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理科教育法研究集会に出席して私は思う
久 保 為 久 麿
昭和4ユ年および42年の両年にわたり福岡教育大学において,文部省と同大学主催のもと ユこ教員養成大学,学部研究集会理科教育部会がもたれた。参加者は中国,四国,九州地区 の教育系大学,学部で現に理科教育に関する講義または実習指導を担当する教官および付 属学校の教官であった。
この種の集会は同じ時期に別に東京および京都のニケ所に於ても開催された。その目的 は現在実施されている日常の授業や教育実習などに亘たる実情を基盤として研究討議を行 い,その標準性を求めるように主題を掲げて研究すると同時に教材研究,教育法,教育実 習などについても検討し更に教科専門のありかたについても考慮して理科教育を組織化し ようとすることである。従ってこの研究集会は理科教育法を少しでも担任しなければなら ない教官にとっては特に重要な会合であった。著者はこの第エ回および第2回の集会に出 席する機会を得て,教育系大学の理科教育法においてはいかなる研究をなすべきかについ
て多くの示唆を与えられた。
この集会以前に度々開かれた九州地区の理科第二部会例会の会合にも著者は輪番によっ て三回許り出席したことがあったが,今回の研究集会における程真剣に理科教育法の前向 きの問題に取組んだことはなかった。その第二部会に出席する度ごとに感じたことは,参 加者の議論が時としてチグバグになることであり,また著者にとっては最初理解に苦しむ
ような話題が可成りあった。このような理解に苦しむ話題の発想の根源は,ひとつには理 科教育法を主とする,旧称教育学部の理科教官と理科を主とする旧称学芸学部理科教官の 担任講座の相違から来るものであった。これと同様の印象をこの二回の研究集会において
もうけた。その第1回の集会の壁頭において著者は次のような発言をした。教育法ではな い理科プロパーの分野をテーマとする卒業論文の作製の過程においても,理科教育法の目 的を達するような指導をすることもできるわけで,理科教育法の内容および指導方法に種 種:のvarietyおよび独自性があってよいであろう。また専門分野を例にとっていうならば
・物理学の講義の内容をどのように標準化すべきかというようなことを,物理学担当の教 官が大がかりな研究集会を開いてまで討議するなどといったことは考えられないことであ る。然し乍ら教育系大学の理科で自分はこのような内容と方針をもって物理の講義をして いる。而してその成果は斯く斯くであるといったことを発表するような例はあり得る。既
にこのことは物理教育学会において行われている。理科教育法の内容をこのような集会で 参会者が規定したり大多数のものが認あたりする必要はなかろう。その内容が規定されて 変化が伴なはなくなって了っては理科教育法の進歩はないと思う。と云うような内容をも つ発言をした。尤も新制大学発足以来二十年近くも経過しているのに,今頃理科教育法の 内容に標準性を求めなければならないということにはそれ相当の理由もあるであろう。
箭長崎大学教育学部 物理教室
鰍本稿は昭和41,42年に福岡教育大学で開催された研究集会に於て,著者がおこなった発言内容を 中心にしたものである。
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教員養成大学において,学生に対して,現在行われているような理科教育法の内容をも とにした講義および直接の指導が・是非必要なことはいうまでもない。また教員養成学部一 に職を奉ずる教官が理科教育に関することを教えるのを拒否することも許されるとは思え ない。医学部において学生に対して教授が基礎を講ずるばかりでなく,実際患者に接して 脈をどのようにみるべきかを指導する必要があると同様の重要性をもつわけである。
時々筆者が耳にすることは,理科教育法の授業時間を利用してプロパーの講義時間の不 足分を補っているということである。そのようなことをするのは理科教育法の内容は学生
自身でも読書によって理解することができるし,また教材研究で取扱うような問題よりも もっと基礎になる専門的知識の獲i得こそ重要であるという考え方によっているらしい。然一 し担当者自身が理科教育法そのものに喰いつきにくいという喰はず嫌いも手伝っているよ うに思われる。尚,専門教科の授業時数が教職科目の授業時数よりも相対的に貧弱であると いうことが,たまたま第2回の研究集会において問題になったことは事実である。それは兎.
も角として付属学校における教生実習を終えた一部の学生から,中学校や小学校に赴任し た時に早速困るようないくつかの間題に教生実習中に遭遇したという報告はよく耳にする ことである。成程学生が大学卒業後に小中学校に赴任したら,早速処置に当惑するような 問題がいくつかあるということは理解できる。
さて理科のプロパーを専念して来たものが理科教育法を取扱ってみて最初に当惑するこ とは一体どういうことであろうか。著者が理科教育法を講ずることになったために,改め て勉強したこの分野には専門の分野における勉強のような魅力も知識獲得による喜びも 提供してくれないものもあった。講義する者自身に魅力を与えてくれない領域がその講義 を受ける学生に果してどのような魅力を与えるだろうか。現状では講義をする方も受講者 の方も登った時間の経過するのがもどかしく感ずるのが関の山であろう。理科のプロパー を専攻する者が理科教育法のよ うな中間的な講座を担任するには余程の手段を講じなくて は成果をあげることは難しいであろう。
理科教育法を担任するにあたり,理科プロパーを専攻する教官が,そのプロパーを通じ て学生に接する情景を脳中に描いてみたら直ちにわかることと思うが,このような場の情一 景に誰か緊迫感を感じない者があるであろうか。理科教育法や理科教材研究は,新制大学 発足以前の旧制師範学校でも授業内容に取り入れられていた。当時はこの方面に関する講 義は主として教育学や心理学を担当する教官が行っていたそうである。けれども現状では一 そのような学問分野の入は殆んど後退している。その理由はなんであれ,理科プロパーの 教官が理科教育法を担任する場合,心理学とか教育学の勉強をしなければならないという ことは大きな重荷である。旧制師範学校から新制大学の教員養成学部に移行した理科の教 官ですら,自分には自信がないからといって理科教育法の担任を尻込みをする気配が晴せ られるわけで,新参の者が我こそはと飛び出して行く元気もなくなるといった風景が見ら れるのは無理もないことである。理科教育法の一般論の講義は別として,その内容の一部 に対して理科のプロパーを専攻する者に溝和感を感じさせるいくつかの要素が潜んでいる ように思われる。
日本の理科教育の流れを辿ってみると,その時その時の何かの波に押しまくられて,そ れまでの実践結果の解析も行われることが割合に少なくて,教育という本質的な目的から そんなに大した逸脱はないまでも,極めて非科学的な理由で教育のあり方の改制が行われ
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て,純粋な理科教育観も後退せざるを得なかったことは問題である。戦後の例ではアメリ4 力占領軍による助言に基くもの,また近くは物理部門においてはP.S.S.C.に風靡される といった風で改制以前の欠点が統計的にどのように表われているのか,また集団あるいは.
個入についての長期にわたる追跡結果はどうかなどという詳細な吟味がなされた上での改 制であるのかが甚だあいまいな場合もある。理科教育界は只,その時その時のヌーベルバ
ーグに呑まれてしまっているようにみえる。
最近のように教育系大学において急に理科教育法の重要性が叫ばれ始めた根拠は,ひと つには教育系大学,学部の大学院設置問題と密接にからんでいるように思える。残念ながら
日本の大学院にはこれまで理科教育法専攻の講座はなかったが,やっと昭和42年度から広 島大学の教育学部で理科教育法のドクターコースが開設された。従って将来この道の権威 者が続々と輩出することが期待される。然し乍らそれは最低5年直り先のことであり,それ
までは優秀な現役教授を含めて現在の陣容でこの講座を消化する必要がある。そのために.
はお互いに大いに勉強もしなければならない。そうは云うものの最近の理科教育法のブー ムに魅せられて教育系大学の理科プロパーの教官が理科教育法に血道をあげて,そのプロ パーの研究を投げ出してしまうことは大変な問題である。むしろ理科プロパーの上に理科 教育法を積み重ねるべきで,これまで長い期間をかけてやった仕事を中断すべきではなか ろう。又,教育系大学でプロパーを軽視するような学風を作っては将来この大学に新鮮な しかも有能な学徒を迎える余地がなくなることを恐れなければならない。成程教員養・成大 学に大学院が新しく設置される場合,教科教育法がその大学院の重要な役割を占めるとい
うことは一応筋が通っているようにみえる。然しながら教育学や心理学でもなく,またプ ロパーでもない中間的な教科教育法が表看板の大学院に格上げする為に,教育系大学のプ ロパーを専攻する教官が一斉にこの方面に馬首を向け変えるとしたら一体どういうこにな.
るだろうか。我々は教官自身が身につけるべき理科教育法と理科プロパーのバランスを考 える必要がある。
教員養成学部の理科のカリキュラムはいかにあるべきかも問題にしなければならない。
著者は技術科カリキュラムに理科の基礎知識を多分に授けるように工夫すべきであると考 える。(この点に関しては我々の学部では昭和43年度からこの方針に沿って技術科に対し て新しい試みで出発することにしている。)これと反対に理科カリキュラムにも小中学校 理科教師に必要な技術科的な内容を取り入れることにも関心がはらはれてもよいと思う。
現在のように理科の単位は他学部で取得して理科教育法だけを教育学部で取得するという 一部の元からの教育学部では,教員養成に必要な独特の理科のカリキュラムを編成するこ.
とに多大の困難を感ずるであろう。この困難性を解決するためにこのような学部は大きな.
努力をはらう必要があると思う。
新制大学発足以来,我々の学部においては学部教官は付属小中学校と直接の教育的つな がりを殆んどもっていない。多言を要するまでもなく,小中学校の教師の意見も汲み入れ ることなく,また小中学校の生徒の実態を擢むことなしになされる理科教育法に大きな成 果を望めるとは思えない。尤も理科教育法には理論的な分野と実践的な分野とがある。
前者には直接小中学校児童生徒に接しなくても研究を行うことができる場合があるかも知 れない。然しながら後者は直接児童生徒の教育の場に接することによってのみ大きな効果 があがる分野である。かって昭和42年度の九州地区教育系大学理科第二部会の参加大学に
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1対して学部理科教室と付属学校の連繋状態は如何というアンケートを発した。その回答は,
全ての学部が我々の学部の現状と同様に,特に連繋はないということであった。大学の医 学部と付属病院との協力体制と同様,教員養成学部は付属学校との密接な関連性を保つ必 一要があることは言を侯たない。このような立場から,教育学部における理科教育法担当の 教授は付属学校に研究室を設け,1週のうち何回かはその研究室に赴くことが望ましい。
学部教官がこのように積極的に付属学校に手を差伸べて,その字校の教官を助手として研 究を行.うと同時に,その学校の実態を知り且つ直接児童生徒に接することによって,学部 の学生の指導内容にはねかえらせることは大いに意義があることと思う。このようなこと が今日迄等閑に付せられていたことは筆者の理解に苦しむことの一つであ,る。
本稿を草するにあたり,懇切な助言を賜わった当学部心理学教室の文学博士沢英久教授 に感謝いたします。
(昭和42年ll月30日)