【学位論文審査の要旨】
インドネシアにはワヤンと呼ばれる様々な種類の伝統的な演劇芸術がある。その中の1 つが、絵巻を用いたワヤンベベルである。ワヤンベベルは 17 世紀に発生し 400 年以上の長 い歴史を持っており、インドネシアの文化的、歴史的、および宗教的遺産として大変貴重 であるにもかかわらず、それらの保存は現在、危機的な状態にある。インドネシアの高温 かつ湿潤な気候のため、これらの絵画を良好な状態で維持することは困難である。加えて、
それらを修復・描画するための芸術家の数が劇的に減少しており、保存のための予算も不 足している。また、ワヤンベベルの保存に対する国全体の意識の欠如もある。今、ワヤン ベベルの保存に対する迅速な行動が行われなければ、近い将来にそれらが失われることが 懸念されている。本研究の目的は、現実的な方法で、伝統的な演劇芸術を維持保存するこ とであり、その結果として、インドネシアの文化遺産を恒久的に存続させる事にある。
上記の課題を解決するために、本論文の著者は、ワヤンベベルの作品をデジタルアート として保存するためのツールとして 3 次元コンピュータグラフィックス(3DCG)技術の適 用を提案し、具体的に 3DCG システムの開発を行った。そして本研究の成果を検証するため に、デジタルアートによるワヤンベベルパチタンの再現作品を、上記の 3DCG システムを使 用して生成した。
本論文において著者は、シルエットレンダリングやパターン生成といった非写実的表現 のCG技術に関係する文献調査、ワヤンベベルに関する関連研究の調査、実際のアートワ ークの観察、パフォーマーからのインタビューデータの収集などを通じて、ワヤンベベル のビジュアルなスタイルを分析した。そうして得られたデータを元に、文化遺産のデジタ ル保存のためのシステムを開発した。
本論文で得られた成果を以下に示す。
(1) ワヤンベベルの輪郭線は、表現豊かな筆づかいや太さのバリエーションなど、
いくつかの典型的な特徴を持っている。これらの特徴を生かした輪郭線を生み 出すために、オブジェクトベースのシルエット検出や、不均一なポイントディ スプレイスメントアルゴリズムを含んだシェーダーを構築した。
(2) ワヤンベベルのキャラクターの着衣は多くのきわだったパターンを持つ。これ らの装飾は、ワヤンベベルの 3DCG アニメーション制作工程において、非常に多 くの作業を必要とする。本研究では、形状の規則に基づいて手続き的にパター ンを半自動で発生させるシェーダーシステムを構築した。
(3) 本研究では先行研究の理論を元に手法を確立し、ワヤンべベルパチタンの中か らキーポーズを抽出する事に成功した。また、抽出されたキーポーズをアニメ ーション化するために必要な中割補間したフレームが、ワヤンの動きの原理に 基づいて生成される手法を確立した。本研究において提案された手法を使う事 により、キャラクターのアニメーション化を可能とした。
本研究で提案される手法は、他のタイプのワヤンベベルから 3DCG アニメーションを作成
することも可能であり、著者はインドネシアの文化的な遺産の保存作業に寄与できるよう に、本研究の結果を伝統的な演劇芸術の保存のためのツールとして、インドネシア政府に 提案することを計画している。
以上のように、本論文は、インドネシアの文化遺産を恒久的に存続させるために効果的 な手法を提案し、それらの手法を実現するため、具体的に 3DCG システムの開発を行ってい る。そして本研究の成果を検証するために、デジタルアートによるワヤンベベルパチタン の再現作品を、上記の 3DCG システムを使用して生成した。本論文は、今後のインドネシア の文化遺産保護のために大いに寄与する事が期待され、芸術工学的に重要な意義があると 考えられる。よって博士(芸術工学)の学位を授与するに十分な価値を有すると認められ る。
(最終試験又は試験の結果)
本学の学位規則に従い、最終試験を行った。公開の席上で論文発表を行い、学内外か ら多数の出席者を得て多角的な討論を行った。また、論文審査委員により本論文および 関連分野に関する試問を行った。これらの結果を総合的に審査した結果、専門科目につ いても十分な学力があるものと認め、合格と判定した。