ヨーロッパ民族舞踊と新体操競技における作品構成
第一報 ブルガリア民族舞踊とブルガリア新体操競技作品の世界観について Choreography of European Folk Dance and Rhythmic Gymnastics
Report Ⅰ: Worldview of Bulgarian Folk Dance and Bulgarian Rhythmic Gymnastics routine
山 本 里 佳*,Neshka ROBEVA**
Rika YAMAMOTO* and Neshka ROBEVA**
ABSTRACT
While there are numerous types of folk dance in Europe, the folk dances of Eastern Europe, and Bulgaria in particular, contain remarkably complex rhythms and steps.
Neshka Robeva, the former head coach of the Bulgarian National Rhythmic Gymnastics Team, achieved a total of 294 medals in the major international competitions, including Olympics and World Championships, during her tenure from 1974 to 1999. Robeva incorporated Bulgarian folk dance elements into many of her Rhythmic Gymnastics routines. These routines have long held a place in the hearts of many people.
As the first manuscript in a sequence on the choreography of Rhythmic Gymnastics and European traditional dance, this paper aims to clarify the relationship between “Nestinarstvo” (“Fire-walking”), a Bulgarian ritualistic dance that was listed as UNESCO World Intangible Cultural Heritage in 2009, and
“NESTINARITE”, a Rhythmic Gymnastics routine created by Robeva in 2000. The analysis of these pieces was conducted using video materials, interview data, and recorded materials.
Since 2001, the rules of Rhythmic Gymnastics have tended to enumerate difficulty
(Body Difficulty as well as Apparatus Difficulty).It is important to preserve a record of the “creator’s worldview” of the Bulgarian Rhythmic Gymnastics of the 1980s, which was elevated to the level of art and philosophy, transcending the boundaries of sport.
Key words; Nestinarstvo, Rhythmic Gymnastics, Folk Dance, Bulgaria
* 国士舘大学体育学部(Faculty of Physical Education, Kokushikan University)
** Rhythmic Gymnastics Club LEVSKI Sofia, Bulgaria
AND SPORT SCIENCE
VOL.38, 67-75, 2019
原 著
Ⅰ.は じ め に
民族舞踊の種類が豊富な東欧諸国の中でも、ブ ルガリアの民族舞踊はひときわ複雑なリズム変化 と多様なステップの組み合わせで踊られることが 知られている。このブルガリア民族舞踊は 7 つの 民俗学的地域
注1)1)2)による踊りに分類され、其々 の地方のダンスは独特の特徴を有している。本稿 執筆者の1人であるNeshka Robevaは国立ブルガ リア民族舞踊学校出身であることから、ブルガリ ア新体操ナショナルチームヘッドコーチ在任中の 1974年から1999年の間、多くの新体操作品にブル ガリア民族舞踊を導入した。この期間に Robeva とブルガリア新体操チームは、オリンピック、世 界選手権などの主要国際競技会にて 294 個のメダ ルを獲得し
3)、Robeva は退任後の 2000 年からブ ルガリア民族の歴史や民族舞踊と新体操を融合し た舞踊創作に携わっている。
世界各国の新体操チームが自国の音楽と舞踊を 取り入れるケースはけっして稀ではない。しかし 何故、 ブルガリアの新体操作品が長きに亘って 人々の心を捉えているのであろうか。それはブル ガリア民族舞踊を導入した作品は歴史・背景・音 楽と作品創作者の哲学が 1 つとなり、作品が単な るスポーツの域を超えて芸術として昇華している からではなかろうか。
Ⅱ.目 的
本研究ではブルガリア各地の民族舞踊の特徴 と、 それを扱った Neshka Robeva 及びブルガ リアの新体操作品に焦点を当てる。そして、長き に亘って世界の頂点に立ちえた要因の 1 つである
「創作者の世界観」 を 1 作品ずつ明らかにし、
シークエンスの形で記録として残すことを目的 とする。よって本稿はシークエンスの第 1 稿とし てⅠ. ユネスコ世界文化遺産《Nestinarstvo》
(火渡り) と Neshka Robeva の新体操舞台作品
《НЕСТИНАЛИТЕ》(ネスティナーリテ)の関係
性についての探求を開始する。
Ⅲ.方 法
本研究では、 調査資料として、 現地にて撮影 した民族舞踊の録画資料と民族舞踊の歴史的、
実践的に関わってきた人物のインタビュ ー調査 を用いた。本稿では始めにユネスコ世界文化遺産
《Nestinarstvo》(火渡り)、次にNeshka Robeva の新体操舞台作品《НЕСТИНАЛИТЕ》(ネステ ィナーリテ)の背景と形式を追う流れで説明をす る。 なお《НЕСТИНАЛИТЕ》 の背景と形式は Neshka Robeva氏から聞き取った内容をもとに 山本がまとめた。資料の詳細は以下のとおりであ る。
① ブルガリア民族舞踊ネスティナルストヴォの録 画資料
2019 年 8 月 3 日、コスティ村にてネスティナル ストヴォを撮影。撮影に際して、コスティ村役場 には許可を得て、本研究の資料として活用するこ とに同意を得た。撮影は 2019 年 8 月 3 日から4日 の祭礼開始から終了まで行い、資料(インタビュ ー・書籍)と祭礼の比較分析を実施した。
② オーラルヒストリーとインフォーマントに関す るインタビュー資料
1 ) ブルガリア科学アカデミー民族学・民俗学研 究所民族学博物館所長Petko Hristov博士お よびAlbena Georgieva博士
2 ) 保存地区・ ストランジャ地方出身者 Irina Stavreva 氏(ブルガリア民謡歌手)、Diana Savateva 氏(ブルガリア全国紙「24 時間」
記者、Kostadin Mihailov(ブルガリア民謡 歌手、Nestinarstvo伝承者)
3 )Neshka Robeva氏
③記録資料
1 )キリスト教・バルカン史関連文献、ブルガリ アの研究者Dobrina Lapcheva
“СЕЛО БЪЛГАРИ ИЗВЪН ВЛАСТТА НА В
РЕМЕТО ИСТОРИКО-ЕТНОГРАФСКО ПРО УЧВАНЕ”、Racho Slaveikov“Български народни ОБИЧАИ И ВЯРВАНИЯ”、ブル ガリア正教会の資料翻訳、より抽出
Ⅳ.ユネスコ世界無形文化遺産
《Nestinarstvo》(火渡り)
1.背 景
ネスティナルストヴォとは 2009 年にユネスコ世 界無形文化に登録されたブルガリア伝統の火渡り の儀式的踊りである。ギリシアとトルコの国境に 近い、ブルガリアの南東に位置するストランジャ 地方にあるブルガリ村においてネスティナルスト ヴォは、年に一度の聖コンスタンティン
注 2)とエ
レナ
注3)4)の祭礼日(6月3と4日)に行われる
5)6)。
もとよりこの火渡りはトラキア時代からブルガ リア・ギリシア・マケドニアなどの地域に存在し た土着の信仰の上に成立していた。東ローマ帝国 の皇帝コンスタンティヌスのキリスト教公認後、
火渡りは正教会からの排撃を避けるために比較的 土着宗教の自由があったブルガリア正教下に移動 したと伝えられている。その頃から火渡りはキリ スト教と融合する道を模索しながら「オルフェイ スキ」 というトラキア時代のギリシア風名称を
「ネスティナルストヴォ」というブルガリア語名 に改め、正教会のシンボルであるイコンを掲げる ようになったと伝えられている。なお「ネスティ ナルストヴォ」という名称の意味はストランジャ 地方の伝承者間でも既に失われており不明となっ ている。
以前、このネスティナルストヴォはブルガリア とギリシアの 30 近くの村で執り行われていたと されるが、現在はストランジャ地方の 10 の村
注 4)のみに存続している。中でも人口 100 人ほどのブ ルガリ村にはトラキア時代からの原型を留めて保 存されており、今日では祭礼が行われる 2 日間は 世界中から多くの観光客が訪れている。
2.形 式
ネスティナルストヴォは 5 月 21~22 日の 2 日間 からコナックと呼ばれる会堂の中で準備の踊りが 開始される。踊りにはガイダと呼ばれる羊の皮で 作ったバグパイプと古くから「聖コンスタンティ ンの太鼓」と呼ばれているバラバン(太鼓)によ ってネスティナルストヴォ独特の音楽が奏でられ る。ネスティナーリ
注 5)(聖者の意思を体で伝える 精神的なリーダー達)はこの独特のリズムによっ て踊りながらトランス状態に落ちてゆくのである。
その後、ネスティナーリはアヤズモと呼ばれる 精霊によって清められたとされる泉に向かい、身 を清める。彼らはアヤズモの聖水を身体に受けた 後、ガイダと太鼓に合わせてネスティナルストヴォ 独特のステップを踏みながらイコン
注 6)を受け取 り、次いで火渡りが行われる場所に向けて歩み出 す。さらにイコンを掲げながらコークスの周りを 3 回巡った後、ネスティナーリ自身が火の中に踏 み入る感覚を得た瞬間に火渡りを行うのである。
火渡りは素足で行われる。燃え盛るコークスに 踏み入るのは、聖コンスタンティンとエレナのイ コンを掲げたネスティナール
注 7)(男性の踊り手)
からで、次にネスティナルカ
注 8)(女性の踊り手)
が踏み入るという手順で行われる。3 日から 4 日 にかけての晩、ネスティナーリによる聖者達への 畏敬の念が最高潮に達し、恍惚状態になったとき に火渡りの祭礼は佳境に入る。その時、ネスティ ナーリは聖コンスタンティンとエレナから未来の 予言を受け、それを村の人々に伝えることにより、
村が厄災から逃れられるとストランジャ地方の 人々には信じられている。
Ⅴ.《Nestinarstvo》(火渡り)と《НЕСТИ НАЛИТЕ・ネスティナーリテ注 9)》の 関係性
1.背 景
宗教的行事が禁止されていた社会主義時代の
1965 年、Neshka Robevaは父と共に初めてブル
ガリ村を訪れネスティナルストヴォを見学し、神 の言葉を伝える最後のネスティナルカといわれて いるババ・ズラタ
10)と 1 日寝食を共にした。そ れは 1867 年に初めてネスティナルストヴォにつ いて記述したPetko Slaveikov、そしてDimitar Marinov、Mihail Arhaudovなどの著書に感銘を 受けたからである。この時、Robeva は周囲の心 配により長時間ブルガリ村に滞在することは叶わ なかったと語っている。
それから Neshka Robevaの作品を語るときに ババ・ヴァンガ
注 11)7)と呼ばれるブルガリアの予 言者を抜きに語ることはできない。Robeva は、
この Nestinarite(ネスティナーリテ)を創作す るにあたり、ババ・ヴァンガとネスティナーリが 予言を行うことを重ね合わせ、さらに人智を超越 した聖なる力への畏怖の念に突き動かされたので ある。
元来ブルガリア人は、ブルガリアが存在するバ ルカン半島には特別なエネルギーがあると信じて いる。現代もブルガリアには多数の予言者と呼ば れる人々や占師が存在し、日常的に多くの人々が 様々なアドバイスを得ている。ブルガリアに予言 者や占師が多い理由については、どのブルガリア 人も「ブルガリアは宇宙から特別なエネルギーを 受けている場所であるから」と口々に述べるので ある。
ブルガリアには、 後にキリスト教と融合する
“聖エニョフ(洗礼者ヨハネ)の日”(夏至)を始 めとし、古来より行われていた“野火の儀式”(Ж ив огън-wild fire)、“蝶の儀式-スラヴの雨の女 神ドドラの儀式”(Пеперуда-Dodola)
8)等の神 秘的な祭礼が存在する。特に“聖エニョフの日”
にブルガリアでは「この日は精霊や悪霊が騒ぐ日 であるから森に入ってはならない」「この日に採 取された薬草には最大の力がある」などの言い伝 えが存在する。このように現代においてもブルガ リア人は自然と聖なる力に対する畏怖を保持し続 けている民族なのである。
それには少なからずブルガリアという国が辿っ
た数奇な運命が関わっているといえるであろう。
古くから交通の要衝であったバルカン半島に位置 するブルガリアは数々の民族の侵入に苛まれた。
しかし、この土地に住む民族は多くの犠牲と困難 の中に在りながらも自然と共存し、生に対する喜 びを見出してきたのである。 とくに 1396 年から 1878 年の 482 年という長きに亘るオスマン帝国に よる支配の時代においてでさえ、ブルガリア民族 の文化面でのあらわれは、宗教的な形をとってい たとはいえ、はっきりと合理的な方向性を示して いるところに優れた特徴があった。それはブルガ リア人の民族意識を守り、異民族侵入からの重圧 に対する非妥協的な態度を鼓舞するのを使命とし ていたのである。
非常に困難な状況のなかで、神の啓示を受けて 民族的自覚と伝統文化を保持し、新たな精神的な 財産を生み出す礎となるヴァンガとネスティナル ストヴォは“ブルガリアの心” の象徴なのであ る
9)。
2.形 式
Neshka Robevaの新体操舞台作品《НЕСТИН АЛИТЕ》(ネスティナーリテ)は8部構成から成 る《ОРИСИЯ》(ブルガリア語原題:オリスィヤ・
妖精または運命の予告者、英題:THE WHEEL OF FORTUNES運命の歯車)という1時間14分 の作品中の第4部で踊られる。
① Бели и черни орисници 白と黒の妖精達
②Древните предци 古代の祖先達
③ Войните на Самуил サムイルの戦士達
注12)(10)
④Нестинарите ネスティナーリテ
⑤Османлийте オスマン人達
⑥Вярата 信仰
⑦Възраждане 復活
⑧Сбогуване 別れ
作品の冒頭では《ОРИСИЯ》(オリスィヤ)の あらすじが字幕とアナウンスによって説明され る。
「より良き生活と人生を求め、多くの人が祖国 を離れたが、運命は1人の娘を彼らから離別させ、
留めることを選択した。
知恵と力を獲得し、信仰を強めるために、運命 の使者は娘を妖精の世界に誘い、白い妖精の世界 に触れ、黒い妖精の海に沈み、自らの先祖の歴史 への旅を共に進んだ。先祖達の苦難と熱意・・・。
最後に娘は、白と黒の妖精達、使者そして自らの
祖先と別れを告げ、己の世界へ戻る。困難な時代 にも法が成り立ち、道には続く準備ができている のだ・・・。 残りゆくもの、 そして回帰するも の・・・。」
舞台は現代の喧噪の情景から始まり、徐々に現 代から遠ざかりながら妖精の世界、ブルガリア人 の苦難の歴史の世界などを経て、ネスティナーリ テの世界へ突入してゆく。
ネスティナーリテは作品中の 33 分から 40 分の 間の8分間で踊られ、以下の構成から成る。
登場人物 場 面 舞踊表現の種類 音楽と楽器
1. 白いリボンを持った 3 人の妖精達(女性)
3 人が円になり絡み合いながら踊 る
新体操の手具操作と 身体表現運動
ガイダ バラバン 2. 黒いリボンを持った 3
人の妖精達(女性)
3 人の白いリボンを持った妖精達 の間に割り入る
新体操の手具操作と 身体表現運動
ガイダ バラバン 3. 白いリボンと黒いリボ
ンの 6 人の妖精達(女 性)
白いリボンの 3 人と黒いリボンの 3人が互いに鬩ぎ合う
新体操の手具操作と 身体表現運動
ガイダ バラバン 3. 10 人のブルガリア人
(男性)
6 人の運命の予告者達の背後に 10 人のブルガリア人男性が現れ、次 第に妖精達の間で踊り始める
ホロ
オスマントルコ兵を 伺う動きが随所に取 り入れられている
ガイダ バラバン コーラス
5. 白いリボンと黒いリボ ンの 6 人の妖精達(女 性)
3 人の黒いリボンを持った妖精達 が現れる
3 人の白いリボンを持った妖精達 は背後で踊る
新体操の手具操作と 身体表現運動
ガイダ バラバン
6. 8人のネスティナーリテ
(女性)
ネスティナーリがネスティナルス トボの祭礼を行う
ネスティナルスコホ ロ
ガイダ バラバン ネスティナルス トボのリズムと ネスティナーリ テ独特の奇声 7. 6 人の白いリボンと黒
いリボンの妖精達
(女性)
ネスティナーリの祈りと共に白い リボンを持った妖精達が現れる 黒いリボンを持った妖精達は背後 で踊り始めるが、次第に表に出て 踊り出す
新体操の手具操作と 身体表現運動
ガイダ バラバン
8. オスマン兵(男性)と ネスティナーリ(女性)
ネスティナーリがオスマントルコ 兵に連れ去られる
ホロン(トルコ民族 舞踊)
ガイダ
バラバン
Neshka Robeva は一人の娘の神秘体験という 形を借り、そこに映し出されるブルガリア民族の 苦難の歴史と信仰や伝統、神秘性等をこの新体操 作品を通して描いている。
作品の題名となっているОРИСИЯ(オリスィ ヤ)とはブルガリアのトラキア地方、ストランジ ャ地方、小アジアに伝わる伝説の妖精(または運 命の予告者)のことである。この 3 人姉妹の妖精 は赤ん坊の出生後 3 日目の深夜に赤ん坊の枕元に 立ち、其々にその子の運命を予言する。その予言 は神の力によっても取り消すことは叶わないとい われている
11)。
作品に登場するのはブルガリア民族を襲った 数々の困難(病気、戦争、貧困など)を告げる黒 いリボンを持つ 3 人の妖精達と、ブルガリアの幸 福(平和、喜び、自由など)を告げる白いリボン を持つ 3 人の妖精達である。 登場する妖精達は 其々3 人ずつであるが、Robeva は伝説の妖精の 数によるものではなく、舞踊表現として各 3 人か ら成る6人を選択した。
ネスティナーリはビザンティン帝国とオスマン 帝国から自由を勝ち取る為の戦い、そして力の象 徴である。ネスティナーリは妖精たちが告げたブ ルガリア民族にとって変えることのできない宿命 を祈りによって対峙することで神の力を獲得し、
遠ざけることを試みる。その試みにより白いリボ ンを持った 3 人の妖精たちが徐々に明るい未来を 告げ始めるも、次第に黒いリボンを持つ3人の妖 精達に阻まれ、オスマントルコの兵士がブルガリ アの大地を侵略し始める。そしてついにネスティ ナーリの女性達はオスマントルコ兵に連れ去られ るのである。オリスィヤが予言した過酷な宿命を ネスティナーリにも変えることはできなかった。
何故ならオリスィヤの予言は神の力によっても取 り消すことができないからである。
作品はネスティナルストヴォのガイダとバラバ ンを用い、ネスティナーリテが祭礼を行うシーン ではネスティナルストヴォ独特のリズムが奏でら れる。
舞台の終わりにはSvetlin Rusev
注13)画伯が描 いたババ・ヴァンガの肖像が舞台に映し出され、
この作品は幕を閉じる。
Neshka Robevaはオリスィヤについて、Съдб ата на България и наказанието от Бог
「ブルガリアの宿命と神からの罰を告げるもの」、
主人公の娘はда изпълним съдбата на Бог, б ез да избягаме от трудностите「その困難 から逃避せず神から与えられた宿命を全うする 姿」を表し、ネスティナーリとババ・ヴァンガに ついてはпредставляват сила и път「力」と
「道」を表すものであると語っている。(Neshka Robeva 2019)
常々ババ・ヴァンガは神から降りる言葉を人々 に伝えることを恐れていた。何故なら言葉を語る ときに非常に重いエネルギー(力)を感じてトラ ンス状態に至るからである。ネスティナーリもま た神の言葉を伝える重責を担っていると自負して おり、ブルガリ村の古い時代のネスティナルカは トランス状態に至る過程について、ヴァンガと同 様の事を Robevaに語ったという。ババ・ヴァン ガはНе се бий, не ревнувай, помагаш си,
грижиш се за хората си, обичаш се「戦わ ないこと、嫉妬しないこと、助け合う事、己の民 を大切にすること、互いに愛し合うこと」などを 常にRobevaに語った。(Neshka Robeva 2019)
Ⅵ.ま と め
Neshka Robeva の全ての新体操作品は単なる
スポーツの枠を超え芸術と哲学の域に達してい
る。1988 年のソウルオリンピックを前に Robeva
は新体操についてこのように語っている。「私に
とって新体操は、画家と絵、作曲家と音楽の関係
に等しいものです。それは人間の思想を表現する
方法なのです」「残念ながら新体操はまだスポー
ツの段階にとどまっています。ブルガリアの成功
は金メダルを取ったかどうかで判定されます。し
かし私は、この分野が道具の扱いに上達すること を女の子に教えるためだけに存在することを望み ませんでした。いつも人間の思想について考えて きました。新体操は、私にとって自分の考えを表 現する最も良い方法でした」
12)。
1980 年代の新体操は「黄金の中道」、すなわち 芸術性とスポーツのバランスがもっとも良く取れ ていた時代であった
13)。Neshka Robevaという 伝説のコーチは手具に命を吹き込み、音楽と結合 し、物語を描き出し、伝えることで「勝利」を超 える射程を目指していた
12)。その構成と音楽の組 み合わせによって醸し出される意味内容は、豊か な人間の感情を連想させる。特にこの《НЕСТИ НАЛИТЕ》(ネスティナーリテ)は Robevaの新 体操作品を知る上での基本であるといえよう。
2001 年以降の新体操採点規則改正から、 新体 操のルールは難度(身体難度と手具の技術難度)
の羅列傾向にあり、 新体操関係者は「1980 年代 の(ブルガリアが築いた)芸術性を加える余地が ない」として抵抗を訴えている。新体操がオリン ピックスポーツである以上、この潮流が加速傾向 にあるのは致し方無い。だが世界選手権、オリン ピックが開催される度ごとに全世界は Robevaが 創出した新体操の黄金期を懐かしむ。Neshka Robeva という存在のカリスマに対する尊敬の念 も相まって、Robeva の作品を観たものの心には 今なお感動の楔が打ち込まれているのである。
2000年にRobevaはスポーツの領域から抜け出 し、新体操を芸術の領域に高められる舞台の道を 選 択 し た。 新 た な 射 程 を 見 つ め て、 つ い に Robevaは《НЕСТИНАЛИТЕ》(ネスティナーリ テ)を含む《ОРИСИЯ》(オリスィヤ)を彼女の 第一作として発表した。
作品は一貫して「予言者」というものをテーマ としている。Robeva はユネスコ世界文化遺産
《Nestinarstvo》(火渡り) と新体操舞台作品
《НЕСТИНАЛИТЕ》(ネスティナーリテ)を通し て、現代のブルガリア民族に対して生の在り方を 示唆すると同時に警笛を鳴らしている。
謝辞
本論文の作成にあたり、スポーツ研究科の角田 直也教授には終始励ましのお言葉を頂戴し、ブル ガリアへの調査研究実施について肩を押して下さ いましたことに感謝いたします。また、ブルガリ ア科学アカデミー民族学・民俗学研究所民族学博 物館との初回アポイントを取ってくださった元新 体操団体世界チャンピオンのKamelia Dunavska さん、 時折通信が不安定なブルガリアにおいて Neshka Robeva氏との連絡の橋渡しをしてくだ さったRobeva氏の義理の姪Kristina Cholakova さんに心より感謝いたします。
ストランジャ地方での調査にあたっては、ブル ガス出身の元新体操オリンピック選手 Proletina Kalcheva さんにブルガスからストランジャ山中 のコスティ村までの往復の運転をして頂きまし た。本当にありがとうございました。
参考文献
1) Bulgarian Folk Dances: The Ultimate Guide to the Eighth Miracle The Entrancing Bulgarian Folk Dances Differ from Region to Region https://svetdimitrov.com/bulgarian-folk-dances/
2) Explore the Differences Between Bulgaria’s Main Provinces
https://theculturetrip.com/europe/bulgaria/
articles/explore-the-differences-between- bulgarias-main-provinces/
3) Rhythmic Gymnastics Club LEVSKI Neshka Robeva
http://rg-levski.eu/language/en/neshka-robeva/
4) 祥伝社新書 ローマ帝国人物列伝 本村凌二:著 P248,P249
5) Царковен карендар2019
6) Бьлгарска Патриашия ПРАВОСЛАВЕН КАЛ ЕНДАР2020 P4, P5
7) Ванга и Людмила Живкова, Ванга и българ ите, Ванга и светът
https://www.dw.com/
8) Българска академия на науките. Научнои нформационен център „Българска енцикл опедия“Календарни празници и обичаи н а българите. София „Проф. Марин Дринов
“2015. ISBN 978-954-322-764-8. P66-68.
9) I. ディミトロフ、M. イスーソフ、I. ショポフ『ブ ルガリア』1(寺島憲治訳、世界の教科書=歴史、
ほるぷ出版、1985年8月)P143,146
10) 世界の歴史 11 『ビザンツとスラヴ』井上浩一/栗 生沢猛夫:著 中公文庫 P346,365
11) Орисници
https://www.balgarskaetnografia.com/svetogled/
mitologia/mitichni-sastestva-i-demoni/orisnitsi.
html
12) 幻冬舎ルネッサンス 新体操はスポーツか芸術か 渡部愛都子:著 P11, 12, 65, 112, 123
13) 日本エディタースクール出版部 新体操の光と影 通訳が語る25年間 松浦たかこ:著 P136
注
注1)
ミズィヤ(北ブルガリア・セヴェルニャシュカ)、
ドブルジャ、ショプルック(ショプ)、ピリン(ブ ルガリアのマケドニア地方)、 ロドプスカ(ロド ピ)、トラキア、ストランジャの7つの地域。歴史 的背景からトラキアとストランジャを 1 つにまと めて 6 つの地域とする場合もあるが、ストランジ ャにはネスティナルストヴォなど独特の祭礼と舞 踊が保存されているため、本稿では 7 つの地域と する。
注2)
聖コンスタンティン(コンスタンティヌス1世)
Gaius Flavius Valerius Constantinus ガイウス・
フラウィウス・ウァレリウス・コンスタンティヌ ス 270 年代前半の 2 月 27 日−337 年 5 月 22 日ロー マ帝国の皇帝(在位:306 年−337 年)313 年、 ロ ーマ帝国の皇帝として太陽崇拝の浸透に配慮しつ つキリスト教を公認する。異民族侵入と経済、社 会混迷の危機を克服し、神の救いに与ろうとする 民衆の心と、帝国支配のイデオロギーを重ね合わ せることに成功した。初めてキリスト教を信仰し た人物であり、その後のキリスト教の発展と拡大 に重大な影響を与えた。このためキリスト教の歴 史上特に重要な人物の一人であり、ローマカトリ ック、正教会、東方諸教会、東方典礼カトリック 教会など、主要な宗派において聖人とされている。
注3)
聖エレナ(聖ヘレナ) 246/50 年−330 年 8 月 18 日 古代ローマ帝国の皇后(アウグスタ)、コンスタン ティヌス 1 世の母といわれている人物。キリスト 教会の聖人。
注4)
ブルガリ、コスティ、ブロディロヴォ、ブラッツア、
マジューラ、ぺルゴプロヴォ、レゾヴォ、マルゼ ヴォ、アイゴ、ステファノ
注5)
Nestinari(ネスティナーリ) Nestinarstvoで火 渡りを行う人達。複数名詞。
注6)
聖像のこと。 ネスティナルストヴォでは生神女
(しょうしんじょ)・正教会におけるイエスの母マ
リア、聖コンスタンティンとエレナ(キリスト教 を国教にした東ローマ帝国の皇帝コンスタンティ ヌス帝と母エレナ)、聖パンテレイモン(医者であ ったとされるギリシアの聖人)の 3 つのイコンを 掲げる。
注7)
Nestinar(ネスティナール) Nestinarstvoで火渡 りを行う男性。男性名詞。
注8)
Nestinarka(ネスティナルカ) Nestinarstvoで火 渡りを行う人女性。女性名詞。
注9)
Nestinarite(ネスティナーリテ) Nestinarstvoで 火渡りを行う人達。「テ」は接尾辞。複数名詞ネス ティナーリに対して、ネスティナーリ(というも の)という意味となる。
注10)
ババ・ズラタ Zlata Daskalovaズラタ・ダスカロ ヴァ 1885−1979
神の言葉を伝える最後のネスティナルカとして知 られており、ネスティナルストヴォの象徴的存在 である。親しみを込めて「ババ・ズラタ」と呼ば れている。「ババ」とはブルガリア語で“おばあち ゃん”を意味する。
注11)
ババ・ヴァンガ Vangeliya PandevaDimitrovaヴ ァンゲリヤ・パンデヴァ・ディミトロヴァ 1911年1月31日−1996年8月11日
ブルガリアの予言者である。国民にはババ・ヴァ ンガの的中率が 100%であると信じられていた。
ブルガリアとマケドニアの国境付近であるストル ミツァ出身。Robevaはババ・ヴァンガが亡くなる まで、あらゆる分野の相談に通っていた。社会主 義国家時代には国家安全保障委員会に予言を禁じ られる。しかし後にトドル・ジフコフブルガリア 共産党書記長の娘であるリュドミラ・ジフコヴァ に庇護されることとなった。現在ババ・ヴァンガ の生家があるルピテにはヴァンガの教会として
“聖ペトカ教会”が建設され、建設にはRobevaも 関わっている。
注12)
サムイル(ブルガリア皇帝)の戦士達
1014 年マケドニアのクレイディオン山でビザンツ 軍に粉砕し、このときサムイルは逃れたが多くは 殺害され、14,000 とも 15,000 ともいわれる捕虜は 全員目をつぶされ、ブルガリアまでの道案内の為 に容赦された 100 人に 1 人は片目を残してつぶさ れて盲目の捕虜たちを率いてサムイルのもとに戻 された。 この凄惨な光景を目にしたサムイルは、
衝撃のあまりその場で倒れ、二日後に息をひきと ったといわれている。
注13)
スヴェトリン・ルセフ Svetlin Rusev
1933 年 6 月 14 日−2018 年 5 月 26 日。ブルガリアの
画家であり、Robeva、ババ・ヴァンガとも親交が
厚かった。ババ・ヴァンガの聖ぺトカ教会に聖画
を描いている。
(上)ネスティナルストヴォの準備 コークスの火が燃える 2019 年 8 月 3 日 コスティ村 筆者撮影
(下)イコンを掲げて火渡りを行う Kostadin Mihailov 氏 Kostadin Mihailov 氏提供
(上)2017 年 10 月 22 日の『Вестник Труд』
(全国紙 労働)より
ババ・ヴァンガ(中央)にアドバイスを受ける Robeva(右 側)
(下左)スヴェトリン・ルセフ画『ババ・ヴァンガ』
Neshka Robeva 提供
(下右)ババ・ズラタ посветение на огъня дкум ентален филм Студио Къркеланов ©2004
ネスティナルストヴォが保存されている村の 1 つ、ブロ ディロヴォのコナックとイコン
Kostadin Mihailov 氏提供
(上左)聖コンスタンティンとエレナのイコン
(上中央)生神女のイコン
(上右)聖パンテレイモンのイコン
(下左)コナック(会堂)
(下右)コナックに安置されているイコン
《НЕСТИНАЛИТЕ》(ネスティナーリテ)の舞台から
(上)ネスティーナーリが円になって踊る
(中左)ネスティナーリの輪に黒いリボンを持つ妖精達が 割り込む
(中右)白いリボンを持つ妖精
(下)10 人のブルガリア男性によるホロ Neshka Robeva 提供