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博士論文要旨

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Academic year: 2021

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博士論文要旨

論文提出者 山下真里

論文題目:認知症デイケアにおける社会的相互作用を活用した支援 の意義

審査委員

主査:首都大学東京大学院人文科学研究科 教授 下川昭夫

副査:首都大学東京大学院人文科学研究科 教授 永井 撤

副査:首都大学東京大学院人文科学研究科 教授 平井洋子

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2 1.本論文の課題

認知症になると,記憶や判断,社会的認知といった認知機能が障害されたり,自我機能 が障害されたりすることにより,他人とコミュニケーションがすれ違いやすくなり,周囲 と良い関係を維持することが難しくなる。こうしたコミュニケーションのすれ違いについ て,これまでは認知症高齢者(介護される人)とケア職員(介護する人)という関係にお いて生じるすれ違いとして説明されてきた。そして,家族や専門職をケアの中心に据えて 認知症の人との関係を捉え,より有効な対応方法は何か検討したり,周囲の頑張りによっ て改善を図ろうとする試みが模索されてきたといえる。しかし,認知症高齢者をケアの主 体に据えて生活を考えた場合,ケア職員との関わりというのは重要ではあるが生活のごく 一部である。その他の多くの時間を認知症高齢者は自主的・自然発生的に施設を利用する 他の同年輩と過ごしており,その関係性は無視できない。また,認知症に限ったことでは ないが,人との関係の持ち方というのは,パーソナリティ要因と深く関わって各自異なり,

支援の在り方に考慮されるべき要素となり得る。本研究では,認知症デイケアというコミ ュニティの中で行われている,認知症高齢者の社会的相互作用の特徴とその効果について 明らかにすることを目的とした。また,心理療法家が実際に関わっている認知症デイケア をフィールドとして,認知症ケアに特徴付けられた心理臨床家の役割や連携の可能性につ いて考察することを目的とした。

2.本論文の構成

序論 本研究の目的と本論文の構成 第Ⅰ部 理論編

第1章 認知症の症状をどのように理解するか 第2章 認知症の非薬物療法に関する先行研究 第3章 わが国の認知症対策の現状と課題 第4章 本研究の関心とリサーチクエスチョン

第Ⅱ部 認知症高齢者とケア職員の相互作用を支えるケア 第5章 職業介護者の認知症ケアの視点(研究1)

第6章 職業介護者とつながりにくい認知症高齢者へのチームアプローチに関する事例 研究(研究2)

第Ⅲ部 認知症デイケアにおける利用者同士の相互作用を支えるケア 第7章 認知症高齢者と同年輩の相互作用に関する研究の概観 第8章 認知症高齢者の相互交流の特徴と効果(研究3)

第9章 認知症高齢者の相互交流を支えるケア職員の役割に関する事例研究(研究4)

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3 第Ⅳ部 総合考察編

第10章 本研究で得られた知見とその解釈 第11章 本研究の限界と今後の展望

3.論文要旨

第Ⅰ部 理論編

第Ⅰ部では,医学・心理学・看護学・福祉学など多領域において行われてきた認知症ケ アに関する研究を概観し,本研究で取り扱う課題を明確化することを試みた。

現在,認知症の根治的治療法は確立されておらず,非薬物的療法が中心となっている。

これまでの認知症ケアは病院や入居施設でのケアが中心であり,認知症高齢者の心理・行 動症状を排除・封じようとする対応が良しとみなされてきたが,近年は問題行動に背景に ある彼らの心を理解し,その人に合わせた支援をしていくべきであるという機運が高まっ てきている。その中で,非薬物療法のあり方も,個人を集団に適応するように強要するの ではなく,一人ひとりの特性や,生活に根差した関わりの視点が重視されるように変化し てきている。

また,現在のわが国の認知症施策としては,認知症の人を施設ではなく在宅でみていく という方針が打ち出されている。このような流れの中で通所型サービスには,介護家族の 負担軽減はもちろんのこと,認知症高齢者自身の心身の機能維持・改善を図り,彼らが生 活を維持できるように支援する役割が期待されている。認知症高齢者が通所型サービスを 利用することで,彼らの認知機能や心身の機能維持に効果があることがわかってきている が,その要因の一つとして「人との交流」が挙げられる。これまでは,このような施設で 生じる人間関係は認知症高齢者とケア職員の二者関係で論じられてきたが,認知症高齢者 はケア職員と接する以外の多くの時間を他の同年輩と過ごしており,その自主的・自発的 な関係性は無視できないと考える。また,その人の対人関係の持ち方というのは,パーソ ナリティ要因と深く関わって各自異なるため,その人の特性に合わせた支援の在り方に考 慮されるべき要素となり得る。

本論文では,認知症デイケアを利用する認知症高齢者を中心に据えて,彼らを取り巻く 周囲との社会的相互作用の特徴とその効果を明らかにすることを目的とした。とりわけ,

ケア職員との関係だけではなく,同年輩の利用者との関係に注目して記述した。また,そ の中で心の専門家である心理療法家はどのような役割を担うべきか,また多職種との連携 の可能性について記述することを目的とした。

第Ⅱ部 認知症高齢者とケア職員の相互作用を支えるケア

第Ⅱ部においては,認知症高齢者と職業介護者の相互作用に着目し,相互作用が有効に

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機能するように支える心理臨床家の役割について考察した。5章では,介護実習をすべて終 えた介護学生を対象として,認知症ケアを行う中で認知症高齢者の気持ちに「寄り添う」こ とが難しくなるとされる対応困難事例を呈示し,職業介護者のケアの視点を明らかにする ことを目的として研究を行った(研究1)。その結果,対応困難な状況では,対応の柔軟性 が乏しくなり,認知症高齢者の思いを理解しつつも,介護者の思い・認識を優先する可能性 があることが明らかになった。一方,対応困難状況において,双方の思い・認識を一致さ せるような視点も見られた。具体的には,「援助する人とされる人」など既存の枠組みから 脱却するなど職業介護者の「視点を転換」することで,双方の思い・認識の隔たりに折り 合いをつけるような積極的な介入を行おうとする視点が示された。

第6章では,実際の対応困難状況において,職業介護者が認知症高齢者の特性をどのよ うに理解し,どのような視点を持ってケアを行うのか,また,認知症高齢者とどのように 相互に作用しあうのか明らかにするために事例研究を行った(研究2)。その結果,研究1 と同様に職業介護者は認知症高齢者の心を理解しようと努めているが,最低限の用事が済 むと対象者とそれ以上話をせずにそばを離れるなど距離をとろうとする様子が見られた。

こうした態度から,職業介護者は認知症高齢者の反応を手掛かりにケアを組み立て,関わ りを継続しているため,予想した反応が得られないと,ケアの見通しがもてず,徒労感を 抱きやすいと考えられる。さらに,無視され傷つくなど,ケア職員自身の情緒的な問題を 解決することは困難で,認知症高齢者との間に情緒的・物理的に距離をとってしまうこと につながっていることが示唆された。また,そのように距離をとることが,認知症高齢者 にどのような影響を及ぼすかなど,互いの関係性を客観的に見立てることが難しい様子が 見られた。このような相互作用の中で,心理臨床家は,職業介護者が認知症高齢者のつな がりを維持できるように,関係性を客体化する作業を手伝ったり,情緒的なメンテナンス を行っていることがわかった。また,すれ違いは認知症高齢者とケア職員間だけではなく,

多職種間でも生じる場合があること示された。多職種協働が有効に働くためには,職種間 のすれ違いを調整する必要があり,これも心理臨床家にとって重要な役割であると考えた。

第Ⅲ部 認知症デイケアにおける利用者同士の相互作用を支えるケア

第Ⅲ部では, 専門職を中心とした支援ではなく,認知症高齢者と同年輩の他利用者の社会 的相互作用を活用した支援の可能性を考察した。第7章では,これまで主に入居施設で行 われてきた認知症高齢者と他の同年輩の相互作用に関する研究を概観した。認知症高齢者 の相互交流は,内容的な意味よりも社会的な行為としての形式が重要であり,その交流の 量や質は空間的な要素など外的な影響を受けやすいことがわかった。しかし,これまで認 知症高齢者の内的な要因,すなわち社会性や自発性といったものの影響はあまり検討され てこなかった。認知症デイケアにおける社会的相互作用を活用した支援を考える上で,利 用者同士の相互作用の様相を明らかにする必要がある。そこで,第8章では,認知症デイ ケアにおいて見られる認知症高齢者によるインフォーマルで自発的に生じる友好的な相互

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交流の様相とその効果を明らかにした(研究3)。統計ソフトを用いたソシオメトリー分析 によって相互交流の様相をタイプ分類したところ,認知症が重度で安定した交流がほとん ど見られない<単独型・低群>,認知機能は保たれているが安定した交流が見られない<単独 型・高群>,特定の利用者とのみ交流する<ペア型>,広く交流を行う<グループ型>の4タイ プに分類された。そのタイプ18か月間に計4回認知機能,日常生活動作(Instrumental Activity of Daily Living:ADL),移動能力,行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:BPSD)に関する検査を測定し,交流のあり方4タイプとの関連を調べた。この 結果<グループ型>では特別なケア職員の介入がなくともすべての機能が保たれる傾向があ り,<ペア型>では,周辺症状の改善にペアの結びつきが役立っているが,お互いの傍を離 れないことで移動が抑制され,移動能力の低下が生じていることが窺えた。<単独型・高群

>は,他者との交流がなくても認知機能やBPSDが維持されているが,ADLには低下が認め

られた。<単独型・低群>においては,すべての機能が下げ止まりになっているが,BPSDの

悪化は防がれていることがわかった。他者との積極的な交流を図るばかりではなく,個々 の交流タイプと状態に合わせたケア職員の適切なケアが重要であることが示唆された。

第9章では,認知症デイケアの利用者同士の関係が生成されるプロセスや質,相互作用 の内容や影響過程について明らかにするため,認知症高齢者同士のペアを対象とした事例 研究を行った(研究4)。また,ペアに対するケア職員の関与について整理し,認知症高齢 者の相互交流が有効に機能するためにはどのようなケア職員の関わりが有効であるのか検 討した。その結果,認知症高齢者同士のペアは,その関係性によって,すれ違ってBPSD につながることもあれば,互いに支え合うことでポジティブな効果を生むという両方の側 面があることがわかった。このようにペアは不安定で片方が負担を抱えやすい側面がある ため,ケア職員は,ペアの形成から維持,ペアの関係を支えるための個別的・集団的関わ りなど,継続した介入と見守りを行う必要があることが示唆された。また,グループには,

ペアの不安定さを抱えるような機能があることが視察され,ケア職員はグループのコーデ ィネートをベースとした継続した働きかけと,ペアをグループに広げる関わりを行うこと が効果的であると考えられた。

第Ⅳ部 総合考察

第Ⅳ部では,一連の研究で得られた知見と今後の課題と展望について論じた。本研究で は,認知症デイケアにおけるコミュニティは,認知症高齢者と同年輩の人との相互交流,

グループやペア同士の関係,認知症高齢者とケア職員との関係,ケア職員同士の関係で成 り立っていることが観察された。これまで専門職(介護する人)が認知症高齢者(介護さ れる人)に援助を行うという,一対一の支援,いわゆる「縦方向のつながり」を重視する 支援が行われてきた。本研究における成果は,認知症同士の社会的相互作用においては,

他の人を排除するような強い結びつきをもったペアや,ペアを基本としながらも排他的で はなくグループが形成されており,このような仲間付き合いには職員の介入がそれほど多

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くなくても,ある程度心身の機能維持が図れることが示されたことである。また,「縦方向 のつながり」だけではなく,ケア職員同士のつながりや,認知症高齢者同士の交流を引き 出す関わり,いわゆる「横方向のつながり」を利用することが認知症ケアに有効であるこ とを明らかにした。

また,本研究では,認知症ケアに関わる心理臨床家の役割についても一考した。これま で,心理臨床家の役割は,集団や個人への心理療法などの直接的な介入のため,生活と分 離した時間や空間で,非日常的性を担保することを実践してきた。しかし,認知症ケアに おいてはむしろ生活との連続性や,生活の中で認知症高齢者と関わることが有効であるこ とが示された。さらに,認知症デイケアにおける心理臨床家の役割として「つなぎ役」と しての重要性が,新たに示唆されたといえよう。

4.論文審査結果

論文評価

本研究は筆者が十年余にわたる認知症高齢者への心理臨床的支援の実践を踏まえた上で、

ケア職員と高齢者との相互作用のみならず、従来はあまり取り上げられてこなかった入所 者同士の社会的相互作用が健康状態などにどのように影響を及ぼすか検討したものである。

本研究のような認知症高齢者への非薬物療法的支援研究の歴史は世界的に見ても半世紀 以上の歴史がある。当初のリアリティオリエンテーションといった訓練法から、近年はパ ーソンセンタードケアといった全人的なケアの流れになってきており、住み慣れた地域で の暮らしを重視する新オレンジプランの施行と共に、通所サービス等を利用した認知機能 低下予防や BPSD 等の軽減といった期待が高まっている。従来、治療同盟が難しい認知症 高齢者へのアプローチは心理臨床的に難しいと考えられてきたが、対人交流に着目した検 討の必要性を提示した点が本研究の1つの大きな意義である。

第二部ではケア職員と認知症高齢者の相互作用をとりあげ、その課題と心理士の役割を 提案している。介護実習を終えた介護学生の事例対処法の自由記述回答を分析し、認知症 高齢者の思いを重視する視点を持ちながらも実際の対応は説得と説明に終始してしまい、

視点を変えたり関係性の活用を考えているものは一部であることを明らかにした。また多 彩な身体症状と通所拒否の事例に関わった自験例を取り上げ、認知症高齢者とケア職員、

ケア職員同士、主観的評価と客観的評価をつなぐ心理士の関わりが、訴えの改善や周囲と の交流に有効であったことを指摘している。ケア職員のつながりの中での支援の有効性を 示唆できたことが本研究の2つ目の意義である。

第三部では認知症高齢者同士の社会的相互作用のBPSD やADLへの影響を論じている。

ソシオメトリー分析で認知症高齢者の交流タイプを、単独型高群低群・ペア型・グループ 型にわけ、比較的重度のアルツハイマー型認知症高齢者に多いペア型は安心感や相手を見

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習う行動などを通じてBPSDやADLなどの悪化や低下を防ぎ、比較的維持されることを示 した。またペア型の自験例を取り上げ、その相互作用の推移と、それを維持するための職 員の介入のプロセスを明らかにしている。この結果から認知症高齢者同士の社会的相互作 用の意味を明らかにしたのが3つめの意義である。

審査結果

博士論文審査ではこれらの点が評価されると同時に、いくつかの課題も指摘された。例 えばタイプ分けされているのは、わかりやすい反面、それぞれの個性や特性などが見えに くくなっており、それらをどのように支援に活かしてゆくのか、考察を膨らませてもよい のではないかという指摘があった。また心理士の役割が心理士でなくてはならない必要性 などをもっと書いて欲しかった、さらにスペキュレーションも含めて一般化した考察を広 げて欲しかったというの意見が出された。また認知症高齢者同士やケア職員とつないでゆ く心理士の役割を、先行研究の学生相談における「つなぎモデル」との異同などを論じて 欲しかったといった意見も出された。筆者は指摘された本研究の不十分さや課題を認めつ つ、さらなる研究の積み重ねの必要性を論じた。

これらのことから本研究は不十分な点はあるものの、本論文は博士論文として十分な内 容と水準を持つものである。公開審査における質疑応答も優れた見識と意欲を示しており、

指摘された課題点を含め、今後の研究を発展させてゆく十分な力を示すものであった。よ って審査者一同は一致して山下真里に博士(心理学)の学位を授与することが適当である と判断した。

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