WISC(日本版)による
精神薄弱児の知能構造の研究―Ⅰ
松岡重博・水田善次郎
知能の定義は学者によってまちまちであるが,Wechsler, D.(1)は「知能は個人が目的的に 行動し,合理的に思考し,かつ効果的に環境を処理し得る綜合的または総体的能力である。」
と定義している。
ところで,精神薄弱児(以下「精薄児」と云う。)とは精神発育が恒久的に遅滞しているた めに,知能が劣っている状態をさしているが,精薄児の知能の特性を見出すためには,知能の 構造を知る必要がある。知能の構造については二つに大別することができる。その一つは Binet, Aらによる,知能を生体のまとまったはたらきとしてとらえようとする全体的知能観 の立場である。その二つはSpeaman, C.やThurstone,:L.:L.らによる,知能をいくつか の質的にちがっている因子からできていると考える因子的知能観の立場である。
近年,もっとも実用的で妥当性の高いと思われるWISC(Wechsler Intelligence Scale for Children)を用いて,精薄児の知能構造をとらえようとする動きが多くみられる。
Sloan, W.&Schneider, B.(ユ951)(2), Vanderhost, L, Sloan, W.&Bensberg, G。
」。(1953)(3),Stacey, C. L&Carleton, F.0.(1955)(4),品川不二郎氏(1960)(5)らは精
薄児にWISCを実施して,言語性IQと動作性IQを比較し,いずれも精薄児の動作性IQが言 語性IQに比べ優位であることを報告している。このことに関して,品川不二郎氏は人格理論 を知能論にとり入れ,personaityの知能要因を抽象的知能と具体的生活的能力を主とする動 作面の知能とに分け,知能の劣っている精薄児は生活経験などによって,動作面の知能がより 高められるので動作性知能が言語性知能に比し優位であると説明している。
また,Baumeister, A. A.&Bartlett, C. J.(1962)(6)らは知的遅滞児が彼等特有の知能 構造を有しているかどうかを測定するために,正常児と知的遅滞児を対象にWISCを実施し た。そして,正常児群と知的遅滞児群のそれぞれにおいて,WISCの10個のsubtests(三唱 問題と迷路問題を除←)の得点の内部相関を求め,Multiple Group Methodを用いて因子 分析を行い,Orthogonality and Hierarchica1法によって廻転した。その結果は知的遅滞 児群と正常児群との問に因子構造のちがいを見出したと報告している。
そこで,本研究においては精薄児にWISC(日本版)(7)を実施し, Centroid Method(8)に よって因子分析を行い,本研究と同じ方法で,川崎一町(1956)(9),(1957)α①,(1958)!1Dが正常 児の知能の機能的分析を行っている結果と比較し,精薄児の知能構造を明らかにすることを目
的とした。
一28一
方 法 A)被験者
被験者は精薄児収容施設である長崎県立某学園々児及び長崎市内の特殊学級児童から選ばれ た。生活年令は8才9ケ,月からユ5才11ヶ月にわたり(平均12才2ケ,月),知能指数(IQ)は WISCの言語性IQまたは動作性IQのいずれかにおいて50以上を示すもので,且つ全検査IQに おいて80以下のもの50名であった。なお,言語性IQ,動作性三Q,全検査IQのそれぞれの平均 は57,64,55であった。
B) 調査並びに因子分析
上述の被験者全員に対して,WISCの10個のsubtests(一般的知識,一般的理解,算数問 題,類似問題,単語問題,絵画完成,絵画配列,積木模様,組合せ問題,符号問題であり,数 回問題,迷路問題が除かれている。)を実施した。次いで各subtests間の内部相関を求あ,
その相関行列をCentroid Methodによって因子分析を行い, Oblique Axes法(12)によって 廻転した。因子分析は
φ塾』lf…1』1ΣJ…【+Σh2「esidが S ΣIfsI
ΣiΣJs l十Σh2reest n−1
9
Tu・ke「 ・phi笥Tr 1「0・818をove「するまで行われた・そして・第1表か
ら第3表までは手続の過程の一部である。
Table 1. Correlation matrix Test
1.1.知 識 2.理 解 3.算 数 4.類 似 5.単 語 6.完 成 7.配 列
8.積木
9.組合せ
10.符号
(.476)
2.
Σノ1 一.024
.431
。476
.476(.476)
1
.474 .183
・3661・251 .444 ・355
・066 P・118
.138 .032
i
.045、 .042
1 一.147
2.416
.177
1.487
3. 4. 5.
I l :欝:::ll:鴛
1
(.577) .282 .241
1
.282(.361) .347
1 1
.241 .347(.444)
1
.1931 、
・564 m258ト・49
.1391
.110 .115 1 1
一.110,.017 一・250
1 1
・577卜2171・096
6.}7.
.066L138 3118 .032 1
:1:II:鑑
一.021 一.149
1
.121、一.021(●503)
.622
1 1
.262、(.564)
.427 .374 1
.3691 ・165
8. 9.
.503 .468
【
二二:膨
・139 u・110
.115 ●017 .110一●250
1
.427 ●369 .374 .165
(.427) .424
.424(.424)
1 .287、一.ユ07
i
10. ΣJ1 No.of Negatives
t/1 a/1
1Σ∫11 2.892
.596
2.464
2.543
1.963 3.120
●405 .643
1.974 1.173
2・340 1.617
.482 .333
.431 .177 .577 .217 .096 .503 .468 .287 一.107
1(・577)2.416 1.487 2。543 1.974 1.173 2.038 2.112 1.9631
。337 2.649 2。038 2.112 1.963 .337 2。649 118.692
(ΣΣノ1)
1 1 1 0 3 1 1 0 5 1
1.781 2.763
2.541
.524
1。974 2.01312.080 2.676
.552
2.410 2.390
.493
1.963
.761 3.226
.157 .665
1.613 2.863
14Total NegS.
23.526=T1〜/「π 一4.850361 1 》τ=0・20617 21.924一Σ1Σ∫■1
、縦一Σh・ree・・
φ告一縮一・・584
一29戯
Table 2。 Centroid Factor Matrix Table 3. Rotated Factor Loadings on the Oblique Simple Axes
Test
1.知 識 2.理 解
3.算数 4.類似
5.単 語 6.完 成 7.配 列
8.積木 9.組合 10.符号
Factor
1
日 目 Ivh2
:1:!
磯
:鰯
.5241
.552t
.493i
.157
.463
.393
.111
.251
.561
一.467 一.306 一.468 1 一.485
・6651一・0981
1
.050[1 一.14Q
.486 一.086 一.298
一.100 一.219
.175
.187 .091 一.193L.3181 1
.364 一.303 一。317
.385
.291
。215
.096 一.315
.581
.384
.691
.336
.520
.630
.613
.599
。368
.698
Test
1.知 識
2.理解 3.算数 4.類似
5.単 語
6。完成
7.配 列
8.積木 9.組合 10.符号
Factor
1 H
皿w
.18
.38
一.37
.00
。27
.26
一.50 一.08 .00
∴01
.00 一.21
。45
。20 一.03 一.31 。53 。17 .00 .01
。00
.2Q
一.39
.00
。50
.54 一.25
.34 .36 .00
.00 一.20
.58
.01
一.36 .12 .66 .12 .00 .49
結果並びに考察
第4表は廻転後の各因子負荷量である。第4表からもわかるように4個の因子が抽出され
た。
第1因子は言語因子(:Linguistic)と推定される。すなわち, subtest(1)一般的知識,(2>
一般的理解,(5)単語問題に高い負荷量を示している。
第2因子は推理因子(Reasoning)と考えられる。すなわち, subtests(4)類似問題,(3)算 数問題,(7)絵画配列,(8)積木模様に注目すべき負荷量を示している。
第3因子は空間因子(Spatia1)と推定される。すなわち, subtests(9)組合せ問題,(6)絵 画完成,(8)積木模様に高い負荷量を示している。
第4因子はsubtests⑩符号問題,(3)算数問題,(7)絵画配列に高い負荷量を示している。
正常児と知能的遅滞児との間に因子構造の差を見出したBaumeister, A. A.&Bartlett, C.
J.⑬らの研究においては,正常児群に一般因子(General),言語因子(Verbal),動作因子
(Performance)の3個の因子を見出し知的遅滞児群にはそれら3個の因子の他に第4因子 を見出した。そしてこの第4因子はsubtestの符号問題,算数問題,絵画配列に高い負荷量 を示している。これらのsubtestsは被験者が先の刺戟をそのtestが終っても保持している 時,適確になしとげられるsubtestであり,刺戟痕跡の多少及び保持の長短と密接な関係が あると考えられる。そこで知的遅滞児群のこれらのsubtestsに対する結果はEllis, N.(1のの 云う「知的遅滞児は短時間の場合も先の刺戟を保持する能力に損傷がある。」との仮説から説 明されるであろうとし,Baumeister, A. A.&Bartlett C.」.らは第4因子を痕跡因子
(Trace)と推定した。ところで刺戟痕跡は知的欠陥者と同様正常者にも適用できる概念であ
るが,正常児の場合に痕跡因子が見出されなかったのは,WISCで測られるような短期間記
一30一
憶(short term memgry)においては正常児の場合,変化性(Variability)が少いので痕跡 因子は独立の因子ではあり得ないのであると云っている。Baumeister, A. A.&Bartlett,
C.J.らの第4因子すなわち,痕跡因子は我々の第4因子と全く同一のものと考えられる。だ から,我々はこの第4因子を記憶痕跡因子(Memoly Trace)と推定する。
そこで,精薄児における知能諸因子の機能関係をDiamond, S,(1947)15)や川崎宏氏になら って図式で示せば第5表の通りである。
Table 5. Feeblemind(松岡・水田)
1醗的反応障 畑道 緒
言 語 的
記憶痕跡十
寸 間 的
(1)一般的知識 (5)単語問題
⑳ 符号問題
(6)絵画完成
(3)算数問題
(8)積木模様
(4)類似問題
(2)一般的理解
(7)絵画配列
(9)組合せ問題
精薄児の知能構造を正常児のそれと比較するために,川崎二丁が㈲本研究と同じ方法で分析 した結果を第6表,7表に示す。
Table 6. Primary(川崎)
[醗的反応障 副情 緒
言 語 的 書 記 的
1空間的
(D 一般的知識
(1◎符号問題
(6)絵画完成
(5)単語問題
(3)算数問題
(8)積木模様
(2)一般的理解
(4)類似問題
(7)絵画配列 (9)組合せ問郵 Table 7. Secondary(川崎)
1自発的反応擁 理睡 緒
言 語 的 書 記 的 空 間 的
(1)搬的購1(4)類似問題
(i①符号問題
(6)絵画完成
(3)算数問題
(8)積木模様
(2)一般的理解
(5)単語問題
(9)組合せ問題
(7)絵画配列
上の第5,6,7表を比較検討すれば,そのもっとも顕著な差異は,正常児においては書記 的因子(Clerical)が見出され,精薄児においては書記的因子のかわりに記憶痕跡因子が見出 されているという点である。そして,正常児の書記的因子に高い負荷量を示しているのは符号 問題,算数問題類似問題(中学生の場合は単語問題)であり,精薄児の記憶痕跡因子に高い 負荷量を示しているのは符号問題,算数問題,絵画配列である。そこで符号問題算数問題は 両群(正常児群と精薄児群)に共通の問題である。それにもかかわらずちがった因子に推定さ れている。
この差異を追究してゆくためには,「書記的」という概念の由来を明らかにする必要があ
る。WISCのsubtestにClericalという語を最:初に使用したのはDiamond, S(17)であろ
一31一
う。彼はWISCの符号問題,算数問題,二二問題を書記的なsubtestと仮定し,それを検証 するために,それらのsubtestsとMinnesota Clerical Testとの間の相関係数を求めた ところ,その結果が高い相関を示したのでWISCの符号問題,数唱問題を書記的なsubtests とした。次いで川崎宏氏は正常児のWISCの結果を因子分析し,小学生の場合符号間題算 数問題,類似問題に高い負荷量を示す第4因子を見出し,中学生の場合符号問題,算数問題,
単語問題に高い負荷量を示す第5因子を見出した。そして,subtestsの機能を考える時,
Diamond, S.の書記的なsubtestsとかなり一致するので,第4,第5因子を書記的因子と 推定したものである。 一方,精薄児にWISCを実施した結果からは,前述の如く記憶痕跡 因子が推定された。
正常児島において書記的因子が推定され,精薄児群には記憶痕跡因子が推定されたことに関 しては,我々はBaumeister, A. A.&Bartlett, C. J.らも云っているように,符号問題,
算数問題は精薄児においては直接記憶あるいは短期間記憶(short term memory)による変 化性(Variability)が大きく,正常児においては, short term memoryなどにはVari−
abilityが少く,むしろ書記的なあるいは心身運動の速度などにVariabilityが大きいので はないかと考えられる。そこで,精薄児の場合は記憶痕跡因子と推定され,正常児の場合は書 記的因子と推定されるのではないかと思われる。それ故,WISCを用いて,精薄児と正常児 の知能構造を調べた場合に,両者の知能の因子構造に差を生ぜしめたのは精薄児が正常児に比
し,より刺戟痕跡が欠げているためであると考えられる。
総 括
精薄児を対象にWISCによる知的機能の分析を行い,正常児との間に知能構造において差 異があるかどうかを検討した。
被験者は生活年令において,8才9ケ月から15才11ヶ月にわたり(平均12才2ケ月),知能 指数において,言語性IQ,動作性IQのいずれかが50以上のもので,かつ晶晶:査IQにおいて80 以下のもの50名を選んだ。なお,言語性IQ,動作性IQ,全検査IQのそれぞれの平均は57,64,
55であった。全被験者に対してWISCの10個のsubtests(数唱問題.迷路問題を除く)を 実施し,subtests間の内部相関はCentroid Methodによって因子分析した。
因子分析の結果,言語因子,推理因子,空間因子,記憶痕跡因子の4個の因子を見出した。
これらの因子をDiamond, S.らのような図式に示し,川崎宏氏が本研究と同じ方法で正常児 の知的機能の分析を行っている結果と比較してみると,精薄児と正常児との間に次のような差 異が見出される。
すなわち,精薄児においては符号問題,算数問題絵画配列は同じ因子に属しており,それ
は記憶痕跡因子と推定される(Baumeister, A. A&Bartlett, C. J.の研究において知的
遅滞児群に見出されたTrace Factorと全く一致している)。これに対して,正常児におい
ては符号問題,算数問題,類似問題(中学生の場合は単語問題)は同じ因子に属しており,そ
の因子は書記的因子と推定された。符号問題算数問題は両群に共通の問題でありながら,精
一32一
薄児と正常児とでちがった因子が推定されると云うことは,符号問題,算数問題において,精 薄児は直接記憶あるいは短期間記憶(short term memory)による変化性(Variability)
が大きく,正常児はshort term memoryなどには変化性がなく,むしろ書記的なあるいは 心身運動の速度などに変化性が大きいのではないかと考えられる。そこで精薄児の場合は記憶 痕跡因子と推定され,正常児の場合は書記的因子と推定されるのではないかと思われる。それ 故,WISCを用いて精薄児と正常児の知能構造を調べた場合に,両者の知能の因子構造に差 を生ぜしめたのは,精薄児は正常児に比し,刺戟痕跡が欠けているためであると考えられる。
以上精薄児の知能構造を因子分析によってとらえようとしたが,研究の緒についたばかり で,資料不足のたあ十分断定的な結果を得ることが出来なかった。しかし,知能構造の研究に おいて記憶痕跡因子に触れ得たことは知能研究の一つの方向を示唆するものとして興味深い。
この因子を確立せしめるために,今後記憶実験などによって更に吟味を加えて行くつもりであ
る。