皮膚組織多層構造モデリングと 光伝搬シミュレーション
1. はじめに
光計測技術は医療・生体分野へ幅広 く応用されているが,光の組織侵達長 が皮下組織と合致することから,とく に皮膚科学分野で近年発展が著しい.
ここで重要なことは,光が皮膚組織内 をどのように伝搬するかである.筆者 らは,組織学的知見に基づく独自の多 層構造皮膚モデルを提案し,皮膚光伝 搬を実用レベルの精度で計算するモン テカルロシミュレーション(MCS)
法を開発したので紹介する(1)(2).
2. 光伝搬モンテカルロ法
従来の皮膚モデルは,表皮,真皮,
皮下組織の 3 層が一般的であり,皮膚 の多様な生理学的・組織学的変化を表 現できていない.図 1に皮膚組織模 式図と提案した多層構造皮膚モデルを 示す.光伝搬特性の差異に基づき 9 層 構造に設定した点,各層に適切な光 学・幾何パラメータ値を見出した点に 新規性がある.
皮膚最表面に厚さ 10μm 程度の角層 があり,その下の顆粒層・有棘層と基 底層が厚さ 100μm 程度以下の表皮層 を形成する.この下には乳頭層,乳頭 下層,上部毛細血管網層,網状層,下 部毛細血管網層が続き,厚さ 1.5mm 程度の真皮層を形成する.真皮層の下 に皮下組織が厚さ数 mm のオーダで 広がっている.
図 2の MCS では皮膚に重み 1 の光 子を順次入射させ,衝突ごとに軌跡(ス テップごとの伝搬長さ
l,散乱角 θ,
方位角
ψ
で定義)を乱数計算する.各層で散乱の度合いを与える散乱係数
μ
s,吸収の強さを与える吸収係数μ
a, 散乱強度の方位分布を特徴づける非等 方性散乱パラメータg,媒質の屈折率
n,層の厚み t の五つのパラメータに 数値設定し光伝搬を規定する(3).メラ ニン・ヘモグロビン色素濃度は吸収係 数に,組織構造は散乱係数に反映され る.光子の重みは衝突時に吸収を受け 図中の重みw
で残存量が計算される.最表面に戻る光子や一定層を通過する 光子の積算重みを全入射光子重みで割 り,反射率や透過率が求められる.
3. 計算例
ヒト皮膚分光反射率の計算例を図 3 に示す.実線は成人男性被験者の上腕 外側部で分光光度計から得た実測値で あり,プロットがフィッティングを試み た MCS の結果である.良好な一致が見 られる.CIELAB 色空間での実測とシ ミュレーション結果の色差
⊿
E は,D65光源使用,2°視野観察条件で 0.59 と,
色味では人間が識別できない高い精度 を示している.
図 4は光が皮膚組織入射後に侵達
する深さ(縦軸)における残存エネル ギー率(グレースケール)を侵達率と して定義し,スペクトル表示した例で ある.波長ごとの光の侵達深さと,そ のときの残存エネルギーが定量的に把 握できるようになった.
図 3の実測値に近似するスペクト ルを生成した際のパラメータセットを 被験者固有の基本皮膚条件(初期値)
とし,メラニン・ヘモグロビン濃度,
散乱の度合い等を増減させれば,被験 者ごとにさまざまな条件での分光反射 率を生成でき,表色が可能となる.図 5は,元画像(a)内中央部の変性部 位を抽出し,その実測スペクトルに本 手法を適用して,メラニン濃度(b),
ヘモグロビン濃度(c),散乱(d)を それぞれ強調した場合の皮膚色を求 め,画像を再構成した例である.物理 モデルに基づく光伝搬計算から得た画 像であり,単なる画像処理とは全く異 なる点が重要である.
4. おわりに
紹介した技術は,実際の症例に即し た皮膚内色素濃度や組織構造分布を設 定でき精度の高い光伝搬計算と色再現 を行える点で有用であり,すでに真皮
病変所見との比較も成果を上げてい る(4).色彩を制御した画像再構成は化 粧品開発においても活用され,レーザ 血流計や生体埋め込み電極の光エネル ギー供給等でも光侵達解析が進んでい る.皮膚科学分野での今後の展開が期 待される.
謝辞 本稿で紹介した技術は(株)資生堂 スキンケア研究開発センターとの共同 研究の成果であり,ここに深く謝意を 表する.
(原稿受付 2011 年 2 月 21 日)
〔相津佳永 室蘭工業大学〕
●文 献
( 1 )相津佳永,多層構造皮膚モデルに基づく分 光反射率のシミュレーション,光技術コン タクト,47-1(2009),5-13.
( 2 )Maeda, T., Arakawa, N., Takahashi, M.
and Aizu, Y., Monte Carlo Simulation of Spectral Reflectance Using a Multilayered Skin Tissue Model, Optical Review,
17-3
(2010),223-229.
( 3 )Wang, L., Jacques, S.L. and Zheng, L.Q.
MCML-Monte Carlo Modeling of Photon Transport in Multi-layered Tissues, Com- put. Methods Programs Biomed.,
47-2
(1995),131-146.
( 4 )宇谷厚志・相津佳永,真皮の病変,Visual Dermatology,9-4(2010),388-394.
角層 顆粒層・有棘層
Layer 1 Layer 2 基底層
乳頭層
Layer 3 Layer 4
乳頭下層 Layer 5
Layer 6 上部毛細血管網
網状層 下部毛細血管網
Layer 7 Layer 8
皮下組織 Layer 9
図1 皮膚模式図と多層構造皮膚モデル
入射光子の重み i−1 反射率
光子数 10 万〜 1 000 万 y x
= t 計算に必要な +
光学・幾何パラメータ
(x′,y′,z′)
µs:散乱係数
w4(x,y,z)
w3 w2 w1=1 wi=
l µa:吸収係数
µs
µa µs
+ µs µa µs
g:非等方性パラメータ n:屈折率
t:幾何学的厚み
透過率 l:1 ステップあたりの光子伝搬長 z ψ:方位角
θ:散乱角(天頂角)
θψ
図 2 皮膚光伝搬モンテカルロシミュレーション
70 80
実測値 シミュレーション
40 50 60
20 反射率(%)30
400 500 600 700
=0.59 10
0
波長λ(nm)
図 3 分光反射率のシミュレーション
波長λ(nm)
深さ d(mm) 光侵達率
L1 0.0 L2 L3 L4 L5 L6 L7 L8 L9
1.0 2.0 3.0 4.0 5.0
6.0400 500 600 700 800
100%
80 80 50
20 10
2 60 40 20 9000
図 4 皮膚内光侵達のシミュレーション
(a) 元画像 (b) メラニン強調
(c) ヘモグロビン
強調 (d) 散乱強調 図 5 皮膚画像の局所的色彩制御
日本機械学会誌 2011. 7 Vol. 114 No.1112 541
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