尾島庄太郎博士の『イェイツ詩集』批判
著者 小林 万治
雑誌名 主流
号 22
ページ 44‑68
発行年 1960‑07‑15
権利 同志社英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016649
尾 島 庄 太 郎 博 士 の
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集 ﹄
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A 序 V
ここ数年来︑イェイツの研究はまずまず盛んなようだ︒大
戦中から戦後にかけて︑久しい問︑絶版になっていた﹃全詩
集﹄が︑晩年の作品も加えて再び刊行されたのが一九五
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年であった︒次いで五五年には︑これも更に内容の充実された
﹃自叙伝﹄が再版されて︑イェイツの読者を悦ばせた︒また︑
アラン・ウェイド(注目
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巧包白)の長年の地道な努力が生んだ詳細な﹃著作目録﹄(初版一九五一年)や﹃書簡集﹄(一九
五四年)も相前後して現われ︑イェイツ研究に多くの便宜を
与えてくれた︒特に書簡集は九百頁に余る大冊で︑その内容
は身辺の雑事から創作の苦心や思想上の問題に亙り︑今まで
一般に知られなかった多くの事柄を明かにした︒
これらと関連して︑編纂に十五年余りの歳月︑が費された全
詩集の﹃ペリオ一フム版﹄が︑アルトとアルスパッハ
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一円﹀‑毛田口}むの協力が実って︑いよいよ一昨
年︑出版の運びに至ったことも特筆されねばならない︒元来
イェイツぐらい自分の作品に絶えず筆を加えて書改め続けた
詩人は砂いが︑私達はこのペリオラム版のお蔭で︑作品改訂
の令一貌を目のあたりにすることが出来るようになったのであ
るcこれはイェイツの詩技発達の過程に新しい光を投げかけ
たばかりでなく︑在来のイェイツ批評にいろいろな意味の再
評価を迫ることとなった︒
このような作品の出版や編纂に平行して︑さまざまな角度
からイェイツの研究が進められていることは云うまでもない︒
既に発表された研究や論文は︑多彩かつ防相しい数に上り︑枚
挙のいとまがないが︑多くの研究家の中で︑同︒
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﹀仏国自由等の名前は︑イェイツを学ぶ者にとって︑共になじ
み深レものであろう︒
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こD詩人に向けられたこのように強い関心は︑たんに詩の
読者の聞や批評の世界にだけ起った事件ではなかった︒﹁現
在豊富かれている行情詩の中でイェイツのスタイルやリズムの
影響が看出されないものは殆んど無い﹂という
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デンの言葉からも明らかなように︑現代の英米詩壇において︑
世代の異なる多勢の詩人たちが︑それぞれの立場からイェイ
ツに範を求めているのである︒﹁学べるだけの全てを︑そし
て実に多くをイェイツから学んだ﹂と云うオ1デン自身はも
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イェイツの影響がどのような性質のものであり︑叉どんな ︒
範囲に及んだかを明らかにするのは︑後世に託されるべき課
題である︒だが︑いずれにしても彼が英文学の歴史に輝きを
添える偉大な少数の一人であることは︑もはや疑のないとこ
ろで あろ う︒
それなら吾国において︑イェイツはどのように理解されて
来たのであろうか?イェイツに対する関心の跡を辿ると︑
今から半世紀余り昔︑つまり明治コ一十年代にまで遡ることが
出来る︒野口米次郎や厨川白村︑上田敏︑小山内薫などの人
々による紹介や詩︑劇の識訳が現れ始めるのはつ一十年代の終
りに近い頃であった︒そののち︑大正・昭和を通じて︑イェ イツに関する論文や︑その著作の和訳︑註釈などは相当の数に達し︑イェイツの理解にそれなりの役割を果したものも少くなかったと思われる︒しかし他方︑その大半に共通する短所があった︒それは︑彼の著作の一部︑主に初期の一時期を象徴主義とか唯美主義とかの︑限られた見地から理解するにとどまるか︑又はアイルランドという土地柄や︑その文芸復興の特種性を重視するあまり︑反ってイェイツを小さな英雄に仕立てるだけに終ってしまって︑彼の詩とその時代的な意義や︑彼の思想の発展を︑その全著作︑更には近代詩という大きなパースベグテイブによって考察しなかったことである︒
しかし︑これは止むを得ないことでもあった︒なぜなら︑
イェイツが円熟の域に達して本領を発揮するのは︑五十歳前
後からの二十年余りであり︑その時期の難解な著作の解明が︑
幅と奥行のあるイェイツ解釈には不可欠なのである︒つまり︑
一見して絵空事と恩われやすい初期の作品の中にも︑一貫し
た展開を辿り︑普辺的な意味を読みとることは︑全著作を充
分に把握しないかぎり望み得ない︒全体に照らし出されて︑
細部がより豊かな意味を顕すのが︑イェイツの一つの特徴な
のである︒そんな訳で︑英米文壇においても︑イェイツの正
統な理解は︑四十年代に入って始まったと云っても過一言では
ないようだ︒それまでのイェイツは︑アイリッシュ・リグイ
グルでの華やかな活躍のため︑かえって限られた興味と関心
の枠内に閲されていたのである︒だからイェイツの死後二年
して開かれた世界的戦端と︑その後数年の空白に摘いされて︑
吾国におけるイェイツの研究は長い間停滞を余儀なくされる
こととなった︒
こうした事構を考え合せると︑今︑最も望ましいのは︑イ
ェイツに関して数多い丈献を読み散らすことではなく︑虚心
にその作品自体を熟読玩味することであり︑原作の意味を損
なわず︑正確に伝えることであると思われる︒吾国近代詩の
発達において︑﹃海潮音﹄や﹃珊瑚集﹄︑﹃月下の一群﹄など
が果した大きな役割を想い起すなら︑イェイツの忠実な紹介
がどんなに豊潤な実りを約束する仕事であるかを喋々する必
要はあるまい︒エリオットの生半可な理解と模倣に始まって︑
η荒地
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の中に道を失ったかに見える吾国の現代詩にとって︑イェイツは尽きない可能性を示すものであろう︒
さて︑以下に論じようとする尾島庄太郎氏によるイェイツ
の訳業は︑現下の必要を正しく充足してくれるかに恩われた︒
この訳詩集は︑昨年一月︑北星堂から出版されたもので︑イ
エイツの詩の約三分の一を含み︑少くとも量において︑今ま
で現われた訳詩集のいずれをも凌駕している︒しかも訳者が︑
既に早く︑昭和二年に﹃イェイツ研究﹄を公にされた尾島氏
であってみれば︑多くの期待がょせられるのは当然であろうo
だが︑本書をp耀いて︑私はいささか失望せざるを得なかっ
た︒誤訳や曲解が散見されて︑屡々︑原作者の意図が正しく
伝えられていないように思われたのであるοもともと書評と して筆を取る予定であったが︑祇数の許すかぎり︑気がついた個所を指摘して︑諸賢の御批判を乞いたいと思う︒
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イェイツの三冊目の詩集叫
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と題する八行の
短詩がある︒初め一八九六年一月の当時与
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表されたもので︑この訳詩集の四一7(二頁に収められている︒
原詩を参照しよう︒
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これはイェイツが充たされぬ恋の悩みを︑詩作に託して表
現したもので︑初期の詩としては︑かなりの卒直さを示すも
のとして︑注目されてよい作品であろう︒ここに詩人が呼び
かける
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とは︑いわば心を乱し悩
ませて︑耳を被っても執勘に意識の深みから湧き起ってくる
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イツの心を占めた女性が
で7
︑・
ない
︒
ー!鳥の噂りも︑丘を吹く風も︑木の葉のざわめきも︑或
いは岸を洗う波の土問ずらが︑失意の実きをかきたてる︒甘美
︑︑
︑︑
な恋人の悌は︑孤独のさすらいにもつきまとって︑片時の安
らぎも与えてくれない︒この苦しみは︑何時憾むのだろうか︒
悩ましい芦ょ︑せめて天の秩序を破り︑時の終りを早めてく
れることは出来ないものか︒
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以上がこの詩の内容となる大凡の意味であるが︑尾島氏の
訳詩は次の如くである︒
さ こ さ わ
&
= え し づ
おお︑永劫に消えやらぬ美しい御芦ょ︑鎮まり給え︒
ま も り あ ま び さ
きこえあげさせ給え︑あまつみくにの守衛なる天人へ︒
おんこころかくて︑御意のまにまに︑天使たちをさまよわしめ給え︑
蕊 白 お 足 申 お も 三
火焔また火焔の下を︑この﹃時劫﹄の破れ亡びるまでも︒
伝え識り給うや︑われらの心の老いはてたことを︒
も ろ 含 り こ ず え
諸鳥︑丘を渡る風︑うちゅらぐ梢々の
ヲ み し 指 お ん
またなぎさによせる海汐の︑御さし招きのもとに︑相寄り
しこ とを
︒
さ こ さ が み こ も 叫 ん
おお︑永劫に消えやらぬ美しい御声よ︑鎮まり給え︒
呂田 口仏
︒︒ ロロ 巾で あっ たの は云 うま
原詩の第一及び八行のぐC山
口目 的が 大文 字で 始ま るの は︑ 擬
人法による抽象を計ったもので︑何か神聖な︑ヶ永城々に消
九日︾でええやらぬ美しいη御芦4を現すものではない︒因みに︑この 詩が最初叫J守﹀尽き
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女字で撮られ︑そののちも︑第一行のぐ
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だけは小文字
で表した版がいくつかあったことを︑ヴェリオラム版は一記し
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る︒
また
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hげ御さし招きのもとに相寄りしことをれりという訳語
から︑原作の意味を測り知ることは困難であろう︒イェイツ
が一江わんとしているのは︑鳥の噂りも︑そよ吹く風も︑木の
葉のざわめきも︑そして波の音も︑すべてが
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ぬ︿︒山口冊目となって呼びかけ︑心を悩ますということなのである︒(ここで
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及びそのあとの都合四つの山口が副
詞ではなくて前置詞であることは︑いうまでもない︒﹀
ところで︑上掲の詩に盛られたのとよく似た感情を︑違っ
た一言葉で歌ったものに︑次の短詩がある︒
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訳詩集六
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頁において︑原詩の最終行は次のようになっている
風の叫びのうちにさえ︑ ︒
まったく悪いきざしがゐる︒
しかし︑この詩行の
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のことである
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風の音すら耐え難いと云うのである︒だから風の兆しが鵡の 鳴くことと何か係りがあるという訳ではない︒先に掲げた
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注
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vと対照すれば︑こうした意味 は明らかかと思われるが︑念のために︑同じテ
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ている詩を︑更に二・三篇つづけて読んでみたい︒その一つ
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! 到 底 成 就 す る 望 み の な い 恋 の 疲 れ を 知 っ た 彼
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この最後の二行は︑一九一三年版までの詩集ではと 昨 日 戸
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白な自己表現へと進んだ好例として面白い︒)
この詩より一段と痛切な響きのこもったものが︑同じころ
作られたと考えられるE
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‑ 48 人気のない湖水のほとり︑すげの茂みを吹く風に詩人が聞
くのは︑この世の終るまで︑己れの恋は酬われないだろうと
いう内心の歎きである︒
ここ に五 日々 は︑ そ
Iド︒ゴソによって味わった充されぬ恋
の重荷が︑くりかえしイェイツの創作の起因になっているの
を見るのである︒尾島氏は︑上に引用した詩の全てを訳出し
て居られるのに︑何故かイェイツの真意を扱み取られなかっ
たらしいのは遺憾である︒その結果は︑氏の最近の著書︑﹃現
代アイルランド文学研究﹄においてもE
出 血
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ロ弓 え
岳 町
∞ 丘
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の説明としての次の数行に現れているのではな
いかと私には考えられる︒
力主人詩にかつて存在しなかったりズムをもてるこの一篇に
は︑肉体の感受力と霊の幻想とが詩人の精神的情熱を駆って
生んだ詩歌がもっ︑法悦を堪えた悠遠と憂欝の感がある︒こ
こでは詩人は時間と空間などの有限なものとの関係を絶った
無の世界をとおして有を求める︒星座の運行を司る天界の中
軸も︑また東西のしるし旗たる日月も︑彼の視界から失われ︑
昼夜の光を秩序の上にめぐらす軌道︑が解かれるとき︑彼はは
じめて心おきなき愛のすみかを得るのである♂(四五二貝)
更に同じ本の少し先には︑次の言葉が見られる︒
ηイェイツにとっては時間内至空間の支配の下にあっては︑
愛は実現せぬ︒彼の心は︑霊性の愛のほか︑なにものによっ
てもみたしえない
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四六
O
頁)
私達︑が詩を読む大きな理由の一つは︑そこに人間性の証し
を看るからであり︑同じように悩み︑苦しみ︑或いは歓びに
ふくらむ魂の息吹を感じるからではなかろうか︒片恋の遣瀬
ない悲しみほどに︑私達の誰もが︑多少とも憶えのある感情
は少ない︒後年イェイツが次の数行を書いたとき︑今までに
掲げた数篇の詩が︑彼の念頭にあったことを私は信じて疑わ
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そのまじりのない痛ましい気持は︑η
法悦 を堪 えた 悠遠 わり
やη無の世界をとおして有を求めるわり態度からはかけ離れた︑
縁のないものではないだろうか︒因みに︑以上の数篇の詩︑が
書かれた前後の時期の記録として︑﹀・
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却は︑未発
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表のイェイツ自叙伝の草稿から︑次の一言葉を引用している︒
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仏切目]]由
3と題されたパラッド形式の八節からなる風
変りな詩がある︒いま注意したいのは︑この詩に付けられた
十行余りのイェイツ自身の註である︒それは︑
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﹂の 詩の 物
語は︑前払がここに書いたそのままのかたちで夢に見たもので
あるんと始まり︑︒この詩が何を意味するかは自分にもよく
判らないわりと述べている︒だが︑この註は文字通りを単純に
受取ってはいけないようだ︒と一云うのは︑たとえこの詩が︑
草稿の段階では殆んど創作上の虚構を含まなかったと仮定し
ら-'~'もvAJ~慰W~a々もZ王子Vユト9“TheCap and Bells "
は~'制Eム寝c必jぬは由実ぷAJ二"'1111([*保土~~\-I当制必1:iム。子細工~'~~づ~
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型特,.‑J¥‑Iムテ。。The jester, after五rstsending the queen the trappings of
common romance,五nallyoffers the cap and bells which are
his alone, and she, obdurate before the famiJiar and grandilo司
quent gifts of heart and soul, yields when the jester sends
what is most essential and individual in him."
闘はrt,ミト>'2三PャHヤf\叩~~ÀJ0;\1t:!J侭o黒冷lパ1H41長会j
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Aれ握士Vムテ('0That Yeats r巴cognizedthis meaning in the poem is sugge目
sted by the fact that in later lectures he would read 'The
Cloths of Heaven' as an example ofHow not to win a lady',
and The Cap and Bells' as an example of how to win
one." リ)J'P'司令トメQ絵馬主
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~iI'~←トOiミ1令兵士~'t\-'~!笠ÃJ1く思'P7i行二。~盟7i'iE~ぎャHヤト市怖f.~kAJ寝刑←t(ðí闘はムP制~J,,4) ~手利回JμふPど0'P時点。ム-f,v黒心~\-Iムテ0畿はP
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1 dreamed this story exactly as 1 have written it, and dre‑
amed another long dream after it, trying to make out its
meaning, and whether 1 was to write it in prose or verse.
The first dream was more a vision than a dream, for it was
beautiful and coherent, and gave me the sense of illumina‑
tion and exaltation that one g巴tsfrom visions, while the se‑
cond dream was confused and meaningless. The poem has
always meant a great deal to me, though, as is the way with
symbolic poems, it has not always meant the same thing.
Blake would have said,ζThe authors ar巴ineternity,' and 1
am quite sure they can only be questioned in dreams.‑1899
イェイツが是非強調したいのは︑先ずけこの詩の筋はその
まま夢に見たものであること︑それも︑第二の夢のようなあ
りきたりな夢ではなく︑啓一不と高揚感を伴う美しい︑まとま
りのある夢に見たことと︑次に伺この詩は自分にとって常に
大切なものであったが︑夢を見た直後にも意味は判然としな
かったし︑その後も︑象徴的な詩の常として︑必ずしも固定
した意味を伝えるものではなかった︑ということである︒
ところで苦々は既にけは一一言葉通りに受取りかねること︑又
りにおけるH
かならずしも固定した意味を持つものではな
いれりという表明が︑その後のイェイッ自身の言動によって裏
切られているらしいのを見て来た︒それにもかかわら︑ず︑イ
ェイツがこの白註を最終版にまで残した理由は︑実はこの註
の後半の文章から窺うこと出来るのである︒この部分を尾島
氏の訳文は次のように表している︒
力f
li
‑‑
iこの詩は常に私には︑ずいぶん多くの意味をもつも
ので あっ た︒
ii
象徴的な詩軟の方法と同じようにそれは必ずしも同一のものを意味しないのではあるが︒プレイグは︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑﹁詩歌︑の作者は︑水遠の中にあるよと云い得たかもしれない︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑が︑私は詩歌の作者は︑夢の中においてのみ論議さるべきもかかかかハゐやか︒ん(傍点著者﹀
一般に意味のニュアソスが徴細になればなるほど︑原著者
の意図を訳文に映し出すことはむづかしくなるのが当然だか
ら︑時に原文とおもむきを異にする訳文があるのは︑決して めづらしい事ではない︒だが︑この註には私は特にこだわりたい︒なぜなら︑前の章で扱った一連の詩の場合と同様に︑いわばイェイツ理解の糸口の一つが見落されているように思えるからである︒そしてそれは単に︑例えば
2 2
岳町 若田 可
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ヨゲ
己目
白日
52
HH 印(象徴詩の常として)が
η象徴的な詩
歌の方法と同じようにわりと訳出されているが如き︑語義上の
問題だけではないようだ︒
以下に︑このイヱイツ自註をめぐっての私見を述べさせて
いただこう︒最初に︑尾島氏訳による
η i l l
プレイグは﹁詩
歌の作者は永遠の中にある︒﹂と云い得たかも知れないが
i i d
の句は何を意味するかを明かにしたい︒ここで﹁﹂
にか こま れた
︑
ηプレイグは・:云い得たかも知れないが々と
されている句は︑実際にプレイグが手紙に記して書送った言
葉で︑イェイツの記憶に深く刻みこまれていたもののようで
ある︒その手紙というのは︑一八
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三年七月六日の日付で︑親 友
叶
} H O E S
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に宛てたものであるが︑この句の意味を解明する為に︑私達はその前後の部分をプレイグの手紙で
読んでみる必要がある︒
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プレイグは自己の創作についての感想を︑こんな一言葉で腹
心の友に書送っている︒︒自分の詩をよ﹁刊の
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山自
己司
2 5
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三岳 山担 当︒
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片 山 吉 田
3と賞めるなど︑正にプレイグの
面目躍如たるものがあるが︑しかしそう出来るのも︑プレイ
グがその詩を書いた自分自身はたかだか書記にすぎず︑真の
著者は
EBUHEgpg
開芯
5 5 1 3
であると考えていたか
らなのである︒次に掲げる同年四月二十五日付の︑同じ友に 宛てた手紙の一節は︑そのグ氷遠なるもの々と
η書記々の自
分との交感による創作の事情をプレイグがどの様に感じてい
たか︑叉自作の註にプレイグの考を反映しているイェイツは︑
この経緯をどんな印象で受け止めていたかを知る手がかりを
与えてくれる︒少し長いが︑それを読んでみたい︒
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終生プレイグに対して深い敬意と愛着を持ち続けたイェイツにとって︑自分もまた武田町︒ロにも似て美
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くまとまった夢の啓示を受けたことは︑心のときめく程うれしいことに違
いない︒その啓示を詩に書くべきか散す︿で表すべきかを考え
た時の彼自身は︑プレイグと同じく︑永遠よりの黙示を記す
書記であったのだ︒このことは記憶され︑記念されて然るべ
きであった
1 1
iたとえ後ほどその作品に如何に加筆し書き更
めた事実があったとしても︒だからイェイツは云うのである︒
力この詩は象徴詩の常として︑私自身にもいつも同じものを
意味したわけではないが︑常に変らず大切なものであった︒
プレイグなら(こんな場合)﹁詩歌の真の作者は︑氷遠のうち
に在るのだ﹂と云ったことだろう︒そして私も真の作者の意 向は︑夢の深みにをいてのみ知り得るものと思っているよ 上に引用した尾島氏の訳丈によると︑イェイツはプレイグ
と立場を異にしているばかりでなく︑η
詩歌の作者は夢の中 においてのみ論議さるべきものである々という︑いささか筋 の通らない意見を述べている︒これはやはり工合が悪いよう
だ︒それなら上記のり夢の深みにおいてのみ知り得るわりとは︑
具体的にどんなことを指しているのであろうか?このイェ イツ白註の含蓄を︑より正確に扱み取る為に︑ここで吾々は
イェイツ自身の言葉に耳を傾けよう︒はじめはt
冨田
包口
3と
題するエッセイからの引用である︒
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と題する詩
の一部である︒これは尾島氏の訳詩集には洩れているが︑こ
こでイヱイツは詩人としての希望や抱負を簡潔に述べている︒
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ここまでお読み下さった読者の多くは︑あのイェイツ独自
の︑複雑な問題をはらむ哲学体系
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誌と︑それが霊的
存在の啓一示を受け︑神秘な力に〆E
門 同 目 立
丘 町
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人の間三05え芯者同町民ロぬから産まれたという伝説会}想い起さ
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々が垣間見たのも︑実はイェイツの詩作に対する重要な考え
方の片鱗なのである︒魂の奥底︑無意識の深みで感知される
真理と︑詩がそれを表現し︑或いはその真理に接近するもの
だとする信念は︑彼の創造生活の一つの基盤であり︑彼の作 口聞の多くにうかがえるものである︒そして私が︑一見あまり重要でもなさそうな一つの詩の註にこだわったのも︑こうした事情があるからである︒
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第一・二章で取扱った事柄は︑イェイツの他の作品を理解
する場合にもつな︑がり︑があると思われたので︑少し詳しく述
べたが︑この章では今まで引倒した詩の前後で日についた語
義上の誤りと思うものを指摘してみたい︒まず原詩の題名を
掲げて︑次に括弧内に訳詩集の頁数を示すことにしよう︒
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この詩の第二節第一行目の
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が訳詩では﹁空を行く帆布にてととのへ給うはなに﹂となっ
ているが︑この岳ぬ宮は空を飛ぶ意味ではなく田口可担当
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20
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2田一を指すものではなかろうか︒これは︑
続く数行が
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であると思われる︒特に初期の逃避主義的傾向を一不すこの詩
の中で白石宮︑が
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をも暗示することを味うべ
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以来
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な︑死者に関する考え方の反映であろう︒つまり︑少数の例
外的存在をのぞいて︑死者は弱々しく歎きながら︑あてどな
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門
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をさまようのである︒E
だからこの詩の第一節は︑天使達が気を滅入らす死者との交
りにあきあきして︑新しい生命に輝く嬰子のまわりに屯し︑
まどろもうとする子を見守っている︑と歌っているのである︒
η泣いてあの世へ逝く子らのとすると︑全体に照して意味が
判然としないし︑大事なニュアンスも取逃してしまうように
私には感じられる︒
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頁)
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︑︑︑︑︑︑︑︑︑
を ︑
hりきらめく月の輪︑星々一散り敷く天の川んとするのは︑
この詩を矛盾したものにしてしまうおそれがある︒なぜなら︑
第三節二行目の﹀ロロ
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︒︒ロ
ロロ
︒ロ
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許可は
明らかに︑星の一つも見えない空を示すからである︒この部
分が
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hげがらんとした中空々の訳されながら︑始めにη
星々
散り敷く天の川れりとあっては︑読者はとまどってしまうであ
ろう︒殆んどあらゆる行が書き改められたこの詩の第二行目 が︑以前には
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F
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仏 手四 回仲 良ムg
包岳 山 ﹃
となっていた事実はあるのだが︑尾島氏は最終版に拠って訳
をされたのだから︑これは改めるべきではなかろうか︒
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許可
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よロ
己円
可者
間可
iゅではなくて︑乳色にかすんだ空な
のである︒ハiバIト・りIドは︑この詩の改訂の是非を論
じた小丈の中で
:田 町民
︒同
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ロ項
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吾め田 SHPR
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回 目}
47
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塁 ︒ ︒ ︽
V u w (四二頁)
ここでイェイツの信じたいわゆる冨︒︒含に就いて詳述し
ている余裕はないが︑この詩は彼が叶宮∞見伊丹冨
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主 片言︒己 主岳 山口 哲・ と散 文で 表
現したと同じ思想を韻丈に競るもので︑いわば
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不滅性をたたえる言葉なのである︒だからこの詩の後半の
F 2 三
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めることが出来ない︒
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﹃時﹄ぞ零っ すき び崩 れて
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さもしび燃え尽きし蟻燭のごと︒
か く て 山 や 森 亡びあり亡びあり︒
なにものぞ︑熔なす
情調の集ひに
落︑
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訳詩にはこの意味を認
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吾 昂 含 呂 田
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この詩の第一行は︑ηあらゆる見苦しいこわれたもの︑あ
らゆる疲れ古びたものμと歌って︑第二・三行で更にこまか く︑たとえば︑ヶ道端の子供のわめき声や:::云々山と続いて述べる事柄をまとめているのであるが︑尾島氏の訳では﹁すべてがあじきなくうち壊れ︑すべてが疲れ果て老いすがれた︒﹂となっている︒これはどうしたことであろうか︒
R吋
宮町
﹄日 月戸 3 (四人頁)
この八行詩で︑技のかぎりを尽くして網を打つ潟師と︑巧
みにきらめく網目から身をかわす魚は︑ただの漁師と魚では
あるまい︒捉え難いものが︑理想であるのか︑美であるのか︑
断定は避けよう︒だが︑求め憧れる心と︑その対照の捉え難
いのを歌った詩が︑解答を求める謎のような印象を読者に与
えるのは︑まずいと思う︒
同 ︐Z
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山口 問仏
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もろびさしかし︑やがての日の庶人は知るであろうーー
なにゆえにこの我の投網うっかを︑
なにゆえに汝が︑いくたびもいくたびも
お な わ
しろがねの小縄を跳びぬけたかを:
(傍 点著 者)
ぺ
E02 52己出混同り
2m♀おロ回巾同
Eq
uv
(六
一 一 貝 )