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第 5 章 考察 69

5.2 入射多価イオン依存性

5.2.1 Reaction Window

Reaction Windowとは,一電子移行反応に関して Landau-Zener型の遷移確率を用いて反 応断面積の定性的な理解を助けるもので以下のように書ける.

T(Rc;v) = σ(Rc;v)

πRc2 (5.4)

これは1電子移行断面積σ とポテンシャル交差距離Rc を半径とした円の面積比である.

Rection WindowはRc の領域に局在した分布をもつ.ここで,σはLandau-Zenerモデル によって計算された反応断面積であり,次のように求めることが出来る.

σ(Rc;v) =

Rc

0

2p(1−p)bdb (5.5)

p=exp(−β[1−( b Rc

)2]12 (5.6)

β = 2π|H12(Rc)|2 v0

d∆E12

dR 1

Rc

(5.7) ここでは原子単位系を用いている.bは衝突係数,v0 は衝突前(t→∞)の相対速度,∆ E12は 透熱表示における2つの電子状態のエネルギー差である.q価の多価イオンと中性原子の場合 には,始状態のポテンシャルはほぼ平坦であり,終状態はイオン間のクーロン斥力でほぼ近似 できるので,次式が成り立つと考えられる.

d∆E12

dR q−1

R2 (5.8)

ポテンシャル行列の非対角項H12 に関しては,OlsonとSalopは1電子系に対する数値計算 結果に基づき,裸の原子について近似式を提案したのに対し[44],K. Taulbjergはイオンの価

第5章 考察 75 数qと捕獲電子軌道の主量子数nおよび方位量子数lに依存した因子 fnl を導入して汎用性の 高い式を提案した[45].

H12(Rc) =H12OS = 9.13fnl

q exp (

1.324αRc

√q )

(5.9)

fnl = (1)n+l1(2l+ 1)21Γ(n)[Γ(n+l+ 1)Γ(n−l)]12 (5.10) 以上の式を用いてCNO各イオンとHeH2標的との衝突による電荷交換反応のポテンシャル 曲線およびReaction Windowを計算した.図5.11-図5.16に結果を示す.グラフの上側は終 状態をクーロンポテンシャルで近似したテンシャル曲線,下側はReaction Windowである.

2s2p3pReaction Windowを同じ曲線で示したのは,fnl の計算結果が同じ結果が得ら れたためである.ポテンシャルの交差点とReaction Windowから,標的がHeの場合,電子 が捕獲される準位はO7+n=3または4,N6+およびC5+n=3であると考えることがで

きる.Reaction Windowでは,衝突エネルギーの低下に従い,核間距離が大きい方へシフト

し,捕獲された電子のうち角運動量が大きいものほど核間距離の小さい方へ分布が存在する.

そのため,O7+では衝突エネルギーの低下に伴いn=3への捕獲が減少し,n=4の角運動量の 小さい準位への捕獲が増える.そのため全捕獲断面積はほぼ一定であると仮定することができ

-2 -1 0 1 2

2s 2p 3s 3d 3p 4s4d4f 4p 5f5d5p 6f6d 6p

n=2

n=3

n=5 n=4

n=6

Potential Energy / a.u.

Internuclear Distance/a.u.5 10 15 20

4p_7keV 3d_7keV 4p_70keV 3d_70keV

5.11 O7+-He Reaction window

-2 -1 0 1 2

2s 2p 3s 3d 3p 4s 4d 4p4f n=5 n=6

n=3

n=5 n=4

n=6

Potential Energy / a.u.

n=2

Internuclear Distance/a.u.

5 10 15 20

4p_7keV 3d_7keV 4p_70keV 3d_70keV

5.12 O7+-H2 Reaction window

第5章 考察 76

-2 -1 0 1 2

2s 2p 3s 3d 3p 4s 4d4p 5s5d 5p 6p

Potential Energy / a.u.

n=3

n=5 n=4

n=2

5 10 15 20

2s2p3p_6keV 2s2p3p_60keV

Internuclear Distance/a.u.

5.13 N6+-He Reaction window

-2 -1 0 1 2

2s 2p 3s 3d 3p 4s 4d 4p 5s 5d5p 6p

Potential Energy / a.u.

n=2 n=3

n=5 n=4

Potential Energy / a.u.

Internuclear Distance/a.u.

4p_6keV 3d_6keV 4p_60keV 3d_60keV

5 10 15 20

5.14 N6+-H2 Reaction window

-2 -1 0 1 2

n=6 5p 5s5f5g5d 4p 4d4f 4s 3p 3s 3d 2p 2s

n=3

n=5 n=4

Potential Energy / a.u.

n=2

3p,2s,2p_5keV 3p,2s,2p_50keV

5 10 15 20

Internuclear Distance/a.u.

5.15 C5+-He Reaction window

-2 -1 0 1 2

2s 2p 3s 3d 3p 4s 4f4d 4p 5s 5f5g5d5p n=6

n=2 n=3

n=5 n=4

Potential Energy / a.u.

5 10 15 20

2s,2p,3p_5keV 2s,2p,3p_50keV

Internuclear Distance/a.u.

5.16 C5+-H2 Reaction window

第5章 考察 77 る.一方で,N6+は衝突エネルギーの低下とともに,n=3への捕獲が減少し,C5+ ではn=2 への捕獲が減少するが,n=3への捕獲は増加する.N6+の捕獲断面積は単調に減少するため,

N6+の断面積が最も大きい理由を説明するには至っていない.

 標的がH2の場合はHeに比べ,電荷移行断面積,発光断面積ともに顕著な入射イオン依存 性が観測されている.ポテンシャル交差点とReaction Windowより,O7+n=4,N6+n=3または4,C5+がn=3に電子が捕獲されると考えられる.O7+では4p状態のReaction

Windowは衝突エネルギーが低くなるにつれて,n=4の交差位置から離れるが,n=4のうち

角運動量の大きい状態のReaction Widnowは交差点付近へ分布する.一方でN6+ は衝突エ ネルギーが高いときはn=3への捕獲が主であるが,衝突エネルギーが低下するにつれ,n=4 への捕獲が主となる.n=4のみへ捕獲が主用なO7+に比べ,N6+ nl の違いによってn=3 および4への捕獲が可能であるため,入射イオンがN6+ 場合の電荷移行断面積断面積がO7+

より大きくなったのではないかと推察することができる.C5+ は衝突エネルギーの低下に伴 い,3p状態のReaction Windowがポテンシャルの交差点から遠ざかるため,本研究で得られ たように,衝突エネルギーの低下に伴って断面積が減少したことを説明することができる.

 ここまで入射多価イオンの依存性についてReaction Windowを用いて説明してきたが,

クーロンポテンシャルで近似したポテンシャル交差モデルと理論計算による状態別の捕獲断面 積とでは,電子が捕獲される準位が異なる系もあるため,ここで明確な議論をするのは非常に 難しい.一般的には電荷移行断面積が価数に依存するが,衝突エネルギーが1 keV/q付近で は異なる結果が得られた.このことより,同様の測定系で衝突エネルギーの高い領域について も測定する必要があると思われる.

5.3 3 重項状態

本研究で得られた発光断面積は電荷移行断面積に比べて小さい値をとることが分かった.こ れは,寿命の比較的短い1重項状態からの発光と1部の3重項状態からの発光しか観測するこ とができないことが理由である.今回の測定で発光に関与していない成分は3S1 の禁制線や

3P2, 3P1のintercombination lineが考えられる.電荷移行断面積から発光断面積の値を差を とることにより,寿命が長いために発光を観測できなかった状態の割合を見積もることが可能 である.統計重率より1重項状態と3重項状態の生成比は1対3であり,本研究で得られた 発光が1重項状態からの発光が主だとすれば,電荷移行断面積か発光断面積を引いたものの値 は,おおよそ発光断面積の3倍程度の断面積の値を持つことになる.図5.17にO7+-He衝突 および図5.18にO7+-H2 衝突における電荷移行断面積と発光断面積の差を示したものを緑で 示した.この差の誤差は電荷移行断面積と発光断面積の和である.He標的の場合は衝突エネ

ルギーが56 keVおよび70 keVにおいては統計重率から多少のずれは見られるものの,衝突

エネルギーが低い領域においては,おおよそ統計重率を満たす結果が得られた. 

第5章 考察 78

10-16 10-15

104 105

Emission Cross Section

3S, 3P State Charge Transfer Cross section

Collision Energy/eV

Cross Section/cm2

5.17 O7+-He

10-16 10-15

104 105

Emission Cross Section

3S, 3P State Charge Transfer Cross section

Collision Energy/eV

Cross Section/cm2

5.18 O7+-H2

10-16 10-15

104 105

Collision Energy/eV

Cross Section/cm2

Emission Cross Section

3S, 3P State Charge Transfer Cross section

5.19 N6+-He

10-15 10-14

104 105

Collision Energy/eV

Cross Section/cm2

Emission Cross Section

3S, 3P State Charge Transfer Cross section

5.20 N6+-H2

10-16 10-15

104 105

Collision Energy/eV

Cross Section/cm2

Emission Cross Section

3S, 3P State Charge Transfer Cross section

5.21 C5+-He

10-16 10-15

104 105

Collision Energy/eV

Cross Section/cm2

Emission Cross Section

3S, 3P State Charge Transfer Cross section

5.22 C5+-H2

第5章 考察 79 図5.19-図5.22にN6+ およびC5+をHe,H2と衝突させたときの電荷移行断面積と発光断 面積の差の図を示した.N6+-He系では,発光断面積と発光に寄与していない3S1および3P1

状態との比が統計重率1:3となった.H2 標的では衝突エネルギーが低くなるに従い,統計重 率に近づいた.これは,既に議論したように,衝突セルを抜けるまでの時間が長くなるため,

23P1 状態からの発光が強くなったためであると考えられる.この現象はC5+ 系でも観測され た.実際には今回得られた発光断面積値に 3P1 状態がかなりの割合で含まれていると考えら れるため,すべての衝突エネルギー領域において,発光断面積の3倍の値は,電荷移行断面積 から発光断面積を引いた値よりも大きくなるはずであるが,そのようにはならなかった.主な 要因として,発光断面積を計算する際のパラメータの見積もりが原因であると考えられる.と りわけ,発光体積の見積もりにおいて,半径1 mmの球を仮定しているが,実際の形を決める のが難しく,断面積に大きな誤差を与えていると考えられる.

80

6

まとめ

O7+N6+C5+ 多価イオンを衝突エネルギー0.5-10 keV/qHeH2,CH4 標的と衝突 させ,電荷移行断面積および発光断面積の測定を行った.電荷移行断面積の測定では,どの系 もほぼ理論計算やAOCC法による理論計算と一致したことから,信頼性の高い実験をするこ が出来たということができる.発光断面積の測定では,どの系においても2p状態からの発光1P状態のみではなく,3P状態からの発光も観測された.これは入射多価イオンが衝突セル を通過する時間に比べて,発光の寿命が同程度か多少短いことが原因であると考えられる.衝 突エネルギーが低下するにつれ,衝突セルを通過する時間が長くなるため,3P状態から発光 がより強く観測されることから,衝突エネルギーが低い領域で発光断面積が増加が見られた.

低エネルギー側で電荷移行断面積が減少傾向にある系でも,発光断面積が増加する系も存在し たことから,3P状態からの発光は無視することが出来ない.

標的依存性では,スケーリング則からも分かるように,1電子捕獲断面積が標的のイオン化 エネルギーに反比例するという傾向と非常に良く一致した.一方で入射多価イオンの依存性で は,1電子捕獲断面積は入射イオンの価数に比例するはずである.しかし本実験では,電荷移 行断面積,発光断面積ともに,N6+系の断面積が最も大きい結果が得られた.ポテンシャル交 差モデルとReaction Windowを導入したころ,衝突エネルギーが減少するに従いO7+ はポ テンシャルの交差点からReaction WIndowが離れていくのに対して,N6+ ではn=3,4の 両方に電子が乗り移る可能性があることから,N6+の断面積が大きくなったのではないかと推 察することができる.

電荷移行断面積から本研究で得られた発光断面積を引いたものは,本測定では発光に関与し ない寿命の長い成分に相当する.本研究で得られた発光断面積が1重項状態からのみの発光と 仮定するれば,寿命の長い成分は3重項状態に相当する.初期分布の統計重率は1P:3P=1:3 であることから,発光に関しても選択則を満たしてカスケード過程を経たとすれば,当然統計 重率を満たすものと考えられる.本研究で得られた結果は,おおよそ統計重率を満たす結果が 得られた.

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