鳥居川流域の河川災害 と地形
松 岡 保 正
( 平成
7年10月2 日 受理)
Characteristics of Geomophological condition and HydrosphericDisaster i
n t h e b a s i n o f t h e T o r i i R i v e r .
Yasumasa MATSUOKA
TherelietwoquleSCentVOIcanoesandthreecanyonsinthebasinoftheToriiRiver. Intimeofheaveyrainfa
l
l,driftwoodsandgravelsareproducedintheeseareas. Sometimestheycausehydrosphericdisaster.On仇eotherhand,theseareasarekeptinrerativelygoodcondition.Sowemust paydueregardtonaturalriverecosystems.
Agoodcooperationbetweenengineers,ecologists,andsimilarexpertspairedwi仙 thework ofgoodserviceteam isessentialtowaterresourcesmanagementand maintainance.
1. は じ め に
平成
7年
7月 1 1日から
12日にかけて県北 に降った記録的な豪雨 は,県関係では姫川,土尻 川,鳥居川等の水系で大 きな被害を もた らした.小谷村で観測 された 2 4 時間最大雨量の 3 57
mmは数百年に一度の確率雨量 に相 当す るものであった.最大 日雨量の値が大 きな九州,四 国,紀伊半島では1
000mmを超 えるものも観測 されてお り, 日本全体からすればそれほ ど大
きな記録ではない. しかし,災害の規模や内容は雨量だけでは決 まらない.
今回の豪雨災害に見舞われた流域 の うち,鳥居川流域では,近代工業化社会になってか ら 初めてと言 える雨を経験 した.あえて雨量 と表現 しない理由は,梅雨末期の湿舌を伴 う豪雨 とい う典型的パ ターソであった事や,千曲川流域全体 にわた る豪雨ではなかった事等,量的 側面以外の部分が深 く関わ っている事による.当然の事なが ら,河川災害 は降雨条件 のみで は決 まらず,流域の地形的特徴や土地利用形態が大 き く反映 され る.
流域の河川災害の特徴に関す る研究や報告はこれまでにも数多 くなされてきているが,そ うした ものの多 くは大河川或いは直轄河川が対象である.特別な企画でもない限 り,岳居川 のような中小河川について総合的に扱われ る事は殆 どない.近年,河川の近 自然化が叫 ばれ 始め,県や地元住民の間でもそ うした事に日を向けるようになってきた矢先 の今回の災害で ある事から,流域の特徴を総合的に把握 し,河川‑の関わ りかたを再検討す る事が急務 とさ れる.
■長野工業高等専門学校 環境都市工学科 助教授
28 松 岡 保 正
本文では,鳥居川流域の地形 と土地利用の特性 について報告 し,今回の河川災害 との関わ りについて言及する.更に;そ うした地形的特徴を考慮 した河川防災 と近 自然化につ いての 可能性 と問題点の検討を行 う.
2.
流域の土地利用 と地形
2.1地形形成の概要1 ) , 2 ) ・ 3 )
地質構造の. 上 からす ると本流域は,いわゆる北部 フォッサマグナに属 し,中新世以降一部 第四紀 にいたるまで断続的な火山活動を伴い?つ・沈降 と隆起が繰 り返 されてきている・大 地形的には,新第三紀に厚 く堆積 した基盤が摺曲を受 けた信越摺曲帯 と,それを切 る形で発 達 した高位浸食平坦面,基盤を貫いて形成 された飯耗 ・黒姫の両火山及びその火山活動に起 因す る諸地形により特徴づけられる.図
1に,等高線間隔
50mの流域の地形図を示す.
図 1 鳥居川流域及び周辺地域地形図
本流域の源流部左岸 は,戸隠山塊東緑部断層崖の崖錐及び扇状地堆積物からなっている.
この平坦地は,中新世初期 に始 まる海進 と続 いて起 きたグ リーンタフの活動の賜であると考 えられている.中新世後期 には中央隆起帯が隆起 に転 じ,本流域を含む西側地域 と完全に分 離 した.更に鮮新 ・最新世 の猿丸期 にはいると海退が始 ま り,東西圧縮型 テク トニクスによ る神曲 ・断層構造が形成 された. この猿丸期変動によって形成 された構造 は,第四期初め頃 の大峰小起伏面で切 られ,その後は垂直的隆起 たよる構造盆地の形成が顕著になる.
時代が下 り数十万年前になると,先ず飯蒐山が火山活動を開始す る.飯縄山からの降下火 砕物質は偏西風 に流 されて東方に降下 し,牟礼 ・三水の丘陵地を形成 した.飯縄 ・妙高に続 き,約
15万年前 になると黒姫山も火山活動を開始 した.活動開始年代は古い方か ら,飯縄
1期‑妙高
1期一飯縄
2期‑黒姫
1期‑妙高 云期‑妙高
3期‑黒姫
2期‑妙高
4期 と考 えられ ている. これらの火山群 はいずれ も多世代火山であ り火山体形成過程 も,円錐形成層火山体 形成一馬蹄形爆発 カルデラ形成‑中央火口丘形成, とい う同 じ順序をた どっている.
鳥居川の源流から千曲川への合流点に到 る間には,地形図上で同 じように等高線間隔の広
い平坦地が巨視 的には
4箇所存在す る.それ らは上記 の地形形成史 を特徴的 に反映 してお り, 災害や土地利用 と密接 に関係 している.
2 .2 土地利用形態
4)・ 5 ) ・ 6 ) ・ 7 )
鳥居川流域全体でみると,中世以前にも人口規模や技術水 準 に 応 じた土地利用はされてお り,太田荘や芋河荘等には水田が存在 した.しかし,現在の 集 落 や農林業 とりわけ稲作面の 土地利用の基礎が確立 されたのは,戦国から江戸初期にかけ て であると言える.築城技術や 鉱山採掘技術等が戦国時代を通 じて急激に進歩 し組織化 され , そ うした技術の転用が, この 地域の大規模開発を可能にした.
用水開発技術者に着 目してみ ると,中流域では小笠原長詮 の 庶 子清水戸右衛門あた りの時 代に開発が顕在化 し,江戸時代に入 って飯山落川除奉行野田 菩 左 衛門の時代にピークを迎 え る.そ うした開発が引き金 とな り, 自然のままでは水利に乏 し い 鳥居川流域に次々に新田が 誕生 した.加賀の前田の参勤交代ルー ト,佐渡の金山と江戸 を 結 ぶルー ト,北の苦 りの情報 ルー ト等の役割を果たす街道維持の意味合いもあ り,上越か ら 北 信濃にかけては,既に大久 保長安による熊坂開発の許可あた りから異例 とも言える開発 が 行 われたわけである.
図 2に鳥居川流域及びその周辺の 現在の土地利用状況を示す.源流域 は戸隠山塊東山麓 ・飯縄山 ・黒姫山 に囲まれた地域であるため,殆 どが 山林である . 2 . 1で述べた理 由か ら戸隠山塊東側が急崖即平坦地 にな っているため,一般的な場合 と異な り水源地まで山の奥深 く入 らない.
水源の比較的近 くに畑や宅地が存在 している.
黒姫 と飯縄に挟まれた峡谷を出た
I .
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1 伽 T紬 . IL●ー
□ 山林 Ⅶ 畑 田 水田 ■ 宅地
図
2鳥居川流域 と周辺地域の土地利用 辺 りから牟礼村小玉あた りまでを上
流域 と呼ぶ ことにする.信濃町に於 ける鳥居川扇状地には熊 倉 , 仁之倉,原,落合,御料, 板橋等江戸時代初頭に大規模開発された一大穀倉地帯が広が る . 昭和4 0 年代後半には構造改
善が行われ,水路や農道の整備が行われている.
信濃町戸草から牟礼村小玉までの間は再び峡谷になるため , 両 岸は山林 となっている.伝 濃町 と三水村の間には標高7 0 0 m内外の星山が横たわ り,そ の 南 側に展開す る水田 とともに のどかな農村地帯の原風景を形成 している.鳥居川を挟 ん だ 標 高5 0 0 m台の三水 ・牟礼の丘 陵地帯の畑の大半は果樹である.特に三水村では,昭和4 0 年 代 以 降の転作奨励期に,条件の 良 くない水田を中心に果樹への転作が進んだ.
牟礼村小玉から三水村倉井の釜淵の間を過ぎると,豊野町 大 倉 まで,谷の深 さはさ程では ないが再び峡谷 となるため,河沿いに山林が続 く.
下流の豊野町は,土地利用が千曲川 とほぼ並行 になってい る . 千曲川沿いの果樹園は, ち
ともとは水田であった.宅地が線状に伸びているのは,古 く か ら 飯山街道沿いに集落が発達
30 松 岡 保 正
していた事による.近年は,国道
18号沿いに商業地区としての開発 も進んできている.図
2中の,鳥居川が千曲川に合流す る直前に展開 している宅地は,先の水害で冠水 した豊野町蟹 沢の堀 ・中島地区で,江戸時代か らの飯山藩の西の玄関口として栄 えた所である.
2.3
河道の特徴
鳥居川の平面線形 については,図
1に示 した通 りである. この地域全体が北東一南西の摺 曲軸を持 った信越摺曲帯に属 しているため大局的にはその摺曲 ・断層構造を忠実に反映 して いる.水源地は戸隠村大字戸隠字燕尾
3606番地先暗渠下流端,流路延長 は
34.8kmで,豊野 町東島 ( 堤外地)において千曲川へ合流 している.
図 3 に鳥居川の縦断曲線を示す.図中の A〜G は図 1 中の A〜G に対応 している .A 地点 で佐渡山 ・黒姫山西山麓か らの流れを合流 させて流れは東進 しつつ,最初の峡谷に向かって 徐々に河床勾配 を増 してい く.峡谷出口近 く
の B 地点辺 りまでで生産 される石碑の径 は,
1400流域中最大である.
1200鳥居川扇状地に出てか ら最初 の大 きな湾曲
1000は,小玉堰の取 り入れ口直下流である.現河
5 80。道 は左へ下 りなが ら湾曲 しているが,昔 は現
諾 6。.在の用水のルー トを直進 していた時 もあった
400らしく,用水沿線の工事をす ると巨石が大量
200に出るとい う. ここから一つ下流側の原 ・落 o
合用水の取 り入れ口にかけては,縦断勾配の 変わ り目にあた り扇頂区域 とい う事になろ う.
ここから流れは北寄 りの コースをとる.地質
0
10 20 30 40 水落か らの臣推 (Km)B13
鳥居川の縦断形状
年代での昔には,そのまま北流 して現在の関川に合流 して日本海へ流れ込んでいた形跡 もあ る.県道仁之倉線を過 ぎると河床勾配 も緩やかにな り,右横の径 は急激に小 さくなる.古間 で東に大 きく向 きを変 え更 に約
2.5km東流 した後,諏訪の原地区で南に流れを変える.
信濃町戸草か ら牟礼村小玉までは峡谷 とな り,河床勾配 も急になる.当然の事 なが ら,河 床 の石棟の径は増す.出水時の土砂や流木の生産量 も多い.峡谷出口の小玉川入地区で若干 流路 は広がるものの,扇状地を形成するほどの空間的ゆ とりはない.
巨視的には,流れはここから南東に向きを変 える.牟礼村本町手前には,狭窄部を伴 った 強烈な
S字形の湾曲が存在す る.約
1.5km市街地 を流下 して,流れは再 び峡谷 に入 る.戸 専一小玉間程深い谷ではないが
,∫R 信越線 と国道
18号線に挟 まれて流れているため,特 に 右岸 JR 側 はコンク リー ト護岸の博物館の様相を呈 している.
豊野町大倉の諏訪社を過 ぎて峡谷から出ても,河床勾配は急には援やかにはならず,暫 く
は大粒径の砂磯 の河床が続 く.明治橋を過 ぎ,昭和橋上流の緩やかな
S字形湾曲部にさしか
かると河床勾配 は急激 に緩やか‑ 羊なる.明治橋以下は両岸 ともコンク 1 )‑ ト或いは検地右横
護岸 となる.
3.
平成
7年
7月11・12日災害
3.1降雨条件
図
4に,信濃町の
7月 11日か ら
12日にかけての,‑イニ トグラフを示 す.データは,長野地方気象台観測 局のものを用いた,雨量の ど‑クは 午後
7時から
8時の間に現れている.
累計雨量 はこの時点で
69mmであ り, 特 に豪雨 と言 うほどの雨量 ではない.
しかし,隣の姫川流域 の小谷村では,
2時間前に
1時間当た り
48mmを記 録 し,午後
8時 まで の累計雨量 は
205mmに達 している.上流域では,
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2/17月l l F
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7日 1 2 日
l1 時刻 12図 4 信
濃
町の 雨 量
観測地点 よ りも強かった らしい事が等雨量線図か らも 推察 される.
鳥居川流域及 び近隣の
24時間最大雨量 は,信濃町が
183.5mm,小谷村 が
357mm, 白馬村 が
298mm等 となっている. FRI C S観測局 のデータでは,同 じ白馬村で も猿倉 で
487mmを 記録 している.小谷村での値は
, 2位の雨量が
197mmとい う事で,岩井法による推定では, 数百年以上に一度の確率であるとの結果が得 られている.
今回の降雨の特徴 は,‑降 雨 としての雨量 もさることな が ら梅雨末期の豪雨 とい う, 長野県のよ うな招曲 ・断層地 形が多 く,変成作用を受けて いる地域 にとっては斜面災害 の起 こり易い条件が整 った事 にある.図
5に天気図の推移 を示す.太平洋上の高気圧が 勢力を増 して,梅雨前線を北 に押 し上げる様子が良 く分 か る. この最終段階で,高気圧 から暖か く湿 った空気が供給 され続けて湿舌が出現 し,慕
雨をもた らした. 図
5天気図の推移 ( 信濃毎日新聞)
3.2土石流
信濃町で最大雨量強度を記録 した直後の午後
8時頃,長水地区が土石流に襲われた.黒姫
開拓北側の薬研沢上流での斜面崩壊が引き金 となって,沢筋に厚 く堆積 した火山噴出物 が大
量の水に運ばれてきた.長水地区に到達す るまでに,途中
2箇所で大きく林内に広が ってお
:t2 松 岡 保 11
り,そ うした所 では直径
3m以上 の岩が泣いて行 かれている.良水 地 【 * ̲ を舛
っ/こ1 二 I ̲ l ' 流
はftは人粒 が
1m程度以 Fであった様であるが,相当丑の水 が流れた らしく,1 j! 諮火側 の 仙 勺
にけ新 しい流路がで きた.そのため,通常は湯之入川か ら鳥居川へ流れ込む晋の水か亦川‑
批メt , 六I l地区で橋 の一部山域や鉄道線路及 び水 D ]の冠水等を引 き起 こし ,快H l ト 流入 した.
土石流に関 しては,黒姫山 よ りも飯縄 山の方が開折 が進 んでお り,過去の娼紙 は多い.l
Ili和
60年 には,飯縄山東側 の犀風沢で土石流が発生 し,大井地区に多大の被害を 与えた.災・ ' t l , I 後に砂防ダムが建設 された事,黒姫,妙高側 に比べ て飯孤山側 の降雨丑が少なかった7 i rもあ
って今回は大事 に至 らなかった.
3.3
河道閉塞
今回の出水 では,河道内に橋脚 を持つ l l TL、 タイプの鵬の何 カ所 かで,流木 と土砂 による河 道閉塞 に近い状態が生 じた.上流か らり , 上 道仁之
倉線の鳥居川府,古間の F島桶
,?iLt二l1 . . 柄,ヰ' ・ 礼の鳥居橋,塩野町の川行橋,‡ 7 7 1 和I . r h
飯山 松鉄橋等である.
出野町人舟のt ^橋 は
J:部がはらほ らにならず に流 され, 人 分納
,明約柄 を通過 し
,l I l i
和柵 で 共横 にな り河道の狭' *化 に一役u っナ・ .
〆 ノ ッブルタイプのi E機 が無かったので,丸太等 の効 率的除去がで きなかった.
牟礼村の鳥居橋 は箱型断面曲線桁 とい う,当 時 としては珍 しいタイプの橋である.橋 の右岸 側上流の水嚢部分への土砂の堆積 と大木 の漂着 によって右岸側 が閉塞.左岸側 に流れが集 中 し た結果,橋台上流側 の国道
18号線 の一部 が流失
した.
今回の出水で河横の減少を引 き起 こしたのは 漂着 した流木だけではない.河道内に堆積 して いた土砂 と,側岸 の洗掘や斜面崩壊で新たに生 産 され運搬た土砂が,水J ig や援勾配地点 に堆校 して河群の減少 を招 いた.昭和橋上下流の堆枚 状況を示す ( 写真 1, 2).
3.4 局所洗掘
前述 した よ うに,今回の出水 は記録的 な もの であ り,大壷 の土砂 と濁流は護岸や橋脚等 の周 囲の洗掘を招 いた.特 に,湾曲部や不連続部 の 護岸 の被災が多 く見受け られた.釜淵〜大倉間 は
,∫Rと国道
18号線 に挟 まれ る様 に流れてお
写真 1 日 符柳橋上流の雌郎状況
写真
2昭和橋下流の堆枇状況
り,住民の足への影幣 は大 きかった.国道1
8号 線の川谷地 区の被災状況を写
兵 3に示す.同所 は
14日午前
9時
35分 に崩壊 した.路面 か ら河床 までかな りの高 さが有 るため,復旧に手間取 り, 仮橋 による片側通行 の状況が続 いている.
戸草〜小玉間の峡谷部で も,洗掘 に よる大規 模 な斜面崩壊 が有 った.T j : 火 ・ l ほ,竹光寺用水 取 り入れ口下流左岸の被災・ 状況である.普光専 用水は流失 し,その 1 二 の
介 Jl
:J I J 水がかろ うじて 残 っている.航窄' I J J ・ 1 1でJ ^ると,人 きな衿曲の 水術部であるのが良 (下 りる. A‑ l l t の 卜砂 と流木 が生廉 さJ Lたと 抑' * さ れ る.
斜
t斤了肋蟻 を什わない
Jfl,JJ..lJ. 椴の
吉Q‑rI 主 の例雌や 流失は, 矧 u l 部に限 ら
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'i に申統城以下 では
多数光′ 上した.典雅的 / L例J fl L J J ・
出5に' J i す
.忘頓I'ft F流端不辿統部の水. 、 † / ・ 榊にJ .る
伽J tと
,旭川 の 根入れ部分の洗掘に よ り, T r 流側 から爪 にhl元 をす くわれ る形で崩機 が進行 したJ l t を拘5 ‑ ≠ , L って いる.
3.5
氾濫
一 口に氾濫 と言 っても,原凶は同 じとは限
らない. ここでは,今回氾濫 した地点の うらの, 代表的な
3地点について報告す る.
写真
6は,原 ・落合用水取 り入れ
11庇 ド流イ了 岸の状況である
.11日の20時を阿った時点で決 壊 した.大地形的には扇状地の扇頂部 に当た り,
t = ' ‑ク時には旧河道を流れて,北川
逓魚場 の虎 魚地,原地 区の水田に土砂 と流木 を運 んだ.追 路 も水路 と化 し路盤材 を流失 させたため, アス
ファル ト舗装が大 きく波打 ち通行不能 となった.
写真
7は,12日の1
3時の時点の昭和橋上流
S字塑湾曲部上流の状況である.前 日午後
10時
7分 から始 まった昭和橋 での溢水を監視 し,水防 活動を続 けていた住民 は
, 7時の時点で,重大 な決断を下 した.
7時
7分 に破堤 した後 は,水 位 が下が り始め るが正午過 ぎて も溢水 は収 まら ず
,14時過 ぎには再 び鳥居川の水位が上昇す る.
避難命令が解除 されたのは,1
3日の午前
7時30
写真 4 洗掘による斜I t i l ‑ ) ' 州・ &
写真
5番岸の連鎖的崩壊
写真
6原地区での決壊
写真
7昭和橋上流湾曲部
34 松 岡 保 正
分である.
豊野町における鳥居川や浅川に関係 した水害 は, これまで千曲川の増水 による合流部か ら の堰上 げ背水 に伴 うものに注意が向いていた.今 回の水害′tターンは,その盲点を突かれた 形であった.今回の出水 は雨量の確率規模 の割には大規模で,河床 が急勾配か ら綬勾配 に変 化す る地点では,予想 をはるかに超 える土砂の堆積が生 じていた. また,土地利用的側面 か らみ ると,一部千曲川の堤防をも兼ねた国道
18号線の盛 り土 と鳥居川の堤防で当該地域 を取 り囲み,堤池を形成 した形 になっている.幸運 に も今回は,千曲川の立 ヶ花 における水位が
12日午前
7時の時点で
4.14mとい う,昭和
58年の出水時 と比べてかな り低 い値であったため, 思 い切 った措置が効 を奏す る結果 となった.
4.
近 自然型河川管理 と河川防災
今回の水害で冠水 した地区の住民か らは,橋 に大量 の流木が漂着 した ことか ら,上流の河 道の樹木 を伐採せ よとの声 も聞かれる.確 かに,河道内及 び河道に撮接 した斜面から流木 の 大半が生産 されてはいるが,伐採すべ きか ど うかは一考を要す る.
近年,水域 の環境改善への関心が急速 に高 まる中,近 自然型 ( 或 いは多 自然型)河川工法 によ・ る河川改修 が行われ始めてい る.近代工業化社会 になってか らの建設省の具体的 な取 り 組み としては,平成
3年の日独河川技術 シンポジ ウムが,一つの大 きな契機 になっていると 考 えられ る.勿論それ以前か らも,各地で蛍水路設置等の努力 はされてきている.
江戸時代 までの農業社会 に於いては,それぞれ の地域的特性 に応 じて,概ね再生産可能 な 自然 のサイクルの範囲内で,里山まで含めた川及 び用水の水 と関わ ってきた. 日本 は西欧諸 国 と異な り,急峻な国土 に用水を引き水田を展開 して食料 の安定供給を図 って きた.地方の 農村部では,近代工業化社会 に移行 した後 も昭和 3 0 年代 あた りまでは, 自然や風景の基本的 な所 は維持 されていた.その後の経済構造 の変化等によ り,川 ・里 山 ・用水を取 り巻 く状況 は激変 し,水質汚染や種 の絶滅の形になって現れ ている.
これか らの河川改修 は,洪水対策のみに重点を偏 らせ る事 なしに,地形や土地利用形態 と 災害パ ターンや生態系 との関わ り方の特徴 を明 らかに して,流域全体 として多様 な河川環境 の創出 と維持 に貢献す る姿勢 も要求される.
4.1
土砂対策
先 に述べた よ うに,鳥居川 には比較的急勾配の峡谷が
3箇所 あ り,新たな流木 と土砂 の大 半 はそ こで生産 された と言 って良 い.河道 内の砂棟粒径 に着 目す ると,一般的に河川で観察 され るよ うな,流下す るにつれてほぼ一様 に粒径 が小 さ くなる傾向を示 さない.峡谷で生産 された土砂の うち,粒径の大 きな岩或 いは石 は,峡谷 内か ら峡谷出口付近 に留 まってい るた め,その先の平地では一旦粒径 が小さ くなる.そ して,次 の峡谷では新たに生産 された土砂 によ り再 び粒径が大 き くなる.
最下流の昭和橋上流の
S字型湾 曲部 では,河道 の幅が広が り,河床勾配 も急激に緩やかに
なる.そのため,今回の出水 では水裏 に中程度以下の砂棟 が大量 に堆積 した.写真 1 で は,
河道 を確保す るため,応急措置 として左岸寄 りに土砂 をよせてあるが,河積がかな り減少 し
ていたであろ う事 は容易 に想像がつ く.
以上の事 か ら,峡谷内にI
iイl ・ J . している上砂及び新たに生産 されるであろ う土砂 は,綬勾配 の住宅地 まで流 してか ら処理す るのでな く,河J 求勾配や上地利川形態の変わ る峡谷出口近 く で対処す る事が望 ま しい と言える . L l 肘 巾には ,lr . ( 了 の組み合わせを基本 とした,川幅 の広 い援勾配 の近 自然捜 卜砂瞭 州 拙 , z lリ′の . 肘I l ' ' I がl q l えられ る.紙やかな維持管理や親水 目的の 為 には,建設機械や 一 般
ll...lLIl J 一 等の加の,め/ J' I リ牡の仙' J ̀ 1 : も り戚す る必要があろ う.
4.2
河道内樹木
前述 の よ うに,峡行郡で は 川 水 日 . I )には火的U ). t 二 砂 と流‑ ^
なL
lこ J J ' r ・ ㌻る.徹断両で管理す るよ うな大河川 における河道内樹木の似 、 某ノ ブ 決れ t h釧打に上 り 如 拙 されているが,都市化が進 んでいない流域 まで ・ 様 一過川す るか どうかけ, ‑ : L ' , Q )か地 があ る.
写 出8 は,
JH, . ・ 〜小 kJ l i J Q こあ るF
r井川水枇 r ) 入れ「TF派の,余水叶対 ) ‑ f 叩 ‖ J r t t t l h l の河. ; ̲ r ll 〜
納本 である. 卜分 V触 った机は汎 伽† 」もしなやかに 対応 した もの と州無 さJlる.
峡行内には秋和 邪と J 1 1 瓜 湖が渦 、 J lに分イ 目して お り,
臥水 帖 仏拡刊の河道I ^ J 林 を流れ る流れは 巨石や流木 を置いてい く.J f確 には,その前面 に喋I F J ' ・し溜 まっている.写真
9にこの状態を示 す.通常の流路 は写真左側 であ り, ピーク時に は右側 に流れた為,右岸側へは巨石が運 ばれ水 田が一部流失 した.
樹木のみな らず,葦等が有す る浄化能力等 も 近年見直 され始めてお り,既に諏訪湖や野尻湖 等では実施段階に入 っている. また,水性生物 全般 にとって沈水植物 も重要 な役 目を果 た して お り, これ ら河道内植生 との上手 な付 き合 い方 が求め られている.
4.3
流路形態 と堰u9 )
写真
8河道内樹木の効果
写真
9流木 と河道内樹木
多 自然型河川に取 り組む場合, 日独河川技術 シソポジウムにおける水野信彦教授 の言葉 を 借 りれば
,「魚に成 り代わ って河川技術者 にお願 い」 され る事が幾つかある.
第‑紘,良好 な瀬 と淵の保存或 いは創出である. トロを淵 に変 えての,魚の密度 と現存墓 の変化の調査結果 は,重出比 で
100倍 のオーダーとなってい る. これ までは,‑ #岸の洗掘防 止等の面 か ら改修 に当た っては,一様断面平坦河床が良い とされてきたが,今後 は敢 えて瀬
と淵がバ ラソス良 く存在す る河道の設計が必要 とされ る.
第二は,泳力の強い大型 の魚か ら,蟹やエ ビ等泳力の弱 い ものまでの移動の自由の確保 で
ある.その最大の障害 は, ダムや堰,床固めである. コソク リー ト上 の,浅 く速 い流れや,
下流部 の水深が十分ではない段落 ち等 は,汀線 とジャソプに必要な淵 を具備 した構造 に改善
す る方向で改修 を進め る必要がある.
36 松 岡 保 正
第三 は,三面 コンク リー トの改善である.北信地方で も,昭和
40年代終盤 には,三面 コソ ク リー ト化 した用水 か ら動植物が消えた.最 も身近 な水辺である用水 の近 自然回復 は,水利 権等がか らみ非常 な困難を伴 うが,地域住民の意識改革 に大 きな効果が期待 され る.
以上,主に構造面 について述べたが,良好 な水質 と安定 した水量が大前提である事 は言 う まで もない.
5. あ と が き
平成
7年
7月 1 1日か ら
12日にかけての梅雨末期 の豪雨 は,長野県北部 と新潟県西部 に大 き な被害を もた らした.姫川流域 の被害 は甚大で ,
∫R大糸線 は全線復旧の見込みが立 ってい ない.姫川,関川 ともに元 の河床位置 に復 旧させ るとい う方針が打ち出 され
, 5年はかかる 見込みである.地方分権 が地方切 り捨 てにな らぬ よ う,一刻 も早 い復 旧が待たれ る.
今 回の豪雨災害 を機 に,流域住民の一人 として鳥居川流域 の河道災害 を調査 した.岳居川 には,清流で知 られ る四万十川や鮎で知 られ る長良川 のよ うなネームバ リューも大 きな産業 価値 も無 い.そ うした, ご くあ りふれた山地河川の近 自然回復 にあたっては,地域住民サイ ドか らの, きめ細やかな息の長 い取 り組みが必要不可欠である.そのために筆者等は,鳥居 川本川 ・里山 ・用水を一体 として,流域全体で取 り組むための基本調査 に着手 している.
最後 に,災害資料の収集 に快 く協力 して頂 いた県土木部河川課 の方々,町村役場の職員の 方々,聞 き取 り調査 に協力 して頂 いた数多 くの流域住民 の方々に感謝申 し上 げる.
本調査 ・研究 は,一部平成
7年度河川整備基金助成事業 「 鳥居川 と
33用水 の流域診断」の 助成 を受 けて行 った ものである.
参 考 文 献
1 ) 八木貞助,八木健三 :上水内郡地質誌,古今書院
,1958 2)松木重一郎 :上水内部誌 ( 自然篇),上水内郡誌縮集会
,1970 3)早津賢二 :妙高火山郡‑その地質と活動史‑,第一法規出版
,19854
) 上水内郡誌編集会 :長野県上水内郡誌 ( 歴史篇),上水内郡誌編集会
,1976 5)信濃町誌編集委員会 :信濃町誌,信濃町役場
,19606)
三水村誌編纂委員会 :三水村誌,三水村役場
,19807
) 倉石義次 :豊野町誌,豊野町公民館郷土調査部
,19608)