九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
The Polemic "Productive Forces and Technology"
in Yuibutsuronkenkyu Examined in terms of the Scientific-Technical Revolution
久野, 国夫
https://doi.org/10.15017/4475250
出版情報:經濟學研究. 46 (3), pp.61-81, 1981-06-10. Society of Political Economy, Kyushu University
バージョン:
権利関係:
科 学 技 術 革 命 論 か ら み た 『 唯 研 』 生 産 カ ・ 技 術 論 争
久 野 国 夫
目 次 I.序
l[.生産力論争 1.主要論点
2. 展開—人間労働の評価 皿.技術論争
1.戸坂 vs.相川論争 2.岡邦雄の相川批判 IV.総括
1.永田広志による論争総括 2.論争の評価と課題
I. 序
技術規定については,これまで,それを「労 働手段の体系」であるとする手段体系説と「客 観的法則性の意識的適用」であるとする意識的 適用説の2つの見解が対峙し,互いにその正当 性を主張しあってきた。わが国における技術規 定をめぐる論争の噂矢は, 戦 前 の 「 唯 物 論 研 究」(以下,「唯研」と略す)誌上における論争 である。上にみた2つの見解も当然この論争に 言及するのであるが,その評価については真向 から対立する。体系説は自己の立場を確立した ものとして評価し,適用説は,同様の理由で,
全面否定する以
1) 体系説の側での「唯研」論争評価については,
中村静治「技術論論争史」青木書店, 1975年, 上, I • II章参照。適用説では,武谷三男「弁証 法の諸問題」理論社, 1964年, 「技術論_迫害 と斗いし知識人に捧ぐーー」 (原文は「新生J 1946年2月号)参照。
だが,果たして「唯研」技術論争とは,そん なに単純なものであろうか。本稿の課題の1つ は,論争の中身に立ち入り,論争当事者間の論 点の違いを検討することにある。
『唯研」論争の評価については, 以 上 の 他 に も近年いくつかの興味深い指摘が行なわれてい る。 1つは, 「プハーソン段階の技術論を代表 する「労働手段体系」説そのものの克服をめざ す線上に提示された数々の課題」2) が そ こ で の 問題の核心であったとするものである。また,
「唯研
J
技 術 論 争 の 前 段 階 と し て の 生 産 力 論 争 に注目せよとの指摘もみられる 。私は,科学技術革命論を考察するなかでつね づね技術の規定のみを問題とする体系説と適用 説との論争に疑問を持ち続け,むしろ生産力を こそ問題にすべきではないかと考えてきた九 技術を労働手段の体系であるとする規定には異 論はないが,体系説の論者の問題の論じ方にや ゃ疑問を感じ,むしろ現代的な問題設定におい て は 適 用 説 に 興 味 深 い も の を 見 出 す か ら で あ る。
本稿は,かかる問題意識により, 「唯研」論 争に生産力概念を中心に考察を加えたものであ
・
・
・‑‑‑
2) 鳥井廣「旧唯研技術論争の学問的意義と評価」,
「科学と思想」新日本出版社, No.21, 1976年7 月, 186頁。
3) 加藤邦興「唯物論研究会初期の生産力論論争」,
「経営研究」〔大阪市大〕, 28巻3号。
4) 拙稿「科学技術革命と生産力概念の再検討」
『経済論究」 〔九州大学〕,43号,1978年10月。
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経 済 学 研 究
第 46巻 第 3 号
る。 『唯研』技術論争は,確かに技術規定とし ては,手段体系説を確立したが,そこに到る過 程での論争においては, 戦後の体系説と適用説 との対立につらなる問題意識がみてとれる。こ れらを検討した結果,適用説のように曖昧で無 限定の技術規定を斥け,同時にその問題射程の 拡がりを生かすには,技術規定としては体系説 を採りつつも, 問題考察の場としては生産力を 設定する必要があるのではないかというのが,
本稿の立場である。以上の理由により,本稿で 扱うのは『唯研」初期の生産カ・技術論争に関 わる論稿である叫
2節では,生産力論争を中心に論点整理を行 ない, そこでの係争点が生産の人的要因の評価 にあったことを明らかにする。 3節では,
解決が遅れたことをみる。終節では,
この 論点が,技術論争における相川 vs. 戸坂•岡の 対立として受け継がれ問題の所在が明らかにさ れつつも,技術という枠組に災いされて問題の これらの 問題が永田による「主要生産力」規定の導入に より,基本的に解決を見たこと,またその解決
5) 本稿に関係する「唯研」論稿としては,
・小高良雄(鈴木安蔵) 「唯物史観における生産 カの概念について」,『唯物論研究J,2号, 1932 年12月。
・君島慎一(永田広志) 「生産力の要素としての 労働について」, 3号, 1933年1月。
・武田武志(沼田秀郷) [生産力と生産関係の矛 盾について」, 6号, 1933年4月。
・相沢秀一「生産力と生産関係」, l司上。
・相川春喜(矢浪久雄) 「生産力とその諸要索に ついて」,同上。
・相川春喜「技術及びテクノロギーの概念」,
号, 1933年6月。
・戸坂 潤「技術家の社会的地位」,上・下, 13•
14号, 1933年11
・
12月。•岡邦雄「労働手段の体制と技術」, 15 号,
1934年1月。
・君島慎一「生産力の諸要素について」, 16号, 1934年2月。
( )内は本名である。本稿では相川以外は本 名で呼ぶ。なお,その際敬称は略す。
8
の意義を検討し,科学技術革命論の立場から技 術をめぐる現代的問題について考察する。
以上全体を貫く問題意識が科学技術革命論に あることは言うまでもない。
II. 生産力論争
主要論点
『唯研』初期生産力論争の口火を切ったのは
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小高良雄(鈴木安蔵)
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「唯物史観における生産 カの概念について」である。この論文は唯物史 観の基礎概念たる「生産カーー一厳密に言えば生 産諸カー一ーの概念」6)の正しい理解を目指して,
当時の日本の代表的マルクス経済学者河上肇や 大森義太郎等の生産力概念に批判を提起したも のである。またその場合,当時のソ連文献から 大きな影響を受けていることが特徴である。当 時の日本の代表的マルクス経済学者(河上肇,
大森義太郎,向坂逸郎)の生産力概念理解の批 判と,その際のソ連文献の援用は鈴木のみなら ず「唯研」生産カ・技術論争当事者たちに共通 する特徴でもある。まず,鈴木論文を中心に,
生産力概念をめぐる主要論点についてみてみよ
︒
ス ノまず鈴木は生産そのものの要因の分析から始 める。ここで鈴木が力点を謹いて論証しようと しているのは, 労働対象には既に人間労働によ って加工された労働対象,すなわち原料のみな らず人間労働の全く加わっていない自然資源も 入るのだという点である。抽出産業の労働対象 が,鉱山労働においては鉱脈であり漁業労働に おいては水中の魚介類といった自然資源である
6) 小高良雄(鈴木安蔵) 「唯物史観における生産 カの概念について_諸家の解釈に対する批判と ともに一ー」,『唯物論研究J,2号, 1932年12月 40頁。なお,引用に際しては,漢字,仮名使いは 現代文に改めてある。
‑ 62 ‑‑
科学技術革命論からみた「唯研」生産カ・技術論争 ことはいわば自明のことがらである。興味深い
のは,鈴木がこの自明の点を論証する場合の論 理展開のし方である。
自然(資源)をそのまま労働対象に入れると いうのは生産手段を社会史的なものとして扱う 史的唯物論の方法と矛盾するのではないだろう かというのが, ここでの鈴木の出発点である。
鈴木にとっての「問題は,……社会現象として の生産力,生産力の要素としての労働対象の見 地と, 自然そのままの労働対象を生産手段のう ち に 計 上 す る 見 地 と が 如 何 に 統 一 さ れ る か に
ては,
ある」 からである。
「社会的総人間と自然およびその物材 何等かの形態において交渉」8) が こ の 矛 盾 は 鈴 木 に お い
との間には,
あるから自然(資源)も労働対象になるのだと いう論理で解かれる。
探険,
「何等かの形態における 交渉」というのがここでのみそである。調査,
発 見 等 々 の 対 象 の 認 識 労 働 を そ の 「 交 渉」の証左としているからである。ここには直 接対象に接しそれになんらかの物理的加工を施 す直接的労働のみならず,対象とは接触もしな いし物理的変化を加えることもしない間接的労 働 も 生 産 的 労 働 で あ る と い う 論 理 が 認 め ら れ る。 しかし,かかる間接的労働には実際には全 く活用されないかもしれない大学の地質学的研 究もあれば,必ず活用されることを前提にした 鉱山企業の専門スタッフの労働もある。
生み出されない。労働過程の3要因は,
ヽj
,
ノ
7 8
しかも 後者とて実際に役立つ成果を実らせうるかどう かは分からないのである。この論点は,『唯研』
論争では特に大きな論点にはならなかったとは いえ,本稿での後の議論からみて重要である。
生産物は生産手段と労働が結びつかなければ この意
•-‑ -, . • 一・ ・
同上, 44頁。 同上, 45頁,
味で生産力規定に当って重要であるが,鈴木は 単にそれらの諸要因をそのままで生産力構成要 素とするのではな<,
の,
さらに 「これら諸契機 諸要因の有する生産諸力」9) を考察してい る。こうして鈴木は生産力規定の諸条件に対す る以下の区分を行ない,生産力構成要素は何か という問題にこたえる。
‑ ! !自然力としての労働力
│
i 「人種その他の如き人類自身の自然」I労 i 「自然にc;
なわち男女の区別や成熟未成熟の区別 働 (第1巻第5篇第15章)
社会力としての労働力
ヵ
「労働の熟練, 労働の組織・編成」一・ 「社会内部における分業」,協業その他
「生産過程の社会的結合」
I 自然のままの自然物材および自然カ
「生活資料の自然的富」,「生産手段の 自 自然的富」
1社会力としての自然
「節約のために社会的に統制され,人 然 1 間の手の労作によって大規模に占有ま
i たは馴致」されたる自然力,人間労働に
I
一占竺?墨ーされ]こる_直一然物り笠o ‑ ‑
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物質的生産物生 [ 社会力の自然のうち自然物材は,この
:産! 項目の下に分類されることを適当とす
1 るかも知れぬ。その他労働手段等々。 I 物 1精神的生産物
I
I 自然科学,それの応用│ ‑ ‑ ‑‑-—·-— ---
生産力規定の諸条件 .. 1
2 3.
以上の諸条件のうち生産諸力の構成要素とな るものは,以下の如きものであろうと思う。
社会力としての労働力 社会力としての自然
物質的および精神的生産物」10)
後の議論とも関わるが,前の労働対象の扱い の際にみられた,鈴木の,生産力を努めて社会的 なものとして規定しようとする特徴が,
9) 10)
ここに 同上, 47頁。
同l..,48 49頁。
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経 済 学 研 究 もあらわれている。この規定から鈴木の生産力 規定要因を類推すれば,労働手段及び原料とし ての労働対象が「物質的生産物」として生産力規 定要因を構成するのは間違いない。問題は自然
(資源)としての労働対象である。一見すると,
「社会力としての自然」に入りそうであるが,
調査探見,発見といった「対象の認識自体が すでに労働である」11)という視点からすれば,
「精神的生産物」 (認識労働の成果としての対 象に関する情報)を通して生産力規定要因にな るともいえるからである。この点は論文から は,はっきり読みとれない。また,今みた「精 神的生産物」,すなわち「自然科学, それの応 用」や分業や協業等を意味する「社会力として の労働力」が生産力構成要素とされ,生産力規 定要因が幅広く捉えられているのも鈴木の生産 力論の特徴である。これらは, 「唯研
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技術論 争の主要論点となるものであるが,残念ながら ここでは十分説得的な論証はみられない。以上ここまでの論点を整理してみると,以下 のようになる。
①「生産が行なわれるためには,あるいは生 産的労働がなされるためには,この生産の・
労働過程の・すべての要因が結合しなけれ ばならぬ」12)。すなわち, 生産力規定諸要 因の結合(統一)という視点。
鈴木が,生産力を「厳密に言えば生産諸力」
と,複数形で呼んでいるのはそのためである。
②生産力規定要因は,労働手段, 労働対象 と,分業や協業を内に含んだ「社会力とし ての労働力」である。
R自然科学やその応用も生産力規定要因であ
る。
11) 同上, 42頁。 12) 同上, 41頁。
第46巻 第 3号
これは労働対象の調査,発見といった,対象 の認識労働,すなわち間接的・精神的労働も生 産力規定要因となるということだろうか。
④社会的な諸規定(熟練,性別,人種等)を 捨象した自然力としての人間は,生産力に 入らない。
ところが,以上の分析は鈴木にとってはなお 本質的な分析とは言えないものである。これら は生産力についての「極めて捨象的な断片的な 知識」IS) に過ぎない。実際には,生産力は生産 関係とともにあって始めて機能するものである から,生産関係とともにある現実の具体的な生 産力こそが問題とされねばならないという訳で ある。生産力と生産関係の不可分離性の上に立 って生産力をみた場合,生産関係の如何で,生 産力は発展したり,破壊力に転化したりもす る。この意味では, 「生産関係は,それが生産 カの発展形態たるかぎりはそれ自身一個の生産 カである」u ) と,鈴木は主張する。すなわち,
⑥生産力と生産関係の不可分離性。現実に は,生産力それ自体というのはどこにもあ りえず,生産関係と一体となって始めて生 産力も機能する。
⑥生産関係も生産力的性格をもつ。
最後に鈴木は, 「種々の生産力のうちでどの 生産力が最も決定的であるかという問題」15)を 提起し,次のようにこたえる。
「第1に,誤謬に陥ることなくしてかかる問 題提出がなされうるのは,論者が上述の(生産 力と生産関係との一引用者)不可分離的関係を かた<把握している場合にのみである。……
第 2に,一定の諸条件の下においては,さき の問題提出に意義があるが, しかもこれは決し
13) 同上. 51頁。 14) 同上。
15) 同上, 52頁。
科学技術革命論からみた「唯研」生産カ・技術論争 て一切の社会形態に共通して一貫する法則とし
て決定されることはできない」16)。
その理由として鈴木は,最主要生産力は生産 関係如何によって変化するからだということを あげている。鈴木によれば,前資本主義社会
(マニュファクチュア時代)においては,協業 その他の労働の組織・編成が,資本制社会の平 和的発展期には技術が,最主要生産力になるの だという17)。また,マルクスの「あらゆる生産 用具のうちで,最大の生産力は,革命的階級そ のものである」18) という文言を引用して, 「社 会的発展のある瞬間においては,何よりもさき に労働力が最も主要なる生産力たる場合があ る」19) という解釈を打ち出す。これは,当時は まだ公刊されていなかったマルクスの「経済学 批判要網
J
の,人間を「主要生産力」20) とした 規定に関わるものであり,以後の「唯研」生産 カ・技術論争の一大論点になるものである。こうして,
⑦主要生産力は,生産関係如何によって変化 する。
⑧社会発展のある瞬間においては,労働力が 最大の生産力となる場合がある。
という論点が更に付加されるのである。
以上が鈴木論文における生産力概念の主要論 点である。次に,これらの論点をめぐる「唯研」
生産力論争についてみてみよう。
2. 展開一人間労働の評価
鈴木論文の反響は早く,最速翌月の「唯研」
‑
‑‑‑
16) 同上, 52 53頁。 17) 同上, 54頁。
18) マルクス「哲学の貧因」,大内兵衛•細川嘉六
監訳「マルクス・エンゲルス全集」大月書店, 4 巻, 189頁(以下,「全集」と略記する)。
19) 前掲,鈴木論文, 54頁。
20) マルクス/高木幸二郎監訳「経済学批判要綱」
大月書店,第II分冊, 351頁(以下, 「要綱」と 略す)。
3号において永田広志から,論点⑧に対して異 論が呈された21)。永田論文は,名指しはしてい ないとはいえ,全体の文脈からして鈴木論文を 意識したものであることは明らかである。
永田は,この中で鈴木の「哲学の貧困
J
中の ー文, 「あらゆる生産用具……」の解釈,すな わち論点⑧に対して異論を加える。それは,N‑R
労働者階級は基本的生産力である22)0とするものである。
単に労働過程の一要因として,狭く生産現場 においてしか捉えられない可能性のある労働力 という概念に対して,永田は労働者階級という 生 産 の 外 で の 労 働 者 の 社 会 活 動 も 含 め た 概 念 を , こ こ で 使 っ て い る 。 し か も そ れ を 基 本 的 生産力と規定することによって,社会発展のあ る瞬間においてのみ労働力が最大の生産力とな る場合があるとする鈴木の理解とは異なった解 釈 を 示 し て い る の で あ る 。 永 田 が 窮 乏 化 法 則 を,資本主義的生産関係が生産力に対して栓桔 化した例示としているのは,そのためである。
永田のこの理解は, 「主要生産力」規定の理 解に近いものである。生産力規定諸要因の中か ら,人間を他の諸要因から区別して第一義とす るこの理解は,永田の他の論者に対する出色さ を極だたせるものである。上記論文では未だ十 分展開されていないとはいえ,実質的には永田 が「唯研」 16号において, 「唯研」生産カ・技 術論争の集約論文をしあげえたのも,この観点 の故である。
さて,この『唯研」第 3号に続いて,鈴木論 文に批判が加えられるのは 6号においてであ る。ここでは,鈴木論文は,相川春喜により名 指しで批判が加えられる。第 6号で,生産力論 21) 君島慎一(永田広志) 「生産力の要素としての 人間労働」,「唯物論研究J, 3号, 1933年1月。 22) 同上, 48頁。
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経 済 学 研 究 争に関与した論文は,沼田,相沢,相川の3論 文があるが,本稿でとりあげるのは相川と相沢 の2論文だけである23)。沼田論文には,とくに これといった論点は見出し難いからである。
まず相沢論文からみてみよう。
相沢は鈴木の論点の①から⑥までは,若干の ニュアンスの差はあるが,ほぼ認める。ただ,
論点⑦,⑧に対しては, 「生産力の諸契機中何 が決定的であるか? という問題の提出はそれ 自体誤り」2ヽ)だとする。その理由は,実は論点
①にある。鈴木論文においては,論点①は,漢然 と生産力規定諸要因の統一とされてるだけであ る。相沢は,この統一に続いて更に「それは必 ず動的なものであり静止に於て我々はそれを把 握しえない」25) としている。マルクスの労働過 程の 3要因の「動的統一」26) という認識に近い ものが,ここには認められるといえよう。生産 力規定諸要因は, 相互に平等に生産に参加す る,またそうして始めて具体的な生産が成り立 つのだから,その中からどれか1つを抜き出し て「決定的」を云々できる筈がないというのが 相沢の主張である。論点①は,次のように修正
される。
Sー①生産力規定諸要因の動的統一。
論点②〜④については,鈴木論文において論 証の不明確な点が見られることは,既に指摘し た。相沢論文においても同様の指摘はあてはま るが,興味深い点は,その際の両者の論証上の
「ニュアンスの差」である。
23) 武田武志(沼田秀郷) 「生産力と生産関係の矛 盾について一ー史的唯物論部門研究会報告ー」。
相沢秀一「生産力と生産関係」。
相川春喜「生産力とその諸要素に就いて」。
24) 相沢秀一「生産力と生産関係」,
r
唯物論研究J,6号, 1933年4月, 212頁。 25) 同上。
26) マルクス「要綱」,第
m
分冊, 643頁。第 46巻 第 3号
対象の認識労働も生産的労働である,科学や その応用などの精神的生産物も生産力規定要因 に入る,これらの点の論証に当って,鈴木が念 頭に置いていたのは,生産力が社会的な性格を もっているということであった。相沢は,鈴木 と違って,これらの問題を労働過程の抽象的な 諸規定に依拠して解こうとする。
. . . . .
「人間の労働 過程には意識的目的なるものが質的特性を与え ている。この点に人間の労働の社会的労働とし. . . . . .
て社会的生産力たるべき素因が包含されてい
. . . . . . . . . . . . .
る。即ちそれは自己に於ては労働手段の発見,
. . . . . . . . . . . . .
外部に於ては労働対象の認識である」27), とい うのが相沢の主張の核心である。蜜蜂やくもの
「労働」と違った人間の労働の特質たる合目的 的性,相沢はこの点を論証の中心に据えようと するのである。
鈴木においては,労働力,自然,生産物とい うように,労働過程の3要因と生産力規定要因 との関連はかなり曖昧であった。相沢は, 「人 間の占有支配下にある自然力,物的生産物,科 学乃至技術(これが体制化せるもの機械の如き は物的生産物となる〕の如き精神的生産物」28)
は労働手段の中に一括し,生産力だとする。科 学が労働手段であるとするこの規定の当否はさ ておき,相沢が鈴木の論点の継承に当って,人 間労働の合目的的性,労働過程の3要因,これ らに依拠して生産力を捉えようとしていること が見てとれよう。また,労働力についても,
「唯研」 3号の永田論文の指摘を生かして「労働 者階級」としている。
ともあれ,相沢論文が鈴木の問題提起に対し て,論点の整理という点で一定の寄与をなした 27) 前掲, 相沢論文, 211頁。傍点は原文。以下
同。
28) 同上, 212頁。
科学技術革命論からみた「唯研」生産カ・技術論争
ことは確かである。鈴木論文において,生産力 となる根拠として,漠然と社会的総人間と自然 との「交渉」とされていたものが,ここでは労 働の合目的的性格とされているからである。
相川春喜は,相沢と異なり,鈴木論文の全論 点に亘って逐ーそれに批判を加える29)。その際 に相川が依拠するのは,論点①である。といっ ても,相川の論点①は鈴木とは異なり相沢のそ れ,すなわち論点 Sー①に近いものである。だ が,それとも少し違う。相川の論点①は,論点
⑤,生産関係との統一をも内に含んでいる。
. . . . . .
「生産力とは何か?一ーかかる労働過程に必
. . . . . . . . . . . . . .
須なすべての要素の統一的総体,これが生産力 である」30) と,相川は生産力を統一概念として 把握する。ここで相川の言う, 「かかる労働過 程」とは「自己の自然的面と社会的面との統一 を具現する過程である」31)。 相 川 の 「 機 械 的 に 技術的『面」と社会経済的「面」を分離して技 術的組織だけを抽出して並立的に比較するのは 誤謬への一歩であろう」32) という指摘にも明ら かなように,相川の統一概念としての生産力概 念は,生産関係との統一も意味しているのであ る。
統一概念という観点から,相川は先ず相沢と
. . . . .
同 様 決 定 的 生 産 力 は 何 か と い う 「 問 題 の 提 出
. . . . . . . . . . . . . . . . . . .
は,どんな歴史的諸条件の下にあっても,それ
.
.
自身誤謬である」33) とする。また, 「歴史的諸
時代に於ける生産力の発展」34) の節での相川の 鈴木逐上批判からも明らかとなるのだが,鈴木 のように生産力規定諸要因を幅広く捉えるとい 29) 相川春喜「生産力とその諸要素に就いて—小 高(鈴木)氏所論に対する私見―‑」,「唯物論研 究J,6号, 1933年4月。
30) 同上, 217頁。 31) 同上。
32) 同上, 224頁。 33) 同上, 218頁。 34) 同上, 219~226 頁。
う視点も相川とは無縁のようである。論点②〜
④は,相川にとっては拒否されるものである。
さて,相川は「歴史的諸時代に於ける生産力 の発展」と題して, 鈴 木 の 論 点 ⑦ 主 要 生 産 力 は,生産関係如何によって変化する,という主 張に批判を加える。 ここでの相川の議論は,
「唯研」生産力論争が技術論争に転化し始める 兆 し を 見 せ は じ め た も の と し て も , 重 要 で あ
る。
マニュ時代には,労働の組織・編成が,資本 制の平和的発展期には技術が,最主要生産力と なるというのが鈴木の主張であった。これに対 して相川はマニュ時代ー一「部分的熟練労働者 が特殊化された道具と結びついている,という こと」35), 平 和 的 発 展 期 _ 労 働 者 階 級 の 絶 対 的窮乏化法則に示される階級闘争により促迫さ れる,機械を中心とした技術的発展,を対置す る。鈴木のように,自然科学や分業も生産力規 定要因になるという観点は,ここでは認められ ない。
更に相川は, 「帝国主義時代における生産力 の絶対的発展と,その停滞的抑止的傾向」36) に ついて論じている。その中で, 鈴木のみなら ず,永田広志をも批判しつつ,論点⑧に考察を 加える。この点は,相川の統一概念としての生 産力概念の内容をよく示すものである。
相川は,ここで前にみた永田の指摘,絶対的 窮乏化との関連で「最大の生産力」ー一労働者 階級ーーを捉えようという主張に対して,次の ように批判する。
「これは正しい, しかし不十分である。 1つ に,人間的生産力に対する客観主義的態度であ ること, 2つに,この人間的生産力が,一定の
35) 同上, 221頁。 36) 同上, 225頁。
‑ 67 ‑
経 済 学 研 究 技術的水準に立っていることを説明しない一―‑
消極的な評価である」
3
というのが,相川の批 判である。 ここでの相川の力点は, 後者にあ る。相川にとって,人間的生産力はそれ自体を とりだしてあれこれ云々するのは,相川のいわ ゆる統一概念からして,承認できないのであ る。 「人間的労働力が,その階級的成熟—こ れを君島氏は見逃していた一ーにおいて,一定 の客観的物質的諸条件, 技術的水準を前提と し,その技術の一層の発展を抑止する経済的歴 史的限界と結び付いている」38) という捉え方を すべきだと言うのである。これは,人間の発展 を,その労働の物的技術的諸条件に従属させ,事実上,後者に解消してしまい,その独自性を 見ない捉え方だと言うことができる。こうした 批判はあるにせよ,この相川の議論は, 「新し ぃ,さらに高度の生産諸関係は,その物質的存 在条件が古い社会自体の胎内で孵化されおわる ま可ま,けっして古いものにとって代わること はない」39) という点の指摘という点では,正し いものであった。
こうして相川は,大森,河上,向坂らの生産
力論を批判しつつも一―—その論拠は,やはり例 の「…•••最大の生産力は革命的階級……」であ る一一.分析の中心を生産力の物的諸条件に向 けるのである。相川論文を, 「唯研
J
生産力論 争から技術論争への過度論文―‑‑「兆し」という 表 現 で 一 と 位 置 づ け た の も , こ の た め で あ る。以上が「唯研」生産力論争の主だった論点の フォローである。以後, この生産力論争は相 川,戸坂,岡等によって技術論争として受け継
37) 同上, 226頁。 38) 同上。
39) マルクス「経済学批判序言」.「全集」13巻, 7頁。
第 46巻 第 3号
がれることになる。 「唯研」16号における,永 田の一応の論争集約までは。
これまでの論争をまとめてみよう。
まず,大まかにせよ一応の一致をみた輪点に ついてみてみよう。
Sー①生産力規定諸要因の動的統一。
⑥生産力と生産関係の不可分離性。
⑥生産関係も生産力的性格をもつ。
これらは,ほぼ大まかな一致をみた論点とし てよかろう。論点⑤に対しては,生産力の一般 的抽象的な概念の扱いをどうするか,すなわ ち,そうした概念を定立する必要があるのかな いのか, といった問題はなお残るが。
問題は,依然未決着の論点にある。
生産力規定要因を,労働過程の3要因との関 連で規定しようとする捉え方では,いずれも共 通している。また,その3要因のうちの2つ, 労働手段と労働対象が生産力規定要因であると いう点についても,ほぼ一致をみているとして よかろう。問題は,労働の捉え方にある。
鈴木・相沢は,生産力となるのは「社会力と しての労働力」であるとする(論点②)。 これ は,生産力規定要因としてみれば,分業や協業 といった労働の組織・編成も,その要因の中に 入るということである。このことは,逆に言え ば,自然力としての人間は生産力に入らないと いうことでもある(論点④)。加えて, 自然科 学やその応用といった対象の認識労働も生産力 規定要因になるといった理解(論点③)も,同 じく生産力規定要因としての労働の捉え方に関 わるものである。
このように,労働を幅広く捉えることによっ て生産力規定要因を広く捉えるといった視点 は,相川とは異なるものである。また,とりわ け論点③に顕著なように,鈴木,相沢の理解も
︐ 9ぬ哀ゞ:tr’.:;~."`
技
科学技術革命論からみた「唯研」生産カ・技術論争
ー観念的技術(観念処理の手法や方法)
│―主観的・個人主体的な存在様式一 頭脳の感覚的な運動機構に依っている
〔技能・知能または能力〕 ー物質的技術(技能・熟練など手先の技術)
術―I 道具,機械といった物質的技術と結びつく
1ー客観的な存在様式ーー 物質的技術
(道具・機械) 組織的・統一的な労働過程の内にある
微妙に食い違っており, それぞれ説得力という 点では不十分性は否めなかった。
労働の捉え方の違いは,論点⑦,⑧で更には っきりしてくる。永田は,論点⑧を新たに修正 し,相沢・相川はそれ自体を拒否する。永田,
相沢,相川の3者間ですら,相沢は永田の論点 N―⑧に理解を示すが,相川はそれをも批判す といった具合である。論点②〜④,⑦,⑧ については,依然未決着と言わなければならな る,
し
゜
「唯研」初期生産力論争は,その後技術論争と して引き継がれる。その場合,引き継がれる未 決着の論点は, 「主要生産力」としての人間,
この扱いに収敏されるとしてよかろう。上にみ た,各論者の相違点は,結局は人間労働をどう みるのか――—鈴木・相沢のように幅広く捉える のか,相川のように基本的には労働の物的諸条 件に解消してしまうのか,永田のように,
だけを異質のものとして規定しようとするのか
—ーにかかっている, と言えるからである。次 節では,
それ
この点を中心に相川vs.戸坂及び岡の 技術論争についてみてみよう。
III.
1 .
技術論争
戸坂 vs.相川論争
r
唯研」第8号の相川論文「技術及びテクノ ロギーの概念」によって, 『唯研」生産力論争 は技術論争に転化した。既に相川は,生産力を 問題とした 6号論文(前節で検討) に お い ても, 技術論への傾きを示していた。
て,決定的に技術論の考察へと向かわせる契機 をなしたものは,
想」に発表された戸坂論文である40)。戸坂論文 は,技術について論じたものであるが,問題の 考察に当っては,
相川をし
『唯研」 6号と同月号の「思
「唯研」生産力論争の成果も 取り入れられている' 。 8号の相川論文は,
戸坂の技術規定を,
こ
の戸坂論文に触発されてなったものである。以 下,技術をめぐる相川 vs. 戸坂•岡の応酬につ いてみてみよう。これらは技術規定をめぐった 論争とはいえ,内容的には前節の生産力論争に おいて未解決であった論点ー一生産の人的要因 の位置づけーーを,技術論論争として引き継い だものと言えるからである。
まず,論争の引き金となった戸坂の技術規定 についてみてみよう。戸坂は,次のようなシェ ーマで技術を規定しようとする(上掲図)。
このシェーマに明らかなように,戸坂の技術 規定の特徴は,人的要素をも技術に含ませた点 にある。
‑
'
ヽ9i
さきにみた「唯研
J
生産 力論争での論点と重ねて整理してみよう。ず,戸坂が本来の技術としている,道具や機械 などの客観的な物質的技術であるが,
ま
これは鈴 木から相川まで各論者が一致している生産力の 動的統一という論点と関わっている。戸坂によ 40) 戸坂潤「技術に就いて」,「思想J,1933年4月。 引用は,「戸坂潤全集」, 勁草書房,第1巻「技術 の哲学」。
41) 同上, 241頁の註,参照。
‑ 69 ‑
経 済 学 研 究
れば,「工場に据えられていない機械は,社会科 学的に云えば見本か陳列品ではあっても充全な 意味で労働手段ではなく,社会科学的範疇とし ての機械の概念には充分にあて嵌まらない。
……機械は・・・・・・, それに必然的に結合している 他の諸手段と組織的な統一をなしているので あり,この組織の一部分として初めて,充分に 社会的な一ー(略)ー~性質を受け取ることが出 来る」 のである。これは,生産力規定諸要因 の動的統一という視点を生かしたものといえよ う。
本来の技術である物質的技術と交渉する人間 の側に見出される技術が,主観的な物質的技術 である。これには,巧みに道具を使いこなす職 人の熟練とか,機械を動かし,その欠点を見つ け改良していく技師の技能などが入る。主観的 な観念的技術は,これらの技術概念のアナロジ ーで,それらが技術と呼ばれるのは,数学者の 計算や臨床医の診断など. 「観念的な道具又は 機械を媒介として」43)行なわれるからである。
以上の技術の主観的存在様式は, 戸坂自身
「1つの勝義に於ける知能なのである」 )とし ているように,技術を発展させていく人間とい う視点をも内包したものである。かかる意味で は自然科学,すなわち対象の認識労働も生産力 規定要因に入るという鈴木,相沢の論点とも結 びつきうるものをもっていると言える。技術の 主体的構成部分をも認めるという発想そのもの が,永田の労働者階級は基本的生産力であると いう論点に基礎づけられているとも言いうる。
このようにみてくると,戸坂の技術規定は,
『唯研」生産力論争での基本的論点を, 技術と いう極めて具体的な概念の中に取り入れて生か
42) 同上, 240頁。 43) 同上, 237頁。 44) 同上, 236頁。
第 46巻 第 3号
そうとした苦心の作と言えよう。
ところが,こうした論点の多くは相川にとっ て,生産力規定諸要因の動的統一以外は,認め 難いものであった。当然,相川は戸坂の技術規 定に反発する。相川の戸坂批判の中心は,戸坂 が技術に人的要因をも含めた点に向けられる。
相川によれば,技術は労働手段の体系であり,
「つねに,実在の形態をとれるものである」ヽ5)
から,技術の主体的要素など成立しえないので ある。
技術の規定をめぐる,戸坂と相川との対立 は,では,どのような対立に根差しているのだ ろうか。
第1には,戸坂と相川らの問題に対するアプ ローチの仕方の違いをあげなければならない。
「唯研」生産力論争において,鈴木から相川 まで共通して問題としていたのは,資本主義社 会における生産力という問題意識であった。換 言すればそこでは資本主義的生産関係がいか に生産力の発展を阻害するものであるのか,
という問題意識が強烈に貫かれていたといえ る。これに対して,戸坂は先ず第1に技術は,
「技術そのものとして,ー一技術に付随した技
. . . . . . . . . . . . . . . . .
孵女とか自然科学乃至唯物論等々のイデオロギ
.
ーとから区別されて,取り上げ」96) なければな らないとする。史的唯物論の基礎概念の1つで ある生産力概念ですら,一般的に取り上げるの に極めて消極的であった『唯研
J
の他の論者た ちと戸坂との,問題に対する接近の仕方の違い がよく分かる。戸坂が,技術問題に対してこのようなアプロ ーチの仕方をするのは,資本主義的「生産関係
45) 相川春喜「技術及びテクノロギーの概念」,「唯 物論研究J,8号, 1933年6月, 65頁。
46) 前掲,戸坂「全集」, 234頁。
科学技術革命論からみた「唯研」生産カ・技術論争
によって抑圧し切れない技術的生産力」 があ るという立場からである。戸坂にとって, 「技 術自身は,資本主義社会に於て,一方,一般的 には抑圧されながらも,他方部分的には発達せ しめられねばならなく出来ている」48) のであ る。 「唯研」の他の論者の場合,資本主義社会 における生産力は,生産関係如何で,あるいは 発展したりあるいは抑圧され「破壊力」に転 化した。したがってそこでは,生産力それ自体 が,一般的に如何に生産関係による束縛が強く
とも,一定程度は発展する契機を内包している のだという問題意識は極めて弱かった。戸坂に とっては,問題はさほど単純ではない。だから こそ,技術ー一生産力の重要な要素の1つ ― は,それを使い,発展させる主体をも含めて規 定されなければならないのである。
第2に基礎となる史的唯物論の捉え方に対 する違いがある。これは,戸坂が生産力ではな く,技術を問題としたことにも関わっている。
戸坂は,まず史的唯物論の対象としての社会 史を自然史から区分するものとしての労働を次 のように位置づける。 「自然と社会との自然史
. . . . .
的連関づけの仕事は,他ならぬ労働の役割(で ある)。…•••そしてこの労働の諸手段の体系(は)
. . . . . . .
技術的なるものである……。であるから自然と
. . . . . .
社会との自然史的連関は,この技術的なるもの を介して成り立つ。従ってまた,自然が社会の 内にとりいれられるのは,まさにこの技術によ ってなのである。自然は社会に存在する技術に よって部分的に順次にマスターされる。……こ こに技術によってマスターされた限りの自然な るものを考えなければならなくなる。これはい 47) 戸坂潤「技術家の社会的地位」,「唯物論研究
J ,
13 • 14号, 1933年11・12月。前掲,戸坂
r
全 集」, 280頁。48) 同上。
うまでもなく依然として自然そのものなのだ が,それにもかかわらず,それが技術によって マスターされた限り,ただの自然ではなくて,
社会の物質的甚底でありまた社会的存在にぞく する自然でなくてはならぬ」49)。
戸坂にとって,史的唯物論は単なる教義体系 では決してありえない。自然を変革し,またそ うすることによって社会(歴史)を創造してい く人間の実践ー一これを戸坂は,労働・技術と して捉える_,かかる人間の営為こそが史的 唯物論の基軸に据えられなければならないもの なのである。このような人間の自然や社会に対 する働きかけ, そうした人間の実践こそが,
人間に新たな課題を提起していく。そうしてま た,そのような課題の解決が正しいものであっ たのかどうか,その検証を行なうのも人間の実 践なのである。そうした意味では,人間の実践 を離れた理論など,戸坂にとっては何の意味を もなさないものである。 「解釈は,事物の生産
・変革のためにこそ必要だったので,別に,解
. . . .
釈 の た め の 解 釈 ー一ー自己解釈 Selbstausle‑
gung—ーが必要だったのではない」 50) のであ る。これは卑俗な実用主義とは異なる。戸坂の 唯物論には,絶えず厳しい実践による検証の目 が光っている。戸坂が, 「そういう技術的範疇 体系として吾々は弁証法的唯物論の範疇体系を 有つのである」51) と言うのは,このような意味 でである。このような認識論からして,戸坂技 術論は,その主体的契機(実践)を抜きにして は論じられないのである52)。
49) 同上,「科学論」, 212頁(原文は「科学論」三 笠書房, 1935年10月)。
50) 戸坂潤「技術とイデオロギー」,「思想J,135 号。同上, 283頁。
51) 同上, 264頁。
52) 人間の実践という視角から唯物論を捉えるこの 戸坂の視角は,有名なマルクスのフォイエルバッ
‑ 71 ‑
経 済 学 研 究 相川の捉え方は,戸坂と大いに異なる。
相川の立場からすれば,戸坂の主観的な物質 的技術,すなわち技能や熟練といった,労働手 段を動かす人間の側をのみ特徴づける特有な能 力は,基本的には労働手段という物的要因に条 件づけられるものである。相川によれば, 「人
インテlゲンツ クワlフイカテオン
間的労働の,所謂『技能』或は『資格」その
. . .
ものは,労働力が,かかる一定の労働手段の体 制,即ち,技術を前提としてのみ,成立する概 念である••••••。・・・・・・人間的労働力の一定の「技 能
J ,
『資格」は,一定の労働手段の体制のうち に,表示せられている」53)のである。こうして 相川は, 「技術とは,·…••つねに,実在の形態 を と れ る も の で あ る 」 と い う 立 場 か ら , 技 術,すなわち「労働手段が,手や足や頭脳であ ろうと, 機械であろうと, 構わない, 要する に,物質的な生産手段であり,特に労働手段な のである」55) とさえ言う一一さすがに,この乱 暴な議論は,r
唯研J
15号で,岡邦雄の批判に 会うが一一。人間の発展を,労働の物的諸条件の発展に解 消するこの相川の議論については,前節でも簡 単に批判した。戸坂の技術論との関係で,この 議論の問題点について更に突っ込んでみよう。
相川は,人間的労働力の発展が労働手段の体 制,技術を前提としてのみ成立する,というの だが,ではこの労働手段の体制,技術は誰によ ハ・テーゼ,「哲学者たちは世界をたださまざまに 解釈してきただけである。しかし肝腎なのはそれ を変えらことである」 (マルクス「フォイエルバ ッハにかんするテーゼ」,「全集」, 3巻,594頁) の視角である。この視角からマルクスの唯物論を 考察したものに, A.シュミット/元浜清海訳「マ ルクスの自然概念」(法政大学出版会, 1972年) がある。戸坂とシュミットの自然把握は重なり合
う部分が多い。
53) 前掲,相川論文, 64頁。 54) 同上, 65頁。
55) 同上, 70頁。
第 46巻 第 3 号
って創られ,発展させられていくのだろうか。
言うまでもなく,人間によってである。これ は,いかに技術の発展を抑圧する生産関係にお いても,その通りなのであって,完全にその発 展が停止してしまう状態というのは,戦争等よ ほどの例外的事態をおいて他にない。もし,遅 遅たるものとはいえ,このような技術の発展に よる生産力の発展がなければ,生産力の発展に よる生産関係との矛盾など考えられないという ことになろう。この議論では,技術の発展状態 が,その時点での労働手段という時後的なもの としてしか捉えられない。新たな労働手段の創
. .
造による技術の発展過程の持つ特異性ー一仕生産 カの発展段階の違いが,時としてこのプロセス の上に,大きく現れる場合がある一―ーという問 題意識は,この議論からは生まれる筈もないの である。また,この議論では,労働手段の発展 とは相対的に自立した労働自体の変化•発展と いう問題意識も,極めて希薄にならざるをえな ぃ。相川の唯物論は,すべてを物質に還元して
しまうタダモノ論的色彩が強いと言えよう。
第3に,科学やインテリゲンツィアに対する 見方の違いがあげられる。
戸坂は,技術を 3つの問題頷域に分けて考察 する。 1つは,技術それ自体としてであり,こ の点は,上にみた戸坂と相川の対立で第1にあ げた点に関わっている。 2番目は,イデオロギ ー問題としてであり,そして最後に技術家問題 としてである56)0
戸坂が,このように技術家問題をその技術論 の構築に当って重視する理由は,これまでの議 論によって明らかだ。だが,以上に加えて,大 工業と科学との関係に対する次のような戸坂の 状況認識も,その理由の1つにあげなければな
56) 前掲,戸坂
r
全集」, 234頁。 ー科学技術革命論からみた「唯研J生産カ・技術論争
らない。 「自然科学的並びに又技術的に発達し た現代では,科学研究それ自身が1つの大工業 の性質をさえ帯びて来なければならず, 又逆に 近代工業それ自身が, 1つの科学研究という形 態を採らねばならない, そういう事情が発生し て来ている。実際多くの科学研究所は研究素 材の生産,及び研究の生産的或いは実験的応用 のために, 自分自身の工場を有たねばならぬば 工場はそれ自身のために特に優れ かりでなく,
た研究所を有たねばならぬのが今日の情勢であ る」57)。これは, 科学研究やそれを行なうイン テリ・技師の労働も生産力的性格を持つという 認識に道を拓く状況認識と言えるだろう。
相川も, これと似たような状況認識は持って いる。 「例えば,近代的機械工場生産は,旧の 手工業的熟練労働者の資格を無意味なものにし
. . . . .
て了った。資本主義的合理化は,労働者階級の 内部構成を変化せしめ,熟練労働者を,修業済 労働者に,不熟練労働者の圧倒的多数に,置換 し, 一方に,高度の資格をもっ, プ ル ジ ョ ア 的,技術的インテリゲンチャを必要ならしめ た。等」58) と。
だが,相川はこれらは資本の権力として現れ るもので, しかもかかる精神的生産過程におけ る「技術」ー―ー活動手段の体制―—ーは, 物 質 的 技術に対して派生的なそれに過ぎないとして,
大して重きを置かれない。相川は,第1の相違 であげたように,戸坂の技術論が,資本主義の 下における技術を問題にしているという意識が 乏しい, かかる「歴史性によって,充分には貫 かれていない」59)' と批判しているのである。
この点で,相川に言わせれば,戸坂技術論は,
「プロレタリアートの問題から離れて,技術的
・‑‑・・・‑・ ‑ ‑‑ ‑‑・‑・・・・・・・・・.. ・・・‑‑
57) 同上, 257‑258頁。 58) 前掲,相川論文, 63頁。 59) 同上, 70頁。
インテリゲンチャの陥り易い, 個人主義的,
「技術家的」観念論に陥る危険を見せているの ではないかと思われる」60) のである。
2. 岡邦雄の相川批判
以上,技術問題への接近の仕方において,更 にその基礎となる唯物論の認識で, またそうし た差異をもたらした背景としての生産力の大工 業段階の認識で,戸坂と相川は大きな食い違い を見せた。 しかし, こうした相違は単に戸坂と 相川との間にだけ見られるものではない。相川 と岡邦雄との間に見られる相違も, 同じく人的 要因の評価をめぐってである。 しかも,岡の相 川批判は,論点をより鋭く提起していると思わ れる。岡の相川批判を中心に,
を整理してみよう61)。
これまでの論点
.
.
岡の相川批判は, 「技術に対してただ簡単に
労働手段(甚しきは労働用具)の体系とする規定 を与えるに止まることは,資本主義的生産関係 にのみ拘泥した機械論と云えないだろうか」62)
といった指摘や,「帝国主義の段階に進むに及 んで, その独占的企業に於ては,……理論的 研究までが,個々の労働過程に入り込むように なった」63) という状況認識など,戸坂と共通す る要素が多い。 ただ, 岡はこうした相川批判 を,岡独自の「技術の所属移行」という視点か ら, 明確に人的要因の評価に絞って問題の解明 を行なう。岡の所論が, 同時に問題の整理にな
りうるのも, このためである。
岡の技術論を特徴づける, 「技術の所属移 行」説からみていこう。岡の議論は,鈴木の論 点⑦主要生産力は,生産関係如何によって変化
. . ‑ .
60) 同上。
61) 岡邦雄「労働手段の体制と技術」,
究」, 15号, 1934年1月。 62) 同上, 16頁。
63) 同上, 21頁。
「唯物論研
‑ 73 ‑
径 済 }ュ.
‑f0 研 究
第 46巻 第 3号
する, という議論に似ている。岡によれば,資 本主義以前の社会にあっては, 「労働者(職 人)の技能(熟練)なるものは,生きた労働の 生産性として,生産力を決定する主要要素」 64)
であった。 ところが,資本主義に入って一ーマ ニュ時代を経て,大工業段階に入って一一,機 械が技術的基礎となるようになる。 このような 労働手段の道具から機械への転化を,
. . . . . . . . . . . . . . . . . . .
岡は,「技術的要素は労働力から労働用具に移った」
. . . .
65)とし,それを「技術の所属移行」と呼ぶのであ る。
上にみた「技術の所属移行」説に端的なよう に,岡の技術論の特徴は,技術をそれ自体とし て考察するよりも, その歴史的発展という動態 而に重点を置いて考察している点にある。
属移行」説とは異なるが,
で,
「所
「機械の発展過程」
の節で,岡は1825年の恐慌以前は市場の需要 それ以降は階級闘争が,機械の発展を主導 した, と機械発展の主導因の変化について言及 している66)。まえに触れた,帝国主義段階にお ける科学の役割増大という議論なども,
うな例である。
同じよ
このように,岡は技術発展の動態性という視 角から,その発展の主導性がどこにあるのかと いう問題意識を打ち出す。そうして,
間主体に求めるのである。従って,
がどうにも納得できないのである。
それを人 岡の立場か らは,技術から人的要因を排除する相川技術論
「単に労働 手段の体系とだけではどうしてもその全貌を表 示し尽せないものを技術は有っている。 或る時 期に於ける技術は該時期の労働手段体系によっ て示され,測られるけれども, その示度,
て片時も固定しているものではない。その非固 定性に応じて,直接にそれを更に高い段階に高 めるものが加わり,働く。それは他でもない。
. . .
その根源を主体的な,生きた労働(労働力)の 中に有ちながら,
のである」67) と。
相川技術論には,
るとして,岡は,
関係に気をとられて,生産力の質的発展に於け る生きた労働の役割を軽視しているのではない か」68) と批判するのである
. . . .
。.
こうして岡は,そ. .
「労働手段の体系とする規定に
. . . . . . . . . . . . .
加うる
. . .
に,尚お労働手段に属しつつ,それと労. . . . . . . . . . .
働力とを統一する媒介者であるという付加的な の技術規定を,
規定」69)をもってするのである。
岡の指摘は,
打ち勝ち,
I
︱)‑ ︱
l9■︱︱ ‑
︑一7'ー
' 9.' l ',
.,..
労働手段自身に属する技術な
このような視点が欠けてい それを「あまりに現代の生産
これまでみてきた「唯研」生産 カ・技術論争の核心を衝いている。
期の生産力論争にしても,
「唯研
J
初 その継続としての技 術論争にしても,議論の分かれ目は,生産にお ける人的要因の評価にあった。というのは,資 本主義社会であるとか階級社会であるといった 社会的諸関係による規定を一応捨象して,生産 力や技術を捉えると, それは基本的には自然に より安定した, より豊かな生活を築 こうとする人間の不断の努力によって支えら れ,発展させられてきたとみなければならない からである。人類史とは,人間のこのような努 ヵ,すなわち労働によって形成されてきたもの であったし,今後もそのようにして形成されて いくものであろう。それは,人類の自然制約性 からの脱皮をより高い段階に引き上げる, その 測度たる体系自身が生産関係全体からの動力を受け
‑ ‑‑‑ ‑ ‑‑ ‑ ‑ ・・
64) 同上, 6頁。 65) 同上, 9頁。 66) 同上,912頁。
意味で画期的な新たな発見や,あるいは新たな 労働手段の発明が,例えば教会の迫害の中で孤
67) 68) 69)
同上, 1516頁。 同上,14頁。 同上, 18頁。
科学技術革命論からみた「唯研」生産カ・技術論争
立化させられながら行なわれようが,軍の研究 機関に働く一群の研究者の手で行なわれよう が,同じく人間によって行なわれたものである という点では,変わりないのである。生産力の 発展や, 技術の発展は, このような人間の努 ヵ,営為を抜きにしては論じられないものであ る。従って,生産力や技術の発展をそれ自体と してみた場合,そこでの人間の役割が必然的に 問題とならざるをえない。
ところが,事態はさほど単純ではない。人類 は,このような発展を純粋にひたすらより高い 発展をめざして行なうわけではない。形成さ れ,獲得され,前の世代から引き継がれた一定 の発展段階にある生産力,この生産力の発展段 階に対応した社会的諸関係をも同時に創り上げ ながら,その社会関係の中で課題を解決してい くのである。従って,生産力や技術の発展とい っても,社会関係による影楷を受けながら,行 なわれざるをえないのである。なんらかの社会 関係を持たない人間社会というのはありえない 以上, この影響は,どのような歴史段階, どの ような地域にあっても,免れられないものであ る。
人間社会は,社会関係とともに生産力の発展 を追求してきたのだが,同時に生産力は分業す る中で, これだけの発展を遂げてきた。分業 は,性別による分業から,専門化された識業に よる分業まで,様々の発展段階を経てきたが,
生産力や技術の発展を考える上で重要なのは,
精神労働と肉体労働との分業である。この分業 の結果,新たな発見や新たな労働手段の創造と いった,生産力や技術の発展,進歩は専ら精神 労働を担う部分の役目となり,肉体労働を担う 部分はそうした発展の成果を受容するに過ぎな いという構図ができ上がったからである。とい
っても,両者の役割分担はさほど明確でも固定 されたものでもなく,精神労働の側の創造性 は,絶えず肉体労働ー一人間生活に必要な財貨 を匝接生産している一ーの側から課題やアイデ アを供給されるという関係にあるが。また,ょ り重要な両者の連関として, 精神労働担当者 は,肉体労働担当者から,その生活の糧を得な ければならないという関係がある。
今述べた最後の点は,階級社会における生産 力発展のあり方を考える場合重要である。階級 社会においては,生産手段の所有の有無によっ て,社会は搾取者階級と被搾取者階級とに 2分 される。このことは同時に,生産手段を所有し ている階級が,社会の生活手段をも支配してい るということを意味する。その結果,階級社会 においては,上に述べた精神労働と肉体労働と の分業は,搾取者階級(支配階級)と被搾取者 階級(被支配者階級)との対立につながってい く。専ら精神労働に携わっているだけで,なん らの物的財貨も生産しない一群の人間を維持し 養えるだけの余分の財貨を持っているのは,社 会の剰余価値を搾取する支配階級を措いて他に ないからである。その意味では,階級社会の成 立は,社会の生産力水準が絶対的に低かった時 代にあっては,むしろ進歩を表わすものであっ た。原始共同体社会におけるように,労働の成 果が基本的には共同体の構成員全体で平等に分 配される社会の下では,専ら精神労働を担う部 分を効果的に他の部分から分離させることは,
生産力水準が絶対的に低い段階では,かなり困 難だったと思われるからである。しかし,生産 力や技術の発展・進歩を代表する精神労働の成 果が支配階級に独占されるということは,その 発展が歪められるということをも意味する。支 配階級にとって,都合の悪いイデオロギーや支
‑ 75 ‑
経 済 学 研 究
配階級のイデオロギーに背反する内容をもった 発見や発明は,抑圧されたり故意に無視された りするからである。こうして,精神労働と肉体 労働は,その分業の成立当初から支配階級と被 支配階級との対立を背負っていたのである。逆 に言えば,階級社会の成立が精神労働と肉体労 働との分裂ー一分業ではなくーーをもたらした と言えるのである。
最初の問題に帰ろう。
相川と戸坂•岡の対立は,上述したように,
生産力や技術の問題をあくまで社会関係(生産 関係)による被規定性を中心に捉えようとする 相川と,それはそれとして問題にしながらも,
生産力や技術をそれ自体としてみた場合の内実 の変化・発展に重点を置こうとする戸坂•岡と の対立とすることができる。そして,ここでの 基本的な対立点に限って言えば,戸坂•岡の立 場に軍配を上げれよう。相川の言う技術の生産 関係による被規定性は勿論正しい指摘なのであ るが,相川の場合,その点を強調するのあま り,技術が生産力の一部に過ぎず,生産力は変 化•発展するのだという視点があまりに弱い。
その結果,生産力や技術が固定的に捉えられ勝 ちになり,あくまでもその発展の源泉が人間に あるのだという点が軽視され易くなる。これで は,生産力の現代的発展段階に対応した特有の 支配様式の解明という問題も,精神労働者のプ ロレタリア化という事態も視野から抜け落ちて しまう。
だが,このような広範な視野をも展望するに は,技術という概念では役不足であった。もと もと技術という概念は,きわめて常識的, 日常 的な概念である。そのため,多種多様で曖昧な 使われ方をする。この点に,戦後,意識的適用 説がむしろ主流となった遠因がある。その意味
第 46巻 第 3弓
では,科学的な厳密な概念規定に馴染みにくい 性質の概念であるとも言える。加えて,マルク ス主義の立場から技術を取り上げる場合,困難 は一層倍化される。 「唯研
J
技術論争の混乱の 一因もこの点にある。ここではむしろ,生産力 概念の吟味を十分行なった上で,それとの関連 で技術を論じるべきだったのである。生産力概 念との関連で技術を位置づければ,相川vs.戸 坂•岡の論点の違いも,より実りある議論とな りえたであろう。生産力論争から技術論争への 転化が,性急過ぎ,生産力論争の成果が十分消 化されないままそこでの論点が技術論争に受け 継がれている。生産力概念との関連で技術をみる場合, 「主 要生産力」としての人間の位置づけが重要とな る。この点を「技術の所属移行」として指摘し たのが岡であった。岡の指摘が問題の核心を衝 いているとしたのも,かかる文脈においてであ ったのである。とはいえ,岡の議論にしても,
技術規定という土俵の上のものでしかないとい う限界をもつ。これまでの「唯研」生産カ・技 術論争の主要論点を生産力規定の中で総括し たのが次節でみる永田論文であった。
IV. 総括
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. 永田広志による論争総括「唯研
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16号の永田論文70)は,これまでみて きた「唯研」生産カ・技術論争の集約論文であ り,これによって論争は一応の決着を見る。既 に細部の論点については,紹介してきたので.ここでは永田論文が最終的に論争を総括しえた 基本的視点にのみ的を絞ってみてみよう。
前節の最後に触れたように,永田は技術では
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70) 君島慎一(永田広志) 「生産力の諸要素につい て」.「唯物論研究」, 16号, 1934年2月。