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人格の層学説についての文献的研究(下) 水 田 善次郎

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(1)

人格の層学説についての文献的研究(下)

水 田 善次郎

A Study of Literature on the Stratum Theory

 of Parsinality Zenjiro MIZUTA

3.哲学における成層観

 Ey, H.がNeo−Jacksonismeを提唱した際,彼自身, 精神と身体 という古くから の問題にHartmann, N.(!888〜1950)の見解をとり入れていると述べ,「精神性と身体 性(気質性)は二つの異質な実体である。むしろ異なる水準面の二つの構造である」とい

う。心的過程と歴史的に把握したFreud, S.や,人格の病理を意識の退行であるとした Janet, P.は精神生活に階層的序列が存在することを指摘した。また,進化論に端を発し,

発生的脳研究に支えられた精神医学の多くは,精神性は身体性のアナローダ(相似体)で あると考えた。そして,精神と身体とを層構造的に捉えることにより,全体的人間を把握 しようとしたのである。Ey, H.もやはり精神性と身体性を彼の問題点では,「精神病と 神経病」とを明確に区別するために 層概念 を導入した。ここでは,今まで多く用い

られてきた というものについて,本来の哲学の分野からHartmann, N.の 層理 について述べる。

 1)Hartmann, N.の層理論

 Hartmann, N.はマールブルグ派とも呼ばれる新カント主義から出発し,フッサール 現象学の影響を受けて,独自の批判的存在論を展開した。かれは「精神的存在の問題」

(1933年)を著し,その中で層構造についての範疇論を述べている。以下の要約は,中田 が紹介したものである。現実認識に関するHartmann, N.の根本命題の一つは,段階的 な成層が現実の全ての事実に共通するものであるということ。もう一つは,その成層の法 則性(範疇論)である。Hartmann, N.によれば,実存界の階層と諸事象の段階の対応 は図3−1のようにあらわされる。

実存界の   段階

精神 生命 物質

人間 高等動物

有機体

@ 物

諸形象の   段階

存在の各層間の関係……独立,依存,強さ,自由の四法則 図3−1 実存界の階層と諸事象の段階の対応

(2)

94 長崎大学教育学部教育科学研究報告 第49号

 有機的な生が物質的なものから区別されるのは自明のことであるが,有機的な生は物質 的なものから独立に存在してはいない。物質的なものの法則は有機体の中に深くのびてい る。けれども, 緕メはそれ以上に前者にみられない独自の法則性を持っている。このよう な独自の法則性は,それより低い一般的物質にみられる法則性の上に築かれているのであ

る。

 これと同じような関係は,心的存在(Seelische Sein)と有機的な生の間にも見られる。

有機体によって担われていない心的なものは存在しない。つまり心的存在は,その独自な 法則を持ちながら有機的な生の存在という前提なしに存在しないといえる。

 また,精神的存在(Geistiges Sein)の領域も心的存在及びその法則性の領域に吸収さ れるべきではない。これは精神の生として,より高い種類の存在層を形成している。しか

しそれは,宙に浮いているのではなく,心の生が有機的な生,さらに物質的なものによっ て担われているように,心の生によって担われている。

 存在の各層の問の関係をまとめると以下の三点になる。

 (1)各層は,それぞれ独自の法則ないし範疇を有している。一つの層の特性は他の層か   ら一それより高い層からも低い層からも一理解されない。〈独立の法則〉

 (2)層構造においては,上層は下層を土台として築かれ,上層は下層に依存している。

  〈依存の法則〉,それ四強さの点では下層は上層より強い。〈強さの法則〉

 (3)上層は下層に依存しつつも自律性を持ち自由である。すなわち,下層は上層の不可   欠条件であるに過ぎない。情報につけ加わった新しい要因は下層から生じたものでは   なく,これは上層が下層に対してもつ独立性ないし自由である。〈自由の法則〉

 2)Rothacker, E.の層学説

 Rothacker, E.(1888一?)はHartmann, N.とは別に「人格の層」の中で包括的な層 学説を展開している。彼はデルタイの流れをくむ哲学者である が,生物学,発達心理学の 知見から,・人格の層について述べている。これは本来,性格学において紹介すべきかもし れないが,彼はむしろ哲学者の立場から層構造を取り上げていると思われるので,この節 で取り上げる。

解剖学,・生理学の研究から,脳神経系の構造と「身体一心一精神」統一体の構造との類 似性が明らかにされてきている。生まれてきたばかりの乳児は,精神的生活をもたず,単に 反射的に行動するだけである。この反射は脊髄及び脳幹で形成されるが,成長にともなって 大脳皮質の発達がこれを抑制することになる。人間の心的生活も;最初は単なる感覚と情動 によって支配されるが,その後,意志,

知能が発達し,より統制のとれた,いわ ゆる人間らしい行動が生まれる。脳幹に 対して大脳皮質が置き変わるのではなく,

古い中枢の上に新しい中枢が重なるよう に,人格の場合も古い層の上に新しい層 がつけ加わるのである。したがって,欲

動,情動,思考,意志などは同一平面上 図3−2

深部人格

Rothacker, E.による人格の層構

(3)

に並列しているのではなく,それぞれ異なる中枢,異なる人格層から出ているのである。

 Rothacker, E.は人格の層構造について,自我,人格層,深部人格層の三層に分けて いる(図3−2)。

 自我は層というよりもむしろ中枢のようなものであり,意識性を喚起するような働きを する。人格層は深部人格を覆うようなものでこれを統制するような働きをする。社会的な 経験,学習によって成立し,自我の働きがなくても,ある程度,深部人格をコントロール した行動がとれるようにする。深部人格は,個体維持,種族保存などの目的にかなった各 種の機能,本能,情動,欲動などが含まれ,その一番深いところには生気層がある。

 ※1)意識性とは,環境に対して能動的に働きかけるときに生じる個体の緊張の意識,

    覚醒である。Janet, P.の意識水準とほぼ同義と思われる。

 ※2)生気層はFreud, S.のid(イド)に相当するものと思われる。

 さらに彼は,正常な行動に異常がおこる時には,機能が低い段階に落ちるのではなく,

高次の機能が何らかの原因(疲労,中毒など)によって抑制もしくは解体し,そのために より低い機能が顕現すると考えた。これは,Jackson,からEy, H.にいたる退行の原理 と一致する。

4.性格学における層理論

 性格学として 層学説 を提唱している代表的な人物は,Hoffmann, H.・F,であろう。

彼は,Kant,0., Kretschmer, E.と共にドイツ,チュービンゲン大学のGaup門下生 であり,異常心理学の分野ではGaup=Kretschmer学派を形成し,フランスのサン=タ ンヌ学派のEy, H等と並んで大きな影響力をもっている。人格の層構造をとりあげた代 表的な学者として,Hoffmann, H. F.と彼ほどこの説を集大成しなかったが,心理学に 貢献の大きいKretschmer, E.またKretschmer, E.の考えを継承したBraun, E.人格 の層構造を双生児法を用いて実験したGottschaldt, K.,それに因子分析の技法を用いた Eysenck, H. J.やCatte11, R. B.をとりあげその学説について述べていくことにする。

 1)Hoffmann, H. F.の層学説

 Hoffmann, H. F.は1935年に「層学説」を著し,その中でKlages, L.の性格構造論 を論評している。Klages, L.の精神科学体系の根本概念である 身体一心一精神 の三 層は精神を自然から分離している点が誤っているという。なぜなら,精神は発達史的に最

も高等な層で・あり,性と自然の上に立脚するものであるからである。彼の層構造論は,

Hoffmann, H. F.の構想ときわめてよく類似している。すなわち,各々の層は独自の法 則性をもちながら,それぞれより低次の層の上に存在している。彼は自然界に物質,生物 の層があり,生物には 身体一心一精神 の三層が区別され,深い層には発達史的によ り古く,高い層はより新しく,深い層から高い層に移るにつれて新しい自然法則の生じる ことを指摘した。人格の構造については, 欲動一心一精神 の三層があると考えられ最 も深い層である 生気的欲動 は最も一般的・要素的・原始的な生の要求を充足するも のである。

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96 長崎大学教育学部教育科学研究報告 第49号

   自然界 物質の層 生物の層

精 神 身 体

人格の層

精神

欲動

 その要求は,個性的なものではなく,比較的無選択なものである。その次の層は,欲動 を破懐しないが,ある程度抑制し制御する 心 の層である。これは追求的感情の層と も呼ぶことができる。最も高い層は精神である。低次の層無しには存在しないが,それよ り比較的自由な層であり,意識的な意欲,合理的思考,自己支配などの層といえよう。

 2)Kretschmer, E.とBraun, E.の層構造  a.Kretschmer, Eの層構造

 同じ門下であったKretschmer. E.(1888−1960)は層学説自体については述べていな いが,その広範な研究の中で,形層的把握を基礎としている。彼の著書「体格と性格」は 身体的特徴とパーソナリティとの相関を科学的に証明したものである。

 ここで,Kretschmer, E.を取り上げるのは研究の骨子であるところの身体基盤に基づ く性格学一形層的把握によるパーソナリティへのアプローチーを述べるためである。今ま でパーソナリティを成層と見なす立場からの多くの学説を取り上げてきた。それらに共通 する大まかな点は,神経系統とくに大脳のヒエラルキーと精神分析学における力動的観点,

そして哲学の成層観であった。これらの三本の柱に層学説は支えられているのである。前 に述べたHaffmann, H. F.はこのような立場から層学説を集大成した一人としてあげ ることが出来ると思われる。Kretschmer, E.は,これと対象的に,臨床的立場から「体 質生理学」ともいえる独自な分析方法をもって心身相関現象を記述した。彼は「医学的心 理学」の序において「われわれの叙述にとっては 臨床的 な信条も 分析学的 教養

も無縁であって,経験的認識のみが問題である。……」と述べている。この言葉は,彼の 研究すべてに一貫する基本的態度といってよい。

 Kretschmer, E.はクレペリンによって取り出された二大精神病圏,すなわちそう欝病 と精神分裂病の患者の心理学的側面で捉えられた形態と,それぞれの身体型とが深い相関 をもつことに注目した。この特徴ある身体型一肥満型,細長型一が精神病学的類型に対応 するばかりでなく,正常心理学的気質型に対してもより広く関係があると考えた。つまり

「われわれは一定の人格型と一定の精神病患者の精神病的形態としてではなく,むしろ逆 に一定の精神病と所定の通常な人格型のカリカチュアとして捉えるのである。だから,精 神病患者は健全者の広い大きな体質群の希有なる突端である。」(体格と性格)と考えたの である。以上のように,異常と正常とを量的差異として考える根底には,人間は生物学的 一般のもとに置かれているという彼の思想的立場がある。心身の問題に関する彼の考え方 は,上述のように心理的過程は全体身体に対応するというものであるが,これが彼の学問

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体系の基礎にあるものである。彼は心との相関を大脳に局限せず,もっと広く脳幹領域に 求め,生理学的相関を内分泌に求めている。内分泌の一部は直接に,一部は間接に気質,

すなわち人格情動性の方面に関係するのである6彼は「医学的心理学(2)」において

「 気質 という言葉の中には,昔から情動性と共に体液1生一神経性機能がその基礎を構 成しているという考えが一緒に含まれている。このことからさらにまた,体格と気質との 関係,すなわち身体的人格と心理的人格の関係という問題が生じる。」と述べている。つ まり彼は,体質という生得的なものが気質に影響を与え,その気質が性格の基盤をなすと いう。正木正の用語によれば,「体質生物学」的立場をとっているといえる。以上のこと から,Kretschmer, E.の心理学の立場は全体論的であり,人間の全体身体を心理の代表 者と見なしているのである。したがって,彼の研究方法は,当然,形層的見地,発達的考 察をとるのである。

 さて,Kretschmer, E.が精神の形層をいかに考えているかについて「医学的心理学」

及び正木正の「クレッチマー」を参照しながら考察してみよう。

 Kretschmer, E,はヒステリー,精神分裂病患者の行動様式,思考過程が発達史的に発 見されている原始民族心理構造,また種族発生的にみられる原初の行動様式にきわめて類 似していることに注目した。彼は成人した文化人の精神生活において,最上層の分化層の もとに初期の発達段階の沈津を見いだすことが出来ると考え,その原始段階の基本機制を 下層識覚機制と下層意志機制とした。

精神の形層について

賜階の基本機制

         中枢神経系の心理学的構造 脳皮質を持つ全体 反射中枢

脊髄反射 非神経性反射

異常精神現象を原始機制から捉えている

 下層土覚機制とは,原始段階における受容過程であり,たとえば非文章的形象系列と呼 ばれるものがある。これは夢などに典型的に見いだされるものだが,原始民族の言語形態 の中にすでにあるものである。すなわち原始人の思考は,抽象的範疇にほとんど組織づけ られず,感覚的知覚がそのまま記憶の内に保存され,長い絵巻物のようにくりひろげられ る。直感的個々の形象が全く場面を支配するが,これらの個々の形象の関係は,ほとんど 示されず,論理的統合が貧弱である。このような原始人の言語形態の沈津が我 々のうちに あることを彼は指摘し,「全ての精神的受容過程の最も原始的な出発段階として 非文章 的形象系列 を論理的に仮定することが出来る。」とした。この非文章的形象系列は夢の 他に,ヒステリー性もうろう状態や,精神分裂病患者の思考過程の中に見いだされる。

 表現過程の側面における種族発生的原始段階の機制が,下層意志機制と呼ばれるもので

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98 長崎大二二育学部教育科学研究報告 第49号

ある。具体的な病像としては,、ヒステリー,精神分裂病があげられ,分裂病のう,ちの緊張 病的症候群における冗語反復性,常動性として現れるリズム運動形式は代表的なものとい える。これは疲労や退屈した時の弛緩した覚醒思考時にもあらわれるという。リズム運動 形式は,原始人の視覚的様式化傾向,幾何学図形形式反復への傾向と類縁的なものであっ て,いずれも原始的段階の表現形式であると考えられている。さらにパニックの急性驚愕 及び不安神経症,ヒステリー発作等も同様なものとしてあげられ,ネガティビスムスと暗 示は盲目的否定と盲目的肯定という原始的表現過程として述べられている。

 以上のような心理的基本機制の裏付けとして,Kretschimer, E.は中枢神経系の心理学 的構造を形象的に把握している。彼は,発達史的に見て生理学的構造の最低層段階は

非神経性 反射一筋肉の固有反射のように神経系統に介されない反射一であり,個体発 生,系統発生過程中に脊髄反射ができ,その上に延髄,脳幹,中脳等の反射中枢が,さら に最後に脳皮質をもつ全体が上部に位するに到るという。このようにして最終的に上下成 層の作用弧の全組織をもつことになるのである。この中枢の発達史的構造の法則性をKr−

etschmer, E。は次の三点にわたって指摘している。

(1)低層中枢もしくは作用弧は高等中枢の漸次形成とともに単に廃止され,消滅するので  はなく,高等中枢支配のもとに第二次機制として全体連関をもって作用し続ける。

(2)第二次中枢は,その根源機能を完全に伝播するのではなく,その上に新しく打ち立て  られた中枢に向かって付与する。

(3)高等中枢がその作用力を弱めた時,もしくは切断された場合,神経機i関の全機i能は,

 単に中止せず,第二次機能が独立し,残存する発達史上の機能の部分を示す。これが下  層意志機制の表現過程を示すものである。

 ※注)Kretschimer, E.による原始層の識覚機制と意志機制の理論的仮定及びそれに対   応ずる生理学上の形層的な把握は,Janet, P.の 行動の段階 に類似している。

  Janet, P.もまた民族学,発達心理学の知見により,人間の行動を心的緊張に対応す   るものとして段階的に配列した。原始表現過程出現のメカニズムと,中枢のヒエラル   キーはEy, H.によって展開されたNeo−Jacksonismeとほぼ同じものと考えてさ   しっかえないだろう。

 Kretschmer, E.はHoffmann, H. F.ほど体系的に層学説について論究していないが,

異常精神現象に関して原始機制を見事に適用して説明している。彼はこの下層の機制が,

植物神経系一内分泌調節作用と密接な関係をもつものであることを述べ,これを 深部 人格 と呼んでいる。この深層の人格領域の上に全体的意味の人格が成り立つのである。

 Kretschimer, E.の層構造論を,いくらか明らかにするために,彼の影響を大きく受け たBraun, E.の人格の層構造をここで簡単に紹介してみる。

 b.Braun, E.の層構造

 人格の最も下層にあるものは, 生物学的身体層 である。この層には,身体的表出運 動や植物神経性機能などが属し,我々はこれを直接的に把握することが出来ない。この上 にある第H層は, 盲目層 というべきもので心的領域にあるが,一方身体的なものに密 接している。この層自体の中にいくつかの層があり,最下部には,身体的欲動,最上部に

は,気分と不機嫌,同感,反感といった心的活動がある。第皿層はこれに対して 分別

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というべきもので心的統御を目的としていて,第H層の情動的な欲動資材を,知能,

思考,意志などの統御機関と融合させる。この層の中にもgいくつかの層があり,意志は,

知能よりも低いところにあるとしている。Braun, E.の人格層は表4−1のようになる。

表4−1 人格の層構造:クレッチマーとブラウンの対応

クレッチマー ブラウン

1 文化層 分別層

原始層{騰繍 盲目層{巨体的

反射装置

エ覚運動性自動現象

生物学的身体層

1}

心的領域

 4)Gottschaldt, K.の層理論

 次に,Gottschaldt, Kl.の層理論をあげてみよう。かれは,パーソナリティは 知的 上層 と 内部感情的基底層 の二つの主要層から成ると考えた。 知的上層 というの は,知的・精神的機能を含む領域であって,抽象思考,連合,判断,弁別,目標設定意志,

注意などがこれに含まれる。 内部感情的基底層 というのは,感情・情緒を含む領域で 根本気分,衝動,感情触発性,感情思考などが含まれる。根本気分とは,その人を特徴づ けている固有の情緒の状態で,生理的状態とも密接に関係のあるものである。衝動とは,

広義には行動に駆り立てる力であるが,具体的には人にあることについての興味をおこさ せ,目標追求させる一種の緊張感として体験されるものである。感情触発性というのは刺 激によって行動に引き入れられることをいい,自閉的なもの,過敏なものなどが区別され る。感情思考というのは論理的法則にとらわれない視覚表象に富んだ思考である。

E:U

知性的上層 2.6:1

感情思考 2.0−3.1:1

感情触発1生 4.7:1

内部感情的

賴齣w 衝   動 6.3:1

根本気分 12.3:1 図4−1 層構造の遺伝規定性の研究一双生児法を用いて

 Gottschaldt, K.はこれらの層構造の遺伝規定性を,双生児法を用いて見いだしている。

彼は1936年から,3回にわたって大規模な双生児の合宿をおこなった。約ニケ月間の,双 生児の生活行動が記録され,各人の生活律動,気分の変化,日常の要求,事態の処理が観 察あるいは実験された。知的上層に関する実験では,語彙検査,概念規定,抽象的思考,

本質を直感的に把握する機能などが調べられ,感情,律動,気分などについては,欲動性,

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100 長崎大学教育学部教育科学研究報告 第49号

持続性,目標固執性,要求水準,注意力,精神テンポなど,独特の実験がなされた。

 これらの実験課題を一卵性双生児(De)と二卵性双生児(Dz)とに課し,実験,観察 の結果を総合して,各機能の遺伝規定性(E)と環境規定性(V)との比を求めた。それ は図4−1の如くである。

 E(遺伝規定性):V(環境規定性)=mDz(Dz間の差の平均)=mDe(De間の差の平均)

 この結果からGottschaldt, K.は次のような見解を述べた。「この事実は,パーソナリ ティの現象学的層位構造の遺伝生物学的証明に他ならない。逆に言えば,この結果は層位 説の正しさに,遺伝生物学的基礎を与えるものであり,発達心理学的にみれば遺伝性とは,

系統発生的にも個体発生的にも発達成熟が早期に完了するものに他ならない。知能的機能 がその発達に人生の大半を要するのに,内部感情的規底層は,より早期に発達を完了する。

乳児にすでに快,不快といった根本気分の明らかな存在がみられるのは,周知の事実であ る。かかる事実より,もし 性格 というものの基礎が,いわゆる気質とよばれるこの 内部感情的基底層におかれるとするならば,その比較的高度な遺伝的規定性は疑い得ない

のである。」

 ※注) このGottschaldt, K:.とほぼ同様な実験を日本人双生児に試みたのは井上,高   木,諏訪などである。高木は無意識夏時間の遺伝性を一卵性双生児について調べた。

  その結果課題続行時間,休み時間の合計において八組中五組までが対偶者間の差が0   秒で完全に一致しており,また一方話の作り方,順序などについては対偶者間の一致   がみられないと報告している。これは,無意識的時間一植物性神経機能と関連が深い   とされている一が深く遺伝的に規定されていること,それに反し思考などがあまり遺   伝規定的でないことを示すものである。

 3)Eysenck, H. J.とCatteil, R. B.の人格構造論

 Eysenck, H. J.とCattell, R. B.は共にGolton, F.の流れをくむものであり,パー ソナリティを理論と実際の測定との両方向から明らかにしょうとしている。そして,その 両者をつなぐ手段として因子分析を用いている。しかし,両者の見出した人格構造には明 かな差異がある。

 a)Eysenck, H. J.の人格構造論

 Eysenck, H. J.のパーソナリティ論は生体の実際の行動パターンの総計であって,遺 伝と環境によって決定される。この行動パターンは四つの主な領域に分かれ,機能的な相 互作用の下にパーソナリティが生じ発達する。認知的(cognitive)領域(知能),意欲的

(connative)領域(性格),感情的(affective)領域(気質),及び身体的(somatic)領 域(体型)。

 また,タイプ(type)とか特性(trait)という概念にしても,これまで多くの定義が あり一定していないが,彼には整然とした構造をもつ統一がみられる。

 彼は行動の組織を四つのレベルに分ける。内向性(introversion)などはタイプのレベ ルに属し最上位を占、める。その次に位するのが特性のレベルであり,持続度(persistence),硬 さ(rigidity),主観性(subjectivity)などから成立っている。特性はさらにいくつかの

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習慣的反応(habitual response)を第三のレベルとして含んでいる。最後に基底を占め るレベルとして,個別的反応(specific response)があり,これは実験に際して,また日 常においてみられる各個人の示す反応そのものである。この関係を図示すると,図4−2 のようになる。

タイプ 内 向性

特性 持続度 硬さ 主観性 差恥度   易感性

習慣的

反応

個別的

反応

図4−2 パーソナリティーの階層組織

Eysenck, H. J.の立場は極めて多角的且つ操作的定義を目指している。彼はまず大別 して精神医学的診断,質問紙テスト,客観的動作テスト,及び身体的差異の四つの角度か らパーソナリティを検討している。

 b)Cattell, R. B.の人格構造論

 彼の理論によれば,パーソナリティの構造が特性の階層として表示される。まず第一の 階層として独自(unique)特性と共通(common)特性の二つがある。第二の階層には表 面(surface)特性と源泉(source)特性とがある。これらは第一の階層の特性と交絡し ている。源泉特性とはいわゆる因子と考えられるもの

で,これがさらに複雑な下部構造をもっている。すな わち,源泉特性は第三の階層として体質(constitutionaユ)

特性と環境形成(environmenta1−mold)特性を含ん でいる。第四の階層には力動(dynamic)特性,能力

(ability)特性,及び気質(temperament)特性の三 つがあり,第三の階層と交絡している。第五の階層に は力動特性から分かれたエルグ及びメタネルグ,能力 特性から分かれた知覚及び運動とが存在する。これら の関係を図示すると,図4−3のような構造となるこ とが分かる。

 独自特性:個人に特有の興味・態度よりなるもの,

ll::1:Σ<灘

     (因子歩く\

     体質特性   環境形成特性

 力動特性   能力特性   気質特性

エルグ メタエルク 知覚   運動

図4−3

ちょっと同じような特性をもつ人がいそうもないようなものである。たとえば,朝鮮のチョ ウチョに興味があるとか,自動車の減税に好意的態度をもつとか。

 共通特性:人間である以上誰でもが幾分かは持ち合わせているものであり,遺伝的にも 環境的にも共通のパターンと思われるものである。たとえば,分裂質とか循環質とかなど

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102 長崎大学教育学部教育科学研究報告 第49号

である。

 表面特性:臨床心理的には病気の症候に当たるもので,広くとればタイプと言うものに なる。これは外部から直接観察可能である。

 源泉特性:表面特性において似:通ったものはもちろんであるが,一見して相反するよう な表面特性でも同じ源泉特性から発見したものであることも考えられる。

 体質特性:身体内部の条件によって構成されるものであり,必ずしも生得的であるとは 限らない。たとえば,アルコールによって引き起こされる不注意,おしゃべり,不整脈と いったものがある。

 環境形成特性:外部からの刺激によってパーソナリティに影響の生じたパターンである。

たとえば,ある有名学校の学生には特有のスクール・カラーというべきものが啓じられる ものである。

 力動特性:興味の発動に関するものであり,基本的動因としてのエルグと,それから派 生した態度,情操,自我形成というようなメタネルグとに分けられる。エルグは生得的な ものであり,動因・欲求に代わる概念として示されたものである。そして,知覚反応,情 動反応,目標への道具的反応,目標を得ることによる満足という四つの内容をもっている。

メタネルグは社会的文化的枠組みにも基づいて経験的に発生する源泉特性である。

 能力特性:知覚及び運動についての個人差をあらわすもので,①実行の次元として一般 知能に関する諸要素,②刺激一反応の次元として弁別・運動制御,③時系列次元として反 応の習得度・記憶減退度というような三つの次元に分類できる。

 気質特性:誘因すなわち刺激複合などによって影響を受けることのない特性である。一 般に体質と見なされる諸特性,活発さ,スピード,エネルギー,情報活動というようなも のをさし,環:境が変化しても一貫してあらわれるものである。

5.脳生理学

 Jackson, H.が「神経系統の進化と解体」を発表したのは1890年代であり, Broca, P. C.

(1824−1880)が言語野について一1861年一宜ritsch, G.(1838−1891)とHitzig, F.

(1838−1907)が運動野について一ユ870年一の研究を発表したばかりでやっと実験脳生理 学の口火が切られた頃である。Jackson, H.は脳の発生的研究もまだなされていなかっ た時代に,臨床経験によって神経系統のヒエラルキーを予見したのである。その後の研究 から,彼の仮説は極めて正しく的を得たものであることが明らかにされた。ここでは,脳 の進化についての研究を概観してみるつもりである。

 1)神経系の発達

 アメーバーなどの単細胞動物は,刺激を受ける受容器とそれに対して反応する効果器と が直接に連結されている。クラゲなどの腔腸動物は,この受容器で受け止めた信号を効果 器に伝える介在細胞(原始ニューロン)がある。これはその形から「神経網」と呼ばれる が,受けた信号をあらゆる方向に伝えることが出来る代わりに,これを統一する中心とな るものが無いため,反応は一義的に刺激に拘束される。さらに,これより高等な偏形動物,

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環形動物になると神経細胞が集まって「神 経節」を作っている。このため,刺激はこ

こでコントロールされ,目的にかなった反 応を引き起こすことになる。この節のうち 頭部にあるものが大きくて,他の節に対し て主導的な役割を果たしている。軟体動物 より高等な動物ほど神経節の数は少なく,

且つ脳神経節の統合力が強い。脊椎動物に なると,神経節ではなく管状になり脊髄と 脳に分かれている(図5−1)。そして,魚 類一両生類一は虫類一鳥類一哺乳類となる

にしたがって脊髄の比重は脳より小さくな

図5−1 神経系統の発達の模型

り,統合作用は脳に移っていく。これを「神経作用頭端移動の法則」(Steiner, J.)という。

 2)ヒトの脳の発達

 ヒトの脳は図5−2のように神経管から分化する。まず脳管と脊髄管に分かれ,懇懇は 前脳胞,中脳胞,菱形脳胞の三つに分かれる。前脳胞は総総(左右大脳半球)と間脳とに 分化し,中脳胞は中脳,菱形脳胞は後脳と末脳になり,後脳は橋と小脳に,末脳は延髄に なる。最終的には大脳聯珠と脳幹(間脳,中脳,橋,延髄)と小脳とになるわけである。

図5−2 ヒトの脳の発達

 脳の発達を脊椎動物全体からみると,動物の種類によって各部分の発達状況は非常に異 なっている(図5−3)。小脳は主として運動調節を行うので,敏捷な運動をする動物(例 えば猫など)が一番発達している。中脳は殆どすべての動物について変化なく,最も発達 の著しいのは大脳半球である。

 大脳半球の表面は,殆ど大脳皮質で覆われ,内部は神経繊維の束で,三つの核がある。

大脳皮質には細胞構築的,機能的に異なる三つの皮質一新皮質,古皮質,旧皮質一がある。

見統発生的にも,個体発生的にも旧皮質,古皮質は新皮質より古い。魚類の大脳皮質は殆 ど旧皮質で,古皮質は痕跡的である。両生類になると古皮質は出来ているが,新皮質はま だ痕跡的である。は虫類になって,初めて新皮質が現れ,さらに高等になるほど新皮質の 領域は広くなる(図5−4)。ヒトの場合,外側面はすっかりこの新皮質に覆われ(海馬と

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歯状図),古皮質は大脳半球の中に閉じ込められたり,旧皮質は山面に押しやられている。

このような三つの皮質の発達の様子は図5−5に示したヒトの胎児の脳の個体発生の過程 からもはっきり見られるのである。

図5−3 脊椎動物の脳の各部の発達

図5−4 脳における変乱皮質(斜線部)

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図5−5 三つの皮質の発達過程  新皮質に対して,旧皮質古皮質を総称して辺縁皮質という。新皮質及び視床,基底核を 合わせて「新皮質系」と呼び,辺縁皮質,視床下部と偏桃核,中隔核とを合わせて「大脳 辺縁系」と呼んでいる。Broca, P.が全ての哺乳類の脳に,間脳を取り巻く共通な皮質を 見つけた当時(1878年)は,その機能について調べることが出来なかったが,1952年,ス

ウェーデンの生理学者Kaada, B. R.によって本格的に研究されるようになり,現在で は,新皮質系と辺縁系の両者によって情動の仕組みを,ある程度まで説明することが出来 るようになった。現在までの研究から脊髄一三幹一辺縁系一新皮質系という神経系の統合 について,主として情動の領域から説明し,Jackson, H.が看破したそのヒエラルキー を明らかにする。

 3)神経系統のヒエラルキー

 脊髄,脳幹,大脳辺縁系,新皮質系を統合の座にした神経系を時実氏は,図5−6のよ うに表している。これらの統合系は,それぞれ上層の制止を受けながら人間の生命活動を 担っているが,その担っている働きを脳幹・脊髄系一本能行動・情動行動,新皮質系一適 応行動・創造行動として,基本的生命活動を基礎に,より外界に適応していく過程を考え

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ているのである。

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図5−6 統合系が担う生の営み

 脳幹・脊髄系は主として体性神経系による反射活動と自律神経系による調節作用とを行っ ている。反射運動は感覚神経が脳幹や脊髄で直接に運動神経細胞とシナプス結合して作る

「反射弓」によって行われているので,大脳皮質はこれに関係していない。これに対して,

姿勢や運動はむろん眠っているときには不可能であるから,大脳皮質の意識活動が必要で ある。しかし,特に意図して行う随意運動に比べると,姿勢の保持は反射の仕組みが大き な役割を果たしている。反射の仕組みに関して,十九世紀末,ロシアの生理学者Schenov,

1.M.は大脳皮質を除去した蛙の下肢を酸の溶液で刺激すると,屈筋反射が起こることを 実験によって証明した。さらに,脳幹を刺激しながら,同じく下肢を溶液につけるとこの 反射の起こる時間が遅れることを確かめ,脳幹には脊髄で起こる反射を抑制する働きがあ ることを明かにした。このようなことは,現在数多くの実験で確かめられており,反射は 脳幹で統合作用を受けていることが解っている。さらに,脳幹で統合される反射活動の複 雑なものは,より上位の大脳皮質によって抑制を受けている。したがって,この抑制を受 けなくなると「解発現象」すなわち反珠活動が著明に現れる現象が起こる。また,自律神 経系とホルモン系による調節作用は,脳幹,脊髄のさまざまなレベルで行われているが,

その最高位の中枢は視床下部である。

 大脳辺縁系は,主として本能行動,情動行動を統合している。情動を脳の働きに求めて 実験的に研究したのは,十九世紀末,Goltz.の「大脳の無い犬」に始まる。大脳を除去

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したこの犬は,普通なら何でもないような刺激で激しい怒りの反応を示した。その後,

Hess, W. R.は猫の視床下部に電極を植え込んで,電気刺激をしたときの猫の様子を詳 細に観察し,情動の体験や表出が視床下部で起こると発表した。一方,Cannon, W. B.

は大脳皮質を除去した動物の怒りは,単に怒りの相を示すだけであって,相手に飛びかか るなどという環境に適応した行動をとらないので,これを「見かけの怒り」と呼んだ。彼 はこのことから,情動の仕組みは辺縁系のもとで営まれており,新皮質はこれを抑制ない し統合していると考えている。また,本能行動と言われるものも,例えば摂食行動につい て,Brobeck, J. R.とAnand, B. K.は視床下部の内側外側部とこの中枢と考えており,

おそらく新皮質の前頭葉からの統制を受けていることが推測されている。

 新皮質は,その機能により感覚のインパルスを受ける神経細胞のある感覚野,運動のイン パルスを送り出す神経細胞のある運動野と感覚野から得られた素材をもとに,知覚,認識 思考,判断など高次神経活動を営む連合野とに分けられる。図5−7からわかるように,高 等な動物になるほど連合野の占める比率

は大きくなる。ことに前頭葉連合野は,

人において最も著明な発達がみられる。

1936年に,Egas, A. Monizがチンパン ジーの前頭葉連合野を切除するとおとな しくなることにヒントを得て,凶暴性の ある患者の前頭葉切断の手術を行った。

これが,ロボトミーと呼ばれる手術であ るが,その結果,ここでは意欲,創造性,

自己主張などきわめて人間の本質的な働 きが行われていることが明らかになった。

大脳皮質には,さまざまの機能局在がみ られるが,単にそれだけではなく,皮質 と視床との結び付きから,全体との関連 において一つ一つの分業が可能になって

いるということが言えるのである。 図5−7 新皮質系の機能

 このように人間の行動は,基本的生命活動を営む脳幹・脊髄系に支えられ,生の本能で ある辺縁系とこれを統御する新皮質系によって説明することが出来よう。神経系統の発生 的研究と,脳幹,辺縁系など,「深部脳」の研究は,これら行動の発現が一定の階層的秩 序(ヒエラルキー)の所産であることを明らかにし,Jackson, H.の「進化と解体」の 仮説を証明したのである。

 次にJackson, H.の 神経系統の進化と解体 の原理を精神医学へ応用する際にEy,

H.が加えた修正が,今日の脳生理学的知見から,どのように評価されるかについて考察 してみよう。

4)精神病と脳病理

Ey, H.が 器質力動学説 において最も重要であるとみなした点は,精神機能を神経

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機能の延長線上にではなく異なる水準面であるとしたことである。彼はこの点において,

精神病と神経病とを区分したのである。後者が,道具的機能の解体であるのに比して,前 者は意識の退行であり,エネルギーの障害である。こういう理由で,精神病は脳の病理に 依存するが,この症状を脳病理に還元することはできないのである。彼はこの仮説の根拠 として,脳にエネルギー調節機能を想定したことは前にも述べたとおりである。1950年以 降の脳研究は,主として 意識の機序 に向かったと言えよう。それは,たとえば言語 なり運動なりの中枢という局在的な考え方を大きく転換させることとなった。すなわち,

意識の中枢というものではなく,意識を生み出す賦活系なるものが,大脳全体と連関を持 ちつつ全体を統合していることが明らかになったのである。したがって,脳の機能には,

新皮質系による機能の局在と,その新皮質を賦活し,また新皮質によって賦活される非特 異系の調節機能とがあることになる。この新たな知見は,精神的存在にとって欠かせない 条件としてますます活用せねばならないとEy, H.は述べている。ここで脳研究を概観 することはEy, H.の仮説の根本をいっそう理解しやすいものとするだろう。

 アメリカの生理学者,Magoun, W.

H.は図5−8で示したような回路を設 定し,これを 網様体賦活系 と呼ん だ。脳幹にある感覚神経路は側枝を網様 体に出しているので,インパルスの一部

は網様体へ流れ込む。網様体のニューロ ンは複雑に連結して,上行性に経路を視 床の中心部の非特殊核に送り,ここで中 継された後に大脳皮質へ広く投射してい る。したがって,網様体の活動の強弱,

すなわち大脳皮質の活動水準は,感覚刺 激の強弱によって左右されることになる。

逆に,大脳皮質から網様体に働きかける

神経路をMagoun, W. H.は考えてい 図5−8 網様体賦活系の構図 る。これは皮質網様体路と呼ばれるもので,これによって,意識水準はある程度意志によっ て統御できることになる。

 一方,同じくアメリカの生理学者,Gellhom, E.は視床下部を賦活の中心として考え た。彼は視床下部の電気刺激によって睡眠と覚醒反応を引き起こすことを明らかにし,視 床下部に流れ込んだ感覚のインパルスがここを賦活させ,さらに大脳皮質へ直接にまたは 視床を介して投射しているという構想を立てたのである。

 この二つの賦活系の構想はどちらも実験的に正しい。時実利彦等は,この二つの見解を 調整するにあたり,辺縁皮質を賦活の対象として導入した。すなわち新皮質と辺縁皮質の 脳波を目安にして,網様体と視床下部の賦活効果を調べてみると,網様体の刺激は主とし て新皮質に対して強い賦活をおこし,視床下部の刺激はむしろ辺縁皮質に強い賦活を起こ すことがわかった。さらに網様体を駆動するインパルスは,視覚,聴覚のような判別性感 覚のインパルスで,視床下部は内臓感覚や痛覚のような原始感覚のインパルスによって駆

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108 長崎大学教育学部教育科学研究報告 第49号

動されていることがわかったのである。したがって,異なった二つの皮質は,各々別の賦 活系によって賦活されていることになる。ところで,この二つの賦活系は独立に働いてい るのではない。時実は図5−9のような,視床下部調節系の構想を立て,両者を統合した。

それによると,視床下部はおそらくホルモンによって賦活しており,ここから,一方は直 接辺縁皮質へ働きかけ,他方では中脳に下行した後

上面して新皮質に働きかけている。また,新皮質は 網様体からも賦活されて二重に統御されていること になる。これから,時実は「明敏な意識は網様体の 活動によって起こり,素朴な意識は視床下部の活動

によって保持されている」と考えており, 脳の眠 り は網様体の活動の弱まった時に 身体の眠り は,同時に自律機能の中枢の活動が低下したときに 生じるのではないかと述べている。

 以上が意識の水準についての研究の概略であるが,

この章の第一節でJanet, P.が意識の水準によっ て行動の段階を分けたことを考え合わせると,彼が この水準を維持する緊張の低下は,大部分器質的な ものおそらく間脳機能の障害に由来するものではな いかと指摘したことが,

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図5−9 視床下部調節系        あながち的はずれではないことがわかるのである。しかし,意識

とは,Janet, P.の考えたように,特殊な機能中枢によるものではなく,非特異性の機能 系としてあるのであり,これはEy, H.の仮説を裏付けるものである。

おわりに

 情緒障害などによる人間の異常行動を,生物学的心理学的エネルギーの表現であるとす る観点から理解しようと,異常心理学の分野における諸研究を取り上げ,病者の行動から 正常者の心的構造を探ろうとするのが本研究の主眼であった。

 まず,人間の心理的葛藤が心的エネルギーを消費させたり,過剰な防衛機制を引き起こ して行動異常をもたらすなど,深層のメカニズムを力動的に解明したFreud, S.と心的 エネルギーや緊張の低下が行動様式をいかに変化させるかを発達史的に段階づけたJanet,

P.について述べた。

 第二に,反射活動から精神活動にいたる一連の神経系統の進化過程を考え,病的現象を 高級機能の解体による低級機能の解放であるという退行過程で説明しようとしていた Jackson, H.。この原理を心理学に応用したRibot, Th.と精神医学に応用し神経機能の 直接の障害のもたらす全体的退行に分けて精神病の理解を深めたEy, H.の気質響動学 説とを紹介した。

 第三に,性格構造の成層観にとって理論的支柱となったHartmann, N.の哲学におけ る成層観,層学説を自然と人間とを包括するものであると主張するRothacker, E.の思 想の概略を述べた。

 第四に,性格学としての層理論を集大成したHoffmann, H. F.人間の身体的基盤を

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重視し,心的規制を発達史的に考察したKretschmer, E.やBraun, E., Personalityを 理論と実際の測定との両面から明らかにしょうとしたEysenck, H. J.とCattell, R. B。,

人間の構造を知性的上層と内部感情的基底層とに分け,双生児法による層の遺伝規定性を 実験的に検証したGottschldt, K.などについて述べた。

 第五に,Jackson, H.やEy, H.らの研究の背景となった脳生理学の研究を紹介し,

そのヒエラルキーを指摘した。あわせて,気質力動学の仮説一脳のエネルギー調節中枢一 が脳研究の中で実証されていることを述べた。

 今後に残された問題として,脳生理学の飛躍的進展を取り入れる必要があることを指摘 できる。大脳皮質一脳幹に対する皮質人格一深部人格という従来の層学説が持っていた生 理学的根拠は,新皮質一辺縁皮質一脳幹という新たな図式に置きi換えられている。そして

また,意識の水準に関するMagoun, W. H.やJasper, H. H., Gellhorn, E.などの研 究は古典的機能局在からもっと複雑な機能の分業と統合へと向け,エネルギー調節として の大脳という見方をますます強めている。また,意識の解明が意志とか自我という行動の 統制機能に生理学的知見を与えるだろう。

 Gottschldt, K.による層の構造的な検証ばかりでなく,層の形成過程や層の機能につ いての実験的研究が必要であろう。また,人間の行動を環境の面からもみていかねばなら ないことは言うまでもないことである。Lewin, K.が現実性の水準として環境における 二つの層を指摘したように,我々の心理的環境自体にも層があることを考えねばならない。

      参 考 文 献

3. 1)中田 修:深層心理学(二)異常心理学講座l p357−404 みすず書房 1970   2)本田修郎:図説現代哲学入門 p165−202 理想社 1970

  3)大江精志郎:哲学的目的論の研究 p202−209 理想社 1968

4. 1)中田 修:深層心理学(二)異常心理学講座l p357−404 みすず書房 1970   2)正木 正:クレッチマー 異常心理学講座8 p321−390 みすず書房 1970   3)諏訪望他:心身相関の問題 異常心理学講座8 p168−234 みすず書房 1970   4)相場 均:体格と性格 文光堂

  5)石田義博:体格と性格 異常心理学講座8 p235−320 みすず書房 1970   6)伊藤隆二:精神薄弱児の心理学 p205−207 日本文化科学社 1968   7)高木正孝:性格の生物学的基礎 性格の心理 金子書房 1952

5. 1)時実利彦:脳の話 岩波書店

2)時実利彦:目でみる脳 東京大学出版会 1971

3)大橋博司:脳病理学 異常心理学講座6 p129−204 みすず書房 1972 4)島園安雄他:精神生理学 異常心理学講座6 p207−288 みすず書房 1972 5)Hess, W. R.:心理学の生物学的基礎 文光堂

6)白藤美隆:情動の医学 日本放送出版協会

参照

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