政治学グランドセオリーの新展開
右 横
勝 (共同研究代表、文責)1
神島政治元理表 と本稿の視点本稿 は国際経営研究所 プロジェク ト 「政治学 グラン ドセオ リーの新展開」の 報告書の性格 をもっている。同プロジェク トは経営学部専任教員、右横勝 と、
同じく経営学部非常勤講師、大森美紀彦がその中心になって過去数年間にわた り進めてきているものである。すでに同プロジェク トに関連 してい くつかの問 題提起的論文 を発表 しているが、本稿では日本の近 ・現代の包括的理解のため
の神島政治元理表を使 った試論を提示す ることにす る。
プロジェク ト 「政治学 グラン ドセオ リーの新展開」の中核 には政治学者故神 島二郎の手になる未完成の 「政治元理表」が位置する。我々 (右横及び大森) はこの元理表 に政治学 グラン ドセオ リーのブレーク ・スルーの可能性 を見てい る。元理表は政治学 に留まらず社会科学一般 に大 きな影響 を与 える可能性 を秘 めたものであると我々は確信 している。今後の我々の学的営みは、 この残 され た政治元理表 を進化 ・発展 させ、その具体的展開を示す ことにその中心を置 く
ことになる。神島の政治元理表は政治学徒神島の集大成であ り、その全体像 を 語 ることは並大抵な ことではない。逆 に言えばそこにはじつに広大な、ほぼ無 限 ともいえる可能性の地平線が拡がっている。
ここではひ とつの元理表利用の具体例、その端緒について論 じようと考 える。
この元理表 を使 った場合の日本社会の分析の試みである。 日本の明治以降のマ クロの歴史展開に関 してである。明治以降の歴史展開を大づかみに把握 し、そ
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の特徴 を元理表 にそって考察 し、 日本社会の現在 と今後 を理解する上での、ひ とつのヒン トとしたい というのが筆者 (右横)の意図である。精微な実証性を 伴 う論述 とい うよりは、あ くまで新たな視点の提供が主眼であることは指摘 し ておきたい。神島元理表による近 ・現代 日本の理解の試みの前に、その神島の 政治元理表そのものを、あらためて図1として次に提示 してお く。
1 82
(
「国際政治再考 に向けて」 P120 PROJ ECT PAPER NO. 21 / 2010
神奈川大学 国際経営研究所)他 に既 に紹介政 治 元 理 表
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18
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指導
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2 政治元理表を使 った近 ・現代 日本の理解
以下、図2では、政治元理表 を使い日本政治 ・日本社会の大づかみな明治以 降の変遷 についてのひ とつの解釈 を示す。 この図
2
は筆者のオ リジナルであ り 実験的試みである。今後の精微な研究が要請 され るものであるが、新 しい視点 の提供 とい う点で、 また無限の可能性 を持つ神島政治学 グラン ドセオ リーの具 体的適用 とい う点で実験的に提示する。図
2
(筆者作成 ・未発表)5
明治大正昭和
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昭和ii
▼1‑‑LJ=JJ・'[TJJJ[TJ・.JJJ:L:‑・‑‑尋予.i 近代国 家 (近
代由代社会科学)支配
日日HHHHHmHHR鳳Y
闘争
同化
上記、図2 を以下箇条書 き的に解説する
① 扱 う時代 は明治以降であ り、その対象 は総体 としての 日本社会 ・日本政治 とい うことになる。光を当てているその対象はそれぞれの時代のエ トス と も言 えようし、それぞれの時代 に支配的に機能 した政治の元理で もある。
それを図示 したものである。
1 84
② 神島の元理表 は政治現象の森羅万象を扱 う、 まさしく政治の一般理論であ るか ら、 日本 も含 まれるが、あ りとあらゆる社会 (小社会か ら大社会 まで) を対象 とする。 しか もどの社会において もすべての元理
( 1 0
の元理)が強 弱の違いこそあれ存在するというのが神島の見立てである。つ ま りそれぞ れの社会、それぞれの時代 において、それぞれの元理が比較相対的に強 く 前面 に出て くることになる。<図2>
においては、右か ら帰常 ・同化 ・闘 争 ・支配 ・自治 と並ぶが、 この元理以外の元理が 日本社会 ・日本政治にな い ということではない。主たる元理 として この5
つの元理を筆者 (右横) が取 り上げているのである。③ <明治初期 > 明治においての主導的な元理 はまずは 「同化」であった。
「文明開化」 「鹿鳴館」 という政治的スローガ ンは象徴的にこの時代のエ ト スを表 しているが、 この時代、 日本社会 は相対的に進んだ (と考 えられた) 近代西洋社会 に 「同化」することに大 きなエネルギーを発揮す る。 ここで
はまだ 「闘争」の元理は頭をもたげていない。西洋近代のひ とつの決定的 な側面である 「支配」の元理は比較的に初期か ら登場するが、それが大 き く前面 に出て くるのは日本がいわゆる列強諸国に加わって植民地獲得競争 に本格的に参入 してか らということになる。
④ <大正 ・昭和 >
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年に向かい、 まずは 「同化」のエネルギーに陰 りが 見え、日本主義が登場する。戦前の 「近代の超克」論議はそのひ とつのピー クを示す ことが らである。一方、力をつけた近代 日本 は、近代の本質のひ とつである 「支配」の元理をおもにアジアを舞台に全面開花 させ ることに な り、 それが既存の国際秩序 と衝突す る段 になって、 「支配」 よ りさらに 先鋭であ り、かつ情緒的な 「闘争」の元理 に最終的にはその主導的な役割 をゆず ることになる。 これが第二次大戦直前の 日本 のエ トス となる。 「自 治」
の元理 は明治以来 さまざまに様々な論者 によって喧伝 されたが、その ひ とつの開花が 「大正デモクラシー」 とい うことになる。 この自治の元理 の政治的要素 は、昭和に入 り急速 にしぼみ、敗戦前においてはほ とん ど消 滅す ることになる。⑤
<1 9 4 5
年以降> 敗戦後の日本 はまた再び 「同化」の道を歩むことになる。この場合の 「同化」は欧米 とい うよりは米国である。明治のスローガンは
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「脱亜入欧」 とい うことであったが、敗戦後の政治スローガンは 「アメ リ カナイゼーシ ョン」であった。いずれにせ よ 「同化」のエ トスが強力に再 び登場する。ただ しその 「同化」の外枠 は<図
2>
においては点線で示 さ れている。すでに西洋文明、あるいはアメ リカ文明に対 して部分的なが ら 懐疑がそこには芽生 えているか らである。 「闘争」の元理 はすっか り後背に退 くが、近代国家の道 を再び歩みだ し 「ジャパ ン ・アズ
・NO
l」 とま で言われ るほどの経済的成功を収めるに伴い、近代国家のひ とつの側面で ある 「支配」の元理はまた再び頭 をもたげて くることになる。 ここでは し か し憲法9
条 に象徴 され るような平和主義が一定の影響力 を保持すること になる。そして 「支配」
の元理は、 こと国際関係においては戦前のそれ と は大 き く異な りかな り強力なタガをはめ られ ることになる。 「戦後民主主 義」 といわれるように 「自治」の元理は日本の歴史上かつてなかったほどにその重要性を主張することになる。大 き く広 く展開されることになる自 治元理に基づいた戦後民主主義ではあるが、 どの程度 まで 日本 に住む人々 によって内面化 されいるか といえば疑問がある。その意味で昭和の時代 に おいて も平成の時代 において も 「自治」の元理はその外枠を点線で示すの が適当であろう。 日本社会 における 「自治」の元理の脆弱性がそこに表現
されている。
⑥ 上記③か ら⑤ までで触れることが無かった 「帰簡」の元理であるが、 これ は戦前 ・戦後を通 じて 日本社会の通奏低音のように常に一定の影響力を示 して きた。 もちろん時 には声高 に、時にはほ とん ど目立たぬ形で。 この
「帰簡」の元理 は日本のただ今現在 において どのようなポジシ ョンを占め ているのだろうか。 この文章は2011年7月に書かれているが、 この 3 ・11 東 日本大震災か ら
4
カ月を経た状況で、 どのように機能 しているであろう か。 「ガンバロー日本」
「日本 を見直す」な どというスローガンとともに日 本回帰の流れは確実 にある。その点 も注 目せ ざるを得ない。3 政治学グラン ド ・セオ リーの新展開
上記<図
2>
では<図1>
で提示 した神島の政治元理表を使いなが ら、近代1 86
日本の社会 を大づかみに論 じてみた。<図
2>
で示 したのは日本政治史で もあ るが 日本精神史で もある。それは日本総体の性格、その時代的変遷で もあるが、同時に具体的な個々の政治現象 (本稿では全 く触れていないが)についてのひ とつのアプローチである。
<図
2>
は日本 を、 日本の総体 を分析対象にして神 島政治学の可能性の一端 を示 してい るが、当然なが ら神島の政治学一般理論 は他の分析対象に対 しても 有効 に機能で きるものである。少な くとも筆者 はその ように考 えている。その 分析対象 は必ず しも大 きな政治現象である必要はない。 この元理表 は政治現象 の大小 を問わず、あらゆる政治現象を分析のまな板 に乗せ ることを前提 として いる。ある政治現象を分析するにあた り1 0
個の全ての元理 を動員す る必要 もな い。対象 とす る<現象>により、その分析 に必要な特 に重要な元理があるだろう。
<図
2>
で行 ったように、元理表 は悪意的に使 えばよいのではないか と考 え■●●●
る。 もちろんそこには使用する側の判断 と勘がある。その ことについてもそれ はそれ として認めるべ きとい うのが筆者の立場である。政治現象の分析 にはそ もそも価値判断が常にまとわ りついているのである。社会現象の分析 にまとわ りつ く価値判断はそれ 自身必ず しも否定的なことではない とい うのが筆者の立 場である。
もうひ とつ述べておかなければな らない点は原理 と元理の違いである。神島 の中では原理 は複数の元理の組み合わせで成立す るものである。何々主義 とい うのは政治原理 と親和性を持つが、元理はむ しろ政治現象の<要素 >というこ とになる。そ して同時に元理はそうした政治現象の分析の道具立てのパーツと い うことになる。例 えば民主主義 というのはひ とつの<原理 >だが、その原理 を構成す る要素 には自治をはじめ としてい くつかの元理が関わ り、その運動や 組織 ・制度 を理解す るには様々な範噂を動員す る必要がある。つ ま り元理表 は マックス ・ウェーバーな どがい う理念型 (イデアル ・チ ップス)ではない。ダ イナ ミック (動的)に政治現象 を理解 しようとい うものである。その政治現象 を分解 し、再構成 し連動 ・統合 させ ようとす るものである。
したがって神島の元理表はじつは我々の社会科学的認識枠組みの再構築であ る。新たな政治原理の提示 とい うことではな く、その原理構築の基礎 ともなる
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政治現象の把握の仕方その ものについて、新 しい手だてを提供 しようとす るも のである。 ここに神島元理表を 「新 しい政治学 グラン ドセオ リー」 と呼ぶ理由 がある。 この元理表が政治学一般理論の、 さらにいえば社会科学一般理論の新 しい地平線 を切 り拓 くものではないか とい うのが筆者たちの考 えである
。l
o数 年前にこの元理表を神島自身か ら提示 され、その後 この元理表の深化 ・具体的 適用 をことあるたびに試みてきているが、必ず しも十分 に成功 してい るわけで はない。ただ神島自身がそう考 えていた ように我々 (右横 ・大森) もまた、 こ の元理表の深化 と展開は我々のライフワークに値するものであると思っている。その思いはます ます強 くなる。