安倍川上流大谷川流域の地質
著者 笠原 芳雄, 神間 貞吉, 橋本 行雄
雑誌名 地学しずはた
巻 12
ページ 9‑13
発行年 1957‑01
出版者 静岡大学地学研究グループ
URL http://doi.org/10.14945/00005992
P
¥91
1933
¥l
o J 1933
ω 1933
~ 1 ~ 4υ
u a 19o1
U~
19o3
fiS1 9 o "
O~
UI" 6
E百1956
大炊御吋経蝉:渥美半且ρ洪積層 大救御う静剤:溢美半島の洪積掴 浅 弁 治 平 盤 美 浜 名 地 方 自 地 形
醐liJ似品・中111保:渥美半島棋横枇の有司虫頬 加藤芳朗:撫耳基地方胤読の挟償台地形成田問誕
胤雄芳朗:洪積刷砂櫨買台地目陶析Kついて 7,11雌芳朗:三方原台地白地形地買肥ついて
地 球
20
巷 地 質 学 鍾 魅3
号 40巻 大坂地割繭文集1巻477
号1‑12
地 買 学 鍾 肱
47
巻564
争 地質学雑誌58
巻地#レづはた 第
2
静岡蝿量産掛「普及だより」
土畢拠料特集号 加重量完幼:湯村有事持部丘防乞おける水国分布と地質と
σ
上寸縄係地#しづはた 第 9~皆 til~露骨湖:浜名群描制町の慌井戸重量料庇つい t 地#しづはた 第10号
安 倍 川 上 流 大 谷
J
I i 流 威 の 地 質笠 原 芳 雄 神 間 ミ』 吉来
橋 本 行 雄泌
本面続報文眠、 安 倍111170統訴の砂防工事由ぬ瞳政省静向エミ匹轟務所由要請により、建級官中 部地方鐘設局作段目安倍川上流部司唱i図「凶毛田
1 J
同「図毛田lJ
の5000骨ノ1
地形図K基いた地表地質時晶;Df.占胤を報告した!ものの要約Eあるの
いわ明る東梅通長~i可 111由代表前段安倍JII t.t. モの源流部で大谷崩を生じ‑r:tJ.ら今怖その冒蹴匹 IIII雛が蛇章、 上VfI:部置で広い河Hを形成してい弘本副担任地域は傑
v
、淡谷と多〈の崩車地よりな るが、 ¥31 . っとれまで行われた地質調交は部分f慨奈にi且!!'1.証明。 半減涯は上記地形図の約
1 4 ] [ " .
庇わたる部骨を
I T
ったものであゐ路貨の結操白話考察E際し鮫品.竹内同助教損亡御殿示査二 又喝地調査
ι
は盛設省主主官水野、大 魚 市 民E棒々御彊E主主I且いた。拘乞犯してI事〈御礼申し上げ喜",
卒 業 生
謙抑縄大学教育学郁四年
9
本両査地域は赤石山飯田前山庇当り、笹山働行轟白山嶺線と凪凪山との山嶺紛Eはさまれて甫 陀陶〈ρ箸入れ状'白谷を作る安倍川町最上流部である。安倍JIIは上流訴で奇岐1.‑,東側由三河 内II!と 醐 田 大 谷.)11と 竜 丸 一 般 剛 容 は 壮 年 期D地 形 措 し 鰍 で あ り 、 又J拙 献 叫
z
よる 非卦III安倍川破砕帯広当り、大d,*守1101
園田鳳雛地主生じている。夫元宰川流域では酋偽で平 埼850m
a)比高をもち20
0 内件、東偽は!>OO
皿由民捕で30 ・ L
三河内川涜殺では更に8
0 0 =
比賞百35
0a)急傾斜を疋す。大観"源流郡大谷昌鉱300
m ‑450rr
町岩盤を成し、平均
35
。白幡斜配tす。大谷川巨注ぐ支i!f!ttv、づれも西側I'Cl> ~.遵沢と西日紛tである。大 谷川中涜以下は暑くE崩壊地よりもたらされた岩崎医よる段丘副峨届が発越し、大寄川がとれ庇切り込んで比摘
50mIC
速する。 Eの段丘は下流方向内約1
UO傾く平坦屈で&ゐ本欄地域医刷構酬と笹山醐線D側聞きま久瀬河11累肩書附布ずる。 16~として
砂散総板岩より成る地開袋柱の'"ぃ堆積物が骨布するが、一部rc輝輯晶画亮岩在ど白塩基性火山 活動を示す地積物を含み、加えて後由貿入庇在る蛇紋設斑鳩岩を主とする温富性火成岩悼があ るo t.れらむ地届は
N30
0 Ea)走向で5U。以上西へ傾〈単斜構造の様匹見えるが、各所Kと じた揖曲がある。石灰岩や海成蝉掛か在い間宮本地域のー特色といえゐ地届全般E広域且瀞E
示し、破鼻梅田部骨で民給唱E脅はー郁子設岩貨と在る。砂省中医陪各所で方解石、石 英1脳者活 動している3btモ自在、るもDは骨離脈でめるう。
本地域医分布する地層を治組とから梅ケ島層群及び西日膨』菌群の二地織匹区分する。
。侮ヶ島層群
主止して大観"沈域に滋出し東側D三河内川流域へ此びるもので、 粘 糠式首長砂宕が互層し 石灰岩.機婚を挟まない。 Eれらを侮ヶ島騎群と仮輸する。
本層群内田各地届は東働から商品jへ聾告に重在っており、税撤岩届白露闘では褐色男状で所
k撤1.‑(もまれている。主として新岡部落附近とモの東方K骨布し一音符は地層白変ftjICよる ν yズ状匹引きちき'られた砂岩を挟仏砂場、粘樹世田五層は結極活が優勢で所々
I C I
事さ20
園内外白灰色砂岩が瓦属する。
r
重力下し」では時紺曽駒田一部が揺出する。硬砂告は大谷1 1 1
中流東舗面.西日影択下琉四南斜面広露出し、青灰色白塊状D膚遡E乏 し い も の で あ ゐ 乙 白 砂場中Eは結暗証岩田小峰片を多〈合んでいる田が特徴で遣うる。 E白磁嶋田西側は黒色細粒砂告 が枯草曽を挟むようl'C1l:t粘桜岩層K漸移する。遜沢下流と下大島田蕗iUiで世一都民灰白色白 厚さ
50
閣内外白砂岩属が粘桓婚届を樽く挟む五属が骨布する。豆地都大谷川政斜面ι
越出するE扇は有事t:a)美しいも白である。西日膨沢大畠訳及び溢沢中指亡は骨量買砂岩粘被岩場が 露出する。灰黒色給額婚を主とし、t.a)明乞
4‑5
本田石英.方解沼田脈が入P
砂場が10
帽‑30
閣の厚きで挟まれている。粘唱巨岩怯激し(lE砕されて片哩聖位が階段物Z在っているも白 がある。しばしば自生白貨鉄鉱をみる。本層群田最も西側に存在する灰黒色粕政岩層は筒日膨 沢.大島沢.証沢田上流都民分布する。殆んE
砂場を挟ま在ぃ。 ζ白扇町西鋤宮破停帯の特徴10
〉セ .'" F時 主主 圃 図
‑一関阿国 a宿泊
︐一圃圃圃 z︐ .. a喝何通
竺眼瞳
日 ‑ 31 ‑ a
・
‑mmm幽泊・制{周蘭ω‑aEMR邑司 時苛自
zzz
E12
司3 W C望号
ー一、、,ー一一
事a
︐
a・
4‑302
白、 向︑・;
Il
札l ‑
,
主良〈表わして千佐治買の粘離婚と在る。大谷掛北部自択では灰色細管宜砂場治噂〈発遣い 黒色粘板珊D融届と互溜する。砂墳は蝋色粘極岩田桝糠片聖書〈含み臓面
ι
沿っt広 が 弘 文t.<t>部分配、砂岩田局面E堆積聞と生じたと思われる魚餓状D 規則的11.積御霊印されている。
纏度であるとは噺定L鍵同t.<t>附庄では、膚面白鰭斜E切って惟><走向方向匹ヨを附〈ガν
を作る。砂骨Z扇面E直角た首魁量生じて大規模K崩雄している。
梅ケ島膚標的名植民‑t5tn:酉へ行〈
ι
佐って俄砕且膨大きし北方では厚くなって宛遣す る。 Eれら白膚序桔発分樹帥訟でたいが、鞠Z不豊島合怯草川北方E行<n:吋1て砂場合ミ優帯 と在り、大谷)/1河床を成す巨欄原はと白砂岩陀由来する。。西日厳司面群
梅ケ畠細君事由最西部自干設置震枯祖岩緬を貰〈塩基世火成岩脈以厨正骨宿する岨届群E侮ケ 島届と区制し繭白骨騎群と仮相する。本層群は吻世置で侮ケ島群と倭ナゐモ由主要構成且ほ砂 岩.粘柾岩亙びモれら町五局と醐様様灰岩.蝶氏賞粘帳岩である。
酋白骨沢ではt正期色粘値岩が厚〈骨布L、と白西側では粘極量中広Noduleが多数入っ ているが化石は五しない。 Eの西側では 1U圃位田輝緑誕民治局が挟まれ吾、更に西側では袋 化した滑らか草緑色結榎婦があり、再び千投岩質粘紙岩と砂岩止白互届が塊tL.方解石.石英 脈白話動E伴う。t.O)上罰殖医は赤色と緑色町雌灰賀粘被岩がnm内外のl事きで含まれ<>.,t.
D附近陀は厚い砂岩踊は金〈友い。大島沢では灰鍋色目粘坂岩中
ι
巾5m
位田細v
、蛇紋岩本が あり、枯甑岩田上方E砂岩と粧雌岩田五属が狭れる。t.<t>部分以西ではやム走聞が西区ふれる。t.'n:蝉緑揚足斜面が約1Um<D巾K挟まれる。
Eれらの各婦はJ!t仙を下底とし整合E重注る。飼様様灰唖は背灰色細糧自砂場状を隻し緑泥 石を含む。互角凶石.蝉石を有し緑焼日巨は議類由化正副D像な蝉績がみられも変成されている 為結恒骨と問様花組状巨象ijげ ゐ 緑 泥 石 鯛 乞 依 る 緑 色 と 鉄 骨Eよる赤紅色を呈するものとがあ る。
対 比
本地域の地層中
r c
は時代決定庇供する化正出産1‑11.いので岩胤上から対比を試みと冶信ゲ島届群E 良く似た地層醐ま甫方で詳し〈区骨されている瀬戸川累曹欝坤白各層酎Eは見当 ら1.<.¥(bしかL、南部四瀬戸川県届群中田市ノ瀬・掩O紡両膚群托繍鞍似した岩相をもてゐ唯 中山風群とは企〈絹相を具n:‑rる。
Eムで薄暗域南方で矧居しているよう匹、方解石.石英脈は鵠鮒悼白話量が瀬戸JII黒層群中 托特宥田も田である事からすれは本局群は瀬F司11黒膚群として良
ν
、互西日齢層群は凝灰喧省婦を割札でいる事1.<~で加藤芳朗氏E よる安悟楓玉川村方面白口坂本
13) 踊 知Z比盤的良〈剣国ずる。
1 1
大目岬付近を通る破高崎を伴う笹山構造綾田借唖が北方で本地域白闘部をi困る磁碍骨E当ると す 耐 え 西 日 酔 届 知 ま三書県局開乞入る事E亙る。t.<D揺は本地域西方D大井川斜面を精査すれ ば岨らか庇なろう。とも治益〈本格離を作る地層は古第三 紀D堆 積E成り、或は白亜細乞逆上ると
も唱えられる。
情造
本縄査地域は件稽輔宥自製維な構
t
置を呈する治七大部骨は見かけ上回へ傾く単制締踏を示し部 分間t<:植樹する。ー唯技向はS‑N
及至N3 U O E
で闘rc.5U>
以上回噌掛世ずる。 噌曲は「重力下し
J
1Lどで観察出来.文大谷崩の部骨では少くとも三本の:'ii曲車齢:考えられる。断層はi屯曲を区切ヴt定
. 1
坊市区伸びるもむが主で岳民火成岩体巴西側四千佐治買粘根岩<1) 磁棒借は閥ら古唯逆断層と去える。t.<Dtk走聞を切る方向。東西世田断層としては大 谷 紺b部 匹見られる。 Eれは粘板岩を担任r
使砂岩届がN8UOEに 鑑Eる暗調書で切られ陀ものでa
うる。大 島択でも砂岩を切るN6U O
W<D析周が約10
四 回庄締結土E
伴つているのが観損された。又塩 遊性火成岩体以西田晶届を被る推淀断層が考えられるが儲露出先E今後自説棄民待た在ければならな い。大谷崩-{伽1:.i~]曲僻趨が非府陀撤しい部待であり、t.<D事が届鎮の成凶に重要な意味をもっ ている。火成岩
温基註火成矯悼はほぽ定問t<:沿って南北巨細長〈姑びる。乙白岩 脈の南白描長は西日膨沢南由 捜械で硝認されtいとお 131との岩脈は水成績が地主躍した後bなり由量、形を受けtから貨人したも 白で、各減額t<:於t見られる岩石主主として蛇紋治で、 主目玉[S:唖陀優陣角御鋪紘1喝岩且J蒔掛岩 の細脈などが伴つ"cv、る。宮被岩は黒緑色で、角関 石田大宮市誕品を主とし紙拠石、厳寵正予
t l i
白 書E成植物を骨~、汚れてv、る。本火成岩悼は酉E 鰯〈逆断層慌をつて1'(入したもロで西i乙~ 001頃章、最も厚
v
、部骨で1UOm
巨遣する。との脈民滑って障担草地が点在する事:ta闘に価す弘 己の他本地域一帯広方解石 . 石 刻 船 橋 盈 が随 所E古車培られる。応用地質
本地域一帯は附近と相まヴ亡宮金銭方解石.石刻居の話勧が 著 る し 川 西 日 影 沢 「 筋腕れ
J
t<: 露出するも田は大井目胤面目金沢鉱山田ものと問型むものらしく、砂岩頁岩白有律E面白中へ賀 入して、水晶平方解石1).t;舗を作る。上砲火成岩体E伴 つt、大島訳 庇 即車 王 紙 を の北方忙は 滑石を生じ‑C'"る。本地域では所々忙鉱泉が湧出L...梅ヶ品温来では最高4U.80 Ct<:達する。
大谷崩をのものは破静帯であり、使q
T o ¥ き ・
U K粧 桜;宕などの多v、地域11急斜面でUましば犬規 模な崩療を還すlJliがある事合唱、 乙れポ誘凶と,';CV:J"'(大持)11:1)谷頭部が活法民金位し、草分主主1 2
r
一 一 一 一 一 一
斜 幽C対¥...t.CD附 近K滋源を有する小地温群平豪雨などが曹幽となり、逆E地とり性崩壊を起す 陀宝?ったと考えられる。
以上述〈た繊K瀬戸'M集編劇乞対比される本地域は、結故岩、砂場を主とする厚い水成砦が発 逮
k
組 雑1I.i'~蘭構首置と道断尉 ι よってもま tt、折り曲げられ、千切られている。Eれまで民槽討した要点宇あげると、
1 ) 本 地 域E緋成する地胤は場組とから二次則さIh..東側白梅ヶ島周群は粘板婚と砂砦E主 とする互滴が多v、。西棚田西日臨編御霊械以層を熟むDが特徴である。
2) 金般庇撤しい例議迦馴を受けて、各局が与圃したP部分的
ι
もまれている。3 )
本地由時D西部区抵南北κ肱びる破砕怖が存在する。4 ) 級品主申告毛凶となるるのはとれら田地質(l'~条例制重さみっているるである。
主 要 書 梧 文 献
11 ) 中千台曹三郎,地主:り止ぴ山崩
1949
12)窃山 次RII;白部地方
1 95 0
13) 静 岡 剛 ( 出 版 );安倍,I汲大井川上犯と詮ける地下資源同発耐査報告 1 25 2 i会j 小 出 博,日本白地とり
16) 厳 島 tlN苦,地震桜tllj報告且凶静岡附近の地拘zつv、て
1954
地学しヴほ7<:
5
号 J.
9G4
1 fj 1笠y
勝 梅国:LTt縄 県 白 地 質2
言 士 山 視 涯 に つ い て四年iil:月 誠来
富士山:‑‑:;日本白象徴由一つである。 t.CD山 田 気 象 の 変 似Z平地と比べ非常R復維で背くから極 々の野安団体?とよってお究誤演さ".,ていゐ私はと由富士山が静岡から眺 め た 場 企 富 士 山 田見 える度合ぷ月平辛節目後代民伴って庄の様t<:~るかという幕臣ついて卒業論文として捌査研究し た。
.\~};:6:方Z去は毎日およモ 10時t<:静岡市内から寓士山を跳柏、 富士山が1&Î'C.嶺われていた担降続
む
民心 L..t~
メ' 移伺大学設η苧吾担日字