大塚忠義著 生命保険業の健全性戦略
―財務指標とリスク測定方法による早期警戒機能―
日本評論社,2014年7月,はしがき5頁,目次3頁,
本文・参考文献・参考資料・索引202頁 ⎜
1. 本書は,生命保険会社経営にとっての健全性指標の重要性を問いかける と共に,経営および監督に対し有用かつ客観性の高い健全性評価の在り方と 同指標を提案することを目的とする。これは日本のみならず,急成長を続け ているアジアの生命保険市場の当事者に日本の2000年前後の経営破綻が連続 した苦い経験を活かすためにも重要性が高い。
本書は,第1章から第6章と補論とから構成される。分析内容を各章にラ ンダムに掲載するのではなく,第1章では多面的な経営破綻要因を,第2章 では変額年金を,第3章ではソルベンシー・マージンの代替指標を,第4章 では保険商品の価格設定の問題を,第5章が解約返戻金計算の妥当性を,第 6章は共済の収益構造を,というように保険業界人にはエポックメイキング な話題から健全性に肉薄するという全体構成をとっている。また,一商品の 価格設計というミクロの視点から経営や監督というマクロ的の視点までカバ ーし,ビデオカメラのズームを覗くようで読者を飽きさせない。何よりも随 所に著者のアクチュアリーとしての哲学のようなものが感じられるところが 興味深い。第4章の 収益性を考慮する保険料計算方式 ,第5章の 生命 保険の解約返戻金と保険料の関係 には著者の思い入れがあり,健全性評価 には生命保険会社の経営責任に加え個々の商品の合理性も重要な要件である という著者の主張がある。
ここでは紙面の関係から本書の主題に直結する第1章から第4章を中心に,
気になる点,印象深い点を中心にコメントしたい。
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評】
【書
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2. 第1章の破綻要因分析においては,経営破綻は外資系生保には見られな いことから伝統的な国内保険会社の経営に問題があったとしている。しかし,
第2章ではその外資系生保が主に販売した変額年金が抱える健全性への疑念 が示されている。経営は選択の連続的な行為であり,本来的にはすべての会 社が選択行動の中でリスクに直面する可能性があるというのがメッセージで あるはずが,個別の切り口(章ごと)が立ちすぎたため,全体的にはある種 の矛盾が生まれている。
また,リスク感覚が欠如した経営については,以下の3点からやや違和感 もある。すなわち,⑴護送船団方式と90%配当還元ルールが下位会社の内部 留保余力を奪ったことが破綻原因の一つというのは事実である。ただ,シス テミックリスク防止の観点から,つぶさないという通念を経営も保険監督も 共有することが護送船団方式であり,また同配当還元ルールの下で内部留保 はむしろ悪とする妙な倫理感も依然残っていた中ではそれ以外の判断を経営 に求めることは難しかった。同様に,⑵会計方式として低価法がとられる中 ではソルベンシーをオンバランスの資本勘定ではなく株式や不動産のオフバ ランスに求めることもキャッシュアウトを抑制する意味から経営としては合 理性がある。さらに,⑶この時代には現在の感覚からするリスク感覚の欠如 は生保だけではなく銀行を含む日本すべての金融機関に共通していた。その 中で,生命保険会社の経営者にリスク感覚不在の責を問い詰めるのは酷かも 知れない。すなわち, 当時 の経営のおかれていた諸制約を尊重し,あと から見ればこうあるべきだという議論は慎重に進める必要がある。
3. このような事象は逆ザヤの発生理由の主張においても見られる。すなわ ち,新規の予定利率の引き下げに遅れは認められず,バブル期の一時払い養 老保険や個人年金の多量販売という経営判断をその主因としている。また,
赤字になる可能性がある商品という認識も無かったと定性的に分析されてい る。しかしながら,新規予定利率の引き下げに時間的な遅れがないのであれ ば,一時払い保険料をその時点で保険と同期間の長期の国債に投資すれば,
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同種の年払い,毎月払い契約よりもむしろ安全性が高く,利益確保も可能性 も格段に高くなる。それは経営の同保険の多売決定に問題があるというより,
資産運用部門の判断でできる
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戦略の欠如に問題があると考えられる。一方,経営チェックが働かなかったのはリスクの測定手法や健全性指標の 不在によるとした点は当を得ている。ただ,同時に
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のソルベンシーⅡの 導入議論を見てもわかるように同リスク測定や同指標そのものに 絶対正し い はなく,これに頼りすぎるのも逆にリスクが高かろう。4. 本書の中心をなす第3章は,ソルベンシー・マージン比率(以下,SM 比 率 と 呼 ぶ)と ム ー デ ィ ー ズ の 一 部 門 と な っ た
K M V(K e a l h o f e r, McQuown and Vasicek)アプローチを基礎とした 修正デフォルト距離
とを比較して双方の指標特性を分析する中で,健全性の評価指標としての後 者の有効性を検証している。著者が,同アプローチで使用するEV(エンベ
ディトバリュー)を全社にも適応できる経済価値に変換し,両指標を全社で 比較できるようにしたところは評価できる。その結果は,①1990年代後半の ソルベンシー・マージン比率の評価は楽観過ぎ,修正デフォルト距離の妥当 性が高い,②同距離はSM
比率に比べ,個別会社の健全性の動きがより明 確,などである。興味深い指標ではあるものの,そもそもEV
の概念自体の 妥当性には議論もあり,それを代理する関数(DD3と表記されている)が 示す経済価値が,ソルベンシー額の8割に当該年の経常利益2.5年分を加え た額とされるとやや違和感を覚える。当時のソルベンシーを構成する主要素 は株式の含み益であり,この式で計算された修正デフォルト距離の変化はTOPIX
の動きにきわめて近いものとなっている。TOPIXの動きと生保の 経済価値がほぼ同じというのは,筆者のアクチュアリー的な主張とは異なる し,最近の生命保険会社の株式割合の引き下げと債券割合の引き上げ,そし てデュレーションの長期化を加速度的に進めている現在の状況下には当ては まらない。同指標が異なるディメンジョンでも正しい判断を出せるかについ て検証が必要である。保険学雑誌 第 628号
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また,指標に採用した生保の経常利益は年度収支の不足分を株式の含み益 や内部留保の取り崩しで埋め合わせた結果の数値であり,本来的な保険会社 の当該年度の収益力を表しているとは言い難い。また,このソルベンシーと 経常利益は決算値の公表を待つ必要があり,これらから構成される健全性指 標が先行性を持って破綻の可能性を伝えられるかは心配になるところである。
5. 一方,第4章は保険会社の健全性確保には健全性指標だけではなく,個 別商品の保険料設定の合理性(十分性)が重要とするアクチュアリー的な提 案でありインパクトがある。保険商品の利益は保険契約が満了するまで確定 しないのが常識の中で利益を確保する保険料の設定がありうることを示して いる。分析の結果は,①養老保険の収益率は低く一商品としてみた場合赤字 の商品である可能性,②利益率の高いとされてきた定期保険の利益率もさほ ど高くない,という従来の常識を覆す内容となっている。
ただ,一般の商品・サービスにおいても,販売した時に決まる利益は原価 計算上の利益額であって,その後の設備投資コストの変化や想定販売量を下 回る販売量,追加の販売促進費,資金調達コストの変動など,結局その商品 を売り止めするまで商品の最終利益額が確定しないことは保険と同じである。
養老保険の赤字の可能性は原価計算上正しいとしても,想定した販売高や解 約の変化の方が最終の商品利益に大きな影響を与えるのではないかとも思わ れる。ただし,利益を織り込んだ原価計算の必要性に異論はない。
6. 筆者が,保険市場やリスク環境が大きく変化する中で伝統的な枠組みが それに適合できなくなっているとの基本認識に立ち,従来本格的に分析して こなかった諸課題に正面から立ち向かっていることは評価に値しよう。 当 時 の枠組みという前提条件を慎重に消化し,資産運用や
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の視点から の洞察があれば本書の内容に更に厚みが出たと考えられる。ただ,それらを 割り引いたとしても本書が良書であることに変わりはない。(評者:滋賀大学大学院教授 久保英也) 162
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