の相対速度が古典的な水素原子内の電子の軌道速度である1 a. u.
より も遅いことを意味する.1 a. u.
の速さで移動するイオンの運動エネルギーは25 keV/amu
で ある.電子捕獲過程における顕著な特徴として,電子がイオンの特定の状態に選択的に捕獲さ れることがあげられる.2
電子を捕獲する過程には2
つの経路が存在する.1
つは,2
電子を捕獲したうち,一方の電 子は光を出さずにもう一方の電子にネルギーを与えて脱励起し,エネルギーを受け取った電子 がはイオン化するTransfer Ionization
である.この反応過程は最終的に入射イオンの価数が 変わらないことから,Single Electron Capture
との区別が難しい.もう1
つの経路は,2
電 子を両方とも捕獲するTrue Double Capure
である.この反応では,光を放出することで,脱 励起をするかていである.近年では測定技術の向上により,多電子捕獲に関する実験が様々な 系によって行われており,断面積の小さい3
電子捕獲以上が実験で観測されている[?]
.とり わけ,Recoil Ion Momentum Spectroscopy(RIMS)
という実験手法では,反応後のすべての イオンなどを測定することで,より精密な測定が可能となった.
2.2.1 COBM (Classical Over-Barrier Model
,古典的オーバーバリアモデル)
オーバーバリアモデルとは,多価イオンと標的粒子の間のポテンシャル障壁が電子の束縛 エネルギーより下がった時に電子は移行出来るという考えから,電荷移行反応によって移行 する電子が捕獲される準位の主量子数を推定するものである。このモデルは最初
H. Ryufuku
et al.
によって裸イオンと水素様イオンという最も簡単な1電子系について定式化され[22]
,その理論を
A. B´ ar´ any et al.
が多電子系に拡張し[23]
,さらにA. Niehaus
が精密化を行っ第
2
章 原理16
た[24]
。Niehaus
のモデルはECBM (the Extended Classical over-Barrier Model)
あるいはMCBM (the Molecular Coulombic Barrier Model)
とも呼ばれており,現在最も広く受け入 れられている標準的なモデルである。1
電子系モデルこのモデルは基本的に原子間距離
R
だけに依存する1
次元モデルである。価数Z
Aの原子 核A
を座標原点に置き,電子及び価数Z
Bの原子核B
の座標をそれぞれx
,R
とすると,電 子に対するポテンシャルは次式で与えられる。V (x, R) = − Z
Ax − Z
BR − x (2.8)
A
とB
の間(0 < x < R)
にはポテンシャルが極大となる位置が存在する。3
次元的に考える と極大ではなく鞍点(saddle point)
であるから,その位置をx
spとすると,dV (x, R) dx
x=xsp
= Z
Ax
2sp− Z
B(R − x
sp)
2= 0 (2.9)
という条件を満たすことになり,次の結果が得られる。
x
sp(R) = (
1 +
√ Z
BZ
A)
−1R (2.10)
V
sp(R) = − 1 R
(√ Z
A+ Z
B)
2(2.11)
電子が初め原子核Z
Bの周りにある場合,その電子のエネルギーは原子のイオン化エネルギー をI
B(= Z
B2/2)
とすると,− I
Bに等しい。A
とB
が接近するにつれてB
に束縛された電子の エネルギーE
B はA
の作るクーロン場による摂動の為に徐々に低下するが,鞍点の下がり方 の方が急である為にある核間距離R
において両者は一致する。E
B(R) = − I
B− Z
AR = − Z
B22 − Z
AR = V
sp(R) (2.12)
この条件を満たす核間距離
(critical internuclear distance)
をR
c,ポテンシャルエネルギー をV
c とすると,E
c(R) = Z
B+ 2 √ Z
AZ
BI
B(2.13)
V
c(R) = −
(√ Z
A+ Z
B)
2Z
B+ 2 √
Z
AZ
BI
B(2.14)
第
2
章 原理17
となる。R < R
c の領域では,電子はA
とB
の両方の核に共有されるので準分子状態(quasi- molecular state)
と呼ぶことが出来る。再びA
とB
が離れると電子はどちらかの原子核に束 縛される。電荷移行反応が起こって電子がA
に捕獲されたとすると,電子エネルギーE
Aは 水素様イオンに対する公式を用いて,E
A(R) = − Z
A22n
2− Z
BR (2.15)
で与えられる。反応が起こる条件は,
E
B(R) = − E
A(R) ≥ V
sp(R) (2.16)
であるから,この条件を満たす主量子数n
と核間距離R
n は次式で与えられる。n ≤
Z
B+ 2 √ Z
AZ
B2I
B(
Z
A+ 2 √ Z
AZ
B)
1 2
Z
A= (
Z
B+ 2 √ Z
AZ
BZ
A+ 2 √ Z
AZ
B)
12Z
AZ
B(2.17)
R
n(R) = 2(Z
A− Z
B)n
2Z
A2− Z
B2n
2= 2(Z
A− Z
B)
Z
A2/n
2− Z
B2(2.18)
直線軌道を仮定すると,電荷移行断面積σ
は最大のn(= n
p)
に対応する半径R
np の円の幾何 学的な面積と反応確率W
の積として求められる。σ = πR
2npW (2.19)
Ryufuku et al.
はW =
12 と近似しているが,多価イオン衝突(Z
AZ
B)
の場合にはW ∼ 1
と考えることも出来る。ここまでの議論で分かる様に,このモデルには衝突速度に依存する部 分が全くない。電荷移行断面積は衝突速度v = 1 a.u.
以下ではほぼ一定の値を取り,それ以上 の高速度領域では徐々に減少することが知られているが,COBM
による断面積はこの一定値 に対応すると考えることが出来る。第
2
章 原理18
Aq+ B
(A-B)q+
A(q-1)+ B+
Initial state : R >> 0
A
q+- B
Final state : R >> 0
A
(q-1)+- B
+Critical distance : E
B= V
spR =
Critical distance : R = R
cQuasi-molecular state :
R < R
cElectron transfer
R c = 1 + 2 I t q E
B= - I t - R q
Stark shift :
図
2.3 COBM
における1
電子捕獲過程第
2
章 原理19
多電子系モデル
衝突前の中性原子において,外側から数えて
t
番目の電子に対して(t + 1)
番以上の電子は 核の電荷を最大限遮蔽し,外側に存在する(t − 1)
番以下の電子は全く遮蔽には寄与しないと すると,有効電荷は+t
に等しいと考えられる。この様な扱い方をすれば,+q
価の多価イオ ンの有効核電荷は外殻に電子が捕獲された場合にも+q
のままである。有効核電荷に対するこ の様な考え方が,B´ ar´ any et al.
のモデルとNiehaus
のモデルの大きな相違点である。衝突の前半
(way in)
では,t
番目の電子にとってのポテンシャル鞍点の位置x
insp(R)
と高さV
spin(R)
,ポテンシャル障壁と電子エネルギーが一致する核間距離V
tin(R)
及びそのエネルギー 値E
tin(R)
は次の様に与えられる。x
insp(R) = (
1 +
√ t q
)
−1R = α
tR (2.20)
V
spin(R) = − 1 R
(√ q + √ t
)
2= − q
α
2tR (2.21)
R
int= t + 2 √ qt I
t=
{ q
( 1 α
t− 1
)
+ t
1 − α
t} 1
I
t(2.22)
E
tin= −
(√ q + √ t
)
2t + 2 √
qt I
t= − q
α
2tR
tin(2.23)
式
(2.22)
から分かる様に,衝突の前半ではt
の小さな順番に大きな核間距離で準分子状態に移行していく。
B´ ar´ any et al.
のモデルでは準分子軌道に入った電子は必ず多価イオンに捕獲さ れると考えるが,Niehaus
のモデルでは次に述べる様に衝突の後半(way out)
における標的原 子への再捕獲(re-capture)
過程も考慮する。衝突の後半では核間距離が徐々に大きくなり,
t
の大きな順番に準分子軌道から原子軌道へ 戻って行く。t
番目の電子に対するポテンシャル障壁の高さは(t + 1), ..., N
の(N − t)
個の電 子の内,入射イオンに捕獲された電子の数r
t に依存する。即ち,入射イオンと標的原子の有 効核電荷をそれぞれq − r
t とt + r
tで表すことが出来る。従って,t
番目の電子に対するポテ ンシャル障壁について次式が成り立つ。x
outsp(R) = (
1 +
√ t + r
tq − r
t)
−1R = β
tR (2.24)
V
spout(R) = − 1 R
(√ q − r
t+ √ t − r
t)
2= − q − r
tβ
t2R (2.25)
第
2
章 原理20
ポテンシャル障壁の高さがE
tinに一致する位置で,t
番目の電子が入射イオンに捕獲されるか 標的に戻るかの分岐が起こると考える。その核間距離R
outt 及びエネルギー値E
toutは,R
outt,rt=
( q − r
tβ
t+ t + r
t1 − β
t) (
I
t+ q R
int)
−1(2.26)
E
t,routt
= − I
t− q
R
tin= − 1 R
outt( q − r
tβ
t+ t + r
t1 − β
t)
−1(2.27)
となる。R
int で準分子軌道に入った電子がR
outt,rt でどちらかの原子に束縛されるので,その瞬 間における相手イオンによる
Stark
シフトを考慮すると,核間距離が無限大になった時のエネ ルギーは次式で与えられる。E
A(t, r
t) = − I
t− q
R
int+ t + r
tR
outt,rt
= −
A(t, r
t) (2.28)
E
B(t, r
t) = − I
t− q
R
int+ t − r
tR
outt,rt
= −
B(t, r
t) (2.29)
これらのエネルギーE
A, E
B は負の値を取り,その符号を変えたものA
,
Bが束縛エネルギー である。それぞれの束縛エネルギーに対応する主量子数は次の様に求める。多価イオンであるA
については(q − r
t)
価の水素様イオンと考えて,n
A∼ q − r
t√ 2
A(t, r
t) (2.30)
としても悪くないとされている。一方,標的原子
B
については量子欠損d
を用いて1
電子原 子近似からのずれを補正する必要がある。n
B∼ t + r
t√ 2
B(t, r
t) − d(r
t) (2.31)
d(r
t) = t + r
t√ 2I
t+rt− n
oB(2.32)
但し,
I
t+rt は標的原子B
の(t + r
t)
番目のイオン化エネルギー,n
oB は外殻軌道の主量子数 である。捕獲主量子数
Niehaus
のモデルに従ってt = 1, r
t= 0
に対するn
A,即ちq
価の多価イオンにt = 1
の電 子だけが捕獲される時に最も移行し易い原子軌道の主量子数n
1 は次式の様になる。n
1∼ n
A(t = 1, r
t= 0) =
1 + 2 √ q 2I
t(
q + 2 √ q
)
1 2