• 検索結果がありません。

華 僑 の 一 考 察

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "華 僑 の 一 考 察"

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

華 僑 の 一 考 察

志 津 田 氏 治

ま え が き

 華僑は世界に散在しているが,東南アジア各国に在住する華僑ことに南洋華僑の問題は,

実に複雑かつ重要なものがある。東南アジアの華僑人口は,約1,000万人以上にのげると

いわれているが (稲田繁「東南アジア問題の底辺」 (下)214頁,推定者によって若干異るが福田省 三教授によれば世界の華僑数を約1,200万人と推定し,その申南洋華僑を820万としている。アジア政

経学会編「中国政治経済綜覧」(1017頁))これらの華僑は各国在住:地で血縁,出身地,郷党,

職業等の別により華僑社会という独自の社会集団を形成し, とりわけ東南アジア諸国にお いて,それが占める経済的勢力は牢固たるものがある。しかし今日華僑は経済的に重要な 地位にあるだけではなく,国共両政府との政治的な結びつきもあるので,昨今の東南アジ ア諸国では「領土なき中国」として国際的な政治問題とからんで,大きな関心をもたれつ つある実情である。        .      

 ことに太平洋戦争終結後は,東南アジアー・帯に丸山としておこった民族意識が,政治的 独立と経済的自立を促すようになり,そのことは絶えず現地社会に右いて上位の階層に存 在していた華僑社会にも批判の目が向けられるようになったのである(稲田前掲書217頁によ

ると「戦後東南アジア諸国の独立とともにその特権,社会的ないし治外法権的特殊地位を享有しつづけ ることは不可能になっている。華僑は,東南アジアの斜陽族になってしまっている」と指摘されている)。

.従って東南アジアの諸国では寛厳の差はあるが,層一様に華僑圧迫ないし締め出し政策をと っている。たとえば出入国管理(入国制限,国外旅行制限,入国税,登録税の賦課),政治活動 の規制,営業自由の制限(外国人職業禁止,主要産業の国営化,外国資本による法人設立の制限)

措置などがこれであろう。そこで戦後の華僑問題の重点は,東南アジア新興諸国のナショ ナリズムとの関連において,華僑が在住国政府の華僑対策に如何に対処していくか,また 華僑資本と民族資本との関係をどのように解決していくかに置かれている (そのことは,華

僑の同化あるいは馴化の傾向として,従前の移民社会から定着社会への発展変化が考えられてぐる)。

 本稿では,より深刻な様相を展開し,大きく揺れ動いている華僑の姿を捉えてみること

にしたい。

  一 東南アジア諸国の華僑

(1)華 僑 総:説

 ④ 華僑の意義・活躍 華僑(H:uaChia・中国語, Oversea・Chin・・e英語)の華は中華のζ

(2)

       り       サ  り

とであり,僑は僑寓つまり仮住いあるいは僑居つまり旅住いの意味であり,中国人の国外 における一時的在留者の総称である。岡本隆三教授によると,華僑という語が使用された のは最近のことであり,清朝末期の1898年頃に横浜の華商約1,000名が華僑学校を創立し たのが,その鴨矢であるといわれている(「華僑王国」17頁参照)。中華民国でこの言葉が 次第に定着したのは,1912年代で,清朝の公式文献では,華人,華民,華商,同工などの 文字が使われたそうである。いま支那社会経済大辞典によれば華僑を「海外在留の支那移 住民及びその子孫に対しての総称」であるとし(298頁参照),国籍の如何を問わないもの

とされている(小林新作「華僑研究」3頁)。しかし今日一般に華僑として定義されるときは,

海外に移住または在留している中国人で本国の国籍を喪失していないものと解されている

(「アジア歴史事典」131頁)。

 ところで中国人の国外移住は,大別して華北から北方へのものと,華南(福建・広東)か ら南方へのものとに分れる。後者を俗に南洋華僑という。国外移住の原因としては,政治的 混乱,社会的不安,生活の困窮などがあげられる(「経済学小辞典」54頁)。そのほかにも地 理的・歴史的要因とも関連して国外における中国人労働者の需要も指摘されている(前掲書

「華僑の研究」13頁)。しかし第二次大戦後華僑は,中国から出ていくものよりも帰国者の方 が増えている。人民日報(1957年7月20日号)によると,過去7ケ年間に華僑の帰国者数は 30万に達したという。広東省当局の調べでは,7年間(1950年一1956年)に同省を通って帰国 した華僑は,205,097人,同省を通って出国したものは113,105人であった。尤も,これは 東南アジアだけの旧来ではないが,それが大部分である。このような出国者の減少は,中 国国内の生活水準が向上したからであるといわれている(詳細は「アジア歴史事典」134頁)。

       また華僑は出生地の別によって,中      南洋華僑離国の主因

(1)

(2)

(3)

(4)

(5)

(6)

(7)

(8)

類      別

経 済 的 困 難

南洋に縁故者ある関係 天        災

の 拡 行  為 の 不 の 不

633 176

31

26 17

 7  7  8 905

百分率

69.95%

19.45%

3.43%

2.87%

1.88%

0.77%

0.77%

0.88%

100.00%

「南洋華僑と福建広東社会」 (満鉄調査局)57頁引用

国本土生まれの新客と現地生まれの僑

       む  り      

生とに分類されている。この新客と僑

0

生との比率も,従来は7対3の割合で あると指摘されてきたが,最近のよう に現地政府の華僑圧迫が強まるにつれ て,現地社会への同化傾向を帯びるよ うになり,この比率にも重要な変化を 来たしている実情である(現地社会へ同 化する具体的な手段としては,現地の国籍

取得,現地民族との結婚が考えられている。

詳細は中国政治経済綜覧1027頁以下)。

しかし反面,華僑社会には個別主義の

特性つまり華僑自身の優越観からくる

保守性・排他性と相まって,完全に自

(3)

己自身を揚棄して現地社会に融合化してしまうことは容易に予測されるものではない。

 民国55年(1966年)の国民政府三三委員会の調査によれば,国外にある中国人すなわち華 僑の数は,約1,700万人に達するものであることが発表されている。その分布は世界各地 にわたっているが,その中でも東南アジアに在住する華僑が図に示すように大半を占めて       (1)

いることは注目すべきであろう。

五大洲華僑人口統計

nVERSEAS C凹INESE STATISTICS 亜 洲

̀SIA 17,118,452

美 洲

̀MERICA

460,0141

欧 洲

dUROPE

大洋洲 34,166

i

総計TOTAL P7,708,695

l       I

nCENIA・ 48,694 非 洲

̀FRICA

 i47,369

単位:百万人

1

0     2     4    6    8    10    12    14    16

(民国55年,華僑経済年金覧)

(図2)

10 g I

8

7 6 5 4 3 2 1

等次

一丁 三加

π利

Q桑

一希四

二、立 盛一 二歩

ワ尼

モ九 利一 ミ七 七利

O尼

九三〇

一傘 二峨 八西 七三 九頓 五亜 七三 九諾 三約 六三

二紐 五加

一倫、比

=利

繻K

二、立一 二夕法二尼

l

l

黒六 利二

q一

八里

O尼

九五〇

二区 五寸 ○岡 五三 三斯 ○頓 二省 ○諾 七二 二亜

八 七 七

三紐 九加

三夕

七 五里

、立 九六

九 二 七尼

六尼

九岡 三根 四亜

.一

七斯 九頓 三省 四諾 七約 ○亜 O

{   ヤ 層陶 「       u ,  層  齢9 A  、     」   弊  〒 一圃 旧   ._     層  竃  F    r幽 凸巨帰 」 ←一 r  一   、 _   ,   一   一胃 ■ 一一   幽F一  ♂,     ・    一

(美国華僑十州入口統計)

(4)

     (2)

また華僑は図にもあらわれているように,市民社会の発達したアメリカ各地で,いわゆる チャイナタウンを形成し(内部的には伝統的な集団社会を保守しながらも),活躍している・こと

も興味深いものがある。

(註1) 近時,華僑に関する研究はアメリカにおいて著しいものがある。とりわけウィリアム・スキ   ソナー著「タイ国の華僑社会における指導力と権力」 (G・William Skinner,:Leadership and   power in the Chinese Community of Thailand. Cornell University Press 1958)は特   則すべきものがある。そのほかに・1ギリスでもPurcell, The Chinese in Southeast Asia・

   (Oxford University press,1951.)・ホンコン大学のDavis教授の研究はめを惹くものがあ   る。わが国では華僑を取り扱う研究文献としては福田省三教授の「華僑経済論」,昭和拷年の満   細編「南洋華僑叢書」などが優れている。戦後では内田直作r日本華僑社会の研究」 (昭34),

  須山卓「華僑社会一勢力と実態一」 (昭30)を始め,アジア経済研究所より双書として「マラヤ   の華僑と印僑」 (昭36),あるいは第8集翻訳シリーズとして・ウィリアム・スキンナド教授の   「タイ国における華僑社会」が目立っている。

 (B)華僑心理の分析 本国をあとに万里の波頭を越えて海外にのびて行く華僑は,本来 裸一貫の出稼ぎ(苦力あるいは労役業者)から出発しているのが普通であるが,なかには財的

に巨万の富を有する者もいるので,華僑は専ら富裕階級の代名詞のように考えられること もある。海外に赴く華僑は,頭数を揃え,仲間の群として集団的に塊って出かけていくの で,経済的にも実に底力をもらているのである(アジア経済研究所双書第8集「マラヤの華僑と

印僑」266頁では,中国人は移住にさいして同族を伴なって一村を開くことはまれでなく,一定の地に

移住した同族は一定の姓を使用していたことを指摘している)。また,その上に華僑は事業経営に 年代をかける。30年,50年といわないで一生をかけて進む。一代だけではなく,父の代か

ら,また祖父の代からと累代の継続事業として,その一念から職域に従事するものである。

しか.も華僑は政府の援助とか,中央の指令によって動くものではない。寧ろ,これを操っ ている程である。従って華僑は到る処青山ありと嘲いているのである(後藤朝太郎「南洋の 華僑」4頁)。華僑心理は一言をもって表現すると,その生活と経済力の拡充にあるといえ

る。そのためか東南アジア華僑の考え方ρ根底には,たえず現実的,打算的なものが働き,

経済中心であちことは否定することができない。また華僑心理で関心をまぶのは,在住先 の現地をつまらない処であると決めてしまわないことであろう。つまり現地順応の努力を

       o  o  ●  ●

することである。この点特筆すべきことは, ミルス(:L.A.Mills)の「英領馬来」中の華

僑観である。そこでは「支那人は外国に身を寄せていることを全然忘却し,彼南や新嘉披

を支那の町と心得ている。行政だけが只英人の手中に在るのであるq彼等は彼等自身を支

配する面倒な義霧を負坦することを希望しないし又彼等の仕事に干渉されない以上は何人

が彼等を統治するも無関心であって,彼等は彼等の肩から行政の負担を去り,彼等をして

自由に金儲をさせるように解放する英国を不可解な慈善家と考えている」 (南洋華僑叢書五

巻「英領馬来・緬旬及濠洲に於ける華僑」100頁引用)と述べている。華僑は元来独立自尊の精

(5)

神に富み,相互扶助の立前から熱心に黙々と働く。最初は元手のいちぬサリサリ輔導め露 天商いである。また夜店である。夏は日よけの傘をさし,冬は寒風に吹かれつつ店を張り1 来客を待っている。細々と零細な小銭をあてこみ,満足げに店を出し,機械のようにこれ

を見守っている。生きるための努力と細心の心配りは実に驚くべきものがある。かっての 海峡植民地の総督であったサー。フランク・スウエットナム(Sir Frank Swettenham)・

も,1904年のロンドンタイムス紙上で,華僑が難苦に耐え忍び,勤勉で真面目であることや

を論証している。

 (C)・華僑と幣の役割 i華僑の構成分子を種族的にみると,福建(H6k:kieh)∴広東(Can t6n ese),潮州(Tie chiu),海南(:Hai至am),客家(K畑h),福州(Hok・chiu)・広西

(kowng『sai)に分けることもできるが,これらの種族は自己出身の郷里,方言等の縁故 関係にも,とついて「蓄士を形成している。たとえば広東幕,福建醤,豊州幣,海南幣,客

家甜などがこれであろう (孫文は華僑社会を,福建幕,広出隅,潮岬蓄,客剤,環羽箒,土生剤の∴

六うに分けている)。これ等の幕は相互扶助を目的とし,経済的に社交的に固く結びつくた めに諸種の団体を組織する。すなわち華僑は,その在住する地に必ず会館・公所もしくは 商務総会あるいは,これに類似する倶楽部団偉を設けるのであるb以下これ等の団体に関

して若干考察してみよう。

 先ず華僑の郷族団体として最も普遍的なものに会館がある。これは専ら地理的組織に「よ・

るもので,同一一郷土出身者にようて組織きれる団体であり,・元来との団体は,『官権によっ て秩序を維持できない地方で,同一郷土出身者が相互に団結して,相互扶助の機関を組織 する習性より発達したものであるといわれている。およそ東南アジアの各都市でこの会館 の設置されないところはない(現在タイ国のバンコクでは,潮州会館・福建会館・海南会館・広東

会館・台湾会館・広肇会館・客属総会がある。詳細ま「アジア政治経済年鑑」 (1956)537頁参照)。

この会館組織の最初のキッカケは,同一郷土出身者の共同の利益を図ることにあった。た とえば同郷中の失業者,帰国旅費のないもの,身寄りのないもQを救済するということが 当時会館の主要な任務であったが・時と環境が変遷するにともない・・この団体の任務も深.

第に拡大されるようになり,今日では華僑教育の振興,本国事業の扶助,祖国危機の救済,

等に至るまでが,広くその活動範囲に入られている実情である。そのほかにこの会鎮は,,

病院あるいは診療所・墓地などを自治的に経営しているために,そμはあたかも政府なき

      o  o  σ  o

福祉国家のような外観すら呈するのである。以上のように会館は在住華僑の意思感情の疎,,

o  ◎  o  ■

通機関で,公益を図ることを趣旨とするものである。これらの会館の創設は,一般に社会 的に名望または資産のある2,3の者が発起し,寄附金をなし,館を設けるのである

(前掲南洋華僑双書5巻501頁)。そうして在住の華僑は,すべて一つ乃至はそれ以上の会館 に所属しうる資格をもつのである(バンコックの客属総会では,会員資格を成文にて規定する)。

尤もこの場合には地縁的であることを原則とする(潮州出身者およびその子孫は潮州会館に,海          ●  e

南出身者は海南会館に所属するのである)。

(6)

 つぎに華僑の商工団体として注目すべきものに「総商会」(あるいは商務総会ともいう),

「公所」 (公局,公会ともいう)などがある。最初に総商会であるが, これは清朝末に「商 会箇明章程」G903年・今日の商工会議所法に類似する)を制定して,華僑保護政策のために 設立されたのを先駆とする。総商会の目的なり機能は商工会議所に類似するものである。

すなわち在住華僑の商工業の発展を図るために組織されたもので,職権としては争議の調 停をおこない,外部に対しては交渉機関となり,華僑団体中最も勢力を有するものである。

とりわけシンガポールの申i華総商会は,東南アジアの経済界に指導的地位を有するもので ある。この中華総商会(Chinese Chamber of Commerce)は,その名称は総商会であ っても,その実質は郷幕および業幕を中心とする結合体であるといわれる。1958年の報告 書によると,商会の各ポストの役職員は全体で32名であるが,その割当については分幕選

出制によっている (内部的には会長が福建幕・副会長に広東幣というように各幣の勢力均衡が保持

されている)。また商会の会員は商人に限られない。従って商務以外の一般華僑の代表的機 関のようなものである。この点会館が同一地に営業別,郷土三等により数個設立され,そ の機能が部分的なのとは異る。ゆえに総商会は,これを実質的にみるとき在住華僑総会と もいうべく,華僑の与論代表機関として重要性を有しているのである。また総商会の職務 機能も,単純な共済的もしくは相互扶助団体としての役割のほかに,半政治的,半経済的 団体として活躍しつつあることを注意すべきであろう。

 (註)中華総商会の組織糸統図(前掲書「マラヤの華僑と印僑」274頁引用)

そのほかに華僑の注目すべき団体として「公所」

がある。これは同業者を連絡して,商務の利益を 図るために組織されたものに外ならない。従って 公所は,商晶晶質の改善,価格の画一化,同業者 聞の嫉視不信行為を防止,予防することに重点を おいている。公所という団体の場合には郷族によ る区別がないことが多く,同業者であれば加入が 可能である。「但し南洋華僑の仕事は多く伝統及 び地方色彩が濃厚で,同一郷族を以て一・事業の大 多数を占める傾がある」 (前掲書南洋華僑叢書5巻5 08頁)ので,単に同業者の商工団体といっても,

郷族団体としての外観を呈しているのである。

(シンガポールの商業公会が創立の最も古いものとされている。一報一業の形態をとるものに,樹膠公 会,酒商公会,洗衣業公会などがあり,また一幕複業の組織をとるものに華洋百貨公会がある。詳細は

「マラヤの華僑と印僑」276頁参照)

 ㈲ 華僑と企業形態 i華僑は先ず血と汗の労働から,はじめて零細資本を貯えると,労 働することをやめて,生産部門なり商業部門へ進出するようになる。まず中国の企業形態

会 員 大 会

董事会

.会

正   副

@長

産業管理委員会

交際班 福利班 教員班 商務班 財務班 総務班

秘書処

(7)

としては無限公司,両目公司,股扮有限公司,薮蘭両合公司,有限公司があるので,以下 これらの企業形について若干考察してみよう。

 α)無限公司 会社法によれば合名会社を,(1)2名以上の社員を有し,②社員は会社の 債務について連帯無限の弁済責任を負担する会社であると定義する (民国55年総統実悪正公 司法2条1号)。組織が無限責任社員のみからなる一元的組織である点において,合資会社お よび株式合資会社と異なり,他の社員の無限なる点で,その他の会社と異ること旧公司法 および日本会社法と同様である。合名会社の中国語は無限公司である。合名会社の商号中 に社員全員の氏名を掲げることも,1名の社員の氏名を表示することも要求されていない ので,日本のように合名会社と称するよりも(日本の合名会社の名称は,フランスのSoci6t6 en nomcollectifによったものといわれる),中国法の無限公司の方が一層適切な表現であるとい

えよう。タイ国商法典1025条には船名会社についてつぎのような定義をしている。すなわ

ちThe ordinary partnership is that kind of partnership in which all the partn ers are jointly and unlimitedly liable for all the obligations of the parnership.

とする。中国の合名会社で特記すべきことは,設立に際して社員の2分の1は国内に住所 を有することを要することと定められていることであろう(40条1項・株式会社の場合にも発

起人の過半数が国内に住所を有することを定めている。128条・有限会社については98条参照)。

合名会社の社員の員数には最高限の制限がないから2名以上何人でも差支えない。出資に

ついても財産出資(金銭以外に債権物権等の権利も出資の目的とすることができる)のほかに信用ま

たは労務の出資も認めている(43条)。合名会社の社員は株式会社の取締役でもあり株主で

もあるから,各社員は当然業務執行権者である。但し定款で社員中の特定の1人または数 人を業務執行者と定めてもよい(45条)。社員が業務を執行する場合(定款で数人の業務執行 社員を定めた場合も含める)には,その過半i数の意思によってなされる(46条・タイ商法1034条 参照)。業務を執行しない社員には,業務執行の監視権があたえられている(48条)。

また社員は,総社員の同意がなければ,自己の出資(旧法では股扮とする)の全部または一・

部を他人に譲渡することを得ないことを明示している(55条)。

 (ロ)手合公司 公司法2条では合資会社を,(1)1名以上の無限責任社員と1名以上の有

限責任社員とより成る2元的組織のものなること,(2)無限責任社員が会社の債務について

会社の債権者に対する責任は,合名会社の社員のそれと同じく連帯無限であるが,(3)有限

責任社員の責任は其の出資額を限度とする有限のものであり,且つ会社に対して責任を負

うのみで,会社債権者と直接の関係に立つものでないことを規定する(2条3号)。注意を

要するのは(3)の点であろう。わが国では合資会社の有限責任社員の責任が「株主の責任と

異なり会社に対するものに非ずして直接に会社債権者に対するものである(田中耕太郎・鈴

木竹雄「中華民国会社法」145頁,田中耕太郎「改正会社法概論」284頁)と解されているが,中国

の公司法では,有限責任社員の責任が会社債権者に対する直接のものではなくて,直接に

は会社に対するものであることを明示していることは立法例としては異例のことであると

(8)

されている(妹尾晃「中国新会社法」11頁)。中国法の合資会社は,わが国のそれと異るもの ではない。たゴ持分の譲渡について興味ある規定をおいている。すなわち有限責任社員が 持分の全部または一部を譲渡するには,無限責任社員の過半数の同意を要する(有限責任股

東自得無限責任股下過半数之同意不得以窯出資之全部或一部転譲他人)旨を定めている(119条)。

日本の商法によれば,無限責任社員全員の同意を要する。 この条項は,有限責任社員の会 社に対する関係の濃渡を如何に評価する立法なるかを端的に表現するものである。

 の 有限公司 中国の公司法℃も有限会社(原語では有限公司)を認めているb同法によれ ば有限会社とは,(1)社員の員数が2名以上10名以下に限定され,(2)各社員の責任は出資額 を限度とし且つ会社に対するものであって,会社債権者に対するものでないことを明示し ている(2条2号)。その点では株式会社の株主および中国法における合資会社の有限責任 社員の責任と同様である。わが国では,有限会社が有限会社法という商法と別個の特別法 によって認められているのに反して,中国法では有限会社を他の会社とともに会社法上の 会社の一種として規定しているが,理論的には全く正しいものというべきであろう(トルコ

・オランダ・スイス・イギリスでは会社法のなかで株式会社と異なる点のみをあげて規定したり,法典

の中に位置づけをしている)。中国法における有限会社も,(1)有限責任社員のみより成る一元 的組織の会社であること,(2)会社の資本を株式に分たず社員の持分主義を採用すること

(尤も持分つまり股扮の用語を使用しないで,もっぱら出資といっているが,その出資は持分と同じ画

論である),(3)社員総数の最高限を定め,しかも社員を公募しないこと (4)出資は全額一時

払制をとること,(5)会社の組織を簡易化し, (取締役・監査役の任意機関制)(6)社員の持分の

譲渡に他の総社員の全員または過半数の同意を要すること,(7)社債を認めないこと,(8)法 定準備金の積立を強制する等の諸点で,わが国の有限会社とほゴ同様のものを発見するこ

とができる。しかしω社員総数の最高限を20名という極めて少人数に制限していること

(98条・社員の過半数は国内に住所があること)②資本総額の最低限を法定しないこと (日本法

で10万円という制限がある。9条参照),(3)出資一口の金額も法定しないこと(日本法では↑,000

円以上という制限がある。10条参照)(4)監査役のみならず取締役すらもその設置を任意制とす ること等の諸点において,わが国の有限会社と著しい差異を示していることを特記すべき

であろう。

 口 動画有限公司 中国会社法では,株式会社のことを股扮有限公司 (張肇元博士の中華 民国会社法英訳によるとcompany Limited by sharesとする)とする・およそ株式会社が7名

以上の株主を

烽轤ト組織される資本団体であり,全部の資本が株式に分かれること,各株 主は引受けたる株式の限度においてのみ会社に対して,その責任を負う会社であることは,

会社法2条の定義するところである (2条4号参照。指7人以上三股東所組織全部資本分為股傍

股東就其所認股扮幣公司負其責任之公司)。中国の株式会社の機関構成について若干素描して

みよう。まず第1に株主総会であるが申国では「股東会」G70条及至190条)と称する。総

会には通常総会と臨時総会の2種が置かれ,前者は毎年少くとも1回,後者は必要に応じ

(9)

臨時招集されるものであるq70条)。総会の招集権者は取締役会となっている(171条)。

総会召集については,その開会日より1ケ月以上の猶予期間をおいて各株主(股東)に通 知すべきである。また無記名株主には40日前に公告することを要求している(172条)。決 議の方法としては通常決議q74条)と特別決議(277条)とを認めていることは日本法と同1

じであるが,特筆に値するのは,流会を防ぐために仮決議の制度を法文化していることで あろう(175条)。また各株主は1株について1個の議決権を有するが,但し発行株式総数 の100分の3以上の株主は定款(章程)をもって制限できるものとされている(179条)。こ のような議決権行使の制限は,いわゆる大株主の横暴を防ぎ少数株主を保護すちためのも のに外ならない。

 つぎに取締役および取締役会(董事・董事会)について眺めてみよう。取締役会において 1名の取締役会長(外事長)と数名の常務取締役(常務董事)を選出する(208条),。まπ取 締役の員数は3名以上で(192条),任期は3年をこえることを得ないとされる(195条)。

なお,めを惹くのは取締役会長が中華民国の国籍をもち,かつ国内に住所を有するもので あること,常務望事の過半数以上が国内に住所を有することを要求していることであろう

(208条4項参照)。この制限条項の狙いは「国家的監督及取締の便宜と,会社債権者その他,

の者の保護の実効をより確実にせんがためと・同時にかかる関門を設けて娩三間擦的にで・,

はあるが,外国人及外国資本に依る内国会社の支配を予防せんとするに在る.ものと認めら、

れる点にあろう。(妹尾晃「中国新会社法」153頁引用)、

 最後に監査役について若干ふれてみたい。監査役のことを中国法では「監察人」と称す るが,これは株主総会において株主中より選任されるもので,少なくとも,1名は中国内 に住所を置かなければならない(216条)・法定人員は最少限1名で足り且つ任期は3年と なっている(217条)。この監査役は,わが国と同様に株式会社の通常常設の機関で,監査 権は各監査役が単独にて行使するものとされている。(221条)

 ㈲−股扮両合公司 中国の公司法では開院場合公司つまり株式合資会社(Company Li mited by Shares with Shareholder)を認めている。そこでは,株式含資会社が,

(1)1名以上の無限責任社員と5名以上の株主とより成る2元組織の会社であること,(2)無 限責任社員の責任は,合名会社の無限責任社員の責任と同一なること,(3)株主の責任は,

株式会社の株主のそれと同一であることを定義する(2条5号)。合資会社の機関でめをひ くのは,取締役を置かず,会社の業務執行および会社代表は無限責任社員の職権になって いることであろう。なお株式合資会社では,創立総会において,株主中より監査役を逮任 することを要求されている(但し無限責任社員の兼任を禁止)(362条)。

 以上概略ながら中国法の採用する企業形態を考察してきたが,東南アジア各地に散在す る華僑は,どの企業形態を選ぶであろうか。元来華僑は小は僻地の一商店より大は国際貿 易に従事する有力な商店に至るまで,個人企業の場合は少く,多くは同郷人,友人,知人

との提携にかかる人的会社とりわけ合資会社形態を採用する。これは万デ被ることあるべ

(10)

き損失危険を緩和するためである。最近では税法上の理由から株式会社の組織をみるに至 っているが,大企業の会社経理,経営管理に無知であるために外観上は株式会社であって も,実質は個人企業であるものが多いといわれている(この辺の詳細な事情はアジア経済研究

所双書第8集「マラヤの華僑と印僑」281頁がある。いま参考までにこれを引用してみよう。「その企 業形態においては,たゴにマラヤのみではなく,他の東南アジア諸国内の経済機構のうちにも共通に看 取される現象は,その一般的性格において「合筆」 (Ho Ku)と呼ばれる商事組合組織のものが圧倒 的な数を占めており,たとえ資本額のうえでは公開株式会社組織が優越していても,証券市場に上場さ れることなく,いわゆる幣派的結合関係の強い人的会社の範囲を出ることはまれであって,むしろ,蓄 的結合の束縛を離れた非人格的な資本的会社の成立を阻止しているといっても過言ではない。また株式 会社の組織の公称資本がかなり正確であっても,合股,個人組織のそれはきわめて内輪の発表であり,

資本総額は株式会社のそれに及ばないが,その実体においてはるかに大きいというような場合が往々に 発生している。かれらは仲間的結合によって多角的経営と危険分散を意図する合拳組織を尊重している 結果,そこでの資本調達は同族的,郷党的な人的結合関係に依存していることは華僑経済の特徴といわ

なければならない」と述べている)。既述のように縦断的,横断的な地縁的血縁的なギルド組 織と相互扶助という華僑の特異な性格は,華僑資本の発展の基礎でもあったと同時に,そ の反面では,またその限界をも形成したのである。すなわち,それらは経営方式の近代的 な合理化をは冒み資本の蓄積を限界づけたのである。従って経営組織は一応公司的形態を とってはいるが,近代的な株式会社組織にまで発展するものは極めて稀であることが経済 学小辞典においても明確に指摘されている。

 泰国商業登記処統計

(Deparment of Commercial Registration)

股扮有限公司

合公 司

限公 司−

年次

国 籍

家釧 蛋己資司

実収資本

家籍

資  本

家釧

資  本

泰 人 266 339,212

223,085

788

266,044

・・ P35 79,353

華人

47 79,880 57,100 359 113,306 41 14,161

1961

其他

37 85,430 47,930 35 13,090 29 19,420

合計

350 504,522 328,115 1,182 392,400 205 112,935

泰 人 329 633,099 358,813 1,009

395,148

137 55,415

華人

47 54,953 40,948 244 79,262 23 9,244

1963

其他 50

240,810 86,052 一、1 T1 19,740

15

6,320

合計

426 928,862 485,813 1,304 494,150

177

70,979

(2)華 僑 各説

 ㈹ ビルマ この国では,総人口約2,300万に対して,華僑は約36万である(1966年の華

僑経済年鑑では42万と推定される)。しかもその大半が現地生まれか,ビルマ国籍取得者で占

(11)

められているために,政府の国有化政策も華僑には殆んど影響をあたえていないといわれ ている。従って政府の国有化政策も印僑(インド人移住者)を対象とする場合が多く,華僑 は寧ろ親近観をもたれており,穏和的な友好関係が持続されている。いまビルマ華僑の特 徴をあげてみよう。先ず第一に,第二次大戦を契機として,いままで経済的主導権を握っ ていた印僑に交替して華僑が登場してきたことであろう(この国の華僑は,仲介的商業と精米業 が中心である。中国政治経済総覧1019頁)。第二に中共とビルマとの地理的,外交的な関係か

1931年職業別人口

1ビ・レマ人1インド人 華僑1その他

農業関係従事者

、業関係従事者

71%

P9.3%

20%1 6.4%

@ 77.2%

1%

R.5%

      (アジア政治経済年鑑・720頁引用)

ら中共系華僑が多数になっていることである(外交的にビルマは東南アジア諸国中,最も早く中

共政府を承認していること・1955年の平和5原則に対する共同声明があることを注目すべきであろう)。

従って,このような政治的な考慮からか,ビルマ政府は華僑に対して特別な圧迫を加えた り,排斥をしてはいない。しかし近時は民族主義の機運に促されて,新しい華僑対策を考 慮しっっある。たとえば経済面で輸入許可の交付にビルマ人と外国人との間に枠を決めた

り(どルマ人60%外国人40%とする),輸出入業者は高級社員の50%以上が・下級の70%以上 がビルマ国籍を有していなければならないことを定めているq948年輸出入登録令参照)。そ のほかに不熟練労働者の入国を禁止したり,間接的ではあるが重要企業を国営化すること によって,華僑資本へ圧迫を加えていることも注目すべきであろう。ところで今後のビル マ華僑の在り方であるが,ビルマの国籍取得は比較的に容易であるので,ビルマ人との結 婚によって半永久的な生活態勢をとりつつあるといわれている。 このSino一一Burmesつ まり同化現象は,ビルマをして最も近い親族(Pauk Paw1)と呼びかけさせるようになり,

  ●  ●

ビルマ華僑の地位は他の東南アジア諸国に比較すると安定化を増しているといえよう。

 (B)ヵンポジァ この国の華僑は約30万人である(1966年半華僑経済年鑑では26万と推定され ている)。総人口の6%に過ぎないが,経済界における華僑の勢力は大きい。首都ペノン ペンの商店7割までが華僑経営で,貿易商,精米,繊維商からホテル,食堂,映画館のサ ービス業まで深く入り込んでおり,それこそカンボジア人は官吏,農民または労働者であ

るといっても過言ではなかろう。ラオス政府の華僑対策も穏健で,華僑はとくに政治活動 をしない限り保護される態度をとっているために,華僑は愈々独自の経済力を発揮してい

る(カンボジアの華僑は,潮州人60%,広東人20%,福建人7%,客家海南人4%の比率である)。

 ところが最近ではカンボジア人の経済確立のために,農業協同組合運動を展開したり,

外国人職業制限令を公布しているが,華僑は自己の企業をカンボジア人名義に切り替えた

り,カンボジア人に帰化する手段をとっているので,これらの対策も実効性が少いといわ

(12)

れている。

 (c)ラオス この国では約34,000の華僑がいる(1966年の華僑経済年鑑では2万4千と推定す る)。とりわけ南ラオスに密集しており,この国でもカンボジアと同様に華僑が完全に商 権を掌握しているために近時政府当局は,その経済力の集中排除政策を打ち出している。

すなわち外国人は(法人を含む),税関吏,船舶代理業者,私立探偵,移民官,ホテルの所 有者(たゴし5年以上ラオスに居住している者を除く),武器弾薬取扱商,私設無電機またはそ の部分品の製造業または販売業,印刷業には就業することを許さない。

 ㈲ タイ 今日のタイは,外部的には急進的な国づくりを進めている中共の圧力と,内 部的には自国の体内に根深く定着している華僑の経済的な圧力を受けながら,その独立を 維持するために,あらゆる努力を払っているのである。この国に在住する華僑の数は,推 定者によって若干相違するが,約350万と算:定されている(1966年の華僑経済年鑑では370万と 推定)。この国の華僑は主として商工業,金融業の方面で確保たる地盤を形成しているの であり,タイ国経済を左右する鍵を握っているといわれている。とりわけこの国の基幹産 業であり且つまた最大の輸出品である米の仲買,運送,精米などは,すべて華僑の独占下 にある。そこでタイ国政府は・「タイ経済をタイ人に」というタイ民族主義の塞頭につれ て,タイ人の商業方面における活躍を期待するために,華僑抑圧の積極消極の対策を打ち 出したのである。いま参考まで在住華僑の

出身をみてみると潮州人が圧倒的に多いの である。これはTaksIn国王自身が潮州人 であったからである(当時の野州人はR・yal

Chineseといわれる程で,トンブリー王朝よりラ

マニ世までが・ミンコター華商と財務官吏の大半が

潮州人であったことが指摘されている。ウイリ

?Eスキンナー、「タイ国における華僑社会」

翻訳シリーズ8集M頁以下参照)。・では,か かる三州華僑王国に対してタイ国政府は,

どのような態度で臨んできたか,いまこれ を4期に分けて段階的に捉えてみよう。

〔第1期〕 初期の同化政策の段階 との衝突に始まるといわれているが,

輪出身別比率隊業別紙率

直 州 系 広 東 白 魔 南 系

客家系

福 建 系 そ の 他

60%

20%

15%

5%

4%

1%

商  職 工  業 農…漁業

その他  計

 (推定に

 70%

  15%

  10%

  5%

 100%

よる)

100%i

(アジア政治経済年鑑,535頁)

       この国の華僑対策は,タイ民族主義と華僑民族主義

      まずその具体的な措置としては,1913年に出生地主

義の国籍法を定めてタイ華僑のタイ綿々を企図したのである。また1927年には華僑の入国

を制限するために移民法を制定している(身分証明書発給手数料として7・ミーツをかする)。そ

のほかに教育面における制約策として,1919年に私立学校法を改め,タイ語教授の強制あ

るいは教師の資格を厳格化することによって,華僑民族主義の抑圧を図ったのである。こ

の時期は「弾圧」というよりも寧ろ「同化」に力を注いでいる点に著しい特徴が看られる。

(13)

〔第2期〕 弾圧政策の段階 この時期はタイ国において国粋主義運動の最頂期である。

すなわちピブーン内閣の登場とともに民族資本の保護育成のために,華僑の経済生活に弾 圧を加え,華僑排除の色彩を強く打ち出した点に特色がある。茸ず第一に一定の職業から 外国人の締め出しを命ずる「タイ人職業留保令」(1939年の燕巣の華僑売買特権の排除に始まる)

を制定している。なお,これに関連して「外国人居住地制限令」を定め,華僑の農村進出 の阻止を図ったのである。そのほかに国営,国策会社の設立(タイ米穀会社による精米業の独 占),あるいは移民法の改正(手数料の引上げ,資格の言語的制限)による等華僑弾圧の積極 化をみたのである。しかし,かかる努力にもかかわらず,華僑排除の実効性をあげること はできなかったのである。蓋し華僑は国籍の変更によって,あるいは政府高官を自己の会 社の重役に就任させることによって,自衛策をとったからである(「申国政治経済綜覧」)。

〔第3期〕 緩和政策の段階 太平洋戦争の終結後,国民政府のアジアにおける発言力の 増大につれて,華僑に対する政策も自然友好的なものに変転したのである。すなわちタイ,

華友好条約の締結(1946年6月),ついで外国人職業制限令も廃止されたり,制限されてい た移民の解放となるq946年には移民数8万6千人となる)。従ってこの段階はいわゆる華僑 の放任をもって,その特徴とする。

 o  o

〔第4期〕 融合同化政策の段階 醜業政権の勢力上昇につれて, ピブーン政権の華僑に 対する不安と恐怖の時代が始まる。そこでタイ国政府は,一方では華僑の政治活動を徹底

的に禁止制限する。1952年の「非タイ活動禁止法」(Un−Thai Activities Act)がその

典型であろう(共産系新聞・学校等の閉鎖もみられる。1947年に「在留外国人政治活動禁止令」もある)

他方では出生地主義を基本とする国籍法の制定q956年),あるいは僑生にも参政権を認め たり,帰化に対する緩和措置を通して華僑との妥協融合に努力している。「産業奨励法」

なり「産業投資奨励法」は・その経済鮒な具体策の一環として理解することもできよう。

 以上概略ながら,タイ国政府の華僑対策を論じてきたが,今日のタイ華僑は,タイ社命 の中に埋没する方向へ進んでいるといわれる。つまり華僑社会の異質性は次第に消滅しつ つある(職業分化の不明瞭性・中国移民の流入抑止・同郷会館の機能喪失)。従って,これからの タイ国は,それこそ土着社会と華僑社会との融合による第3民族による社会として捉える ことが最も適切であるといえよう。

 (E)インドネシヤ 現在インドネシヤの華僑人口は約250万であるといわれる (1966年の 華僑経済年鑑では255万と推定)。華僑の中でも福建人が多く,総人口に対する約3%の比率 を占めている。戦後の華僑対策は.インドネシヤが,その最たるものと称される程に可成り 徹底したものがみられる。まず1959年には「外国人小売商資産接収条例」を制定している。

・この条例は一定区域(1級・2級自治区および州の首府)以外で営業する外国人小売商店はお

そくとも1960年1月1日までに閉店すること,外国人商店主はその資金をインドネシや当

局の接収した企業に投下しなければならないとしたのである。そのほかに流通部門からの

華僑の締め出し策として,1953年精米, トラック運送,倉庫業の禁止(華僑の申心が仲介的

(14)

商業であったからである),あるいは国営企業として中央貿易公社(政府直接経営)の設立,

インドネシや民族産業連合会とも称するウシンド(USIN;DO)がある。この国の華僑排斥 は,軍当局が中核体と尽っている点に特色があり,それだけに相当強硬的な政策が打ち出 されているのである。

 (F)ヴェトナム この国の華僑人口は1950年現在で約72万を数え(1966年の華僑経済年鑑で は111万人と推定),産業界の多方面に活躍している。ことに,この国の商業上みのがすこと のできないのは,輸出入貿易,国内商取引ともに華僑の手に掌握されていて(仲介的商業は その8割を華僑が独占する),ヴェトナム人のしめる割合は,わずかに10%乃至15%に過ぎな いのである。そこで南ヴェトナム政府も,ほかのアジア新興諸国と同様に,自国資本擁護 のために可成り積極的な華僑対策を推進している。すなわち1956年の9月には,外国人に

対して一定の職業((1)魚商(2)小花物商・食料品商(3)石炭・薪炭商(4)石油製品商(5)古物商(6)織 物商(7)スクラップ商(8)脱穀商(9)魚商⑩運輸商⑳仲介商)への就業を禁止する大統領令を 公布している。その内容は,ほゴ「タイ人職業留保令」と異るものではない。これらの職 業に現在従事している者は,(1)より(7)までは6ケ月以内に,(8)から⑪までは1ケ年内に転 職することを命ぜられ,5乃至500万ピアストルの罰金のほかに,国外追放その他の行政

処分をかせられることになっている (尤も現地の国籍を取得すると本法の適用は排除される)。

なおこの職業制限令とは別に,同年の4月「外国人の不動産所有を制限する大統領令」が 公布されていることも付記しなければならない。これらは経済面の圧追からヴェトナム国 籍の取得を強制しているものに外ならない。そのほかに華僑の同化政策を強行するものと して,1956年の国籍法の制定や,ヴェトナム語の強制あるいは華僑の幕別団体の解散等実 に著しいものがある。

 ⑥ フィリピン ここでは戦前戦後を通じて華僑の正確な数を把握することは困難で,

戦前の1936年には「在比華僑10万」といわれ,戦後の1950年には約18万と推定されている

(1967年の国府統計では25万と推定)。しかし数のうえでは全人口に対する約1%にすぎない が,華僑のフィリピンにおける商業上の重要性は著しく大で,タイ国と同様に華僑資本が 圧倒的な勢力をもっている (フィリピンの経済は椰子・マニラ麻・論述・煙草・米の5大生産によ って左右される。華僑の経済力の中心は仲介的商業である)。そこで戦後のフィリピン政府は,

ナショナリズムの高揚を背景に,華僑の経済的活動を制限して,フィリピン人の商業活動

を助長する方針をとりつつある。尤もフィリピンの華僑は,思想的に国府系の華僑が圧倒

的に多く,また台湾に近い地理的条件,さらには国籍問題では出生地主義国籍法を採用し

ていないために,タイ国にみられるような思想的,政治的政策は殆んど看守されない。も

っぱら経済的分野における華僑対策が最も著しい。そこで1948年には共和国法律第73号を

もって,マニラの公設市場から華僑をしめ出す措置をとってきたことのほかに,1950年の

輸串入統制法なり・1952年の外国人労務者の雇傭制限法案(不成立)などは,いずれも華僑

の排除を目的とするものであった9しかレ・ζζでジとくに注目されるζζはP小夷業の

(15)

面に華僑の力が強いことである。1952年の調査では,商店隠約14万のうち,フィリピン人 の経営する商店は,87%を占めているが,販売額では10%内外の華僑とほゴ同額であると いわれ,年玉売上の約半分が華僑の手に掌握されている。ことにフィリピンの華僑は,卸 売の段階で,いわゆる中聞取扱商として,可成りの実権を保持しているから,政府当局は,

この勢力を産業部門から排除するために,1954年の5月に産業国民化の一つとして「小売 業国民化法」 (The Retail Trade Nationalzation Law),より正確には「小売業調整 法」 (H.B。 No。2523。 An Act to Regulate the Retail Business)を制定し,商業 のフィリピン化をすすめている。この法律はつぎのような諸点を骨子としている。

 (1)フィリピン人でない者またはその資本の全部がフィリピン人によって所有されてい   ない会社,組合は直接間接に小売業に従事することができない。

 (2)但し上記の者で,1954年5月現在に事実上小売業に従事している者は,個人営業の   場合はその者の死亡または廃業まで,会社,,組合の場合は,10年間(本法発効後10年   間)もしくはその団体の存続期間満了(但し10年間をこえることができない)まで小売業   に従事できる。

 (3)本法は米比通商協定によってあたえられた権利を侵害しない。

 (4)上記(1)の者は,国民化法その他商業貿易関係の諸法令に違反した場合その営業許可   を取消される。またその新規営業,支店開設は認められない。また毎年その名称,住   所,国籍,小売業の内容,資産状態,役員名その他必要事項を商工省(商工大臣宛)に   登録することを要する。

 (5)本法に違反する者は,3年以上5年までの禁鋼刑および3,000ペソから5,000ペソ   の罰金をかされ,違反者が外国人の場合には刑期終了後国外に追放される。

そのほかに,この国でめをひくのは,産業国民化運動の一一環として,小売業を華僑その他 の外国資本から守るために,1955年法律1345号でナマルコ(NAMARCO一:National Ma rk eting Corporation)を設立したことであろう。これはいわばブイリピン国内の主要商 品の輸入販売をおこなう公社とも称されるもので,とくに小売商の不正競争,投機の予防,

       O  o

国内生産品の奨励,必需品の価格安定と小売業の正常な発達を主な目的とするものであり,

フィリ.ピン人小売商の商品銀行ともいわれている。しかし,フィリピンの国民化法運動は,

これだけに止まるものではなく,さらに銀行,漁業,貿易等の多方面にも具体化されてい る。先ず1948年の「銀行管理法」(共和国法337号・An Act Regulating Banks and Banking Instituti・ns)によれば,国内銀行はその資本の60%以上および重役会のメンバーの3分の

2以上を,ブイリピン人が占めるのでなければ業務を運営できないことを明示する(なお国

内銀行は共和国法265号「申央銀行設置法」による中央銀行の監督検査もうけるのである)。またフ

ィリピン国内法によって設立された銀行でなければ預金業務が認められない(当時預金業務

を取り扱っていた外国銀行支店は,その預金をフィリピン以外に投資しないという条件で預金業務が許

可されている。銀行管理法11条・12条・13条参照)。そのほかに附記すべきものにフィリピン漁

(16)

業法 (溌モンウェルス法471号,共和国法462号・659号に

より改正)によると,フィリピン領海の漁業をブイ リピン人,アメリカ人またはフィリピン人もし,くは ア〆リカ法人にして,その資本のすくなくとも61%

が,ブイリピン人またはアメリカ人に属するか,あ るいは当該国の法令によって,フィリピン人に同様 の権利をあたえる国民にのみ許可する方針である。

ところで今日のブイリピンの排華政策はインドネシ ヤのように急進的なものではなく,穏健的,漸進的 態度で臨んでいるが,・しかし華僑の経済力を排除し た後のギャップを如何なる方法で再編成するかに不 可避的な悩みが残されているといわれている。

 (註) 本節の研究については「中国政治経済綜覧」

    (アジア政経学会,「アジア政治経済年鑑「(

   1956・国際日本協会)を参照する。

2華僑の国籍問題

 今日,最も論議の対象となっているのは,華僑の 2重国籍の問題であろう。およそ国籍(nationality)

と称する¢)は,1価人が特定の国家に所属する関係 を表示するものである。ところでこの国籍を取得す るには,出生による取得(生来の国籍)の場合と,

る取得(伝来の国籍)の場合とがある。

ことを注意すべきであろう。

      0  0  0  ● 如何にかかわらず,

のである。この主義は従来,

今日ではドイツ,二一ストリー,ハンガリー,

血統主義を原則とし生地主義を補助するものとして,

諸国がある)。2つは出生地主義(Jus Soli)

      ●  ●  0  0  0

って,出生地の関係を重視し,

きものとするものである。

1国 名1(糠騨計

ホ ン コ ン

ブイ リ ピン

ベ  ト ナ ム

カンボヂア

ラ  オ

ビ  ル

マラや連邦

シンガポール

インドネシア

サ ラ ワ ク

北ボノしネオ

2,889,810

(2,600,000)

 145,750

 (250,00Q)

 427,235

(1,000,000)

 2i7,928

 (217,928)

 34,730

 (34,730)

 329,440

(3,690,000)

 193,594

 (360,000)

2,4・15,378

(2,326,498)

1,213,600

(1,080,000)

1,233,000

(2,000,000)

 214,745

 (180,051)

 104,855  (85,365)

 9,420,065 q3,824,572)

「中国政治経済綜覧」1,028頁引用

       出生以後の事実たどえば婚姻帰化等によ       また国籍決定の標準には2っの対立する主義がある        1つは血統主義(Jus Sanguinis> ◎ これは子の出生地の          専ら親子問の血統関係を重視し,父母の国籍を取得すべきものとする        家族制度民族主義を基礎とする古代社会に採用されたもので,

      ルーマニヤ等の諸国がこれに属する(尤も        日本を始め,フランス・イタリ門・ベルギF等の        と称するものである。これは国籍決定にあた       子は父母の国籍の如何を問わず,出生:地の国籍を取得すべ        この主戦は欧州において中世封建制度の発達とともに厳格な属 地主義がおこなわれた段階に,端を発するものであり,今日では南米諸国がこの主義を採

用する(尤も生地主義を原則とし,皿統主義を補助するものとして,イギリス・アメリカ・オランダ

等の諸国がφる)ρζこうで中国では血緯主義を原則とするものであるが・ζのような国籍

(17)

法の制定に至るまでには,可成りの歴史的変遷過程をえてきたことを注目すべきであろう。

すなわち1909年までは中国には国籍法がなく,華僑は無国者であったが,1909年の清朝末 期に血統主義による国籍法を制定したのである。この国籍法が制定されたのは蘭領東印度 におけるi華僑国籍問題に端を発する。すなわちオランダは,出生地主義(Jus Soli)にも とづき蘭国東印度で出生した華僑は,同地に現住するとあるいは中国にあるとを問わず,

これをオランダ国民と看徹すことを主張したのである。これに対して中国側は,積極的に 国外に在住する華僑の子女は血統主義(Jus Sanguinis)により中国国民であると主張し たのである。しかし中国では当時国籍法が存在しないという不利益があったために,急拠 1909年に上述の国籍法を発布したのである。これは今日でも引継がれているが,これに対       (註)

して東南アジア諸国では,戦前の植民地時代にヨーロッパ諸国がとった出生地主義を独立 後も承継している。そこで現地出生の華僑つまり2世以下(塾生)は,血統主義をとれば 中国i籍であるが,出生地主義をとれば出生地国籍であるという2重国籍の問題が生じ,華 僑は2つの顔をもち,風向き次第では中国人となったり,現地人になったりしている(詳細 は岡本隆三嘩僑王国」参照)。現地政府にとっては複雑きわまりない存在となっている。現 地政府の華僑圧迫が強まるにつれて,出生地の国籍をとるものがふえ,次第に現地化の傾 向を帯びてきている。

 (註) 社会主義国における出生による国籍取得に関しては,比較的純粋な血統主義をとっている旧

   ソ聯国籍法q931年4月制定)によると「出生のとき,父母または父母のうちいずれかがソ連

   邦の人民であった場合,その子は出生によりソ聯邦の人民と認められる」 (同法7条)と規定    する(「中国政治経済綜覧」239頁)。 また現在の中華民国国籍法 (民国18年=1929年)は,

   第1章固有国籍,第2章国籍之取得,第3章国籍之喪失,第4章国籍の回復,第5章附則から

   構成されている。

 ところで今日の中華人民共和国の海外華僑に対する国籍問題は,目下の懸案事項となっ ているといわれている。従って政府は,過去数年自国を承認する国家との間に,2重国籍 廃除に関する交渉をおこなうように努力を試みており,:最近では2重国籍除去のためにイ

ンドネシや共和国と中華人民共和国との間に,2重国籍問題処理条約の締結についての交 渉がおこなわれ,1960年には「中華人民共和国とインドネシや共和国の間の2重国籍問題

に関する条約」(1955.4.22署名)が発効をみている。この条約の骨子は.華僑の自由意志に

      ●  ●  ●  0

もとつく国籍の選択を原則とするものである。すなわち同条約によると,(1)2重国籍の所

有者(中国人あるいはインドネシア人)は,本人の自由意志によって,いずれか一方の国籍を

選択すること(1条)。(2)未成年者の場合つまり満18才以上および18才以下の既婚者は2

年以内に一方の国籍を選ぶこと(2条)。(3)2年以内に選択をしないときは,父親の国籍

を本人の国籍とみなし,父親の国籍不明の場合は,母の国籍を本人の国籍とみなすこと(5

条)。(4)インドネシや国籍を得て,中国国籍を放棄した後,インドネシや領土を離れて国

外に定住レた場合は・本人の自由意志によって・インドネシや国籍を放棄して,中国国籍

参照

関連したドキュメント

「総合健康相談」 対象者の心身の健康に関する一般的事項について、総合的な指導・助言を行うことを主たる目的 とする相談をいう。

c加振振動数を変化させた実験 地震動の振動数の変化が,ろ過水濁度上昇に与え る影響を明らかにするため,入力加速度 150gal,継 続時間

地方創生を成し遂げるため,人口,経済,地域社会 の課題に一体的に取り組むこと,また,そのために

 彼の語る所によると,この商会に入社する時,経歴

優越的地位の濫用は︑契約の不完備性に関する問題であり︑契約の不完備性が情報の不完全性によると考えれば︑

東北支部 華北支部 華東支部 華南支部.

東京は、大量のエネルギーを消費する世界有数の大都市であり、カナダ一国に匹