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『ゴシックの解剖─暗黒の美学』

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Academic year: 2022

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本書は茨木キリスト教大学准教授、唐戸信嘉(1980−)による、ゴシックの 概念を解説した評論集である。著者は近代イギリス文学と人類学に造詣の深い 研究者であり、これまでに光文社古典新訳文庫収録の『ロビンソン・クルーソー』

(2018)と『オリバー・ツイスト』(2020)の翻訳・解説を手掛けている。今回 取り上げる『ゴシックの解剖─暗黒の美学』で著者は、「ゴシック」という 多岐にわたる複雑な概念を明快に解き明かすことに成功している。

ゴシックの概念を扱った書籍は、日本では 2000 年を過ぎてからも複数発表 されている。さらに、ゴシック・ロマンスの代表作の一つとして知られる、ア ン・ラドクリフ(1764−1823)の『ユドルフォ城の怪奇』の完訳も 2021 年に 発売された。このように、日本で現在もゴシックという芸術概念は注目されて いる。しかしゴシックの概念は、そのモチーフの多様さと、それが複数のメディ アで繰り返し用いられてきたという事情により、中心的な概念が掴みづらい状 態になっている。本書は一般読者だけでなく、学術研究者にとっても、ゴシッ ク概念の理解を深めるうえで大きな助けとなるだろう。

この書評では、『ゴシックの解剖─暗黒の美学』が持つ、ゴシックの幅広 い理解に特に助力となる二つの特徴を指摘したい。一つ目は、ゴシック・ロマ ンスを基軸としながらも、他の新しいメディアにおける作品、別のジャンルと

伊勢村 有 記 唐戸信嘉 著

『ゴシックの解剖─暗黒の美学』

(青土社、2020 年)

〈書評〉

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のつながりを十分にふまえている点。二つ目は、ゴシック文化と社会・歴史の 関係に含まれるイデオロギー性を考察している点である。

一つ目の特徴、ゴシック・ロマンスと他の新興のメディアや別のジャンルと の関係の重視は、ゴシック概念の歴史を解説する第一章以降で顕著である。第 二章から第六章までにおいて、著者は吸血鬼、人工生命、分身、廃墟、地下の 五つのモチーフをそれぞれ取り上げている。これらの章では小説以外に、詩、

絵画、映画、アニメーション、テーブルトークロールプレイングゲーム(TRPG)、

電子ゲームソフトなどが俎上に載せられ、その歴史的解説を交えた分析が行わ れている。特に映画、アニメーション、電子ゲームなどの、いわゆるポップ・

カルチャーに属するとされてきたメディア作品として『バイオハザード』(ポー ル・W・S・アンダーソン監督、2002)、『ルパン三世 カリオストロの城』(宮 崎駿監督、1979)、ダンジョンを探索する形式のRPGなど、比較的新しく、

テレビなどを通じて日本人にとって身近な作品が取り上げられているのは、こ れらのジャンルをカルチュラル・スタディーズの観点から研究する際に大いに 参考になるはずだ。

また本書は、ジャンルを横断する分析を行っていることも大きな特徴であ る。例えば、古典的なゴシック・ロマンスとSF、ファンタジー、ホラー小説 との関係性について、本書は鋭く分析している。先行するゴシック的表象が特 にSFジャンルに大きな影響を与えたことは、地下世界を扱う第六章において、

アーサー・コナン・ドイル(1859−1930)やハワード・フィリップス・ラヴク ラフト(1890−1937)による黎明期の古典SF作品を参照しながら詳述される。

ここまで述べた本書のメディアとジャンルを横断する姿勢は、複数のメディア やジャンルを当然のものとして受け入れる現代の読者に強く訴求するだろう。

そして新しいゴシック的要素を持った作品に対する著者の視野の広さは、日々 発展しつつあるポップ・カルチャーを対象とする批評の実例であり、後進の批 評が拠って立つべき「巨人の肩」の一部となるだろう。

二つ目の特徴、ゴシック的表現と歴史社会的イデオロギーの関係性の評価は、

常に進行するプロジェクトとして本書を貫いている。歴史や社会背景、それら から生まれるイデオロギーなどが、文学・文化研究にとって排除することの出 来ない重要な要素であることは、テリー・イーグルトン(1943−)などの批評 理論家たちがこれまでにも指摘してきたことだった。むろん本書でも、これら の要素は考慮されている。

第一章では、宗教改革以降のプロテスタント化と軌を一にするようにして近

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代化が進んだ英国社会の中で、カトリック的な中世社会を連想させるゴシック 的な表現が、近代化を支えるイデオロギーとしてのプロテスタント的価値観に 対抗するカウンター・カルチャーのイデオロギーとして機能していることが指 摘される。

また、第二章は吸血鬼の貴族的キャラクター性、第三章は人工生命としての

『フランケンシュタイン』(1818)における怪物の境遇を分析することによって、

フランス革命に代表されるような急激な近代化への異議申し立てとしての側面 をゴシックが持っていたことが明らかになる。それによって、ゴシックが内包 している、近代化に抵抗する保守主義的なイデオロギー性が確認される。

第四章は、分身の類型としてのドッペルゲンガー、二重人格、悪魔憑きのモ チーフを持つ小説を引用しつつ、近代主義、プロテスタンティズム、社会進化 論などのイデオロギーが前提としていた個人主義がこれらの要素によって相対 化されていることを指摘している。こうして、ゴシックに近代主義への批判が 読み込まれるのである。

第五章では、廃墟や雄大な自然を描くピクチャレスク絵画などが、近代主義 的イデオロギーの前提とする、人間中心主義への拒否を暗示しているとして、

ゴシック的表象の近代主義への拒絶を分析する。

これらの結論は、第二次世界大戦後に行われてきた、近代産業社会を批判的 に考察する研究の文脈において興味深いものである。本書のこの特徴は、読者 のゴシック・カルチャーの理解を、皮相な形式論からより深いものに進めるこ とに貢献することだろう。

ゴシック・カルチャーの持つ複数のメディアやジャンルとの繋がりと、ゴシッ クのイデオロギー的側面を多くの作品を使って説明することで、『ゴシックの 解剖─暗黒の美学』は、ゴシック文化に関心を持つ広範囲の読者にとって有 益なものとなっている。研究を始めようとしている学生の入門書としても、ゴ シック作品を読み始めようとしている一般読者にとってのブックガイドとして も、活用の途は広いだろう。

参照

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