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(1)

はじめに—問題の提起として_||

一日本の精神医療法制の展開概観

H

戦前の法制

̲

︵医療の享受・自己決定の権利その他人権の保護

m

現の自由等

精 神 医 療 と 法 の 理 念

9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9   9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 , '  

論説〗

9 9 9 9,

9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 ,

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. 

口独立の判定機関としての精神医療審在会

m

口今後の対応・対処と精神病観の転換

( : 3 )  

措置入院

l  l---3•4---455

(香法

' 9 2 )

(2)

人生ノ禍快ハ疾病ヨリ甚シキ者ハ莫ク疾病ハ狂副ヨリ甚シキ者ハ莫シ夫レ凡百疾病ノ人身体二於ケル憂悩苫痛ヲ ﹁ 叙

た教育︑啓発の徹底が求められることである︒ 背後にある社会の人間関係の維持強化︑ 一般医療に比べ、医学、医療的観点のほかに、福祉との連携強化や公共的、地域的保健•福祉対策、

さらには差別的社会意識の厚い壁を取り除いていく教育︑啓発の間題︑それ

に加えて司法的・人権保障的側面の若慮なり調整が必要とされている︒この意味で︑医師・医療当事者︑福祉関係者︑

法律家など専門的立場にあるもののバランスのある合成的な判断形成が求められ︑最終的には地域住民等︑主権者国

民のサポートが求められる領域であることは最早多言を要しないところである︒

いまこれを分野別に分けて検討の柱を立てるとすれば︑第一に︑医療体制の間題として医療と福祉の両者の連携の

︑ 強化と引き受け手の充足が学げられる︒第二に︑入院手続︑形態の間題として非任意的入院としての医療保護入院と

措償入院が︑特に人権卜の配慮の対象とされることがらである︒第三に︑社会意識の問題として心の病のゆえに本人︑

家族が故なき差別と偏見を受けてきたこと︑

既に一世紀近くも前︑

教授

は︑

また現に受けていることから︑社会意識の改吊︑是正など法整備を超え わが国法制樹立以前の一八九四︵明治二七︶年六月︑東京帝大医科大学精神病学教室の榊倣

呉秀三・精神病学集要前後編︵東京太叩

i奄︑明治二七ーニ八刊︶ 精神科医療は︑

ー問題の提起としてーー'

は じ め に

の序文において︑次のように述べている︒

11・:3・4 456(香法'92)

(3)

精神医療と法の理念・運用(高野)

致スハ固ヨリ論ナシト雖其人ノ権利ヲ損害スルカ如キモノ必アルニ非ス然レトモ独リ精神ノ異常ヲ合併スル疾患 二在リテハ一家和楽ノ福ヲ失ヒ社会交際ノ道ヲ絶チ必ス以テ遂二人ノ貴重ナル権利ヲ喪滅セシムルニ至ル此不年

ハ彼二比スレハ実二同日ノ論二非ス是二於テ乎其病理ヲ研究シ適当ノ治法ヲ講定シ以テ不幸ナル斯ノ疾患ヲ救ヒ

能ク其人ノ権利ヲ保持セシムルハ医タル者ノ責任中亦大ナル者卜謂フヘシ﹂

右の見解は人間の権利に説き及んでいる点で当時としては極めて進んだものとみられるが︑今日では精神病患者の 権利救済はひとり医師︑医療者の手に委ねられるべきものではない︒近代医療においてはそのすべてを専門医たる医 師の手に委ね︑また委ねるをもって良しとしてきた︒医療行為における医師の自由裁贔性もまた絶大そのものであっ だが近時は︑医療技術が発達し︑専門分化も際立ってきて︑医学や精神医学に対する価値観を医療当事者一方の医

師にだけに︑いわば完全独占の形で委ねてしまうことには菫大な疑義が感じられるところである︒精神医学において︑

今日︑病院管理者︑患者︑指定医など医療当事者はもとより︑それ以外のものが口をさし挟んでいけない理由はない︒

医療当事者間の基本関係のベターな条件整備の問題は法律家にとっても少なからず関心のもたれるところである︒生 命科学や医療技術の進歩は︑人間の生と死の問題と絡んでくるし︑我われにとっても無関心ではおれないところであ る︒精神保健法上新設をみた精神医療審在会の連営に医療関係者以外に︑法律家なり福祉関係有識者の審在の目が入

ることになったのも︑現代精神医療の問題解決方法のグローバルな側面を示しているといえよう︒

本稿はわが国の今後の精神科医療において患者の人権保障に今後益々重点が置かれてくることを予想し︑人権尊重

を重点に解説を施すこととした︒時あたかも︑精神障害者の人権擁護と社会復帰を一一大支柱とする﹁精神保健法﹂が たといえよう︒

1 1   ---3•4--457 (香法' 9 2 )

'""""'""""""""""'""'"'""""'""'"""'""'""""'"'"""'""''"'"""''"''‑""" 

(4)

方 ︑

日本の精神医療法制の展開概観

ことを銘記しなくてはならない︒ 施行されて四年余りが経過し︑各都道府県の精神医療審脊会の運用も︑行錯誤のなかにも一定の知見と経験を蓄積しつつあるものと思われる︒

︵昭和六三︶年七月以来︑香川県精神医療審在会に参画することに

なった︒この間︑地元審脊会の審査業務を通じて審査会各委員及び事務局の方々から教えられること多大であるほか︑

全国精神医療審壺会会長会への出席︑相互交流のなかでも多くの教示︑示唆を受けることができ︑こうした啓発の諸 点を多少なりとも本論のなかに織り込ませてもらうことにした︒このことを予めお断わりして︑謝意としたい︒

間くところでは︑来る一九九三年︑﹁ニ︱世紀へむけての精神保健﹂

五カ年の法見直し期限が切迫するなかで︑試

の主題の下に︑﹁世界精神保健会議﹂がわが国

で開催されるという︒愈々もって︑わが国の精神医療の改革︑とりわけその法制化が世界注視の的になるわけである︒

欧米の改革先進国の水準に近づけ︑あるいは少なくとも前向きな形で方向性を明らかにすることが必要であるが︑

うした今後に向けた発展のためにも今日の日常的実践を通じての前進的な捉え返しこそが何よりも大事な営みである

はじ

めに

︑ わが国の精神医療の実態とこれまでの精神医療立法の推移を捉えてみよう︒ここでは主に︑精神障害者 ー前示のように古くは心の病いを狂顕又は頻狂と称し︑これを患う者を狂縦などと称したーに対する国の処遇のあり

つまり人権政策の展開のあとを辿ってみる︒ 筆者は全く思いがけないことながら︑

一九

八八

11‑3•4---458( 香法 '92)

(5)

精神医療と法の理念・連用(裔野)

戦後

日本国憲法の制定を機に︑

二五条二項に則り︑国民の精神的健康の保持︑増進という近代医療法の理念を宜言するものとして︑本邦では最初の

試みである︒精神衛生鑑定医制度を新設して人権蹂躙の弊を防止しようとするなど︑人権保護の観点も見受けられる︒

精神障害者

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p e

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s )

に関する戦前のいちばん古い法律として一九

0 0(

明治三三︶年の﹁精神病者監護

法﹂がある︒本法は監護義務者を定めて私宅監置︵門戸内座敷牢への押しこめ︶を行政庁の許可にかかわらしめるも

いわば監獄法に準じた取り締まり本位の立法であって︑障害者に対する保護の観点は全く見られないものであ

った

︒こ

の時

期︑

一九一九︵大正八︶年︑﹁精神病院法﹂︵大八法二五︶が成立して正式に精神病院

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の設樅と入院の

定めができ︑西洋医学上の治療と保護の視点が加わるが︑公立病院が建たないため精神障害者は野放し同然となり︑

行路病人を収容して犯罪対策的︑保安処分的な治療が行われたにとどまった︒かくして精神病院は社会的には孤立し

た収容所となり︑被収容精神病者の人権保護の側面は殆んど顧慮されなかった︒こうした国の施策に対して︑民間レ

ベルの精神衛生

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l

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g i

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の活動なり精神保健

( m

e n

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の推進運動が諸外国の影響の下で広められて

いっ

た︒

の で

精神衛生法 わが国では東京︑京都︑大阪に顧狂院が起こされ︑漸次その規模を大きくしていた︒

I

戦前の法制度

一九

0

年︑﹁精神衛生法﹂︵昭二五法︱二三︶

の制定をみた︒本法は日本国憲法

1 1 ‑3 ・ 4 ‑

459 (香法'92)

(6)

が見られるようになる︒ きを経ていない者の同意による人院は違法であるとするのが判例の態度であり︑加えて判例は病院管理者の診察︑診断及び人院の要否の判断の各要件を厳格に解する立場をとっている人権保障の面から支持される︒同意入院とても保詭義務者の同意を条件とする怖制人院と変わるところはないわけで︑

﹁保設義務者が障害者保設の立場に立たない場合には人権侵害の危険性が大きい﹂︒

患者の人権面で最も重視されるべきは︑精神障害のために自傷他害のおそれがある場合︑二人以上の精神鑑定医の 意見が一致した場合に知事が人院させる措岡人院︵同一一九条︶の扱いである︒医療費は公費負担となるが︑炭療保設 の機能と併行して︑措岡入院者に対する強制隔離を軸とした治安維持的・社会防衛的な機能を果たすものとなる︒し かし同時に︑自傷他害のおそれがないのに︑主として経済的︑社会的理由で入院する措置入院者急増の矛盾した実態

︵東点地判昭六一・ロ.︱‑八判時ロニ六︑L•L) 4

1J

入退院を本人の自由意田心に委ねる自由入院については本法に明文の規定はない︒

︑︑

︑︑

同意人院は保設義務者の同意と医師一人の診断に韮づく入院であるが︵同:︱:一条︶︑

そのさい保護義務者の選任

f

続 院の三種に大別される︒

精神衛生法の人院形態は患者自らの自発による自由人院︑

保護義務者の同邸による同意人院︑

公権力による措償人

しかし本法のドでの精神間害者の保護のあり方は︑病院設附を都道府県に義務づけたことと相侯って︑基本的には粕 神病院への収容︑つまり入院保護を本則とするものに変わっただけである︒要するに︑街や村から精神病者がただ娑 を消しただけであり︑人院保護の内実が間われないまま病院の数だけが膨脹する結果になった︒

精神衛生法が対象とする精神仰中口者とは中毒性を含む狭義の精神病者のほか︑精神博弱者及び精神病質者をいう︵精

衛三条︶︒精神筒害者の範圃は医学的知見を韮礎に厳正に確定されなくてはならない︒

r. 

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1 1  

:l. 

460 (香法'92)

(7)

精神[欠療と法の郎念・連用(裔野)

もとより何れの近代国家も生活秩序の維持・防衛の一環として︑精神病院が市民社会からはみ出した者を閉じこめ

る集積場の役割を果たした点で共通点があるが︑概ね一九六

0

年代以後の展開が欧米諸国とわが国では異なっている︒

欧米諸国では︑向精神薬療法の開発︑仮療スタッフの活躍によって患者を様ざまな妄想や幻聴の苫しみから解放し︑

︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑

入院医療中心から在宅治療と通院中心主義を打ち出すことによって人院者と病床数を減らすとともに︑患者処遇の面

で開放化︑地域ヶア化の方向に進んでいった︒これに反し敗戦叩一時のわが国において︑精神病床数二ないし一︱

‑ J J

床 ︑

0

年代になって四

床となって以後急増の一途を辿り︑八J j

0

年代には三三万床に膨れあがり︑人院医療が主力とな

っている︒その七割近くが閉鎖病棟といわれ︑

れてはならない︵総数三五二︑

しかも病院施設の大半が民間の機関によって連営されている事実を忘

0

四床︑内訳︑国九︑二七六床︿ニ・六%﹀︑地方公共団体二五︑

医療法人一︱一三︑七一七︿六

O ・

六%

﹀︑

個人

六︑

0

六五︿一七・ニ%﹀その他︶︒最近漸くにして︑厚生省の医療審

議会は地域保健医療計画の見直し︵偏在是正︶を求めるなかで︑精神病床の削減を答申︵一九九一・六・三︶︑特に北

陸︑九州︑四国における病床数の過剰に腎鐘を打ち鳴らしているのが注目される︒

こうした状況のドで/几﹂ハ四︵昭和三九︶年︑分裂病の青年が駐日大使ライシャワー氏を刺似した事件を契機に︑

治療より治安・管理主義巾視の風潮がかきたてられることになり︑瞥察官通報制︵法一ー四条︶の拡大をみるが︑日本

の精神科医療が依然として強制隔離と収容中心で医療側の強制権の行使が密宰のなかで行われ︑急増する人院者の救

済方法が閉ざされ︑通倍・面会の機会も殆ど与えられず︑人院者のプライバシーが粋しく侵土口される事態が常態化し

ていることも変わっていない︒これに加えて医者や看設者が払底するのに対応して︑設備の安卜がりを狙う精神科特

0

年代後半に人って︑こうした閉鎖的医療から開放朕療への転換の方向が見え出してきた︒社会復帰の方向も前

例が作られる︒

1 1   : 1 ‑ 4  

︿ 七

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4 6 1 (

香 法

' 9 2 )

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(8)

と国際医療専門職委員会

( I C H P )

により調査ないし勧告されるなどした︵国際法律家委員会報告書﹁日本におけ いわば国際社会

一九八四 れるという﹁宇都宮病院事件﹂が起こり︑密室医療の内幕が再び社会間題化するに至った︒病院側︵石川文之進前院

長︑人院患者約九五

0

人︶は集団リンチを病死で処剌していた︒冨い療と人権を考える弁護士の会﹂は東京地裁に人身

保護法に基づく救済請求をしたが︑氏名が特定できないのを理由に却下された︒

精神保健法の成立 ︵昭和五九︶年三月︑今度は人院患者が相次いで石護職員らによって撲殺さ

れの事件を契機に︑国内外からわが国の閉鎖的な精神病院の惨状や社会防衛的な精神医療行政のあり方が人権の観

点から改めて浮彫りされるようになる︒

だが強制人院と半水久的拘束人院の実態の是正を求める動きは︑人間価値よりも経済価値を優先する社会の下で︑

内発的な形で提起されることは今日に哨るまでなく︑

反するとして︑

それはむしろ国連機関なり諸外国からの外圧︑

的なインパクトによってもたらされることになった︒すなわち入院と隔離収容を主としたわが旧法下の精神科医療の 法状況は︑世界人権宣言や国際人権

B

規約の定める﹁適正な抑留の要請︑釈放決定を受ける権利﹂︵九条四項︶等に違

アメリカの非政府機関

( N

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1 1

国際人権連盟︑本部ニューヨーク︑ジョウデル事務総長︶により︑

差別防止・少数者保護小委員会︵国連人権小委員会︑

る精神障害者の人権と治療﹂一九八五年八月︶︒

神衛生法の改正を約するに哨ったのである︒

進しはじめることになったが︑

ジュ

ネー

ヴ︶

の場で批判されたり︑国際法律家委員会

( l C J )

かくして遂に一九八五年八月︑厚生省は前ポ国連機関の場において精

} ¥  

1 1  ‑3 ・ 4  

462 (香法 '92)

(9)

梢神朕旅と法の罪念・連用(高野)

﹁国

連障

害者

の一

0

年﹂が進行する一九八六︵昭和六一︶年︱二月︑厚生省公衆衛生審議会︵精神衛生部会︶は︑﹁精

神衛生法改正の基本的な方向について﹂︵中間メモ︶を発表︑これにそって改正法案が作成された︒いわゆる中間メモ

は医療体制と患者の人権間題を中心に法改正上の韮本的な考え方を述べたもので︑内容的にはほぼ異論がないであろ

う︒第一〇九回国会において精神衛生法存の一部を改正する法律案提案理由説明が行われ︑︵昭和六^︱‑︶年

七月二日︑精神衛生法は﹁精神保健法﹂に改正された︒改正法はこれ以後︑﹁新法﹂と称される︒新法は五年後の見直

し検討が予定されており︵精保附則九条︶︑日本政府は前示

B

規約が要求する人権状況︵精神保健法の実施状況︶の報

告書を一九九一年に規約人権委員会に提出することになっている︒

なお先に触れた国連人権小委員会の現状を一言しておくと︑ここの﹁精神障害者に関する作業部会﹂はかねて精神

病又は精神障害を蒙っている被拘禁者の権利保護の審議を促進していたが︑

﹁精神病者保護及び精神保健ケア改善のための原則と保護﹂なる本文草案を採択している︒その主要な柱として︑①

精神病を理由とした差別の禁止︑②告知される権利と通信・面会の自由︑③精神障害の診断は国際的に認められた医

学的基準に従う︑④地域社会内医療の原則︑⑤説明と同意︵インフォームド・コンセント︶の原則︑⑥本人の同意な

しの人院は

能な限り二人の医師が必要と判断した場合にのみ行う︑⑦障害者が退院その他施設での扱いを審査機関

n J

に訴え︑経費が出せない場合は︑同機関は無断で弁護人をつけるなどが含まれている︒それは精神障害者の取り扱い

に関する国際人権韮準作りの今日的なi口回まりをポしているものとして注目されよう︒

一九八八年九月︑国連の最低基準として

一九

八八

11 -3•4 463 (香法'92)

(10)

新しい精神保健法は精神即寓者の医招と保護︑社会復帰の促迎その他国民の心の健康の保詭︑増進を図ることを慇 図し︑個人の嗅厳に址づき患者本人を中心とした粕神科医療のあり方ヘ一定の前進を両している︒

とりわけ新法の韮本日的として患者本人の人権保仰とともに︑社会復帰の促進︑社会復帰施設の充実を掲げて国︑

地方公共団体の施策推進の責務を明記したことは︑

保一条ー一一条の一.︶︒しかしアメリカでは既に最闘裁が﹁精神病という事実認定だけでは州が患者の認思に反して拘束

する理由にはならない﹂(‑九七五︶というドナルドソン判決をドして以来︑医学だけに頼る精神科炭船︵メディカル・

モデ

ル︶

を否定している︒だがわが﹇では︑今日の新法でもメディカル・モデルの範囲でリーガルな部分を取り人れ るに留まっており︑行政施策に依存するところが多いものとなっている︒このような状況を念頭におきながら︑以下 患者の人権保障を韮軸に新法の主要な改

l E

を解

明し

︑サ

右の連用にも号斑してみたいと思う︒

r

第二次大戦後︑医療が患者本人の人権に基づいて行われなくてはならないことは不動の鉄則となっている︒障曹者

権利宣百(‑九七五・一︱ー・九国連採択︶

身体的又は精神的能力の不全のために︑通常の個人的及び

で確保することができない︑

もの障害者がいるといわれ︑ によると、「〗障古者

e

すべての人間を意味する︒﹂と窪言している︒ある統計では地球上に四億五︑

000

万人

日本では四五

0

万人から五

00

万人にのぼるといわれる︒このうち精神仰害者は四

0

精神医療と法

ー 人 権 確 立 の た め に

1

︵又は︶社会的生活の必要性を︑全部又は一部︑自分自身

日本国俎法の精神により近づくものとなった点で評価される

という用語は︑先大性であると否とを間わず︑

1 0  

その ︵ 精

11 

:~-4 4 6 4  

(香法

' 9 2 )

(11)

精神[矢船と法の理念・連用(高野)

︵憲

人に近いという︒だがしかし︑障害者も人格をもった一人の人間として憲法上保障された人権をひとしく享有すべき

ことは当然である︒

︑︑

︑︑

︑ 憲法上の基本的人権

( f

u n

d a

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n t

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ma

n  r i

g h t s

) は色々に定義されるかと思うが︑ここでは﹁人類をなすすべての

人間が固有する永久の権利﹂と定義することにしたい︒

そうするとこの人権の観念には︑①普遍性︑②固有性︑③永久性の:・ 1

つの特色を含んでおり︑何れも近代市民国家 における古典的な人権観念に共通する要因である︒﹁普遍性﹂は人類をなすすべての人間に共通する権利という意味で

あり︑﹁固打性﹂はそもそも人間たるものに生まれながらに与えられた権利︑

色としており︑﹁永久性﹂は現在の国民だけでなく︑将来の国民にもひとしく認められる権利という意味である︒

右の基本的人権の観念に基づいて︑

一三条︶︑第二に︑健康で文化的な生活を営む権利を有し

︵同

一四

条︶

ので

ある

てもひとしく適用され︑

したがって不

侵︑不

n J

譲︑非消滅を特

n J

すべての国民は︑第一に︑個人として尊重され︑幸福追求の権利を有し

︵同二五条︶︑第三に︑差別なく平等に扱われる権利を有す

かようにして日本国憲法は個人の尊軍・幸福追求権、生存権(社会権)、非差別•平等権を

国政の根本理念として厳噸に訂明しているのである︒以

L

の憲法法理は︑障害者︑したがってまた精神即古者にあっ その点において何等径庭はない︒したがって以上を精神障古者の人権に当てはめてみると︑

︵障害者の一人ひとりが︑人間として︑個人として昨厳を尊屯され︑旧社会的にギせな生活を送る権利を有すること︑

かくして皿精神の間古あるいは精神障専者という社会的身分を理由に︑政治的︑経済的︑社会的生活関係においてい かなる差別待遇を受けず︑また受けてはならないことを意味している︒

11・3・4  465(香 法'92)

(12)

諾するか否かの自由︑

ぷ ノ

L

みに障害者の憲法

L

の韮本権から︑医療じ︑障害者の医療享受の権利と自巳決定の権利が承認される︒

よく

︑ 田

医 療 享 受 権

︑︑︑︑︑︑︑

まず灰療哨受の権利は一般的には診療請求権として医師の注意義務を発生させるが︑治療を受ける権利と称しても あるいはより広く健康権と称してもよいだろう︒これに関連して医療行為及び医療機関の選択︑拒否の自由︑

しかし精神科仮招において一般医療なみの治療を受ける権利が確保されるには︑診断︑治療から予防とアフターケ アを含んだ包括俣療︑したがって地域住氏の生命︑健康の確保という広い視角から推し進められなくてはならない︒

入院の偏

1 1 1

でなく在宅医療重視の方阿へである︒地域のなかで障害者の多様なニーズに対応する医療サービスなり︑

障曹者の生活を支える地域精神医療の重要性が自牝されることである︒その場合︑精神医療の供給圏域を余り広域化

せず、自治体特に市町村単位で医療計画なり保健•福祉対策を立てていくことがこれからの韮本的な視点となるだろ

自己決定権

任意入院の場合はもとより︑強制入院の場合でも︑患者は医的侵襲行為なる治療を通して加害がなされることを承

︑︑

︑︑

つまり自己決定権を有している︒

この点は︑憲法の人権の理念に基づいて︑新法における医療行為の大原則が従来の公権力に基づく強制入院︵措置

入院︑緊忽措償入院︑同意入院︶中心主義から︑入院者本人の意思に基づく任意入院︵精保二二条の一一︶中心へと大 権利が含まれることになる︒

[医療の享受︑自己決定その他人権の保護

1 1   3・4 466 

(香法

' 9 2 )

(13)

精神医療と法の理念・連用(高野)

れて

いな

い︒

転換が図られたのに伴い︑精神医療面でも大幅な地位改善がもたらされている︒

者の自己決定に委ねられる︒

室医療を排して医師は患者に診察の場で卜分説明し︑同意を求めること︵説明と同意︶︑患者本人も意思能力があれば

自己決定すべきことになる︒ いなむしろ︑医療は一人ひとりの人間の生命︑健康に関わる日常の問題なのだから︑密

患者の意見に無関係に医療を実施すると︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑したアメリカで広がっているインフォームド・コンセント

説明

と同

意︶

在院者の表現の自由等

結果が良好でも違法の評価がなされる︒

( I n f o r m e d   c o n s e n t  

1

碧息思能力を前提に︑診察

1

1情報の

の理論への関心がわが国でも翡まっており︑日本医師会生命倫理懇談会も最近これを追認している

九九

O ・

1 ・

一六︶︒今日︑説明と同意のこの法理は裁判所の判例でも取り人れられている

された乳房の摘出、舌癌、ロボトミーの各手術が違法とされた事例、東京地判昭四六•五・一九下民集ニニ・五\六、

六二六︑秋田地大曲支判昭四八・三・ニ七判時一七一八︑九八︑札幌地判昭五三・九・ニ九判夕三六八・一三二︶︒

そして以上の関連において︑精神障害者の人権の保護として︑入退院時の適法手続︵憲法三一条︶

の自由︵同ニ︱条︶

①新法は︑入院に際して︑当該措憤を採る旨︑

︑ ︑

に告知すること

こう

と在院中の表現

が入院形態いかんに拘らず保障されることが必要となる︒以下三つの事項に分けられる︒

入院の形態︑退院︑処遇改善等審在の請求に関する事項を患者本人

( B

規約九条二項︑憲法三四条︑精保二二条の三第四項︑同二九条の三項︑同二九条の二︑同三三条

の三︑同三三条の五︑同三四条の二︶︑これによって不服申立てをしやすいようにしている︒なお病名は告知事項とさ

②新法は在院者の処遇に関して必要な行動の制限を管理者の判断に委ねているが︵精保一二六条一項︶︑特に信書の発

︑︑︑︑︑︑︑

受︑職員との面会については絶対的な保障を与えて制限ができないこととしている︵同条二項︑憲法ニ一条参照︶︒隔 ︵患者の承諾を得ないでな いかなる入院形態を選択するかも患

11  3•4-467( 香法 '92)

(14)

為にかかわるー処遇﹂

している︒実地審査︑改袴勧告存︵同三八条の六︑七︶︑行政指導として行われる患者処遇措咽いの適正化を図るーカで︑

改善面において患者の権利法を他の仰

t l l

者に準じて実定化していく必要があるのではないか︑検討を要する︒

t

にみた患者の人権に韮づいて行われる医療の原則が実際に実現されるためには︑それに伴う物的・人的条件の

こうした諸条件を開放治療体制のドで最大限自由な形で実現している国︵自治体︶

のトリエステ県では一九七一年に精神病院の解体をはじめ︑

て州立精神病院への新入院を禁止する法律が公布︑

者を押さえつけるだけでなく︑地域に新しい精神科サービス組織を作って心病む人びとの生活を支えるべしとするも

ので︑強制治招の極瑞な減少という実糾を学げているという︒

わが国でも最近︑自由開放療法や昼夜全開放制の病院作りに取り組む例が見られている︒こうした開放ー支配でな

<援助ーヘの試みによって︑患者は変わり︑明るさを取り戻したとされているが︑実は治療者の﹁私たちも楽になっ

と叫述しているのが興味をそそられるところである︒

t L  

確保なり医療環境を整備することが必要となる︒

③新

法は

人院

者︑

てい

る︒

て定める

︵同

三七

条︒

離その他の行動制限は指定阪の決定するところに委ねている︵精保三六条三項︶︒

一九七八年五月一三日にはイタリア全土の改吊に発展し

一九

八年からは再人院も禁止された︵一八

0

号法律︶︒病院で患

0

の例を挙げておこう︒イタリア 一般医療とのちがいをボ

その保設義務者に退院請求及び処遇改善請求の権利を与えている︵同:一八条の四以下︶︒ その他必要な処遇韮準は省令によっ

﹁精神病院人院患者の通伯・面会に関するガイドライン﹂︶︒通信面会の自由は現に拡大をみてき

の概念は拘束の韮準から食事のまずさにまで至る極めて広いもので︑

一 四

医療行

11 

3 ・ 4  

468 (香法'92)

(15)

精神[矢椋と法の即念・連川(,閲野)

④悩離その他の行動制限の決定権

︵ 同 :

1六

条三

項︶

③措附解除の決定権

︵ 同

. .

 

九条

の四

こ 頁

i‑J  ②措附人院︑

医療保設人院の決定権

︵同

:九

条︑

三三

条︶

①任怠人院者のじ︳.時間退院制限

︵詞

ニ︱

一条

の二

指定医の権限として︑法律は以下のものを認めている︒

指定後の研修も義務づけられている

︵同

一九

条︶

私人なら人を拘束する権限はりえられていないのに︑法は病者との関係において︑国家に代わり個人の自由を制限

︑︑︑︑︑︑︑

することのできる弛力な権限を精神保健指定似︵以ド︑指定医という︶に与えている︒かつての精神衛生鑑定医に代

一定の行動制限のような人権

わるものとして創設され︑従来の鑑定業務のはかに︑医療保護人院等の必要性の打無︑

制限の色彩を帯びるものなどがあり︑資格認定の要件が従前に比し厳格になっている︒

一 五

指定に当たって︑五年以卜の臨床経験︑三年以

L

の精神科臨床の経験︑研修の修了を経て︑中請をした医師につい

て︑原生大臣が指定する︵精保一八条︶︒指定医の資格要件として措置入院患者を含めた精神科実務の経験が要求され︑

指定医申請要件として措附患者を含めたケースレポートの提出が義務づけられている︒大学当局の研修だけでは指定

医になれないことが、多くの店手非常勤医を市中の精神病院に派遣させるというー—ーそれは地域医療のあり方にとっ

て深刻な事態を惹起せざるを得ない結果になっている︒その場合︑精神障害の診断に三年の臨床経験で果たして

十分であるか疑間がもたれている︒

〇 精 神 保 健 指 定 医 制 度 の 強 化

11 

3•4--469

(香法'92)

(16)

命ずるのであり︑

︵憲

法三

四条

︑三

一条

︶︒

⑤改善命令︑仮退院の診察︵同三八条の七︑同四

0

︶等

以上要するに︑自似他害のおそれの

f

測及び拘禁の必要性という措罹要件の判断︵同二九条の二項︶にとどまらず︑

入院医療の分野を広くカバーしているが先にみた資格要件の強化といい広範な権限集中といい︑新しい指定医制度 にかかわる問題側面は多いようである︒指定医への権限集中に対して法律は入院者の入院の要否と処遇の適否を次に

みる精神医療審脊会に委ねているが︑この点指定医個々の自己努力にまつ面を過少評価すべきものではないにしても︑

患者の人権擁護のより多くの機能は合議体である審脊会に期待するのが方向としては妥当であろう︒

m

構成及び権能

︑︑︑︑︑︑︑

精神医療審杏会︵以ド︑審査会という︶

れたものである︒

は長期の拘束によって自由を奪われたものは裁判所がその抑留が合法的か どうか審脊し︑合法的でない場合その釈放を命ずるという司法的要請︵国際人権

B

規約九条四項︶

しかし厳密には

B

規約九条四項にいうような組織上独立した裁判所またはそれに準じた独立の審脊

機関としての要件︵例︑

審杏会は都道府県に置かれ︵精保一七条の二︶︑その委員は知事が任命するところから︑都道府県の一部として設け

しかし︑知事は︑審在会の審在の結果に韮づいて︵つまり審在会の判定に拘束されて︶︑処遇改善︑退院等の措置を

この意味で審在会は知事から独立した審在判定機関として機能している

られている

︵同

一七

条の

三︶

︒ イギリス精神保健審査会︶を確立し得ていない︒ に韮づいて新設さ

国独立の判定機関としての精神医療審査会

̲L. /¥ 

11 

3 ・ 4   470 

(香法

' 9 2 )

(17)

精神医療と法の理念・運用(高野)

で定める

︵施

令二

条の

二︑

1 0

項参

照︶

一 七

審査会は任期二年で五人以上一五人以下の委員で構成されるが︵精保一七条の三︶︑個々の案件の審査は医療委員三 人︑法律家委員︑有識者委員各一人の計五人からなる合議体︵部会︶で行う︵同一七条の四︶︒これら三者各一人の出 席が合議体の定足数として要求されており︵施令二条の二︶︑医療︑法︑福祉の三機能を含んだ多面的な実質的審脊が

期待されている︒

審査会の審育は︑医療保護入院等の事後手続として行われる定期病状報告の場合の入院の要否︵精保三八条の三︑

一項︑二項︶︑退院等請求の場合の入院の要否︑処遇の適否︵同三八条の五︑

審脊は審査会運用の参考として出されている「精神医療審壺会運営マニュアル」昭六^―-•五・一三健朕発五七四号厚

審査会は︑審杏に当たっては︑入院者︑保護義務者︑病院管理者の意見を聴かなくてはならないし︑必要に応じて

関係者の意見を聴くことができる︵同三八条の五︑三項︑

なら

ない

︵同

一︳

一八

条の

五︑

四項︶︒審有の結果は知事に報告することを要する︵同三八

条の五︑二項︶︒知事は︑前示のように審査会の審査の結果に基づき︑退院等︑一定の措置を命じ又は通知しなければ

五項︑六項︶︒この場合︑退院させ︑退院を命ずるなどの知事の措置の通知は︑審査結果の 通知という単なる事実行為としての表示行為であって︑現状を妥当とする措置︵入院継続︶

行政訴訟あるいは不服申立てはできないと解されるかどうか︑疑問の余地がある︒審在会に関する必要な事項は政令

以上は精神医療審杏会の構成及び権能についての概略である︒以下︑平成二年度全国精神医療審社会会長会の席上

で報告された﹁精神医療審在会の実情についてのアンケート調脊﹂︵のち︑精神神経学雑誌九三巻六号所収︶なり︑意 生省保健医療局長通知︶に従って行われる︒

の通知についてと同様︑ 一項︑二項︶等について職権で行われる︒

11-3•4

171(香法'92)

(18)

な意見が提出されている︒ 審査会の問題点として国連人権委員会の審脊でも取りあげられている 審杏会の役割・権限については前示アンケートによって大別二つの考え方が紹介されている︒

神病院の現在のあり方を大筋で行定したうえで︑それからの逸脱をチェックすることに審代会の役割がある︒

って会の権限を人権侵巾口の打無︑現在の人院形態の

n J

に限

定し

徹し︑人権擁護的機能を発押する方向に向かうのが望ましいとする︒

を広げていく方向で現状改善の道を探ることを求める立場があり︑

記載を求めたり︑治療や処遇について指導勧告を試み︑当事者間に人って調整的機能を発揮することが沼まれるとす る︒アンケート調脊結果ではこの二つの考え方は対峙の状況にある︒将来方向的には筆者は後者の立場に組みすべき ものと思っている︒香川県の委員においても権限を明確に規定し︑医療側︑親戚グループの間にも参加して積極的な 役割を受けもち︑行政︑福祉︑医療の各方面に積極的な提言ができるような資料の蒐集も刈面重要であるとする妥甘 よく引き合いに出される典刑的事例として︑退院が可能なのに地域的・社会的な理由等で人院を余儀なくされてい

るような場合︑調整役を果たすべきかの設間に︑

責任だから指示でよいとする意見と︑積極的にやれる範間で行うべきとの意見が対立︑拮抗し︑高原状態が続きそう

︵イギリスの審脊会は俣︑法︑

人権面︑灰療向から︑第三者機関としての審介に これに対して︑人権擁護の観点からさらに架務 この考え方からは国類審行においてもより詳細な そこまですべきでない︑調整結果に責任をもてない︑国と自治体り

ソーシャル・ワーカー各一人である︶︑

こ :

t ヵ

︱つは︑現行法と精

︵一

九八

八・

七・

‑ 0

│ ‑

︳ 二 ︶ ︒

この点は法的強制力のなさと相侯って︑わが国 構成上はマジ3

リテ

ィで

︑ 新設の精神医療審牡会は前ホアンケート調脊の結果によっても全体的に役割が行定されている︒ただ︑医療委員が

︑︑︑︑︑︑︑

とりわけ法律家の占める部分が小さいといった構成卜の片奇りがあり

医師中心的であり︑

見︑それに筆者が関与している香川県精神屈療審森会での連用などを加味しながら述べてみたいと思う︒

} ¥  

1 1   3 ・ 4   472 

(香法

' 9 2 )

(19)

精神医療と法の理念・運用(高野)

められてよいのではないかと思う︒ ここに付記しておこう︒

一 九

の充実強化が求

であり︑法の見直し期間の過渡期の状況を表出しているようである︒こうした解決困難事例に一件一件長時間の対応

を求められることの多い本県において︑病院管理者及び家族等に問題解決の糸口を検討させる意味で入院形態の切り

替え又は退院の可能性等についていったん問い合わせ︑

ととした︒こうした継続した処理の過程で審査会がケースワーク的な機能を果たすことも期待できよう︒

会の近時の例としても︑人院継続︑ そのじで再審在することを今後の処理指針として試行するこ

また当審査

つまり﹁現在の処遇は適刈である﹂旨︑結論を出しながらも︑付帯事項としてい

わゆる意見書をつけて調整的運用を試み︑あるいは﹁服薬して病状回復を図るよう主治医の指導に従ってほしい﹂旨︑

医療委員を介して口頭で伝達するようなケースも出ていることを︑

審脊会は司法的で︑単なる﹁委員会﹂とちがう独立の第三者機関として位置づけられているが︑それなら審壺会を

︑︑

︑︑

支え︑判断資料の蒐集︑提供において審在の実効性を担保できるような事務局体制︵独立スタッフ︶

められる︒行政からの独立については前示アンケートによってみると意見が分かれているが︑審在会の使命︑役割り

に相応する思い切った事務局の整備が望まれるのではないか。本年度開催の第三回全国会長会(平成一―-•一―・ニ八、

東京都庁第二庁舎︶において︑事実上﹁独立﹂事務局を設置して︑より厳密で︑法適合的と思われる連用を実施して

いる京都府の実例が紹介されたように︑今後の方向性を示唆するものとして共感を禁じ得ない︒事務量の増大という

一般論でなく︑現在の審脊内容の特性なり患者のプライバシー保護の観点からしても︑運用上一層の独立性担保が求

これに関連して︑今後の審脊会連用のあり方として︑全国的に質を落さないバランスのある運営が行われるよう︑

運営マニュアルの点検や改善機能を贔めたり︑国際基準の受容︑法改正の導入等を目指す連絡会︑研究会の組織化ーー

ー例えば全国会長会内部機構としてー—の必要があるだろう。

11~-3•4--473( 香法 '92)

(20)

任 意 入 院

近づいていること︑審在会のチェック

入院形態の問題

現 在

強は私立病院︵医療法人︑個人︶

精神障害者の公的保護制度として都道府県立精神病院及び指定病院を設ける

日本に約一六

0

万人の精神病者が推定され︑精神病院は一︑六

00

余︑そのうち国公立五

0

で五%︑八七%

が占めている︒病院の多くは患者の病状により閉鎖と開放の二種類の病棟をもって

入院形態別人院者数をみると︑措置入院者は︱二︑

九%︶︑任意入院者一八四︑

はな

いが

い る

0

三人

︵五

ニ・

九%

︶︑

︵精

保四

条︑

五 条

︶ ︒

五六六人︵三・六%︶︑医療保護人院者一三九︑

その他医療法に基づく人院者︱二︑八一八人︵三・七%︶︑合計

三四

九︑

010

人である︒対前年比でみても措置入院︑医療保護入院の減少傾向︑任意入院の増加傾向がはっきり見

ぶ亡

受けられる︒

入院形態は︑患者本人の意思に基づくか否かを基準に︑任意入院と非任意入院︵措岡︑緊怠措償︑医療保護︑応急︑

仮)に大別される。緊急措置入院は措置要件を充足する者について急速を要し、法定の手続きをとりがたい場合—|ー

夜間︑休日等の時間外ーの入院措置である︵同二九条の二︶︒応急入院は法二年間の実績では︑精神医療が一般医療に

︵審査会の入院形態変更の意見は勧告的であって︑入退院時のような決定権で

と病状審在委員の診断の相乗効果が相侯ってか︑任意入院への移行や医療保護入院︑とりわけ前示のよう に措置入院の顕著な減少という効果が窺われる︒仮入院は精神障害の疑いがあるものについて扶養義務者等の同意が ある場合に本人の同意なしに三週間を超えない期間︑仮に入院させるものである

︵同

三四

条︶

︱二

三人

︵三

九・

0

1 1   -3•4 ‑474 

(香法

' 9 2 )

(21)

精神医療と法の理念・運用(高野)

二時間のホールディングパワー

︵同

一三

するものとなっている︒ 八•四%)、任意二、七八八人(六五・八%) ︱

1

0

人︵

一般

医療

同様

病院管理者は︑精神障害者を人院させる場合において︑﹁本人の同意に基づいて入院が行われるように努めること﹂

︵同二二条の二︶とされ︑任意入院が原則的な入院制度となった︒かつての自由入院に当たるもので︑

患者による医療形態の選択と自己決定に委ねられるが︑法の明文で規定された意義は大きい︒

任意入院は今や全国的に五

0

%を越えつつある︒人院形態別で任意入院が六

0

%を超えている自治体は福井県︵六

八・八%︶を筆頭に

; 0

県に及んでいる︒香川県もその︳つで︑措置一︱

; o

︵ニ

・八

%︶

︑医

療保

護一

︑ で︑しかも任意入院数が医療保護人院をかなり凌駕している︒同意能力 のないものもかなり任意人院に入れているようである︒老人性痴呆症然りである︒だとすると︑任意入院の理念なり

あり方と忽ちぶつかってしまう︒法の運用上︑

意入院と医療保護入院との関係︑ それだけ﹁任意性﹂

の三︶︒任意入院法定化の例外措憤の明示である︒この点︑ の範囲が広がっているわけである︒措置入院にも

医療保護入院にもいけない人達のたまり場になっていないかどうか︒こうして結果的に﹁同意入院﹂

このように形の上で任意入院の割合が増えているが︑問題は任意なら﹁任意﹂

︵退院を制限し病院に留め置く措置︶ の潜在化を促進

の処遇が必要なのに︑閉鎖病室で現

状維持を図る傾向がみられる︒この点で開放処遇の徹底と看護者の意識変革が待たれるが︑何れにしても今日では任

とりわけ任意入院が法外のものといえない人権問題性を帯有していることである︒

実態と乖離した扱いはやはりおかしいといえよう︒任意入院では保護義務者の間題はすり抜けてしまい︑審杏のレー

ルにものってこないが︑審査会はそうはいっておれず︑何らかの形で審脊の俎上にのせていく必要がある︒

退院は本人の意思によるが︑真の自由はない︒新法は任意人院者が退院を申立てた場合に例外的に医師の指示で七

をとることができることとしている

一般医療の入院と同日に論ずることはできず︑安易な適用

1 1  

3•4-475(香法 '92)

(22)

は慎むべきである︒七二時間の間に家族に代わって患者を説得したりする保健婦︑右詭者︑

正により四週間に限って扶投義務者の詞慈により入院できることになった

があるときに実力を用いて対象者を人院させるのであるから︑

医師︑病院管理者等の新

たな対応が求められるが︑不必要な入院継続を阻止するためにむしろ適JE審脊の理念なりあり力が間われる︒

② 医 療 保 護 入 院

︑︑

︑︑

︑︑

医療保護人院では︑病院管理者は︑指定朕の診察の結果︑精神障害があり︑医療︑保護のため入院の必嬰があると 認めたとき︑本人の同怠がとれなくても︑保誕義務者の同意をまって入院させることができる

( M

二三条一項︶︒法改

医療保護入院は従来の﹁詞怠人院﹂に当たるが︑同意人院は保護義務者が患者に代わって承諾する﹁代諾﹂であり︑

その入院は任意入院と若えられていた︒しかし家族は一体であるとしても人格は別個であること︑保詭義務者の同意

それは強制人院の一種である︒同意能力に問題のある 場合など︑本人の意に反して入院させる場合︑保詭義務者の詞意を得て人院させる制度である︒

︑︑

︑︑

︑ 医療保護人院になるときは保護義務者を家庭裁判所で選任する必要がある︒法一条の﹁保嘩竺に対応する制度とし て禁治産者や準禁治産者には後見人︑補佐人︑夫婦間では配偶者︑子どもには親権者などがその範囲で︑患者に治療

を受けさせるとともに自傷他古のないように監督し︑かつ財産

L

の利益を保護することが法定されている︵同二

0

条 ︑

一三条︶︒立法論として︑内縁の夫又は妻が保護義務者になり得るかについて適正な保護義務者の選択が求められる場

合がある︒その場合︑内縁の配偶者の実質があれば選任を可とする趣旨の判例がある︵神戸家裁昭四七・ニ・一家裁

月報四五、盛岡家水沢支部四九•五・ニ一家月二七•四・九0、徳島家六一・七・ニニ家月三八・―-.―二八)。

保護義務者が選任を拒否すると︑精神医療保健員︑管轄保健所︑病院や福祉サイドの指尊が必要となるが︑最終的 には単身者を含めて一口町村長又は特別区の長が義務者となる︵同ニ一条︶︒審査会で保護義務者を説得してほ

︵同

条二

項︶

1 1  

-3•4-476( 香法 '92)

(23)

精神[矢燎と法の理念・連用 (rl':j

して重視されてきたが︑それだけで医療保護の要件を充すだろうかが間われている︒﹁自由入院﹂の努力を説く佐々木

医師は﹁病識がないということと︑話が通じないということとは別のことであり︑病識がないから入院しない︑看護 者のいうことをききいれないということはない﹂という︒現に︑病識なしとか拒薬をするとかは病状でないとする意

見があり︑審脊会の連川じもこれだけで人院継続︑したがって強制人院の根拠とするには薄弱なケースが少なくない︒

従来︑精神障害者の人院及び人院継続にさいして ても︑患者が同意能力を有するかどうかをどうして識別するのか︑法律論の面からも困難な間題を抱えている︒

﹁病

識﹂

の欠如が崎該症状の特性をなし︑

したがって法の対象と

拠にしている︒

人院

のさ

い︑

医師の判断・経験が作用するが︑

それは自由拘束の決定者の立場においてではないにし

かつ治療ないし寛解が可能であることを根

ところで︑医療保護は入院形態としては一方で措附入院相胄程度のケースから︑任意入院との境界が微妙なケース

に至るまで︑新規入院者に広く開かれた形態となっており︑判断基準はかなり広域化している︒

いうまでもなく医療保渡人院は患者の医療・保調にとって必要であり︑ が考えられていく必要がある︒ の﹁人権の共存﹂の主張である︒しかし基本的な考え方としては︑な問題ではなく︑プライオリ︱

r

ィはやはり患者の人権にある︑

期制の導入︑地域を基礎とした家族会︵団体︶が後見役に︑ ﹁そっちを立てればこっちが立たない﹂というよう

請求の事案で︑殆どが患者の退院を恐れ︑拒否している実情が東京都から出されたが︑立法論として保護義務者の任

という意見が出ていることからしても︑義務負担の軽減

というべきであろう︒

さらに︑人院形態の変更︑退院

しつつある︒

また︑選任拒否の理由として保護義務者の

﹁人

権﹂

ということがいわれる︒いうならば︑障害者と市民

しいという声が出ているが︑個人の責任︑負担において考えるわが国現行の保護義務者制度の限界︑あり方を見直し

ていくべきという意見が出されている︵東京都︶︒家族による私的扶投という日本の﹁伝統﹂は崩壊へのテンポを加速

1 1  <1・4 ‑4  7 7  

(香法

' 9 2 )

(24)

③ 措 置 入 院 措憤入院では申請又は通報を受けた知事は精神障害による自傷他曹の要件の存否を判断して︑精神障害者で﹁自傷 他害のおそれ﹂があると認めたときは︑指定医の診察を経て︑精神病院又は指定病院に入院させることができる︵同

二九条︶︒自殺末遂を繰返すような場合︑その他自傷︑浪費︑自己所有物の損壊等が予想されるが︑実質的には他害の

︑︑

︑︑

︑︑

おそれ又はその企画が認められる場合が主部をなす︒急速を要し︑法二九条の手続きが採れない緊急措岡入院︵同一︳

九条

の二

の場合も適切な医療提供と人権擁護の観点から精神科救急医療体制の整備が望まれている︒ の整合性を担保するため︑病名コード︑ 香川県の実禎でいうと︑朕療保護に限らないが︑やはりこの形態を中心に色々な問題が出てくる︒医療保護人院屈︑

措置人院者及び医療保護入院者の定期病状報告書など各種報告書等の記載方法について︑記載加れや記載不十分なも

の︑病名と現状又は状態像が食い違うような場合︑審在の効率を翡め適確を期すために会長名で指導がなされる︒﹁自

閉症﹂﹁せん妄﹂﹁仮眠傾向﹂など︑専門医の記載表現や病状説明が十分でないと思われるものもある︒病名欄の記載

コード番号︵厚生省指定分類︶ べき提案が本県の委員から出されている︒ さらに具体的記載を求めたり︑指導事例として治療方針なり

f

定期間等の指示を要するものがみられる︒

識をもたせるための医師の側の働きかけと︑その奥底に期待される医療当事者の人間︵信頼︶関係の樹立が先行する 問題となるのではないか︒何れにしても︑医療保護はごく短い拘束期間であればあとは開放制の自由な処遇でやって いけることから︑減らす︑減らせるという基本姿勢の確立が求められる︒中途半端な制度で立法論としては廃止すべ

きものであるが︑任怠人院中心主義の原則論に立つなら︑新規の人院のさいに︑患者の病状だけでなく︑﹁まず任意人

院を促すためにどのような働きかけや治療プロセスを踏まえたか︑具体的に記載する欄を設ける﹂べきとする傾聴す

を定形化して記載を求めることとしている︒

むしろ︑病 四

1 1   ‑

:)•4--478( 香法 '92)

(25)

精神医療と法の理念・運用(翡野)

前後程度と少ないが︑

だが反面︑医学

t

退院が可能でも家族の受け入れ困難ないし拒否︑地域内治療体制未整備という経済的・社会的要 因を突きつけられ︑審脊会は援助システムの乏しいまま︑退院請求の度に審査を繰返し︑他の人院形態への移行がで

︵三

・八

%︶

ば正常な生活が送られるというが︑ あ

るか

実際には不可能に近いからである︒ れ

てい

る︒

一九八九年のニ︱一人︵五

・ O

% ︶ ︑

二五

一九

0

年の一六一人 措置入院者の病状について︑措置症状の存在︑持続が要件であるが︑近時︑﹁措置﹂症状の存否︑程度に疑問がもた

そのおそれがない人は再調究して解除することになる︒それが単なる病名の診断のほか︑自傷他害のおそ

れの予測及び拘禁の必要性の有無といういわば将来の危険性の判断となると︑その可否そのものも争われているが︑

精神障貨の診断は国際的に認められた基準で行うべきことは近時国際規約案でも採択されてきている︒わが国でも

WHO

の新基準に則り︑客観的なものにするため症状の判定基準を具体的に定めることとしている︒例えば︑﹁躁うつ

病﹂は﹁気分障害﹂に変更し︑分裂病などの精神病性障害と区別することを決めている︒﹁てんかん﹂は人口比一%の

患者といわれているが︑措置入院者定期報告において病名記載事項の﹁不適切﹂例としてよく問題となる︒全身けい れん発作もあるが︑単なる一過性的に意識が途切れる意識消失発作の場合︑これを措置として入院させる必要が

むしろ精神病名から排除していくべきではないか︒医学の進歩によって適切な治療を受け正しい服薬をすれ

いまだ人びとに無知と誤解ゆえの偏見がある︒なお措置入院の対象者には覚せい

剤の慢性中毒者又はその疑いのある者︵同五一条︶も含まれている︒

措置人院者の退院請求︵同三八条の四︶はどれだけ期待されるであろうか︒審査会のチェックで香川県でも措閥入

院者は入院形態比で一九八八年の一一八

0

人︵

六・

七%

︶︑

一九九一年の︱二

0

人︵

ニ・

八%

と解消の効果があらわれてきている︒しかし退院請求は年に一

0

そのうち一︑二件他の形態へ移行︑入院不要の審在例が出されている︒

11--3•4

479 (香法'92)

参照

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