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九州大学学術情報リポジトリ

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Academic year: 2021

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Kyushu University Institutional Repository

せめぎ合う霊力 : ケニア海岸地方ドゥルマにおける キリスト教徒達の語り

岡本, 圭史

http://hdl.handle.net/2324/1806793

出版情報:Kyushu University, 2016, 博士(人間環境学), 課程博士 バージョン:

権利関係:Public access to the fulltext file is restricted for unavoidable reason (3)

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氏 名 岡 本 圭 史

論 文 名 せめぎ合う霊力一一ケニア揮岸地方ドウノレマにおけるキリスト教徒 達の諮り

論文調査委員 主 査 九 州 大 学 教 授 損 本 満 副 査 九 州 大 学 教 授 坂 元 一 光 副 査 九 州 大 学 准 教 授 飯111書秀治 副 査 九 州 大 学 准 教 授 生 々 木 玲 イ ニ

論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨

岡本主史氏の学位(甲)請求論文『せめぎ合う霊力一一ケニア海岸地方ドウノレマにおけるキリス ト教徒連の語り』はケニア共和国コーストプロヴィンスのドクルマ社会における通算 12ヶ月に及 ぶ長期の民族誌的フィーノレドワークに基づき、当該社会で 1990年代にはいって急速に進んだキリ スト教化の文化的背景をあきらかにしようとした意欲的な作品である。

本論文において著者は、調査地の非キリスト教徒とキリスト教徒のそれぞれの語りを

γ

lこ紹介し、

両者を対J1痔させることによって、今日のドクノレマ社会において両者が、扶術使いや

1 & i

依霊といった 危険な霊的なカが実世するという世界経験を共有していることをあきらかにしている。

第一輩、第二章においては妬み深い隣人による隠れた攻撃である妖術が、非キリスト教徒、キリス ト教徒を間わずこの地域の人々の日常生活において、真剣に対処せねばならない憂慮すべき実在す る危険であることが、人々の語りと丹念な事例紹介を通じて描き出されている。植民地期を通じて、

ミッションによるキリスト教布教は、妖術のような霊的な危険を一貫して「未開民特有の迷信」と みなし、まともに相手にしてこなかった。それに対して、著者は、近年のキリスト教が、こうした 霊的な諸力に対抗する新しい強力な方途としてとらえられている可能性に注目する。もしドクノレマ 社会の近年の急速なキリスト教化が、こうした霊的な諸力に対する対抗策を求めてのものであると するなら、「改宗Jという概念そのものをより広いものにとらえなおす必要がある。

第三章においてはこうした観点から、著者は既存の宗教概念や改宗概念に批判的な検討を加えてい る。宗教を世界観や信念体系、ものの考え方といった認識の側において左らえ、改宗を一つの信念 体系を、別の信念体系に置き換えるような過程としてとらえる既存の概念枠組みが、きわめて西洋 近代的な限定的なものであると指摘し、 ドワノレマの妖術をめぐる観念体系を「伝統宗教」としてキ

日スト教に対置させる見方を退ける。

第四章では、調査地の村−におけるべンテコステ派教会の活動や、そとでの人々の実践や語りに分析 の焦点を置き、教会が妖術や麗依霊を対処すべき現実的な問題としてとらえていることがあきらか にされる。そこではキリスト教の祈りは、それらに対する有効な対抗手段として、非信徒にとって の施術(呪術的対抗手段)に近い位置を占めているのである。アフリカの他地域においても指摘さ れているように、ここでも妖術問題に対するキリスト教自身の変容が、キリスト教の急速な受容の 大きな要固となっている。

しかしこれは単にキリスト教が現地の文化に取り込まれた、あるいは現地の文化に合せて変容した ということを意味するわけではない。 ドクルマ社会においてキリスト教徒になることが、妖術や癌 依霊の脅威に立ち向かう手段だという点を指摘することで、著者は、改宗を宗教的信念の受容と同

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一視することを回避できるとする一方、そこに宗教的信念の受容や自己変容がまったくないわけで はないことも、人々の語りの詳細な分析を通して指摘している。「改宗」は、単なる信念体系の受容 にも単なる功利主義的な動機にも還元できない、槙合的な相をもったプロセスだと著者は主張する。

同様にそれは既存の文化的観念自体にも大きな変容をもたらしうるo

続く第五輩、第六章においてはキリスト教徒の語りのなかで、 2正干宇の妖術観念や、癌依霊観念自体 が重要な変化を被っていることが示される。妖術観念は、キリスト教徒の語りのなかで、教会の活 動を妨害する偽のキリスト教徒としての悪魔崇拝者と重なり合い、キリスト教の内部の敵として肥 大化しつつある。また非信徒たちにとっては脅威であると同時に守護者ともなり得る両義的な梓在 として語られる癌依霊は、キリスト教徒の語りの中では、その阿義性を失い、もっぱら有害なだけ の神の敵とされる。さらに第七章においては、こうした量的諸力を巡る文化図式の変容が、 ドクノレ マ社会をとりまく社会的諸事象−NGOや外部起源、の宮などーをめぐる想像力に及んでいることが 示される。

最後に結論において、著者は改宗過程の研究をめぐる方語論上の問題を検討し、それを植合的、多 面的な文化現象として捉えるべきであると論じている。

以上のように、本論文は長期の民族詰的調査の実証的な詳細なデ}タに基づき、キリスト教受容と いう現象を、撞雑な文化的プロセスとして分析する、ニュアンスに富んだ、深い洞察を示しており、

博士(人間環境学)の学位に値するものであると認められる。

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