• 検索結果がありません。

保険概念における不可欠な条件について

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "保険概念における不可欠な条件について"

Copied!
16
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

保険概念における不可欠な条件について

安 井 敏 晃

■アブストラクト

近年,保険概念についての関心が高まっている。その背景として保険以外 のリスク処理手段の発達により,保険との違いを明確にする必要があること が指摘される。しかしそれだけでなく,消費者に対する保険教育を進める上 でも保険概念を改めて検討する必要があろう。従来の保険概念を巡る議論は 研究者により厳密に検討されてきたものであり,一般の消費者にとっては難 解と考えられるからである。消費者のためには,保険概念に不可欠な条件を 押さえながらも簡潔な説明が必要となる。そこで本稿では,その不可欠な条 件を検討してみた。その際,特に 掛け捨て という広く流布した表現を手 がかりにした。これは誤った表現であるにも関わらず,現在でも多くの消費 者に使用されている。このことは消費者にとり,その誤りが分かりにくいこ とを意味しよう。そこでこの誤解を解くための簡潔な説明を試みることで,

消費者にまず伝えるべき保険概念の条件を検討してみた。

■キーワード

保険概念,リスク分担, 掛け捨て

はじめに

わが国においては,長年保険概念を巡り多くの論争が展開され,様々な学 説が示されてきた。その後この概念を巡る研究は下火になっていたものの,

*平成21年10月25日の日本保険学会大会(龍谷大学)報告による。

/平成22年1月25日原稿受領。

(2)

近年,再び関心がもたれるようになっている。この研究は後述するように,

特に様々な規制の側面から注目されているのであるが,本稿では別の側面と して,保険に加入する一般の消費者に対する教育という側面から,この保険 概念の問題を取り上げてみたい。周知のように,保険については 掛け捨 て という用語が流布しているが,このような誤解を防ぐためにも,消費者 が保険を理解するために知っておくべき保険概念の不可欠な条件を検討して みたい。

1.保険概念をめぐる論争

保険概念については活発に研究され,様々な学説が展開されてきた。その 中から代表的な定義を幾つか示しておこう。例えば保険技術説は,近藤文二 教授によれば, 保険とは,危険にさらされている多数の場合を集めて全体 としての収支が均等するように共通の準備金を形成し,そのことによって危 険の分散をはかる技術 である。経済生活確保説は,小島昌太郎教授によ ると, 保険とは,経済生活を安固ならしむるがために,多数の経済主体が 団結して,大数法の原則に従ひ,経済的に共通準備財産を作成する仕組み である 。経済準備説は印南博吉教授によると, 保険事業とは,一定の偶 然事実に対する経済準備を設定する目的に対し,多数経済体を集め,確率計 算に基づく公平な分担を課することにより,最も安価な手段を提供する経済 施設である とする。このような多くの学説のなかでも,現在でも紹介さ れることの多いマーネスの唱えた経済必要充足説は以下の通りである。 保 険とは,多数の同様な危険にさらされた経済体による,偶然な,しかし評価 可能な金銭的入用の相互的充足である 。

このように保険の定義について様々な学説が提唱され,活発な議論が展開

1) 近藤[1963],p.68。

2) 小島[1943],p.26。

3) 印南[1967],p.1。

4) 木村他[1993],p.6。

(3)

されてきた。もちろん保険学が学問としてその研究領域を確定するために,

対象となる概念を明確に定義することに意味がないわけではない。しかしな がら,この保険の定義を巡る論争については,この論争それ自体に対して強 い批判がなされた。水島一也教授は各自がそれぞれの自説を展開する状況か ら 期待される実りは,保険論研究のもつ現代的課題にとって決して大きい ものとは思われない と指摘されている。確かに,保険を定義することに かける労力は極めて大きい。現在の保険には極めて多くの種類があり,新た な保険も次々と誕生してきている。それら全ての保険を網羅したうえで明確 に定義することは非常に困難なことである。この保険を巡る論争は,わが国 においてはその後勢いを失うこととなった。

2.現在の保険概念を巡る状況

ところが,近年この保険の概念について,再び強い関心がもたれるように なってきている。この理由としては,多くの論者が指摘しているように,金 融技術の発達が新しいリスク処理手段を創り出したことを挙げることができ る 。保険はリスクマネジメントの手段としてみた場合には,リスク転嫁の ひとつとしてリスクファイナンスのなかに位置づけられている 。しかしな がら,同じくリスク転嫁の機能を果たす手法として,保険以外の手段が発達 してきたのである。具体的には保険デリバティブや

CAT

ボンドなどの

ART(Alternative Risk Transfer

)と呼ばれる一連のリスク処理手段がそ れである。これらの処理手段と保険との違いはもちろん学術的な観点からも 関心がもたれることは当然であるが,実務上の観点からも重要視されるもの である。例えば法律上の問題である。保険契約であれば当然のことながら保

5) 水島[2006],p.1。

6) 吉 澤[2006],p.1。他 に も 古 瀬[2006],pp.1‑2, 岡 田[1995],pp.113‑

115, 今井[2000],pp.24‑29, などがある。

7) 保険をリスク転嫁とみなす危険転嫁説がリスクマネジメントの源泉となった ことを考えると,このことは当然であるともいえる。大林[1979]。

(4)

険法が適用されることになるから,保険であるのか否かによって,その契約 に適用される法律が異なることになる。それならば,法律の条文において保 険が定義されていれば問題がないとも思えるが,周知のように保険の定義自 体は旧商法には規定されておらず,2008年に新たに制定された保険法におい ても規定されなかった。いずれも 保険契約 の定義はあるものの,この規 定を充足するだけでは保険契約として不十分であると考えられている 。つ まり,法に規定された定義に加え, 解釈論により確定される実質的な保険 としての定義を充足するもののみが保険契約である ことが理解されてい るのである。そのため,保険とは何かを明らかにするために保険概念を検討 することは,単に学術的な関心により必要とされるにとどまらず,実務にお いても大いに意義のあることなのである 。それ故前述のように近年ふたた びわが国において保険概念を巡る検討が多くの論者により進められている。

さて,近年の保険概念をめぐる研究論文や書籍においては,保険の詳細な 定義を呈示するのではなく,保険として成立するための条件を提示するもの が多い。例えば,吉澤卓哉氏は新しい金融商品と保険を区別するために詳細 な議論を展開しており,保険として成立するための 要件 をリスクの観点 からリスク転嫁 (リスク移転),リスク集積,リスク分散の3つに整理し て検討している。そして,企業リスクの証券化はリスク転嫁という要件を満 たしていても,リスク集積やリスク分散という要件を満たさないことから保 険ではないと説明している 。もっとも,このように要件を3つに整理する 見解が一般的というわけではなく,リスク集積とリスク分散とを分けずにリ スク分散(risk sharing)とリスク転嫁(risk transfer)とに捉える見解

8) 山下[2009],p.3,村田[2008],p.34。

9) 山下[2009],p.3。

10) この他にも税務上・会計上の取り扱いでも,保険にあたるのかそれ以外の金 融 商品 にあたるのかという区別は重要である。吉澤[2006],p.1。

11) 吉澤氏はリスク転嫁ではなくリスク移転としている。

12) 吉澤[2006],pp.210‑211。

13) 例えば,Vaughan=Vaughan[1995],

pp

.15‑16。

(5)

もある。他にも例えば,岡田太准教授は保険の定義として,リスクの転嫁

(リスクの移転)または負担とリスクの結合または分散の二つをあげる 。 リスク集積とリスク分散は危険団体の形成とそのなかでのリスク分担を意味 するものであり密接に関係していることから,本稿でもこの二つをわけず,

リスク分担としてまとめて考えたい。

それでは,次にこのリスク転嫁とリスク分担の機能についてみてみたい。

いうまでもなく,保険契約者と保険者という個別の保険契約を見る場合には,

保険契約者から保険者へのリスク転嫁と捉えられるが,その保険契約の背後 には危険団体が存在し,その中でリスクが分担されている。例えばこの関係 を岡田豊基教授は簡潔に 保険にいわゆる危険の移転とは,究極的には危険 の分散であり と説明される 。つまり保険をリスク転嫁と捉えるというこ とは,一つの保険契約だけに焦点をあてて保険を考える場合である。しかし,

そもそもリスク転嫁が可能となるのは,その前提として,転嫁する保険契約 の契約者自身が一員となっている危険団体全体の中でリスク分担がなされて いるからである。そのため,リスク転嫁と同時にリスク分担も行われている のである。つまり,リスク転嫁とリスク分担は個々の関係をみるのかそれと も全体を見るのかという点で異っているといえる。

3.消費者向け教育における保険概念の必要性

このように保険概念について改めて活発な議論がなされてきている。それ に加えて従来はあまり重視されなかったものの,教育上の観点からもこの保 険概念について考える必要性があるだろう。但し,教育上の観点といっても,

ここで考えている観点はかつて批判された学術上の観点を意味するわけでは ない。仮に大学において講義を進める際に,保険概念を講ずる場合を念頭に おくならば,学術上の要請と大きな違いはない。しかし,大学生だけではな

14) 岡田准教授はリスク転嫁ではなくリスク移転としている。

15) 岡田太[2007],p.45。

16) 岡田豊基[1995]p.160。

(6)

く,保険を購入する一般の消費者に対して,保険概念,少なくとも保険とは どのようなものかを説明する必要がある。この消費者に対する説明を検討す る必要性は,保険がわが国に導入されて100年以上がたつ現在においてもな お,わが国における保険思想を巡る問題点が指摘されることからも明らかで あろう 。この問題を克服するためには,保険の理解が必要となることは言 うまでもない。

その点で,現在消費者向けの金融教育に関心が高まっていることは,一見 朗報とも思えるが,その意味する内容が論者により異なっているため,必ず しもそのように楽観視することはできない 。例えば,金融教育は消費者保 護を原点とすべきであるとし,過剰債務問題やクレジットカード破産への対 応をも重視する場合がある 。あるいは,これを 貯蓄から投資へ という 流れの一貫として捉え,消費者に証券市場や市場型間接金融を積極的に利用 させるようになるために必要であるとする立場もある 。前者の場合には,

消費者の生活を支える保険への理解はすすむものと考えられる。しかし,現 在注目を集めているのは,むしろ後者の立場であろう。この場合には,中心 となるのは投資教育であり,当然のことながら保険はその周辺の地位を与え られるに留まる。もちろん投資と深い関係がある保険がある。変額保険や変 額年金がそれである。しかしながら,これらは保険金受取人が受け取る保険 金等が運用成果により変動してしまうという,保険の中では極めて特殊なも のである。そのため,投資を主眼とする金融教育が進む場合には,かえって 保険の理解が進まないおそれさえある。事実,金融広報中央委員会が発行し た金融教育のパンフレット( ビギナーズのためのファイナンス入門

[2007])の用語解説をみると,変額保険については解説されているものの,

17) 水島[1995],pp.1‑24, 田村[2006]。

18) 金融教育の歴史は古く,戦後に遡るとの指摘がある(片木[2002],p.125)。

これは 金銭 教育をするものであった。

19) 高月[2004],p.21。

20) 川村[2004]。この他にも様々な見解がある。

(7)

保険については解説どころかその用語自体が収録されていない。保険につい ては他のパンフレットを用いて学ぶことが想定されているのかもしれないが,

少なくともこのパンフレットを読んだだけの消費者が保険制度自体と投資商 品を区別することは難しい。

そのため,誤解を生まないためにも,安易に金融教育に任せることはでき ず,それとは別に保険教育において,保険について消費者の理解をより深め ていく必要がある 。しかしながら,その際には,前述した専門家を対象と する,詳細かつ厳密な議論を伝えても消費者には理解しにくいと思われる。

まず保険の特徴を簡潔に伝える必要がある。そのためには,保険概念のなか でも不可欠な条件を最初に伝える必要があるだろう。

4. 掛け捨て について

消費者と一口に言っても,その知的バックグラウンドは幅が広く,保険に 対する知識の差も大きい。さらに保険の不可欠な条件といっても論者により 力点が異なり,見解が一致することは難しい 。しかしながら,消費者の保 険に対する理解が十分でないことを示す例として,多くの論者がとりあげる 用語がある。いわゆる 掛け捨て という用語である。これが誤りであるこ とは,多くの論者によりくりかえし指摘されてきている。それにも拘わらず 現在でも広く用いられているという事実は,保険を 掛け捨て と表現する ことが誤りであることが,消費者にとりそれだけ理解しにくいことを示して いるといえよう。理解しにくいならばなおのこと,消費者にこれを誤りであ ることをきちんと理解させる必要がある。しかもそれほどまでに強固な誤解 であるならば,その誤解をただす説明を考えていくことで,保険の根本的な 特徴が明らかになるのではなかろうか。そこで,この誤解を解くことを考え てみたい。

最初に,この 掛け捨て の意味であるが,周知のように保険料を支払っ

21) 保険教育と金融教育の違いについては,堀田[2009],pp.14‑15。

22) 吉澤[2006],p.5。

(8)

たにも拘わらず保険金が一切支払われない場合をさしている。この事態は,

少数の者に生じた損害を多くの者が分担する保険の仕組みからして極めて当 然のことである。それにもかかわらず,この誤った理解に基づく用語はいま だに広く使用されている。しかも単に消費者が使用するだけではなく,保険 会社の公式サイトにおいてこの用語が使われることがある 。さらには,金 融教育の一環として作成されたパンフレットの中にさえこの用語がみられる。

金融広報中央委員会が発行する これであなたもひとり立ち 指導書 には 最近は貯蓄型でない掛け捨て型の生命保険の利用も増えている とある。

このパンフレットは高校生向けに作成されたパンフレットを使用していく上 で,教師あるいは保護者が参考にする 指導書 であるから,一般向けのパ ンフレットよりも影響が大きい。

このように今でも広く使われている 掛け捨て という用語は,保険に対 する無理解を示すものであり,前述のように当然のことながら批判され , 消費者教育においても問題となることが指摘されている 。このような誤解 がはびこる中で,保険の加入者を増大させ,より保険を普及する手段として,

わが国損害保険会社は,積立型の保険を開発し販売してきた。純保険料と付 加保険料に加えて,積立保険料をも徴収するから,無事故の場合であっても,

保険期間満了時に積立部分が支払われる。保険会社から何らかの形で支払が 行われるため, 掛け捨て 感が解消される。そのため人気を集め ,広く 利用されてきた 。

23) オ リ ッ ク ス 生 命 保 険 会 社 の 公 式 サ イ ト(http://

www

.

orix. co. jp

/

ins

/

direct/ campaign

/

la

060724.

htm

)2009年7月3日閲覧。

24) 金融広報中央委員会[2008] これであなたもひとり立ち 自立のための

WORKBOOK

指導書

p

.52。

25) 水島[2006],p.90, 田村[2006],pp.1‑18。

26) 堀田[2009],p.9。

27) 現在は低金利のため,積立型保険の販売は好調ではない。

28) もっとも,このような 掛け捨て感 に対する対策として積み立て保険を販 売することが,保険への理解を深める本質的な対策として評価されているとい うことは言えない。水島[2006],pp.86‑88, 田村[2006],pp.5‑7, 松浦・佐

(9)

それでは,この 掛け捨て と表現する保険への誤解を正すためにはどの ような説明がなされるべきか。一般に,保険料はリスクを保障してくれる対 価,いわば 安心料 であるということから説明される 。保険という 商 品 は保険金を買っているのではなく,安心や保障を買っているのであるか ら,保険料を払ってその対価はきちんと得ている。そのため, 掛け捨て という表現は誤りであるとする説明である。これは前述した保険を成立させ るための条件であるリスク転嫁機能からの説明といえよう。保険料を払い,

リスクを 転嫁 しているのである。

しかし,これ以外にも誤解を正す説明はある。同じく保険を成立させる条 件であるリスク分担から,危険団体の概念を用いる方法である。保険料を支 払う相手方は保険者であるが,この保険料は保険者のものになるわけではな い。保険料は他の被保険者に支払われる保険金(厳密に言うならば,それに 加えてこの制度を維持する費用)に充てられるのである。保険者はそのまと め役にすぎず,損害保険であれば,事故に遭遇した被保険者の損害を結果的 に皆で分担しているのである。掛け捨てているという誤解が生じるのは,保 険を商品として考えるからであり,制度としてただ単に自らの分担部分を負 担していると捉えるならば,誤解は生じにくいはずである。事故時に保険金 が支払われるのは,いうまでもなく構成員全員が少しずつ保険料を払ってい るからである。分担しているのだから,自分に保険金が支払われなくても保 険料を払うのは当然である。

このように両者とも 掛け捨て が誤りであることの説明として問題ない。

しかしながら,消費者に理解させるという視点から,保険の不可欠な条件を 考えるならば,より望ましい説明はどちらであろうか。第1のリスク転嫁か らの説明は,保険契約者と保険者の関係だけを見る場合,つまり個々の保険 契約をみる場合には正しいことはあきらかである。しかしながら,この説明 は,個々の保険契約の意味の説明であり,当然のことながら,個々の保険商

野[2003],pp.36‑38。

29) 田村[2006],pp.1‑2, 松浦・佐野[2003],pp.36‑37, 堀田[2009],p.9。

(10)

品の背後にある保険制度を説明するものではない。確かに保険は個人の保険 契約者からみると,リスク転嫁であるが,保険として成立するためには,多 数人の結合とその中での分担がなければならない。つまり,第1の方法では 掛け捨て が誤解であることの説明としては十分であるが,保険を理解す るうえで何より必要な保険制度の構造自体が理解しにくい。

それに対して,リスク分担による説明では,最初から危険団体全体を考え ている。危険団体内におけるリスク分担とする説明である。このように,多 数の者が集まり,その中でリスクが分担され,より一般的にいえば,一人一 人が危険を分担していることになる。分担しているという構造を理解しさえ すれば, 掛け捨て が誤りであることを理解することは難しくない。さら に保険制度の構造をも併せて理解することができる。しかもこのリスクの分 担(分散)を保険制度の本質とする見解さえある 。従って,保険を購入す る全くの素人の消費者に伝えるためには,保険の構造も併せて説明できる第 2の説明のほうが簡潔といえるのではないか。

5. 助け合い について

他にも多くの批判が投げかけられている用語として, 助け合い または 相互扶助 が挙げられる。いうまでもなく,これは保険制度を 助け合い の制度,あるいは相互扶助の制度として捉える言い方である。確かに,保険 契約者が支払った保険料は,保険事故に遭遇した人々に支払われることにな る。それゆえ,結果的に 助け合い をしたかのような形にはなる。しかし 多くの論者が批判するように,そもそも 助け合い と呼ぶならば加入する 際に助け合おうとする意思があるはずであるのに,現実には保険契約者が保 険加入に際してそのような意思をもって加入することは考えにくい 。水島 30) 保険制度において多数人による危険の分散が必須の条件であり,これが保 険制度の本質であると考える。 岡田[1995],p.159。古瀬教授も 保険の本 質的機能をリスクのプーリングと分散である としている。古瀬[2006],

p.15。

31) 水島[2006],p.11, 田村[2006],pp.167‑168, 掘田[2009],p.6, 武田

(11)

一也教授はこのような 助け合い という用法に対して,保険加入の動機は 自助精神 であり,保険料が他人の 保険金の原資であるという事実をあ えてたすけ合いとよぶことには,どのような意味があるのか と鋭く批判さ れている 。

しかしながら,この用語は現在でもかなり広く用いられている。例えば,

損害保険協会が作成しているパンフレットでは損害保険の精神を表す言葉は 何かという問題に対して,相互扶助,つまり 助け合い を答えとして示し ている。さらにその説明として, 保険は相互扶助で成り立つ制度。みんな でお金を出しあい,誰か事故にあったときは,そのお金で補償するのです と説いている 。生命保険文化センターが発行するパンフレットでは, 生 命保険の仕組みは,大勢の人が公平に費用を負担し合い,死亡や病気などで 多額の経済的負担がかかるいざというときに給付を受ける,相互扶助の考え 方を基本としています と説明する 。他にも金融庁が発行するパンフレッ トには,次のような説明がある。 病気になった。大切な物が壊れた―。そ んなときに備えて多くの人がお金を出し合っておき,実際にそうなった場合 に一定の保険金等を受け取れるよう助け合う仕組みが保険です 。

前述したように,この 助け合い という表現に対しては批判がある。さ らに,保険の本質を説明する上で適切であるのかという点に加えて,そもそ も消費者に対して説得力を有するのか,つまり保険は 助け合い であると 消費者が納得するのかという点においても非常に疑問が残る。もし 助け合 い という言葉が説得力を持つのであれば,本来支払わなければならない国

[2009],p.10,高木他[1999],pp.12‑13。

32) 水島[2006],p.11。

33) 日本損害保険協会 そんぽのホント 。他にも同協会発行の くらしの安全.

くらしの安心 マンガゼミナール では, 損害保険は(中略),相互扶助の精 神から生まれた助け合いの制度 と説明している。

34) 生命保険文化センター[2008] 生命保険の基礎講座 生活とリスク管理 ,

pp.9‑10。

35) 金融庁[2007] はじめての金融ガイド 金融取引の基礎知識 ,pp.11‑12。

(12)

民年金や健康保険の未納者が多いのは何故だろうか。平均保険料方式をとる 社会保険は,それこそ扶助性が強いはずであるのにも関わらず,なぜ空洞化 が進むのであろうか。このような事態が生じているのは, 助け合い とい う説明には納得できないからであろう。まして社会保険と異なり,給付反対 給付均等の原則が貫かれる私保険,すなわち個別保険料式保険を, 助け合 い の精神という説明で乗り切るのは無理がある。むしろ,逆に保険につい ての不信感を招きかねないのではないか。相互扶助と説明してしまうと,自 分のリスクに見合った保険料を負担する私保険が理解しづらくなる。今後リ スク細分化が現在以上に進展した場合に,高い保険料を負担することになる 高リスクの被保険者は納得できないであろう 。

それでは,なぜこの用語が使われるのだろうか。この点について有益なの が,1978年のインシュアランス誌による 民間保険事業は助け合いの制度な のか と題するアンケートである 。同誌は,民間保険事業が 助け合い の制度としてとらえられるのかという点について保険学会の研究者に対して 尋ね,それを肯定する見解および否定する見解のそれぞれを紹介している 。 もっとも, 助け合い を肯定する見解であっても,加入者に助け合おうと する積極的な意思があることをその根拠とする見解はない。加入者間の技術 的な相互性があることを根拠としている。例えば,野津務教授は,次のよう に論じている 。

被保険者は,他の保険契約者たちの支払った保険料の中から,幾何かの 保険金を受けることができるから,被保険者同志の間で,お互いに保険 者となり,被保険者になるということになり,その意味で, 保険その

36) 田村祐一郎教授は,低リスクであるにも関わらず,高リスクの被保険者と料 率が変わらない被保険者の不満を紹介されている。田村[2006],pp.171‑172。

37) これについては,すでに武田久義教授が紹介されている。武田[2009],pp.

9‑10。

38) インシュアランス生保版1978年1月1日号および同年1月15日号。

39) インシュアランス生保版1978年1月1日号,p.36。

(13)

ものに相互性がある と学者たちはいっている。この意味で 保険は助 け合いの制度である というのは,至極もっともなことで,決して非科 学的ではなく,当然のことであるといわねばならない。

つまり, 助け合い は危険団体を形成しその中で危険を分担しているこ とを表現しているといえるが,これは前述した保険料を 掛け捨て と捉え るべきではないことの第2の説明と同じであろう。そのように考えると,

助け合い という表現自体には問題があるが, 掛け捨て が誤りであるこ との説明としては,意味がないわけではない。おそらくこの用語が好まれる 理由のひとつには, 掛け捨て という誤解を防ぐ意味があるのであろう。

しかしながら,この表現が生み出す誤解にも目を向けるなら, 助け合い というより,ただ単に直接的に皆が危険を分担すると説明すればそのほうが 好ましいといえるのではないか。精神的な結びつきを必要としないにも拘わ らずあえて 助け合い と称する必要はなくなるはずである。

6.制度としての保険

ところで前述した第1の説明,つまり個々の保険契約の観点からする説明

(言いかえると保険料は保障の対価である,あるいは保険料を支払って,安 全を買うという説明)は,保険が 商品 であることを前提としたうえでの 説明であるということができる。購入した 商品 の果たす機能は何かとい う説明である。この説明自体を問題にしているわけではないが,保険を商品 とみなすことは,場合によっては,かえって消費者には理解しにくい場合が あるのではないか。現在,金融商品という表現は認知され,広く流布してお り,保険を 商品 とみなす用法は広く一般化している。例えば現在のマー ケティングの分野においても,金融商品は商品であることが当然の前提とし て分析が進められている場合が多い 。もちろん,保険会社が保険を商品と

40) 例えば,石井[1993],pp.55‑58。

(14)

みなしたうえで,経営戦略やマーケティング戦略を検討することに問題があ るわけではない。しかしながら,保険を商品とみなすことは,あくまでも一 種の擬制であることを,改めて確認しておく必要があるのではないだろうか。

例えば,商品を専門に扱う分野である商品学においては,金融サービスど ころかサービス自体を商品とは考えない見解があった 。 商品学では有形 の経済財だけに限定し,サービスは除外する 見解もある 。他にも 商品 学で対象とする商品は,交換価値が主として実質にある実質的商品およびサ ービス(用役)に限られる としてサービスを商品に含めながらも, 有価 証券などのように交換価値をもち,商取引の対象となっていても,それ自身 が使用価値をもたないもの,すなわち交換価値が単に形式のみにある形式的 商品は,商品学上の商品の範疇に入らない とする見解がある。こうなると,

金融商品の中には商品の範疇から除外されるものもある 。

つまり,保険を考える際には,保険が商品であることを常に前提として考 える必要はないのである。もちろん,保険企業として経営戦略やマーケティ ングを検討する際に,保険を商品とみなすことに反対しているわけではない。

ただ消費者に対する説明としては, 保険は商品である ということを当然 の前提としてそれに縛られる必要はないはずである。むしろ保険を商品とみ なさないほうが理解されやすいのではないか。 補償を買う というよりは 保険という制度に加入する と伝えるほうが,自分に対して何も支払われ ない場合があることを理解しやすくなるだろう。保険をあえて商品とみなさ ずに検討することも場合によっては必要である。

このように考えると,まず 掛け捨て という誤解を防ぐためには,多数 の者が集まる, リスク分担の制度 であるということこそ,消費者に伝え

41) 1997年の論説では, つい最近まで,商品学は研究対象を有形財・可動財に 限定し,サービスを除外してきた ことが指摘されている。野本[1997],

p.57。

42) 水野[1987] 商品学読本(第2版) ,p.18。

43) 小西[1973],p.15。なお改訂版の1刷は1973年だが,参照した改訂32刷は 2000年に発行されている。

(15)

ねばならないことといえるだろう。それが伝えられれば,非難の多い 掛け 捨て が誤りであることがわかる。さらに,リスク分担の制度であることが わかれば,便法としての 助け合い という批判が多い表現をあえて用いる 必要もない。 助け合い の語で表現したいことは,まさにそのことに他な らないと考えられるからである。前述した保険の定義をみても,表現は違う ものの,リスク分担であることが示されていた。他にも前述のように保険の 最も重要な要素として,このことを示す見解は多い 。逆に,このリスク分 担の制度であることを抜きにしては保険を説明することはできない。これが 保険概念にとり不可欠な条件といえるのではないか。

結びにかえて

本稿では,保険に対する 掛け捨て という用語をもとに,保険概念のな かで,中核となる不可欠な条件について考察してみた。しかしながら,保険 という複雑な概念を説明するのに,これだけで十分であると主張するつもり はない。例えば,近代保険として不可欠な条件である,保険料が前払確定保 険料方式によるものことを伝えてはいない。この表現だけで,保険を十分に 説明できるわけではない。そのため,正確に伝えられるだけの時間や紙幅に 余裕があるなら,さらに展開していく必要がある。

しかしながら,消費者に対する保険教育を進めていく際に,誤りなく保険 をイメージさせるためには,この多数の者が集まり相互にリスクを分担する 制度であることをまず初めに理解させる必要があるだろう。これだけでも,

巷間にあふれる誤解を防ぐことが期待できる。

(筆者は香川大学経済学部教授)

参考 献

石井淳蔵[1993] マーケティングの神話 日本経済新聞社。

今井薫[2000] イタリア保険法における 企業説 の変遷−ヴィヴァンテ説から 44) 岡田[1995],p.159, 古瀬[2006],p.6。

(16)

ファネッリ説へ− 京都産業大学法学 第34巻1,2合併号,pp.1‑42。

印南博吉[1967] 新訂保険経済 白桃書房。

大林良一[1979] 保険理論第三版 春秋社。

岡田豊基[1995] 保険本質論の法的再検討 神戸学院法 学 第25巻 第 1 号,

pp

.109‑167。

岡田太[2007] 第3章保険の構造と特徴 下和田功編 はじめて学ぶリスクと保 険[改訂版] 有斐閣。

片木進[2002] 米国における金融教育とその有効性 流通科学大論集−経済・

経営情報編− 第11巻第1号,pp.125‑135。

川村雄介[2004] わが国における金融教育の意義と課題 地銀協月報 534号,

pp

.2‑9。

木村栄一・近見正彦・安井信夫・黒田泰行[1993] 保険入門 ,有斐閣。

小島昌太郎[1943] 保険学総論 日本評論社。

小西義雄[1973] 商品学−理論と対象−[改訂版] 中央経済社。

近藤文二[1963] 社会保険 岩波書店。

高木秀卓,中西宏紀[1999] 損害保険読本(第4版) 東洋経済新報社。

高月昭年[2004] アメリカの金融教育〜なぜ金融と教育がドッキングするのか 地銀協月報 534号,pp.10‑21。

武田久義[2009] リスク・保障・保険 成文堂。

田村祐一郎[2006] 掛け捨て嫌いの保険思想−文化と保険− 千倉書房。

野本茂[1997] サービス・マーケティングの経営教育 日本経営教育学会全国研 究大会研究報告集 35⑴,pp.57‑60。

古瀬政敏[2006] 保険業法上の保険業と保険デリバティブ 生命保険論集 第 156号,pp.1‑53。

堀田一吉[2009] 保険教育の対象と範囲 学校教育における保険教育の現状と 展望 生命保険文化センター,pp.3‑18。

松浦茂,佐野誠[2003] 損害保険市場論 改訂版 損害保険事業総合研究所。

水島一也[1995] 保険文化 千倉書房。

水島一也[2006] 現代保険経済(第8版) 千倉書房。

水野良象[1987] 商品学読本(第2版) 東洋経済新報社。

村田敏一[2008] 保険の意義と保険契約の類型,他法との関係 新しい保険法 の理論と実務 [別冊金融・商事判例]経済法令研究会,pp.28‑39。

山下友信[2009] 保険の意義と保険契約の類型−定額現物給付概念について 保険法改正の論点 法律文化社,pp.3‑20。

吉澤卓哉[2006] 保険の仕組み 千倉書房。

Vaughan, Emmett J. and Therese M

.

Vaughan[1995], Essentials of

Insurance: A  Risk Management Perspective,   John Wiley and Sons

.

参照

関連したドキュメント

問についてだが︑この間いに直接に答える前に確認しなけれ

存在が軽視されてきたことについては、さまざまな理由が考えられる。何よりも『君主論』に彼の名は全く登場しない。もう一つ

式目おいて「清十即ついぜん」は伝統的な流れの中にあり、その ㈲

わからない その他 がん検診を受けても見落としがあると思っているから がん検診そのものを知らないから

父親が入会されることも多くなっています。月に 1 回の頻度で、交流会を SEED テラスに

人の生涯を助ける。だからすべてこれを「貨物」という。また貨幣というのは、三種類の銭があ

巣造りから雛が生まれるころの大事な時 期は、深い雪に被われて人が入っていけ

一︑意見の自由は︑公務員に保障される︒ ントを受けたことまたはそれを拒絶したこと