過払金充当合意における過払利息の発生時期
馬場 陽
* 目 次 一 序 論 二 最高裁平成21 年 1 月判決とその意義 三 過払利息をめぐる2 裁判例とその問題点 四 過払利息の法的性質と過払利息の発生時期 五 過払金充当合意の解釈 六 結 語 一 序 論 1 過払金の充当に関する最高裁判例の動向 過払金返還請求をめぐっては,近時,重要な最高裁判決が相次いで登場し,制限超過利 息に関する最高裁の考え方の全貌が明らかになりつつある。中でも,借入金債務への過払 金の充当については,興味深い判例の展開がみられ,すでに最高裁によって次の法理が形 成されている。すなわち,(a)過払金が発生した時点で同一の基本契約に基づく他の借入 金債務が存在する場合,借主は「特段の事情のない限り,弁済当時存在する他の借入金債 務に対する弁済を指定したもの」と推認される(最二小判平成 15 年 7 月 18 日民集 57 巻 7 号 895 頁)。これに対し,(b)過払金発生時点で他の借入金債務が存在しない場合,「特段 の事情のない限り」充当指定意思は推認されない(最三小判平成 19 年 2 月 13 日民集 61 巻 1 号 182 頁)。しかし,この場合でも,(c)「当事者間に上記過払金を新たな借入金債務 に充当する旨の合意が存在するときは,その合意に従った充当がされる」(最一小判平成 19 年 6 月 7 日民集 61 巻 4 号 1537 頁)。最高裁は,基本契約が締結されている場合,上記 (c)の合意(以下「過払金充当合意」という。)を含むと解するようである1。 * 弁護士(名古屋大学法科大学院2006 年度修了生) 1 本文引用の最一小判平成 19 年 6 月 7 日民集 61 巻 4 号 1537 頁。なお,潮見佳男「判批」平成 19 年度重 判(ジュリ 1354 号)76 頁(2008 年),吉田克己「判批」平成 20 年度重判(ジュリ 1376 号)79 頁(2009 年)参照。2 最高裁平成 21 年 1 月判決の登場 最高裁が上記充当の法理を展開していたころ,裁判実務では,過払金返還請求権の消滅 時効起算点がもう 1 つの争点となっていた。従来,過払金返還請求権の消滅時効起算点に ついては,①過払金発生の都度消滅時効が進行するとの見解(過払金発生時説)と②継続 取引終了まで消滅時効は進行しないとの見解(取引終了時説)が存在した。民法の原則か らは,①が妥当と考えられてきたが2,過払金充当合意の存在が上記原則にいかなる変容を 与えるかという点に関しては,高裁レベルでの判断が分かれ,「最高裁による判例統一が切 望された争点」となっていた3。 このような中,貸主(上告人)が上記①説から過払金の消滅時効を主張した事案で,最 一小判平成 21 年 1 月 22 日(民集 63 巻 1 号 247 頁,以下「最高裁平成 21 年 1 月判決」と いう。)は,過払金充当合意を含む基本契約がある場合,取引継続中は過払金充当合意が権 利行使の「法律上の障害」となるから,継続取引終了まで過払金の消滅時効は進行しない として,貸主の上告を棄却した4。これによって,最高裁が過払金充当合意の下で②説を採 ることが明らかとなり,過払元本をめぐる法律上の争いは概ね収束へと向かったのである。 3 過払利息に関する下級審裁判例の展開 その後,実務の関心は,過払金に対する民法 704 条所定の利息(以下「過払利息」とい う。)の範囲をめぐる問題へと推移している5。過払金が発生する場合,貸主は借主に対し, 当該過払金に民法 704 条所定の過払利息を付して返還しなければならない。この過払利息 の発生時期について,①過払金発生の都度過払利息が生じるとの見解(過払金発生時説) と,②継続的取引の終了まで過払利息は発生しないとの見解(取引終了時説)の対立が存 在し,民法の解釈上①説が妥当と考えられてきた6。ところが,近時,最高裁平成 21 年 1 月判決の判示を踏まえて,過払利息の発生時期に関しても消滅時効起算点と同じく②説が 妥当することを明言する下級審裁判例が登場し,裁判実務で注目を集めている。 その代表例が,山口地宇部支判平成 21 年 2 月 25 日(平成 20 年(ワ)第 229 号,判例集 2 近藤昌昭=景山智彦「過払金返還請求訴訟における一連計算の可否をめぐる問題点について」判タ 1250 号 14 頁(2007 年),とくに 20 頁。 3 コメント・判時 2033 号 12 頁(2009 年)。 4 その後,最三小判平成 21 年 3 月 3 日(最高裁 HP),最二小判平成 21 年 3 月 6 日(最高裁 HP)で同様の 判決が言い渡されている。 5 本稿執筆中にも,過払利息をめぐる重要な最高裁判決が登場している。本稿六 2 参照。 6 滝澤孝臣『不当利得法の実務』383 頁(新日本法規出版,2001 年),我妻栄『債権各論下巻一』1104 頁 (岩波書店,1972 年)。
未登載。以下「宇部支部判決」という。)及び札幌高判平成 21 年 4 月 10 日(平成 20 年(ネ) 第 379 号,判例集未登載。以下「札幌高裁判決」という。)である。両判決は,いずれも過 払利息の発生時期が争点となった事案で,②説から借主の請求を一部棄却した。同旨の裁 判例は過去にも存在していたが,両判決は最高裁判例を引用してこれを論じた点で,特に 注目に値する判決であった。 しかし,過払利息の発生を取引終了時と解すると,貸主が貸金債権を有するときは利息 制限法の上限まで利息を徴収できるのに対し,貸主が過払金債務を負担するときは,法定 利率による過払利息すら支払を免れ,貸主はあたかも借主から過払金の無償消費貸借を受 けたのと同じ利益を享受する。果たしてこれが,当事者間で失われた経済的均衡の回復を 目的とする過払金充当合意の解釈として,適切なものといえるのだろうか。 筆者の理解によれば,過払金充当合意の存在が消滅時効の進行を妨げるのは,それ自体 が債務の承認を伴うからであり,この論理は,直ちに過払利息の発生時期を射程に収めな い。過払利息の発生時期を明らかにするためには,過払利息の本質に立ち返った考察が必 要である。 4 本稿の目的と構成 過払利息の発生時期は,悪意の受益者の責任の範囲を画する重要な問題でありながら, これまで十分な議論がなされてこなかった領域である。本稿は,実務に若干の混乱を生じ させているこの問題について,過払利息の法的性質及び過払金充当合意の法的意味にさか のぼった考察を行い,理論面から解決の手がかりを与えるものである。 以下では,二で最高裁平成 21 年 1 月判決を紹介し,その意義と射程を確認する。その後, 三において,宇部支部判決及び札幌高裁判決を紹介し,取引終了時説の問題の所在を明確 にする。その上で,四において,過払利息の法的性質論から過払利息発生時期に関する取 引終了時説の当否を検証し,結論として過払金発生時説が妥当であることを説明する。そ して五で,過払金充当合意のあるべき解釈の方向を考察し,契約解釈の諸ルールからも本 稿の結論が維持されるべきことを確認する。 二 最高裁平成 21 年 1 月判決とその意義 1 事案の概要 最高裁平成 21 年 1 月判決の事案の概要は,次のとおりである。借主Xは,貸金業者であ る貸主Yとの間で,1 個の基本契約に基づき,昭和 57 年 8 月 10 日から平成 17 年 3 月 2 日 にかけて継続的に借入れと返済を繰り返す金銭消費貸借取引を行なった。上記の借入れは, 借入金の残元金の限度額を定めて繰り返し行なわれ,上記の返済は,各回の最低返済額を 設定して毎月行なわれた。なお,基本契約は「過払金が発生した場合には,弁済当時他の
借入金債務が存在しなければ上記過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充当する 旨の合意(以下「過払金充当合意」という。)を含むもの」と認定されている。 Xは,Yに対し,上記弁済金のうち,利息制限法 1 条 1 項所定の制限を超えて利息とし て支払われた部分を元本に充当すると過払金が発生していると主張して,不当利得返還請 求権に基づいてその支払を求めた。Yは,上記不当利得返還請求権の一部について過払金 発生時から 10 年が経過していると主張して,消滅時効を援用した。原審が,Yに対して全 期間の過払金の返還を命じたため,Yが上告。 2 判旨 上告棄却。「過払金充当合意においては,新たな借入金債務の発生が見込まれる限り,過 払金を同債務に充当することとし,借主が過払金に係る不当利得返還請求権(以下「過払 金返還請求権」という。)を行使することは想定されていないものというべきである。」「そ うすると,過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては, 同取引継続中は過払金充当合意が法律上の障害となるというべきであり,過払金返還請求 権の行使を妨げるものと解するのが相当である。」「したがって,過払金充当合意を含む基 本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては,同取引により発生した過払金返還 請求権の消滅時効は,過払金返還請求権の行使について上記内容と異なる合意が存するな ど特段の事情がない限り,同取引が終了した時点から進行するものと解するのが相当であ る。」7 3 最高裁平成 21 年 1 月判決の評価 最高裁平成 21 年 1 月判決は,過払金充当合意の下における過払金返還請求権の消滅時効 起算点について,最高裁として初めて取引終了時説に立つことを明らかにした判決であり, 実務上大きな意義を有するものであった。その後,第二小法廷,第三小法廷において同旨 の言渡しがあり8,最高裁の判例は確立したといってよい。 もっとも,上記一連の判決に対しては,「契約の合理的意思解釈の限度を超えるものであ り,契約当事者が契約締結時に通常予測していたであろう内容と全く異なる内容の合意の 7 最高裁平成 21 年 1 月判決は,次のようにも述べている。「借主は,基本契約に基づく借入れを継続する 義務を負うものではないので,一方的に基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引を終了させ,その時 点において存在する過払金の返還を請求することができるが,それをもって過払金発生時からその返還請 求権の消滅時効が進行すると解することは,借主に対し,過払金が発生すればその返還請求権の消滅時効 期間経過前に借主との間の継続的取引を終了させることを求めるに等しく,過払金充当合意を含む基本契 約の趣旨に反することとなるから,そのように解することはできない」。 8 前掲最三小判平成 21 年 3 月 3 日,最二小判平成 21 年 3 月 6 日。
存在を認定するものであって,許されないものというべきである」との有力な批判もある 9。しかし,筆者のみるところ,同判決は消滅時効制度の伝統的理解とも整合しており,最 高裁判例の正統に属する判決である。また,同判決は,過払金充当合意が権利行使の「法 律上の障害」となることを明らかにした点で,これまで必ずしも明瞭でなかった過払金充 当合意の法的意味について解明の糸口を与える重要な判決であったように思われる。 4 消滅時効制度からみる「法律上の障害」の意味 消滅時効は,権利を行使することができる時から進行する(民法 166 条 1 項)。この「権 利を行使することができる時」とは,権利の行使につき法律上の障害がなく,権利の性質 上,その権利行使が現実に期待できることをいうと解されている10。それでは,なぜ権利 の行使につき「法律上の障害」がある場合,消滅時効は進行しないのか。この点は,消滅 時効の制度目的論から考察するのが有益である。 時効制度の存在理由に関する学説は,伝統的に 2 つに大別できる。第 1 の見解は,時効 制度を,社会の法律関係の安定のために一定の事実状態を保護する制度と理解する11。こ の見解は,時効制度とは事実状態の継続により権利の得喪を生ずる実体法上の制度である と考えることから,実体法説と呼ばれる。第 2 の見解は,時効制度とは,長時間の経過の ため自己の権利の存在・義務の不存在を証明できなくなる真の権利者・無義務者をその危 険から救済する制度であると理解する12。この見解は,立証の困難からの救済という点を 強調し,時効制度を訴訟の場面における証明の問題と考えるため,訴訟法説と呼ばれてい る。 このうち,訴訟法説に対しては,時効制度により真の権利者の犠牲において無権利者が 保護され,真の義務者が義務を免れる場合があることを説明できない,との批判がある。 これに対する訴訟法説からの応答は,「真の権利者や無義務者を保護するために生じるやむ をえない必要悪」13というものであった。しかし,この説明は,上記の必要悪を行なうた め何ゆえ真の権利者に犠牲を強いることができるのかという問いに答えていない。結局, この犠牲を正当化するためには,訴訟法説においても,真の権利者が自己の権利行使を長 期間怠っていたことに求めざるを得ないのである14。 そうすると,実体法説・訴訟法説の公約数的な定義として,時効制度とは,権利者(と 9 前掲最三小判平成 21 年 3 月 3 日の田原睦男反対意見。 10 最大判昭和 45 年 7 月 15 日民集 24 巻 7 号 771 頁。 11 我妻栄『新訂民法総則』430 頁,444 頁(岩波書店,1965 年)等。 12 石田穣『民法総則』530 頁(悠々社,1992 年)等。 13 石田・前掲注(12)530 頁。 14 石田・前掲注(12)531 頁。
主張する者)が長期間権利行使を怠っていることを前提に,真の権利者が権利を失うとし てもそれはやむを得ない犠牲として是認することで,社会の法律関係の安定を図る制度で ある,とひとまずは説明できる15。この場合,継続した事実状態の保護が本質か,立証困 難からの真の権利者等の救済が本質かは,「社会の法律関係の安定」の内容をどう解するか という次元での対立といえよう。いずれにせよ,時効制度は,真の権利者の保護と社会の 権利関係の安定の調整を図る制度であり,民法 166 条 1 項は,この具体的調整点を示すも のである16。 このような観点からすれば,最高裁平成 21 年 1 月判決が「法律上の障害」に言及しつつ, 「不当利得返還請求権(以下「過払金返還請求権」という。)を行使することは通常想定さ れていない」と述べるのも,貸主による権利行使の期待可能性を考慮するものと理解しな ければならない。法は,権利を主張する者が権利を行使できるのにあえてこれを行使しな いという前提の下でのみ,社会の権利関係の安定のために権利の消滅を宣言するのである から,権利者に対して法的に権利行使を期待すべき状態になければ,そもそも消滅時効は 進行しない。これが,最高裁平成 21 年 1 月判決にいう「法律上の障害」の内容である。 このような理解は,一見すると「法律上の障害」という語義から離れるかのようである。 しかし,筆者の理解がむしろ最高裁のそれと一致していることは,最高裁平成 21 年 1 月判 決の判示自体からも裏付けられる。すなわち,最高裁は同判決の中で過払金充当合意が権 利行使の「法律上の障害」であるといいながら,他方で「借主は,基本契約に基づく借入 れを継続する義務を負うものではないので,一方的に基本契約に基づく継続的な金銭消費 貸借取引を終了させ,その時点において存在する過払金の返還を請求することができる」 とも述べている。ここでは,最高裁は,「法律上の障害」があるからといって,必ずしも借 主の権利行使が制限されるものとは解していない。最高裁は,法が権利行使を期待できな い特段の事情という意味合いで「法律上の障害」の語を用いたものと推察されるのである 17。 15 例えば,山本敬三『民法総則』457 頁(有斐閣,第 2 版,2005 年)は,「一定の事実状態が長期間継続 している場合に,真の権利者が権利行使を怠っていることを前提として,本当は権利者ではないけれども, それを前提として生活している者を保護するとともに,真の権利関係を証明できない権利者を保護するた ),佐久間毅『民法の基礎1』 めの制度」と定義する。 16 現在では,いずれか一方の立場から統一的に説明するのは困難であるとして,多元的説明をするのが一 般的である(多元説)。河上正二『民法総則講義』530 頁(有斐閣,2007 年 410 頁(有斐閣,第 3 版,2008 年),山本・前掲注(15)457 頁等参照。 17 本文の理由から,筆者は,最大判昭和 45 年 7 月 15 日(前掲注 10)にいう「法律上の障害」について も同様に解するものである。前記最大判以来,裁判例・学説は,消滅時効進行の要件を,①「権利行使に つき法律上の障害がなく」,②「権利の性質上,その権利行使が現実に期待できること」として二元的に
5 過払金充当合意と「法律上の障害」 それでは,過払金充当合意の存在が,何ゆえ不当利得返還請求権行使の「法律上の障害」 となるのか。これは,過払金充当合意の内容にかかわる問題である。 過払金発生状況において,当事者の明示的意思表示がないにもかかわらず,その後の貸 付金と過払金とを充当する黙示的合意が存在すると最高裁が認定したそもそもの根拠は, 借主において過払金の発生を知っていたならば,当然,過払金返還請求権を行使して自己 の債務の弁済に充てたであろうという,経験則に基づいた意思解釈であったと考えられる。 この理解が正しいとすれば,過払金充当合意とは,そもそもが過払金返還請求権の行使 である18。最高裁平成 21 年 1 月判決は,充当合意がある場合,不当利得返還請求権を行使 することは「通常想定されていない」というが,この意味も,上記の点を踏まえて解釈し なければ正しく理解することはできないのである。 最高裁が不当利得返還請求権の行使としての、、、、、、充当を認めながら,過払金充当合意が「法 律上の障害」となって不当利得返還請求権の行使が想定されない、、、、、、、、、と述べるのが矛盾でない 整理してきた。これを厳格に分離して,権利行使の期待という点を強調するならば,最高裁平成 21 年 1 月判決にいう事情はむしろ後者に属する事情であり,これを「法律上の障害」とした同判決は,従来の最 高裁判例と異なる概念として「法律上の障害」の語を用いたことになる(例えば,最高裁平成 21 年 1 月 判決と従来の最高裁判例の論理を異質なものと解するのは,石松勉「過払金返還請求権の消滅時効起算点 について」福岡大学法学論叢 54 巻 1 号 125 頁〔2009 年〕等)。仮にこの見解によるとすれば,最高裁平 成 21 年 1 月判決が前記最大判を明示的に引用していない点に解釈の根拠を求めるべきであろう。しかし, そもそも,前記最大判が登場する以前の学説は,「法律上の障碍というのは,権利そのものの性質上権利 に内在する障碍をいう」(川島武宜編『注釈民法(5)』281 頁〔森島昭夫執筆〕〔有斐閣,1967 年〕)と解 してきた。ここでは,権利の性質に由来する障害は「法律上の障害」として整理されてきたのである。も し,②の存在を権利の「特殊性に基づく例外」(山本・前掲注(15)474 頁)と位置づけることができる ならば,最高裁平成 21 年 1 月判決の事案における障害は,時効中断事由という債権一般に妥当する障害 であるから(本稿二 5),①(法律上の障害)に整理するのが正しいということになる。このように,最 高裁平成 21 年 1 月判決は,前記最大判の延長線上にある判例として理解することが十分可能であり,最 高裁判例の解釈としてはおそらくこの方向が正解であろうと思われる。 18 厳密にいえば,不当利得債権の行使ではあっても不当利得返還請求権の行使ではないから,本文の表現 は精確を欠く。ただ,「一般に債権と請求権とは同義であるといわれるとき」があること(奥田昌道『請 求権概念の生成と展開』225 頁〔創文社,1979 年〕),過払金債権を意味する用語として「不当利得返還請 求権」ないし「過払金返還請求権」という用語がかなり広く定着していることなどから,本稿ではことわ りのない限り債権の意味でも「請求権」等の語を使用し,とくに本来の意味での請求権を意味するときは 「狭義の不当利得返還請求権」等と表記して区別する。
とすれば,考えられる理由は 2 つある。1 つは,過払金充当合意及び充当権の行使によっ てすでに(債権としての)不当利得返還請求権が具体的に行使されているから,別途,狭 義の不当利得返還請求権としてこれを行使することは実体法上債権の二重行使となり,法 は損失者にこれを期待できない,という理解である。しかし,この場合,借主による充当 権の行使は単なる支払の催告に過ぎないから,取引終 、 、、 了まで消滅時効が進行しない根拠と してはなお不十分といえよう(民法 態度は,まさに 時 る場合と同様,法が更なる権利行使を期待でき な 察したという意味で,結果としてかなり正鵠を射 た を期待できない事情,すなわち「法律上の障害」があり,消滅時効は進 行しない20 21。 153 条参照)。 そこで,過払金充当合意のもう 1 つの側面,すなわち他方当事者である貸主側での性格 を観察する必要がある。過払金充当合意は,将来の過払金の発生を前提とする合意であり, この合意に基づく個々の充当は,当事者間の過払金債権及び貸付金債権の存在を前提とし て行なわれる。そうすると,これらの充当を合意のもとに是認する貸主の 効中断事由としての債務の承認(民法 147 条 3 号)そのものである。 民法上,債務の承認が時効の進行を妨げるのは,承認がある場合には,「権利者が直ちに 権利を行使しなくとも,あえて権利の行使を怠るものといいえない」からであり,裁判上 の請求によって権利行使の意思が明確であ い場合の1つといえるからである19。 要するに,裁判上の請求(民法 147 条 1 号),差押え,仮差押え又は仮処分(2 号)及び 承認(3 号)が,いずれも時効中断事由となるのは,法がこれらを,権利者に更なる権利 行使を期待し得ない場合の類型と考えたからである。最高裁が,過払金充当合意によって 更なる不当利得返還請求権の行使が「通常想定されない」ことに言及し,これを消滅時効 の進行を妨げる事情として挙げたのは,消滅時効の起算と時効中断の本質をともに権利行 使の期待可能性から理解する民法の伝統的解釈と整合するものであったし,債務承認の一 面を債権者の権利行使という角度から観 表現であったということができる。 以上のとおり,過払金充当合意は,借主の権利行使であり,同時に貸主の承認を伴うか ら,法が権利行使 19 我妻・前掲注(11)470 頁。異説は 2 つある。第 1 説は,訴訟法説から,債務の承認が高度の蓋然性を もって権利義務の存在を推認させるから,あえて立証困難の救済のため時効制度を用いる必要がない,と 説明する(石田・前掲注(12)582 頁等)。第 2 説は,時効の利益を受ける者の意思を尊重して時効の効 果を生じさせない,と説く(河上・前掲注(16)547 頁等)。しかし,本文で述べたとおり,いずれの見 解によるとしても,権利者と称する者が権利行使を怠っている客観的状況がなければ消滅時効は進行しな いのであるから,本文の説明が直ちに背理とはならない。なお,起草者は統一的な中断の根拠として本文 の見解と同様に考えていたようである(大村敦志『民法読解総則偏』494 頁〔有斐閣,2009 年〕参照)。 20 類似の指摘は,滝澤孝臣「過払金返還請求権の消滅時効の起算点」判タ 1285 号 5 頁(2009 年),とく
6 最高裁平成 21 年 1 月判決の射程 このように,過払金充当合意が権利行使の「法律上の障害」として消滅時効の進行を妨 げるのは,それが時効中断事由としての債務の承認を含むからである。したがって,「法律 上の障害」に関する最高裁平成 21 年 1 月判決の論理は,消滅時効制度との関連でのみ妥当 に 11 頁にもみられる。滝澤説では,「過払金返還請求を困難にする特段の事情」は充当合意の「存在面」, 承認は充当合意の「効果面」として二元的に整理される。おそらく滝澤説からは,最高裁平成 21 年 1 月 判決の「法律上の障害」は,前者の「過払金返還請求を困難にする特段の事情」(存在面)と位置づけら れるのであろう。これに対し,筆者は時効中断の本質を法が権利者に対し権利行使を期待できない特段の 事情そのものであると考えるから,「法律上の障害」は充当合意が承認であることの当然の帰結として一 元的に把握される(本稿二 4 参照)。 ところで,前掲最大判昭和 45 年 7 月 15 日は「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」(民法 166 条 1 項)につ いて,権利者の主観的事情(事実上の障害)を考慮しないものと解されている。かかる「事実上の障害」 は,時効の進行を止めるのではなく,一定の場合に時効の完成を停止するものに過ぎないからである(大 村・前掲注(19)511 頁,我妻・前掲注(11)484 頁)。これに対し,「法律上の障害」は時効の進行を止め る。ここでも,時効の進行と時効の中断は,基本的には同一平面上の問題であることがわかる。なお,民 法 166 条 1 項の規定は,旧民法では時効停止の問題と考えられていたが,進行と停止は問題の次元が異な るとして現在の位置に規定されたようである(大村・前掲注(19)529 頁参照)。 21 承認という構成による場合,新たに生じ得る問題は,過払金発生状況における最後の取引が借主の返済 であった場合,「充当」を生じないが,これも貸主の承認といえるのかという点である(思考過程は異な るものの,問題意識を同じくする検討として,滝澤・前掲注(20)11 頁)。 本文の理解によれば,それが過払金充当合意の下で行なわれる取引である限り,借主は,「この弁済に よって過払金が発生したならば次の借入金債務の充当に供する」との意思で返済しているのだから,返済 は同時に権利の主張である。この場合,増加後の過払元本全体に対し新たな支払の催告をしたものとして, 各々の弁済に催告の効果(民法 153 条)が認められる。これに対して,貸主による悪意の受領が承認とい えるかは若干問題である。ほとんどの場合,貸主は,貸付け・弁済の都度,貸付日,貸付金額,利率,弁 済日,弁済金額等を記録して取引履歴を作成する。この記録から過払金の発生は高度の客観性をもって明 らかであるが,これに承認の効果を認めるべきか。古い判例は否定する(大判大正 5 年 10 月 13 日民録 22 輯 1886 頁)。近時は肯定説も有力であるが(石田・前掲注(12)585 頁,四宮和夫=能見善久『民法総 則(第 7 版)』366 頁〔弘文堂,2005 年〕,我妻・前掲注(11)・472 頁等),中断の根拠を本稿のように理 解する限り,債権者への到達は時効中断の不可欠の要件となろう(なお,大村・前掲注(19)508 頁参照。 これに対し,訴訟法説を貫徹すれば債権者の知・不知を問わず承認の効果を認めるべきであるから,石田・ 前掲注(12)の立場は一貫している。)。筆者としては,弁済の都度貸主が発行する領収書が上記取引履歴 の記載を反映したものである点を捉えて,承認に準ずる表示行為があると考えたい。
するものであって,過払利息の発生時期の問題を当然には射程に収めない。過払利息の発 生時期に関しては別の観点からの考察が必要であるが,その観点として,筆者は過払利息 の 引終了時説を採用した 2 件の裁判例を取り上げ,その 題の所在を明らかにしていく。 過払利息をめぐる 2 裁判例とその問題点 紹介 ( 渡 了日である平成 14 年 6 月 5 日を経過するまで発生しないと主張して, った。 ( 一部を棄却するにあたり,最高裁平成 21 年 1 月 に対する悪意の受益者と しての利息の支払義務も発生していないというべきである」。 紹介 法的性質論にさかのぼった検討が有益であると考える。 これらのことを確認するため,次項では,実際に最高裁平成 21 年 1 月判決の論理を引用 して過払利息の発生時期に関する取 問 三 1 宇部支部判決の 1)事案の概要 宇部支部判決の事実関係は,以下のとおりである。平成 2 年 10 月 20 日,Xは貸金業者 Aとの間で借入限度を定めて金銭消費貸借の基本契約を締結して,同日から借入れと弁済 を繰り返した。平成 5 年 4 月 1 日,Aが上記基本契約上の債権債務関係を貸金業者Yに譲 した後も,XはYとの間で引き続き平成 14 年 6 月 5 日まで借入れと返済を繰り返した。 XはYに対し,過払金の返還を請求するとともに,年 5 分の割合による過払利息の返還 を求めた。Xが,「過払金返還請求権が発生する都度過払利息を算出し,これを借入金の返 済に充当する方法」により計算した過払金及び過払利息の支払を請求したのに対し,Yは, 過払利息は継続取引終 その金額を争 2)判旨 山口地裁宇部支部は,最高裁平成 21 年 1 月判決の原審と同じく過払金充当合意の存在を 認定した上で,借主の過払利息支払請求の 判決を引用して次のとおり判示した。 「過払金充当合意においては,新たな借入金債務の発生が見込まれる限り,過払金を同 債務に充当することとし,借主が過払金に係る不当利得返還請求権(過払金返還請求権) を行使することは想定されていないから」,「基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引 が終了するまでは,過払金返還請求権も具体化しておらず,これ 2 札幌高裁判決の (1)事案の概要 被控訴人(借主)が,控訴人(貸主)との間で金銭消費貸借契約を締結し,借入れ及び 返済を繰り返した事案である。被控訴人は,利息制限法所定の制限を超過する利息を支払 い,過払金が発生しているとしてその返還を求めるとともに,民法 704 条の利息を請求し
た。このとき,被控訴人は,過払金発生の都度民法 704 条の利息が発生したものとして, これを後の借入金に対する弁済としてその都度充当する方法で計算していた。原審が被控 訴人の請求を全部認容したのに対して,控訴人はこれを不服として控訴したが,その控訴 して民法 704 条の利息の発生時期が争われた。 ても,これに利息を付した上で,その後の借 金の元本に充当することはできない。」 ( をも考慮すると,不相当である。」として,取引終了時説に立つこと を 理由の 1 つと (2)判旨 札幌高裁は,以下のように述べて被控訴人の過払利息支払請求の一部を棄却した。 「民法 704 条の『利息』は,悪意の受益者が受けた利益に付して返還すべきものであるか ら,利息の起算点となるのは,不当利得返還債務の弁済期からであると解される。」「過払 金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引において,その取引の終了 前は,悪意の受益者が受けた利益,すなわち過払金が発生しても,その行使に法律上の障 害があるから,過払金の弁済期は取引終了の日の翌日であると解される。」「したがって, 上記取引の継続中は,たとえ過払金が発生し 入 3 取引終了時説の論拠とその問題点 1)宇部支部判決と最高裁判例の齟齬―過払金返還請求権の具体性― 最高裁平成 21 年 1 月判決の登場前,大阪高判平成 20 年 4 月 18 日(平成 19 年(ネ)第 3343 号,判例集未登載)が,「過払金の不当利得返還請求権の金額や内容は,後の貸付へ の充当が行なわれないこととなる取引終了日以降に確定するのであり,当該時点までは金 額や内容が不確定,浮動的であって,後の貸付への充当の有無,充当額等により変動する ことが予想されるから,利得の金額や内容も不確定,浮動的であり,これにつき利息を付 して返還させることは,当該利息の金額や内容自体不確定,浮動的である上,不当利得制 度を支える公平の原理 明言していた22。 宇部支部判決は,上記大阪高判の流れを汲むものであり,これを最高裁判決の引用とい う手法で正当化しようとした点で注目すべき判決である。しかし,本稿二でみたとおり, 最高裁平成 21 年 1 月判決は,過払金充当合意による充当権の行使が過払金返還請求権の具 体的行使であることを当然の前提とするものである。そうすると,宇部支部判決が,過払 金充当合意の存在を根拠として「基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借契約が終了する までは,過払金返還請求権も具体化して」いないと述べたのは,当事者の意思解釈を誤っ 22 これに対し,過払金発生時説に立つ代表的な裁判例として,東京高判平成 19 年 10 月 18 日(平成 19 年(ネ)第 2269 号・判例集未登載),名古屋高判平成 20 年 2 月 7 日(平成 19 年(ネ)第 942 号・判例集 未登載)等が存在していた。
たものといえるし23,その理由として最高裁平成 21 年 1 月判決を引用したのは,最高裁判 った。 ( を遅延損害金と解する見解に立脚していると 綻している。 ( では,この問題意識を踏まえて,本稿のテーマである過払利息の発生 期を考察する。 過払利息の法的性質と過払利息の発生時期 1 例の射程を見誤ったものであ 2)札幌高裁判決の矛盾 これに対し,札幌高裁判決は,最高裁平成 21 年 1 月判決が示した「法律上の障害」を履 行期限の特約と解し,履行期限まで過払利息は生じないと説く。ここでは,過払金返還請 求権は具体的権利として発生しているから,この限りで,最高裁判例との矛盾は見られな い。しかし,その理由を展開する中で,「民法 704 条の『利息』は,悪意の受益者が受けた 利益に付して返還すべきものであるから,利息の起算点となるのは,不当利得返還債務の 弁済期からであると解される。」と説くのは理解し難い。おそらく,同判決は,過払利息の 法的性質について異なる 2 つの考え方を混在させているのではないか。筆者の理解によれ ば,過払利息を「受益者が受けた利益に付して返還すべき」とする上記判示の前段部分は, これを一種の法定利息と解する見解を暗黙のうちに前提としている。しかし,過払利息の 発生を弁済期に関連付ける後段部分は,これ 思われ,同判決は理論的に破 3)法的性質論の不存在 上記 2 裁判例を含め,これまで多くの裁判例が,過払利息の法的性質について突き込ん だ検討をしないまま過払利息の範囲を決定してきた。しかし,筆者は,法律論として過払 利息の範囲を決定するためには,過払利息の法的性質に関する考察は避けられないものと 考えている。特に,筆者のみるところ,過払金充当合意が過払利息の発生時期にいかなる 変容を与えるのかという点について,過払利息の法的性質論は無視できない重要な役割を 果たしている。次項 時 四 緒 論 前記のとおり,過払利息の発生時期及び過払金充当合意によってこれがいかなる変容を 受けるかを検討するためには,過払金充当合意の解釈のほか,過払利息の法的性質論にさ かのぼった考察が必要である。民法 704 条の責任の法的性質については,現在,(ⅰ)不法 23 契約解釈が法律問題か事実問題かは争いがある。法律問題とすればこれが上告理由となる(民訴法 312 条 3 項)。我妻・前掲注(11)258 頁がこれを法律問題と解するのは,法律行為の解釈を表示行為の客観 的意味を確定する作業と定義するからであろう(同書・249 頁)。もっとも,本稿五で述べるとおり,過 払金充当合意の解釈はいわゆる規範的解釈であるから,契約解釈を事実問題と解する見解からも,法律問 題と解する余地はある(四宮=能見・前掲注(21)169 頁)。
行為責任説,(ⅱ)不当利得責任説,(ⅲ)債務不履行責任説の 3 説が存在するが,判例の 立場は明らかではない24。筆者のみるところ,(ⅰ)説ないし(ⅲ)説のいずれによるとし ても過払利息の発生時期に関する取引終了時説を維持することはできない。もっとも,そ れぞれの説を前提として取引終了時説を成り立たせる法律構成が一応想定されるので,以 下ではこれも取り上げて検討する。結論からいえば,取引終了時説を採る見解はいずれも その前提に無視できない問題を孕んでおり,結局,過払利息発生時期に関する限り,取引 終了時説は維持できない。以下,最高裁平成 21 年 1 月判決との関係を踏まえつつ,各説に ついてこのことを確認していく。 ( 用できないでいる限り,すなわち不当利得の元本が返還されるまで,不断 2 不法行為責任説 1)不法行為責任説の概要 従来の学説は,悪意の受益者は同時に不法行為者であり,民法 704 条の利息は損害賠償 である,と考えてきた25。この場合,不当利得者の受益の陰で損失者が元本から付加利益 を得られないことが損害である。民法 704 条のうち,利息支払義務を規定する前段は,こ の観念上の逸失利益について最小限の損害賠償責任を定めたものである。この損害は,損 失者が元本を利 に発生する。 24 本稿は請求権競合等の議論に立ち入るものではないが,実務上は原告の処分権に委ねられるであろう (民訴法 246 条)。筆者としては,各説はいずれも成り立つものと考える。参照,最判昭和 38 年 12 月 24 日民集 17 巻 12 号 1720 頁(民法 703 条の現存利益とする),奥田昌道『債権総論』52 頁(悠々社,1992 年),末川博「不当利得返還義務の性質及びその範囲」同・債権(末川博法律論文集Ⅲ)497 頁(有斐閣, 1970 年),谷口知平=甲斐道太郎(編)『新版注釈民法(18)』655 頁〔福地俊雄執筆〕(有斐閣,1991 年) 等。 なお,我妻・前掲注(6)1108 頁は,民法 704 条後段の損害賠償責任は「不当利得を返還するという制 度の枠の外に出る責任である」が「なお不当利得返還請求権の性質を有するもの」という。「不当利得を 返還するという制度の枠の外に出る責任」の意味は明瞭でないが,不当利得債権の消滅時効について,あ えて「不法行為の賠償請求権の規定(七二四条)に従わず―他の利得返還請求権(一六七条一項)と同 様に一般の規定に従うと解すべきだろう。」と解説するのは,不法行為責任と不当利得責任の連続性を意 識するからであろう。 25 梅謙次郎『民法要義巻之三』870 頁(有斐閣,復刻版,1984 年),松坂佐一『事務管理・不当利得』253 頁(有斐閣,新版,1973 年)等。これを「通説」とする整理もある。しかし,松坂・同頁の記述は,利 息附与の問題と損害賠償の問題を区別しているとも読める曖昧な表現となっており,筆者としては,むし ろ不当利得責任説に近い印象を受ける。松坂説に限らず,表現上の誤解から不法行為責任説と分類されて いるものが多々あるのではないか。
( とはならない。こ 射程は及んでいないのである。 ( 権を 行 ろ,侵害排除請求権の行使によって不法行為が正当化されるとは考え 難 よる限り,上記の理は賠償方法 の合意としての過払金充当合意にもそのまま妥当する。 説) ( 2)最高裁平成 21 年 1 月判決との関係 ここでは,過払元本の返還請求が不法行為を構成する侵害の排除請求であり,過払利息 の支払請求が上記侵害による損害の賠償請求となる関係にある。ここで,侵害が存在する ことは明らかであるのに,何らかの原因で侵害排除請求が法的に期待できない場合がある としよう。現在する侵害の排除請求が期待できないからといって,それは継続発生する損 害の賠償を請求できないことを意味しない26。ここでは,侵害の排除請求ができる時(過 払元本に対する消滅時効が進行する時)と,賠償すべき損害を生じる期間(過払利息が発 生する期間)は,別次元の問題である。したがって,損失者の権利行使に対する「法律上 の障害」の存在は,不法行為による損害賠償請求権の発生を妨げる理由 こには,最高裁平成 21 年 1 月判決の 3)違法性阻却事由等による構成 もっとも,不法行為責任説によるとしても,侵害排除請求権の行使が可能となる時点と 損害賠償請求権の発生時点を統一させる解釈がないではない。それは,過払金充当合意が 不法行為の違法性を阻却する,あるいは超過利息の支払いは過払金充当合意という合意を 根拠とした一時的合法的な利益の移転であり権利侵害ではない,との解釈である。この場 合,排除の対象とすべき違法な侵害がそもそも存在しないから,借主は侵害排除請求 使できないし,不法行為自体が成立しないから,損害賠償請求権も発生しない。 しかし,結論からいえば,過払金充当合意の存在をもって違法性が阻却され,又は権利 侵害がないとの理解を維持することはできない。本稿二でみたとおり,過払金充当合意は 不当利得返還請求権の行使の一態様である。ここでは,過払金充当合意は侵害排除請求権 の行使でもあるとこ いからである。 このことは,一般の不法行為において示談契約が締結された場合を想定すれば容易に理 解できる。示談契約は,賠償方法の合意であり,通常,損害賠償債務の弁済期に関する附 款として機能する。しかし,それは既発生の不法行為債務の履行に関する債務不履行責任 を阻却しているに過ぎず,新たな不法行為債権の成立を何ら阻害していないのである。示 談契約成立後においても,不法行為状態が継続しているならば,その間の損害に対して別 途賠償の責任を生ずるのは当然である。不法行為責任説に 3 不当利得責任説(法定利息 1)不当利得責任説の概要 不当利得の受益者は,他人の財産又は労務によって利益を受けた者である(民法 703 条)。 26 差止請求を棄却しつつ損害賠償請求を認容した事例(最判平成 7 年 7 月 7 日民集 49 巻 7 号 2599 頁)。
そこには,観念上,元本からの受益,元本の利用がある。しかし,これは本来損失者に帰 属すべき利益であるから,受益者は元本にその付加価値としての利息を付して,併せて不 当利得として返還しなければならない。これが民法 704 条前段の責任であり,民法 704 条 の に対する法定利息として,その 測される28。 ( 妨げないから,権利行使の「法律 上 文言も,前段を利息,後段を損害賠償として,同一条文の中で明確に区別している。 学説でも,民法 704 条の解釈において,損害賠償責任を定めた部分と「そうでない部分」 を意識的に分析して論じるものがある27。後者について,損害賠償と区別された元本の付 加利益すなわち法定利息分の不当利得,あるいは不当利得 返還義務を負わせる規定と解するものと推 2)最高裁平成 21 年 1 月判決との関係 この場合,受益者は,元本を占有しているから,観念上元本の利用があるといえる。受 益者は,受益の日から元本利用の利益を享受しているのだから,受益の日を基準として利 息を支払わなければならない29。損失者が不当利得返還請求権を行使しないこと,あるい は行使できないことは,受益者による元本の利用を一切 の障害」は,利息の発生を妨げる根拠とならない。 このことは,消費貸借契約における利息一般の問題として考えれば,当然の理である。 不当利得責任説によれば,過払利息は,元本に利用の利益を付して返還するものであるか ら,その法的性質は,消費貸借契約における約定利息と同一である。この理解を前提とす れば,「不当利得返還請求権の行使が通常想定されていないから」「継続的な金銭消費貸借 取引が終了するまでは,過払金返還義務も具体化しておらず,これに対する悪意の受益者 としての利息の支払義務も発生していない」(宇部支部判決),「利息の起算点となるのは, 27 我妻・前掲注(6)1108 頁,加藤雅信『財産法の体系と不当利得法の構造』388 頁,390 頁(有斐閣, 1986 年),藤原正則『不当利得法』153 頁(信山社,2002)。 28 この説の重要な根拠の1つが,過失責任の原則である。そこには,帰責事由のない単なる悪意者につい て,故意又は過失を前提とする損害賠償責任を課すのは解釈上困難である,との判断がある(加藤・前掲 注(27)387 頁参照)。加藤・前掲注(27)によれば,「民法起草者の意識においては,悪意の受益者は同 時に不法行為者と意識されていた」。そのため,学説上「一括して悪意の不当利得として論じられた」が, 「実務においては,利息附与の問題は受益者の帰責を前提とするような責任加重の問題であるとは意識さ れていなかった」(387 頁)。 加藤説は,上記の問題意識から悪意の要件を帰責性に置き換えて損害賠償責任構成を維持するものであ り,不法行為責任説に分類されることも多い。しかし,本文のとおり,加藤説は単純悪意の場合の利息支 払義務を否定するわけではないのだから,法定利息の不当利得を認める見解として整理するのが正しいと 思う。 29 その結果,受益の当日から利息を生じるのもこの説の特徴である(遅延利息であれば,受益の翌日から しか発生しない)。
不当利得返還債務の弁済期からであると解される。」(札幌高裁判決)という発想は,利息 の も, そ ,不当利得責任説を前提と 及ばないのである。 ( この間の受 益 ,それは,この見解(不当利得責任説)からすれば,実際には意味のないこ と 経済的機能を無視した受け容れ難いものといえよう。 なぜなら,金銭消費貸借契約においては,通常,約定の支払期限まで貸主は貸金返還請 求権を行使しないことが約束されている。ことに,継続的取引においては,次の貸付が予 定される限り残債務の元本は確定しないし,さらに過払金充当合意があれば,貸付金と過 払金とを互いに充当し合う間,約定の支払期限が経過しても一括返還請求権の行使が想定 されない場合もある30。しかし,これらを理由として,貸主は約定の支払期限までの利息 を請求できない,とは考えないし,実際に一括請求するまで支払期限経過後も約定利息は 一切発生しない,とも考えない(最判昭和 33 年 6 月 6 日民集 12 巻 9 号 1373 頁)。したが って,仮に札幌高裁判決が言及する権利行使の制限あるいは期限の特約があるとして れは元本利用利益としての利息が発生しないことの根拠とはならないのである。 消滅時効起算点に関する最高裁平成 21 年 1 月判決の論理は しても,当然には過払利息の発生時期に 3)法律上の原因の獲得という構成 もっとも,不当利得責任説による場合でも,次のような問題提起があり得ることは意識 しなければならない。すなわち,充当合意の存在によって利得の移転は法律上の原因を獲 得するから,少なくとも取引終了時まで受益は不当利得でなく,したがって, に対しては民法 704 条適用の要件を欠くのではないか,というのである。 しかし,過払金充当合意は受益が不当利得であることを前提としてなされる当事者の意 思表示なのであって,これを根拠として利得の不当性が失われるというのは本末転倒の感 を免れない。仮に,過払金充当合意という法律上の原因によって一時的に財貨が移転して いるとしても である。 なぜなら,民法 704 条前段の利息が元本利用の対価であると解する以上,元本の利得が 不当利得であるか否かという議論は,こと利息支払義務に関する限り,究極的には次のこ とを導くための思考過程に過ぎないからである。それは,その利息が本来誰に帰属すべき 30 平成 21 年 4 月,最高裁は,①弁済を損害金に充当した旨明記した書面が交付された等の事情の下では, 「特段の事情」がない限り期限の利益の再度付与したとはいえない,②貸主が一括返還請求をしていない との一事をもって上記「特段の事情」があるとはいえない,との判断を示したが(最三小判平成 21 年 4 月 14 日・最高裁 HP),㋐履行遅滞後さらに貸付けが行なわれた場合,㋑領収書兼支払明細書に遅延損害 金の記載がない場合,㋒期限の利益喪失の主張自体が一般条項により否定される場合(大阪高判平成 19 年 10 月 25 日〔平成 19 年(ツ)第 14 号,判例集未登載〕,高松高判平成 19 年 11 月 29 日〔平成 19 年(ネ) 第 114 号,193 号,判例集未登載〕)等は,上記「特段の事情」が認められ,借主は期限の利益を喪失し ない(一括返還請求を受けない)と思われる。
利益であったのか,という問題である。元本の受益が法律上の原因のない不当な利得であ ることは,利息が元本の帰属者に帰属することを前提として,受益者(貸主)はこの元本 の本来的な帰属主体ではなく,損失者(借主)こそが元本の本来的帰属主体であり,した がって利息を享受すべき主体もまた受益者でなく損失者である,ということを意味するに 過 損失者から受益者に移転するよ うなことは,合意の性質上あってはならないのである。 説) ( て,受益の時から履行遅滞による債務不履行責任を負わせたものと ( 払利息発生時期の問題にかからせることには, 一 も,消滅時効起算点と過払利息の発生時期 。 ぎないのである。 そうすると,過払金充当合意とは,そもそもの成り立ちからして,その元本の本来の帰 属者が損失者であることを前提とし,合意によってその本来の帰属の回復を図ろうという ものなのであるから,この合意によって利益の帰属主体が 4 債務不履行責任説(遅延利息 1)債務不履行責任説の内容 民法 704 条の利息を,不当利得返還請求権の遅延利息とする見解である31。不当利得返 還債務は本来期限の定めなき債務であるから,原則として債権者の履行請求によって遅滞 の責任を負う(民法 412 条 3 項)。しかし,民法は,悪意の受益者に対しては直ちにこれを 返還することを期待し 理解するのである。 2)最高裁平成 21 年 1 月判決との関係 履行期限が到来しなければ,債権者は債権を行使できない。そして,履行期限が経過し なければ,債務者は遅滞の責任を負わない。この場合,最高裁平成 21 年 1 月判決が言及す る権利行使の「法律上の障害」の議論を,過 応の合理性があるようにも思われる。 しかし,消滅時効起算点は,権利行使の場面に着目して,権利者に権利行使を期待でき るかどうかをみるものである。これに対し,遅延利息は,義務履行の場面であり,義務者 に対して義務の履行を期待できるかの問題である。ここでも,両者はしばしばその時点を 異にする。例えば,①不確定期限ある債務の消滅時効は期限到来のときから進行するが, 遅滞の責任は債務者がその到来を知ったときに発生する。②期限の定めのない債権の消滅 時効は債権成立のときから進行するが,遅滞の責任は請求の時に発生する32。あるいは, ③不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は「損害及び加害者を知った時」から進行 するが(民法 724 条),これに対する遅延損害金は不法行為の時から発生する(最判昭和 37 年 9 月 4 日民集 16 巻 9 号 1834 頁)。ここで を同一の次元で議論することは適切でない 31 篠塚昭次=前田達明(編)『新・判例コンメンタール民法 8』292 頁〔松岡久和執筆〕(1992 年,三省堂)。 32 我妻・前掲注(11)485 頁。
(3)過払金充当合意による修正の余地 債務不履行責任説によれば,民法が 415 条,412 条 3 項とは別に,悪意の受益者につい て特に 704 条の利息支払義務を課すのは,悪意の受益者については,受益の時を弁済期と 考えたからである。そうすると,取引終了時説を支持する見解からは,充当合意とは不当 利得返還債務の履行を取引終了時まで猶予するとの合意であり,これは履行期限を変更す る特約であるから,取引終了時まで遅延利息の発生を障害する事由となる,との理論構成 とができる。履行 限説については検討すべき事項が多いので,項を改めて解説する。 金充当合意によってい 意を認定するものかを確認する必要がある。 ア から進行し,受益 者 を終了させ, が考えられる(以下,本稿において便宜上「履行期限説」という。)33 34。 このように,札幌高裁判決が採用する履行期限説は,債務不履行責任説を前提とするこ とで,はじめて過払利息発生時期に関する取引終了時説を成立させるこ 期 5 履行期限説の当否 (1)履行期限説の内容 履行期限説の当否を検討するにあたっては,まず,この説が過払 かなる履行期限の合 不確定期限説 第 1 の見解は,過払金充当合意における履行期限の内容について,素直な解釈は,取引 終了日を支払期限とする不確定期限の合意と解するものである(便宜上,「不確定期限説」 という。)。この場合,消滅時効は取引終了の時点(不確定期限の到来) がこれを知ったときから遅延利息が発生する(民法 412 条 2 項)。 しかし,過払金充当合意の存在が,貸主に期限の利益を保障し,借主からの(狭義の) 不当利得返還請求権行使に対する阻止事由になるとすれば,観念上次の借り入れが想定さ れる限り,借主は(狭義の)不当利得返還請求ができないことになってしまう。これでは, 不当な利得の返還を目的として編み出された(不当利得返還請求権の行使としての)充当 合意という解釈手法が,かえって不当な利得の保持に助力する結果となってしまい,妥当 でない。最高裁平成 21 年 1 月判決も,「借主は,基本契約に基づく借入を継続する義務を 負うものではないので,一方的に基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引 33 期限の合意は元本返還請求との関係では権利行使の阻止事由であるが(司法研修所『増補民事訴訟にお ける要件事実第一巻』119 頁〔法曹会,1986 年〕),遅延利息との関係では発生障害事由になると考えられ る。 34 期限の合意という構成は①不法行為責任説及び②不当利得責任説でも想定される。しかし,本文で説明 したとおり,①説において期限の合意があるということは既発生の損害に対する賠償の支払を一時猶予す るにとどまり,不法行為状態の継続(とこれによる新たな損害の発生)を解消することはできないし,② 説において,そもそも期限の利益は元本使用期間の利息の発生を妨げない。
そ )と考 ,期限の定めのない債権と考えるべきであろう。 イ いとする約定がある),という構成である(便宜上「期 限 ら36,これでは,消滅時効の起算点を取引終了の時とする最高裁判例とは 相 消滅時効に関する取引終了時説は,過払利息に関する取引終了時説と接合可 ( 理由で支持できない。 ア の下で催告のときに履 行 される限り,催告(不当利得返還請求)があるまで履行期限は経過 し の時点において存在する過払金の返還を請求することができる」という。 そこで次に,借主による狭義の不当利得返還請求権行使によって取引終了が確定し,こ の時点で不確定期限が到来するとの理解が考えられる。しかし,不確定期限説においては, 貸主は本来ならば不確定期限到来まで弁済を強制されない利益を有するから,履行期限が 到来していなければ借主の充当は許されない。そうすると,不確定期限説を前提とする限 り,過払金充当合意には貸主が期限の利益を放棄するとの合意を読み込まざるを得ない。 しかし,基本契約締結の当初から予め期限の利益を放棄して,いわば履行期到来の効果を 付与しておきながら,借主の請求まで遅滞の責任は生じない(履行期は経過しない えるのであれば,それはむしろ 期限の定めのない債権説 第 2 の見解は,過払金充当合意によって過払金債権は期限の定めのない債権となる(次 の催告のときまで遅滞の責任を生じな の定めのない債権説」という。)。 この場合,履行期は債権成立と同時に到来しているから35,過払金の充当は随時可能で ある。そして,遅延利息は不当利得返還請求の時から発生する(民法 412 条 3 項)。これは これで,理論として一貫する。しかし,期限の定めのない債権の消滅時効は債権成立の時 から進行するか 容れない。 そこで,過払金充当合意は過払金債権を期限の定めのない債権とする合意であるが,充 当合意及び充当自体が債権の行使であり,債務の承認であるために,消滅時効はその都度 中断し,最終取引日まで進行しないのである,と説明することになる。このように理解し て,はじめて 能である。 2)履行期限説の問題点 しかし,この見解は,次の 最高裁判例との不整合 第1点は,最高裁判例の理解を前提とする限り,過払金充当合意 期限が経過するとは考えられていないと思われることである。 もし,履行期限を次の催告のときと解するならば,事実上の最終取引終了後であっても 次の貸付が観念上想定 ないはずである。 ところが,最高裁判例は,どうやら事実上の最終取引日をもって消滅時効起算点と考え 35 奥田・前掲注(24)132 頁,山本・前掲注(15)475 頁。 36 我妻・前掲注(11)485 頁,山本・前掲注(15)475 頁。
ているようである。最高裁平成 21 年 1 月判決も,判決理由中で「継続的な金銭消費貸借 取引がされていた」期間として最終取引日である平成 17 年 3 月 2 日までの借入・返済の 事実を取り上げている。そうすると,借主の催告をもって履行期限が経過するとの理解を 例の採用するところではない。 イ を基準として過払利息を計算しており,このような理解を前提とするものと思 わ なものとす る 断が迫られるのである。合意の狙いから離れるところが余りに大きいのではな いか38。 内容とする履行期限説は,最高裁判 履行期限の遡及的経過の理論 そこで,最終取引日を取引終了時とする最高裁判例の見解に履行期限説を接合させると すれば,借主からの催告によって,事実上の最終取引日に遡及して履行期限が経過すると の理論に拠らざるを得ない。現に,札幌高裁判決も,履行期限説を採りつつ事実上の最終 取引終了日 れる。 しかし,第 2 点として,この見解によると,遅延利息の発生という債務者(貸主)にと って不利益な事情が,債権者(借主)の権利行使という後発的事情によって,最大で約 10 年もさかのぼって認められることになる。例えば,貸主は過払金の発生を認識していても, 過払金充当合意の下で次の貸付けが想定される限り,履行期限は経過せず,遅滞の責任を 負わない。ところが,借主が 8 年間これを放置して,8 年後に突然過払金返還請求権を行 使した場合,その瞬間から貸主は 8 年前にさかのぼって遅滞の責任を負うことになるが, これは自らの責任の範囲について貸主の予測を奪い,その地位を著しく不安定 。遅延損害金の範囲を債権者の随意で決定させる理論には疑問がある37。 そして,借主の催告によって履行期限が遡及的に経過するとの理論は,過払金が発生し ている借主にとっても酷な結論を与える。例えば,借主は,事実上の最終取引から 8 年が 経過した事案において,次の借入れを行なわなければ 8 年分の遅延利息を請求できる。そ れなのに,過払金発生の事実を知らないで借入れを行なってしまったばかりに過払元本の みの金額で充当が行なわれ,8 年分の遅延利息相当額の経済的利益を喪失する。このよう な判断を,過払金の発生すら知らない借主のリスクで行なわせるのが適切であろうか。過 払金充当合意は,そもそも借主が過払金の存在を知らないことによる不利益を補うための 理論である。それなのに,ここでは借主に,過払金の発生,金額,過払期間等の知識を前 提とした判 37 もちろん,この問題は消滅時効起算点についても生じ得る。判例の立場からは,借主の催告をもって時 効起算点を最終取引日に遡及させることになろう。しかし,時効とは,そもそもが最後の権利行使の時に さかのぼって期間を計算し,最後の権利行使の時にさかのぼって効力を生じるという制度なのであるから (民法 144 条参照),遡及的起算はむしろ当然の帰結であろう。ここからも,消滅時効と遅延利息は異な る規律に服する制度であり,一方の議論を直ちに他方に援用できないことが確認されるのである。 38 この問題は,最高裁平成 21 年 1 月判決自体にも内在する。しかし,この問題は過払利息発生時期につ
6 小括 過払利息の法的性質を不法行為責任,不当利得責任,債務不履行責任のいずれに解する としても,過払利息の発生時期は,過払金発生時が原則である。ここでの問題は,過払金 充当合意が上記原則にいかなる変容を与えるかという点にある。過払利息の法的性質論を 踏まえてこれを考察した結果,いずれの見解によるとしても,消滅時効起算点に関する最 高裁平成 21 年 1 月判決の射程は過払利息発生時期に及ばないことが確認された。 このうち,債務不履行責任説による場合,過払金充当合意を履行期限の特約と解するこ とで,過払利息発生時期に関する取引終了時説は採り得ないではない。しかし,前記 5 の とおり,過払金充当合意を履行期限の特約と解すること自体,解決困難な不都合を生じる から,この解釈は採り得ない。もちろん,継続的取引終了まで借主の過払金返還請求権の 行使を一切禁止する明確な合意がある等の場合,履行期限の特約を認めることは可能であ ろうが,このような合意が当事者の意思として認定できるのかは大いに疑問であるし,公 序良俗の観点から合意の効力を認められない場合もあろう。結局,過払利息発生時期に関 して取引終了時説が成立する余地は,ほとんどないものと思われる。 五 過払金充当合意の解釈 1 失われた利益回復手段としての過払金充当合意 それでは,過払金充当合意が履行期限の合意ではあり得ないとして,その法的意味をい かに解すべきか。本稿の検討を踏まえてその解釈を試みれば,おそらく次のようになるの ではないだろうか。 (1)経済的利益の移転(移転すべき経済的利益の内実) 第 1 に,過払金充当合意は簡便な債権回収方法を定める合意であり,貸主の下にある過 払金の利益を終局的に借主に移転させることを目的とする。したがって,ここでは,移転 すべき経済的利益の内実を観察する必要がある。 まず,最高裁が過払金充当合意を擬制する根拠の 1 つは,借主は過払金の存在を知って いたならば,「直ちに」不当利得返還請求権を行使していたであろうとの経験則であると思 われる。だからこそ,最高裁は,貸付金受領の時,別途の意思表示なく「直ちに」過払金 を借入金に充当するのである。また,最高裁がかかる合意を擬制する根拠は,実際には借 主は過払金の発生を「知らない」という点にもある。借主は,過払金が発生していること いて過払金発生時説を採ることで回避できる。すなわち,同説では,過払利息は履行期限の遡及・不遡及 にかかわらず過払金発生の時から計算すれば足りるからである。ここでも,最高裁平成 21 年 1 月判決と 同説の親和性が確認される。